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さいたま地方裁判所 平成21年(ワ)772号 判決 2011年8月26日

主文

1  被告らは,原告X1に対し,連帯して,1747万0089円及びこれに対する平成18年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  被告らは,原告X2に対し,連帯して873万5044円及びこれに対する平成18年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  被告らは,原告X3に対し,連帯して873万5044円及びこれに対する平成18年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

4  原告らのその余の請求を棄却する。

5  訴訟費用はこれを5分し,その2を原告らの,その余を被告らの負担とする。

6  本判決は,第1項ないし第3項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

1  被告らは,原告X1に対し,連帯して2983万8197円及びこれに対する平成18年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  被告らは,原告X2に対し,連帯して1546万9098円及びこれに対する平成18年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  被告らは,原告X3に対し,連帯して1546万9098円及びこれに対する平成18年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

本件は,被告Y1の占有,管理する商用ビル(以下「本件ビル」という。)の屋上に設置された塔屋(以下「本件塔屋」という。)の屋上において,本件ビル壁面のネオンサインを覆うシートの除幕工事(以下「本件工事」という。)の作業に従事していた亡Aが,本件塔屋屋上に設置された煙突(以下「本件煙突」という。)から転落した事故(以下「本件事故」という。)により死亡したことにつき,亡Aの相続人である原告らが,被告Y1について,本件ビルの本件煙突の設置又は保存に瑕疵があったとして民法717条1項に基づき,また,被告ら双方について,被告Y1は本件ビルの所有者かつ本件工事の発注者として,被告Y2は本件工事の元請業者として,それぞれ本件工事に当たり本件煙突からの転落防止措置を採るべきであったのにこれを怠ったなどとして民法709条に基づき,被告らに対し,連帯して,亡A及び原告らが被った損害の賠償等を求める事案である。

1  前提事実(証拠を掲記しない事実は,当事者間に争いがない。)

(1)  当事者等

ア 亡A及び原告ら

亡Aは,昭和24年12月10日生まれであり,本件事故の当時,56歳であった。原告X1は,亡Aの妻であり,原告X2及び原告X3は,亡Aの子である。(甲1,2)

イ 被告Y1

被告Y1は,平成18年4月3日,本件工事を発注した株式会社甲を吸収合併した(以下,特に断らない限り,合併前の株式会社甲を含めて,「被告Y1」という。)。被告Y1は,本件事故の当時,本件ビルの所有者兼占有者であった。

ウ 被告Y2

株式会社乙は,平成20年4月1日,被告Y1から本件工事を受注した株式会社乙を吸収合併し,さらに,被告Y2は,平成21年4月1日,株式会社丙を吸収合併した(以下,特に断らない限り,合併前の株式会社乙及び株式会社丙を含めて「被告Y2」という。)。

(2)  本件事故に至る経緯(甲3,9,22,29,弁論の全趣旨)

ア 被告Y1は,本件ビルの名称変更に伴い,本件ビルの壁面の看板の取替工事(以下「取替工事」という。)を被告Y2に発注し,さらに被告Y2が同工事を丁に発注し,この一部を亡Aが下請けした。

イ 被告Y1は,取替工事に関連して,被告Y2に本件ビルの東壁面,北壁面,本件塔屋の西壁面の看板の目隠しのシートの除去工事(本件工事)を発注し,さらに,被告Y2は,同工事を丁に発注し,その一部を亡Aが下請けした。同工事の工期は,平成18年3月31日から平成18年4月1日までの間であった。

ウ 平成18年3月31日午後9時30分ころから本件工事が開始され,同年4月1日午前0時ころから,亡Aは本件塔屋の西壁面のシートを除去するための作業に当たった。同日午前0時30分ころ,亡Aは本件煙突内に転落し,57メートル下の地下3階ボイラー室の床に墜落した(本件事故)。

同日午前2時ころ,亡Aは,搬送先のH病院において,多発性骨折を伴う多臓器損傷により死亡した。

(3)  本件ビル及び本件煙突の構造等(甲8,16の2,22,乙1,弁論の全趣旨)

本件煙突は,8階建ての本件ビルの屋上に設けられた高さ約10メートルの塔屋(本件塔屋)の屋上に設置されている。本件塔屋は,幅約20メートル,奥行き約10メートルであり,本件煙突は,本件塔屋の西壁面に近接した場所にある。本件煙突の内部は空洞であり,57メートル下の地下3階のボイラー室までつながっていた。

本件煙突が煙突として使用されていたのは昭和53年ころまでであり,その後は,地下3階の空調冷温水発生機及び発電機の排気口として利用されていた。

2  争点及びこれに対する当事者の主張

(1)  本件事故の態様について

(原告らの主張)

