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さいたま地方裁判所 平成21年(ワ)2939号 判決 2011年9月02日

原告

株式会社メデカジャパン

同代表者監査役

同訴訟代理人弁護士

大塚和成

西岡祐介

水川聡

湖山充

被告

同訴訟代理人弁護士

岡田功

原告補助参加人

同訴訟代理人弁護士

鈴木大輔

主文

1  被告は、原告に対し、4億円及びこれに対する平成21年10月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用(補助参加に要した費用を含む。)は、被告の負担とする。

3  この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

主文と同旨

第2事案の概要

本件は、かつて原告の代表取締役であった被告が、在任中、取締役会決議を経ることなく株式会社ファイティング・ブル・インベストメント(旧商号「株式会社アスクレピオス・ファンディング」。以下、商号変更の前後を通じて「ファイティング・ブル」という。)の社債を引き受けた行為について、会社法362条4項、取締役の善管注意義務及び忠実義務に違反するものであるとして、原告が、被告に対し、会社法423条1項に基づき損害の一部である4億円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める事案である。

1  前提事実(証拠を掲記しない事実は、当事者間に争いがない。)

(1)  当事者等

ア 原告

原告は、高齢者複合介護施設の運営、居宅介護支援事業等を営む株式会社であり、取締役会が置かれている。

イ 被告

被告は、原告の設立以来、原告の代表取締役の地位にあった者である。被告は、平成20年5月20日、代表権のない取締役会長となり、同年8月28日、取締役を退任した。

(2)  社債の引き受けに至る経緯等

ア 平成19年4月初旬ころ、被告は、株式会社アスクレピオス(以下「アスクレピオス」という。)の代表取締役であったB(以下「B」という。)や、丸紅株式会社(以下「丸紅」という。)の社員であったC(以下「C」といい、両者を併せて称する場合は、以下「Bら」という。)から、アスクレピオスと丸紅との共同事業についてファイティング・ブルが丸紅の事業の一部を下請けしているところ、丸紅から支払を受けるまでの間の運転資金に充てるため、ファイティング・ブルの社債を引き受けるよう打診された。

イ 被告は、別紙のとおり、平成19年4月11日から同年12月7日までの間、11回にわたり、ファイティング・ブルが発行する合計76億円の社債を原告が引き受けることを原告の代表取締役として決定し、それぞれ原告からファイティング・ブルに対し、払い込みがなされた(原告による上記引受け行為を総称して、以下「本件各引受け行為」といい、これらを個別に称する場合は、以下「第1回引受け行為」等という。また、本件各引受け行為において原告が引き受けた社債を総称して、以下「本件各社債」といい、これらを個別に称する場合は、以下「第1回社債」等という。)。

本件各引受け行為について、被告はいずれも原告の取締役会の承認を経ていなかった。

ウ 平成19年5月13日に第1回社債(5億円)が、同年10月31日には、第8回社債(8億円)及び第9回社債(8億円)が、同年11月30日には第10回社債(20億円)がそれぞれ利息を含めて償還された。(甲11)

エ 平成20年3月29日ころの新聞報道により、Bらが丸紅の信用を悪用して偽造保証書投資を募っているとの報道がされるようになった。これを受けて、原告が丸紅に確認をしたところ、アスクレピオス又はファイティング・ブルと丸紅との間の取引がいずれも存在しないことが発覚した。

オ Bらは、平成20年6月15日、丸紅が病院再生事業を手がけるとの内容の文書を偽造してアメリカの大手証券会社から98億円を詐取したとの内容の、詐欺及び有印私文書偽造・同行使の被疑事実で逮捕された。(甲15)

カ 平成20年8月4日、ファイティング・ブルについて、破産手続開始決定がなされた。同手続において、原告は、本件各社債のうち未償還であった35億円の社債について、6132万4634円の配当を受けた。(甲59)

2  争点及びこれに対する当事者の主張

(1)  本件各引受け行為が会社法362条4項に反するか。

(原告の主張)

被告は、平成19年4月11日から同年12月7日までの間、11回にわたり合計76億円の社債を原告が引き受けることを決定しているところ、これらは近接した日時に行われており、その使途や目的も同一であることに照らせば、これらは一体の引受け行為として評価すべきである。そして本件各社債の総額は、原告の平成19年5月期の事業年度における総資産額(512億7814万2000円)の約14.8%を占め、同期の現預金額(43億0492万1000円)や営業利益(7億2490万1000円)、経常利益(1億5186万4000円)をいずれも大幅に上回るものであり、本件各社債を個別にみても、原告にとって決して少額とはいえないものであった。また、本件各社債は投資を目的として行われたものであり、介護事業等を主要な事業とする原告にとって営業のために通常行われる取引に属さないものであることや、原告においては、1億円以上の投資については取締役会決議が必要とされており、実際に、少なくとも4億円を超える債権の取得については、取締役会決議を経ていたことなどを総合すれば、本件各引受け行為は、「重要な財産の処分」(会社法362条4項1号)に当たることは明らかである。したがって、被告が、原告の取締役会決議を経ることなく、独断で本件各引受け行為を決定したことは、会社法362条4項に違反するものである。

