さいたま地方裁判所 平成22年(ワ)2231号 判決 2013年4月16日
原告
X
被告
Y1<他1名>
主文
一 被告らは、原告に対し、連帯して一億四一二五万六一六二円及びうち一億〇三三八万六八〇六円に対する平成二二年三月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用はこれを一〇分し、その一を原告の負担とし、その余は被告らの負担とする。
四 この判決は、一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求の趣旨
被告らは、原告に対し、連帯して一億五三四四万一四七五円及びうち一億一一二五万〇四二二円に対する平成二二年三月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、原告が、被告らに対し、原告と被告Y1との間で発生した交通事故について、被告Y1につき民法七〇九条、被告Y2株式会社につき自動車損害賠償保障法三条に基づく損害賠償として、連帯して損害賠償金元金一億一一二五万〇四二二円及び確定遅延損害金四二一九万一〇五三円並びに元金に対する不法行為の後の日である平成二二年三月二日(自賠責保険金受領日の翌日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
一 判断の前提となる事実(当事者間に争いがないか、後掲各証拠及び弁論の全趣旨によって認められる。)
(1) 当事者(甲一)
原告は、昭和四〇年○月○日に生まれた者である。
被告Y1(以下「被告Y1」という。)は、昭和一九年○月○日に生まれた者である。
被告Y2株式会社(以下「被告会社」という。)は、一般区域貨物自動車運送事業等を目的とする株式会社であって、後記事故において被告Y1の運転していた自動車について、自動車損害賠償保障法三条の運行供用者に該当する。
(2) 原告と被告Y1との間の交通事故(甲一、二)
原告と被告Y1との間で、下記記載の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。
記
日時 平成一一年三月八日午後一〇時五〇分ころ
場所 埼玉県大里郡寄居町大字末野四〇四番地一先路上(国道一四〇号線)(以下「本件事故現場」という。)
事故態様 原告は、本件事故現場付近の道路左側端を秩父鉄道a駅から自宅のある寄居町方面へ向かって歩行していたところ、原告の後方から大型貨物自動車(ナンバー<省略>)(以下「被告車」という。)を運転して進行してきた被告Y1が、被告車を原告に衝突させた後、同車により原告の左脚上を轢過した。
(3) 原告の受けた入通院治療
原告は、次のとおり入通院治療を受けた。
ア b病院(甲三)
入院 平成一一年三月八日から同年三月九日(二日間)
イ c病院(甲四の一ないし一一)
入院 ①平成一一年三月九日から同年一二月二六日(二九三日間)
②平成一二年九月二二日から同年一〇月二四日(三三日間)
③平成一七年一二月二三日から平成一八年一月三一日(四〇日間)
④平成一九年三月一五日から同年三月三一日(一七日間)
⑤平成二一年七月五日から同年七月一七日(一三日間)
通院 平成一一年一二月二七日から平成二〇年一一月二〇日(実日数一六八日間)
(4) 症状固定の診断(甲五の三)
原告は、平成二〇年一一月一四日、c病院にて症状固定との診断を受けた。この日が症状固定日であるかについては、後記のとおり争いがある。本件事故日から平成二〇年一一月一四日までの期間は三五四〇日であり、入院期間は約一三か月(三八三日)である。
(5) 自賠責保険手続における後遺障害の認定(甲六、七)
損害保険料率算出機構は、平成二一年一〇月一五日、次のとおり判断した。
ア 左下肢の欠損または機能障害について
(ア) 左下腿挫創による左下腿部欠損については、「一下肢を足関節以上で失ったもの」として後遺障害等級五級五号
(イ) 左下腿部欠損に伴う左膝関節の機能障害については、「一下肢の三大関節中の一関節の機能に著しい障害を残すもの」として同一〇級一一号
(ウ) 前記各障害は、同一系列の障害であるため、併合四級相当となるが、「一下肢をひざ関節以上で失ったもの」の障害の程度には達しないことから、同五級相当
イ 左下腿挫創による左下腿の瘢痕については、手のひらの大きさの三倍程度以上の瘢痕を残していると認められることから、同一二級相当
