さいたま地方裁判所 平成22年(ワ)2207号 判決 2012年5月18日
原告
X
被告
Y保険株式会社
主文
一 被告は、原告に対し、四三一六万円及びこれに対する平成二二年八月一四日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は、被告の負担とする。
三 この判決第一項は、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求の趣旨
一 主文第一、二項と同旨
二 主文第一項につき仮執行宣言
第二事案の概要
本件は、自動車を運転中に交通事故を起こして死亡したA(以下「A」という。)の母親である原告が、Aが自動車保険契約を締結していた保険会社である被告に対し、保険金四三一六万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成二二年八月一四日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を請求したところ、被告が、Aは酒酔い運転をしていた、極めて重大な過失となるべき速度違反があったとして免責条項の適用を主張し、また、シートベルトを装着していなかったから、座席ベルト装着者特別保険金は発生しない旨主張して争った事案である。
一 基本的事実(争いのない事実以外は証拠等を併記)
(1) 被告は、自動車保険、損害保険等の傷害保険業を営む株式会社である。
(2) Aは、平成二一年二月二五日、被告との間で、以下の内容の自動車保険(傷害保険)契約(以下「本件保険契約」という。)を締結した。
ア 証券番号 <省略>
イ 保険契約者 A
ウ 保険者 被告
エ 被保険者 A
オ 死亡保険金受取人 相続人
カ 保険期間 平成二一年二月二六日〇時から平成二二年二月二六日一六時まで
キ 被保険自動車 (車名)タウンエース
(車体番号)<省略>
(登録番号)<省略>
(所有者)A
(以下「本件自動車」という。)
ク 人身傷害補償 三〇〇〇万円
ケ 搭乗者傷害(死亡) 一〇〇〇万円
コ 保険約款上の免責事由の規定
第四章搭乗者傷害条項
第三条(保険金を支払わない場合―その一)
① 当会社は、次の各号のいずれかに該当する傷害に対しては、保険金を支払いません。
〔(1)<省略>〕
(2) 被保険者が〔中略〕酒に酔った状態(アルコールの影響により正常な運転ができないおそれがある状態をいいます。)で被保険自動車を運転している場合〔中略〕に、その本人について生じた傷害
〔(3)以下<省略>〕
人身傷害補償担保特約
第七条(保険金を支払わない場合―その二)
① 当会社は、次の各号のいずれかに該当する損害に対しては、保険金を支払いません。
(1) 被保険者の故意または極めて重大な過失によって生じた損害。なお、極めて重大な過失とは、事故の直接の原因となりうる過失であって、通常の不注意等では説明のできない行為(不作為を含みます。)をともなうものをいいます。
〔(2)以下<省略>〕
(3) Aは、平成二一年三月二五日午後二時四三分ころ、本件自動車の助手席にB(以下「B」という。)を乗せて、さいたま市岩槻区大字加倉七五八七番地一の国道一二二号線上り車線の追越し車線右カーブを北から南へ向けて走行中、道路左の電柱に車体を激突させる事故(以下「本件事故」といい、この場所を「本件事故現場」という。)を起こし、直ちに同市○○区のa病院に搬送されたが、間もなく頭蓋内損傷及び左外傷性血胸で死亡した。また、Bは、左足の指三本骨折、左膝十字靱帯損傷、あばら骨骨折、半月板損傷の傷害を負った。(甲五、六、一一、一二の一、甲一三、乙七)
(4) Aは、昭和六三年○月○日生まれで、本件事故当時二〇歳であり、同人の相続人は、母である原告、養父であるC及び実父であるDである。(甲一)
(5) 前記(2)コの各免責事由が認められず、かつ、Aがシートベルトを装着していた場合の本件保険契約に基づく保険金請求権は、以下の合計四三一六万円である。(弁論の全趣旨)
ア 人身傷害補償
人身傷害保険金 三〇〇〇万円
人身傷害臨時費用保険金 一五万円
イ 搭乗者傷害
死亡保険金 一〇〇〇万円
座席ベルト装着者特別保険金 三〇〇万円
治療給付金 一万円
(6) Cは平成二二年一一月一一日、Dは同月一三日、いずれも本件事故に係る被告に対する保険金請求権を原告に譲渡した。(甲八の一、二)