(被告の主張)

本件各引受け行為は、原告にとって「重要な財産の処分及び譲受け」に当たらず、取締役会決議を要しないから、会社法362条4項に違反するものではない。

すなわち、原告においては、本件各引受け行為の当時、本件各引受け行為を取締役会決議事項とする内規や慣行は存在しておらず、原告においては、一般に、資金運用を目的とするもの(短期間に銀行金利以上の運用益が期待できるもの)と、投資を目的とするもの(株式の持ち合いやM&Aなど長期間にわたるリスク管理が必要となるもの)とを区別し、後者についてのみ取締役会決議を経ることとし、前者については、迅速かつ機動的な判断を重視して取締役会決議を経ないものとしていた。そして、本件各引受け行為は、資金運用を目的とするものに当たるから、取締役会決議を経る必要のないものであった。実質的にみても、本件各社債の額は、1回あたり4億円ないし20億円であり、これは、原告の平成19年5月期の総資産の0.78%ないし3.90%を占めるものにすぎない。加えて、本件各引受け行為の原資となったのは、原告がアスクレピオスに不良債権を譲渡した譲渡代金等の83億円であり、これらは、原告にとって不可欠な事業用資金として確保されなければならないものではなかった。

(2)  本件各引受け行為は、被告の取締役としての裁量を逸脱するものであって善管注意義務・忠実義務に反するか。

(原告の主張)

取締役の行為がその裁量を逸脱するものとして善管注意義務違反・忠実義務違反に当たるかどうかは、かかる措置を採った時点において、①判断の前提となった事実の認識に重要なかつ不注意な誤りがないこと、及び②通常の企業経営者を基準として意思決定の内容が特に不合理・不適切なものでないことを基準に判断すべきである。

この点、被告は、本件各引受け行為以前に、アスクレピオスが原告の不良債権の受皿となってくれたことなどから、アスクレピオスやBらを信用するようになり、Bらから本件各社債の引受けを持ちかけられた際にも、ファイティング・ブルの資産状況や、アスクレピオスが丸紅との間で立ち上げたとする共同事業の真偽等について一切調査等をすることなく、Bらによる説明を軽信して、本件各社債を引き受けたのであり、その判断の前提となった事実の認識に重要なかつ不注意な誤りがあった。また、原告の事業とは直接関係のないファイティング・ブルの発行する76億円の社債を引き受けたことは、通常の企業経営者を基準として、特に不合理・不適切な決定であって、本件各社債の引き受けに係る被告の決定は、その裁量を逸脱したものであることは明白である。

したがって、被告が本件各社債の引受けを決定したことは、取締役の善管注意義務・忠実義務に違反する。

(被告の主張)

被告は、平成18年半ばころから、原告と関係のあった病院の経営権の委譲先として候補に挙がっていたアスクレピオスとの間で、経営権の委譲や原告の債権譲渡に関する協議を重ねるようになったが、協議の際には、当時、丸紅の医療担当部門の課長であったCが同席し、Bらから、アスクレピオスと丸紅とが事業において密接な関係を有している旨の発言が繰り返された。このようなことから、被告は、アスクレピオスが丸紅のバックアップを受けて事業を展開しているとの認識を有するようになった。さらに、アスクレピオスは、当時、原告が抱えていた不良債権の受皿になるなどしたことから、被告は、原告とアスクレピオスとの関係を強化することが望ましいと考えるようになった。このような中、被告は、Bらから、本件各社債を引き受けて欲しい旨の依頼を受け、アスクレピオスや丸紅との関係強化を図ることが原告にとって望ましいと判断し、また、第1回社債は、償還期限が1か月先の短期社債であり、金利も年率24%と高かったため、原告にとって有益な資金運用手段であると考えて、被告は、第1回社債を引き受けることを決定した。さらに、その後も、本件各社債のうち償還期限の到来した社債については、ファイティング・ブルから全額の償還がなされるなどしたことから、被告は、引き続き、本件各社債の引受けを行った。このように、被告は、アスクレピオスや丸紅との関係強化や、資金運用という側面から、原告にとって利益となると考えて本件各社債を引き受けることを決定したのであり、被告の上記判断は、当時の状況を踏まえた経営判断として、適切なものであった。

この点、原告は、被告が、アスクレピオスが丸紅との間で立ち上げたとする共同事業の真偽について一切調査等をしなかったことが被告の善管注意義務違反等に当たる旨主張するが、当時、Cは丸紅の担当部門の課長であったのであるから、Cを通じて共同事業の内容やその存否の確認を行うことが最も適切であったのであるし、Bらは、原告に対する詐欺事件以外にも、同様に、丸紅の信用力を利用する方法により多数の投資家を欺罔していたのであるから、被告がアスクレピオス又はファイティング・ブルと丸紅との間の共同事業が存在すると誤信をして、本件各社債を引き受ける旨の決定をしたことにも相当な理由があるというべきである。また、本件各社債の引き受けに伴う資金決済に当たっては、稟議書が起案され、常務取締役や常勤監査役によりチェックがなされていたが、本件各社債の引き受けについて、これらの者から問題である旨指摘されたことはなく、当時の監査役も、当該事業年度における取締役の職務執行について、適正である旨の監査意見を出していることも、本件各社債を引き受けたことが適正な行為であったことを裏付ける。

