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さいたま地方裁判所 平成22年(ル)1944号 決定 2010年11月26日

請求債権の表示

別紙請求債権目録記載のとおり

差押債権の表示

別紙差押債権目録記載のとおり

主文

1  本件申立てを却下する。

2  申立費用は債権者の負担とする。

理由

1  本件申立ては、債務者が実現見込みのない仮装空間上で高い収益を上げられるかのように装って、仮装空間上での土地代金及びサーバー管理料等名下に金員を詐取したことを原因とする不法行為に基づく損害賠償請求事件(札幌地方裁判所平成22年(ワ)第2189号)の執行力ある判決正本に表示された金員並びに執行費用を請求債権として、銀行である第三債務者の取扱支店を限定(特定)することなく、支店番号の若い順序に従って頭書金額に満つるまで債務者の預金を差し押さえるよう求めるものである。

2  債権差押えの申立てにおいては、「差し押さえるべき債権の種類及び額その他の債権を特定するに足りる事項」を明らかにしなければならない(民事執行規則133条2項)。これは、執行裁判所が被差押適格を判断するために必要であるほか、債権差押命令が、債務者に対し債権の取立てその他の処分を禁止し、かつ、第三債務者に対し債務者への弁済を禁止する効果を有する(民事執行法145条1項)ことに鑑み、債務者及び第三債務者に対し、差押えの対象を明らかにする必要があることから求められるものである。そして、第三債務者が債権者と債務者間の紛争の当事者ではない第三者的立場にある一方で、上記の弁済禁止効果のほか、差押債権者の申立てにより陳述義務を課され(民事執行法147条)、一定の場合に供託義務及び執行裁判所に対する届出義務を課される(民事執行法156条)等負担を伴う地位に置かれていることに照らせば、債権差押手続上、第三債務者に過度の負担や危険を課すことのないよう配慮するのが相当である(最高裁第三小法廷平成21年7月14日判決参照)。したがって、「債権を特定するに足りる事項」は、第三債務者が、格別の負担や危険を伴わずに差押えの対象を他の債権と誤認混同することなく特定識別できる程度に記載されることを要すると解するのが相当である。

3  そこで、取扱支店を限定(特定)しない預金債権差押えの申立てが、「債権を特定するに足りる事項」を記載したものであるかを判断すると、銀行においては各支店がある程度独立して業務や顧客管理を行っているところ、本件の第三債務者が国内外に極めて多数の店舗を有することからしても、本店において全顧客の十分な顧客情報を有するとは言い難く、また、かかる情報に容易にアクセスできるとも言い難い。銀行におけるこのような業務態勢や口座への出入金等によって預金の額が常に増減し得ることを考慮すれば、十分な顧客情報を有さず、かかる情報に容易にアクセスできるわけでもない本店において、差押命令の対象となった債務者が預金を有するか全支店を対象として調査し(この際、債務者と名称等が類似する者の預金を誤って対象とすることのないよう留意して調査を行う必要がある。)、預金の所在する支店と額を把握し、差押えの対象となる預金を有する該当支店に連絡し(なお、作業中に対象となる預金の額は変動し得るし、変動によっては該当支店自体が変動することもあり得る。)、支払禁止の措置を講じることを求めるのは、第三債務者の日常業務とは質的量的に大きく異なる負担を課すものと言わざるを得ない。さらに、差押命令の送達を受けた後に債務者への預金払戻しに応じた場合、第三債務者は差押債権者への二重払いを余儀なくされ、また、預金者を誤って、あるいは、差押えの対象となる預金を誤って支払停止措置を講じた場合には、損害賠償責任を負担することもあり得るというべきである。したがって、取扱支店を限定(特定)しない預金の記載は、第三債務者に過度の負担や危険を課すものであって、差押えの対象が特定識別されているとはいえないというべきである。

4  これに対し、申立人は、CIFシステム等の顧客管理システムを用いれば、差押えの対象を特定識別する作業に過度の負担を伴うものではないと主張する。しかし、銀行における顧客管理が、各支店ごとにある程度独立して行われているという実態に照らせば、十分な顧客情報を有しない本店に差押命令が送達され、その時点から速やかに対象債権を識別特定するよう求めるのは、顧客管理システムを利用すれば行える作業であるとしても、上記のとおり過度の負担や危険を課すことになるというべきである。また、申立人は、民法478条を柔軟に解釈すれば銀行の利益が害されることはないと主張するが、事後的に救済され得ることを根拠に上記のような過度の負担や危険を課すのは相当でないというべきである。さらに、申立人は、債権者にとって、どの支店に預金があるか調査する手段に乏しく、かかる申立てを許容すべきであると主張するが、第三債務者が債権者と債務者間の紛争の当事者ではない第三者的立場にあることに鑑みれば、第三債務者に過度の負担と危険を課すものと言わざるを得ない本件申立ては許容されないというべきである。

5  したがって、本件申立ては、「債権を特定するに足りる事項」を明らかにしていない不適法な申立てであるから、主文のとおり決定する。

(裁判官 古河謙一)

(別紙)請求債権目録<省略>

差押債権目録<省略>

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