大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

さいたま地方裁判所 平成21年(わ)854号 判決 2009年10月05日

主文

被告人を懲役9年に処する。

未決勾留日数中100日をその刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は,埼玉県新座市ab丁目c番d号所在のパチンコ店「A」で働くコーヒーの女性販売員に好意を抱いたが,同店の男性店員にその交際を妨害され,他の店員らからもその妨害を止めないなど嫌がらせをされたものと思い込み,前記男性店員や同店を恨むようになって,次第にその怒りを募らせた。そのため,被告人は,ガソリンで満たしたペットボトル(500mℓのもの)とカセットコンロ用ガスボンベ6本を組み合わせた火炎びん複数個を作り,営業中の同店の建物内にトラックで突入して同建物を損壊した上,その火炎びんを使用して同建物に放火することを決意した。

そこで,被告人は,

第1平成21年4月24日午前10時55分ころ,普通貨物自動車を運転して,前記パチンコ店1階西側出入口前から,同出入口に設置された自動ドア目掛けて同車を突入させ,その結果,株式会社B(代表取締役C)所有の自動ドア4枚及び建具ガラス4枚を損壊し(損害額合計236万2500円相当),もって,他人の建造物を損壊した。

第2第1の犯行に引き続き,営業中のため現に多数の人がいる前記パチンコ店店舗(鉄骨造陸屋根2階建,床面積合計約1327m2)の1階遊技場内に停止した前記自動車の中で,前記火炎びん2個にライターで火を着けた上,これを同自動車の窓から同遊技場の床に投げて爆発,炎上させ,もって,火炎びんを使用して人の生命,身体及び財産に危険を生じさせるとともに,その火を床や柱に燃え移らせ,その結果,現に人がいる建造物の床等(焼損面積約2.5m2)を焼損した。

(証拠の標目)

省略

(判示第2の事実に関する補足説明)

被告人は,火炎びんを投げたのは,あくまでトラックを走らせようとする通路内に人を立ち入らせないためである,火炎びんを投げて,少しは燃えると思ったが,燃えない建材を使った建物であることは分かっていたし,ガソリンが飛び散ることはないと思っていたから,燃え広がることはないと思っていたなどと,放火しようとする意思が弱かったかのような供述をしている。

しかしながら,関係各証拠によれば,本件火炎びんは,ガソリンで満たした500mℓ入りペットボトルとカセットコンロ用ガスボンベ6本を組み合わせたものであり,その火力及び爆発力は,燃焼再現実験のとおり,相当強力なものであったことが認められる。しかも,被告人は,本件火炎びんの威力がそのように強力なものであると認識していたことは認めているほか,設備工の経験があったとも述べており,本件パチンコ店のような耐火構造の建築物で使用する建材についてはそれなりに知識があったとうかがわれる。その上,前記のように,被告人自身も少しは燃えると思っていたというのである。したがって,そのような被告人が,非常に強い威力の本件火炎びんに自ら点火して同店舗内に投げたのであるから,少なくとも本件火炎びんを投げた床付近一帯を焼損させる強い意思,つまり強固な放火の故意のあったことは明らかである。

(法令の適用)

省略

(量刑の理由)

1  本件は,パチンコ店の店員や店自体に対して恨みを抱いた被告人が,営業中の同店の出入口から建物内にトラックで突入して同建物を損壊した上,自ら作った火炎びん2個に点火して店内の床に投げて爆発,炎上させ,火炎びんを使用するとともに同建物に放火したという建造物損壊,現住建造物等放火,火炎びんの使用等の処罰に関する法律違反の事案である。

2  当裁判所が,被告人の刑を決める上で最も重視したのは,本件犯行の危険性・凶暴性と結果の重大性である。

(1)  被告人が作った火炎びんは,前記のような構造であり,その燃焼再現実験にあるとおり,発火すれば,繰り返し火柱を上げ大音響を発しながら爆発,炎上して,ガスボンベの破片を周囲に飛び散らすなど,その火力や爆発力が相当に強力なものであった。しかも,被告人は,本件パチンコ店に突入したトラックに,そのように火力や爆発力が非常に強い火炎びんを5個も作って積み込んだばかりか,カセットコンロ用ガスボンベ33本も共に積み込んでおり,被告人が用意した発火物の威力は極めて強力なものであった。

そして,被告人は,本件火炎びんの威力が燃焼再現実験の程度は行くと思っていた,本件犯行の際には,トラックごと店内に突入して,床に火炎びんを投げた上,トラックを店の機械室にぶつけて,パチンコ台を制御するコンピュータを破壊し,さらに,中央の柱にもぶつけて,建物を使用不能にした後,トラックに積んだガスボンベの爆発によって自爆し,自らの肉片を店内に飛ばそうとした,などと述べている。このように,被告人は,自ら用意した発火物の威力を十分に認識しながら,営業中のパチンコ店内で危険極まりない犯行に及ぼうとしたのであり,本件は,極めて危険かつ凶暴な犯行というべきである。

