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さいたま地方裁判所 平成22年(ワ)2692号 判決 2011年7月19日

原告

甲野次郎

同訴訟代理人弁護士

平岡将人

被告

三井住友海上火災保険株式会社

同代表者代表取締役

柄澤康喜

同訴訟代理人弁護士

児玉康夫

松村太郎

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は,原告の負担とする。

事実及び理由

第1  請求

被告は,原告に対し,250万円及びこれに対する平成21年7月1日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

第2  事案の概要

本件は,被告との間で家庭用自動車総合保険契約を締結していた原告が,被保険自動車が盗難に遭う保険事故が発生したと主張して,被告に対し,同契約に基づき,車両保険金250万円及び遅延損害金の支払を求める事案であり,被告は保険事故の発生を否認し,原告の請求を争っている。

1  前提事実

(1)原告は,平成20年8月22日,保険会社である被告との間で,次の内容を含む保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結した。

ア 保険の種類 家庭用自動車総合保険

イ 保険期間 平成20年9月11日午後4時から平成21年9月11日午後4時まで

ウ 被保険自動車 トヨタハイエースバン(登録番号 大宮<番号略>,以下「本件車両」という。)

エ 記名被保険者 原告

オ 車両保険金額 370万円

(争いがない)

(2)本件保険契約に適用される保険約款には,被告は,被保険自動車の盗難によって生じた損害に対して,被保険者に車両保険金(車両保険金額を限度とし,車両保険金額が保険価額を超える場合は,保険価額を限度とする。なお,保険価額とは,被保険車両に損害の生じた地,時における被保険車両と同一車種,同年代で同じ損耗度の自動車の市場販売価格相当額をいう。)を支払う旨の条項がある(争いのない事実のほか,乙1。)。

2  原告の主張

(1)ア本件車両は,平成21年6月14日,原告以外の何者かによって盗まれた(以下「本件盗難」という。)。

イ すなわち,原告が,同日午後6時ころ,桶川市にあるパチンコ店「A」(以下「本件店舗」という。)の専用駐車場(以下「本件駐車場」という。)に本件車両を駐車した後,同日午後8時過ぎころ,本件店舗から出て本件駐車場に向かったところ,本件車両はなくなっていた。原告は,すぐに本件店舗の従業員に本件盗難の事実を告げ,警察に連絡し,盗難届を提出した。

(2)本件盗難があった時点における本件車両の保険価額は250万円である。

(3)原告は,平成21年6月15日,被告に対し,本件盗難の事実を伝え,車両保険金の支払を請求した。

(4)よって,原告は,被告に対し,本件保険契約に基づき,車両保険金250万円及びこれに対する平成21年7月1日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求める。

3  被告の主張

原告が主張する本件盗難の事実があったことは否認する。

第3  当裁判所の判断

1  原告は,本件保険契約の被保険自動車である本件車両の盗難という保険事故が発生したとして,本件保険契約の前記第2,1(1)の条項に基づき車両保険金の支払を請求しているのであるが,その場合,「被保険者以外の者が被保険者の占有に係る被保険自動車をその所在場所から持ち去ったこと」という外形的な事実を原告において主張,立証することを要し,その外形的な事実は,「被保険者の占有に係る被保険自動車が保険金請求者の主張する所在場所に置かれていたこと」及び「被保険者以外の者がその場所から被保険自動車を持ち去ったこと」という事実から構成されるものというべきである(最高裁平成19年4月17日第三小法廷判決・民集61巻3号1026頁,最高裁平成19年4月23日第一小法廷判決・集民224号171頁参照)。

2  (1)そこで,検討すると,証拠(甲2,9,13,乙2の1~4,乙5,原告本人)によれば,本件駐車場は,「Bショッピングパーク」及び本件店舗などの複合商業施設の大通りと反対側の道路を隔てた南側に位置する駐車可能台数約66台の本件店舗の専用駐車場であること,平成21年6月14日午後8時ころ,原告が,本件店舗の従業員に対し,本件駐車場に防犯カメラが設置されているかどうかを尋ね,従業員から,防犯カメラはない,どうしたのかと言われたのに対して,車両が盗まれたと述べたが,従業員はそれ以上の対応をしなかったこと,原告は,警察に連絡し,警察官が本件駐車場に臨場したこと,原告は同日か翌日には警察に盗難届を提出したこと,以上の事実が認められる。

そして,原告は,本人尋問において,前記第2,2

(1)イに沿う内容のほか,当日は一人でパチンコをするため本件店舗に行った,本件車両を駐車した位置は,本件駐車場の北から2列目の西端から3~5番目の駐車区画であり,その両隣には既に車両が駐車されており,本件車両に施錠したことを確認の上,本件店舗に入ってパチンコをした,パチンコを終えて本件駐車場に来ると本件車両はなくなっており,その両隣の車両もなかった旨供述している。

