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さいたま地方裁判所 平成21年(行ウ)16号 判決 2010年12月22日

主文

1  被告は,A及び被告補助参加人に対し,連帯して1200万円及びこれに対する平成21年7月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払うよう請求せよ。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用(補助参加により生じた費用を含む)はこれを5分し,その4を原告の,その余を被告及び被告補助参加人の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求める裁判

1  請求の趣旨

(1)  被告は,A及び被告補助参加人に対し,連帯して7020万円及びこれに対する平成21年7月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払うよう請求せよ。

(2)  訴訟費用は被告の負担とする。

2  請求の趣旨に対する答弁

(1)  原告の請求を棄却する。

(2)  訴訟費用は原告の負担とする。

第2事案の概要等

1  事案の概要

本件は,埼玉県東松山市(東松山市)が発注した平成18年度のa及びb浄化センター,c第一下水中継ポンプ場並びにa雨水ポンプ場の維持管理業務(本件業務)の指名競争入札(本件入札)において,入札参加業者間で談合が行われ,その際,同市の職員であったAが,被告補助参加人の従業員に対して入札予定価格を漏洩したため,被告補助参加人がほぼ入札予定価格どおりの金額で落札し,その結果,同市に,本件入札における落札価格(本件落札価格)と正常な競争の下で入札が行われた場合の落札価格(想定落札価格)との差額に相当する損害が生じたとして,同市の住民である原告が,同市の執行機関である被告に対し,A及び被告補助参加人に対して共同不法行為に基づく上記損害の賠償と遅延損害金の支払を請求するよう求めた住民訴訟である。

2  争いのない事実等(証拠により容易に認められる事実については括弧内に証拠を示す。)

(1)  当事者等

ア 原告は,東松山市の住民である。

イ 被告は,東松山市の市長であり,同市の執行機関である。

ウ Aは,東松山市の元職員であり,本件入札当時,同市環境産業部下水道課浄化センター係長として,本件業務の発注に関する事務等を行っていた者でる。(甲5)

エ 被告補助参加人は,水処理施設および浄水施設の維持運転管理などを業とする株式会社である。

(2)  本件入札の経過

ア 入札予定価格の決定

本件入札当時,東松山市においては,施設の維持管理などの年間業務委託について翌年度の予算作成を行う際,その時点における委託業者の中の1社から見積もりを取り,その金額をそのまま予算化することが通例とされていた。そして,同市の契約事務を取り扱う財務契約課においては,それらの業務について入札を実施するにあたって,予算額を減額せずに予定価格としていた。(甲24)

本件入札における予定価格の決定も上記の通例に従って行われ,前年度まで継続して本件業務を受注していた被告補助参加人が提出した見積額である2億1192万円(消費税抜き)が本件入札の予定価格とされた。(甲5)

イ 入札予定価格の漏洩

Aは,平成18年3月8日,被告補助参加人の従業員であるBに対し,本件入札の予定価格が被告補助参加人による見積額のとおりであることを内報した(本件入札妨害行為)。(甲5,6)

ウ 入札の執行

東松山市は,平成18年3月14日,本件入札を執行し,被告補助参加人を含む6社の指名業者がこれに参加した。

本件入札に参加した6社の入札価格(消費税抜き)は以下のとおりである。

・ 被告補助参加人 2億1180万円

・ D株式会社 2億2350万円

・ E株式会社 2億2500万円

・ F株式会社 2260万円

・ G株式会社 2億3000万円

・ H株式会社 2億3200万円

このうち,F株式会社の入札は錯誤により無効とされ,被告補助参加人が上記入札価格で本件業務を落札した。

エ 業務委託契約の締結

東松山市と被告補助参加人は,平成18年4月1日付けで,上記落札価格に消費税を加えた2億2239万円の委託金額で本件業務につき業務委託契約を締結した。(甲29)

(3)  刑事事件

A,B及び被告補助参加人の従業員でBの上司であったCは,本件入札を含む2件の入札につき偽計競争入札妨害の罪で起訴され(本件刑事事件),さいたま地方裁判所は,平成20年10月22日,上記3名に対して有罪判決を言い渡した。(甲3)