本件工事において,本件塔屋の西壁面の看板のシートの除幕作業については,本件ビル北壁面及び東壁面における作業とは異なり,壁面に設置されていた足場が撤去されたため,縄梯子を下ろす方法により作業をする必要があった。また,同所のシートの除幕作業については,本件ビル西側に隣接するG駅を鉄道が通過しなくなってからの短時間で完了する必要があった。そこで,亡Aは,本件塔屋西壁面の看板を覆うシートの結び目の上に縄梯子を下ろすことにより効率的に作業を行うため,本件塔屋西壁面の看板の真上に位置する本件煙突の周囲にロープを張った上,縄梯子を同ロープに接続し本件煙突の上部に渡して本件塔屋の西壁面に垂らそうとして,その準備のため,あるいは本件煙突の上部の状況を確認するために本件煙突に上った際に,誤って本件煙突内部に転落したものと考えるのが合理的である。

(被告らの主張)

原告らが主張する本件事故の態様は,いずれも憶測に基づくものにすぎず,本件事故時の状況として確認できるのは亡Aが転落した際に本件煙突の周囲にロープが巻き付けられていたという事実のみである。そして,亡Aが本件煙突の周囲にロープを巻き付けた後,これに縄梯子を結わえ,縄梯子を本件煙突の上部に渡して本件塔屋の西壁面に垂そうとしたのだとしても,本件煙突北側のフリンジ(梯子)をある程度上った段階で本件煙突内部を覗き込めば,内側が空洞であることは直ちに分かるのであるし,フリンジを数段上がった程度で転落するとも考え難いことからすれば,本件工事との関係で,亡Aがどのような理由で,どのような態様で本件煙突に上ったのかということについては何ら明らかではないといわざるを得ない。そして,事故の具体的な態様が特定されていない以上,被告らの責任を問擬することはできないというべきである。

(2)  被告Y1の責任

(原告らの主張)

ア 工作物責任

本件煙突は,上部に上がるための梯子が備え付けられている一方,上部が開口されたままとなっており,その構造上,本件煙突内部に転落すれば,致命傷を免れない危険性を有する工作物であった。また,本件煙突のある本件塔屋の屋上は人の立ち入りが予定されており,本件工事のように夜間に人が立ち入ることも想定されていた。しかしながら,本件煙突については,転落防止措置が施されておらず,かつ,外形上煙突であるとは認識し難い形状であるにもかかわらず,煙突内部に落下する危険があることについての表示もされていなかった。

したがって,本件煙突の設置又は保存に瑕疵があるから,被告Y1は,本件煙突の占有者として,民法717条1項に基づき,亡A及び原告らに生じた損害を賠償する責任を負う。

イ 一般不法行為責任

本件煙突は,上記ア記載のとおり危険性を有するところ,被告Y1は,本件煙突の状況を認識し,かつ,本件工事のうち本件塔屋西壁面の除幕作業については,深夜,十分な明るさがない状況で,足場を使用することもできず,限られた時間内に行われることを認識していた。そして,被告Y1は,本件工事を発注するに当たり,本件工事の作業内容を具体的に指示したり,事前に確認したりせず,具体的な作業方法については作業員の自由に任せていたのであるから,その作業の一環として,作業員が本件煙突に上り煙突内部に転落するおそれがあることを予見することが可能であった。なお,この点について,被告Y1は,本件工事のような作業を行う場合,丸環に補助ロープを固定した上で縄梯子を接続するのが一般的であり,本件煙突に上ることは本件工事の業務の遂行上必要がない不合理な行動であり,予見可能性がなかった旨主張するが,上記「原告らの主張」記載のとおり,本件煙突に上ることは本件工事の作業内容として合理的なものであり,被告Y1において特定の作業内容のみを想定していたのではない以上,予見可能性がないとはいえない。

したがって,被告Y1は,本件工事の発注者として,本件工事に当たり作業員が本件煙突から転落することを防止する措置を採るべきところ,これを怠った過失があり,民法709条に基づき,亡A及び原告らに生じた損害を賠償する責任を負う。

(被告Y1の主張)

ア 工作物責任について

本件煙突が設置された本件塔屋の屋上部分は,普段は施錠管理されており,人の立入りは予定されていなかった。また,本件煙突は,壁面の高さが均一ではなく,壁面に設置されたフリンジも壁面の上端より高い位置まで設置され煙突内部が覗けるようになっているなど,煙突上部に人が上ることが黙示的に禁止された構造であった。これらの本件煙突の設置状況及び利用状況に照らせば,本件煙突は,通常人が上ることを予定していないものであり,通常有すべき安全性を具備していなかったとはいえない。また,本件事故は,亡Aの本件工事の作業遂行上必要性がなく通常予想し得ない異常な行動により生じたものであり,このような場合には,工作物の占有者等は,民法717条に基づく責任を負うものではないから,本件煙突に民法717条1項所定の「瑕疵」があるということはできない。

イ 一般不法行為責任について

本件塔屋の屋上部分には,複数の丸環が敷設されていたところ,本件工事のような作業を行う場合には,丸環に補助ロープを固定した上で縄梯子を接続するという方法によるのが一般的であり,本件煙突に作業員が上ることは全く想定されていなかった。また,原告は,本件塔屋西壁面のネオンサインの中央部分に縄梯子を下ろすために,その真上に位置する本件煙突の周囲にアンカーロープを張った上,本件煙突の上に渡して縄梯子を垂らす必要があった旨主張するが,本件煙突には避雷針が設置されていることから本件煙突の上に縄梯子を渡すことは困難であり,亡Aがそのような作業を行おうとしたとは考えられないし,少なくとも,被告Y1において,そのような合理性のない作業を亡Aが行うことを予見することはできなかった。仮に亡Aが本件煙突に上る必要があったとしても,本件煙突に設置された梯子の途中まで上れば,本件煙突の内部が空洞であることは容易に確認できるのであるから,作業員が煙突内に転落することは,やはり被告Y1にとって予見不可能であった。

