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さいたま地方裁判所 平成21年(ワ)936号 判決 2011年5月13日

主文

1  被告は,原告に対し,11万円及びこれに対する平成21年4月29日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は,これを10分し,その1を被告の,その余を原告の負担とする。

4  この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

被告は,原告に対し,150万円及びこれに対する平成21年4月29日(本件訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

1  本件は,Y県A警察署の留置施設(以下「本件留置施設」という。)に勾留されていた原告が,A警察署の警察官から言葉による嫌がらせを受けたと主張して,被告(Y県)に対し,国家賠償法1条1項に基づき,これにより生じた損害の賠償を求める事案である。

2  前提事実(争いのない事実並びに掲記証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)

(1)  原告は,平成21年1月6日(以下の日付は,特に明示したもの以外すべて平成21年である。),監禁等の被疑事実により逮捕され,Y県B警察署の留置施設に勾留されたが,他の被留置者に対して暴行を加えたことを理由として,同月26日,A警察署に移送され,翌27日に起訴された後,3月23日,C拘置支所に移送された(争いがないほか,乙7。)。

(2)  Dは,A警察署の留置管理課看守第3係に配属され,看守として本件留置施設内の業務を担当していたY県警察の巡査である。同業務の当番日は,午前8時30分から翌朝午前8時30分までの勤務であり,3日ごとに当番日の勤務があった。Dは,1月26日,原告が本件留置施設に収容される際に,原告の身体検査や所持品検査を担当した。Dは,3月14日から,留置施設外の業務に担当が替わった。(乙3)

(3)  原告は,A警察署に勾留中の2月18日,内妻のEと接見し,同人から原告と同人との間の子を流産した旨を聞いた(争いがない)。

3  原告の主張

(1)  原告がEから流産した旨を聞いた数日後,Dは,原告の房の前に来て,「話聞いたけど,大変だったみたいだな。」,「水子の霊が出るんじゃないか。」などと申し向けてきた。その後もDは,原告に対し「水子の泣き声が聞こえない?」,「水子の霊が出るんじゃないか?」などと7,8回にわたって繰り返し申し向けた。原告が,Dに対し「もう止めてくれ。」などと述べたにもかかわらず,3月12日に,同人は,「29番(注・原告の留置番号)の背中に水子が見えるよ。水子の霊があそこに映っているよ。神田川の歌が聞こえるか。赤いマフラー,見える?」などと申し向けてきた。

翌13日の朝,Dは,原告に対し「昨日は水子の泣き声は聞こえて来なかったか?」などと言ったので,ついに原告は,Dに対し大声で抗議した。

(2)  上記(1)のようなDの発言は,原告の心情を殊更に傷つけて精神的損害を与えようとするものであることは明らかであり,原告に対する不法行為を構成する。

(3)  Dの上記不法行為により原告が被った精神的損害を慰謝するためには少なくとも120万円が必要である。また,本件訴訟追行のための弁護士費用として30万円が相当である。

(4)  したがって,被告は,原告に対し,国家賠償法1条1項に基づき,損害賠償として150万円及びこれに対する不法行為後の日である平成21年4月29日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

4  被告の主張

(1)  原告が本件留置施設に収容された時の身体検査の際に,原告が「水子」と題する写真や記事が掲載されていた「禁談」という雑誌を所持していたことから,Dは,原告が心霊現象などに興味を持っていることを知った。原告は,上記「禁談」の他にも心霊現象に関する雑誌等の差入れを受けていた。

Dは,3月3日,上記「禁談」に掲載されたいわゆる心霊写真を原告から見せられたが,同写真には小さい人のような影が写っていたので,子供の霊,水子と連想し,「水子の霊じゃないの。」と言ったが,これは,Eが流産したことと結び付けた発言ではない。その際,原告は異常なほど怖がったことから,Dは,話の長い原告との会話を終わらせるためには水子の話題が効果的だと考えた。その後も,Dは,原告との会話を終わらせるためや冗談で水子の話を持ち出したことはあるが,原告は,「やべえよ。やめてくれよ。」と怖がりながらも戯れるような発言をしていた。

また,Dが,3月6日及び同月12日に,原告に対し,水子の霊や「神田川」の歌の話題を出したことはあるが,「神田川」は,単に暗い雰囲気を連想させるために話題に出しただけであり,水子と関連付けたものではない。

そして,原告は,本件留置施設に留置されていた間,何ら臆することなく警察官に不満や要求を述べていたにもかかわらず,Dが水子の話を持ち出しても,3月13日に至るまで一度も抗議しなかった。このことからすれば,原告はDの発言を不快に思っていなかったのである。