C及びBに対する判決は,同年11月6日に確定した。Aは上記判決に対して控訴したが,平成21年2月18日,東京高等裁判所は控訴棄却の判決を言い渡し,同年3月5日に判決が確定した。(甲3,4)

(4)  住民監査請求

原告は,平成21年3月26日,東松山市監査委員に対して,本件入札において入札参加業者間で談合が行われ,その際,Aが入札予定価格を漏洩したなどとして,談合によって東松山市が被った損害について,被告補助参加人及びAに対して共同不法行為に基づく損害賠償請求権を行使することを求める住民監査請求を行った。(甲1)

同市監査委員は,同年5月22日,上記監査請求を棄却し,同日,原告に通知された。

(5)  原告は,平成21年6月19日,本件訴訟を提起した。

3  争点

(1)  本件入札において談合が行われたか

(2)  損害の発生及び損害額

(3)  過失相殺の当否

4  争点に対する当事者の主張

(1)  争点(1)(本件入札において談合が行われたか)について

(原告の主張)

本件入札においては,入札参加業者の間で談合が行われた。その詳細は以下のとおりである。

ア 平成18年3月8日,Bは,Aから本件入札の予定価格を聞き出し,それが被告補助参加人の見積もりのとおりの金額であることを確認してから,Cの了承を得た上で,被告補助参加人の入札価格よりも高くなるように相指名業者の入札価格を決め,各業者に電話で伝えた。

イ 同月14日,本件入札が行われる前に,Bは,相指名業者の担当者らに対し,「事前の談合どおりの金額で入札をよろしくお願いします。」という趣旨で,「よろしくお願いします。」と挨拶した。

本件入札において,相指名業者のうちF株式会社を除く4社は,いずれもBが連絡した金額で入札した。F株式会社は,2260万円で入札したが,これは金額を一桁間違ったもので,本来は2億2600万円での入札を予定していた。

ウ その結果,被告補助参加人だけが予定価格を下回る価格で入札し,落札した。

(被告の主張)

本件入札に関して,Aが被告補助参加人の社員に入札予定価格を内報したというが,このことをもって他の入札参加業者が入札予定価格を知り得たとはいえない。さらに,本件入札に関して談合があったことについては公正取引委員会による独占禁止法違反に基づく排除措置命令等はとられていないし,談合罪で処罰された者もいない。

したがって,談合が行われたとは認められない。

(被告補助参加人の主張)

争う。

(2)  争点(2)(損害の発生及び損害額)について

(原告の主張)

ア 本件入札において談合が行われた結果,東松山市には,本件落札価格と想定落札価格との差額に相当する損害が生じている。

イ 東松山市では,平成19年度以降も本件業務についての入札が行われており,平成21年1月16日に行われた入札(平成21年入札)は正常な競争の下に行われた。平成21年入札においては,本件業務に加え,「汚泥コンポスト施設維持管理業務(追加業務)」が入札の対象業務とされている。

平成21年入札の予定価格は2億5061万円であり,本件入札の予定価格に平成18年度の追加業務の入札における予定価格(3193万円)を加えた2億4385万円よりも高額である。そうであるならば,平成21年入札の落札価格は,本件落札価格より高くなってもおかしくないのに,平成21年入札においては,I株式会社が1億4160万円で落札している。そして,I株式会社は滞りなく本件業務を遂行している。これは,本件業務が少なくとも1億4160万円で実施できることの証左であり,本件入札においても談合がなければいずれかの業者がこの価格に近似する金額で落札していたはずである。

よって,東松山市には,少なくとも本件落札価格と平成21年入札の落札価格の差額である7020万円の損害が生じている。

ウ 本件入札の入札額には,本件業務とは別の業務の経費が計上されていた。談合が行われず,参加業者の自由競争の下に本件入札が行われていたならば,被告補助参加人は上記経費の計上を行わない額で入札していたから,少なくとも上記の経費分に相当する金額である2963万0459円の損害が東松山市に生じている。

(被告の主張)

ア 被告が,平成18年度の本件業務について,「下水道施設維持管理積算要領(日本下水道協会1999年版)」(甲20)に基づき自己積算による試算を行ったところ,同業務についての業務委託契約の金額は2億4619万3500円(消費税を含む)となった。

