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さいたま地方裁判所 平成21年(ワ)48号 判決 2012年1月27日

原告

被告

主文

一  被告は、原告に対し、六六五万二九二七円及びうち六〇五万二九二七円に対する平成一六年四月一六日から、うち六〇万円に対する平成二一年一月一七日から、それぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二五分し、その三を被告の、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、五九六五万四七四三円及びうち五四六五万四七四三円に対する平成一六年四月一六日から、うち五〇〇万円に対する平成二一年一月一七日(本件訴状送達の日の翌日)から、それぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  本件は、後記二(1)の交通事故(以下「本件事故」という。)につき、原告が、民法七〇九条又は自動車損害賠償保障法三条に基づき、被告に対し、原告の受傷に伴う損害の賠償及びこれに対する本件事故の日である平成一六年四月一六日から(ただし、弁護士費用相当の損害については、本件事故の後である平成二一年一月一七日から)支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

二  前提事実(争いのない事実並びに掲記証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)

(1)  本件事故の発生

ア 日時 平成一六年四月一六日午後六時二五分ころ

イ 場所 埼玉県上尾市緑丘二丁目二番二号先路上

ウ 事故態様 原告(昭和五一年○月○日生まれ、当時二七歳。)の運転する自転車(以下「甲車」という。)が県道鴻巣桶川さいたま線(以下「本件県道」という。)の歩道部分(自転車走行可)を川越市方面から桶川市方面に向けて走行して上記イの場所にある丁字路交差点(信号機による交通整理が行われていない。以下「本件交差点」という。)を直進しようとした際、右方の上尾市道(以下「本件市道」という。)から本件交差点に進入して左折しようとした被告の運転する普通乗用自動車(以下「乙車」という。)と出会い頭に衝突した。

本件市道は本件交差点方向への一方通行であり、本件交差点手前に一時停止の標識が設置され、路上には停止線が表示されている。

(争いがないほか、甲一、乙一~三、弁論の全趣旨。)

(2)  被告は、民法七〇九条又は自動車損害賠償保障法三条に基づき、原告に対し、本件事故により原告が被った損害を賠償すべき責任を負う(争いがない)。

(3)  原告は、本件事故後、次のとおり医療機関等に通院ないし入院し、現在も通院を継続している。なお、原告はこれ以外の医療機関等も受診している。

ア 上尾中央総合病院(埼玉県上尾市所在)

通院 平成一六年四月一六日から同年六月一八日まで

イ さとう純整形外科クリニック(宮城県岩沼市所在)

通院 平成一六年四月三〇日から平成二一年二月二四日まで

ウ 泉整形外科内科(埼玉県桶川市所在)

通院 平成一六年五月一〇日から平成一八年七月一一日まで

エ うめつ鍼灸接骨院(仙台市所在)

通院 平成一六年六月三日から平成一八年三月三〇日まで

オ あべ脳神経クリニック(宮城県名取市所在)

通院 平成一六年七月一日

カ 独立行政法人国立病院機構仙台医療センター(仙台市所在。以下「仙台医療センター」という。)

入院 平成一八年七月三一日から同年八月五日まで

同年一〇月一二日から同月一六日まで

通院 平成一八年七月三日から平成二一年一月一三日まで

なお、原告は、上記のそれぞれの入院期間において、いわゆるブラッドパッチ療法(硬膜外腔自家血注入治療)を受けた。

キ 青木神経科内科クリニック(宮城県岩沼市所在)

通院 平成一八年八月九日から平成一九年一二月一三日まで

(甲一五~六七、八八~一三八、一八八~二三五、乙一七、一八、二四、乙二五の一・二、乙二六~三〇)

