さいたま地方裁判所 平成22年(わ)1896号 判決 2011年6月10日
主文
被告人を懲役9年に処する。
未決勾留日数中90日をその刑に算入する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,平成22年11月8日から,出会い系サイトで知り合ったAの長女であるBを預かり,報酬を受ける約束でその世話をしていたところ,Bが被告人の言いつけを守れず,また,Bらの家族に対するAの態度が無責任に思えたことなどから苛立ちを募らせるようになり,Bに対し,大声で執拗に叱りつけたり,こぶしで殴ったりなどするようになった。
被告人は,
1 別表(省略)記載のとおり,平成22年11月22日から同月24日までの間,5回にわたり,埼玉県東松山市a町b丁目c番d号A方において,B(当時5歳)の上半身を両手で強く突き,廊下に転倒させるなどの暴行を加え,
2 平成22年11月24日午後7時ころ,A方先路上及び玄関付近において,Bの下腹部を後ろ蹴りしてアスファルト道路上に転倒させ,その臀部を蹴り上げて頭部をA方のアルミニウム合金製玄関ドアに強打させるなどの暴行を加え,Bに左右恥骨上枝骨折,右仙腸関節部不全離解,硬膜下血腫及び脳浮腫等の傷害を負わせ,よって,同月26日午前3時5分ころ,埼玉県川越市大字ef番地所在のC大学総合医療センターにおいて,Bを上記傷害に起因する低酸素脳症により死亡させたものである。
(証拠の標目)
省略
(法令の適用)
罰条 包括して刑法205条
未決勾留日数の算入 刑法21条
訴訟費用の不負担 刑事訴訟法181条1項ただし書
(量刑の理由)
本件の量刑に当たっては,とりわけ,被害結果が重大であること,それは,卑劣かつ粗暴な犯行により生じるべくして生じたものであること,動機は理不尽なもので,酌量の余地がないことを重視した。
本件犯行により,5歳の女児の生命が失われ,その限りない可能性が奪われるという重大な被害結果が生じている。Bは,被告人との2人きりの生活の中で,強度の暴行を3日間にわたり受け続け,ついには歩行困難となるほどの重傷を負わされながら,医療的処置を受けられず痛みに苦しんだ末に意識を失い,その後の緊急治療のかいもなく絶命するに至っているのであって,その肉体的苦痛や恐怖感,絶望感の大きさに思いを致すと,不憫としかいいようがない。
本件犯行は,体重約80キログラムの被告人が,抵抗する術のないいたいけなBに対し,既に認定したような強度の暴行を執拗かつ一方的に加え続けた挙げ句,致命傷となる傷害を負わせたというものであるから,卑劣かつ粗暴である。重大な被害結果は,生じるべくして生じたものというべきである。
被告人が苛立ちを募らせた経緯をみると,被告人は,Aの事情により,当初予定されていた範囲を超えてBの世話をするようになったことなどが一応認められるものの,それが負担であれば,Aに手伝ってもらったり,世話を辞退したりするなど,他に採り得る手段はいくらでもあったのであるし,何より,Aに対する苛立ちをBにぶつけること自体筋違い以外の何ものでもなく,八つ当たりというほかない。加えて,Bは発育状況や知能に劣るところがなく,被告人の言いつけのほとんどが5歳児には守ることの困難なものであったことをも併せ考えれば,動機は,身勝手極まりない理不尽なものであって,酌量の余地がない。
そうすると,Bの父母や兄が被害者参加し,厳しい処罰感情を表明しているのも無理からぬところである。
以上によれば,被告人に対しては,検察官の求刑どおり懲役10年の刑を科するのが相当とも考えられる。
しかし,被告人は,犯行そのものは素直に認め,当公判廷において,被告人なりに反省と謝罪の言葉を述べている。これまでに前科前歴がない。そこで,これらの被告人のために酌むべき事情も併せ考慮すると,被告人に対しては,主文の刑を科するのが相当である。
(検察官の求刑 懲役10年)
(裁判長裁判官 田村眞 裁判官 安藤祥一郎 裁判官 湯浅雄士)