さいたま地方裁判所 平成21年(ワ)3720号 判決 2010年10月12日
住所<省略>
原告
X
訴訟代理人弁護士
福村武雄
同
神野直弘
住所<省略>
被告
Y1
住所<省略>
被告
Y2
主文
1 被告らは,原告に対し,連帯して556万円及びこれに対する平成21年12月6日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告Y2は,原告に対し,190万円及びこれに対する平成21年12月6日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 原告の被告Y1に対するその余の請求を棄却する。
4 訴訟費用は,原告と被告Y1との間においては,原告に生じた費用の8分の3を同被告の,同被告に生じた費用の4分の1を原告の負担とし,その余は各自の負担とし,原告と被告Y2との間においては,原告に生じた費用の2分の1を同被告の負担とし,その余は各自の負担とする。
5 この判決は,原告勝訴部分に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
被告らは,原告に対し,連帯して746万円及びこれに対する平成21年12月6日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2当事者の主張
1 請求原因
(1) 取引経過
原告は,平成21年7月ころ,被告Y1(被告Y1)からイラクディナールの投資に関する取引の勧誘を受けた。その際,被告Y1は,原告に対し,1口1000万イラクディナールを500万円で購入できる,近いうちにイラクディナールの価値は10倍以上値上がりするとの説明を行った。
原告は,被告Y1の説明により,1000万イラクディナールが500万円の価値であり,近いうちにイラクディナールの価値が上昇すると誤信し,被告らとの間でイラクディナールの投資に関する取引(本件取引)を行う旨の契約(本件契約)を締結した。原告は,被告Y1の指示に従い,平成21年7月14日,原告宅に現金を受け取りにきた被告Y2(被告Y2)に対し,500万円を手渡した。
原告は,被告Y1の勧誘により,同月26日にも,被告Y2に300万円を手渡した。
(2) 不法行為
ア 詐欺等
平成21年7月当時の平均為替相場によると,1イラクディナールは約0.08279円であり,1000万イラクディナールはわずか約82万7900円であった。また,平成21年11月23日時点においても,1イラクディナールはわずか0.07730円である。
被告Y1は,原告に対し,当時のイラクディナールの実際の価値を告知しないばかりか,あたかも1000万イラクディナールが500万円の価値があるかのような虚偽の説明を行い,かつ,イラクディナールが近いうちに10倍以上値上がりするかのような説明を行って,合計800万円もの金員を支払わせたのであり,このような勧誘行為は詐欺行為にあたり,また,このようなイラクディナールの売却は暴利行為にあたり,違法な行為である。
被告Y2は原告から現金を受け取るなど,被告Y1の詐欺行為等に必要不可欠な行為を行っていることから,原告Y1と共に共同不法行為責任を負う。
イ 無登録業者による金融商品販売行為
被告らは,投資金名目で原告から現金の交付を受けているが,証券業登録又は金融商品取引業の登録を行っていない。被告らは,いわゆる無登録業者であるにもかかわらず,あたかも近いうちにイラクディナールの価値が上昇し,多額の利益が得られるかのような甘言を弄し,これを信じた原告から,実際のイラクディナールの価値に比して著しく高額な金員を騙取したものであり,このような行為は証券取引秩序を逸脱し,取引公序を著しく逸脱するものであって,違法な行為である。
被告Y2は原告から現金を受け取るなど,被告Y1と共に無登録営業行為を行っているのであり,原告Y1と共に共同不法行為責任を負う。
ウ 損害
(ア) 取引金額相当損害金 800万円
(イ) 弁護士費用 80万円
(ウ) 合計 880万円
(3) 消費者契約法違反
ア 不実の告知
被告らは,実際には1000万イラクディナールがわずか82万7900円であったにもかかわらず,あたかも1000万イラクディナールが500万円の価値があるかのような虚偽の事実を原告に告げていることから,取引内容における重要事項について,事実と異なることを告げて,勧誘を行ったといえる。そして,原告は,上記勧誘により,告げられた事実が真実であると誤認をして現金を交付したのであるから,被告らの上記勧誘行為は消費者契約法4条1項1号の不実の告知に該当する。
