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さいたま地方裁判所 平成22年(わ)881号 判決 2011年7月20日

主文

被告人を無期懲役に処する。

理由

(罪となるべき事実)

第1(平成22年11月25日付け公訴事実に係るもの)

被告人は,平成18年11月上旬ころ,携帯電話の相談サイトを通じてAと知り合い,以降,借金をするために自らがAの養子になるとともに,Aに養子縁組を繰り返させて何度も借金をさせたり,生活保護費を不正に受給させてそれを取り上げたりなど,金銭を得るための道具として利用していた。しかし,被告人は,これらの方法では思っていたほど金銭を得られず,次第にAを持て余すようになったため,平成19年9月中旬ころ,従兄弟であるBに相談すると,Bから,Aに保険を掛けて殺害し,保険会社から死亡保険金を騙し取ればよいと提案され,これに賛同した。その後,被告人は,BとともにAを監視下に置き売春をさせるなどしていたところ,Aが,Bの母親であるCに対し,Bらに売春をさせられていると訴えたことから,BがAの言動に立腹していよいよその殺害を決意し,これを契機に,平成20年3月12日ころ,被告人とBとの間に,死亡保険金を手に入れるためにAを殺害する旨の共謀が成立した。被告人は,同月13日,横浜市所在の上記C方兼有限会社D事務所において,殺意をもって,A(当時46歳)に睡眠薬を服用させて睡眠状態に陥らせ,1階浴室の水を張った浴槽内にAを沈めて溺れさせ,よって,そのころ,その場において,Aを溺水吸引による窒息により死亡させて殺害した。

第2(平成23年2月10日付け公訴事実第1に係るもの)

被告人は,Bと共謀の上,Aを被保険者とするE1損害保険株式会社の普通傷害保険に基づく死亡保険金という名目で現金を騙し取ろうと企て,平成20年3月14日,横浜市所在の有限会社F事務所から,E1損保と損害保険代理店委託契約を締結している上記F経営者Gを介し,同市所在のE1損保横浜火災新種損害サービスセンターの従業員Hに対し,真実は,被告人らがAを殺害したものであるのに,その事実を隠し,Aが事故により入浴中浴槽内で溺死した旨記載されたE1損保事故受付票をファクシミリ送信するなどして嘘の事故報告を行い,さらに,同年5月20日ころ,上記横浜火災新種損害サービスセンターにおいて,上記Gを介し,E1損保に保険金請求書を提出するなどして保険金の支払を請求し,E1損保火災新種損害サービス部長IにAが急激かつ偶然な外来の事故によって溺死したものであり,E1損保に保険金の支払義務があるものと誤信させて支払を決意させ,よって,同年7月31日,東京都板橋区株式会社J1銀行a支店に開設された被告人名義の普通預金口座に3600万円を振込送金させ,もって人を欺いて財物を交付させた。

第3(平成22年7月15日付け公訴事実第1に係るもの)

被告人は,B,K及びLと共謀の上,L所有の普通乗用自動車についてE2保険株式会社との間で自動車保険契約を締結しているのを利用して,保険金という名目で現金を騙し取ろうと企て,平成20年11月4日午後2時ころ,埼玉県ふじみ野市所在の駐車場で,Kが運転する上記車両をその場に駐車中のM管理の普通乗用自動車に故意に衝突させて両車両を損壊させる事故を起こした上,同日午後4時ころ,神奈川県鎌倉市所在の有限会社N事務所において,E2保険と損害保険代理店委託契約を締結している上記Nの従業員Oに対し,Lのハンドル操作の誤りにより上記事故が発生し,上記両車両が損壊した旨電話で報告するなどして,E2保険に嘘の事故報告を行うとともに保険金の支払を請求し,E2保険神奈川損害サービス部湘南損害サービス課課長Pらに上記事故がLの過失によるものであり,E2保険に保険金の支払義務があるものと誤信させて支払を決意させ,よって,同月25日,L所有車両の修理費という名目で,埼玉県ふじみ野市所在の株式会社J2銀行b支店に開設された株式会社P代表取締役Q名義の普通預金口座に29万242円を,同年12月1日,M管理車両の修理費という名目で,静岡県駿東郡所在のJ3銀行株式会社c支店に開設されたR名義の普通預金口座に58万円をそれぞれ振込送金させ,もって人を欺いて財物を交付させた。

第4(平成22年6月16日付け公訴事実に係るもの)

