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さいたま地方裁判所 平成21年(行ウ)31号 判決 2010年6月30日

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

さいたま地方法務局志木出張所が原告に対して平成21年9月29日付けで行った却下処分を取り消す。

第2事案の概要

1  事案の概要

本件は,原告が,原告所有土地について登記簿上記載されている地積が誤っているとして,さいたま地方法務局志木出張所(志木出張所)の登記官に対して土地地積更正登記の申請を行ったところ,同申請が却下されたため,この却下決定は違法であると主張して,同決定の取消しを求めている事案である。

2  争いのない事実等(証拠により容易に認定できる事実については括弧内に証拠を示す。)

(1)  原告は,埼玉県富士見市ab丁目c番dの土地(本件土地)及び同土地上の建物の所有権並びに同市ab丁目c番eの土地(e土地)の18分の1の持分権を有している者である。

(2)  原告は,平成21年7月6日,志木出張所登記官に対し,本件土地の表示登記のうち地積の記録を,62.23平方メートルから63.01平方メートルに更正することを求める土地地積更正登記申請(本件登記申請)をした。同申請は,同日,受付番号第24750号をもって受け付けられた。

同申請の際,原告は,添付書類として,申請書副本,地積測量図及び判決書(さいたま地方裁判所川越支部平成17年(ワ)第336号損害賠償等請求事件,同19年(ワ)第465号境界確定等請求事件,同19年(ワ)第693号道路位置確定等請求事件についてのもの。以下,上記事件の判決を「別訴判決」という。)を提出した。さらに,原告は,平成21年7月21日ころ,補正の指示に応じて別紙地積測量図(別紙図面)を再度提出した。(甲6,7,乙1)

(3)  志木出張所の登記官(登記官)は,平成21年9月29日,本件登記申請に対し,実地調査の結果,本件土地の境界の確認ができなかったとして,不動産登記法25条11号の規定により却下決定を行った(本件却下決定)。

(4)  同年9月16日,原告は,本件登記申請に対し,本件土地の地積更正登記をすることを求める訴えを提起したが,同年10月10日付けの書面で,請求の趣旨を本件訴えの請求の趣旨に変更した。

3  争点

(1)  本案前の争点(争点(1))

本件却下決定の行政処分該当性

(2)  本案の争点(争点(2))

本件却下決定の違法性

4  争点に対する当事者の主張

(1)  争点(1)(本件却下決定の行政処分該当性)について

(原告の主張)

登記官が,e土地から本件土地への進入路幅を1.90メートルから2.00メートルに変更する行為は,再建不可の本件土地に再建可能な土地であるという地位を与えることになるものである。登記官の同行為は,そのような法的効果を生じさせ,実体上の権利関係に変動を及ぼすものであるから,本件却下決定には処分性がある。

また,本件土地の権利関係の範囲が拡張変更される結果,隣接地の所有者の権利関係にも影響を与えるから,この意味でも本件却下決定は処分性を有するといえる。

(被告の主張)

不動産登記法(法)25条11号に基づき本件登記申請を却下した本件却下決定は,原告に対し,法律上何ら直接的な影響を及ぼすものではなく,行政処分性を有しない。

原告が登記官に対してした本件登記申請に係る登記は,土地地積更正登記であり,法38条に定められた土地の表題部の更正登記に該当するところ,このような登記は,登記記録上誤りがあった場合に,土地の物理的状況及び客観的事実を登記記録上に反映する事実的行為に過ぎず,当該登記記録自体によって,土地の権利関係,物理的形状が変更,確定されるものでも,隣接地との境界,隣接地の範囲等に変更が生じるものでもない。

また,土地地積更正登記等の土地の表題部の更正登記は,当事者の申請を待たずとも職権ですることが可能であり(法28条),本件登記申請は登記官の職権発動を促すものに過ぎない。

したがって,土地地積更正登記は,それ自体国民の権利義務を形成し,その範囲を確定する性質を有せず,土地地積更正登記申請が却下された場合に申請者がこれを争う法律上の利益は存しないから,本件登記申請を却下した本件却下決定は,行政処分性を欠くというべきである。

(2)  争点(2)(本件却下決定の違法性)について

(原告の主張)

ア 別訴判決において,本件土地とこれに隣接する各土地(隣接各土地)との境界にはそもそも争いはないと認定されているが,隣接各土地の各所有者はこの判決に対して控訴して異議を述べていないのであるから,これにより原告が別訴で主張した境界が確定している。

したがって,原告の本件登記申請に対し,本件土地の境界の確認ができないとしてなした,本件却下決定は違法である。

イ また,登記官は,本件登記申請について,公務所に保管されている公文書(隣接各土地の建物図面)に対する調査を行えば,本件土地の境界を確定できたにもかかわらず,これを怠った。同調査の懈怠により,本件土地の境界を確定できなかったのに,これを理由に本件登記申請を却下した本件却下決定は違法である。

ウ さらに,登記官は,本件登記申請の際に,原告に対して,別訴判決により特定された境界の境界点に境界標を設置し,境界標設置後の地積測量図を再提出するよう指示をしなかった。補正の必要があれば,補正の指示をすれば足りたにもかかわらず,本件却下決定は,それを怠って,上級行政庁の指示であるとして行われたものであるから違法である。

