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さいたま地方裁判所 平成22年(ワ)1116号 判決 2011年3月23日

原告

同訴訟代理人弁護士

福地輝久

横山佳純

杉村茂

山元勇気

被告

株式会社Y

同代表者代表取締役

同訴訟代理人弁護士

大谷典孝

主文

1  原告が、被告に対し、平成22年3月31日の時点で、38日間の年次有給休暇請求権を有することを確認する。

2  被告は、原告に対し、4万4373円及びこれに対する平成21年9月29日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

3  被告は、原告に対し、1万4791円及びこれに対する平成22年1月29日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

4  被告は、原告に対し、1万4791円及びこれに対する平成22年3月1日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

5  原告のその余の請求を棄却する。

6  訴訟費用は、これを10分し、その7を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

7  この判決の主文第2ないし第4項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

1  主文第1ないし第4項と同旨

2  被告は、原告に対し、100万円及びこれに対する平成22年4月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  主文第2ないし第4項及び請求第2項について仮執行の宣言を求める。

第2事案の概要

1  事案の要旨

本件は、原告が年次有給休暇権(以下「年休権」という。)を有することの確認及び未払賃金の支払並びに被告が原告に対し年休権の行使を認めなかったことが不法行為に当たるとして損害賠償の請求をした事案である。

2  争いのない事実等(証拠により容易に認められる事実は括弧内に証拠を掲げる。)

(1)  当事者及び本件雇用契約の成立

被告は、肩書地において、一般乗用旅客自動車運送事業等を営む株式会社である。

原告は、平成17年1月21日、被告にタクシー乗務員兼特命事項担当の正社員として採用され、同日、被告との間で、期間の定めのない雇用契約が成立した(以下「本件雇用契約」という。)。

(2)  本件解雇及び本件解雇無効確認等請求事件

被告は、原告に対し、平成19年5月16日、同日をもって原告を解雇する旨の意思表示をした(以下「本件解雇」という。)。

これに対し、原告は、平成19年8月23日、当庁に本件解雇の無効確認及び未払賃金の支払を求める訴えを提起した(当庁平成19年(ワ)第2029号事件。以下「本件解雇無効確認等請求事件」という。)。

本件解雇無効確認等請求事件について、当庁は、平成21年7月29日、本件解雇は無効であり、原告は被告との間において、労働契約上の権利を有する地位にある旨の判決を言い渡し、平成21年8月17日の経過により同判決は確定した(書証<省略>)。

原告は、平成21年9月4日、被告の職場に復帰した。

(3)  被告の就業規則

被告の就業規則には、年次有給休暇(以下「年休」という。)について次のような定めがある(書証<省略>)。

第37条(年次有給休暇)

会社は労働基準法39条①の要件を有する従業員に対し所定の年次有給休暇を与える。

② 会社は、労働基準法39条②の要件を有するに至った従業員に対し所定日数の年次有給休暇を与える。

③ 年次有給休暇の、その総日数は1年間20日を限度とする。

④ 年次有給休暇の残日数は、翌年に限り繰り越すことができる。

(4)  未消化の年休権

原告は、平成19年5月16日時点において、未消化の年休権を1日有していた(書証<省略>)。

(5)  原告による有給休暇届の提出

原告は、被告に対し、下記のとおり、有給休暇届を提出した。

① 平成21年9月9日 同月13日から同月15日分

② 平成21年12月8日 同月11日分

③ 平成22年1月3日 同月6日分

④ 平成22年1月16日 同月13日分(病気のため振替)

⑤ 平成22年1月22日 同年2月14日分(病気のため振替)

⑥ 平成22年2月16日 同月15日分(病気のため振替)

原告は、上記のとおり有給休暇届を提出した上、平成21年9月13日から15日まで3日間(上記①)、平成22年1月13日(上記④)及び同年2月15日(上記⑥)にそれぞれ休暇を取得したものとして、就業しなかった(なお、原告は、上記④及び⑥については振替休暇としたが、振替休暇について、本件記録上、特段異議が述べられたなどの事情は窺われず、このような取扱については相応の慣行があると認めることができる(書証<省略>)。

被告は、上記①ないし⑥の有給休暇届をいずれも受理せず、原告が就業しなかった日について欠勤扱いとした。

(6)  賃金不払

被告は、原告が前記のとおり、休暇を取ったこととして休んだ日をいずれも欠勤扱いとして、平成21年9月13日から同月15日までの3日分の賃金である4万4373円を同月28日に被告から原告に支払う賃金から控除し、同様に、平成22年1月13日分の賃金である1万4791円を同月28日に支払う賃金から、平成22年2月15日分の賃金である1万4791円を同月28日に支払う賃金から、それぞれ控除した。