被告人は,B及びMと共謀の上,M所有の普通乗用自動車についてE2保険との間で自動車保険契約を締結しているのを利用して,保険金という名目で現金を騙し取ろうと企て,平成21年5月5日午後0時20分ころ,さいたま市内の路上で,Mが運転する上記車両を街路樹等に故意に衝突させて損壊させる事故を起こした上,同日,東京都文京区所在のS株式会社東京支店事故受付センターにおいて,オペレーターTに対し,運転中に携帯電話を拾おうとして上記事故が発生し,上記車両が損壊した旨電話で報告するなどして,E2保険に嘘の事故報告を行い,さらに,同年6月16日,さいたま市大宮区所在のE2保険埼玉損害サービス部さいたま損害サービス第一課において,課員Uに対し,自動車保険金請求書を提出するなどして,E2保険に保険金の支払を請求し,上記第一課課長代理Vに上記事故がMの過失によるものであり,E2保険に保険金の支払義務があるものと誤信させて支払を決意させ,よって,同月18日,埼玉県富士見市所在のJ4信用金庫d支店に開設されたV名義の普通預金口座に85万円を振込送金させ,もって人を欺いて財物を交付させた。

第5(平成22年7月15日付け公訴事実第2に係るもの)

Bは,平成21年6月ころから,自己及び被告人のおじであるWから運用資金の名目で500万円を預かったり,自己の提案に応じたWが出資し,立ち上げることになった株式会社Xのための口座から約500万円を引き出し,自己のために費消したりするなどしていた。しかし,Bは,自己の言動に不信感を強めたWとの関係が悪化し,同年8月に入ると,Wから資金の返還を求められるなどしたため,Wの存在が邪魔になってその殺害を決意し,同月6日,被告人にWを殺害するよう依頼したところ,被告人は,Bに捨てられたくないとの思いなどからこれを承諾し,被告人とBとの間にWを殺害する旨の共謀が成立した。被告人は,同月7日午前5時50分ころ,埼玉県深谷市所在のW方において,殺意をもって,W(当時64歳)の左前胸部を柳刃包丁(刃体の長さ約21センチメートル)で突き刺し,よって,そのころ,その場において,Wを胸部刺創による失血により死亡させて殺害した。

第6(平成22年7月15日付け公訴事実第3に係るもの)

被告人は,Bと共謀の上,平成21年8月7日午前5時50分ころ,上記第5のW方において,業務その他正当な理由による場合でないのに,上記第5の柳刃包丁1丁を携帯した。

第7(平成23年2月10日付け公訴事実第2に係るもの)

被告人は,出会い系サイトを通じて知り合ったMに売春をさせてその売上げを取り上げるなど,Mを金銭を得るための道具として利用していたところ,平成21年10月28日ころ,Mが被告人に隠れて売春の客と連絡を取り合ったなどと思い込んで激昂し,埼玉県富士見市所在の月極駐車場に駐車中の自動車内において,M(当時40歳)の顔面及び腹部等を拳骨で多数回殴るなどの暴行を加え,よって,Mに全治約4週間を要する外傷性左耳介血腫並びに全治約2週間を要する顔面,頭部及び腹部打撲等の傷害を負わせた。

(証拠の標目)

省略

(累犯前科及び確定裁判)

被告人は,

(1)  平成12年6月1日浦和地方裁判所川越支部で道路交通法違反,業務上過失傷害の罪により懲役1年(4年間執行猶予,平成15年3月18日猶予取消し)に処せられ,平成18年7月4日その刑の執行を受け終わり,

(2)  平成15年2月4日上記支部で恐喝,傷害,銃砲刀剣類所持等取締法違反の罪により懲役2年6月に処せられ,平成17年7月4日その刑の執行を受け終わり,

(3)  平成22年6月30日上記支部で道路交通法違反,偽造有印公文書行使,有印私文書偽造,同行使,銃砲刀剣類所持等取締法違反の罪により懲役3年に処せられ,その裁判は同年8月5日確定したものであって,これらの事実は検察事務官作成の捜査報告書(省略)によって認める。

(法令の適用)

罰条

判示第1,第5の各所為 いずれも刑法60条,199

条判示第2から第4までの各所為 いずれも刑法60条,246条1項

判示第6の所為 刑法60条,銃砲刀剣類所持等取締法31条の18第3号,22条

判示第7の所為 刑法204条

刑種の選択

判示第1,第5の各罪 いずれも無期懲役刑を選択

判示第6,第7の各罪 いずれも懲役刑を選択

累犯加重

判示第2から第4まで,第6,第7の各罪 いずれも刑法56条1項,57条(上記前科との関係でそれぞれ再犯の加重)

併合罪の処理

刑法45条後段,50条(判示各罪と上記前科とは刑法45条後段の併合罪であるから,同法50条によりまだ確定裁判を経ていない判示各罪について更に処断)刑法45条前段,46条2項本文,10条(判示各罪もまた刑法45条前段の併合罪であるところ,犯情の重い判示第1の罪の無期懲役刑で処断するので,他の刑を科さない)

訴訟費用の不負

担刑事訴訟法181条1項ただし書

(量刑の理由)

