さいたま地方裁判所 平成21年(わ)2107号 判決 2011年12月20日
主文
被告人を懲役6年に処する。
未決勾留日数中180日をその刑に算入する。
理由
(犯罪事実)
被告人は,帰宅のため歩いていたA(当時17歳)を強いて姦淫しようと氏名不詳者と共謀の上,平成11年12月5日午後9時20分ころ,埼玉県狭山市ab丁目c番所在の駐車場先路上において,被告人又はその氏名不詳者がAの背後からその首に腕を巻きつけて後ろに引っ張るなどし,さらに,その駐車場において,被告人が,Aの頭髪を右手でつかむなどして,その駐車場隣の空き地にAを引っ張り込んだ上,Aをその場に放りつけ,同所において,Aに対し「ナイフを持っているから」と言った上,Aの首を両手で絞め付けるなどの暴行脅迫を加え,その反抗を抑圧して,被告人及びその氏名不詳者が順次強いてAを姦淫し,その際,前記暴行により,Aに全治まで約2週間を要する両下肢擦過傷の傷害を負わせた。
(事実認定の補足説明)
1 争点
本件の争点は,被告人が本件犯行を行った犯人であるか否かである。
2 犯人特定に関する被害者供述の評価
被害者である証人Aは,公判で「平成21年11月,警察官から被告人の平成11年当時の写真を含む5枚前後の写真を見せられ,被告人が青いジャンパーの犯人だと分かり,被告人の写真を選んだ。その後,マジックミラー越しに被告人を見たが,青いジャンパーの犯人だとすぐに分かった」旨供述しているので,この供述の信用性等について検討する。
(1) 被害状況に関する供述の信用性
証拠(甲2,17,18,22)によれば,被害者は,被害を受けた約2時間後に警察官に被害を申告した上,警察官から求められ,直ちに警察官に付き添われて病院で診察を受けるとともに,パンツ等の着衣すべてを警察官に提出し,膣内容物の採取にも応じているなど,捜査に積極的に協力していること,その被害申告において,被害者は,見覚えのない男2人から姦淫されるなどの被害を受けた旨の供述していることからすると,夜遅く帰宅したことについて親等に言い訳するためなどの理由で,被害を装って虚偽の被害申告をしたとか,特定の誰かを陥れるために虚偽の被害申告をしたとは考えられない。しかも,被害者は,検察官に対し,かなり屈辱的な被害状況をリアルに供述している(甲3)。
これらのことからすると,被害状況に関する被害者の供述は信用することができる。
(2) 犯人特定に関する供述の信用性等
被害者は,被害状況に関する供述において,犯人について,青いジャンパーの男と白いセーターの男として表現しているが,被害当日に作成した被害届では,犯人のうちの一人の人相,特徴等について「年齢18歳から20歳くらい,身長165から175センチくらい,体格やせ型,顔は面長の色白,目が一重で細く,髪型は黒色の短髪で青色の野球帽をかぶっていた」旨供述し,公判では,このような人相等の犯人が青いジャンパーの男である旨供述している。
証拠(証人Aの公判供述,甲17)によれば,被害者は,視力がよくなく,本件被害当時,メガネをかけるなどしておらず,また,夜で現場付近に街灯がなかったことが認められるが,他方で,本件当日,電車で買い物に出かけており,本件被害現場周囲には人家等があり,その明かりがあったことも認められる。しかも,被害者は上記のとおり青いジャンパーの男の目が一重であることなども判別できていたことからすると,その犯人の人相をある程度しっかり認識することができたと考えられる。また,被害者にとって本件被害は忘れられない衝撃的な出来事であり,犯人らの特徴も長く記憶に残っていたとしても不自然ではない。そうすると,被告人と青いジャンパーの犯人の同一性に関する被害者の前記供述からすると,被告人と青いジャンパーの犯人の人相がよく似ていると認めることができる。
しかし,被害者は,前記のとおり,犯人らを見覚えのない者として認識したものである上,被告人と犯人の同一性を確認するまでに本件被害から約10年もの期間が経過していること,さらには,警察官から犯人とDNA型が一致した人が逮捕されたと聞かされて警察署に行き,この同一性確認を行ったものであることからすると,被害者の前記供述から,被告人が青いジャンパーの犯人であると断定することはできない。
3 被害者のパンツ等付着の精子と被告人のDNA型の一致