(2)  上記の経緯及び原告の態度に照らせば,Dの発言は受忍限度を超える違法なものとはいえず,不法行為を構成するものではない。

(3)  原告の損害については争う。

第3当裁判所の判断

1  認定事実

前記前提事実のほか,証拠(甲1~4,乙1,3~7,証人D,原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

(1)  原告は,1月26日,A警察署に移送された際,原告の身体検査や所持品検査を担当したDに対し,勾留場所がA警察署に変更されたことをE等に連絡してほしい旨を述べたところ,同人から断られたため,同人との間で口論となったが,最終的に,B警察署の担当者からその旨E等に連絡することで納得した。

また,原告は,上記所持品検査の際,B警察署の留置施設に留置中に差入れを受けた雑誌11冊を所持していたが,その中には「禁談」という雑誌(乙1。近代麻雀2月15日増刊号。以下単に「禁談」という。)があった。「禁談」の中には,赤い前掛けを掛けた水子地蔵の写真を含む水子に関する記事が掲載されている。

(2)  原告は,2月18日,Eと接見し,前記前提事実のとおり,同人から流産した旨を聞き,深く落ち込んだ。接見の際,時間を超過したことから,看守が面会室に入ってきて,Eの肩をたたいたところ,原告は,人の女房に触るなと怒鳴り,騒ぎになった。

(3)  Dは,翌19日,Eが流産し原告が落ち込んでいるという話を聞いたので,原告に対し「話聞いたよ。大変だったみたいだね。」などと話した。

(4)  Dは,3月3日,本件留置施設内を巡回中,原告から「禁談」に掲載された白い人の顔のようなものが映った心霊写真(乙1の2枚目)を見せられ,原告に対しその顔のようなものについて,「水子の霊じゃないの。」などと話した。翌4日の朝には,Dは,原告に対し「昨日は水子の霊が見えなかったか。泣き声が聞こえなかったか。神田川が聞こえて来なかったか。」などと聞いた。これに対し,原告は,そのような話は止めてほしいと言った。なお,「神田川」とは,昭和48年9月にシングル盤レコードが発売された曲のことを指すものであり,その1番は「貴方はもう忘れたかしら 赤い手拭い マフラーにして」という歌詞で始まるものである。

(5)  Dは,3月6日,原告に対し「夜中,トイレの窓に水子の霊が映っているかも。トイレの裏から神田川が聞こえるかも。」などと言った。このころ,原告は,同房のFに対し「気に入らない看守がいる。」などと言っていた。

(6)  3月9日,原告に対して「奇談」という雑誌(乙5。週刊大衆増刊4月7日号。以下単に「奇談」という。)の差入れがあったため,Dは,これを原告の房に持って行った。その際,Dは,原告に対し「この本やばいよ。水子じゃないの。」,「トイレの窓に霊が映っているかも。」などと言った。なお,「奇談」には,オカルトや心霊現象に関する記事が掲載されているが,水子に関する記事はない。

(7)  Dは,3月12日,原告の房に来て,「あそこ,あそこ,水子の霊が映っちゃってるよ。」と言って房の便所の小窓を指さした。また,原告に対し「神田川が聞こえるかも。赤いマフラー見える。」と言った。

(8)  以上のほかにも,Dが原告に対して水子の話を持ち出したことがあった。

(9)  原告は,当初,Dがどのような意図で水子や「神田川」の話を持ち出してくるのか分からなかったが,3月12日ころになって,「神田川」の歌詞の中に「赤い手拭い マフラーにして」という部分があり,前記(1)のとおり,「禁談」の中に赤い前掛けを掛けた水子地蔵の写真が掲載されていたことから,Dは,水子を連想させるために「神田川」の話をしている,流産したEや原告をからかうために意図的に水子の話をしているのだと思った。

そこで,原告は,3月13日の朝,Dに対し,「おやじ,てめえ。水子の霊だとか,神田川だとか何だ。」などと大声で抗議した。これに対し,Dは,「デリカシーのないことを言って悪かった。」などと謝罪した。

(10)  その後,原告は,3月23日にC拘置支所に移送されるまでの間,「てんかん発作が起きそうだから病院へ連れて行け。」と怒鳴ったり,便所の扉に毛布を掛けて首を吊るまねをしたり,便所に紙を詰め込み,房内を水浸しにしたりするなどした。