(被告の主張)

ア 本件却下決定は,本件登記申請に添付された別訴判決からは本件土地の境界を確認できず,実地調査等によってもその確認ができなかった上,原告からさらなる資料等の提出もなく,他の参考資料も存在しなかったため,結局本件土地の境界が確認できないとの理由によりなされたものであり,十分な理由があるから適法というべきである。

イ 本件却下決定に至る具体的な経緯等は以下のとおりである。

(ア) 本件登記申請には別訴判決の判決書が添付されていたが,別訴判決は原告が隣接各土地の所有者らを被告として,境界確定等を求めて提訴した事件の判決であるところ,具体的な境界点や境界についての判断をすることなく,原告の訴訟行為が民事訴訟制度の趣旨,目的に照らして著しく相当性を欠き,信義に反するとして不適法却下したものであって,これにより本件土地の境界を確認できるものではなかった。

(イ) そこで,登記官は,境界の確認のため,本件土地の実地調査が必要であると判断した。

まず,別紙図面上に示された境界点に境界標の表示がなかったことから,同年8月3日,別紙図面に示された境界点について原告の認識する地点を現地で示させるため,原告の立会いを得て,本件土地の実地調査を行った。同調査において,原告は,現地に境界点を明示する境界標等のない別紙図面上のB点及びC点について,おおよその範囲でその位置を示したのみで,確定的な境界点を指し示すことができず,さらに登記官の質問に答える形で境界点をある程度特定したものの,同月10日,原告は,これとは異なる点を境界点として示した写真を志木出張所に送付してきた。

登記官は,その後,隣接各土地の所有権登記名義人16名に対して現地調査への立会いを求め,同月19日,隣接各土地の所有権登記名義人の本人,代理人,又は成年後見人の計11名(隣接各土地所有者等)の立会いのもと,本件土地の現地調査を行った。

その結果,別紙図面上のA点及びB点については,原告が実地調査において示した境界点(原告境界点)を結んだ線上にあることについて,隣接各土地所有者等の認識が一致したが,当該線上のいずれの位置であるかは不明であるとの申述がなされた。同C点については,不明と申述した者と,原告境界点と異なる点を主張した者とがあった。同D点及びF点については,隣接各土地所有者等の認識は,いずれも原告境界点と一致したが,同E点については,原告境界点の同D点及びE点を結んだ線上であることについては認識が一致したものの,当該線上のいずれの位置であるかは不明と申述された。

(ウ) 原告は,その後も登記官に対し,本件土地の境界を認定できる資料を提出することはなく,また,志木出張所に本件土地の境界を認定できる地積測量等は保管されておらず,参考となる資料も存在しなかった。

ウ 以上のように,本件却下決定は違法ではない。

第3争点に対する判断

1  争点(1)(本件却下決定は行政処分に該当するか)について

(1)  処分の取消しの訴えの対象となる行政庁の処分は,それによって国民の権利義務を形成し,あるいはその範囲を確定することが法律上認められているものでなければならない。

そこで,地積更正登記の申請を却下する本件却下決定が,上記行政庁の処分に該当するかを検討するに,地積更正登記は,登記簿上に記載された地積が当該土地の客観的な地積と合致しない場合に,これを訂正するものであり,地積更正登記により当該土地の権利関係,形状,範囲等が変更されるものでなく,これと隣接する各土地との境界,範囲等に変更が生じるものでもないから,当該土地の所有者はもとより,上記各土地の所有者の権利義務に何ら影響を与えるものでもない。したがって,同更正登記の申請を却下する決定も,上記関係土地所有者らの実体上の権利,利益を侵害するものとはいえない。

(2)  もっとも,法156条は,登記官の処分を不当とする者は,当該登記官を監督する法務局又は地方法務局の長に審査請求をすることができる旨定めている。そして,法25条は,登記官が登記の申請を却下する場合には,その決定に理由を付することを定めている。

法25条が理由の付記を求める趣旨は,登記官の判断の慎重を担保して恣意を抑制するとともに,申請を却下された当事者が審査請求を行うにつき便宜を与えたところにあると解されるところ,上記理由の付記が表示登記の申請を却下する場合にも要求されていること(法25条11号)からすると,上記法156条が定める審査請求をすることができる「登記官の処分を不当とする者」には,表示登記の申請を却下する処分を不当とする者が含まれるということができ,そうすると,地積更正登記申請を却下された場合にも,審査請求で救済される途が用意されていることになる。

これらにかんがみると,法は,当事者に対して,地積更正登記についてもその申請権を付与したものと解するのが相当であり,同登記申請を却下する決定は,法により認められた申請権を侵害するものとして,国民の権利義務に影響を与える行政庁の処分に該当すると解するのが相当である。

なお,法158条は,登記官の処分に係る審査請求について,行政不服審査法の一定の規定の適用を除外する旨を定めており,これは上記審査請求に原則として行政不服審査法の適用があることを前提としているところ,行政不服審査法において対象とされる「処分」(同法2条)も抗告訴訟の対象となる行政庁の処分と基本的には同様に解されており,このことからも地積更正登記の申請を却下する決定が行政庁の処分に該当するとした上記結論は相当であるといえる。