ウ 左背部の線状痕及び左臀部の瘢痕については、背部及び臀部の全面積の四分の一程度以上の範囲に瘢痕を残すものと認められることから、同一四級相当
エ 左鼡径部の線状痕については、胸部及び腹部の全面積の四分の一程度以上の範囲に瘢痕を残すものとは明らかに捉え難いことから、自賠責保険における後遺障害には非該当
オ 前記アないしウの障害を併合した結果、併合四級
(6) 原告が支払を受けた金額(甲八、一三)
ア 原告は、任意保険金三八五八万四六七七円を受領した。
イ 原告は、平成二二年三月一日、自賠責保険金一八八九万円を受領した。
二 本件における争点
(1) 過失相殺の可否及びその割合(争点一)
(2) 本件事故と相当因果関係のある損害及びその額(争点二)
(3) 弁済金の充当方法(争点三)
第三争点に関する当事者の主張
一 争点一(過失相殺の可否及びその割合)について
(被告らの主張)
(1) 本件事故現場付近には、車道から見てガードレールの外側の路肩に幅員約五〇センチメートルの歩行者用道路(以下「被告ら主張の歩行者用道路」という。)が存在し、現に付近の住民が利用していた。原告も、本件事故現場の近くに居住していて、通勤や生活のために、本件事故現場付近を通行していたのであるから、本件事故現場の幹線道路や被告ら主張の歩行者用道路の状況については十分認識することができたし、また、認識していた。にもかかわらず、原告は、車道を歩行していて本件事故に遭った。
(2) 以上のとおり、原告は、被告ら主張の歩行者用道路を利用しないで、国道(幹線道路)の車道の左側を歩行するという危険な行為を行っていたのであって、本件事故発生について、原告にも重大な過失がある。したがって、その過失割合は四五パーセントを下回らないというべきである。
(原告の主張)
(1) 被告ら主張の歩行者用道路が存在することは否認する。被告ら主張の歩行者用道路は、公衆の用に供する歩道に該当しない。
(2) a駅から原告宅まで国道沿いに歩く場合、継続的に歩道が存在するのは、原告進行方向からみて左側であり、本件事故現場はその延長上にある。歩行者に対し、路側帯の幅員も狭く危険な右側端に向けて、交通量の多い国道を横断することを期待することは不可能である。したがって、「道路の右側端を通行することが危険であるときその他やむを得ないとき」(道交法一〇条一項ただし書)に該当し、歩行者に右側端通行は義務づけられないというべきである。しかも、右側端を歩いたとしても、左側端を歩いた場合と同程度の危険性があったというべきで、左側端を歩いていたことが事故発生の原因となったということはできない。また、仮に、原告が左側端を歩いていたことが問題視されるとしても、被告Y1にはわき見運転の著しい過失がある。
したがって、原告の過失割合はゼロである。
二 争点二(本件事故と相当因果関係のある損害及びその額)について
(原告の主張)
(1) 現在までの治療関係費 一五一〇万八〇六一円
ア 治療費
(ア) 症状固定日までの治療費(社会保険からの給付を受けた部分は除く。) 一〇七七万九二七二円
(イ) 症状固定後に支出した治療費 一五万九二〇〇円
下肢欠損における義肢との接触による断端部の潰瘍に対する治療は、症状固定後であっても、必要かつ相当な治療である。したがって、切断面の皮膚の褥瘡の治療のために要した費用は本件事故と相当因果関係のある損害である。
イ 入院雑費 五七万四五〇〇円
日額一五〇〇円により三八三日分
ウ 通院交通費 二三万四九六〇円
エ 義肢購入費 三三六万〇一二九円
左下腿部の義肢の購入・修理等に要した費用
(2) 休業損害 二二五三万〇五〇八円
原告は、本件事故前に社団法人dに業務課長として勤務し、本件事故時の収入額は五三一万六〇〇〇円(日額一万四五六四円)であった。しかし、本件事故の入院・通院治療のために、合計一五四七日間休業せざるを得なかった。
(3) 後遺障害による逸失利益 六九一〇万二三九五円
原告は、本人の不断の努力と周囲の温情に支えられ、入通院を繰り返しながらも就労していたが、接合部分の褥瘡及び難治性潰瘍による痛みのため、これ以上の就労が不可能となり、症状固定日より前の平成一七年一二月三一日に勤務先からの退職を余儀なくされた。原告の従前の勤労意欲と本件事故日までの収入を考慮すれば、仮に、本件事故がなければ、症状固定日に賃金センサスによる平均賃金相当額の収入を得る蓋然性が存在した。よって、基礎収入は、四〇~四四歳の男子労働者の平均賃金によるべきである。
