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さいたま地方裁判所 平成22年(ワ)3834号 判決 2012年5月11日

原告

被告

主文

一  被告は、原告に対し、五一五万六一六五円及びこれに対する平成二〇年四月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求の趣旨

一  被告は、原告に対し、一〇八七万一四二七円及びこれに対する平成二〇年四月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は、被告の負担とする。

三  仮執行宣言

第二事案の概要

本件は、後記交通事故(本件事故)により負傷した原告が、被告に対して、不法行為又は自動車損害賠償保障法三条に基づく損害賠償請求権に基づき、一〇八七万一四二七円及びこれに対する事故日である平成二〇年四月二五日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

一  争いのない事実

(1)  本件事故の発生

ア 日時 平成二〇年四月二五日 午後九時五五分ころ

イ 場所 埼玉県朝霞市朝志ヶ丘四丁目五番先道路(県道和光志木線。以下「本件道路」という。)上

ウ 加害車両 自家用普通自動二輪車(ナンバー<省略>。以下「被告車両」という。)

エ 態様 原告が、自転車に乗って本件道路を南西方向から北東方向へ向かって横断し始めたところ、原告右方(南東方向)から本件道路を進行してきた被告運転の被告車両と衝突し、原告は乗車していた自転車から跳ね飛ばされて路上に転倒した。

(2)  被告の過失

本件事故は、被告の過失によるものである。

(3)  傷害内容及び治療の経過

ア 傷病名 頭部外傷、頭蓋骨骨折、眼球運動障害

イ 治療状況

a病院に平成二〇年四月二五日から同年五月三日まで入院

(入院日数九日)

同病院に平成二〇年五月九日から平成二一年九月二九日まで通院

(通院実日数一八日)

(4)  後遺障害

ア 症状固定日 平成二一年九月二九日(原告の年齢は五〇歳)

イ 後遺障害の内容 眼球運動障害に伴う複視

ウ 後遺障害等級 一三級二号

(5)  既払金

合計四九万〇二三一円

二  争点

(1)  原告の過失割合(争点一)

(2)  損害額(争点二)

具体的には、休業損害、逸失利益、後遺障害慰謝料、物損額及び弁護士費用が争われている。

三  争点に関する当事者の主張

(1)  争点一(原告の過失割合)について

ア 原告

原告は、自転車で本件道路を横断するに際し、道路手前で一時停止後、左右を見渡し、右側遠方から走って来るバイク(被告車両)のライトを確認したが、バイクが通常の速度であれば原告が十分に横断歩道を渡りきれる距離であったため、ライトを点滅させたまま再び自転車を漕ぎ出し、横断歩道の左端に沿って横断を開始したところ、被告車両が異常な高速で進行してきたため、原告に衝突したものである。なお、原告は、本件事故の一時間ほど前にビールを飲んだが、その量はコップ一杯強であり、原告は本件事故当時正常な判断能力を有していた。

したがって、原告に過失はないか、万一いくらかの過失があったとしても、その割合は、被告に比べて格段に低いというべきである。

イ 被告

被告は、優先道路である本件道路を時速四〇ないし五〇キロメートルの速度で走行していたところ、原告運転の自転車が無灯火で左側の脇道から出てくるのを発見し、転倒しない限度でできるだけブレーキをかけつつハンドルを右に切って回避しようとしたが、原告自転車は減速することなく横断を続け、しかも本件道路右側の路地を目指して右にハンドルを切り、被告バイクの正面左側から向かってくるような角度で接近してきたため、避けきれずに衝突したものである。原告は、運転前にビールを飲み、酩酊した状態で自転車を運転しており、しかも、一時停止も減速もせず本件道路を横断している。

このように、極めて危険な運転をした原告には、著しい過失があることが明らかであり、その割合は六五パーセントというべきである。

(2)  争点二(損害額)について

ア 原告

(ア) 治療関係費

治療費、入院雑費、交通費、装具・器具購入費及び出張航空券取消料の合計二一万三九二四円である。

(イ) 休業損害

原告は、経営している有限会社b(以下「b社」という。)から役員報酬として平成二〇年二月及び三月に各二八万円、同年四月に三一万円を支給され、また、当時職員の身分を有していたcセンター(以下「cセンター」という。)から給与として月額三〇万円を支給されていたところ、本件事故により、平成二〇年四月二六日から同年五月三一日まで休業した。したがって、本件事故による休業損害は少なくとも六〇万円である。