その試算額と本件入札の入札予定価格2億1192円(消費税を含む金額2億2251万6000円)を比較すると,入札予定価格の方が試算額よりも2367万7500円低い金額になっている。このことからすると,本件入札における入札予定価格は必ずしも不適正なものではなく,その結果としての本件落札価格も不適正なものではない。

本件刑事事件の第一審判決(甲3)においても,「検察官が証拠請求した別の業者による見積内容から,訴外J(被告補助参加人)が多額の不正な利益を得ているとは言えない,という主張については理由があると認められる。」とされており,入札価格が不適正であったとは認定されていない。

したがって,東松山市に損害が生じたとはいえない。

イ 原告主張の損害額7020万円(上記原告の主張イ)について

入札における入札価格は,それぞれの場合において,各応札業者が対象業務に対して,当該業務における経費,利益,営業戦略等を総合判断した結果のものである。

また,I株式会社は平成22年にも本件業務を落札しているところ,平成22年の入札においては,入札予定価格2億1836万円に対し,落札価格は2億円であり,平成21年入札と比較すると,入札予定価格が低いにもかかわらず,落札価格は増加している。このことから,平成21年入札における落札価格は異常に低い金額であったといえる。

したがって,本件入札における落札価格と平成21年入札における落札価格を単純に比較して,その差額を損害額とすることは妥当ではない。

ウ 原告主張の損害額2963万0459円(上記原告の主張ウ)について

争う。

本件入札における入札予定価格は不適正なものではないし,落札価格は応札業者における総合的な判断に基づくものである。

(被告補助参加人の主張)

ア K株式会社が,本件業務について,自由競争に基づいて赤字を出さずに利益を確保できる範囲で,出来る限り低く見積もった場合の応札価格は2億0624万円であり,本件落札価格との差額は556万円にすぎない。

しかも,K株式会社が算定した金額は,前提となる人員の配置数に誤りがあり,適正人員を配置した場合の価格を算定すると2億6074万円となり,本件落札価格よりも4894万円も高額となる。

全国規模で業務を行い,信用・実績のある会社であるK株式会社が,本件入札時の条件に基づき,出来る限り低く見積もった応札価格でさえ,被告補助参加人の落札価格を大幅に超過するものである以上,本件入札における被告補助参加人の落札価格をもって,東松山市に損害が発生したと解する余地はない。

イ 原告主張の損害額7020万円(上記原告の主張イ)について

入札が実施された場合に,入札参加業者がいかなる金額を入札価格とし,その結果である落札価格がいくらになるかは,談合が行われていない場合であっても一義的に定まるものではなく,その時々における社会情勢や経済情勢といった一般的要因のほか,入札参加業者の数や顔ぶれ,入札参加業者各の入札時点における経営状態や当該入札における落札意欲の強弱など,種々の要因が複合的に影響しあって定まるものである。

したがって,本件入札において,談合等が行われず,自由競争の下で入札が実施された場合に,入札参加業者がいかなる金額で入札したかを確定的に決することは不可能であって,平成21年入札におけるI株式会社の落札価格と全く同じ金額で落札されたと推定する合理的根拠はない。

加えて,本件入札と平成21年入札とでは,入札の仕様そのものが異なっており,両者の落札価格を比較することは全く意味を持たない。

そのうえ,平成21年入札においても,2社の入札参加業者が,本件落札価格よりも高い金額で入札している。

よって,原告の主張には理由がない。

ウ 原告主張の損害額2963万0459円(上記原告の主張ウ)について

被告補助参加人が本件入札に参加するにあたり,入札価格に別業務の経費を計上した事実はない上,その経費が原告の主張する金額であるとする根拠もない。

入札価格は,種々の要因が複合的に影響しあって定まるものであり,そのことは本件入札における被告補助参加人の入札価格の決定においても同様であるから,本件入札が自由競争の下で実施された場合に,被告補助参加人の入札価格が,本件入札の落札価格よりも2963万0459円低くなったとはいえない。

(3)  争点(3)(過失相殺の当否)について

(被告補助参加人の主張)

本件業務の入札においては,長年にわたって東松山市の職員が入札予定価格を漏洩してきたこと,東松山市の入札制度自体に問題があったこと等から,東松山市に相当程度の過失が存することは明らかであり,過失相殺がなされるべきである。