自賠責の認定において併合四級とされたこと、痛みが継続しているために退職を余儀なくされ今後の就業も困難であることを考慮すると、労働能力喪失率は九二パーセントである。
原告は、症状固定時に四三歳であった。六七歳までの二四年間に対応するライプニッツ係数は一三・七九八六である。
よって、後遺障害による逸失利益は、六九一〇万二三九五円である。
(計算式)
544万3400円×0.92×13.7986=6910万2395円
(4) 将来要する費用 九九八万四一三五円
ア 症状固定日以後も要する治療費・手術費 二六六万〇四三八円
左下腿切断部分の皮膚の褥瘡及び難治性潰瘍の治療が、今後も継続して必要である。その治療費年額は一五万九二〇〇円であり、症状固定時(四三歳)からの平均余命三七歳(平成二〇年簡易生命表の三七・六六歳による。)に対応するライプニッツ係数は、一六・七一一三である。
よって、二六六万〇四三八円となる。
イ 義肢購入・交換費 三八二万〇六四六円
義肢の耐用年数は三年であり、今後も定期的な交換、メンテナンスが欠かせない。三年毎に七〇万円を要し、四五歳の平均余命(約三五歳)に相当するライプニッツ係数は、一六・三七四二である。
よって、三八二万〇六四六円となる。
(計算式)
70万円÷3×16.3742=382万0646円
ウ 家屋改造費 三五〇万三〇五一円
原告が現在居住する住居において、将来にわたって生活し続けるためには、浴室まわり、洗面化粧台まわり、洗濯機まわり、トイレまわり、出入口などの改造が必要不可欠である。上記改造を施すのに必要かつ相当な工事費用は、三五〇万三〇五一円である。
(5) 慰謝料 二三〇〇万円
ア 傷害慰謝料 五〇〇万円
入院日数三八三日、通院日数一六八日であるが、治療期間総日数が三五四〇日に及んでいること、左下肢切断という重傷を負ったこと、手術回数が八回にも及んでいること等を考慮すると、五〇〇万円は下回らない。
イ 後遺障害慰謝料 一八〇〇万円
義足装着部分の褥瘡及び難治性潰瘍による痛みが継続しており、将来にわたって加療が必要なこと、自賠責では非該当とされた左鼡径部の線状痕があること等の慰謝料増額事由を考慮すると、一八〇〇万円は下回らない。
(6) 弁護士費用 一〇一一万円
前記(1)ないし(5)から、前記第二(6)アの任意保険金を控除した額の約一割に相当する額である。
(被告らの主張)
(1) 現在までの治療関係費
ア 治療費
原告は、左下腿切断後、平成一一年一〇月八日に骨棘除去も行っており、一般的な治療経過をたどったとはいえないが、一回目の皮膚移植(平成一二年九月二五日)後に発生した潰瘍も平成一五年二月一三日にはふさがっていること、その後、再度潰瘍ができたものの平成一六年六月一五日から約九か月間通院がないこと、その後は約四年半にわたり、糜爛・潰瘍ができては経過を観察し、治癒ないし皮膚移植の実施ということを繰り返しており、症状や治療内容に大きな変化はないことからすると、平成一六年六月一五日には症状固定となっていた。
したがって、治療費は、症状固定時である平成一六年六月一五日までのもの、すなわち、八七三万三七六〇円に限り、認められる。
イ 入院雑費
日額一五〇〇円により三二七日分である四九万〇五〇〇円は認め、これを超える部分は否認する。
ウ 通院交通費
平成一六年六月一五日までの二〇万三九八〇円は認め、これを超える部分は否認する。
エ 義肢購入費
平成一六年六月一五日までの義肢購入費である一八四万七七一六円は認め、これを超える部分は否認する。
(2) 休業損害
原告は、平成一一年三月九日から平成一二年二月二九日まで完全に仕事を休み(三五八日間)、同年三月一日からは仕事に復帰した。同年三月一日から平成一六年六月一五日までの間、原告が有給を利用した日数及び欠勤日数は一二八日である。また、本件事故前、三か月分の原告の収入は、九四万九五〇〇円であり、これを九〇日で除すると一日あたり一万〇五五〇円となる。したがって、五一二万七三〇〇円の限りで認める。
(3) 後遺障害による逸失利益
基礎収入(本件事故前の収入)五三一万六〇〇〇円、労働能力喪失率九二パーセント、喪失期間二八年(ライプニッツ係数一四・八九八一)により、七二八六万二四三六円の限りで認める。
(4) 将来要する費用
ア 症状固定日以後も要する治療費・手術費
今後、年一回、皮膚移植手術が必要になるとは考え難く、将来の治療費を認めることはできない。
イ 義肢購入・交換費