なお、現に、本件事故により原告は営業活動ができなかったため、平成二〇年度のb社の新規案件の受注は激減し、その売上減が反映された平成二一年の原告の収入も五七九万円に激減している。

(ウ) 入通院慰謝料

八〇万円が相当である。

(エ) 逸失利益

本件事故の影響のない平成一九年における原告の年収は六七四万円であり、この年収額及び後遺障害等級一三級の労働能力喪失率九パーセント並びに労働能力喪失期間一七年間のライプニッツ係数一一・二七四一を用いて算定すると、逸失利益は、以下のとおり六八三万八八六九円となる。

674万円×0.09×11.2741=683万8869円

(オ) 後遺障害慰謝料

原告の後遺障害は依然として存在し、原告の日常生活に支障を生ぜしめているため、後遺障害慰謝料額としては、一八〇万円が相当である。

(カ) 物損額

本件事故により、原告の自転車、時計及び携帯電話等が破損し、取得価格にして一〇万八八六五円相当の損害を被っている。

(キ) 弁護士費用

一〇〇万円が相当である。

(ク) 損害賠償を求める額

以上の合計一一三六万一六五八円から既払金四九万〇二三一円を控除すると、一〇八七万一四二七円となる。

イ 被告

(ア) 治療関係費

治療関係費二一万三九二四円は認める。

(イ) 休業損害

cセンターからの給与については、cセンターがb社に支払うべき業務委託料から年額三六〇万円分を控除した上で原告に支払われていたのであり、このことからすると、本件事故後にcセンターがその支給を止めたとは考えがたい。したがって、原告の休業損害は、以下のとおり、b社からの役員報酬のみを基礎に計算した三四万八〇一二円に過ぎないと考えられる。

87万円÷90日=9667円

9667円×36日=34万8012円

なお、b社の売上が平成二一年に大幅に縮小したのは、主要取引先であるcセンターの予算縮小か、役員であるAが退職したことによるものであると考えられるから、原告の減収が全て本件事故に起因するものではない。

(ウ) 入通院慰謝料

入通院慰謝料八〇万円は認める。

(エ) 逸失利益

本件事故による原告の後遺障害は、右方視時の複視であるところ、その労働能力に対する影響は軽微であり、平成二三年四月九日の検査では後遺障害の認定基準を下回っていることからすると、労働能力喪失期間は症状固定後三年程度とみるべきである。

(オ) 後遺障害慰謝料

原告は、右方視時の複視という後遺障害にもかかわらず、自動車の運転は可能であり、労働能力に対する影響は軽微といえること、また事故から数年を経て回復傾向もみられることから、慰謝料額が一八〇万円というのは高額に過ぎる。

(カ) 物損額

原告の主張額は取得価格の合計であるが、取得後の経過年数分の減価償却を考慮すれば、物損額としては合計一〇万円が妥当である。

(キ) 弁護士費用

原告の主張は争う。

第三当裁判所の判断

一  争点一(原告の過失割合)について

(1)  各項末尾に掲記した証拠によれば、以下の事実が認められる。

ア 本件事故現場は、南東から北西へ伸びる幅員六メートル、片側一車線の優先道路である本件道路と、南西からの幅員四メートルの道路(以下「交差道路」という。)がT字型に交差し、その交差地点のやや南東側から幅員二メートルの路地(以下「交差路地」という。)が本件道路から北東へ向けて伸びている変形交差点である。交差路地の正面には、本件道路を横断するための横断歩道(以下「本件横断歩道」という。)があり、交差路地にそのままつながっている。本件道路の制限速度は時速四〇キロメートルである。(甲三、四二)

イ 原告は、平成二〇年四月二五日夜、仕事相手と東京メトロ有楽町線麹町駅近くのラーメン店で食事をし、ビールをコップ一杯程度飲んだ。(原告本人)

ウ 原告は、同日午後九時四五分ころ東武東上線d駅で降り、同駅前から自転車に乗って帰宅途中、同日九時五五分ころ、交差道路を通って本件道路に至ったが、反対側にある交差路地に入ろうとして、ライトは点減させていたものの、一時停止も左右の安全確認もすることなく、本件道路の横断を開始したところ、折から、時速約五〇キロメートルで本件道路を南東方向から走行してきた被告運転の被告車両と、本件道路の南西側車線の中程の、本件横断歩道から北西側に約一メートル離れた地点で衝突した(本件事故)。(甲二、三、四一、乙六、八、原告本人、被告本人。ただし、甲三、四一、乙八、原告本人及び被告本人については、後記不採用部分を除く。)