(原告の主張)

ア 過失相殺の主張は,時機に後れた攻撃防御方法であるので,却下されるべきである。

イ 本件入札において入札予定価格を漏洩したAは,東松山市に対して,被告補助参加人とともに共同不法行為者の関係にあるところ,共同不法行為者が,他の共同不法行為者に過失があったことを主張して過失相殺による損害賠償額の減額を求めるのは不当である。

ウ 東松山市の入札制度自体に問題があったとしても,故意に行われた被告補助参加人らの談合行為の不当性は削減されるものではない。過失相殺により,故意に談合行為を行った被告補助参加人に利益が保持され,被害者である東松山市が損害を被るのは不当である。

第3当裁判所の判断

1  争点(1) (本件入札において談合が行われたか)について

(1)  前記争いのない事実等及び証拠(甲5ないし8)によれば,以下の事実が認められる。

ア Aは,本件業務の見積額を出すため,平成17年12月13日,被告補助参加人に見積書の提出を指示し,翌14日,被告補助参加人から,見積額を2億1192万円(消費税抜き)とする見積書が出された。Aは,この見積書に基づいて予算を請求し,同金額が本件入札の予定価格となった。

平成18年3月8日,Bは,Aから本件入札の予定価格が被告補助参加人の見積額と同額であることを聞き出し,被告補助参加人の入札価格を2億1180万円にすることをCに提案し,Cはこれを了承した。

その後,Bは入札書を作成し,Cによる確認を受けるとともに,Cに対し,相指名業者と談合をして,被告補助参加人の入札価格よりも高い金額を相指名業者の入札価格として指定し,被告補助参加人が本件業務を必ず落札できるように手はずを調える旨報告し,Cはこれを了承した。

Bは,被告補助参加人の入札価格と入札予定価格を参考にして,相指名業者に依頼する入札価格を決定した上,同日から翌9日にかけて,相指名業者5社の営業担当者に個別に電話を掛け,Bが指定した金額で入札することを依頼した。

相指名業者の営業担当者は,いずれもBの上記依頼を承諾した。

イ 平成18年3月14日,東松山市総合会館4階の多目的ホールにおいて本件入札が行われたが,Bは,入札前に相指名業者の担当者らに対し,事前の談合どおりの金額での入札をお願いしますという趣旨で,「よろしくお願いします。」と頭を下げて挨拶をした。

被告補助参加人は,予定どおり2億1180万円で入札した。相指名業者5社のうち4社は,Bが指定したとおりの金額で入札したが,F株式会社は,担当者が入札価格を1桁間違えたため,2260万円で入札した。

同日,F株式会社の役員ら二,三名が,BとCに対して,入札価格を間違え,結果的に談合を破ることになったことについて謝罪をした。

ウ その後,東松山市の財務契約課が,F株式会社の入札は錯誤により無効であると判断し,被告補助参加人が本件業務の落札業者とされた。

(2)  以上のとおり,本件入札においては,指名業者間で談合(本件談合)が行われ,それによって被告補助参加人が本件業務を落札したと認められる。そして,本件談合及びそれに先立つ本件入札妨害行為は,東松山市に対する不法行為に該当する。

2  争点(2) (損害の発生及び損害額)

(1)  損害の発生について

本件談合は,上記のとおり,指名業者間で入札価格を調整し,被告補助参加人が希望する価格で落札することを可能にするものであり,その結果,指名業者間の競争による価格の下落が妨げられることになる。したがって,本件談合が行われず,指名業者間の公正な競争の下で本件入札が行われた場合には,実際に被告補助参加人が落札した金額よりも低い金額で落札された蓋然性が高い。

そうであれば,本件落札価格と想定落札価格との差額は,本件談合が行われなければ東松山市は支出せずに済んだものであるから,東松山市には,その差額分の損害が生じたと認められる。

(2)  損害額について

ア 平成21年入札においてはI株式会社が本件業務(ただし,追加業務を含む。)を1億4160万円で落札しているところ(甲1,乙4),原告は,本件入札における落札価格2億1180万円と平成21年入札における落札価格との差額7020万円が東松山市に生じた損害額であると主張する。