証拠(鑑定人B及び証人Cの各公判供述,甲9,10,22,25,26)によれば,本件の時効が近付いたため,平成20年1月24日に被害者の膣内容物を採取したスティック棒に付着している精液のDNA型の鑑定嘱託が埼玉県警察本部刑事部科学捜査研究所になされ,同研究所技術職員であるCがその鑑定を実施し,同年2月20日にその結果を出したこと,平成21年10月22日に別件で検挙された被告人の口腔内細胞のDNA型鑑定を実施した結果,そのDNA型と前記精液のDNA型とは,STR型の15座位及びアメロゲニン型のすべてで一致したこと,さらに,B鑑定人が被害者のパンツ及び前記スティック棒に付着した精子等の鑑定を行ったところ,それらに付着していた精子のDNA型と被告人のDNA型とは,STR型の15座位及びアメロゲニン型のすべてで一致したこと,被害者の膣内容物の採取及び保管過程,被害者のパンツの保管過程,C及びBの鑑定手法及び経過について,不適切な点や不合理な点がないことが認められる。
これらのことからすると,Cの鑑定結果とBの鑑定結果はそれぞれが信頼できるものである上,平成20年に行われたCの鑑定時点では,被告人のDNA型は捜査機関に判明しておらず,被告人を本件の犯人と仕立てるような証拠のねつ造は不可能であり,被告人の精子等が鑑定資料に混ざり込むことも考えがたいため,その鑑定の信用性はより一層高いといえる。
このように信頼できるCの鑑定結果とBの鑑定結果は,独立の証拠として価値を持っており,これらの鑑定結果が一致していることは,その信頼性を更に高め合っている。したがって,これらの鑑定結果は十分信頼することができる。
そして,C証人の公判供述によれば,被告人のDNA型とSTR型15座位のすべてで一致する人の出現頻度は,学術誌に掲載された論文を踏まえて算定すると,日本人約721京人に1人であることが認められる。このような世界の人口の10億倍という桁違いの出現頻度からすると,統計上の誤差等を考慮しても,被害者のパンツ及び膣内容物を採取したスティック棒に付着していた精子は被告人のものであると認められる。
4 被害者のパンツ等に精子が付着した原因
そこで,被害者のパンツ及び膣内容物を採取したスティック棒に付着していた精子が,青いジャンパーの犯人のものであるといえるかについて検討する。
(1) 証拠(甲3)によれば,青いジャンパーの犯人は,被害者を姦淫した後,姦淫を途中で止めなければならない事情がないにもかかわらず,自ら姦淫を止めるとともに,白いセーターの犯人に「お前もやらせてもらえよ」と声をかけていることが認められ,このような言動からすれば,青いジャンパーの犯人は射精をして性的な満足を得て姦淫を止めた可能性がかなり高いといえる。そして,前記のとおり,被害者は,被害を受けた約2時間後に警察官に被害を申告し,直ちに警察官に付き添われて病院に行き,そこでパンツ等の着衣を脱いで警察官に提出しているが,鑑定人Bの公判供述によれば,そのパンツには,股間に当たる内側の広範囲にわたり精液が付着していたことが認められる。このようなパンツの提出経過,精子がパンツに付着している状態からすると,被害者は,姦淫された後,精液を拭き取るなど日常的に行われる対処をすることなく,そのパンツを履いたもので,そのパンツ等に付着していた精子は,青いジャンパーの犯人のものである可能性がかなり高いといえる。
また,被害者は,公判で「本件当日の朝に普段の習慣どおり入浴し,パンツを履きかえた」「本件当日は祖母の法事があり,その後友人と買い物に出かけ,その後本件被害にあった」旨供述している。本件当日の被害者の行動については,本件被害を受けたということから,記憶に残ったものと考えられ,その供述は信用できる。また,前記のとおり被害者のパンツには広範囲に精液が付着していたところ,このような状態のパンツを前日から履き続けることは考えがたく,朝に普段の習慣どおり入浴し,パンツを履きかえた旨の被害者の供述は自然である。そうすると,本件前日に被害者が性交渉したとしても,その際の精液が膣内に残り,それがパンツの広範囲に付着するとは考えがたく,被害者のパンツに犯人以外の精液が付着した可能性は認められない。
(2) この点に関し,被告人は,「本件の前日である平成11年12月4日に,友人であるDと出かけたところ,顔見知りである被害者と狭山市内のカラオケ店の前で偶然会い,2人でカラオケに行くことになり,カラオケ店内で性交渉をし,被害者の膣内に射精した」などと供述し,このような供述をするに至った経緯につき「逮捕された後,被害者のことは全く思い出せなかったが,平成22年1,2月に弁護人から被害者の写真等を差し入れられ,その写真を繰り返し見たりしながら,数か月後に被害者のことを思い出した」「本件の2日前である平成11年12月3日が当時の交際相手の誕生日であり,その記念すべき日の翌日であるという記憶なので,被害者と性交渉をした日を12月4日と特定できた」などと供述している。