(4)ア  原告は、平成一七年一〇月二七日、泉整形外科内科の医師から、自覚症状を頸・腰部痛、左・右大腿部痛、左・右股部痛、右足部痛とする後遺障害診断書の発行を受け、自動車損害賠償保障法施行令別表第二記載の後遺障害等級(以下単に「後遺障害等級」という。)の認定の申請をしたところ、平成一八年一月二八日付けで、併合一四級(右股・大腿部痛、左股・大腿部痛、腰部痛及び右足部痛のそれぞれについて局部に神経症状を残すものとして後遺障害等級一四級一〇号(平成一六年政令第三一五号による改正前のもの))に該当する旨の認定を受けた。原告の上記自覚症状のうち、頸部痛については、上記(3)アないしウの各病院の初診時において頸部の診断がないことから、本件事故に起因する障害と捉えることは困難と判断された。なお、原告は上記自覚症状のほか、右膝痛も訴えていたが、これについても後遺障害等級に該当しないと判断されている。

イ  原告は、平成一八年一二月二六日、仙台医療センターの医師から、傷病名を「外傷後髄液漏」、自覚症状を「めまい、嘔気、耳鳴、頭痛、易疲労感」とする後遺障害診断書の発行を受け、改めて後遺障害等級の認定の申請をしたが、平成一九年三月六日、本件事故によって外傷後髄液漏が生じたと捉えることは困難であり、上記自覚症状については本件事故との相当因果関係が認められないと判断された。

(争いがないほか、甲九、乙二三、二九。)。

(5)  原告は、被告の契約する保険会社から、本件事故により原告が被った損害の賠償として、三二四万八一四五円(うち二四二万二〇三五円は、平成一六年四月一六日から平成一七年五月二日までの治療費(後遺障害診断書料を含む)に相当する。)の支払を受けた(争いがない)。

三  原告の主張

(1)  被告は、本件交差点の手前に、一時停止標識及び停止線が表示されており、左右の見通しが良くないにもかかわらず、左右の安全を確認しないで乙車をかなりの速度で進行させ、優先して進行できる甲車と衝突させたものであって、被告には重大な過失又は著しい過失があるから、本件事故の発生について原告に過失はない。

(2)  原告は、本件事故により、頸椎腰椎捻挫、左右大腿部打撲、頭部打撲、左右股部挫傷、右足部痛等の傷害を負い、脳脊髄液減少症(低髄液圧症候群)を発症し、その症状は平成一八年三月八日に固定した(当時二九歳)。原告には、症状固定後も股関節痛、腰痛、足首痛、頭痛、めまい、耳鳴り等の症状があり、仕事に従事することはできず、日常生活も困難な状態である。原告のこのような後遺障害は、神経系統の機能又は精神に障害を残し、軽易な労務以外の労務に服することができないものとして、後遺障害等級七級四号に相当する。

(3)  原告は、本件事故により、以下のとおり損害を受けた。

ア 治療費(後遺障害診断書料含む) 三〇八万〇七〇四円

平成二〇年一一月末日までに要した治療費

イ 入院付添費 七万一五〇〇円

原告は、脳脊髄液減少症の治療のため、前記二(三)カのとおり、仙台医療センターに入院し、父母の付添いを受けた。その費用は一日当たり六五〇〇円の一一日分である。

ウ 入院雑費 一万六五〇〇円

一日当たり一五〇〇円の一一日分

エ 通院費 一八三万一九四〇円

オ 休業損害 六五三万四四八四円

原告は、本件事故による受傷により、本件事故の日から症状固定の日である平成一八年三月八日の前月である同年二月まで二三か月間にわたり休業した。この間の休業損害は、次の計算式により上記額となる。

(計算式)

3,409,300÷12×23=6,534,484

3,409,300:平成16年賃金センサスによる25歳から29歳までの短大卒女性労働者の平均賃金

カ 逸失利益 三二二〇万四五二〇円

原告には、上記(1)の後遺障害が残ったところ、症状固定時の二九歳から六七歳までの三八年間にわたって労働能力を五六%失ったから、原告の逸失利益は、次の計算式により上記額となる。

(計算式)