(3)  原告の損害及び因果関係について

(原告の主張)

本件各社債のうち35億円が未償還であったところ、ファイティング・ブルの破産手続が開始され、原告は6132万4634円の配当しか受けることができず、残額について損害を被った。

この点について、被告は、本件各社債を引き受けるかどうかについて原告の取締役会に上程していたとしても、取締役会で承認がなされなかった可能性はないから、被告の義務違反と損害との間に因果関係がない旨主張する。しかしながら、そもそも、取締役会決議を経なかったことと損害との間の因果関係を要するとすれば、取締役会決議が形骸化している場合には因果関係が認められないこととなり不合理であるから、上記の間の厳密な因果関係を要するべきではない。また、本件各社債の引受け当時、原告は日本アジアホールディングス株式会社(以下「日本アジア」という。)と業務及び資本提携契約を締結していたところ、同契約において、1億円以上の多額の投資等については日本アジアの同意を得なければならないものとされており、原告の取締役会の構成員には、原告の財務内容の健全化を図るために日本アジアから派遣された取締役2名も含まれていたことからすれば、仮に本件各社債の引受けについて取締役会に上程されていれば、本件各社債の引受けについて、少なくとも日本アジアから派遣された取締役が反対していたと考えられるから、被告が本件各引受け行為について取締役会決議を経なかったことと損害との間に因果関係があることは明らかである。

(被告の主張)

否認ないし争う。

仮に本件各社債を引き受けるかどうかについて、被告が取締役会に上程していたとしても、取締役会において、本件各社債の引受けが承認されなかった可能性はないから、被告は、本件各社債の未償還分について、原告に賠償する責任を負わない。

すなわち、原告は、本件各社債の引受けについて取締役会に上程されていれば、少なくとも日本アジアから派遣された取締役2名が反対していた旨主張するが、日本アジアの取締役が派遣されていたのは、平成19年7月17日までの期間にすぎず、それ以降に引受けられた第8回ないし第11回社債とは無関係であるし、そもそも、当時の取締役会の構成員は9名であったのであるから、日本アジアから派遣された取締役2名が反対したとしても、多数決により本件各社債の引受けに関する議案が否決されていたとは考えられない。

第3当裁判所の判断

1  認定事実

前提事実、証拠(個別に掲げるもののほかに、甲69、70、乙8、26(各枝番を含む。特に断らない限り、以下も同様である。)、証人D(以下「D」という。)、被告本人)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(1)  当事者等

ア 原告及び被告

(ア) 原告は、有限会社埼玉臨床検査研究所を前身とし、昭和50年6月2日に組織変更により設立された株式会社であり、平成16年12月までは、臨床検査事業と介護事業の双方を、それ以降は介護事業を中心に事業を営んでいた。また、原告は、医療機関の経営支援にも携わっていた。

被告は、昭和49年10月に有限会社埼玉臨床検査研究所を設立し、以後、平成20年5月20日に代表権のない取締役会長となるまで、原告の代表取締役の地位にあった。また、被告は、平成20年8月28日、原告の取締役を退任した。

(イ) 原告の平成19年5月期の事業年度における総資産額は512億7814万2000円、営業利益は7億2490万1000円、経常利益は1億5186万4000円、当期純損失は87億1871万8000円、現金及び預貯金残額は43億0492万1000円であった。

また、原告の平成20年5月期の事業年度における資産額は395億5229万円、負債額は219億8229万2000円であり、同期の営業利益は3億6477万9000円、経常利益は3億9572万7000円、現金及び預貯金残額は37億3837万5000円であった。(甲23、24)

(ウ) 本件各引受け行為の当時、原告の取締役会規程には、重要な貸付及び債務の保証について取締役会の決議事項とする旨の定めがあったが、取締役会決議を要する場合についての基準額等に関する具体的な定めはなく、他にこれを定めた明文も存在しなかった。(甲65の3)

(エ) 被告が第1回社債を引き受けることを決定した当時、原告の取締役は被告を含めて9名であり、うち2名は日本アジアから派遣されていた。なお、日本アジアから派遣されていた取締役は、いずれも平成19年7月17日に原告と日本アジアとの間の業務及び資本提携契約等が解約されたのに伴い、退任した。(甲4、12、47、62)

イ ファイティング・ブル

ファイティング・ブルは、医療、薬局、福祉機関からの診療、調剤、介護報酬債権の売買や匿名組合契約に基づく出資、投資並びに投資受託に関する業務等を行うことを目的とする株式会社であり、平成18年10月31日に設立された。平成20年8月4日、同社について破産手続開始決定がなされた。(甲5)

ウ アスクレピオス

アスクレピオスは、医療、薬局、福祉機関からの診療、調剤、介護報酬債権の売買や医療、薬局、福祉機関等への経営、財務、企画のコンサルティング等を行う株式会社であり、平成16年9月22日に設立された。平成20年3月19日、同社について破産手続開始決定がなされた。Bは、平成16年9月22日から平成20年3月7日までの間、アスクレピオスの代表取締役の地位にあった。(甲6)