しかし,10年以上前の出来事で,当時の被告人にとって特別とはいえない体験であるにもかかわらず,被害者との細かいやりとり等を非常に詳細に供述したり,その日初めて会って一度被害者から聞いただけの被害者の友人の名前を覚えていると供述しており,その供述内容は,記憶の残り方からするとかなり不自然である。また,そのような記憶状況と比較し,その翌日である12月5日のことは何も覚えていないというのも不自然である。さらに,被告人は,被害者の写真を見ても数か月間顔見知りと思い出せなかったというのに,その後詳細に思い出したという経過も不自然である。当時の交際相手の誕生日やその日の出来事については10年以上後でも記憶に残っている可能性はあるとしても,被害者と行きずりの性関係を持ったにすぎない日が,なぜその翌日であると特定できるのかについて,合理的な説明はされていない。したがって,被告人の供述は信用できない。
(3) 以上のことからすれば,被害者のパンツ等に付着していた精子は,青いジャンパーの犯人のものであると認められる。
5 結論
以上のとおり,被害者のパンツ及び膣内容物を採取したスティック棒に付着していた精子は,青いジャンパーの犯人のものであると認められるとともに,被告人のものであると認められる上,青いジャンパーの犯人の人相が被告人とよく似ていることからしても,被告人が青いジャンパーの犯人であると推認できる。
(確定裁判)
被告人は,平成15年1月27日前橋地方裁判所高崎支部で強盗罪等により懲役5年に処せられ,その裁判は同年2月4日確定した。
この事実は前科調書(乙7)及び判決書謄本(乙5)によって認める。
(法令の適用)
被告人の前記行為は,行為時においては刑法60条,平成16年法律第156号による改正前の刑法181条(177条前段),12条1項に該当し,裁判時においては刑法60条,その改正後の刑法181条3項(178条の2,177条前段),12条1項に該当するが,これは犯罪後の法令によって刑の変更があったときに当たるから刑法6条,10条により軽い行為時法の刑によることとする。この罪は前記確定裁判があった強盗罪等と刑法45条後段の併合罪であるから,同法50条によりまだ確定裁判を経ていない前記強姦致傷罪について更に処断する。定められた刑の中から有期懲役刑を選択する。定められた刑期の範囲内で被告人を懲役6年に処する(求刑懲役10年)。
刑法21条を適用して未決勾留日数中180日をその刑に算入する。
訴訟費用については,刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。
(量刑の理由)
被告人は,共犯者とともに2人がかりで,面識のない帰宅途中の女性を襲ったものである。しかも,被告人は,被害者の首を絞めるなど強度の暴行を加え,ナイフを持っていると言って脅し,被害者に死の恐怖を抱かせたものである。そのような中で,被害者は,見覚えのない2人の男から口淫をさせられ,順次姦淫されたのであり,その屈辱感,絶望感は計り知れず,このような被害を受けたことによる精神的痛手は甚大である。他方で,被害者が負った傷害の程度は重いものとは言えない。これらのことにより,量刑の大枠が決まる。
被告人は,何とか処罰を逃れようと,不自然な弁解を狡猾に繰り広げ,被害者に対する謝罪の気持ちや本件犯行に対する反省は全く見られない。また,本件犯行後にも重大犯罪等を繰り返し,服役していながら,更に犯罪を重ねている。これらのことからしても,今後犯罪を繰り返さずに生きていけるかが非常に心配される。本件犯行時,被告人は未成年であったが,その後の被告人の生き様をみると,本件犯行が,未成熟さゆえの一過性の過ちであったとはいえない。
本件犯行は,強姦致傷罪等に関する刑を引き上げる法改正前のものであり,この法改正前の量刑傾向を踏まえるとともに,この改正後においても,量刑傾向に変化があることをも考慮した。他方で,被告人は,前記確定裁判を経ているが,それらの罪は,本件犯行後,長期間経た後に行われた全く別の種類の犯罪であり,それらの罪と併合罪の関係にあることはあまり量刑に影響しない。
以上のことを考慮し,主文のとおりの刑に処するのが相当であると判断した。
(裁判長裁判官 秋葉康弘 裁判官 寺尾亮 裁判官 田原綾子)