(2)ア  上記(1)の認定に対し、原告は、本件道路を横断するに際し、その手前で一時停止して左右を見渡し、右側遠方から走って来るバイク(被告車両)のライトを確認したが、バイクが通常の速度であれば原告が十分に横断できる距離であったため、再び自転車を漕ぎ出して本件横断歩道の左端に沿って横断を開始したところ、被告車両が異常な高速で進行してきたため、原告に衝突した旨主張し、証拠(甲四一、原告本人)中にも、これに沿う部分がある。

しかし、仮に、被告車両が異常な高速で進行して来ていたか、あるいは、高速でなくても近くに迫って来ていたのであれば、そのライトを現認していた原告としては、危険を感じて横断を控えるはずであって、原告が現に横断を開始したことにかんがみれば、当時、被告車両が異常な高速であったとは認めにくい。これに加えて、被告車両はスクーターバイクであって、被告は妻を後部座席に乗せて走行していたこと(乙六、被告本人)、本件事故後、原告自転車は衝突位置から四・六メートル離れた場所で転倒停止していたこと(甲三)に照らすと、当時、被告車両が異常な高速を出していたとは考えられず、被告車両の速度については、被告本人の供述の信用性が高いというべきである。なお、被告車両は、衝突後、衝突位置から三四・八メートル進行して停止した(甲三)のであるが、妻を乗せていたことから急ブレーキをかけると危険であったため停止距離が伸びたとの被告の説明(被告本人)も、合理的なものといえ、上記の停止位置をもって、必ずしも、被告車両が異常な高速であったことの根拠とすることはできない。

イ  証拠(甲三)においては、衝突位置は、本件横断歩道から北西側に二メートル離れている旨記載されている。しかし、原告は、当時、交差道路から交差路地へまっすぐに入るために本件道路を横断していたと推認されるから、証拠(甲三)により認められる交差道路と交差路地の位置関係に照らすと、衝突位置は、原告本人尋問におけるように、本件横断歩道から北西側に約一メートル離れていると認めるのが自然であり、甲三の記載は、その限度で採用できない。

ウ  被告は、原告が無灯火であった旨主張し、証拠(乙六、被告本人)中にもこれに沿う部分がある。しかし、突発的、瞬間的に起こった本件事故において、原告が自転車のライトを点灯していなかったと確実に記憶しているとは考えにくいのであって、上記証拠をもって、本件事故当時、原告が自転車のライトを点滅モードにしていたとの証拠(甲四一、原告本人)の信用性を否定するに至らない。

エ  被告は、原告が当時飲酒により酩酊していた旨主張する。たしかに、証拠(原告本人)によれば、当日の事故直前に原告がビールを飲んだことが認められるものの、原告本人の供述ではその量はコップ一杯程度であるというのであり、他に、これを超える量を飲んだことを裏付けるに足りる証拠はないから、飲酒により自転車の正常な運転に影響を及ぼすような状態であったとまでは認められない。

(3)  前記(1)のとおり、被告は制限速度を時速一〇キロメートル程度超過していたものの、本件道路が優先道路であること、本件事故の発生が夜間であること、原告が一時停止等の安全確認を怠り漫然と横断を開始したことが、脇見運転に準じる著しい過失に当たるといえることに鑑みると、原告の過失割合は五〇パーセントと認めるのが相当である。

二  争点二(損害額)について

(1)  治療関係費

治療関係費の合計が二一万三九二四円であることは、当事者間に争いがない。

(2)  休業損害

ア 証拠(甲六、七、四一、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、b社を経営し、同社から役員報酬として平成二〇年二月及び三月に各二八万円、同年四月に三一万円を支給されていたこと、b社は、国土交通省の土砂災害防止活動の広報を業務とする会社であり、その受注の九〇パーセント以上はcセンターが国(国土交通省)から受託した業務に係るものであること、受注のための営業活動は原告のみが行っていたこと、また、原告が受注業務を行うためには、cセンターの職員の身分が必要であったことから、原告は、給料月額三〇万円でcセンターに雇用される形式をとっており、原告の給料(年額三六〇万円)は、cセンターがb社に支払うべき業務委託料から控除する処理がされていたこと、原告は、本件事故により、平成二〇年四月二六日から同年五月三一日まで休業したこと、この期間の役員報酬及び給与については、b社及びcセンターから支給されなかったことが認められる。