以上のとおり,被告Y1において,本件事故当時,作業員が本件煙突に上ること及び作業員が煙突内に転落することを予見することは不可能であり,結果回避可能性もなかった。したがって,被告Y1は,民法709条に基づく責任を負わない。

(3)  被告Y2の責任

(原告らの主張)

上記(2)「原告らの主張」記載のとおり,本件煙突は,転落防止措置が採られていない危険な状態であったところ,被告Y2も,本件工事の元請業者であり,かつ被告Y1とグループ会社の関係にあるのであるから,その危険性について認識していたか,少なくとも認識すべきであった。

そして,被告Y2は,亡Aの直接の雇用者又は発注者ではないものの,亡Aは実質的には丁の従業員と同視し得る立場にあった。したがって,被告Y2は,亡Aに対しても,その安全に配慮する義務を負っていたというべきである。

そうであるにもかかわらず,被告Y2は,本件工事の具体的な作業方法について亡Aらに指示したり,その方法について事前に確認することをしなかったのであるから,被告Y1と同様,本件工事に当たり本件煙突からの転落事故防止措置を採るべきところ,これを怠った過失があるというべきであり,被告Y1と共に,共同不法行為責任を負う。

(被告Y2の主張)

被告Y2は,本件事故の当時,本件煙突が煙突であることを認識していなかったのであるから,本件工事に当たり本件煙突からの転落事故防止措置を採るべき義務を負うものではない。また,上記(2)「被告Y1の主張」イ記載のとおり,被告Y2においても,被告Y1と同様,本件煙突に作業員が上ること及び作業員が煙突内に転落することについて予見可能性がなかったのであるから,被告Y2には過失はない。

さらに,亡Aは個人事業主であって丁の従業員と同視することはできないから,被告Y2が亡Aに対し安全配慮義務を負うこともない。

(4)  原告らの損害

(原告らの主張)

ア 亡Aの損害

(ア) 死亡慰謝料     2800万円

(イ) 逸失利益     2555万6965円

本件事故による死亡時,亡Aは56歳であり,本件事故によって死亡しなければ,11年間は就労が可能であった。そして,死亡時の亡Aの年収は,賃金センサスによる中卒男子平均の439万5400円を下回らない。

439万5400円(中卒男子平均)×0.7(生活費控除3割)×8.3064(11年ライプニッツ)=2555万6965円

(ウ) 葬儀費用     150万円

(エ) 既払金     130万円

本件事故による損害の填補として,丁から100万円,被告Y2から30万円の支払を受けた。

イ 原告ら固有の慰謝料

一家の支柱であった亡Aの死亡により,原告らが被った精神的損害を慰謝するに足りる金員は,妻である原告X1につき300万円,子である原告X2及び原告X3につきそれぞれ200万円を下回らない。

ウ 弁護士費用

弁護士費用も,被告らの不法行為と相当因果関係のある損害であり,その金額は原告X1につき271万2563円,原告X2及び原告X3につきそれぞれ140万6281円が相当である。

(被告らの主張)

既払金については認め,その余については否認し争う。

亡Aにおいて,少なくとも賃金センサス中卒男子平均賃金を得ていたことを裏付ける証拠はない。

(5)  過失相殺

(被告らの主張)

亡Aは,本件塔屋の屋上に何回も上がって作業をし,その状態を認識していた高所作業の専門業者であり,本件煙突の外観,構造等に照らせば,本件煙突が煙突でありその内部が空洞であることを認識していたか,少なくとも容易に認識し得たにもかかわらず,本件煙突に上って転落したのであり,安全確認等を怠った過失がある。また,亡Aは,夜間かつ高所の作業であるにもかかわらず,ヘッドライトや投光器等の照明器具の利用や,安全帯の装着を怠った過失がある。これらの亡Aの過失の程度は著しく,本件事故はもっぱら亡Aの過失に起因するものであるから,相当の過失相殺がされるべきである。

(原告らの主張)

否認し争う。

原告の過失割合は,1割を上回らない。

第3当裁判所の判断

1  認定事実

前提事実,証拠(個別に掲げるもののほかに,甲29,32,証人B,原告X1本人)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

(1)  当事者

ア 亡Aは,昭和24年12月10日生まれであり,本件事故の当時,56歳であった。亡Aは,遅くとも昭和56年ころには,看板等を作成する会社に勤務していたが,その後独立し,平成7,8年ころまでは有限会社戊という会社を設立し,その後は,己の屋号で個人事業主として看板の作成や設置等を請け負うようになった。亡Aには,看板等の作成や設置工事について,本件事故までに少なくとも25年の経験があった。