(7)  被告による消滅時効の援用

被告は、平成22年7月12日(第2回口頭弁論期日)、本件訴えの提起時(平成22年4月7日)までに、2年の時効期間が経過したとして、年休権の消滅時効を援用した。

3  争点及びこれに対する当事者の主張

(1)  原告が本件解雇の効力を争っていた期間、原告は年休権を取得するか(争点(1))。

(原告の主張)

本件解雇は確定判決により無効とされたのであるから、原告が本件解雇を争っていた期間(具体的には、本件解雇の日(平成19年5月16日)から本件解雇無効確認等請求事件の判決が確定するまで(平成21年8月17日の経過)の期間。以下「本件係争期間」という。)は、使用者の責に帰すべき事由により労働できなかった期間といえる。

そして、年次有給休暇制度が、労働者を労働から解放し、労働者に休息を保障することを使用者に義務付ける趣旨の下に作られた制度であることに鑑みると、年次有給休暇取得の要件である「全労働日の8割以上の出勤」の要件(労働基準法39条2項)の充足の有無を判断するに当たり、使用者の責に帰すべき事由により労働できなかった期間を、労働者に不利に取り扱うのは妥当でない。また、これに加え、使用者の責に帰すべき事由による不就労日については賃金請求権が失われないこと(民法536条2項)も併せ考慮すると、本件係争期間は、労働者に不利にならないよう、「全労働日」に算入し、かつ、「出勤した日」として扱うのが妥当であり、衡平である。

そして、上記の期間は、使用者の責めに帰すべき事由により、就労することができなかったものであるから、原告は継続して勤務したものと扱い、労働基準法39条2項の「継続勤務」の要件も満たすと解すべきである。

(被告の主張)

行政解釈は、使用者の責に帰すべき事由による休業日について全労働日に算入しないものとしている。実際に本件係争期間中は労働をしていないのであるから、年次有給休暇制度の趣旨からすれば、本件係争期間は「全労働日」に算入すべきでない。その結果、就労することとなった基準日の前1年間は勤務をしていないのであり、このように全労働日が0日になる場合には、「全労働日の8割以上の出勤」の要件を満たさないものとして扱うべきである。

また、原告が被告から解雇されて現実の勤務がなかった以上、継続して勤務をしていたとはいえないから、「継続勤務」の要件(労働基準法39条2項)も満たさない。

(2)  被告による消滅時効の援用は権利濫用となるか(争点(2))。

(原告の主張)

被告による違法な解雇があったために原告は年休権を行使できなかったのであるから、原告が取得した年休権の消滅時効を被告が援用することは、権利の濫用に当たる。

(被告の主張)

原告は解雇無効を争っていた当時から弁護士に相談していたものであり、年休権が時効で消滅しないようにするための手段をとれたはずである。また、原告が取得したと主張する年休権にかかる日の賃金は既に支払われている。

以上によれば、被告が消滅時効を援用することは権利濫用に当たらない。

(3)  被告が原告の年休権の行使を認めなかったことは不法行為に当たるか(争点(3))。

(原告の主張)

被告は、労働者の基本的な権利である年休権を行使することを認めず、原告に有給休暇を与えない取扱をした。これにより、原告は、親族の入院付添いもできず、自己が体調を崩しても病院に行けず、精神的苦痛を被り、神経症、不眠症になったものであり、被告の行為は不法行為に当たる。

原告が被った精神的苦痛を金銭に評価すると100万円を下らない。

(被告の主張)

原告は、労働基準法39条2項の要件を満たさないから、原告は年休権を取得するものではなく、被告が原告の有給休暇届を受理しなかったことは違法ではない。また、仮に原告が適法に有給休暇を取得したとしても、時効により消滅したというべきであるから、被告が原告に対して有給休暇を与えなかったことは不法行為に当たらない。また、有給休暇を与えなかったことと原告が神経症や不眠症を発症したこととの間には因果関係はない。損害は争う。

第3争点に対する判断

1  争点(1)(原告が本件解雇の効力を争っていた期間、原告は年休権を取得するか。)

(1)  年休権の取得

前記のとおり、本件解雇は無効であることが判決により確定しているから、本件係争期間は、被告の責に帰すべき事由により、原告が就業できなかった期間であるというべきである。

本件係争期間を有給休暇取得の要件である「全労働日」の算定から除外すると、除外しない場合と比べて、労働者が有給休暇を取得するために出勤しなければならない日数が増加することになるから、労働者にとって不利な結果が生ずる。年次有給休暇制度が、労働者に対し、一定の日数の休暇を有給で保障し、使用者に対しては休暇日の賃金の支払を義務付ける制度であることに鑑みると、年休権発生の有無を判断するに当たり、使用者の責に帰すべき事由により就業できなかった期間について、労働者を不利に扱うのは有給休暇制度の趣旨に鑑みて妥当でない。

