大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

さいたま地方裁判所 平成21年(わ)448号 判決 2009年8月05日

主文

被告人Aを懲役3年及び罰金1000万円に,同Bを懲役2年6月にそれぞれ処する。

未決勾留日数中各60日を,被告人Aに対してはその懲役刑に,同Bに対してはその刑にそれぞれ算入する。

被告人Aにおいて,その罰金を完納することができないときは,金4万円を1日に換算した期間同被告人を労役場に留置する。

被告人Bに対し,この裁判確定の日から4年間その刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

第1被告人Aは,電子部品製造装置の開発,設計,製造等を目的とする株式会社C(以下「C社」という。)の代表取締役としてその業務全般を統括していた者,被告人Bは,同会社の専務取締役としてその管理部門を統括していた者であるが,被告人両名は,同会社から証券取引法193条の2に基づく有価証券報告書等の財務計算に関する書類等の監査証明を目的とする監査を受嘱した監査法人の代表社員であったDと共謀の上,C社の業務に関し,

1  C社が株式会社E証券取引所上場に伴う株式の募集及び売出しを実施するに際し,平成16年7月1日から平成17年6月30日までの事業年度につき,同年11月10日,新潟県長岡市ab丁目c番d号所在の当時のC社本店事務所に設置された,その使用に係る入出力装置から,開示用電子情報処理組織を使用して,内閣府の使用に係る電子計算機に備えられたファイルに記録させる方法により,さいたま市e区fg番地h所在のF財務局において,同財務局長に対し,同会社の売上高が14億7668万9000円,税引前当期純損失が6838万4000円であったにもかかわらず,架空売上高を計上するなどの方法により,売上高が31億0976万3000円,税引前当期純利益が1億9111万9000円と記載した損益計算書を掲載する有価証券届出書を提出し,もって重要な事項につき虚偽の記載のある有価証券届出書を提出した。

2  E証券取引所に上場していたC社の平成17年7月1日から平成18年6月30日までの事業年度につき,同年9月29日,前記1と同様の方法により,前記F財務局において,同財務局長に対し,同会社の売上高が24億5071万6000円,税引前当期純損失が2億3097万3000円であったにもかかわらず,架空売上高を計上するなどの方法により,売上高が58億8561万8000円,税引前当期純利益が6億9420万2000円と記載した損益計算書を掲載する有価証券報告書を提出し,もって重要な事項につき虚偽の記載のある有価証券報告書を提出した。

3  前記のとおり上場していたC社の平成18年7月1日から平成19年6月30日までの事業年度につき,同年9月27日,前記1と同様の方法により,前記F財務局において,同財務局長に対し,同会社の売上高が31億1848万8000円,税引前当期純損失が7億2965万8000円であったにもかかわらず,架空売上高を計上するなどの方法により,売上高が97億0400万円,税引前当期純利益が12億2376万1000円と記載した損益計算書を掲載する有価証券報告書を提出し,もって重要な事項につき虚偽の記載のある有価証券報告書を提出した。

4  平成19年11月16日,その発行する株式を前記のとおり上場していたC社が株式の募集を実施するに際し,前記1と同様の方法により,前記F財務局において,同財務局長に対し,前記3記載の有価証券報告書を参照すべき旨を記載した有価証券届出書を提出し,もって重要な事項につき虚偽の記載のある有価証券届出書を提出した。

第2被告人Aは,G,H及びIと共謀の上,被告人A及びGが単独所有又は共同所有する別表1記載の土地及び建物に対し,H及びIを権利者とする虚偽の抵当権設定登記をしようと企て,真実はGとH及びIとの間に金銭消費貸借契約及び抵当権設定契約を締結した事実がないのに,

1  平成20年12月10日,新潟県長岡市ij丁目k番l号所在のJ地方法務局K支局において,情を知らない司法書士Lをして,同支局登記官に対し,別表1の番号1ないし4記載の土地及び建物につき,別表2記載の内容虚偽の抵当権設定登記申請書等を提出させて虚偽の申立てをし,そのころ,情を知らない同支局登記官をして,公正証書の原本として用いられる電磁的記録である土地及び建物登記簿の磁気ディスクにその旨不実の記録をさせ,これを即時同所に備え付けさせて公正証書の原本としての用に供した。