3,409,300×0.56×16.868=32,204,520

16.868:38年に対応するライプニッツ係数

キ 慰謝料 一四〇〇万円

原告は、本件事故により、上記(1)のとおりの傷害と後遺障害に苦しみ、夫とともに楽しい生活をして子をもうけることも何もできず、病院に通う辛い毎日を送っている。しかしながら、加害者である被告からは一言の謝罪もなく、被告の保険会社の担当者からは怒鳴られるなどの対応をされ、同担当者の言葉に従い後遺障害等級認定の申請をしたところ後遺障害等級が認定されないなど、原告の身体的、精神的苦痛及び損害賠償請求上の苦痛は甚だしいものがあり、このような苦痛に対する慰謝料としては、上記額が相当である。

ク 弁護士費用 五〇〇万円

四  被告の主張

(1)  本件事故は、本件交差点で甲車と乙車が出会い頭に衝突したものであるが、自転車といえども交差点に入ろうとし、及び交差点内を通行する時は、当該交差点の状況に応じ、交差道路を通行する車両等に注意し、かつ、できるだけ安全な速度と方法で進行しなければならない注意義務を負っているところ、原告は、上記注意義務を怠り、漫然と甲車を走行させた。したがって、本件事故の発生については原告にも一割の過失がある。

(2)  本件事故による原告の傷害は、下半身の打撲と捻挫のみであって、頭部打撲や頸椎捻挫は本件事故による受傷ではない。また、低髄液圧症候群と診断される所見もない。したがって、本件事故による原告の傷害に係る治療期間は長くても一年間である。仮に原告に後遺障害が残存したとしても、その後遺障害等級は一四級にとどまる。原告の主張する症状及びこれに対する治療については、本件事故前から存在していた原告の心因的要因が極めて大きく寄与しているのであって、本件事故と相当因果関係がなく、被告はこれに係る損害を賠償する責任を負わない。

(3)  原告が主張する損害についてはいずれも否認ないし争う。本件事故により原告が被った損害は前記二(5)の既払金により全ててん補されている。

第三当裁判所の判断

一  前記前提事実のほか、掲記証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(1)  本件交差点付近の状況は、別紙「交通事故現場見取図」のとおりである。

すなわち、本件交差点は、信号機による交通整理のされていない交差点であって、ほぼ南北に走る片側一車線の本件県道に東側から本件市道が突き当たる形となっている。本件県道の各車線の幅員は三・二mであり、それぞれその外側に幅員〇・四mの路側帯があり、更にそれぞれの路側帯の外側に幅員二・四mの歩道がある。このうち、東側の歩道(以下「本件歩道」という。)は、自転車の通行ができることとされている歩道である。本件市道の幅員は三・七mであり、東側から本件交差点に向かっての一方通行となっている。本件交差点の角には建物があり、本件市道側から本件県道側の左右の見通しは悪い。

(甲二、乙一、二)

(2)  原告は、甲車を運転して、本件歩道の車道寄りを、川越市方面から桶川市方面へ走行していたところ、別紙「交通事故現場見取図」の<×>地点で、本件市道から本件県道の川越市方面へ左折しようと低速で進行していた乙車と衝突した。乙車が<×>地点まで進出したのは、被告が、本件県道の桶川市方面だけを注視し、川越市方面の注視がおろそかになったからであった。衝突の際、原告は、右膝の下部が乙車に接触し、乙車の左前部ボンネットに手を突き、甲車とともに本件県道の車道上(桶川市方面から川越市方面に向かう車線の中央付近)に倒れた。本件事故による甲車の破損状況は、前輪の泥よけやサドルが曲がった程度で走行は可能であり、乙車の破損状況は左前部ボンネットに手で掃いたような跡があっただけであった。なお、本件事故当時は薄暮であり、乙車は前照灯を点灯していたが、甲車は無灯火であった。

(乙一~四、三六、原告本人)