イ 被告Y1は,本件事故当時,本件ビルの占有者兼所有者であった。また,被告Y1は,取替工事及び本件工事の発注者である。

ウ 被告Y2は,本件事故当時,ビル改修工事などの請負業等を行う株式会社であり,被告Y1のグループ会社であった。被告Y2は,被告Y1から取替工事及び本件工事を受注し,さらにこれらの工事を丁に発注した。

(2)  本件ビル及び本件煙突の構造等(甲8,14ないし16,19,22,乙1(各枝番を含む。以下も同様である。))

本件ビルは,地上8階,地下3階建ての建物であり,G駅に隣接している。本件ビルの屋上には,高さ約10メートル,幅約20メートル,奥行き約10メートルの塔屋(本件塔屋)が設置されており,本件塔屋の西壁面はG駅の線路部分に面している。本件塔屋の屋上部分は,通常施錠されており,一般人が出入りできないようにされている。本件塔屋の屋上部分には,西壁面にほぼ面してその中央部に本件煙突が設置されており,本件塔屋の西壁面の上端と本件煙突の西壁面との間にはわずかな空間しか存しない。本件煙突の内部は空洞になっており,57メートル下の本件ビルの地下3階のボイラー室までつながっている。本件煙突のうち本件塔屋の屋上に露出した部分(これを指して,以下「本件煙突部分」という。)の北壁面及び南壁面の高さは2メートル余りであり,本件煙突部分の西壁面及び東壁面は,それよりも数十センチメートルほど高くなっている。また,本件煙突部分の東壁面の中央付近には,本件煙突の東壁面の数倍の高さの避雷針が設置されている。本件煙突部分の北壁面には,上部に上がるための鉄製のフリンジが設置されており,フリンジの最上部は本件煙突部分の北壁面の上端から上にせり出すように設置されている。

本件煙突部分は,その外観,構造から煙突であることが一見して明らかではなく,本件事故の当時,本件煙突部分が煙突であることを示す表示もされていなかった。また,本件事故当時,本件煙突部分の上部は空洞となっており,同所から内部に転落することを防止するための設備等は設置されていなかった。なお,本件事故の後,本件煙突部分の上部には鉄格子が設置された。本件煙突が煙突として使用されていたのは昭和53年ころまでであり,その後は,地下3階の空調冷温水発生機及び発電機の排気口として利用されていた。

本件塔屋の屋上には,四隅のほか,中央の本件煙突と対面する箇所及びその北側,南側等に,合計10個の丸環が敷設されていた。

(3)  本件工事までの経緯(甲3,9ないし13,22)

ア 被告Y1は,本件ビルの店舗名称の変更に伴い,本件ビルの壁面のネオンサインの取替工事を代金3465万円で被告Y2に発注し,さらに,被告Y2は,平成18年2月28日(以下,特に断らない限り,月日はいずれも平成18年のものである。),丁に同工事を代金3045万円で発注し,この一部を亡Aが下請けした。取替工事の工期は,3月1日から同月27日までであった。

イ また,被告Y1は,取替工事に関連して,3月23日,被告Y2に対し,本件ビルの東壁面,北壁面,本件塔屋の西壁面の新しいネオンサインを覆ったシートの除去作業(本件工事)を代金38万6400円で発注し,さらに,被告Y2は,同月25日,丁に対し,同工事を代金24万6750円で発注し,この一部を亡Aが下請けした(なお,取替工事及び本件工事のうち,亡Aが請け負った工事の代金は,約1800万円余であった。)。同工事の工期は,3月31日から4月1日までであった。

ウ 本件工事に関して,被告Y1及び被告Y2は,丁や亡Aらに対して,具体的な作業方法については指示をせず,事前に確認することもしなかった。また,取替工事及び本件工事に際して,被告Y1及び被告Y2は,丁や亡Aらに対して,本件塔屋屋上の平面図を渡したが,同平面図には本件煙突部分が煙突であることの記載はされておらず,煙突があることを知らせて注意喚起することもしなかった。さらに,取替工事は,その当時現場に設置されていた足場を利用して施工されたので,作業員が本件煙突の設置状況等を確認したことはなかった。このため,亡Aを含め取替工事及び本件工事に当たった作業員は,本件事故が起こるまで,本件煙突部分が煙突であることを認識していなかった。

エ 3月1日から取替工事が開始され,亡Aのほか,B,C,D,E(これらの者を総称して,以下「作業員ら」という。)が作業に当たった。取替工事には,丁の代表者であったFも立ち会い,工事の監督に当たった。亡A,C,D,E,Bはいずれもいわゆる一人親方であったが,亡Aは,作業員らの中でも職長的な立場にあり,作業員の配置や段取りについて中心となって決定していた。