原告は、平成二〇年一二月二四日に本義足を製作して以降、少なくとも原告本人尋問が行われた平成二五年二月一九日まで約四年二か月の間、義肢を交換していない。また、部品の交換ですむ可能性もある。したがって、三年毎に七〇万円を要する旨の主張は理由がない。
ウ 家屋改造費
原告には膝関節が残っているため、上腿切断の場合に比べ、日常生活の動作に支障は少ないはずである。現に原告は、介助等を要することなく、マンションで一人暮らしをしている。また、現在では、潰瘍は薬で治せる程度となっているので、皮膚移植の手術をした場合に車椅子の使用が必要であるというのは疑問である。さらに、原告自身、当面は、車椅子での生活を考えていない。
したがって、原告主張の家屋改造費を認めることはできない。
(5) 慰謝料
ア 傷害慰謝料
平成一六年六月一五日まで入院日数三二七日、通院期間一五九九日(通院実日数一二六日)であることから、三五〇万円である。
イ 後遺障害慰謝料
自賠責等級が併合四級であることから一六七〇万円が相当である。
(6) 弁護士費用
原告の主張は争う。
三 争点三(弁済金の充当方法)について
(原告の主張)
(1) 任意保険会社からの支払は、損害金元金に充当する。
(2) 自賠責保険からの支払は、本件事故日から同保険金支払日まで(一〇年と三五八日)に発生した遅延損害金の支払に充当すべきである。
(被告らの主張)
原告主張の弁済金の充当方法は争わない。
第四当裁判所の判断
一 争点一(過失相殺の可否及びその割合)について
(1) 証拠(甲一九、二〇、乙一の一ないし四、二の一ないし四、調査嘱託の結果)によれば、次の事実が認められる。
ア 本件事故当時、本件事故現場には国道一四〇号線が走っていて、制限速度は時速五〇キロメートル、片側一車線で追越しのための右側部分はみだし禁止規制がされていた。国道一四〇号線を長瀞町方面から寄居町・熊谷市方面に向けて走行すると、本件事故現場付近で緩やかに右方向にカーブしている。また、本件事故現場付近では、車道の両端に白線がひかれ、白線とガードレールとの間にそれぞれ幅員〇・五メートルの路側帯があるが、雑草が繁茂していて、その大半は歩行困難な状況にあった(乙一の一、二の四)。
ところで、本件事故現場から十数メートル長瀞町寄りに、民家に入る道のためガードレールの切れている部分があり、その付近からガードレールのさらに外側に、幅員約〇・五メートルの踏み鳴らされた道状の部分(被告ら主張の歩行者用道路)がある(乙二の三・四)。この被告ら主張の歩行者用道路は、道路構造令八条にいう路肩であり、同一一条にいう歩道ではない(調査嘱託の結果、甲一九)。
イ 原告は、秩父鉄道a駅から、自宅(埼玉県大里郡<以下省略>)に向けて、国道一四〇号線を歩いていた。その際、途中までは、原告進行方向からみて左側に歩道があるので、歩道を歩いた。その後、歩道が途切れてからも、道路の左端を歩いていた(甲二〇、乙一の三)。
ウ 被告Y1は、本件事故現場付近を時速約五〇キロメートルからやや減速して通りかかったところ、遠方から接近してくる対向車のライトが上向きでこれに気をとられていた。そうしたところ、何かにぶつかった衝撃を感じたので、停車して確認すると、原告を轢いてしまったことに気付いた。被告Y1は原告が歩行していることに全く気付いていなかった(乙一の二・四、被告Y1本人)。
(2) 道路交通法には、次の規定がある。
ア 歩道は、歩行者の通行の用に供するため縁石線又はさくその他これに類する工作物によって区画された道路の部分をいう(道路交通法二条一項二号)。
路側帯は、歩行者の通行の用に供し、又は車道の効用を保つため、歩道の設けられていない道路又は道路の歩道の設けられていない側の路端寄りに設けられた帯状の道路の部分で、道路標示によって区画されたものをいう(同法二条一項三号の四)。
イ 歩行者は、歩道又は歩行者の通行に十分な幅員を有する路側帯(以下「歩道等」という。)と車道の区別のない道路においては、道路の右側端に寄って通行しなければならない(同法一〇条一項本文)。道路の右側端を通行することが危険であるときその他やむを得ないときは、道路の左側端に寄って通行することができる(同項ただし書)。また、歩道等と車道の区別のある道路においては、車道を横断するとき、道路工事等のため歩道等を通行することができないとき、その他やむを得ないときを除き、歩道等を通行しなければならない(同法一〇条二項)。
(3) 前記(1)認定事実によれば、本件事故現場付近には路側帯があるものの、通行に十分な幅員を有するとはいい難く、上記路側帯をもって前記(2)の歩道等にあたるということはできない。