エ 株式会社LTTバイオファーマ

株式会社LTTバイオファーマ(以下「LTT」という。)は、医療品や医薬部外品についての研究開発や販売等を行う株式会社であり、平成15年1月6日に設立された。LTTは、アスクレピオスの完全親会社である。Cは、平成19年6月に丸紅を退職した後、同月27日から平成20年3月7日までの間、LTTの代表取締役の地位にあった。

(2)  原告と丸紅との関わり

ア 原告は、被告が代表取締役の地位にあった平成11年12月ころ、丸紅ほか複数の企業の共同出資により、介護事業を営む株式会社日本メディケアサポート(以下「メディケアサポート」という。)を設立した。なお、同社の代表取締役は被告であった。

イ 平成12年には、原告と丸紅との間で資本業務提携契約が締結され、原告は丸紅から取締役の派遣を受け入れるようになった。

ウ 平成15年ころ、丸紅において社内の医療事業部門が縮小されたことに伴い、原告と丸紅との間の上記資本業務提携契約が解消され、原告と丸紅との間の事実関係も中断した。

(3)  被告とBらとの関わり

ア 被告は、平成18年10月ころ、原告が再建事業に関わっていた病院の移譲先候補としてアスクレピオスを紹介され、同社の代表取締役であったBと知り合った。その後、被告は、Bとの間で病院の経営権の委譲に関する事項等について協議を行うようになった。協議の場には、当時、丸紅の医療担当部門であるライフケアビジネス部の課長であったCも同席していた。

このような中、平成19年2月ころ、被告は、Bらから、アスクレピオスがLTTと業務提携関係にあることや、丸紅のライフケアビジネス部がLTTとの業務提携を予定していること、BらがLTTの役員に就任する予定であることなどを伝えられた。これにより、被告は、丸紅が再び医療関係の事業に強い関心を有していると認識するようになった。

イ また、原告は、医療法人や原告のグループ会社である有限会社三裕(現在のメディケアサポート。以下「三裕」という。)等に対して多額の営業債権等を有しており、平成18年ころから、原告の財政の健全化を図るためにこれらの債権の譲渡を検討していた。そうしたところ、Bは、被告に対し、原告が有するこれらの債権を買い取りたいとの意向を示すようになった。そして、平成19年2月28日、原告は、医療法人財団桜会(以下「桜会」という。)に対する額面16億円の債権を8億円でアスクレピオスに譲渡し、同年4月には、アスクレピオスから譲渡代金が支払われた。

(4)  本件各社債の引受けに至る経緯

ア 平成19年4月初旬ころ、被告は、Bらから、ファイティング・ブルの社債を引き受けることについて打診を受けるようになった。Bらの説明によれば、アスクレピオスと丸紅は医療関係の共同事業を立ち上げており、同事業について、ファイティング・ブルが丸紅の下請けに入っているところ、ファイティング・ブルが丸紅から下請け代金の支払をうけるまでの運転資金が必要であるため、ファイティング・ブルの社債を引受けて欲しいとのことであった。また、被告は、Bらから、ファイティング・ブルは、Bらが実質的に支配している会社であり、アスクレピオスの役職員が経営に携わっている、丸紅がファイティング・ブルに下請けの代金を支払うことは確実であるため、社債の償還は確実であるなどと説明を受けた。

イ 被告は、これまでの債権譲渡をめぐるBらとの関係から、Bらとの取引に信頼を置くようになっていたこと、実質的には丸紅による支払がファイティング・ブルの償還原資となっており、償還の確実性が高いと認識したこと、ファイティング・ブルの社債を引き受けることが丸紅との関係強化に繋がる上、社債の利率が24%と高く、償還期間も短期であるなど資産運用手段としても合理的であると考えたことなどから、ファイティング・ブルの発行する社債を引き受けることを決定した。そして、原告は、平成19年4月11日、ファイティング・ブルが発行する5億円の社債(第1回社債)を以下の条件で引き受けた。(甲66の1)

名称 第3回無担保社債(少人数私募)

発行総額 金5億円

利率 年24%(年365日日割計算)

償還期限等 平成19年5月10日に一括支払

特約 当該社債の引当てとなる資産を、丸紅の納品請求受領書(平成19年4月10日発行、医療法人蘇西厚生会松波総合病院向け業務委託資料一式納品請求受領書)に基づく支払金額に限定する。

ウ 被告は、遅くとも平成19年5月7日までに、ファイティング・ブルが3回に分けて発行する総額12億円の社債(第2回ないし第4回社債)を原告が引き受けることを決定し、原告は、同月7、8、9日の3回にわたりこれらを引き受けた。これらの社債についても、当該社債の引当てとなる資産を、丸紅の納品請求受領書に基づく支払金額に限定する旨の特約が付されていた。他方、第2回ないし第4回社債については、第1回社債とは異なり、利率が5%(年365日日割計算。以下も同様である。)であり、償還期限も平成20年5月2日、同月7日、同月8日と一年近く先であった。(甲66の2ないし4)