(3)  本件事故後、原告は救急車で上尾中央総合病院に搬送されたが、その際、原告の意識は清明で、両大腿部の前面に軽度の痛みを訴えており、エックス線写真では、明らかな骨折の所見はなく、消炎鎮痛剤と湿布の処方を受けて帰宅した。原告が翌一七日同病院の整形外科を受診した際には、両大腿部の痛みを訴えていた。原告は、同日、同病院の脳神経外科において頭部のCT検査を受けたが、異常なしとの所見であった。なお、同病院の診療録に貼付された整形外科から脳神経外科への他科診療依頼伝票には、「御本人頭部打撲はしていないとのことですが、強く貴科受診希望あります。」との記載がある。原告は、同月二〇日の同病院の受診時には腰痛を訴え、同月二三日の受診時には初めて頭痛を訴えた。原告は、同年六月一八日に同病院を受診した際も頭痛は治っていない旨訴え、再度頭部のCT検査を受けたが、異常なしとの所見であった。なお、同病院の医師は同年四月一九日付けで診断書を作成しているが、これには傷病名として「両大腿打撲、腰部打撲、頭部打撲」、予後として「初診以後、約一週間の加療を要する見込み」との記載がある。

(乙二四、三二)

(4)  原告は、平成一六年四月三〇日、右鼠径部、左臀部、両大腿部前面、両膝背面、右足首等の痛みを訴えて、さとう純整形外科クリニックを受診した。

同クリニックにおいては、同年六月一日以降、理学療法が行われた。

(乙二五の一・二、乙三二)

(5)  原告は、平成一六年五月一〇日、右大腿部前面、腰部の痛みを訴えて泉整形外科内科を受診した。同病院では、下肢伸展挙上テスト、大腿神経伸張テスト等が行われたが、異常は認められず、腰椎エックス線撮影で前弯+との所見があったほかは、左右股関節エックス線撮影、左右大腿部エックス線撮影について特に所見は認められなかった。

(乙二六、三二)

(6)  原告は、平成一六年六月三日、頸部、右股関節、腰部大腿部、右膝、右足部の痛みを訴えて、うめつ鍼灸接骨院を受診した。

(乙二七)

(7)  原告は、平成一六年七月一日、頭痛やめまいを訴えてあべ脳神経クリニックを受診し、頭部のMRI検査や頸椎エックス線撮影を受けたが、特記すべき所見はなかった(乙二八、三二)。

(8)  原告は、平成一八年七月三日、仙台医療センターを受診し、同月二五日の受診の際に、起立性のめまい、嘔気、耳鳴り、寝ると良くなる頸部痛や頭痛、不眠等の症状があり、頭部MRI検査の結果、大脳の下垂が疑われるとして低髄液圧症候群と診断された。また、原告は、同月三一日に同センターに入院し、RI脳槽シンチ検査を受け、髄液漏れがあると診断され、同年八月一日、ブラッドパッチ療法を受けた。原告は、同年一〇月一二日に同センターに再入院し、二度目のブラッドパッチ療法を受けた。

(乙二九、三三)

(9)  原告は、平成一八年八月九日、仙台医療センターの紹介で青木神経科内科クリニックを受診した。原告が同クリニックを受診したのは、脳波検査のためと体調が優れないときの点滴治療のためであった。

(乙三〇)

(10)  原告が本人尋問において頭痛等に関して述べている症状は、横になっているときは目まいと嘔気を感じ、あまり頭痛を感じないが、立って生活しているときに突然針で刺すような頭痛が生じ、座位ではあまり頭痛は感じないというものであり、立位や座位を取ることによって症状が悪化するというものではない。原告が本件事故後付けている日記にも、頭痛が、立位や座位を取ることによって悪化する旨の記載はない。なお、上記日記には、下半身の痛みについての記載のほか、平成一六年五月三日に頭痛があり、同月一七日に目まいがあるとの記載があり、その後は頻繁に頭痛、頭重感及び目まいについての記載がある。

上記日記によれば、原告は、各病院で治療を受けた時には、一時的には症状が改善するが、翌日には再び症状が現れるということを繰り返しており、腰部や股関節等下半身の痛みは現在でも継続している。

原告は、仙台医療センターでブラッドパッチ療法を受けた後は、頭痛や嘔気、目まい等の症状が改善したものの、上記日記には、ブラッドパッチ療法を受けた後もたびたび上記症状がある旨の記載がある。

(甲六~八、証人Aの供述書、原告本人)