しかしながら,入札における各参加業者の入札価格,そして入札の結果としての落札価格は,入札当時の社会経済情勢などの一般的要因のほか,入札参加業者の数や顔ぶれ,各入札参加業者の経営状態や受注意欲など,様々な要因によって決せられるものであり,同一の業務についての入札であっても,年度によって落札価格に違いが出るのは当然であるから,本件入札において談合が行われなかったとしても,平成21年入札と同額で落札されたということはできない。現に,I株式会社は平成22年にも同じ業務を落札しているが,その時の予定価格は2億1836万円であり,平成21年入札の予定価格2億5061万円よりも低い額であったにもかかわらず,落札価格は平成21年入札の落札価格を大幅に上回る2億円であったのであり(甲1,乙2),このことからすると,平成21年入札における落札価格は極めて低い価格であったと考えることもでき,この価格を基準に損害を算定するのは相当ではない。

また,本件入札と平成21年入札を比較すると,本件入札の業務内容に含まれる緑地管理作業が平成21年入札の業務内容には含まれていないなど,業務仕様が必ずしも同一ではないから(乙4,丙1),この点からも,両者を単純に比較することは妥当でない。

したがって,損害額を7020万円とする原告の主張は認められない。

イ 原告は,予備的に,被告補助参加人が本件業務の入札額を算定する際,本件業務とは別の業務の経費を計上しており,その経費の額である2963万0459円が東松山市に生じた損害であると主張する。

そこで検討するに,被告補助参加人は,本件業務の売上原価を算出するに当たり,同じく東松山市から受注していた追加業務やその他複数の施設についての巡回点検業務の経費の一部を本件業務の経費として計上しており,その金額は平成18年度では概算で2963万0459円になることが認められ(甲11,28),本件入札における入札価格の決定に当たっても,同様に別業務の経費が考慮されていたと推認される。

しかしながら,被告補助参加人が別業務の経費を本件業務の経費として計上していたことが,本件談合に起因するとは認められない。そもそも入札参加業者が入札価格を決定するにあたってどのような経費を考慮するかは各参加業者の自由であり,関連業務の経費分を上乗せすることが必ずしも不当とはいえないし,被告補助参加人は,別業務の経費を二重に計上していたわけではなく,計上すべき業務が違っていたにすぎない。

そうすると,本件談合が行われなかったとしても,被告補助参加人が,現実の落札価格よりも2963万0459円低い金額で入札したと認めることはできない。

したがって,損害額を2963万0459円とする原告の主張は認められない。

ウ 上記のとおり,東松山市には,本件落札価格と想定落札価格の差額に相当する損害が発生していると認められるが,想定落札価格は,現実には存在しない価格であり,多種多様な要因が複雑に絡み合って形成されるものであることからすると,想定落札価格を具体的に認定することは極めて困難といわざるを得ない。

したがって,本件においては,損害が生じたことは認められるものの,損害の性質上その額を立証することが極めて困難であるから,民事訴訟法248条を適用して,口頭弁論の全趣旨及び証拠調べの結果に基づき,相当な損害額を認定すべきである。

そこで検討するに,被告補助参加人は,上記のとおり本件業務の売上原価の算定にあたって別業務の経費を計上していたのであるが,この別業務の経費を売上原価から控除し,本件業務単体での収支を計算すると,3000万円以上の利益が上がっていたと認められる(甲11)。本件入札が公正な自由競争の下で行われた場合には,このように大きな利益が確保できるような入札価格で落札することはほぼ不可能であると考えられ,被告補助参加人において本件業務を落札するためには,少なくとも上記利益を2分の1程度削減した価格で入札する必要があったものと推測されるから,本件入札の想定落札価格は,落札価格よりも少なくとも1500万円低い金額であったということができる。

したがって,本件談合により東松山市が被った損害の額は,1500万円と認めるのが相当である。

3  争点(3) (過失相殺の当否)について

(1)  時機に後れた攻撃防御方法であるとの主張について

本件において,被告補助参加人は,補助参加の申出により本件訴訟の第3回口頭弁論期日から訴訟に参加したが,第8回口頭弁論期日の直前に提出した準備書面(4)において初めて過失相殺の主張をし,原告がこれに対する主張を検討する必要があったため,同期日で弁論を終結することができず,第9回口頭弁論期日が設けられた。そこで,補助参加人の過失相殺の抗弁が時機に後れた攻撃防御方法に該当するか検討する。