エ 原告は、平成19年5月10日、第1回社債(5億円)の償還を受けた。

オ さらに、被告は、遅くとも平成19年6月1日までに、ファイティング・ブルが3回に分けて発行する総額18億円の社債(第5回ないし第7回社債)を原告が引き受けることを決定し、原告は、同月1日、4日、5日の3回にわたりこれらを引き受けた。なお、第5回ないし第7回社債についても、当該社債の引当てとなる資産が丸紅とアスクレピオスとの共同事業に契約に基づく支払金額に限定されていた。その他、利率や、償還期限が1年近く先に設定されていたことは、第2回ないし第4回社債と同様であった。(甲66の5ないし7)

カ その後、被告は、平成19年8月1日、同月28日、同年11月5日付けで、それぞれ8億円、8億円、20億円のファイティング・ブルが発行する社債(第8回ないし第10回社債)を原告が引き受けることを決定し、原告はこれらを引き受けた。なお、本件各社債のうち、第8回社債以降については、社債の償還原資をファイティング・ブルの特定の財産に限定する旨の特約(以下「責任限定特約」という。)は付されていなかった。

第8回及び第9回社債については、償還期限である平成19年10月31日に、第10回社債については、償還期限前の同年11月30日にそれぞれ全額が償還された。(甲66の8ないし10)

キ 被告は、平成19年12月7日付けで、ファイティング・ブルが発行する5億円の社債(第11回社債)を原告が引き受けることを決定し、原告はこれを引き受けた。なお、その後は、Bらからの要望がなかったため、原告がファイティング・ブルの社債を引き受けたのは、この時が最後であった。(甲66の11)

ク 本件各引受け行為について、被告は、原告の取締役会決議を経ていなかった。また、本件各引受け行為の際に、被告自身が社債要項を確認したことはなく、被告は、第1回ないし第7回社債の償還原資が特定の財産に限定されていることも認識していなかった。さらに、被告は、本件各引受け行為に当たり、事前に、自ら共同事業契約書(甲68の2の1・2)や納品請求受領書(甲67の2の1ないし3)を確認したり、原告の他の役員等を通じて、これらの内容を確認したりしたこともなかった(この点、Dは、証人尋問において、平成19年5月又は6月ころ、アスクレピオスにおいて、共同事業契約書や納品請求受領書等を見せられ、その内容を被告にも伝えた旨供述するが、この点に関するDの供述は極めて曖昧である上、Dは、本件訴訟提起前には、監査に対応するために本件各引受け行為の後にこれらの書面を受領したとの上記と反する内容を述べていたのであり(甲70)、後述のとおり、Dは原告の担当者を通じて平成20年1月にこれらの書面をメールで受領しており、この事実は本件訴訟提起前の上記Dの供述と整合していることからすれば、平成19年5月又は6月ころに共同事業契約書や納品請求受領書等を見て、その内容を被告にも伝えた旨のDの上記供述は信用することができない。)。

(5)  本件各引受け行為後の事情

ア Dは、平成20年1月8日、アスクレピオスの担当者から、第2回ないし第4回社債の償還原資である、丸紅がファイティング・ブルに対して発行した納品請求受領書を原告の担当者を通じて受領した。また、Dは、同月15日、アスクレピオスの担当者から、第5回ないし第7回社債の償還原資である、丸紅とファイティング・ブルとの間の共同事業契約書、及びファイティング・ブルが原告に対して発行した「当社の業績予想について」と題する書面(以下「業績予想書面」という。)を原告の担当者を通じて受領した。(甲67、68)

イ 平成20年3月30日ころ、Bらが丸紅名義の保証書を偽造し、丸紅の信用を利用して投資を募っているとの新聞報道を契機に、本件各社債の前提となったアスクレピオス又はファイティング・ブルと丸紅との間の取引が存在しないことが発覚した。

2  本件各引受け行為が会社法362条4項に反するか(争点(1))

ある財産の処分が、会社法362条4項1号の「重要な財産の処分」に当たるかどうかは、当該財産の価額、その会社の総資産に占める割合、当該財産の保有目的、処分行為の態様及び会社における従来の取扱い等の事情を総合的に考慮して判断すべきである(最高裁第1小法廷平成6年1月20日判決・民集48巻1号1頁参照)。

(1)  本件各社債の額や原告の総資産に占める割合等

認定事実によれば、本件各社債の額は、4億円ないし20億円であり、他方、原告の平成19年5月期の総資産は512億7814万2000円、20年5月期の総資産は395億5229万であって、本件各社債額は各事業年度の総資産の0.78%ないし5%を占めるものである上、原告の現金及び預貯金残額は、平成19年5月期で43億0492万1000円、平成20年5月期で37億3837万5000円であったことと比較しても、本件各社債の額は少額とはいえない。加えて、第2回引受け行為以降、本件各引受け行為は、従前に引き受けた社債が償還されないうちに決定されており、未償還社債の累計額は、第2回ないし4回社債を引き受けた時点で17億円、第5回ないし第7回社債を引き受けた時点で30億円(なお、この時点で未償還であった社債の償還期限は、いずれも1年近く先であった。)、第8回社債を引き受けた時点で38億円、第9回社債を引き受けた時点で46億円、第10回社債を引き受けた時点で50億円、第11回社債を引き受けた時点で35億円にそれぞれ上っていたことを考慮すると、本件各社債の額は、原告の財務状況に相当程度の影響を及ぼし得るものであった。