イ 断定的判断の提供
被告らは,イラクディナールの価値が上昇するかどうか不確実であったにもかかわらず,本件取引の勧誘の際,原告に対して,相場上昇により確実に利益が出ると述べており,上記勧誘は,断定的判断の提供に当たる。そして,原告は,被告らから提供された上記断定的判断の内容が確実であると誤信をして現金を交付したのであるから,上記勧誘行為は消費者契約法4条1項2号に該当する。
ウ 不利益事実の不告知
被告らは,本件取引勧誘の際,原告に対し,イラクディナールの価値の上昇など原告に有利な事実を告げるのみで,価値下落可能性及び実際のイラクディナールの価値という重要事項について,原告に不利益となる事実を故意に告げていない。このため,原告は,これらの事実が存在しないと誤信して現金を交付しているのであり,上記勧誘行為は消費者契約法4条2項にも該当する。
エ 取消し
原告は,被告らに対し,訴状をもって,消費者契約法4条1項1号,2号,同条2項により,本件契約を取り消す旨の意思表示を行う。
よって,被告らは,原告が交付した800万円を不当に利得していることとなる。
オ 悪意の受益者
被告らの勧誘行為は,上記のとおり消費者契約法に違反しており,被告らは,原告から現金の交付を受けたときから悪意であった。本件のような違法な取引に関する紛争では,一般消費者は,権利救済のためには弁護士に委任して訴訟提起することが不可欠である。したがって,原告がその代理人に支払うべき弁護士費用は民法704条後段の損害に当たる。その額は80万円を下ることはない。
(4) よって,原告は,被告らに対し,不法行為に基づいて,連帯して,損害賠償金880万円から被告Y2から返還を受けた134万円を控除した残金746万円及びこれに対する不法行為の後の日である平成21年12月6日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払,又は,不当利得返還請求権に基づき,連帯して,不当利得金800万円から上記134万円を控除した残金666万円,民法704条後段の損害80万円及びこれらに対する訴状送達の日の翌日である平成21年12月6日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を選択的に求める。
2 原告Y1の請求原因に対する認否
(1) 請求原因(1)の事実は否認する。
被告Y1は,平成21年4月20日から同年7月15日まで,株式会社フォーナイン(フォーナイン)に勤務し,特定商取引に基づく営業管理担当であったが,イラクディナールの購入に関する投資販売業者ではない。被告Y1は,原告の金投資の担当をしていた。
同年6月下旬に,原告との間でイラクディナールの話になり,1イラクディナールあたり10銭以下であるが,原油埋蔵量世界第3位で,将来的には貨幣価値が出てくる可能性はあると思うなどとの話はしたが,1000万イラクディナールが500万円の価値があるという虚偽の事実を告げたり,何年後に何倍になるとかの具体的な話はしていない。
被告Y1は原告に被告Y2を紹介しただけで,お金の授受,資料の送付,会話のやりとりなどはすべて原告と被告Y2との間で行われたものであり,イラクディナールの販売に被告Y1は直接関与していない。
(2) 請求原因(2)は争う。
なお,両替業務は,現在は大臣の認可を必要としない。
(3) 請求原因(3)は争う。
原告は株式取引,商品先物取引等の経験を豊富に有しており,平成21年4月下旬の金取引勧誘当時から,金融商品にはリスクがあるとアドバイスしており,断定的判断の提供や,不利益事実を故意に告げていないということはない。
3 被告Y2の請求原因に対する認否
(1) 請求原因(1)のうち,平成21年7月14日と同月28日に原告から現金を受け取ったことは認めるが,その余の事実は否認する。
被告Y1は,フォーナインのチーフマネージャーで,原告を被告Y2に紹介した者であり,被告Y2は,投資情報提供をするT.S.FUNDの代表である。
被告Y2は,原告にイラクディナール紙幣を個人的に譲渡したのである。