2  Dの発言が不法行為を構成するかどうかについて

(1)  以上認定の事実によれば,Dは,原告がEが流産したという話を聞いて落ち込んでいることを知りながら,原告に対し,この出来事を連想させる趣旨で繰り返し水子や「神田川」の話を持ち出したものと認められ,そのような発言が原告の心情を傷つけるものであることは明らかである。そして,Dが被留置者に対して事実上優越的な地位にある看守であったという事実をも併せかんがみれば,同人の発言は,単に軽率な行為であったというにとどまらず,違法性を有する程度にまで至っていると認めざるを得ず,不法行為を構成するものというべきである。

したがって,被告は,原告に対して,Dの発言により原告に生じた損害を賠償すべき義務を負う。

(2)ア  被告は,DはEが流産したことと結び付けて水子や「神田川」の話をしたのではない旨主張し,その陳述書(乙3)及び証人尋問において,水子とは,生まれてから死んだ子のことをいい,流産した胎児のことを水子というとは知らなかった,「神田川」の話を持ち出したのは,「神田川」は寂しい雰囲気の曲であり,怖いだろうと思ったからであって,水子と関連するとは思いもよらなかった旨陳述する。

しかしながら,流産した胎児のことを水子と称するのは広く知られているところであって,警察官ともあろう者がこれを知らないということは容易に考え難いし,Dが原告に水子の話をした契機となった「禁談」に掲載された心霊写真(乙1の2枚目)は通常水子を連想させるようなものとは考えられない。また,Dが上記陳述するような理由で「神田川」の話を持ち出したというのもいかにも不自然であって,その他の場面においても,水子を連想させるものがないのにDの側から繰り返し水子の話を持ち出していることからすると,上記のとおり,Dは,原告の内妻であるEが流産したことと関連付けて水子の話をしたり,水子を連想させるものとして「神田川」,「赤いマフラー」という発言をしたものと認めるのが相当である。したがって,Dの上記陳述は採用することができず,被告の上記主張は理由がない。

イ  被告は,原告は心霊現象に興味があり,Dが水子の話を持ち出した際にも,同人に対して戯れるように止めてくれと言っていたにすぎないとか,話の長い原告との会話を終わらせるために水子の話を持ち出したとか主張し,同人もその陳述書(乙3)及び証人尋問において,これに沿う陳述をする。そして,被告は,原告が3月13日に至るまで一度も抗議をしなかったことからも,原告がDの発言を不快に思っていなかったものであって,同人の発言が受忍限度を超える違法なものとはいえないなどと主張する。

しかしながら,前記認定のとおり,3月4日の朝,Dの発言に対して原告はそのような話を止めてほしいと述べているのであって,これが戯れるように言ったと積極的に認めることのできる証拠はない。かえって,Dの陳述書(乙3)及び証人尋問における陳述によっても,原告が水子の話を怖がっていたというのであるから,その時点では原告においてDが流産と結び付けてそのような発言をしているとの認識に至っていなかったとはいえ,原告が水子の話を好んで聞いていなかったことは明らかである。証拠(乙1,2,4,5)及び弁論の全趣旨によれば,原告が「禁談」や「奇談」のほかにもオカルトや心霊現象に関する雑誌や「恋の守護霊」という書籍の差入れを受けていたことが認められ,このことから,Dにおいて原告が心霊現象に興味を持っていると認識したとしても,上記のとおり原告は水子の話を好んで聞いていなかったのであるし,ましてEの流産を連想させる趣旨で水子の話をすることで原告が強い不快感を抱くであろうことは当然認識し得たものであって,仮に会話を打ち切るためであっても,あえて水子の話を持ち出す必要がなかったことも明らかである。そして,原告としては当初はDの意図を図りかねたというのであるから,原告がDから水子の話を持ち出された際に直ちに抗議しなかったとしても,原告がDの発言を容認していたということもできない。

そうすると,被告の上記主張もまた採用することができない。

ウ  なお,被告は,Dには原告を中傷する意図はなかったから故意はないとも主張するようであるが,DがEの流産を連想させる趣旨で繰り返し水子や「神田川」の話を持ち出したものである以上,Dに積極的に原告を中傷する意図がなかったとしても,同人の発言が故意を欠くということはできない。

3  原告の損害について

本件に現れた一切の事情を考慮すると,原告の慰謝料は,10万円をもって相当と認める。そして,弁護士費用に相当する損害としては,1万円を認めるのが相当である。

4  結論

以上によれば,原告の請求は,11万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 加藤正男 裁判官 村主幸子 裁判官 谷藤一弥)

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