この点、被告は、本件各社債の引受けの主な原資となったのは、平成19年11月末までに、アスクレピオスが三裕の有する営業債権を30億円で譲り受けたことにより原告が三裕から回収することが可能となった30億円、及びアスクレピオスの指定した合同会社のヒポクラテスに債権を譲渡した際の譲渡代金53億円であって、これらは原告にとって余剰資金と評価できるものであった旨主張する。しかしながら、結局、本件各社債の一部が償還されなかったことに照らすと、原告は増資や他社からの借入れを余儀なくされたこと(以上、甲21、70、乙23、証人D)からしても、被告の上記主張は不合理であるといわざるを得ず、採用することができない。

(2)  原告における従前の取扱い及び保有目的

平成17年8月2日に締結された原告と日本アジアとの業務及び資本提携契約において、原告における決定につき日本アジアの同意を要する行為として「1億円以上の多額の投資」が挙げられており、同事項が取締役会決定事項であることについては、可及的速やかに原告の取締役会規定においても明定することとされていた(甲22)。また、被告自身、本件訴訟提起前の出資予定企業による調査や本件各社債にかかる告訴を行う際に警察に提出するために作成した陳述書においては、原告においては1億円以上の投資については取締役会決議が必要であり、本件各引受け行為についても本来であれば取締役会決議が必要であるとの認識を表明していた(甲62、69。なお、かかる被告の供述が信用できることについては後述。)。実際、原告が平成17年10月31日に、利率年5%、償還期間を1か月とするJAリバイバル戦略ファンドへの10億円の投資をする際にも、取締役会決議を経ていた(甲63)。これらの事情からすれば、本件各引受け行為の当時、原告においては、少なくとも1億円以上の投資等の際には取締役会決議を要するとの慣行があったものと認めるのが相当である。

この点、被告は、本人尋問において、原告において1億円以上の投資等の際に取締役会決議が必要であるとの慣行はなく、株の持ち合いや不動産の売買等、長期に渡るリスクのあるものは「投資」として取締役会決議を経るものとされていた一方、短期間に高利の運用が確実に期待できるものについては、金額の多寡を問わず「資産運用」として取締役会決議を要しないものとしており、本件各引受け行為は上記のうち「資産運用」に当たるものであった旨供述し、Dもこれに沿う供述をする。しかしながら、被告やDは、本件訴訟提起前にも出資予定企業による調査や警察による調査等により原告内部の意思決定方法について度々尋ねられていたにもかかわらず、上記趣旨の発言をした事実は窺われず、かえって原告においては1億円以上の投資には取締役会決議を要しており、本件各引受け行為も本来は取締役会の決議事項であったとの上記とは異なる供述をしていた上(以上、甲62、69、70)、本件訴訟においても、上記趣旨の供述及び主張は、尋問の段階に至って初めてなされたものであり(弁論の全趣旨)、かかる供述の経緯は不自然なものであるといわざるを得ない。また、被告やDの本人尋問ないし証人尋問における供述によれば、「投資」か「資産運用」かの区別は被告とDとで行っていたというのであり、その区別も曖昧かつ不合理なものといわざるを得ない上、上記のとおり、原告が平成17年に、被告の分類によれば「資産運用」に当たるとしか考えられない利率年5%、償還期間1か月の10億円の投資を行った際にも取締役会決議を経ていたことなどの客観的事実にも反するのであって、原告において係る慣行があったとは考え難い。かえって、本件訴訟提起前被告やDの上記供述は、Bらによる詐欺被害についての警察に対する報告や、増資に伴う他社からの原告の財務状況等に関する調査等、被告やDにとってあえて不利益な発言をする理由のない状況の下で行われたものであり、信用することができるというべきである。

(3)  取引等の態様、その他の事情

以上のほか、本件各社債のうち、とりわけ第1回ないし第7回社債については、責任限定特約により償還原資となる財産が限定されており、特にリスクが高いものであった上(甲62)、本件各社債は、いずれもファイティング・ブル1社の社債であって、リスク管理という点からはより慎重な検討が求められるものであった。

さらに、以上の点に加え、本件各引受け行為は、それぞれ別個の引受け行為として行われているものの、8か月という短期間に11回にわたり繰り返し行われ、その引受け残高も最高で50億円という多額なものである上、その目的も共通しており、本件各引受け行為の都度、被告が本件各社債の内容を検討していたなどの事情も認められない。

(4)  まとめ

以上に説示した本件各社債の額や原告の総資産に占める割合等、原告における従前の取扱い及び保有目的、取引の態様その他の事情に照らすと、本件各引受け行為は、いずれについても、「重要な財産の処分」(会社法362条4項1号)に当たり、取締役会決議を要するものであったと解するのが相当である。