二 争点
(1) Aの酒酔い運転の有無
(2) Aの「極めて重大な過失」となるべき速度違反の有無
(3) Aの座席ベルト装着の有無
三 争点に関する当事者の主張
(1) 争点(1)(Aの酒酔い運転の有無)について
ア 被告
Aについては、搬送先の病院で死亡した後、遺族の承諾の下に耳から採取された血液から、一ミリリットル中一・六ミリグラムのアルコールが検出された。血中アルコール濃度が血液一ミリリットル中一・五ないし二・五ミリグラムの場合は、「第二度・軽酔」に当たり、自己も酩酊を認識し得る程度で、注意力散漫となり判断力が鈍るので、運転事故は必発であるとされる。したがって、Aは、本件事故当時、アルコールの影響により正常な運転ができないおそれがある状態(以下「酒酔い状態」という。)にあった。
イ 原告
Aは、飲酒の習慣はなく、本件事故当時も飲酒はしておらず、酒酔い状態にはなかった。同人の血液からアルコールが検出されたのは、救出時、救急搬送時ないし搬送先の病院での処置時にアルコール類を用いて耳を清拭しており、その際にこのアルコール類が同人の血液に混入したためであると考えられる。
(2) 争点(2)(Aの「極めて重大な過失」となるべき速度違反の有無)について
ア 被告
本件事故現場は、国道一二二号上り車線の右に緩やかにカーブする見通しの良いアスファルト舗装道路で、法定速度である時速六〇キロメートルで走行するには危険は感じないものの、法定速度を超えればカーブへの対応が遅れる可能性もあったところ、Aは、法定速度をはるかに超える時速一〇〇キロメートル以上の高速で本件自動車を運転していたため、カーブに即応できず、ハンドル操作を誤って本件事故に至った。しかも、Aは、本件事故の約一か月前に運転免許を取得したばかりであり、運転技術は極めて未熟であったといえる。このようなことから、Aの上記速度違反は「極めて重大な過失」に当たる。
イ 原告
被告の主張は否認する。仮に、法定速度を超えていたとしても、よほどの高速度でない限りは、「極めて重大な過失」とはいえないところ、本件事故当時の本件車両の速度は、法定速度をはるかに超えるというものではなかった。
(3) 争点(3)(Aの座席ベルト装着の有無)について
ア 被告
本件事故当時、Aは、座席ベルトを装着していなかった。したがって、被告は、座席ベルト装着者保険金の支払義務を負わない(約款第四章搭乗者傷害条項第六条)。
イ 原告
本件事故当時、Aは、座席ベルトを装着していた。
第三当裁判所の判断
一 争点(1)(Aの酒酔い運転の有無)について
(1) 証拠(甲一九、B証人)のほか、各項末尾に掲記した証拠によれば、以下の事実が認められる。
ア Aは、本件事故当時、株式会社bに勤務する会社員(大工)であった。Bは、Aとは、以前同じ職場に勤務していて、その後も友人関係にあったところ、本件事故の一か月ほど前にAが運転免許を取得したことから、本件自動車をAに四万円で売り渡した。(甲一、二五)
イ 本件事故当日である平成二一年三月二五日、Aは、本件自動車のフロントにフィルムを貼るため、Bと共に、フィルムを買いに行くこととし、同日午前八時ころ((1)においては、時刻はすべて平成二一年三月二五日のものであるので、日付を省略する。)、本件自動車を運転して、一人暮らしをしていた社宅から埼玉県桶川市内のBの自宅まで同人を向かえに来た。その際、Aには、顔が赤いとか、酒臭がする等の、飲酒したことをうかがわせる様子はなく、足取りも普通であった。Aは、三〇分ほどBの自宅で過ごした後、Bを本件自動車に乗せて、本件自動車を運転して出発した。空調関係の仕事をしていたBは、前日が徹夜仕事であったため、本件自動車の中で眠っていた。
ウ 途中、Aは、さいたま市浦和区内のコンビニエンスストアに立ち寄って、午前一一時四一分にATMで銀行預金から金員を下ろし、うち二万円を本件自動車の残代金としてBに支払った。(甲二三、二五)
エ Aは、さらに本件自動車を走らせて、埼玉県川口市内のファミリーレストラン「c」に立ち寄り、午後一時二二分に日替わり洋食とチーズハンバーグランチを注文して、Bとともに三〇分ないし四〇分程度昼食を摂った。その際、酒類は注文しておらず、両者とも飲酒はしていない。(甲一八、E証人)
オ 午後二時四三分ころ、本件事故現場付近では弱い雨が降っていた。(E証人、F証人)