2  平成21年1月19日,前記J地方法務局K支局において,情を知らないLをして,同支局登記官に対し,別表1の番号5記載の建物につき,別表2記載の内容虚偽の抵当権設定登記申請書等を提出させて虚偽の申立てをし,そのころ,情を知らない同支局登記官をして,公正証書の原本として用いられる電磁的記録である建物登記簿の磁気ディスクにその旨不実の記録をさせ,これを即時同所に備え付けさせて公正証書の原本としての用に供した。

(証拠の標目)

省略

(法令の適用)

省略

(量刑の理由)

本件は,①C社の代表取締役社長であった被告人A及び同会社の専務取締役としてその管理部門を統括していた被告人Bが,同会社から有価証券報告書等の監査証明を目的とする監査の嘱託を受けていた公認会計士のD(以下「D会計士」という。)と共謀の上,同会社の業務に関し,3事業年度にわたって,真実はすべての年度が赤字であったのに黒字であるかのように粉飾された損益計算書を掲載するなどした同会社の有価証券届出書又は有価証券報告書を提出し(判示第1の1ないし3),あるいは株式の募集を実施する際に上記有価証券報告書を参照すべき旨記載した有価証券届出書を提出した(判示第1の4)という証券取引法違反,金融商品取引法違反の事案,及び②被告人Aが,債権者からの強制執行を免れようと企て,妻や知人らと共謀の上,自宅の土地・建物に内容虚偽の抵当権設定登記を了したという電磁的公正証書原本不実記録,同供用の事案(判示第2)である。以下では,被告人両名に共通する①の事案を中心に見ていくこととし,これに関連して被告人Aが敢行した②の事案は,その中で併せて考察を加えることとする。

1  被告人両名の責任を基礎付けるべき事情

(1)  証券市場の公正さを害する極めて悪質な犯行である。

C社では,平成15年6月期から,大幅な赤字を黒字に粉飾する決算が繰り返される状況にあったが,被告人らは,近々E証券取引所に同会社の株式を上場させようと目論み,平成17年6月期の決算に際し,実際には損失が出ていたのに,売上高を16億円余,利益を2億円余水増しする粉飾決算を行って判示第1の1の犯行に及んでいる。さらに,同年12月に上場を果たして有価証券報告書の提出が義務付けられた後も,公募増資に向けて,判示第1の2及び3の各犯行により,平成18年6月期に売上高を34億円余,利益を9億円余,平成19年6月期には売上高を65億円余,利益を19億円余という大幅な水増しを行って,2事業年度にわたり,しかも,年度を追うごとに利益が飛躍的に増大しているかのように見せ掛ける粉飾決算を続けた末,これらを材料として公募増資を行うために判示第1の4の犯行に及んだものである。

このように,これらの犯行は,上場前から証券市場に実態とは大きくかけ離れた虚偽の情報を提供し,投資者に対し,あたかも成長性の高い企業であるように装うことにより,その投資判断を大きく誤らせるものであって,公正な証券取引の下に公正な価格形成を図ることによって投資者の保護を図ろうとする旧証券取引法及び金融商品取引法の趣旨をないがしろにし,証券市場に対する投資者の信頼を著しく傷つけて,証券市場制度の根幹を揺るがす極めて悪質な犯行である。そして現に,C社は,上記のような虚偽の決算内容を基にした上記公募増資によって約37億円もの巨額な資金調達を行っている反面,それだけ多くの投資家らが誤った情報により多額の損失を被ったのであり,結果も誠に重大である。

(2)  粉飾決算の手口も組織的かつ巧妙で悪質である。

被告人らは,本件各犯行前から,粉飾決算を行うことを前提に,到底実現不可能な売上高や利益金額を設定した事業計画を立てた上,経理担当者らに指示して粉飾行為を繰り返し,大多数の役員も,そのことを知りながら取締役会において決算を承認していたというのであり,まさに会社ぐるみで組織的に粉飾決算を行っていたものである。