(11)  原告の陳述書や日記には、被告及び被告が契約している保険会社の担当者に対する恨みの感情の記載がしばしば見られるほか、不眠など精神的に不安定な様子がうかがえる記載もある。また、原告は、手首を切るなどの行為にも数回及んでおり、被告に対して、手首を切った血で「恨」と書いた手紙を送ったこともある。

(甲六~八、一一、乙三六、三七、原告本人)

(12)  低髄液圧症候群とは、脳脊髄腔から脳脊髄液が漏出することによって髄液が減少し、頭蓋内の圧が下降し脳組織が下方に変位する結果、頭痛等の種々の症状が出現する病態を言い、日本神経外傷学会が、平成一九年七月に発表した「(外傷性)低髄液圧症候群の診断基準」による同症候群の診断基準(以下「本件診断基準」という。)は以下のとおりである。

前提基準 一 起立性頭痛

※起立性頭痛とは、頭部全体及び・又は鈍い頭痛で、座位又は立位を取ると一五分以内に増悪する頭痛である。

二 体位による症状の変化

※項部硬直、耳鳴り、聴力低下、光過敏、悪心

大基準 一 造影MRIでびまん性の硬膜肥厚増強

二 腰椎穿刺にて低髄液圧(六〇mm水柱以下)の証明

三 髄液漏出を示す画像所見

※髄液漏出を示す画像所見とは、脊髄MRI、CT脊髄造影、RI脳槽造影のいずれかにより、髄液漏出部位が特定されたものを指す。

前提基準一項目及び大基準一項目以上で低髄液圧症候群とする。

外傷性と診断するための条件は、外傷後三〇日以内に発症し、外傷以外の原因が否定的であること。

仙台医療センターにおける原告の主治医であったA医師によれば、低髄液圧症候群に対しては、ブラッドパッチ療法(硬膜外腔に自家血を注入して癒着を形成させ髄液の漏れを修復する方法)が有効であるが、一回のブラッドパッチ療法の施行により完治するのは患者の一割以下であって、多くは複数回の施行が必要であり、症状の改善は早くて三週後、多くは六週前後で、遅い場合は三ないし六か月後であるが、これまでの経験では、約八割の患者に効果が見られる、二割が無効である理由として、①症状の原因が低髄液圧症候群以外である、②注入した血液が凝固せず癒着を起こさない、③癒着が起こり髄液の漏れがなくなっても髄液の産生が不十分か吸収が産生を上回るため髄液が増加しない、④硬膜下腔に髄液が多量に貯留し頸部や背部痛、腰痛が悪化することなどが考えられる、としている。

(乙二二、三三、弁論の全趣旨)

二(1)  本件事故で原告の負った傷害について

ア 本件事故で原告が負ったと主張する頸椎腰椎捻挫、左右大腿部打撲、頭部打撲、左右股部挫傷、右足部痛等の傷害のうち、左右大腿部打撲、左右股部挫傷、右足部痛については、原告が本件事故により下半身を打撲したことは争いがないことからすれば、原告は、本件事故によりこれらの傷害を負ったものと認められる。

また、本件事故は、原告の身体と乙車とが直接衝突したものであるところ、原告は、本件事故から七日後には上尾中央総合病院の医師に頭痛を訴えていること、同一七日後には頭痛があり、同三一日後には目まいがあると日記に記載していること、うめつ鍼灸接骨院では、頸部及び腰部に対する治療も行われていること、頸椎腰椎捻挫はわずかな衝撃でも生じることがあること、頸椎腰椎捻挫による症状は受傷後、時間が経過してから現れてくることがあることからすれば、原告は、本件事故により頸椎腰椎捻挫の傷害を負ったと認めるのが相当である。

他方、前記認定によれば、原告は、低速で進行していた乙車と衝突したものであって、甲車は前輪の泥よけが曲がる程度の破損状況であり、乙車にはほとんど破損がなかったこと、原告は乙車に手を突いてから路面上に倒れていることからすれば、本件事故による原告の身体への衝撃がそれほど大きかったとは考え難い。また、原告が本件事故によって頭部を打撲したと認めることはできない。