取替工事の内容は,本件ビルの旧名称の看板を撤去して,新しい名称である「I1I2I3 I4」というネオンサイン(各文字ごとに独立した看板である。)を設置するというものであった。同工事は,本件ビルの東,西,北の各壁面に設置された足場を使用して行われた。取替工事の工期は,3月1日から同月27日までの間であったが,同月26日には工事が完了した。取替工事の当初は,新しいネオンサインを取付けた段階で工事が全て終了する予定であったが,被告Y1の要望により,4月1日に本件ビルの名称が変更されるまでの間,新しいネオンサインをシートで覆い,3月31日から4月1日の未明にかけて,シートの除幕作業が行われることとなった。そして,3月26日ころ,亡AやBがネオンサインをシートで覆う作業を行った。その際,被告Y1から,亡AやBに対し,本件ビルの西壁面の足場を撤去する必要があるため,シートの除幕工事(本件工事)の際には,西壁面の足場は使えない旨が告げられた。これに対し,亡AやBは,西壁面の足場を除幕作業まで残しておいて欲しいと被告Y1側に要望したが,結局,要望は聞き入れられず,西壁面にはゴンドラを設置する設備もなかったことから,本件塔屋西壁面の除幕作業は,本件塔屋の屋上から作業用の縄梯子を壁に垂らし,それを伝い降りてネオンサインに近づき,それを覆っているシートを取り外すという方法で行わなければならなくなった。もっとも,被告Y1側は,縄梯子を用いた作業の具体的方法については,特に指示,確認をせず,Fや作業員らに委ねていた。なお,その後,3月31日午後9時ないし10時ころに本件工事が開始されるまでの間に,作業員らが,本件塔屋の屋上に上がって,作業環境等を確認したことはなかった。

(4)  本件事故当日の経緯(甲9,16,19,22)

ア 3月31日午後9時ないし10時ころから,本件工事が開始された。本件工事についても,取替工事と同様,亡Aのほか,B,C,D,Eが作業に当たった。また,Fも,監視のために本件工事に立ち会った。当日,本件工事の現場には,亡Aが用意した縄梯子二つ,ロープ数本,安全帯が持ち込まれたほか,照明設備としてスポットライトと懐中電灯が持ち込まれた。

イ 本件工事に当たり,本件塔屋西壁面のシートの除幕作業は,G駅を通過する電車の運行等への影響を避けるため,その往来のない終電から始発までの間に行われることとなり,先に本件ビルの東,北壁面のシートの除幕作業が行われることとなった。また,C,D,Eの3名が早めに帰宅しなければならなかったため,本件塔屋西壁面のシートの除幕作業は,亡AとBとで行うこととなった。

作業員らは,本件ビルの東壁面及び北壁面にゴンドラを設置して,本件ビルの東,北壁面のシートの除幕作業を行った後,同日午後11時30分ころから,本件ビルの屋上で休憩をとった。その際,亡AとFは,本件塔屋西壁面のシートの除幕作業の方法をめぐって口論となり,亡Aは,本件煙突部分にロープを張ってこれに縄梯子を接続して本件塔屋西壁面に垂らす方法を採ることを主張した。これに対し,Fは,本件塔屋に設置された丸環にロープを括り付けてこれに縄梯子を接続する方法で足りると述べたが,結局,亡Aの判断に任せて作業を行わせることとした。

ウ 休憩の後,4月1日午前0時ころから,DとEは本件ビルの北壁面のシートの除幕作業を再開した。Bは,休憩の際に,本件ビルの東壁面のネオンサインの点灯不良が発覚し,交換部品を調達する必要が生じたことから,本件工事の現場を離れた。そのため,当初の予定を変更して,Cと亡Aの二人で本件塔屋西壁面のシートの除幕作業に当たり,そのうち縄梯子での作業は亡Aのみが行うこととなった。また,作業を再開したころ,本件塔屋の屋上部分には特段の照明設備は設置されておらず,周囲のビルの照明灯も届いていなかったことから,その周辺は非常に暗く,スポットライトで照射できる範囲と懐中電灯の灯りを頼りに作業せざるを得ない状況であった。

エ 本件塔屋西壁面のネオンサイン全体の大きさは,縦2.4メートル,横17.454メートルであった。本件塔屋西壁面のネオンサインは,「I1」の部分,「I2」の部分がそれぞれ縦3メートル,横3メートルのシートで,「I3」の部分が縦3メートル,横4メートルのシートで,「I4」の部分が,縦3メートル,横5メートルのシートでそれぞれ覆われ,シートの数か所にロープを通し,ネオンサインに固く結わえて固定されており,同所の除幕作業に当たっては,縄梯子を用いて移動し,そのロープを切除する必要があった。そして,「I2」の部分と「I3」のつなぎ目の部分は本件煙突の真下の辺りに位置していた。

オ 亡Aは,本件煙突部分にロープを水平に張った後,4月1日午前0時30分ころ,本件煙突内に転落し,57メートル下の地下3階ボイラー室の床に墜落した(本件事故)。そのころ,Cは,別のロープを取り付けるための場所を探しており,亡Aが本件煙突の内部に転落した瞬間を目撃した者はいなかった。本件煙突内部に転落した際,亡Aは,安全帯などは身につけていなかった。

カ 亡Aは,同日午前2時ころ,搬送先のH病院で,多発性骨折を伴う多臓器損傷により死亡した。

キ 本件事故の後,DやEら他の作業員も帰宅せずに残って本件塔屋西壁面の除幕作業が続けられ,本件塔屋屋上の機械の周囲の鉄骨や丸環にロープを回しそこから縄梯子を本件塔屋西壁面に垂らすという方法で,本件塔屋西壁面のシートの除幕作業が行われた。