また、被告ら主張の歩行者用道路は、本件事故当時の状況からすると、歩行者の歩行が可能で、一定数の者が歩行に利用していたことが窺える。しかし、この部分は、歩行者の通行の用に供するために設置されたとは認め難く、自然発生的に通行の用に供されていたにすぎないことが窺え、道路交通法にいう「歩道」に該当するということはできない。
したがって、本件事故現場付近は、道路交通法一〇条一項にいう歩車道の区別のない道路にあたるというべきである。
(4) 原告は、本人尋問において、路側帯から車道側にはみ出すことのないよう、路側帯とガードレールの間の部分を歩行していたと供述する。しかし、路側帯の幅員及び雑草の繁茂した状況に照らせば、車道側に全くはみ出していなかったという趣旨の前記供述は、容易に採用することができず、原告は、路側帯を示す白線付近、すなわち、道路の左側端を歩行していたと推認され、これを覆すに足りる証拠はない。
前記(2)のとおり、歩行者は、歩車道の区別のない道路において、原則として、道路の右側端を通行しなければならない。そこで、原告が、本件事故現場付近で道路の左側端を通行していたことの当否を判断すると、証拠(甲二〇)及び弁論の全趣旨によれば、a駅から原告の住居に歩いて向かう場合、国道一四〇号線に沿って進むのが通常の経路であること、a駅を出てからしばらくの間、寄居町・熊谷市方面に向かって道路の左側に歩道が設置され、右側には設置されていないこと、本件事故現場に至る途中で、左側の歩道がなくなり、両側とも歩道がない状態となることが認められる。かかる歩車道の状況に照らせば、歩道がない場所において国道を横断して右側端の歩行を求めることは、かえって横断時の危険を伴うことになるし、右側端を歩いた方が対向車の進行状況を現認できるとはいうものの、大半の車は幹線道路である国道一四〇号線を高速で進行してくるので、歩行者側で危険を認識しても回避することは困難であり、右側端を歩行した方が安全であるということはできない。したがって、本件事故現場付近では、左側端を歩行することについてやむを得ない事由(道路交通法一〇条一項ただし書)があったというべきである。
以上のとおり、本件事故において、原告は、道路の右側端を歩行していたのと同視できる。そして、原告は、路側帯を区分する白線付近を歩行していたのであって、ことさらこれをはみ出したり、不規則に歩行していたということはできない。したがって、原告の過失割合は、ゼロというべきである。
(5) これに対し、被告らは、原告が、被告ら主張の歩行者用道路を歩行せずに、危険な車道上を歩行していた点において、原告に過失があると主張する。しかし、既に述べたとおり被告ら主張の歩行者用道路は、道路交通法上、歩行者が歩行すべき箇所ということはできない。そして、被告らは、本件事故現場付近に居住していた原告は、本件事故現場付近を安全に歩行するためには被告ら主張の歩行者用道路を通行すべきことを知っていたか、容易に知ることができたと主張する。しかし、被告ら主張の歩行者用道路は、本件事故現場の十数メートル手前から数十メートル先の踏切付近まであるにとどまり、長距離にわたって歩行者が通行に利用していたとはいい難いこと、被告Y1本人は、尋問において、本件事故現場付近をたびたび走行しているが、路側帯付近を歩いている人を見たことはなく、被告ら主張の歩行者用道路を歩いている子どもやお年寄りを見たことがある旨供述し、被告会社代表者は、尋問において、近くの民家の住人から被告ら主張の歩行者用道路を人が歩行していたと聞いた旨供述するが(乙一三も同旨)、被告Y1及び被告会社代表者が本件事故現場近隣に居住しているわけではなく、上記供述等によっては、近隣住民が日常的に被告ら主張の歩行者用道路を利用していたと認めるには足りない。また、被告ら主張の歩行者用道路は道路交通法にいう「道路」ではないのであるから、歩車道の区別のない道路ではなく、その路外の通路(被告ら主張の歩行者用道路)を通行すべき義務が原告にあったということはできない。
したがって、原告が、被告ら主張の歩行者用道路を歩行せずに、道路の左側端を歩行していたことをもって、大型貨物自動車に轢かれた原告に過失があるということはできない。
(6) よって、本件事故において過失相殺すべき事情はない。
二 争点二(本件事故と相当因果関係のある損害及びその額)について
(1) 証拠(乙三ないし一〇)によれば、次の事実が認められる。