その手口も,被告人らが,D会計士の指南の下,当初の売上げの前倒し計上,貸倒れ損失の未収金処理に始まり,架空売上金と架空買掛金との相殺,商流と呼ばれる架空の循環取引にC社とダミー会社を何度も介在させて架空売上げを増加させるなどの手法を駆使しながら,売上高を大幅に水増しするとともに,組立外注費等の製造原価を設備費等の資産科目に振り替えて売上原価を圧縮するなどの方法により,利益金額も大幅に水増しするものであった。

また,被告人らは,こうした粉飾決算を糊塗するため,平成18年6月期の決算について,当時監査を依頼していた監査法人(M監査法人)の担当者から粉飾を強く疑われた際には,同監査の責任者であったD会計士の指示の下,架空取引を裏付けるべき稟議書や相殺通知書等をねつ造するなどし,さらに,平成19年6月期の決算について,中間監査を行った別の監査法人(N監査法人)から不正経理の疑いを指摘された際には,当時C社の監査から外れていたD会計士の助言を得ながら証拠をねつ造するなどして乗り切った上,同会社の会計監査人を同会計士が立ち上げた監査法人(O監査法人)に変更することまでしている。

このように,本件の犯行態様は誠に巧妙かつ悪質である。

(3)  被告人両名はいずれも重要な役割を果たしている。

ア 被告人Aは,いわゆるワンマン社長として,C社のすべての決定権を握っていたものであり,粉飾決算を自ら企図し,D会計士の助言を得ながら,被告人Bを始めとする部下らに一連の粉飾を指示・命令した首謀者である。しかも,被告人Aは,経営者でありながら,実際の売上高や利益金額等を把握しようともせず,飽くまで会社の存続や株式の上場にこだわって粉飾の上に粉飾を重ね,さらに,株価をつり上げようとして敢えて事業計画を上方修正するなどしたものであり,上場企業の経営者としての自覚や責任感が全くうかがわれない。

しかも,被告人Aは,上場時及び公募増資時の2回にわたり,自己が保有するC社の株式の売却によって約8億円もの利益を得ているところ,その弁解するように,積極的に私腹を肥やす目的はなかったとしても,実際には得た多額の資金の大半を高額な費用をかけて自宅用の土地の取得やその新築等に費消しているのである(乙14)。

このように,上場企業の経営者でありながら,多くの投資家や証券市場に対する背信行為を続ける姿勢は強い非難に値する。

イ 被告人Bは,社長である被告人Aの指示に従ったものとはいえ,D会計士に直接相談して内容虚偽の損益計算書を作成するなどした実行犯であり,一連の粉飾決算において,不可欠かつ重要な役割を果たしている。

(4)  犯行に至る経緯及び動機に酌量の余地は乏しい。

ア 被告人Aは,C社が,平成14年4月ころ,大口取引先の倒産により多額の売掛金を回収できなくなった際,連鎖倒産を免れるために,何としてでも,当時話が進んでいたベンチャーキャピタルからの出資を受けようとして,上記倒産による損失を過小に粉飾したことを契機に,粉飾決算を始め,出資を受けた後は,真実が明らかになり,あるいは,事業計画を達成できないことになれば,ベンチャーキャピタルから出資を引き上げられC社が倒産することを恐れて,粉飾の上に粉飾を重ねるようになったものである。このように,証券市場に与える多大な悪影響を顧みることなく,自己が起業した会社の存続にのみ固執する身勝手な動機に酌量の余地は乏しい。

もっとも,上記出資を受ける際,当時の顧問から過大な事業計画を押し付けられた面は否定できないものの,最高責任者であった被告人Aが,その気になれば,実現不可能な事業計画を撤回して,たとえ会社を倒産させても,不正行為には手を染めないという選択肢も当然に採り得たのに,飽くまで会社の存続にこだわって実体の伴わない虚像を作り上げたのは,同被告人の責任というほかない。

イ 被告人Bも,被告人Aと同様,C社の存続,更には,同会社内における自らの地位を守るという保身のために本件犯行に至ったというのであり,その動機に酌むべき余地は乏しい。