2  本件事故の態様について

上記認定のとおり,亡Aは,本件事故の直前の休憩中に,Fに対して,本件煙突部分にロープを張ってこれに縄梯子を接続して本件塔屋西壁面に垂らす方法を提案し,Fも最終的には亡Aの判断に任せて作業をさせている。そして,本件煙突の真下付近にネオンサインを覆うシートのつなぎ目の部分が位置しており,同所に縄梯子を垂らせば効率的に作業を行える位置関係にあること,本件煙突部分の西側と本件塔屋の西壁面との間にはほとんど隙間がなく,そのために本件煙突の西側から直接縄梯子を垂らした場合,本件煙突部分の西側から直接縄梯子を伝い降りることは困難であること,本件煙突に張ったロープの東側に縄梯子を接続し,これを本件煙突部分の上部に渡すことで,本件煙突部分の上端西側の角で縄梯子が直角に折れ曲がり,これに作業員が乗ったときに縄梯子が安定した状態となり(甲29),除幕作業上好都合であること,亡Aは,本件煙突部分が煙突であると認識しておらず,その上部が空洞になっていることを知らなかったと推認されること,以上の事実を総合すると,亡Aは,本件煙突部分に張ったロープの東側に縄梯子を接続し,これを本件煙突の上部に渡して更に本件塔屋西壁面に垂らす方法を採ろうと考え,その作業の一環として,本件事故の直前に本件煙突部分にロープを水平に張ったものと考えるのが合理的である。そして,本件塔屋西壁面のシートの除幕作業の作業時間が限定されていたことからすれば,亡Aが,本件煙突部分にロープを張った直後に上記作業とは無関係に本件煙突部分に上るとは考えられないのであって,亡Aは,上記作業の準備や本件煙突部分の上部の状況を確認するなど上記作業に関連した目的で,本件煙突部分の上部に上ったところ,本件煙突部分を煙突と認識しておらず,スポットライトによる照射範囲からも外れていたため,本件煙突部分の内部が空洞であることに気づかず,そのために誤って本件煙突内部に転落したものと推認することができる。

3  被告Y1の責任について

(1)  上記認定のとおり,本件事故の当時,本件煙突は,内部が57メートル下の地下3階まで空洞となっているにもかかわらず,本件事故後に設置された鉄格子のような転落防止のための設備も設置されておらず,内部に転落すれば致命傷を負うことを免れない極めて危険な構造物であったということができる。そして,本件煙突部分は,壁面にフリンジが設置されており,容易に上部に上がることが可能である一方,その外観及び構造から見て,煙突であることが一見して明らかであったとはいえず,その旨の表示もされていなかったことから,夜間本件煙突部分を煙突であると認識しないまま上部に上った者が内部に転落する危険性を包蔵していたものである。被告Y1は,本件ビルの所有者であり,本件ビルを占有,管理していたのであるから,本件煙突の有する上記危険性を当然認識していたと認められる。

そして,本件煙突部分の設置された本件塔屋の屋上は,通常は施錠されており,一般人が出入りできない状態であったものの,本件工事に当たっては,本件塔屋の屋上で作業が行われることが予定されていたのであって,上記のような危険性を包蔵した作業環境における工事を発注する者としては,具体的な作業内容や作業の際の状況の如何によっては,そのような危険性が顕在化するおそれがあることを当然予見し得ることになるから,そのような危険な作業環境であることを受注者や作業員らに指摘して注意喚起すべき義務を負うことになるものというべきである。

(2)  以上の観点から,被告Y1が,本件工事に当たり,本件煙突の有する上記危険性が顕在化するおそれがあることを予見し得たか否か検討する。

上記認定のとおり,本件工事は,取替工事に引き続いて,被告Y1の要望により追加されたものであり,4月1日の本件ビルの名称の変更に合わせるため深夜に行われることが予定されていた。しかも,本件工事のうち本件塔屋西壁面の除幕作業に関しては,取替工事の際に使用していた足場が撤去されたため,これを用いることができず,しかも西壁面にはゴンドラを設置する設備がなかったために,本件塔屋の屋上から作業用の縄梯子を垂らし,作業員がそれを伝い降りてネオンサインに近づき,それを覆っているシートを取り外すという方法で除幕作業を行う必要があり,そのために本件塔屋の屋上において作業することが予定されていた。また,被告Y1は,外形上,一見して煙突であるとは認識できず内部への転落防止措置も講じられていない本件煙突が設置されている本件塔屋の屋上において,上記のような条件で本件工事のための作業が行われることを認識していたが,具体的な作業の方法については,特段指示をしたり事前に確認することはしておらず,作業の具体的方法については受注者や作業員らの合理的な裁量に委ねていた。