ア 原告は、本件事故の後、b病院に入院し(入院①)、翌九日、c病院にて左下腿の血行再建手術を行うものの、血行の再開は得られず、膝下約一〇センチメートルより末梢側が壊死した。そして、原告の希望により膝上切断ではなく、下腿切断を行うことになり、平成一一年四月九日、左下腿切断及び皮膚移植の手術がされた。その後、原告は、義足によるリハビリを行っていた。
同年八月二〇日、左膝下左側に骨棘が形成され、痛みを生じるようになり、同年一〇月八日、骨棘除去及び皮膚移植の手術が実施された。同年一二月二〇日にはリハビリ指示が出され、同年一二月二六日、退院となった。
イ 原告は、退院後、二、三週間に一回通院し、経過観察を行ったが、義足装着部に糜爛・潰瘍ができた。平成一二年四月四日にいったん治癒したものの、同年七月一一日、再度、糜爛・潰瘍ができ、治癒しないので、同年九月二二日に入院し(入院②)、同年九月二五日、全層皮膚の移植手術(皮膚移植①)を実施した。そして、同年一〇月二四日に退院し、同年一一月五日からは新しい装具を装着した。
ところが、同年一一月上旬には糜爛ができ、同年一二月二八日には手術が必要と診断された。その後、原告は、極力義足をしないようにしたところ、改善傾向がみられ、平成一三年二月八日より坐骨部で支える義足に変えたところ、潰瘍の範囲が縮小した。同年八月二八日、それまでの潰瘍は閉鎖したが、脛骨前面に新たな潰瘍が発生した。この潰瘍は次第に縮小したが、平成一四年一二月初めに義足を替えたところ、同年一二月一〇日、潰瘍ができ、同年一二月一七日、壊死部分を除去した。その後、同年一二月二四日には表面に壊死はほとんどなくなり、平成一五年一月一七日には範囲が縮小し、深さも一センチメートルとなって、同年一月二一日には、深さ五ミリメートルまで改善し、肉芽形成もみられ、同年二月一三日には創が完全に閉鎖したことが確認された。
しかし、同年五月六日、今度はより先端に壊死がみられ、同年九月二日には、脛骨前面以外のところに亀裂がみられ、同年一二月二日、二か所に潰瘍ができた。そして、平成一六年一月六日、三月三〇日、六月一五日と経過をみるも治癒せず、平成一六年六月一五日のカルテには、「皮膚(表皮)欠損やや拡大。難治化」などと記載されている(乙六)。
ウ 原告は、平成一七年三月二九日、c病院を再受診して、義足接触部、脛骨前面に、ときどき潰瘍ができると訴え、脛骨前面のやや腓骨側に潰瘍があり、前回よりはかなり縮小していると診断された(乙九)。しかし、その後、経過をみるも治癒せず、同年一二月二三日に入院し(入院③)、同年一二月二六日に皮膚移植の手術を受けた(皮膚移植②)。そして、平成一八年一月五日にリハビリを開始し、同年一月三一日に退院した。その後、同年七月一一日、脛骨前面の同じ部位に潰瘍が発生したが、次第に縮小していった。
エ 原告は、平成一九年一月一九日、潰瘍部分を切除縫合した。しかし、脛骨前面の潰瘍は治癒せず、同年三月一五日に入院し(入院④)、同年三月一六日に皮膚移植手術を実施した(皮膚移植③)。その後、何度か、潰瘍の形成と縮小を繰り返した。そして、平成二〇年七月一日に潰瘍が閉鎖し、同年九月九日に少し亀裂がみられたものの、同年九月三〇日、下腿部前面の潰瘍は閉鎖した。その後も、同年一〇月二一日、一一月一一日と、潰瘍は閉鎖のまま持続し、同年一一月一四日、症状固定と診断された。
オ 原告は、平成二一年一月二七日、脛骨前面付近の皮膚が欠損し、欠損部分が徐々に拡大したため、同年七月五日に入院し(入院⑤)、同年七月六日に手術を実施し(皮膚移植④)、同年九月一五日、経過観察終了となった。
(2) 原告の症状固定時期について
症状固定時期について、原告は、平成二〇年一一月一四日と主張するのに対し、被告は、平成一六年六月一五日ころであると主張するので、判断する。
ア 前記(1)の治療経過をみると、原告は、平成一六年六月一五日から平成一七年三月二九日までの間、通院していない。しかし、同年六月一五日の時点で、これ以上、治療効果が期待できない状態であったとは認め難く、平成一七年三月以降、同年一二月と平成一九年三月の二度にわたって皮膚移植手術がされている。そして、平成二〇年二月ころ以降、ようやく潰瘍が縮小ないし閉鎖するようになり、同年夏に閉鎖した状態は同年秋にも概ね持続した。かかる治療経過をみると、平成一六年六月一五日時点において、治療効果が期待できない状態になったとはいい難く、平成二〇年に症状の改善が進んだというべきである。