(2)しかしながら,当時本件駐車場に本件車両が駐車されていたことを裏付ける客観的な証拠はないし,同所から本件車両が持ち去られたことをうかがわせる痕跡も残されていなかったことは,原告も認めるところである。そして,前記のとおり,原告は本件車両に施錠したことを確認しているというのであるし,証拠(甲9,乙2の1~4,乙5)によれば,本件店舗の裏側の出入口から本件駐車場を見通すことができ,本件店舗と本件駐車場の間の道路は交通の往来はさほど多くはないが,本件駐車場が周囲から人目につきにくい場所にあるわけではなく,本件店舗では,これまでに本件駐車場で車両が盗難にあったとの報告は受けていなかったこと,本件駐車場を含む上記複合商業施設の駐車場については,1時間おきに二人の担当者が30分かけて巡回しており,平成21年6月14日の午後6時から午後8時までの間にも巡回が行われているが,異常は見当たらなかったことが認められるのであって,そのような状況下で第三者が本件駐車場から本件車両を持ち去ることは,あり得ないことではないが,可能性が大きいとはいえない。

(3)そして,原告は,陳述書(甲13)においては,本件駐車場の2列目の奥から4番目の区画に本件車両を駐車し,この時両隣に車両が駐車していた,本件店舗を出て本件車両がないことに気付いた時には両隣のいずれかの車両がなかった旨陳述していたが,その後被告から提出された調査会社の調査報告書(乙5)には,平成21年6月24日に同社の職員が本件駐車場において原告から事情を聴取した際の原告の説明として,本件車両の駐車位置及び本件車両がないことに気付いた時の両隣の車両の状況について,上記(1)の本人尋問の供述と同様の説明をした旨記載されており,本人尋問における供述はこの記載内容に合わせて陳述書における陳述を改めているのであって,このように説明内容が変遷しているのは,核心的な事柄に関して実際に経験した事実を述べるにしては,いささか不自然といわざるを得ない。

また,証拠(甲2,7,16,乙3,6の1~3,原告本人)によれば,原告は,これまでに複数の車両を取得しており,平成13年12月以降は被告との間で自動車保険契約を締結していて,その時から数えて本件車両が8台目となるところ,その契約の状況は別紙のとおりであって,常に車両保険が付けられていたわけではないこと(別紙の「車両保険」,「付保額」及び「免責額」の欄),原告は,平成16年9月19日に当時の被保険車両(ジャガー)が盗難にあったとして被告に車両保険金を請求しその支払を受けているが,この車両については,中古車で購入した当初(平成15年2月)車両保険は付いていなかったのが,平成15年12月の保険契約更新時に車両保険金額を90万円として車両保険が付けられたものであること,上記の盗難は,原告の自宅の敷地内に駐車していたところ盗難にあったというものであり,これも盗難の痕跡が見当たらないものであったこと,その後,原告は,本件車両を取得するまでの間に4台の車両(いずれも中古車)に乗り換えているが,いずれも車両保険は付けられておらず,平成20年6月に本件車両を新車で購入した際に,当時の自動車保険について被保険車両を本件車両に変更するとともに車両保険金額を370万円とする車両保険を付け,同年9月の契約更新(本件保険契約の締結)を経たこと,以上の事実が認められる。これによれば,原告は,車両保険が付されていた時期に,本件盗難と類似した状況で盗難に遭ったとして,車両保険金の支払を請求し,その支払を受けているのである。

加えて,証拠(甲6,13,乙5,原告本人)によれば,原告は,本件車両を購入した際に本件車両の鍵を3本(マスターキー1本とスペア2本)受領したが,平成21年7月7日に調査会社の職員が原告宅を訪問した際にはうち2本(マスターキーとスペア各1本)を呈示するとともに,残りの1本は自宅に保管していたが同月3日になってないことに気付いた,飼い犬がくわえてどこかに持って行ってしまったとしか考えられないと説明していること,原告は,同年6月14日に本件駐車場に臨場した警察官から1週間か10日位で出てくるだろうと言われたが,そのわずか2日後の同月16日には,トヨタエスティマ(中古車)を購入していること,以上の事実が認められる。

そして,証拠(甲13,15,原告本人)によれば,当時原告は塗装の仕事をしており,自宅と職場との往復に本件車両を使用していたことが認められるけれども,自宅には同居の父母及び兄(当時休職中)の車両として合計3台の車両があったことも認められるなど,直ちに代わりの車両を購入しなければならないほどの事情があったといえるか,疑問が残る。

(4)以上によれば,本件盗難の事実については,これを積極的に裏付ける事情に乏しい反面,その存在に疑念を抱かせる事情が相当に存在するのであって,結局,本件において,「被保険者以外の者が被保険者の占有に係る被保険自動車をその所在場所から持ち去ったこと」という盗難の外形的事実,すなわち「被保険者の占有に係る被保険自動車が保険金請求者の主張する所在場所に置かれていたこと」及び「被保険者以外の者がその場所から被保険自動車を持ち去ったこと」について,合理的な疑いを超える程度にまで立証されたということはできないというべきである。

原告は,平成21年6月14日は兄に電話をかけて本件駐車場に迎えに来てもらい,同人の自動車で帰宅した旨陳述し,甲野太郎(原告の兄)の陳述書(甲15)にもこれに沿う記載があることが認められ,また,証拠(甲12)によれば,原告は平成21年1月に7万円余りをかけて本件車両の修理を行っていることが認められるけれども,これらの事情を考慮しても,上記の判断が左右されるものではない。また,原告は,本件盗難を偽装する動機も必要性もないと主張するけれども,そのような動機や必要性の存在を証拠上認定することができないからといって,上記の判断が左右されるものでもない。

3  したがって,原告の請求は理由がない。

(裁判官 加藤正男)

別紙甲野次郎氏 自動車保険付保推移(平成14年以降)<省略>

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