イ 原告は、本件事故により頭部打撲の傷害を負ったと主張し、原告もその陳述書等(甲一〇、一一、乙五)及び本人尋問において、原告は乙車の前部中央に衝突し、その衝撃によって本件県道の中央線付近まで飛ばされた、上尾中央総合病院の医師に対して頭を打っていないとは言っていないなどと陳述をするほか、前記認定のとおり、同病院の医師は、「頭部打撲」との記載のある診断書(乙九)を作成していることが認められる。しかしながら、原告が頭を打ったと医師に述べていないことは原告自身本人尋問において認めるところであり、前記認定のとおり、上尾中央総合病院の診療録内の他科診療依頼伝票には、「御本人頭部打撲はしていないとのことですが、強く貴科受診希望あります。」との記載があり、医師が患者から聴取した以外の事実を診療録に記載するとは容易には考え難いこと、証拠(乙三二、三三)によれば、上記診断書の記載はCT検査を行うためのいわゆる保険病名である可能性があると認められること、原告の頭部に外傷があったことはうかがわれず、本件事故後に目撃者が一一〇番通報した際にも原告が手足を打撲した旨の報告がなされていること(乙一〇)からすれば、原告が本件事故により頭部打撲の傷害を負ったと認めることはできない。

ウ 被告は、頸椎捻挫は本件事故による受傷ではないと主張し、これに沿う証拠(乙二三、三二)を提出する。しかしながら、原告は、本件事故から一週間ないし四週間のうちに頭痛や目まい等の症状を訴えており、本件証拠上、原告が本件事故前に何らかの疾病に罹患していたとは認められず、頭痛や目まいの症状が現れたのは本件事故が原因であると考えられることからすれば、被告の上記主張を採用することはできない。

(2)  原告が本件事故により低髄液圧症候群を発症したかどうかについて

ア 前記認定によれば、本件事故後三〇日以内に原告に頭痛が生じたと認めることはできるが、本件診断基準によれば、前提基準として、座位又は立位を取ると一五分以内に増悪する頭部全体及び・又は鈍い頭痛、ないしは耳鳴り、悪心等の症状が認められる必要があるところ、原告が本人尋問で供述している頭痛の症状は、針で刺すような頭痛であり、座位ではあまり頭痛を感じないというものであって、立位を取った後に悪化するというものでもないし、原告の目まい、嘔気等の症状はむしろ横になっている場合に現れるというのであるから、原告の頭痛や目まい、嘔気等の症状が、本件診断基準のうち前提基準に当たると認めることはできない。

本件診断基準のうち、大基準についても、仙台医療センターで原告を低髄液圧症候群と診断したA医師の供述書によれば、びまん性の硬膜肥厚増強は認められず(大基準一)、腰椎穿刺による脳脊髄液圧は五〇mmから一〇〇mm水柱であったというのであり、直ちに低髄液圧の証明があったとはいえず(大基準二)、また、証拠(乙二九)及び同医師の供述書によれば、RI脳槽造影の結果、髄液漏れの所見があったということであるが、三島社会保険病院脳神経外科主任部長のB医師の意見書(乙三三)によれば、上記RI脳槽造影の結果については、脊髄周囲に明らかな漏出所見はないと指摘されているところでもあり、原告について直ちに髄液漏れの所見(大基準三)があったと認めることはできないというべきである。

そうすると、原告の症状は、本件基準の前提基準にも大基準にも該当しないと考えられる。

加えて、原告に対しては二回のブラッドパッチ療法が施行されたが、その後も頭痛やめまい等の自覚症状は度々見られており、少なくともこれまでのところブラッドパッチ療法の施行による顕著な効果は現れていない。

以上によれば、原告が本件事故により低髄液圧症候群を発症したと認めるに足りない。

イ 原告は、原告の頭痛は起立性頭痛に当たると主張し、仙台医療センターの診療録(乙二九)にはこれに沿う記載があるほか、原告もその本人尋問において、横になっている時は頭痛はしない旨の陳述をする。しかしながら、原告の頭痛は、座位又は立位を取ると増悪するものと認めることはできないのは上記アのとおりであり、横になっている時に頭痛がしないからといって、これを直ちに起立性頭痛と認めることはできない。仙台医療センターの診療録についても、原告の訴えに基づいて記載されたものにすぎないと認められるから、原告の上記主張を採用することはできない。