したがって、被告が、取締役会決議を経ることなく本件各社債を引き受けたことは、会社法362条4項に反する。

3  本件各引受け行為は、被告の取締役としての裁量を逸脱するものであって善管注意義務・忠実義務に反するか。(争点(2))

(1)  以上のとおり、被告が取締役会決議を経ることなく本件各引受け行為を行ったことは、会社法362条4項に反するものであり、被告は、原告に対し、会社法423条1項に基づく責任を負うこととなるが、訴訟の経過に鑑み、被告が本件各引受け行為を決定したことが取締役としての裁量を逸脱するものであるかどうかについても、以下検討する。

株式会社における取締役の判断が善管注意義務及び忠実義務に違反するかどうかは、取締役の経営上の判断が、その性質上、将来の企業経営や経済情勢についての予測等、不確実な事情を前提とする判断とならざるを得ないことからすれば、その判断の前提となった事実の調査及び検討について特に不注意な点がなく、その意思決定の過程及び内容がその業界における通常の経営者の経営上の判断として特に不合理又は不適切な点がなかったかどうかという点を基準として判断すべきである。

(2)  そこでまず、本件各引受け行為の前提となった事実の調査及び検討について被告に不注意な点がなかったかどうかについて検討する。本件では、本件各社債の引受けの前提となった丸紅とアスクレピオス又はファイティング・ブルとの間の共同事業が存在せず(なお、第1回ないし第7回社債については、丸紅とアスクレピオスとの共同事業に係るファイティング・ブルの丸紅に対する債権に償還原資を限定する旨の責任限定特約が付されていたことから、これらの社債については、当初から償還原資が存在しなかったこととなる。)、また、少なくとも本件各社債の償還期限において、ファイティング・ブルには本件各社債の償還原資となる十分な資産も存在しなかったために、原告は、最終的には本件各社債のうち34億円余を回収することができなくなったのであるから、丸紅とアスクレピオス又はファイティング・ブルとの間の共同事業の存否や事業が実行されることの確実性、ファイティング・ブルの資産状況等についての調査や検討が尽くされていたかどうかが問題となる。

そこで検討するに、本件各社債の発行体であるファイティング・ブルは、資本金1万円の非上場会社であり(甲5)、本件各社債は格付け会社の格付けを取得していない(甲66の1ないし11)。また、本件各社債のうち第1回ないし第7回社債合計35億円については、その引き当てとなる資産を丸紅の納品請求受領書に基づく支払金額等に限定するという責任限定特約が付されている(甲66の1ないし7)。このような本件各社債の発行体の状況、その格付け状況及び償還原資を考慮すると、本件各社債を引き受けるか否かを判断するに当たっては、ファイティング・ブルが真実丸紅に対して債権を有しているか否かの調査が必要不可欠であり、特に上記責任限定特約に照らすと、ファイティング・ブルの丸紅に対する債権に担保権の設定を受けることも真剣に検討する必要があったというべきである。しかるところ、認定事実によれば、被告は、平成19年4月初旬ころ、Bらから、ファイティング・ブルの社債を引き受けることについて打診を受け、その僅か数日後である同月11日ころには第1回社債を引き受けているところ、その間、被告は、社債要項を確認したことはなく、第1回社債の償還原資が特定の財産に限定されていることも認識していないなど、本件各社債の内容や取引条件についての調査・検討すら十分に行っていなかった。また、被告は、少なくとも、原告の担当者が平成20年1月に、第2回ないし第7回社債の償還原資となる丸紅とファイティング・ブルとの間の契約に係る納品請求受領書や共同事業契約書を受領するまで、これらの内容を確認したことはなく、さらに、本件各引受け行為に当たり、被告がファイティング・ブルの資産や財務状況を確認したことを窺わせる事情も証拠上認められないなど、本件各社債を引き受けることによる原告のリスクを判断するための基礎的な調査も欠いていた。かえって、被告は、原告がかつて有していた不良債権を、アスクレピオスが中心となって引き受けてくれたことなどから、Bらを信用するようになり、また、Bらから、アスクレピオスがLTTと業務提携関係にあり、丸紅のライフケアビジネス部がLTTとの業務提携を予定していること、BらがLTTの役員に就任する予定であることなどを聞いていたことから、アスクレピオスと丸紅との間の共同事業及び丸紅とファイティング・ブルとの間の取引が存在するものと安易に信じ、ファイティング・ブルと丸紅との間の上記取引が存在することについて調査を尽くさず、また、本件各社債の引受けによるリスク判断の指標となるファイティング・ブルの資産調査等を怠ったものと認められる。

(3)  このように、本件各引受け行為についての被告の調査は極めて不十分なものであったことに加え、被告がBらからファイティング・ブルの社債の引受けを打診されてから第1回社債の引受けを決定するまでの期間は極めて短期であって、その適否について被告が十分な検討を尽くしたとは解し難いことや、被告は、原告が本件各社債を引き受けることについて取締役会決議に上程することもなかったなどの意思決定の態様、上記2で述べたとおり、本件各社債の額は少額とはいえず、しかも本件各社債の一部は責任限定特約が付されているなどリスクの高いものであったことも加味すれば、被告において、本件各社債の引受けを決定したことが合理性を欠く不適切なものであったことは明らかである。