補助参加人が行った過失相殺の主張は,それまで主張,立証されていた事実関係に基づく主張であり,新たな証拠調べ等を要するものではない。

また,被告補助参加人は,本件談合の存在及び東松山市の損害の発生自体を争い,そのための主張,立証をしていたものであり,過失相殺の主張はこれらが認められなかった場合の予備的主張であることに鑑みると,早期に過失相殺の主張を提出しなかったこともやむを得ない面があり,被告に故意又は重大な過失があったとは認められない。

よって,過失相殺の主張が時期に後れた攻撃防御方法の提出であり,却下すべきであるとの原告の主張は採用できない。

(2)  過失相殺の当否について

被告補助参加人は,東松山市の職員による入札予定価格の漏洩行為及び同市における入札制度自体に問題があったことをもって,同市に過失があり,過失相殺をすべきであると主張する。

そこで検討するに,上記のとおり,本件入札においては,東松山市の職員であったAが,被告補助参加人の従業員であったB及びCと共同して本件入札妨害行為を行ったことが認められるものの,Aは,B及びCと共同して不法行為を行い,被告補助参加人が利益を得ることを幇助した者であるから,A個人の行為のみをもって東松山市の過失として過失相殺を行い,被告補助参加人とAの責任を軽減することは相当ではない。

しかしながら,本件入札において被告補助参加人による見積額が入札予定価格となっていることは,前年度までの慣行によってBらも容易に知り得るところであったのであり,BはAから入札予定価格を聞き出すことで,慣行に従って入札予定価格が決定されたことを確認したにすぎないと認められる(甲6,7)。そうすると,被告補助参加人による見積額をそのまま入札予定価格にしていたという東松山市の入札制度自体に欠陥があったというべきであり,そのような入札制度の欠陥は,談合の成立と直接関連するものではないものの,談合の成立を援助,助長し,入札参加業者が入札予定価格とほぼ同一の高い金額で落札することを可能とするものであったと認められる。

そして,上記のような入札制度の欠陥は,本件入札が行われた平成18年の前後数年間に東松山市で行われた入札において,入札予定価格と落札価格が同一ないし極めて近似した価格となっているものが多数存在すること(甲24)によっても裏付けられている。

そうすると,本件入札においては,A個人の行為のみならず,東松山市の入札制度の欠陥自体が,本件談合の成立と被告補助参加人による入札予定価格とほぼ同額での落札に寄与したと認められ,そのような入札制度を採用していたことは東松山市の過失として過失相殺の対象になるというべきである。なお,原告は,過失相殺をすることにより,故意に談合行為を行った被告補助参加人に利益が保持され,被害者である東松山市が損害を被るのは不当である旨主張するが,過失相殺は,損害額の算定にあたって被害者側の事情を考慮して損害額の公平な分担を定めるものであるから,過失相殺によって被告補助参加人の利益が保持されるものでも,東松山市が損害を被るものでもないから,原告の主張は採用できない。

そして,上記の諸事情に照らすと,過失相殺の割合は2割と認めるのが相当であり,上記認定の損害額1500万円に2割の過失相殺をすると,1200万円となる。

4  被告の怠る事実

Aと被告補助参加人は,共同不法行為により,本件入札妨害行為及び本件談合によって東松山市が被った損害として1200万円を連帯して賠償すべき責任を負うものと認められる。

そして,被告は,遅くともAに対する刑事事件の判決が確定した平成21年3月5日には上記認定に係る各証拠を入手し得る状況にあったと認められるから,現時点まで上記損害賠償請求権を行使していないことは違法というべきである。

5  結論

以上の次第であるから,原告の請求は,被告に対し,A及び被告補助参加人に対して連帯して1200万円及びこれに対する遅延損害金の支払を請求するよう求める限度で理由があるから,その限度で認容し,その余の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 遠山廣直 裁判官 八木貴美子 裁判官 水越壮夫)

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