ウ なお、口頭弁論終結後に原告が提出したA医師の診断書(甲四三六)によれば、原告のRI脳槽造影の結果は、同じく原告が口頭弁論終結後に提出した「脳脊髄液減少症の診断・治療の確立に関する研究班」による「脳脊髄液漏出症画像判定基準・画像診断基準」(甲四三五の三)に従えば、脳脊髄液漏出症の疑い例と判定されるということであるが、同基準によってもRI脳槽造影のみでは脳脊髄液漏出を確実に診断できる症例は少ないというのであるし、証拠(乙三九)によれば、同基準は座位又は立位により発生又は増悪する頭痛がある患者を対象として行われた研究の成果であると認められるところ、原告の頭痛がそのようなものでないことは上記アのとおりであるから、同基準を前提としても原告が低髄液圧症候群を発症したと認めるに足りない。

(3)  原告の傷害に係る治療期間及び後遺障害等級について

ア 上記(1)のとおりの原告の受傷状況を前提として、本件事故による原告の傷害に係る治療期間を検討する。本件事故後の各病院における検査においては、他覚的な所見はなく、器質的な異常は認められず、原告の訴える痛み等の部位、症状は多様で一定してなく、日本医科大学教授のC医師は、その意見書(乙三二)において、原告の下半身に係る受傷の治療期間は長くても一年程度としていることからすると、原告の訴える症状には原告の心因的要因が大きく影響していると考えられるが、他方、各医療機関等における治療の効果が全くないとまではいえず、平成一七年一〇月二七日付けで前記第二、二(4)アの原告の後遺障害等級認定に係る診断書(乙二三)が作成されていることからすれば、本件事故によって原告が負った傷害に係る治療期間は、同月三一日までであり、同日に症状固定したものと認めるのが相当である。

イ そして、本件事故の日から同日までの休業損害については、各病院に通院した日については一〇〇%、それ以外の日については、上記アで掲げた各事情のほか、証拠(甲六、七)によれば、原告は、本件事故後、数日間は勤務をしたと認められること、家事や外出が全くできなかったとまでは認められないこと、実家のある宮城県と原告の自宅がある埼玉県とを治療のためとはいえ頻繁に往復していること、原告の後遺障害による労働喪失率は後記ウのとおり五%と認められることを勘案すると、四〇%休業したものと認めるのが相当である。

ウ 本件事故による原告の後遺障害については、右股・大腿部痛、左股・大腿部痛、腰部痛及び右足部痛のそれぞれについて局部に神経症状を残すものとして後遺障害等級一四級一〇号に該当すると認められる。また、頸部痛ないし頭痛については、上記(1)のとおり本件事故により原告が頸椎腰椎捻挫の傷害を受けたことは認められるが、上記アのとおり他覚的な所見はなく、上記(2)のとおり原告が低髄液圧症候群を発症したともいえないことからすると、局部に神経症状を残すものとして後遺障害等級一四級一〇号に該当すると認めるのが相当である。これらを併合すると、原告の後遺障害等級は、併合一四級に該当し、労働能力を五%喪失したものと認められる。

そして、前記認定によれば、原告の痛み等の症状は現在も続いていることが認められるが、他方で、上記アのとおり、原告の心因的要因が大きく影響していると考えられることからすると原告の後遺障害による労働能力喪失期間は、上記症状固定の日から五年間と認めるのが相当である。

三  以上を前提にすると、本件事故と相当因果関係の認められる原告の損害の額は以下のとおりとなる。

(1)  治療費(後遺障害診断書料含む) 二四六万八三九五円

前提事実によれば、本件事故の日から平成一七年五月二日までの治療費(後遺障害診断書料を含む)は二四二万二〇三五円であることが認められる。また、証拠(甲一五~五三、六八、乙二七)によれば、原告は、同月三日から同年一〇月三一日までの治療費として、泉整形外科内科に三万八四二〇円、うめつ鍼灸接骨院に七一二〇円、さとう純整形外科クリニックに八二〇円をそれぞれ支払ったことが認められ、以上の合計は上記額となる。

