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さいたま地方裁判所 平成21年(わ)297号 判決 2009年5月18日

主文

被告人を懲役12年に処する。

未決勾留日数中50日をその刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は,平成21年2月6日午前11時55分ころ,埼玉県草加市ab丁目c番先d遊歩道上において,交際していたA(当時23歳)に対し,殺意をもって,その頚部を所携の包丁(平成21年押第37号の1)で1回突き刺し,よって,同日午後0時58分ころ,同県越谷市ef丁目g番h号所在のB病院において,同女を頚部刺創による失血により死亡させて殺害した。

(証拠の標目)

省略

(法令の適用)

省略

(量刑の理由)

本件は,被告人(パキスタン人)が,交際していた被害者(ロシア人女性)の頚部を所携の包丁で1回突き刺し,約1時間後に搬送先病院で失血死させて殺害したという事案である。

被告人と被害者は,平成18年6月ころ知り合って交際を始め,一時期を除いて同せいもしていたが,被告人は,平成20年12月ころから被害者の浮気を疑い,同女を追及したものの,否定され,証拠があるのかなどと言われてかわされていた。

その後,被告人は,被害者の言動から同女が浮気しているとの疑いを一層強め,同女が被告人の知らない携帯電話を持っていて,それを浮気相手との連絡に使っているものと考えて追及したが,被害者は飽くまでも浮気の事実を否定し続けた。

本件当日の朝,被告人は,一緒に遊びに行くため被害者と会った際,ささいなことで口論となって,けんか別れした。被告人は,被害者がうそをついて浮気を否定し続けているものと考えており,ますます腹立たしく感じたことから,浮気の証拠を見付けた場合には,被害者の殺害も辞さないとの思いで,自宅に戻って包丁を持ち出した上,自転車に乗って同女を探したところ,本件現場付近で,同女が被告人の知らない携帯電話を使って通話しているのを見掛け,ついに浮気の証拠を見付けたと考えて,本件犯行に及んだものである。

1  被告人の責任を基礎付けるべき事情

(1)  犯行態様は,強固な殺意に基づく残虐で悪質なものである。

被告人は,右手(利き腕)に持った包丁を,被害者の頚部に左側面から勢いよく真横に突き刺し,その刃を右側面まで貫通させており,本件犯行は,強固な殺意に基づく残虐な態様で敢行されている。

そして,確定的な殺意の発生時期については,当事者間に争いがあるものの,いずれにせよ,被告人は,自宅から包丁を持ち出す際,今後の被害者の対応次第では同女を殺害しようと決意していたというのであるから,本件は計画性も認められる悪質な犯行である。

(2)  結果は重大である。

被害者は,生まれつき心臓病を患う娘の医療費等を稼ぐため,平成17年7月,娘を母国に残して来日し,懸命に働いて,ロシアにいる母親に送金を続けていたところ,本件犯行により,いまだ幼い娘を残したまま,突如として,23歳の若さで生涯を閉ざされてしまったものであり,その無念さは察するに余りある。また,本件犯行が,被害者の母親や日本人の夫に与えた精神的苦痛も非常に大きい上,被害者の娘の将来に及ぼす悪影響も懸念される。遺族らの処罰感情が厳しいのは,誠に当然のことである。

もとより,被害者の尊い生命を奪った本件犯行の結果が,それ自体重大であることはいうまでもない。

(3)  犯行に至る経緯及び動機に酌量の余地はない。

被告人は,被害者に強い執着があったことから,同女の気持ちが被告人から離れていく事態を受け入れようとせず,一方的に同女の浮気を疑った上,裏切られたとの気持ちを募らせ,ついには激情の赴くまま,凶行に及んだものであって,かかる経緯にも,短絡的かつ自己中心的な動機にも酌量の余地は認められない。確かに,その過程における被害者の言動に,被告人の疑惑を強め,その怒りを増大させた部分があったことは否定できないが,そのことが,被害者にとって,その生命を奪われるほどの落ち度などでないことは明らかである。

2  被告人のために酌むべき事情

(1)  被告人が反省の態度を示している。

被告人は,犯行後,一時的に身を隠すなどしたものの,逮捕された後は事実関係を認めて反省の態度を示しており,当公判廷でも,被害者の遺族らに謝罪し,できるだけの慰謝の措置を講じたい旨述べている。

(2)  被告人は,平成7年から本邦に在留する外国人であるところ,我が国における前科前歴はないことなど,酌むべき事情も認められる。

3  結論

以上みてきたとおり,本件犯行態様の残虐性,結果の重大性,動機の身勝手さ等の事情にかんがみると,被告人の刑事責任は重大といわざるを得ないから,被告人のために酌むべき事情を考慮しても,被告人については,懲役12年に処するのが相当である。

よって,主文のとおり判決する。

(求刑 懲役12年)

(裁判長裁判官 中谷雄二郎 裁判官 松田俊哉 裁判官 岩田瑶子)

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