本件では,被告人に対し,死刑と無期懲役のいずれの刑を科すべきかが問われている。

そこで,量刑上,最も重要な,判示第1(殺人)及び第2(死亡保険金詐欺)の犯行(殺人の犯行現場が有限会社D事務所であることから,以下「D事件」という)と,判示第5(殺人)及び第6(包丁の不法携帯)の犯行(株式会社Xなどを巡る金銭トラブルが契機となっていることから,以下「X事件」という)について検討する。

犯行により2人の貴重な生命が奪われている。Aは,被告人に金銭を得るための道具として利用され続けた挙げ句,利用価値がなくなったとみなされるや,やっかい払いをするかのごとく保険を掛けられて殺害された。Wは,Bの言動に不信を抱き,資金の返還を求めるなどしただけであるのに,有無を言わさず殺害された。A及びWの無念さは察するに余りある。被害結果は重大である。

D事件は,Aを傷害保険に加入させて殺害し,死亡保険金3600万円を取得したというものであって,周到に準備された計画性及び利欲性の高い犯行である。X事件は,被告人が,判示第5の経緯でBからWの殺害の実行を依頼されるや,報酬への期待もあって直ちにこれに応じ,Bから与えられた凶器等を用いて実行したというものであって,やはり計画性や利欲性が認められる。

殺害の態様をみると,D事件では,Aを欺き,多量の睡眠薬を混入したドリンク剤を飲ませて熟睡させ,何度も強く揺すって起きないことを確認した上,事故死に見せかけるため注意を払いつつ,水を張った浴槽にAを沈めて溺死させている。X事件では,甥である被告人と話をしながら飲酒するうちに酔って眠ってしまったWの左胸に,刃先が身体やその下の座布団を貫いて畳に達するほど力を込めて包丁を突き刺している。いずれも,強固な殺意に基づく冷酷,非道なものといわなければならない。

被告人は,忠誠を誓っていたBに認められたい,あるいは,Bに従っていれば,分け前や報酬を得ることができるなどと考え,犯行に及んでいるのであって,そのような短絡的で身勝手極まりない動機に酌量の余地はない。

ここまでに検討したことに加え,被告人は,自らの手により2人の生命を奪っているばかりか,D事件では800万円という多額の利得を得ていること,遺族らの被告人に対する処罰感情が峻厳であり,とりわけAの遺族らが極刑を望んでいることを併せ勘案すると,被告人の刑事責任は誠に重大であって,死刑の選択も十分に考慮されなければならない。

しかし,D事件では,Bが,Aに保険を掛けて殺害することを発案した上,傷害保険の加入手続をし,犯行直前には,Aの言動に立腹していよいよその殺害を決意するや,被告人に対し,殺害の実行やその具体的方法などを指示している。さらに,殺害後は,警察官等に対し,事故死を装って嘘の説明をし,死亡保険金の受取りに関する手続を行い,支払を受けた保険金の7割を超える2800万円もの利得を得ている。そうすると,D事件では,被告人が,事件の発端を作り利得も得ているにせよ,主導的役割を担ったのがBであることは否定できない。X事件では,Bが,Wとの金銭トラブルを契機に自らの犯罪としてWの殺害を計画した上,被告人に対し,その実行を依頼するとともに凶器等の犯行道具を与え,さらに,現場から携帯電話で連絡,相談をしてきた被告人に逐一指示をしているのである。そうすると,X事件では,被告人は,報酬を期待していた面があるにせよ,完全に従属的立場に立っており,いわばBの手足として行動していたことが認められる。これらによれば,被告人が実行役を担ったことを考慮してもなお,その責任はBに比べて相当程度低いというべきである。

被告人は,D事件及びX事件を含む本件各犯行について,捜査段階から素直に事実を認め詳細な自白をしており,当公判廷においてもこの供述を維持している。特にD事件については,神奈川県警が,Aの死亡を事故死と誤信し,司法解剖等の初動捜査を行っていなかったことに照らすと,罪を認めることにより死刑になることもあり得る状況下で被告人が素直に自白したからこそ,事件の全容が解明されて被告人とBの刑事責任が問われることになった,という側面があることは否定できない。このことは,被告人の刑を決めるに当たって有利に斟酌されるべきである。

被告人は,上記のように潔く供述するとともに,被害者らを供養するため毎日写経を続け,当公判廷においても,証言台に出る都度,傍聴席の遺族らに深々と頭を下げ,木訥ながら被害者や遺族らに対する謝罪の言葉を述べるなどしており,反省,悔悟の情が認められるのであるから,前科等に照らして規範意識の鈍さを指摘せざるを得ないものの,今後の更生を期待できないとまではいえない。

以上の諸事情を総合して考慮すると,被告人に死刑を科することにはなお躊躇を覚えざるを得ない。そこで,被告人に無期懲役刑を科することとした。

(検察官の求刑 死刑)

(裁判長裁判官 田村眞 裁判官 安藤祥一郎 裁判官 湯浅雄士)

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