そうすると、休業損害は、六〇万円であると認められる。

イ 被告は、cセンターが休業期間に相当する給与の支給を止めたとは認められないと主張するところ、たしかに、原告がcセンターの職員として給与を受けていたのは、上記のような事情によるものではあるが、このことから直ちに、原告に対する給与の支給が止められたとの前記休業損害証明書(甲六)の証明力を否定するには至らないのであって、結局、被告の上記主張は採用できない。

(3)  入通院慰謝料

入通院慰謝料が八〇万円であることは、当事者間に争いがない。

(4)  逸失利益

ア 証拠(甲八)によれば、本件事故の前年である平成一九年における原告の年収は六七四万円であることが認められる。この年収額及び後遺障害等級一三級の労働能力喪失率九パーセント並びに労働能力喪失期間一七年間のライプニッツ係数一一・二七四一を用いて算定すると、逸失利益は、以下のとおり六八三万八八六九円であると認められる。

674万円×0.09×11.2741=683万8869円

イ 証拠(甲三四)によれば、原告の年収は、本件事故後である平成二一年においては五七九万円に減じていることが認められるところ、その原因について、被告は、cセンターの予算縮小か、役員であるAの退職によるb社の売上減である旨主張する。

しかし、逸失利益は、特段の事情のない限り、具体的事情をある程度捨象して、事故時の収入を基礎に、稼働可能年齢の上限である六七歳までについて、中間利息を控除する方法により算定されるものである上、証拠上、上記のcセンターの予算の減少や原告の年収減が必ずしも永続的なものとまでは認められないことにもかんがみると、上記のような原告の年収減を考慮するのは相当ではなく、逸失利益の算定にあたっては、基礎収入は、事故の前年である平成一九年の額を用いるのが相当である。

ウ 証拠(乙二、五)によれば、原告は、平成二三年四月九日のHessスクリーンテストにおいて、患側の像が水平方向及び垂直方向の目盛りで五度以上離れた位置になかったことが認められる。そうすると、同日時点において、原告は、厚生労働省が定める複視の後遺障害認定基準(昭和五〇年九月三〇日基発第五六五号「障害等級認定基準〔労災保険関係〕」の別紙「眼(眼球及びまぶた)の障害に関する障害等級認定基準第二の一(3)イ(ア)c」)を満たしていなかったこととなる。

しかし、証拠(甲四一、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、現に複視の症状を有していること、原告の仕事は、打合せや受注のための営業活動のほか、パソコンを使った企画書や映像シナリオの作成、各種出版物やパンフレットの構成・映像編集、各種契約関係書類の作成等であるところ、原告は、複視のため、パソコンの画面を三〇分以上集中して見ることができず、作業効率は大幅に低下していること、また、視神経に過度な負担をかけるために、重度の肩凝りに悩まされていることが認められる。

このようなことからすると、上記のHessスクリーンテストの結果にかかわらず、原告の労働能力喪失率は九パーセントを下回らないと認められ、かつ、この後遺障害はいまだ改善しておらず、原告の労働能力喪失期間は六七歳までの一七年間として、逸失利益を算定するのが相当というべきである。

(5)  後遺障害慰謝料

原告は、本件事故により、正面視以外の複視(一三級二号)の後遺障害が残存し、原告の日常生活に支障を生ぜしめているため、後遺障害慰謝料としては、一八〇万円が相当である。

(6)  物損額

証拠(甲九、三九)によれば、本件事故により、原告の自転車、時計、携帯電話、ウインドブレーカー及びスラックスが破損したこと、その取得価格の合計は一〇万八八六五円であると認められる。

減価償却を考慮すれば、上記の物損による損害額は、被告の自認する一〇万円と認めるのが相当である。

(7)  弁護士費用

上記(1)ないし(6)の合計額は一〇三五万二七九三円であるところ、これから、原告の過失割合である五〇パーセントを減じると五一七万六三九六円となり、これから既払金四九万〇二三一円を控除すると、四六八万六一六五円となる。

そうすると、弁護士費用相当額としての損害は、その約一割である四七万円が相当である。

第四結論

以上によれば、原告の被告に対する請求は、前記第三の二(7)の四六八万六一六五円に、弁護士費用四七万円を加えた五一五万六一六五円及びこれに対する本件事故日である平成二〇年四月二五日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法六四条本文、六一条を、仮執行の宣言について同法二五九条一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 原啓一郎)

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