(5)  犯行後の事情も悪い。

ア 被告人両名は,証券取引等監視委員会から強制調査を受けるや,D会計士と共に口裏合わせを行ったばかりか,被告人Aは,同会計士と相談の上,被告人Bに対し,口止め料として1000万円を支払うことまでしている。

イ さらに,被告人Aは,粉飾決算が発覚するや,債権者からの資産の差押えを免れるために,妻や知人らをも巻き込んで,自己所有の不動産に虚偽の抵当権を設定し,判示第2の犯行に及んだものであって,損失を被った投資者らのことを顧みず,自己の資産を守るためには手段を選ばない態度は,厳しい非難を免れない。

なお,被告人Aは,同犯行に及んだ理由として,特定の債権者からの差押えを免れることだけが目的であった旨弁解するが,仮にその弁解どおりであったとしても,同被告人の行為が,判示第1の各犯行により多額の損失を被ったC社の株主らからの責任追及をも困難にするものであったことは明らかである。

2  被告人両名のために酌むべき事情

(1)  粉飾決算を始めた契機は私利私欲を追求するものではなかった。

前記のとおり,C社が粉飾決算を始めた契機は,大口取引先の倒産という緊急事態に直面して連鎖倒産を回避するためであり,少なくとも当初は,私利私欲を追求して粉飾決算を始めたわけではなかった。

(2)  公認会計士の関与により粉飾が助長された面がある。

被告人両名は,いずれも会計や経理の専門知識を持ち合わせていなかったから,D会計士の指南がなければ,これほど大掛かりで手の込んだ粉飾決算をすることは不可能であったと考えられる。そして,被告人Aの供述によれば,一時上場をあきらめかけたことがあったものの,同会計士の助言により上場を決断したというのであるから,同会計士が更なる粉飾を動機付けたともいえる。

もっとも,D会計士は,基本的には,被告人両名の求めに応じて助言を与えたにすぎず,同会計士の積極的関与が,被告人両名の責任を軽減させる事情であるとまではいえない。

(3)  個別事情

ア 被告人Aは,証券取引等監視委員会による調査では虚偽の供述をするなどしたが,その後の捜査・公判においては一貫して事実関係を認めており,一部自己弁護を図り,責任を第三者に転嫁させようとする態度がうかがわれるものの,一応の反省の態度を示しているものである。

また,被告人Aには前科前歴がないこと,自ら起業してC社を設立し,新技術の開発に注力してきたこと,扶養すべき家族がいること,本件発覚後,同会社の株主らから強い非難を受け,転居せざるを得なくなるなど社会的制裁を受けていること,判示第2の犯行に係る虚偽の抵当権設定登記を抹消する手続をとったこと,約4か月間の身柄拘束など,同被告人のために酌むべき事情も認められる。

イ 被告人Bは,実行犯とはいえ,被告人Aの手足として働いたにすぎず,その責任の程度は,被告人Aに比べれば相当に低いというべきである。そして,被告人Bは,証券取引等監視委員会による調査段階から,本件の捜査・公判まで一貫して,事実関係を認めて詳細に供述し,当公判廷においても真剣な反省の態度を示していること,前科前歴がないこと,約4か月間の身柄拘束など,同被告人について有利にしん酌すべき事情も認められる。

3  結論

(1)  以上みてきたとおり,被告人Aについても,酌むべき事情が少なからず認められるものの,その責任の重大性に照らすと,実刑を免れないというべきであり,さらに,巨額に上る不正な利益を得ていることにかんがみると,同被告人については懲役3年及び罰金1000万円の実刑に処するのが相当である。

(2)  被告人Bについては,被告人Aに比して責任の程度が相当に低いことから,懲役2年6月の刑に処した上,その反省の態度を信じて特に今回に限りその刑の執行を猶予するのが相当である。

よって,主文のとおり判決する。

(求刑 被告人A 懲役5年及び罰金1000万円

被告人B 懲役3年)

(裁判長裁判官 中谷雄二郎 裁判官 松田俊哉 裁判官 岩田瑶子)

別表1,2(省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例