カ Aは、「c」を出た後、さいたま市岩槻区内のカー用品店に向かって本件自動車を走らせていたところ、午後二時四三分ころ、本件事故現場において本件事故を起こした。なお、Bは車内で眠っていたが、Aの「滑った」という慌てた言葉で目が覚めた瞬間、強い衝撃を受け、本件事故を知った。
(2) Aについては、鑑定において、搬送先のさいたま赤十字病院で死亡した後に採取された血液から、一ミリリットル中一・六ミリグラムのアルコールが検出されている(甲二二、乙二)。
この点に関し、証拠(乙三、四、G証人)によれば、同病院でAの皮膚の清拭に用いられた酒精綿に含まれていたのはイソプロパノールであるところ、鑑定においてAの血液から検出されたのはエチルアルコールであること、鑑定においてイソプロパノールとアルコールの区別は可能であることが認められる。このことからすると、同病院での処置においてアルコールがAの血中に混入した可能性はないと考えられる。
しかし、証拠(甲二二、乙四、E証人)によれば、この血液は、Aの体内から採取されたものではなく、耳から流出していた血液であること、同病院への搬送時の救急車内でもAの皮膚を清拭した可能性があることが認められるところ、その際に使用した酒精綿に含まれていた消毒液の種類は証拠上不明である。そうすると、救急車内での上記処置の際に、酒精綿にエチルアルコールが含まれていて、これが同人の血液に混入した可能性は否定できないというべきである。
そうすると、上記の鑑定におけるアルコールの検出の事実をもって、Aが、本件事故当時、酒酔い状態にあったと認める根拠とすることはできない。
(3) 上記(2)で説示したことに加えて、上記(1)のとおり、少なくともBの認識し得る範囲では本件事故当日にAが飲酒した事実は認められないこと、及び証拠(甲二六、E証人)によれば、救急隊員も、医師も、警察官も、Aから酒臭は特に感じなかったことが認められることにも照らすと、Aが、本件事故当時、酒酔い状態にあったとは認められない。
そうすると、前記基本的事実(2)コの第四章搭乗者傷害条項第三条①(2)の免責事由は認められないこととなる。
二 争点(2)(Aの「極めて重大な過失」となるべき速度違反の有無)について
(1) 証拠(乙七、九、F証人)によれば、本件事故現場は、国道一二二号上り車線の右に緩やかにカーブする見通しの良いアスファルト舗装道路であったこと、本件事故当時、弱い雨が降っていたこと、当時、Fが左側車線を時速約六〇キロメートルで走らせていたところ、本件車両が右側車線をかなりの速度で追い越した後、本件事故に至ったことが認められる。F証人は、「お巡りさんのほうからどんな感じでしたかと、その人が抜いたときにブーンってゆっくり抜いていくのか、ビューンって一瞬的に抜いていくのか、どちらに近かったですかということを聞かれました。私の感覚の中では、一瞬で抜かれるブンという感じで抜いていったというような話をしました。」、「一〇〇キロ以上で、もう一一〇、百二、三十、二、三十じゃないですね、一〇〇キロ以上は出ていたと思いますって話ししました。もしくはもう少し出ていたかなというイメージはありました。」と証言している。
(2) 上記(1)に照らすと、本件事故当時、本件自動車は、時速一〇〇キロメートルを超えていた可能性が高いといえる。しかるに、「極めて重大な過失」とは、事故の直接の原因となり得る過失であって、通常の不注意等では説明のできない行為(不作為を含む。)を伴うものをいう(前記基本的事実(2)コ)ところ、本件事故現場が見通しの良い幅員六・六メートルの片側二車線の緩やかな下り坂の道路である(甲六)ことにも照らすと、Aが本件事故の約一か月前に運転免許を取得したばかりであったことを考慮に入れても、上記の速度違反が、通常の不注意等では説明のできない行為として「極めて重大な過失」に当たるとまでは評価することはできない。
そうすると、前記基本的事実(2)コの人身傷害補償担保特約第七条①(1)の免責事由は認められないこととなる。
三 争点(3)(Aの座席ベルト装着の有無)について
証拠(甲一四の一、B証人)によれば、本件事故当時、Aは、座席ベルトを装着していたことが認められる。
そうすると、本件事故について、座席ベルト装着者特別保険金は発生していることとなる。
第四結論
以上によれば、原告の請求は理由があるから、これを認容することとして、主文のとおり判決する。
(裁判官 原啓一郎)