この点、被告は、本件各引受け行為について、原告の監査役から不適切であるとの指摘を受けていないことなどから、本件各社債の引受けを決定したことは客観的にみて適切であった旨主張するが、本件各社債の発行体や償還原資等に関する上記説示に照らすと、監査役から上記指摘を受けなかったからといって、本件各社債の引受けを決定したことが合理性を欠く不適切なものであったとの上記判断が左右されるものではないから、被告の上記主張は採用することができない。

(4)  以上によれば、被告が本件各引受け行為を決定したことは、取締役としての裁量を逸脱し、善管注意義務・忠実義務に反するものであったというべきである。

4  原告の損害及び因果関係について(争点(3))

(1)  原告は、本件各社債のうち未償還の35億円から、ファイティング・ブルの破産手続における配当額6132万4634円を控除した34億3867万5366円について最終的に回収をすることが不可能となったから、本件各引受け行為によって同額の損害を被ったと認められる。

(2)  そして、上記のとおり、本件各引受け行為は、8か月という短期間にわたり総額76億円という多額の社債を引き受けるというものであり、本件各社債を引き受けることによるリスクも相当程度あったことに加え、認定事実、証拠(甲39ないし45、50、51)及び弁論の全趣旨によれば、本件各引受け行為がなされた期間のうち、当初から平成19年7月17日に原告と日本アジアとの業務及び資本提携契約が解約されるまでの間は、原告の取締役は9名であり、うち2名は日本アジアから派遣されていたところ、当時、日本アジアは原告の筆頭株主であり(甲21)、かつ原告の業務及び資本提携契約先という立場で、原告とは長年緊張関係にあったこと、とりわけ、日本アジアは、平成19年4月20日付けで日本アジアから原告に対し経営改善に関する提案書を交付する(甲45)など原告の財務状況に強い関心を有していたと認められることからすれば、本件各社債を引き受けるかどうかについて、事前に取締役会に決議事項として上程されていれば、取締役会の場で、本件各引受け行為の是非について各取締役から多角的な検討がされた上、本件各引受け行為によるリスク等についてより慎重な調査等が提案された可能性がある。殊に、上記認定のとおり、本件各社債の発行体であるファイティング・ブルは、資産金1万円の非上場会社であり、しかも本件各社債のうち第1回ないし第7回社債合計35億円については、その引き当てとなる資産を丸紅の納品請求受領書に基づく支払金額等に限定するという責任限定特約が付されていたから、本件各社債を引き受けるか否かの判断に当たっては、ファイティング・ブルが真実丸紅に対して債権を有しているか否かの調査検討が必要不可欠であり、特に上記責任限定特約に照らすと、ファイティング・ブルの丸紅に対する債権に担保権の設定を受けることも真剣に検討されてよい事柄であったということができる。もしも本件各社債の引受けの可否に関する議案が原告の取締役会に提出されていたならば、日本アジア側から上記のような問題が指摘され、被告としてもこれについての慎重な調査と検討を余儀なくされる結果、本件各社債を引き受けることの問題点が表面化していた可能性が高かったものと考えられる。以上によれば、本件各引受け行為の是非について原告の取締役会に上程されていれば、本件各引受け行為によるリスク等についてより慎重な調査等が提案され、結果的に本件各引受け行為につき否決されていた合理的な可能性があったというべきである。

そして、本件各引受け行為は、8か月という短期間のうちに繰り返されたものであり、本件各引受け行為の内容に照らすと各取引の個別性も低いものであることからすれば、本件各社債を引き受けるとの意思決定が積み上げられてきたことは、当然に以後の社債を引き受けるかどうかについての検討に当たっても相当程度の影響を与えたものと解されるから、日本アジアから派遣された者が取締役を辞任した後に行われた社債の引受け(第8回ないし第11回引受け行為)による損害についても、因果関係が認められるというべきである。

以上によれば、被告が会社法362条4項に違反して本件各社債を引き受けた行為と上記(1)で認定した損害との間には因果関係が認められる。

(3)  さらに、上記3で述べたように、被告には、丸紅とファイティング・ブルとの間の取引の存否や事業が実行されることの確実性、ファイティング・ブルの資産状況等についての調査や検討を尽くさず、結果的に本件各社債を引き受けた点について、取締役としての善管注意義務違反及び忠実義務違反が認められるところ、被告においてこれらの調査・検討を慎重に行っていれば、本件各社債がその償還の裏付けを欠くものであることが判明した可能性が高いと推認することができるから、これらの義務違反と上記損害との間に因果関係が認められることは明らかである。

第4結論

以上によれば、被告は、原告に対し、会社法423条1項に基づき、上記の損害の内金4億円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成21年10月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払う義務を負うから、原告の請求は理由がある。

よって、原告の請求を認容することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤下健 裁判官 村主幸子 濵辺麻由)

(別紙)<省略>

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