このような本件工事の作業内容及び作業が行われる際の状況,殊に,本件塔屋西壁面の除幕作業は,西壁面が鉄道線路に面していたために,終電から始発までの深夜に行うこととされ,しかも本件塔屋の屋上には特段の照明設備が設置されていなかったことなどから,屋上の周辺は非常に暗かったこと,取替工事の際に本件塔屋西壁に設置されていた足場は本件工事の直前に撤去されており,そのため亡Aを含む作業員らは本件塔屋屋上から縄梯子を垂らし,それを伝い降りてネオンサインに近づきそれを覆っているシートを取り外すという方法により除幕作業を行うことを余儀なくされていたこと,本件煙突はネオンサインが設置された本件塔屋西壁面のほぼ中央に位置しており,しかも,その外観及び構造から見て煙突であることが一見して明らかであったとはいえず,それが煙突である旨の表示もされていなかったこと,被告Y1は本件工事の作業方法について特段の指示はしておらず,受注者や作業員らの合理的な裁量に委ねていたと考えられること,以上の事情を総合的に考慮すると,本件塔屋西壁面の除幕作業に際して,本件煙突の上述したような危険性が顕在化する客観的かつ合理的な可能性があったと認めるのが相当である。さらに,これらの事情のほとんどは被告Y1の発注内容に起因するものであり,そうでないものも,本件ビルの所有者兼占有者である被告Y1において当然知り得る事柄である。

以上によれば,被告Y1としては,作業員が本件塔屋の屋上で本件工事を施工する際に,本件煙突部分を煙突であると認識しないまま上部に上ることにより,その内部に転落する危険性があることを予見し得たと認めるのが相当であり,そうである以上,被告Y1は,本件工事の発注者として,本件塔屋に本件煙突が存在し,その内部が空洞となっていて転落の危険があることを知らせるなどして,受注者や作業員らに対して注意を喚起すべき注意義務を負っていたと認められる。しかるに被告Y1は,そのような注意喚起を行うことなく,漫然と本件工事を発注したというのであるから,亡Aに対し,民法709条に基づく不法行為責任を免れないものというべきである。

(3)  この点について,被告Y1は,本件工事のような作業を行う場合,丸環に補助ロープを固定した上で縄梯子を接続するのが一般的であり,本件煙突に上ることは本件工事の業務の遂行上必要がない不合理な行動であり,予見可能性がなかった旨主張する。しかしながら,上記認定のとおり,亡Aが採ろうとしたと考えられる作業方法は,本件煙突部分にロープを水平に張り,これに接続した縄梯子を,本件煙突部分の上部に渡し更にこれを西壁面に垂らすというものであるところ,このような作業方法を採ることにより,ネオンサインを覆うシートのつなぎ目付近に直接縄梯子を垂らして効率的に除幕作業を行うことができることに加え,作業員が乗ったときに縄梯子が安定した状態となるといった利点がある一方,被告らが主張するとおり,丸環に荷重がかかるようにロープを結びそれに縄梯子を接続した場合には,丸環が抜ける危険性が懸念されるというのであるから,亡Aにおいて本件煙突部分の上部が空洞であることを知らなかったことを前提とすれば,亡Aが採ろうとしたと考えられる作業方法は,本件塔屋西壁面の除幕作業を行うに当たって,現場の状況に即した合理的な作業方法の一つであったということができる。なお,本件事故の後に本件煙突部分を避けて本件塔屋西壁面に縄梯子を垂らす方法で除幕作業が実施されているが,本件事故が発生したことにより本件煙突部分の上部が空洞となっており危険であることが判明した後に,これを避けて作業を行うのは当然のことであって,これをもって,そのような危険性を認識していなかった亡Aが採ろうとした作業方法が不合理なものであることはできないから,上記認定を左右するに足りるものではない。よって,亡Aが採ろうとした作業方法に合理性がないことを前提とする被告Y1の上記主張を採用することはできないというべきである。

4  被告Y2の責任について

上記認定のとおり,被告Y2は,本件工事を被告Y1から受注し,さらに同工事を丁に発注したところ,丁や亡Aに対して,具体的な作業方法について指示をしたり事前に確認するなどせず,本件塔屋に本件煙突が存在することを知らせるなどして注意喚起することもしなかった。

この点について,被告Y2は,本件煙突が煙突であることを認識していなかったことを根拠として,亡Aに対して注意義務を負うものではない旨主張する。しかし,被告Y2は,本件工事に関して,作業を行う時間帯や概括的な工事内容,条件等についても,丁や作業員らに対して何らの指示もしておらず,これらの指示は全て被告Y1が直接行っていたのであるから,本件工事に関する作業環境の設定についても,被告Y1に包括的に委ねていたと認められる。そして,本件塔屋が,本件煙突内部に転落する危険性を包蔵する作業環境であったことは上記認定のとおりであるところ,被告Y2は,作業方法の指示や作業場所についての注意喚起などの作業環境の設定を発注者である被告Y1に包括的に委ねて,自身では全くこれを行っていなかったというのであるから,本件煙突が煙突であることを認識していなかったとしても,そのことをもって,本件事故についての過失責任を免れることはできないというべきである。

したがって,被告Y2は,被告Y1と同様に,本件事故について,亡Aに対し,民法709条に基づき不法行為責任を負い,両者は共同不法行為を構成すると認められる。

5  損害及びその額(弁護士費用を除く。)