(2)  実際に生じた結果を見ても,被告人が本件犯行を行った際,本件パチンコ店内には,パチンコ台を操作していた客が122人おり,それ以外にも,店員12人及び若干数の客等がいたことがうかがわれる。そうした店内に向けて,被告人は,トラックを突入させ,前記のような強力な火炎びん2個を店内の床に投げて爆発,炎上させ,さらに,引火した火炎びん3個及びトラックに積み込んだガスボンベ33本も次々と爆発,炎上し,店内には黒煙が立ちこめ,しかもその間,被告人がトラックをカウンターに衝突させようと店内で走行させるなどした結果,多数の客や店員らが逃げまどう状況を生じさせており,本件犯行が店内にいた多数の客や店員らの生命や身体の安全に及ぼした危険は極めて切迫した重大なものであった。

さらに,本件パチンコ店は,1階及び2階に設置されていたすべてのパチンコ台(420台)及びスロット台(119台)が燃えたり黒煙や消防活動に伴う放水によって使用不能となり,建物も,焼損したり広範囲に塗装が剥がれるなどして全面的に内装をやり直さざるを得なくなって,合計約5億6000万円の損害が生じたほか,改装して店舗を再開するまでの3か月余りの間営業できなかった逸失利益が約7800万円に及び,しかも,再開後も,客足が落ちたというのであって,財産的被害も甚大である。

加えて,店内にいた多数の客や店員らは,何らの落ち度もないのに,突然,生命の危機にさらされ,また,同店の店長も,本件犯行に基づく心労や過労によって,1か月余り仕事を休むことを余儀なくされているのであり,同店長は,建物は元に戻せても,客や従業員の心の傷は一生消えないと述べるなど,本件犯行が関係者に与えた精神的苦痛も深刻である。

したがって,本件犯行による結果も誠に重大である。

(3)  弁護人は,本件火炎びんを投げたのは,店を壊すことを邪魔されないために,客や店員を怖がらせるためであること,本件パチンコ店は耐火構造であったから,燃え広がる力はないこと,焼損面積も約2.5m2(建物全体の約0.18%)にすぎなかったことを指摘して,本件は大きな放火事件ではない旨主張している。

しかし,前記のように強力な威力の火炎びんを多数の客や店員のいるパチンコ店内で投げれば,仮に人に向けて投げなくても,周囲にいる人の生命や身体の安全に重大な危険を生じさせることは明らかであり,被告人も,客や店員に怪我をさせる可能性があると認識していたことは認めている。しかも,焼損面積が比較的少ないのは,本件パチンコ店が耐火構造であった結果にすぎないのであり,その内装や備品類はすべて使用不能となっている。さらに,本件では,燃焼力だけでなく爆発力も強い火炎びんが2個使用された上,さらに,火炎びん3個及びガスボンベ33本が誘爆しているのであり,本件は,火炎びん使用の点はもちろん,放火の点からも,重大な事件とみるほかはなく,弁護人の主張は理由がない。

(4)  以上のように,本件犯行は,極めて危険かつ凶暴なものであるとともに,その結果は誠に重大であるところ,被告人は,自ら積極的にこのような犯行を計画して周到に準備し実行したのであるから,本件犯行の重大さに見合った刑を受ける必要がある。

3(1)  被告人は,本件犯行の動機や経緯として,本件パチンコ店で働くコーヒーの女性販売員(以下「コーヒーレディ」という。)に好意を抱き交際を求めようとしたが,同店の店員であるDから妨害され,他の店員らもこれを止めなかったことから,Dや店自体に対する恨みを抱いて,本件犯行を決意した旨述べている。

そして,被告人は,Dからコーヒーレディとの交際を妨害されたと考えた根拠として,行きつけのスナックのホステス(「E」のF)から,Dが被告人の悪口をぺらぺら女性に言っているから付き合えないのだ,と言われたこと,Dに対し,そのことを問い詰めたところ,Dは,別の女性の話を始めたので,「その子じゃない」と言うと,Dは,絶句した後,「ホステスと話し合う」と言ったことの2つの事実を指摘している。

(2)  しかし,被告人の供述によっても,悪口の内容は明らかにされていないし,被告人は,スナックのママには,別の女性が好きだと話していたというのである。しかも,被告人は,1回Dを問い詰めた以上に,Dにもホステスにも事実関係を確かめようとしないまま,Dを一方的に恨んだというのである。

他方,Dは,被告人から,問い詰められた際,被告人がコーヒーレディが好きであると初めて知った,その後,ホステスに確認したが,ホステスは,そんなことは絶対にない,と否定したと証言している。