イ 証拠(乙九)によれば、c病院医師は、平成二〇年三月ころ、平成一九年三月実施の植皮手術後の経過の問い合わせを受け、植皮は生着したが、義肢による圧迫などのため再発を繰り返していて、今後、根治的手術予定の可能性があると回答したこと、症状固定と判断できるかとの問い合わせに対し、義肢装着の頻度、本人の活動性により皮膚潰瘍の程度は常に変化しており、現時点で症状固定を判断するのは困難であると回答したことが認められる。
ウ 一方、前記(1)の診療経過によれば、平成二〇年一一月一四日以降は、重い潰瘍が発症しなくなっている。
これら事実を総合的に考慮すれば、症状固定の時期は、医師の診断書のとおり、平成二〇年一一月一四日であると認められる。
(3) 現在までの治療関係費について
ア 治療費
(ア) 症状固定日までの治療費
前記(2)のとおり、症状固定は平成二〇年一一月一四日であり、証拠(甲八)及び弁論の全趣旨によれば、同日までの治療費一〇七七万九二七二円が必要かつ相当な治療費として認められる。
(イ) 症状固定後に支出した治療費
証拠(甲九)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、平成二一年七月、下肢切断面の皮膚の褥瘡の入院治療(入院⑤による皮膚移植④)のため、一五万九二〇〇円を要したことが認められる。
上記治療費は、症状固定後のものであるが、義肢と断端部とが接触する部分に生じる潰瘍についての治療は、義肢の使用に伴って発症したものとして、症状固定後であっても必要かつ相当なものと認められる。
イ 入院雑費
証拠(甲八)及び弁論の全趣旨によれば、日額一五〇〇円の割合により三八三日分について認められる。
(計算式)
1500円×383日=57万4500円
ウ 通院交通費
証拠(甲八)及び弁論の全趣旨によれば、二三万四九六〇円が必要かつ相当な通院交通費として認められる。
エ 義肢購入費
証拠(甲一〇の一ないし一四)によれば、原告は、義肢の購入・修理費として、平成一一年一一月から平成二一年二月の間に合計三三六万九一二九円を要したことが認められる。したがって、原告の請求する三三六万〇一二九円は、必要な義肢購入費として認められる。
オ 小括
前記アないしエの合計は、一五一〇万八〇六一円である。
(4) 休業損害
ア 証拠(甲一一、一四、二二、原告本人)によれば、原告は、本件事故前に社団法人dに業務課長として勤務し、本件事故前年に五三一万六〇〇〇円(日額一万四五六四円)の収入を得ていたこと、平成一一年三月九日から平成一二年二月二九日までは、上記仕事を完全に休業していたこと、同年三月一日から平成一七年一二月三一日(退職日)までの間の欠勤又は有給休暇取得日数が一三五日であること、平成一八年一月以降、再就職できていないことが認められる。
イ 前記ア認定事実によれば、休業損害は次のとおり認められる。
(ア) 平成一一年三月九日から平成一二年二月二九日まで(三五八日間)
約一年の休業期間であることに鑑み、本件事故前年の収入を基に日額一万四五六四円の休業損害の発生を認めるのが相当である。
(イ) 平成一二年三月一日から平成一七年一二月三一日(退職日)まで
欠勤又は有給休暇取得日数一三五日について、上記の日額一万四五六四円の割合による休業損害の発生を認めるのが相当である。
(ウ) 平成一八年一月一日から平成二〇年一一月一四日(症状固定日)まで
前記(1)の治療経過、原告の症状及び就労内容に照らせば、本件事故による受傷と原告が退職したこととの間には相当因果関係が認められる。その後、原告が再就職できていないことに照らし、上記期間の一〇四九日について日額一万四五六四円の割合による休業損害の発生を認めるのが相当である。
(エ) したがって、日額一万四五六四円の割合により合計一五四二日につき休業損害が認められるので、その額は二二四五万七六八八円である。
(5) 後遺障害による逸失利益
ア 基礎収入は、本件事故前年の年収五三一万六〇〇〇円とするのが相当である。
イ 労働能力喪失割合は、併合四級であることに鑑み、九二パーセントを相当と認め、喪失期間は、症状固定時の四三歳から六七歳までの二四年(ライプニッツ係数一三・七九八六)を相当と認める。
ウ したがって、六七四八万五〇八八円となる。
(計算式)
531万6000円×0.92×13.7986=6748万5088円
(6) 将来要する費用
ア 症状固定日以後も要する治療費・手術費
原告は、左下腿切断部分の皮膚の褥瘡及び難治性潰瘍の治療が、今後も一年に一回必要であり、その治療費年額は一五万九二〇〇円(甲九)であると主張する。