(1)  亡Aの損害

ア 死亡慰謝料     2400万円

亡Aは,本件事故の約1時間半後に,搬送先の病院で死亡しているところ,亡Aの年齢その他一切の事情を考慮すると,その死亡慰謝料としては,2400万円が相当である。

イ 逸失利益     2555万6965円

本件事故による死亡時,亡Aは56歳であり,本件事故によって死亡しなければ,11年間就労が可能であった。そして,証拠(甲32,35ないし39,原告X1)により認められる亡Aの収入状況に照らすと,亡Aは死亡後,少なくとも,賃金センサス平成18年第1巻第1表産業計・企業規模計中卒男子平均年収439万5400円の基礎収入を得る蓋然性があったと認めるのが相当であり,これを覆すに足りる的確な証拠はない。

そして,生活費控除率を3割として,就労可能年数11年に対応するライプニッツ係数(8.3064)を用いて中間利息を控除すると,次の計算式により,亡Aの死亡による逸失利益は,2555万6965円となる。

(計算式)439万5400円×0.7×8.3064=2555万6965円

ウ 葬儀関係費用     150万円

本件不法行為と相当因果関係のある葬儀関係費用としては,150万円と認めるのが相当である(甲22,弁論の全趣旨)。

エ 小計     5106万6965円

(2)  原告ら固有の慰謝料

一家の支柱であった亡Aの死亡により,原告らが被った精神的損害を慰謝するに足りる金員は,妻である原告X1につき200万円,子である原告X2及び原告X3につきそれぞれ100万円が相当である。

6  過失相殺について

上記認定のとおり,亡Aは看板の作成や設置等を業とする個人事業主であり,被告Y2の下請けである丁から,取替工事及び本件工事の一部を下請けした。取替工事及び本件工事において,亡Aは,丁から下請けをした作業員らの中で職長的な立場にあり,被告らは,具体的な作業方法については指示をせず,丁や亡Aらの裁量に委ねていた。そして,工事の受注者は,当該工事を行うに当たり,作業現場の状況や当該作業の安全性について自ら確認をした上で作業に当たることが要請されるというべきであり,亡Aについても,上記立場にあったことや,従前,同種看板設置等について25年の経歴を有していたことからして,本件工事の際に,十分に上記注意を払って作業に当たることが要請されてしかるべきところ,亡Aは,本件塔屋西壁面の除幕作業を縄梯子を使って行うことになり,そのために本件塔屋屋上で作業を行わなければならないことが分かった後も,その機会があったにもかかわらず事前に日没前に本件塔屋屋上の様子を確認するなどせず(証人B),本件煙突部分の上部に上る際に,スポットライトの照射範囲から外れ,本件塔屋床面から2メートル余りの高さがあるにもかかわらず,懐中電灯を携帯するなどして本件煙突部分上部の状況を確認した形跡がないのであるから,本件事故について,上記作業現場の状況確認及び作業の際の安全確認をすべき義務を怠った過失があると認められる。なお,被告らは,高所の作業であるにもかかわらず安全帯を装着していなかった点についても亡Aの過失であると主張するが,上記認定のとおり,亡Aは,本件煙突部分を煙突と認識しておらず内部が空洞であることを知らなかったのであるから,安全帯を装着していなかったことについて過失があるとはいえない。

そして,亡Aの上記立場,経歴からすれば,亡Aが上記作業現場の状況確認及び作業の際の安全確認を尽くしていれば,比較的容易に本件煙突部分が煙突であり内部が空洞となっていることを認識して本件事故を回避することができたということができる。そうすると,そもそも本件事故が本件煙突の包蔵する危険性が顕在化して生じたことや,その危険性が作業員の生命に関わる重大なものであり,被告Y1において,これを知らせて注意喚起することも容易であったこと等の諸事情を考慮しても,本件事故に至る過程において亡Aの上記過失が与えた影響を軽視することはできず,本件事故における亡Aの過失割合は,4割と認めるのが相当である。

7  小計(過失相殺及び既払金控除後の残額について)

(1)  亡Aの損害賠償請求権について

上記5(1)エの5106万6965円から亡Aの過失割合4割を減じると3064万0179円となる。そして,本件事故による亡Aの損害の填補として,丁から100万円,被告Y2から30万円が支払われているから(争いがない),これを控除した後の残額は,2934万0179円となる。

そして,亡Aの相続人は,妻である原告X1並びに子である原告X2及び原告X3であるから,原告X1は,上記のうち1467万0089円を,原告X2及び原告X3は,それぞれ733万5044円を相続したこととなる。

(2)  原告らの固有の慰謝料

原告らの固有の慰謝料についても過失相殺の対象となるところ,それぞれ亡Aの過失割合4割を減じると,原告X1につき120万円,原告X2及び原告X3につきそれぞれ60万円となる。

8  弁護士費用について

本件事故と相当因果関係のある弁護士費用としては,原告X1につき160万円,原告X2及び原告X3につきそれぞれ80万円が相当である。

第4結論

以上によれば,原告X1の請求については,1747万0089円,原告X2及び原告X3の請求については,それぞれ873万5044円の支払を求める限度で理由があるから,これを認容することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤下健 裁判官 天川博義 裁判官 濵辺麻由)

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