(2)  入院付添費及び入院雑費 〇円

前記二(2)のとおり、原告が本件事故により低髄液圧症候群を発症したとは認められないことからすれば、これの治療のための入院に際して要した入院付添費及び入院雑費は本件事故と相当因果関係のある損害とは認められない。

(3)  通院費 六六万二八七〇円

弁論の全趣旨によれば、本件事故の日から平成一七年五月二日までの通院に要した費用は六六万二八七〇円であることが認められる。同月三日から同年一〇月三一日までの通院に要した費用については、その額を認めるに足りる的確な証拠がない。

(4)  休業損害 三六六万五二三一円

証拠(甲六、一五~五三、乙二四、乙二五の一・二、乙二六~二八、三一)によれば、原告は、本件事故の日から症状固定の日である平成一七年一〇月三一日までの五六四日間に、上尾中央総合病院に七日、さとう純整形外科クリニックに八三日、泉整形外科内科に約一〇六日、うめつ鍼灸接骨院に一六三日、あべ脳神経クリニックに一日、それぞれ通院したこと、同一日に複数の診療機関等に通院している日もあることから、実際に通院した日は二七八日程度であることが認められ、前記二(3)イのとおり、通院日二七八日については一〇〇%、それ以外の二八六日については四〇%休業したものとして原告の休業損害を算定すると、その額は、次の計算式のとおりとなる。

(計算式)

3,409,300÷365×(278+286×0.4)=3,665,231

3,409,300:平成16年賃金センサスによる25歳から29歳までの短大卒女性労働者の平均賃金

(5)  逸失利益 七三万八〇二八円

前記二(3)ウに従い、症状固定の日から五年間、労働能力を五%喪失したとして原告の逸失利益を算定すると、その額は次の計算式のとおりとなる。

(計算式)

3,409,300×4.3295×0.05=738,028

4.3295:5年に対応するライプニッツ係数

(6)  慰謝料 二八〇万円

本件事故の態様、原告の受傷内容、後遺障害その他一切の事情を考慮すれば、慰謝料は上記額が相当である。

なお、原告は、被告からは一言の謝罪もなく、被告の保険会社の担当者からは怒鳴られるなどの対応をされた等と主張するが、被告は、その陳述書(乙三六)で謝罪したと陳述していること、原告が被告の保険会社の担当者から怒鳴られたと主張する日の後に同担当者に送った手紙(乙三八)には、特に怒鳴られたことに関する苦情等の記載はないことからすれば、上記原告の主張に沿う原告の陳述書(甲一一)及び本人尋問における陳述を直ちに採用することはできない。

(7)  過失相殺後の損害 九三〇万一〇七二円

前記認定のとおりの本件事故の態様からすれば、原告にも本件交差点を横断するに当たって本件市道の交通を十分に確認しなかった落ち度があるといえ、その割合を一割とみるのが相当であり、上記(1)ないし(6)の合計額一〇三三万四五二四円から一割を控除すると上記額となる。

なお、原告は、被告は、左右の安全を確認しないで乙車をかなりの速度で進行させた重大な過失があるから過失相殺すべきでないと主張するが、前記認定のとおり、乙車の速度は低速であったと認められるから、原告の上記主張を採用することはできない。

(8)  損益相殺後の損害 六〇五万二九二七円

上記(7)の額から原告が被告の契約する保険会社から支払を受けた前記第二、二(5)の三二四万八一四五円を控除すると上記額となる。

(9)  弁護士費用と上記(8)との合計額 六六五万二九二七円

本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害額は六〇万円と認められ、これと上記(8)の額との合計額は上記額となる。

四  結論

以上によれば、原告の請求は、六六五万二九二七円及びうち六〇五万二九二七円に対する平成一六年四月一六日から、うち六〇万円に対する平成二一年一月一七日から、それぞれ支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める限度で理由がある。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 加藤正男 男澤聡子 谷藤一弥)

(別紙) 交通事故現場見取図

<省略>

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