さいたま地方裁判所 平成21年(わ)826号 判決 2009年8月12日
主文
被告人を懲役4年6月に処する。
未決勾留日数中40日をその刑に算入する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,平成21年5月4日午後9時6分ころ,埼玉県狭山市ab番地B株式会社C店駐車場において,A(当時35歳)に対し,殺意をもって,持っていた洋出刃包丁(刃体の長さ約17.3センチメートル)でその左胸部等を2回突き刺すとともに,その頭部を2回切るなどしたが,Aに全治約1か月間を要する左胸部刺創,左肺損傷,左横隔膜損傷,頭部切創等の傷害を負わせたにとどまり,殺害の目的を遂げなかったものである。
(証拠の標目)
省略
(法令の適用)
罰条 刑法203条,199条
刑種の選択 有期懲役刑を選択
法律上の減軽 刑法43条本文,68条3号(未遂減軽)
未決勾留日数の算入 刑法21条
訴訟費用の不負担 刑事訴訟法181条1項ただし書
(量刑の理由)
本件は,被告人が,殺意をもって,当時35歳の男性の左胸部等を突き刺すなどしたが,被害者に全治約1か月間を要する傷害を負わせたにとどまり,その目的を遂げなかった,という殺人未遂の事案である。
当裁判所が,量刑に当たって特に重視した事情は,犯行の危険性,殺意の強さ,被害結果の重さである。
被告人は,殺傷能力の高い,刃体の長さが約17.3センチメートルもある洋出刃包丁を選んで持ち出した上,被害者の身体の枢要部である左胸を突き刺して,数センチメートルずれれば大動脈や心臓を損傷していた刺し傷を負わせ,さらに,態勢を崩した被害者の頭部を上からたたきつけるように切りつけたばかりか,被害者が「やめろ」などと懇願しているのに,なおもその腹部を狙って包丁を突き出し,避けようとした被害者の左腰を突き刺して,大動脈を損傷しかねなかった刺し傷を負わせている。自首した後も,助かって良かったとの思いと,何で助かってしまったのかとの思いが,相半ばしていたというのであって,本件犯行は,強い殺意に基づく,執拗で極めて危険なものといえる。
本件犯行により,被害者は,全治約1か月間を要する瀕死の重傷を負い,4時間を超える困難な手術を受けて最悪の結果は免れたとはいえ,手術後しばらくは発熱があるなどして予断を許さない状況が続いた。退院後も食べ物を戻したり,傷跡が痛むなどの症状に悩まされているのであって,その被った身体的,精神的な苦痛は大きく,被害結果は重い。
被告人は,被害者から多額の借金をし,さらに第三者に対する借金を肩代わりしてもらうなどし,その返済を続けていた。このような中で,本件犯行当日,勤務先社長を通じて,残額が本来よりもはるかに多い1000万円くらいあるなどと被害者が述べていたことを告げられ,これまでの生活が今後も続くことに絶望するとともに,被害者に対する鬱憤が爆発し,本件犯行に及んだものである。この間の被告人の心情には,一定の理解を示すことができるものの,だからといって本件のような犯行に及ぶことが許されないことはいうまでもなく,犯行の動機は,短絡的にすぎ,酌量すべき点があるとはいえない。
これらによれば,被告人の刑事責任は重い。
他方,迅速に適切な治療が行われた結果とはいえ,幸いにして被害者は一命を取り留め,殺害は未遂に終わっている。落ち度があるとまではいえないものの,被害者は,不用意に借金の残額が本来よりもはるかに多い1000万円であるなどと被告人の勤務先の社長に伝えており,本件犯行のきっかけを作ったともいえる側面があることを否定できない。被告人は,犯行後,自暴自棄な心情に基づくものであり,反省の情の表れとみることは難しいとはいえ,直ちに警察署に出頭し,自首している。その後も,一貫して罪を認め,被害者に対する謝罪文を作成するなどして反省の態度を表している。これまで傷害による罰金前科1件のほか前科がない。
しかしながら,このような被告人に有利な事情を最大限に考慮しても,犯行の危険性,殺意の強さ,被害結果の重さなどを考えれば,本件は刑の執行を猶予すべき事案ではなく,被告人に対しては,未遂減軽の上,主文の刑を科するのが相当である。
(求刑 懲役6年)
(裁判長裁判官 田村眞 裁判官 岡部純子 裁判官 東根正憲)