そうすると,被告人が好意を寄せる女性について,被告人とDとの間に認識の違いがあったため,Dが絶句した上,「ホステスに確認してみる」と話したとも考えられるのであり,ホステスが全面的に否定していることも考慮すると,被告人がDを恨む根拠としては薄弱なものというほかない。

(3)  ところが,被告人は,それ以上に,事実関係を確かめようとすることなく,一方的にDに対する怒りを募らせていったばかりか,その供述によっても,他の店員らも,コーヒーレディの態度が変わったことから,嫌がらせをしているものと思い込み,本件パチンコ店に対する怒りも高じさせて,本件犯行を決意したものである。

したがって,被告人が本件犯行を決意した動機や経緯は,全く筋違いというほかなく,酌量の余地はない。そして,被告人は,前記のように薄弱な根拠から,コーヒーレディとの交際が進展しないことについて,過度に被害的に受け止めて,自らの思い違いを正そうとすることなく,いきなり本件のように危険かつ凶暴な犯行計画を思い付き,それを約1年間も温め続け,準備を重ねた末,自らの命を賭けてまで犯行を実行しているのであり,被告人が自らのこのような問題性を自覚しない限り,粗暴行為の再発が懸念される。

(4)  弁護人は,被告人が地道な暮らしを続けてきたこと,正式裁判は初めてであること,相談できる人がいることを理由に,被告人は,事件を繰り返す人ではないと主張する。

しかし,被告人は,今も,Dに対する思い込みを改めることができず,恨みがあると供述している。しかも,被告人は,平成元年に,ささいなことからタクシー運転手を殴って怪我をさせたとして罰金刑に処せられ,平成20年7月には,酒に酔って怪我を負わせたとして検挙された前科や前歴があり,粗暴な一面のあることも否定できない。さらに,被告人自身,友人や親しく話す人はほとんどいないことを認めており,親身になって被告人の相談に応じてくれる人にも恵まれていないといわざるを得ない。

そうすると,弁護人の主張も理由がない。

4  他方,弁護人指摘のとおり,被告人は,一時のホームレス生活から立ち直り,本件当時も,古紙回収業を営みつつ,地道に生活を続けていた。また,被告人が人に向けて火炎びんを投げ付けようとしたとは認められず,本件で死傷した者もいない。被告人の前科は,平成元年の傷害罪による罰金前科のみであり,正式起訴されるのは本件が初めてである。被告人と同業のGが情状証人として出廷し,被告人が社会復帰した際には,仕事や住まいの世話をして,その更生に協力すると述べるなど,被告人のため証言している。被告人は,本件パチンコ店やその客,店員に申し訳ないことをしたと述べて,被告人なりの反省の態度を示している。本件の背景事情として,被告人が友人や親しく話す人のほとんどいない孤独な生活をしてきており,日ごろの不満やうっ憤を解消する機会に乏しかったことも指摘できる。本件により既に半年近く身柄を拘束されている。その他,被告人のために酌むべき事情も認められる。

5(1)  しかしながら,このような被告人のために酌むべき事情を十分に考慮しても,本件犯行の危険性や凶暴性,結果の重大性,犯行に至る経緯や動機に酌量の余地がないことからすると,被告人の刑事責任は相当に重いというべきである。

(2)  弁護人は,放火の事案に関する従前の量刑傾向に照らし,本件では,懲役5年以上では重すぎるのであり,懲役4年が相当であると主張する。そして確かに,弁護人指摘のような量刑傾向のあることが認められる。

しかし,本件は,単なる放火事案ではない。本件の特徴は,非常に火力や爆発力の強い火炎びんが用いられており,本件建物が耐火構造であったため,建物の焼損面積こそ限られていたものの,建物内にいた多数の人々の生命や身体に対する危険は非常に大きなものがあり,さらに,前記のように建物内のすべての内装や備品類を使用不能にするほど甚大な財産的損害も生じさせているのである。したがって,本件犯行がもたらした公共の危険は,一般の放火事案のそれを上回るものがあり,実際に生じた被害が甚大であることからも,弁護人の主張は,採用することはできない。

(3)  そして,本件犯行のこのような特徴を踏まえ,検察官の求刑も参考とし,弁護人の主張にも十分配慮して,本件についての被告人の刑を検討すると,懲役9年が相当との結論に達した。

なお,当裁判所としては,被告人に対し,服役に当たっては,本件パチンコ店の関係者らに多大な迷惑を掛けたことを心から反省するとともに,今後は勝手な思い込みから本件のような重大な犯罪に及ぶことなく,慎重に行動する姿勢を身に付けた上社会復帰を果たして欲しいと強く希望するものである。

よって,主文のとおり判決する。

(求刑 懲役10年)

(裁判長裁判官 中谷雄二郎 裁判官 松田俊哉 裁判官 岩田瑶子)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例