さいたま地方裁判所 平成22年(わ)1844号 判決 2011年5月13日
主文
被告人を懲役13年に処する。
未決勾留日数中110日をその刑に算入する。
押収してある柳刃包丁1丁(平成23年押第22号符号1)を没収する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,妻であるAがB教の信仰に5人の子供たちを巻き込むことに強く反対し,様々な手段を講じたが,最終的に教団施設で生活することとなったA,長女及び二女とは平成3年以降まともに会うことすらできなくなった。このため,被告人は,信仰によって子供たちの人生を台なしにしたとして,離婚成立後もAを強く憎みながら過ごしてきたが,平成21年にがんの手術を受けたことを契機に自らの生命が尽きる前に,教団に取り込まれている長女及び二女の目を覚まさせ,長男や三女に対する信仰への誘いを防ぐためには,Aを殺害するほかないと考えるに至った。そこで,被告人は,
第1平成22年11月24日午前7時53分ころ,埼玉県八潮市ab番地c所在のD北側駐輪場において,A(当時63歳)に対し,殺意をもって,その腹部及び胸部等を柳刃包丁(刃体の長さ約21.3センチメートル,平成23年押第22号符号1)で突き刺すなどし,よって,同日午前9時ころ,同市d町e丁目f番地d所在のE病院において,同人を胸腹部鋭器損傷による出血性ショックにより死亡させ,
第2業務その他正当な理由による場合でないのに,同日午前7時53分ころ,前記駐輪場において,前記柳刃包丁1丁を携帯した。
(証拠の標目)省略
(法令の適用)
罰条
判示第1の所為につき刑法199条
判示第2の所為につき銃砲刀剣類所持等取締法31条の18第3号,22条
刑種の選択 各所定刑中判示第1の罪につき有期懲役刑を,判示第2の罪につき懲役刑をそれぞれ選択
併合罪の処理 刑法45条前段,47条本文,10条,47条ただし書(重い判示第1の罪の刑に法定の加重)
未決勾留日数算入 刑法21条
没収 刑法19条1項2号,2項本文(判示第1の殺人の用に供した物で被告人以外の者に属しない)
訴訟費用の不負担 刑事訴訟法181条1項ただし書
(量刑の理由)
本件において,何よりも重視すべきは,被害者の尊い生命が失われた結果の重大性である。また,被害者とともに平穏な生活を送っていた同人の長女及び二女の悲しみも無視できない。
次に重視すべきは,強い殺意に基づく残忍かつ執ような犯行の態様であり,しかもそれが相当の計画性を伴っていたことである。すなわち,本件は,被告人が,無防備の被害者に対し,数分間にわたり,被害者が激しく抵抗する中,長く鋭利な柳刃包丁で腹や胸など生命に関わる重要部分を狙って何度も突き刺し,さらに,騒ぎを聞きつけて人が集まってきたにもかかわらず,なお犯行を継続し,3か所の致命傷を含めて合計14か所もの傷を負わせたという凄惨なものである。また,被告人は,戸籍の附票から被害者の所在を突き止め,福岡の自宅を引き払って上京し,犯行の機会を狙うなどの準備を重ねていたのである。
以上の結果の重大性や犯行態様の残忍性,計画性等に照らすならば,被告人の刑事責任は相当重く,殺人罪の法定刑として最も軽い懲役5年を相当に上回る刑を考えざるを得ない。
確かに,本件犯行の動機につき,父親として,子供たちとB教との関係を断絶させたいとの思いが被告人にはあったと認められる。しかし,だからといって,被害者に対する憎しみをも込めて本件のような重大かつ残忍な犯行に及んだことが正当化されるはずはなく,被害者,長女及び二女が被告人と離れて約20年の長期にわたってそれぞれの人生を送ってきたことをも考慮するならば,前記の父親としての思いを被告人に有利な事情としてしんしゃくすることも難しい。
また,被告人は事実を認めているが,被害者への謝罪や真摯な反省を伴っていない以上,この点を被告人に有利な事情として考慮することはできない。
以上のとおりであるから,当裁判所は,評議を尽くした結果,被告人の刑を軽くして欲しいと述べる長男及び三女の存在など被告人の刑事責任を軽くする事情を最大限に考慮してもなお,被告人には,相当長期の刑に服させ,自身の行為に正面から向き合わせる必要があると考え,主文の刑が相当であると判断した。
(求刑 懲役15年 没収)
(裁判長裁判官 大熊一之 裁判官 小坂茂之 裁判官 津島享子)