したがって、使用者の責に帰すべき事由により就業できなかった期間は、「全労働日」に算入され、かつ、出勤した日として扱うのが相当である(なお、被告は、行政解釈によれば、使用者の責に帰すべき事由による休業日については全労働日に算入されないと主張するが(書証<省略>)、本件において原告が就労することができなかったのは、後にその効力が判決によって否定されることとなった本件解雇を被告が行ったことに起因するものであり、原告が就労の意思と能力を有していたことは甲3(書証<省略>)からも明らかであるから、本件においては、被告が指摘する行政解釈は妥当しないというべきである。)。

以上を前提に本件について検討すると、甲3(書証<省略>)によれば、平成18年7月21日から平成19年7月20日まで、平成19年7月21日から平成20年7月20日まで、平成20年7月21日から平成21年7月20日まで、原告は、それぞれ全労働日の8割以上出勤していたものと認められる。そうすると、平成19年7月21日に12日分の、平成20年7月21日に14日分の、平成21年7月21日に16日分の各年次有給休暇請求権を取得し(合計42日)、これに平成19年5月16日時点で取得していた未消化の年休権1日分を加えると、合計43日分の年休権を有することなる。

そして、原告は、前記「争いのない事実等」(5)に記載のとおり、平成21年9月13日から同月15日まで3日間、平成22年1月13日及び同年2月15日の合計5日については年休権を行使したものとして、就業せずに休んでいるので、平成22年3月31日時点で38日間の年休権が存在することが認められる。

なお、被告は、継続勤務の要件についても、その充足を否定するが、全労働日の8割以上の出勤という要件が課されていることからすると、継続勤務の要件とは、現実に継続的な出勤を要求するものではなく、労働契約が継続していることを要件とするものと解するのが相当であり、被告が行った本件解雇は無効であるから、本件係争期間も原告と被告間に本件雇用契約は継続していたといえる。したがって、本件では、継続勤務の要件も満たしているというべきであるから、被告の主張は採用することができない。

(2)  未払賃金の支払義務

前記「争いのない事実等」(6)のとおり、被告は、原告が年休権を行使したとして、休んだ日を欠勤扱いとして、平成21年9月13日から同月15日までの3日分の賃金である4万4373円を、同月28日に被告から原告に支払う賃金から控除し、同様に、平成22年1月13日分の賃金である1万4791円を同月28日に支払う賃金から、平成22年2月15日分の賃金である1万4791円を同月28日に支払う賃金から、それぞれ控除した。

しかし、前記(1)のとおり、原告が休んだ5日間については、年休権の行使として扱うことが相当であるから、被告が賃金を控除したことは相当ではなく、被告は、原告に対し上記控除した賃金及びこれに対する遅延損害金の支払義務を負担するというべきである。

2  争点(2)(被告による消滅時効の援用は権利濫用となるか。)

年休権は、労働基準法115条の「その他の請求権」に該当するから、2年の消滅時効にかかるものと解される。被告は、消滅時効を援用した(なお、時効が完成しているのは、平成19年5月16日時点において存在した未消化の有給休暇請求権1日分と平成19年7月21日に原告が取得した有給休暇請求権であり、平成20年7月21日及び平成21年7月21日に取得した有給休暇請求権は、本件訴え提起時(平成22年4月7日)、時効は完成していない。)。

そこで、時効が完成している上記年休権について、被告が時効を援用することが権利濫用に当たるか検討すると、原告が年休権を行使できなかったのは、被告が本件解雇を行い原告が就業する機会を奪われたために、原告がこれを争い、その結果、本件解雇が判決により無効と確定したという一連の経緯によるものであり、ひとえに被告が本件解雇をしたことに原因があるというべきである。このような事情に鑑みると、被告が消滅時効を援用して原告の年休権の行使を認めないのは相当でなく、権利の濫用に当たるというべきである。

3  争点(3)(被告が原告の年休権の行使を認めなかったことは不法行為に当たるか。)

原告の年休権の行使を認めなかった被告の行為は不当であるというべきであるが、被告は、行政解釈等を参酌して原告の年休権の取得を否定し、有給休暇届を受理しなかったものであり、また、原告が年休権を取得したとしても時効により消滅したとの見解に立つものと認められるから、このような立場に立って行われた被告の行為が直ちに不法行為上の違法性を有するとはいえない。そして、本件全証拠によっても、原告の年休権行使を認めなかった被告の行為が不法行為に当たると認めるに足りない。

したがって、不法行為に基づく原告の損害賠償請求は理由がない。

4  結論

以上によれば、原告の請求は、主文第1項ないし4項の限度で理由があるから、その限度で認容し、その余の請求は理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 坂口公一)

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