被告Y2は,原告に対し,イラクディナールの実勢レートは10銭程度であり,購入価格は実勢レートに諸費用やリスクが上乗せとなった価格となっていると説明している。原告も,購入前にインターネットで調べて,ネット価格の方が割安であったことも十分承知の上で,被告Y2にイラクディナールの購入を依頼しているのである。また,購入に当たっては,長期保有が前提であることを再三説明している。
(2) 請求原因(2)は争う。
イラクディナールの実勢レートは被告Y2が原告に伝えており,原告もインターネットで調べている。
現在では,両替業務は自由に行うことができる。
被告Y2は,事前に原告と連絡を取り合い,購入意思を確認している。
(3) 請求原因(3)は争う。
原告は,もともとフォーナインの顧客であり,先物取引を行っており,金の相場でもうけが出ていた。原告は,他にも株式投資や投資信託など資金運用を行っており,リスクを認知していなかったということはあり得ない。現に,原告は,被告Y2に,リスクに関する質問をしている。
第3当裁判所の判断
1 事実経過
(1) 原告と被告Y2との間では,原告が被告Y2に対し,イラクディナールの購入代金として,平成21年7月14日に500万円,同月28日に300万円交付したことは,争いがない。
(2) 上記争いがない事実,証拠(甲10,丙7,原告本人),後掲各証拠及び弁論の全趣旨によると,次の事実が認められる。
ア 原告は,昭和14年○月○日生まれの女性である。原告は,短期大学を卒業後,事務の仕事をしていたが,結婚を機に退職し,専業主婦であった。子どもが大きくなると,また事務の仕事をするようになったが,40歳くらいのときに辞め,平成21年当時は,年約90万円の年金収入があった。預金等の資産は約2000万円あった。
原告は,平成12年ころ,数か月間ほど先物取引を行ったことがあり,平成15年ころには,投資信託を行ったこともあった。また,原告は,平成17年か18年ころ,ネット口座を開設して,その後数回株式の取引を行ったことがあった。
イ 被告Y1は,平成21年4月からフォーナインに勤務していた。(甲1)
原告は,被告Y1の勧誘で,フォーナインとCFD取引を行い,60万円投資したことがあったが,二,三か月で止めた。この取引では,原告は,損失はなかったが,ほとんど利益も得られなかった。
ウ 同年7月ころ,CFD取引の関係で,毎日のように被告Y1から原告に電話がかかってきていたが,その度に,被告Y1は,原告に対し,本件取引の勧誘していた。同月4日ころ,被告Y1から原告に電話がかかり,1口500万円で1000万イラクディナールを購入することができる,近いうちにイラクディナールが10倍以上値上がりすると説明し,自分もイラクディナールを大量に購入していると話して,本件取引を勧め,原告は,上記説明から,本件取引を行うこととした。被告Y1は,被告Y2を紹介する,同人が500万円を取りに行くと告げた。
その後すぐに,被告Y2から原告に電話がかかり,被告Y2は,原告に対し,上記と同様の説明を行い,原告に本件取引を行う意思があることを確認した。
エ 被告Y2は,同月14日,原告の指示で原告宅近くの役場で原告と会い,原告から500万円を受領した。(甲5)
その際,被告Y2は,原告に対し,「T.S.FUND Y2」と書かれた名刺を交付したが,その名刺には,「国際テクニカルアナリスト連盟(IFTA)検定テクニカルアナリスト,日本FP協会正会員ファイナンシャルプランナー」「T.S.FUND Y2」と書かれていた。(甲2)
さらに,被告Y2は,原告に対し,「IQD【イラクディナール】」という表題の本件取引に関する資料(本件資料),及び「急速に進むイラクの経済復興,日本人の知らなかったイラク」という表題の書面(本件書面)を郵送した。(甲3,4,8)
本件資料には,投資金額,購入イラクディナール,期待収益が表形式で記載されており,1口の場合は,投資金額が500万円,購入するイラクディナールが1000万イラクディナールであり,期待収益が,1イラクディナールが1円になれば1000万円,5円になれば5000万円,10円になれば1億円,26円になれば2.6億円,100円になれば10億円,400円になれば40億円であると記載され,1イラクディナールが10円になった場合と26円になった場合の記載部分は背景色がついて,強調されていた。また,欄外には,「戦争以前は436円/IQD」「※2009/6時点での中東主要国レート サウジアラビア約26円/サウジリヤル,UAE(アラブ首長国連邦)約26円/ディルハム,カタール約26円/カタールリヤル,クウェート約333円/クウェートディナール」と記載され,さらに「※元本が保証されている商品ではありません。最終的なご判断はお客様ご自身でお願い致します。※上記の価格は現時点のものであり,イラク情勢・為替情勢等により変動する場合があります。あらかじめご了承ください。※入手困難な状況や在庫等の事情により必ずしも商品が確保出来るとは限りません。」と記載されていた。(甲3)