(3)  以上より,本件却下決定は,行政庁の処分に該当する。

2  争点(2)(本件却下決定の違法性)について

(1)  前記争いのない事実等及び証拠によれば,以下の事実が認められる。

ア 原告は,志木出張所に対し,本件登記申請の添付書類として,別紙図面のほか,別訴判決の判決書を提出した。同判決は,原告が,さいたま地方裁判所川越支部において,隣接各土地の所有者らを被告として,境界確定等を求めて提訴した訴訟の判決であるが,同裁判所は,同訴訟における原告の訴訟行為が民事訴訟制度の趣旨・目的に照らして著しく相当性を欠き,信義に反すると認められるとして,実体の判断に入ることなく訴えを却下した(甲7)。

イ 平成21年8月3日,登記官は,原告立会いの下,本件土地の実地調査を行った。同登記官は,別紙図面上に示された境界点に境界標の表示がなかったことから,原告に境界点を指示するように求めた。原告は,別紙図面上のZ点及びF点を示したが,同B点については,確定的な境界点を示すことができず,登記官が直径2センチメートル程度の円を赤マジックインキで描き,原告に対して「このあたりか」と聞いたところ,原告は「そうだ」と答えた。同C点についても,原告は確定的な境界点を示すことができず,登記官が直径約5センチメートルの円を赤マジックインキで描き,原告に対して「このあたりか」と聞いたところ,原告は「そうだ」と答えた。原告は,同D点,E点,A点については,登記官に対してその位置を指示した。(乙3)

ウ 同年8月10日,原告から志木出張所に,境界点を撮影したとする写真(境界点位置及び境界点符号の記載があるもの)が送付されてきた。同写真において示された境界点のうち,別紙図面上のB点及びC点は,上記実地調査の際に原告が指示した点(指示境界点)と異なっていた。(乙3)

エ 同年8月19日,登記官は,隣接各土地所有者16名のうち,11名(本人の代理人を含む。)の立会いにより本件土地の実地調査を行った。立会人のうち8名は,別紙図面上のF点には同意したが,同A点及びB点については,指示境界点である同A点及びB点を結んだ線上であることについては同意したものの,その線上のいずれの点であるかは不明と申述し,同E点については,指示境界点である同E点とD点を結んだ線上であることについては同意したものの,その線上のいずれの点であるかは不明と申述し,同C点については,不明と申述した。

他の立会人の一人は,同F点には同意し,同A点及びB点については,指示境界点である同A点とB点を結んだ線上であることには同意したものの,その線上のいずれの点であるかはいずれも不明と申述し,また同C点については,不明と申述した。

また別の立会人の一人は,同F点及びD点については同意し,同E点については,指示境界点である同E点及びD点を結んだ線上であることには同意したものの,その線上のいずれの点であるかは不明と申述し,同C点については不明と申述した。

また別の立会人の一人は,同F点及びD点については同意し,同C点については相違していると主張した。具体的には,同C点は,原告が主張する境界点より約13センチメートルほど同B点寄りの位置であるとの主張であった。

なお,原告が同年8月10日に志木出張所に送付してきた写真における境界点を前提としても,別紙図面上の同B点については立会人の一人が不明とし,同C点についても立会人の別の一人が主張する境界点から同D点方向に約8センチメートル相違していた。(乙3)

オ 原告は,登記官に対し,上記の資料のほか,本件土地の境界を確認できる資料を提出しなかった(乙3,弁論の全趣旨)。

カ 登記官は,同年9月29日,本件登記申請に対し,実地調査の結果,本件土地の境界の確認ができなかったとして,法25条11号の規定により本件却下決定を行った。

(2)  法は,表示に関する登記の申請に係る不動産の表示が,当該不動産の表示に関する事項についての登記官による調査の結果と合致しないときは,登記官は,登記の申請を却下しなければならない旨規定している(法25条11号,29条)。

本件却下決定は,法25条11号の規定に基づいてなされているところ,前記認定のとおり,原告は,本件土地の境界が確認できる資料を提出しておらず,登記官による実地調査によっても,その境界が確認できなかったのであるから,同登記官が行った本件却下決定は違法とは認められない。

原告は,本件土地の境界は別訴判決において確定されていると主張するが,別訴判決は原告の訴えを不適法として却下したものであり,これによって本件土地の境界を確認することはできないことは前述のとおりである。

また,原告は,登記官が本来行うべき補正の指示や調査を怠ったために本件土地の境界を確定できず,本件却下決定をすることになったなどと主張するが,前記認定のとおり登記官は実地調査等を行っており,必要な調査は行っているといえるのであって,これに加えてさらに補正の指示や調査等を行うべきであったと認めるに足る証拠はない。

3  以上のとおりであり,原告の請求には理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判官 八木貴美子 裁判官 辻山千絵)

裁判長裁判官遠山廣直は差し支えのため署名押印できない。裁判官 八木貴美子

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