しかし、前記(1)のとおり、原告は、平成二一年七月に入院して手術を受けたものの、その後は、幸いにも、皮膚の褥瘡に対する手術を受けていないのであって、証拠(甲二三)を考慮しても、今後も同様の手術が必要であるとは認め難い。
したがって、症状固定後の将来の治療費が今後発生する蓋然性があるとは認め難いので、原告の請求は理由がない。
イ 義肢購入・交換費
証拠(甲一〇の一三、一五、一六、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、障害者自立支援法に基づく補装具費支給制度において、義肢の耐用年数は一ないし五年とされていること、原告は、起床してから夜に入浴するまで義足を着用し、外出時には義足を使用していること、平成二一年二月ころ、骨格構造義足を購入して六九万一二八四円を要したことが認められる。
前記認定事実を基に考えると、義肢購入・交換費として、平成二一年二月以降、三年ごとに七〇万円を平均余命(四四歳の場合、約三六年)にわたって要することが認められ、原告主張の三八二万〇六四六円が認められる。
(計算式)
70万円×6.0761(3年ごとに11回買替えをする場合のライプニッツ係数)=425万3270円>382万0646円
ウ 家屋改造費
証拠(甲一二、一七、二一、原告本人)によれば、原告は、本件事故後の平成一三年八月二七日、さいたま市<以下省略>所在の七階建マンションの七階部分居室を購入して、同居室に一人で居住していること、室内の各ドアを引き戸に変更し、便器・洗面化粧台・ユニットバスを交換するなどのバリアフリー化工事に三五〇万三〇五一円を要することが認められる。
原告は、義足を使用しているものの、将来的に車椅子による生活に移行する可能性があること、独身者で一人暮らしであって、今後、介護にあたってくれる人が特にいないことからすれば、上記工事をする必要性が認められる。もっとも、上記の家屋改造工事全般が直ちに必要なものではなく、上記工事の実施により原告居室の利便性が向上することに鑑み、上記工事費用の約七割である二五〇万円をもって相当と認める。
エ 小括
前記イ及びウの合計は、六三二万〇六四六円である。
(7) 慰謝料
ア 傷害慰謝料
入院日数三八三日、通院期間が長期に及ぶことから通院実日数一六八日の三・五倍を基に、手術を繰り返し行わざるを得なかったことを考慮して二割程度増額して、四五〇万円を相当と認める。
イ 後遺障害慰謝料
原告の後遺障害が併合四級であること、その他本件訴訟に表れた事情に鑑み、一六七〇万円を相当と認める。
ウ 小括
前記ア及びイの合計は、二一二〇万円である。
(8) 弁護士費用
前記(3)ないし(7)の合計一億三二五七万一四八三円について、任意保険金三八五八万四六七七円をその支払に充当すると、残額は九三九八万六八〇六円である。
上記金額のほか本件訴訟に表れた事情に照らし、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は九四〇万円を相当と認める。
三 争点三(弁済金の充当方法)について
(1) 前記二のとおり、本件事故と相当因果関係のある損害は、一億〇三三八万六八〇六円である。
(計算式)
9398万6806円+940万円=1億0338万6806円
(2) 前記(1)の一億〇三三八万六八〇六円に対する本件事故日から自賠責保険支払の日までの一〇年と三五八日に発生した遅延損害金は、五六七五万九三五六円である。
(計算式)
1億0338万6806円×0.05×(10+358/365)=5675万9356円
(3) 上記遅延損害金の支払に自賠責保険金一八八九万円を充当すると、残額は三七八六万九三五六円である。
(4) したがって、損害金の残元金は一億〇三三八万六八〇六円、平成二二年三月一日までに発生した確定遅延損害金の残金は三七八六万九三五六円である。
四 よって、原告の被告らに対する請求は、一億四一二五万六一六二円及びうち一億〇三三八万六八〇六円に対する平成二二年三月二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払(被告らの連帯債務)を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法六四条本文、六一条を、仮執行の宣言について同法二五九条一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 古河謙一)