また,本件書面には,イラクの治安が回復し,イラクは経済的に復興しており,諸外国の企業や投資家などが投資をしているなどということが写真入りで記載されており,「T.S.FUND Y2」と書かれていた。(甲8)
オ その後,被告Y2から電話があり,追加でイラクディナールを購入しないかと勧誘さわたが,原告は資金がないということで,これを断った。すると,平成21年7月24日,被告Y1から電話がかかり,追加投資をするよう勧誘され,一度500万円を出しているので,200万円でも300万円でもイラクディナールを購入できると説明された。その翌日,被告Y2から300万円を受け取りに行くと電話がかかり,原告はこれを支払うことを約束した。
カ 原告は,同月28日,自宅近くの役場で,被告Y2に300万円を渡した。(甲6)
キ 原告は,同月31日,被告Y1から電話でさらに200万円イラクディナールを購入するよう勧誘されたが,被告Y2に,もうこれ以上イラクディナールは購入しないと告げた。
ク 被告Y2は,その後,原告に,同年8月2日付けの日本経済新聞の写し(本件新聞写し)を送付した。
本件新聞写しには,「湾岸国,原油高止まりで財政黒字4年で14倍に」「オイルマネー膨張」という見出しの記事が掲載されており,その記事には,サウジアラビアなど湾岸6か国の財政黒字の総額は,2008年までの4年で2004年までの4年の14倍に膨らんだとか,湾岸6か国の英国内の銀行の預金残高が2004年から急増し,ピークの2007年末には3年前の3倍に増えたとかいうことが書かれていた。また,その記事の横には,「今回の原油暴騰時は,戦争後ということもあり,原油輸出が限定されていたイラクでしたが,原油埋蔵量推定世界一となったイラクが今後一番恩恵を受ける国になる事は時間の問題です。財政黒字が4年で14倍!オイルマネー膨張中!!」と書かれたメモがつけられていた。(甲4)
ケ 原告は,本件取引を継続することに不安を覚え,平成21年8月12日,被告Y2に対し,イラクディナールの購入を撤回するので,支払った800万円を返金するようにという内容の通知書をファックス送信した。すると,被告Y1から電話がかかり,イラクディナールの購入を撤回しないようにと求められた。原告は,翌13日に,被告Y2に対し,改めて電話で800万円の返還を求めた。(甲11)
コ 被告Y2は,800万円のうち640万円で知り合いから1600万イラクディナールを購入し,上記ファックスが送信されてきた後に原告にイラクディナールの紙幣を送ったが,原告はその受領を拒否した。
サ 平成21年7月14日から同月28日までの間におけるイラクディナールから日本円への両替時の為替レートの平均は0.08279であり,同年11月23日における同為替レートは0.07730であった。また,イラクディナールは一般の銀行では換金できなかったが,本件取引を行うにあたり,被告らから原告に対し,これらの説明はなされなかった。(甲7の1,7の2,丙2,3)
なお,平成22年6月当時も,1イラクディナールは10銭以下である。(当裁判所に顕著な事実)
(3) 被告Y1は,原告に対して,1イラクディナールあたり10銭以下であると説明したと主張し,被告Y2も,原告に対して,イラクディナールの実勢レートは10銭程度であり,購入価格には諸費用等が上乗せになっていると説明しており,原告もインターネットで調べてネット価格の方が割安であることを承知していたと主張する。しかし,上記のとおり,原告は,1口500万円で1000万イラクディナールが購入できるということが記載された本件資料は受領しているものの,1イラクディナールあたり10銭以下であるという趣旨のことが記載された書面等は渡されておらず,また,被告Y2の主張によっても,上記購入価格にどのような諸費用が加算されているのかは不明であり,その内容が原告に説明されたと認めるに足る証拠もなく(現に,被告Y2は,知人から640万円で1600万イラクディナールを購入できており,受領金800万円との差額である160万円のほとんどを,原告Y2が自己の利益として取得していると認められる。),さらに,原告は,被告らからそのような説明は受けていないと供述していることからすると,被告らから原告に上記のような説明がなされていたとは認め難く,むしろ,そのような説明はなされなかったと認めるのが相当である。
また,被告Y2は,原告に対して,イラクディナールの購入は長期保有が前提であると再三説明したと主張する。しかし,原告は,被告らから,平成22年1月にイラクで会議が行われ,近々イラクディナールが値上がりすると言われたと供述しており,本件資料にも,収益を得るためには長期保有の必要があるという趣旨のことは記載されておらず,むしろ,平成21年6月時点での中東主要国レートが記載された上,1イラクディナールが10円になった場合と26円(26円というのは,平成21年6月時点での,サウジアラビア,アラブ首長国連邦及びカタールにおける貨幣の価値である。)になった場合の記載部分が強調されていることからすると,近いうちに1イラクディナールの価値が10円ないし26円に値上がりするという趣旨であると解されるのであって,被告らは,原告に対し,近いうちにイラクディナールの価値が上がると説明していたと認めるのが相当である。
2 不法行為の成否
前記認定事実によると,被告らは,平成21年7月当時,実際には1イラクディナールが10銭以下の価値しかなく,また,近いうちにイラクディナールの価値が上昇するという確証はないことを認識していたにもかかわらず,原告に対し,イラクディナールの実際の価値を説明することなく,1口500万円で1000万イラクディナールが購入できると説明し,また,近々イラクディナールの価値が10倍以上値上がりするなどと虚偽の事実を告げ,手数料を考慮したとしても,1000万イラクディナールが500万円近い価値があり,確実に近々これが10倍以上値上がりすると原告を誤信させ,原告に本件取引を行わせることとし,平成21年7月4日ころ及び同月25日ころ,本件契約を締結させ,原告からイラクディナール購入代金名下に合計800万円の交付を受けたものであり,被告らの上記勧誘行為は社会相当性を欠く違法な行為であり,被告らには故意又は過失があったと認められ,被告らの行為については不法行為が成立すると認められる。なお,前記認定事実によると,原告と直接本件取引を行ったのは被告Y2であるが,被告Y1も被告Y2と共に,原告に上記のような事実を告げて,本件取引を行うよう勧誘していたことからすると,被告らの行為については共同不法行為が成立すると認められる。
被告Y2は,将来,1イラクディナールが10円くらいになることが大いにあり得ると記載された,平成16年8月25日付けの論文があるとして,これを証拠として提出しているが(丙1),これには,そのように貨幣価値が上昇するのが何年後のことかは記載されておらず,また,可能性の一つとして貨幣価値が上昇することもあり得るという趣旨で記載されているものに過ぎない。
また,本件資料には,注意的に,元本が保証されていないことや,イラク情勢・為替情勢等により価格が変動する場合があることが記載されているが,前記のとおり,被告らが近いうちにイラクディナールが値上がりすると言って本件取引を勧めていたことからすると,上記記載によって,不法行為の成立が覆るものではない。
3 損害
(1) 原告は,被告らに前記のように勧誘されたことにより,被告Y2に合計800万円を交付したのであり,これは被告らの不法行為により原告に発生した損害であると認められる。
(2) 原告は,前記のような被告らの勧誘行為により,本件取引を行うこととしたのであるが,原告にはこれまで短期間ではあるが,先物取引や投資信託,株式取引を行った経験があり,本件取引を開始する直前にはCFD取引を行っていることからすると,このような金融取引には一定のリスクが伴うことは容易に知り得たこと,本件資料には,元本が保証されていないことや,イラク情勢・為替情勢等により価格が変動する場合がある旨記載されていたことなどからすると,イラクディナールが近いうちに値上がりするなどと誤信したことについては,原告にも過失があったと認められる。そして,本件取引の経緯や上記諸事情を総合すると,原告の過失割合は2割とするのが相当である。
よって,過失相殺後の原告の損害は640万円となる。
(3) 被告Y2は,本件取引によって原告の受けた損害に対する支払として,原告代理人に対し,平成21年8月21日,134万円を返金しており(原告と被告Y2との間では,争いがない。原告と被告Y1との間では,原告が先行自白しており,弁論の全趣旨からこれが認められる。),これを控除すると,残額は506万円となる。
(4) 原告は,本件訴訟の提起,追行を弁護士に委任しているところ,被告らの不法行為と相当因果関係のある弁護士費用としては50万円が相当である。
4 消費者契約法違反による不当利得
(1) 前記認定事実によると,被告Y1も本件取引に関し原告に勧誘を行っているが,原告と直接本件取引を行っているのは被告Y2であり,原告と本件契約を締結したのは被告Y2のみであると認めるのが相当である。
被告Y2は,本件取引を業として行っていたと認められ,本件契約は消費者契約法における消費者契約に該当するといえる。
(2) そこで,本件契約の締結に関し,消費者契約法違反があるか否かにつき検討する。
ア 不実の告知
被告Y2が,原告に対し,500万円で1000万イラクディナールが購入できる旨の説明を行っていることは認められるが,通常,上記500万円には手数料等も含まれていると解されることからすると,上記説明によって,1000万イラクディナールが500万円の価値があるとの虚偽の説明を行ったことになるとまではいえない。
イ 断定的判断の提供
被告Y2は,イラクディナールの価値が上がるか否か,上がるとしてもいつ上がるかについては不確実であったにもかかわらず,原告に対し,近いうちにイラクディナールが10倍以上値上がりすると説明して,原告を勧誘しており,これは断定的判断の提供に当たるといえる。その結果,原告は上記判断の内容が確実であると誤認して本件契約を締結したと認められ,これは,消費者契約法4条1項2号に該当する。
ウ 不利益事実の告知
被告Y2は,上記のとおり,イラクディナールの価値が上がるなど,原告に有利な事実を告げるのみで,イラクディナールの価値が下がる可能性もあることや,当時1イラクディナールは10銭以下であることなど,原告に不利益となる事実を告げずに原告を勧誘しており,被告Y2はこれらの点を故意に告げなかったと認めるのが相当である。その結果,原告は上記各事実が存在しないと誤認をして本件契約を締結したと認められ,これは,消費者契約法4条2項に該当する。
なお,本件資料には,注意的に,元本が保証されていないことや,イラク情勢・為替情勢等により価格が変動する場合があることが記載されているが,前記のとおり,被告Y2は近いうちにイラクディナールが値上がりすると言って本件取引を勧めており,上記記載内容については特に説明も行っていないことからすると,上記記載をもって不利益事実を告げたということはできない。
(3) 以上のとおり,本件契約の締結にあたっては消費者契約法4条1項2号,同条2項に該当する事由があり,原告は,訴状をもって本件契約を取り消していることから,被告Y2は,本件契約に基づいて原告から受領した800万円を不当に利得していることとなる(被告Y1については,同人がこれを不当に利得していると認めるに足る証拠はない。)。
なお,被告Y2は,これまで本件取引と同様の取引を業として行っていたことからすると,本件契約の勧誘につき消費者契約法違反があることは認識していたと認めるのが相当であり,悪意の受益者であると認められる。原告は本件訴訟の追行を弁護士に委任しているところ,被告Y2の行った勧誘行為の内容からすると,被告Y2の行為は不法行為に該当し,弁護士費用のうち80万円は,民法704条後段の損害にあたるといえる。
(4) したがって,被告Y2には原告に対して880万円を支払う義務があるところ,被告Y2は既に134万円を返還しており,残金は746万円となる。
5 以上のとおり,原告は,不法行為に基づき,被告らに対し,連帯して損害賠償金556万円及びこれに対する不法行為の後の日である平成21年12月6日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を,また,不当利得返還請求権に基づき,被告Y2に対し,746万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成21年12月6日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求めることができることから,主文のとおり判決する。
(裁判官 八木貴美子)