さいたま地方裁判所 平成23年(わ)1716号 判決 2012年2月28日
主文
被告人を懲役3年6月に処する。
未決勾留日数中40日をその刑に算入する。
理由
(罪となるべき事実)
第1被告人は,長男であるA(当時5歳)の親権者として,Bは,被告人の実弟であり,Aと同居し,かつ,被告人からAの食事の世話などを委託されていた者として,それぞれAを養育していたものであるが,被告人及びBは,Aに十分な食事を与えていなかったため,平成23年6月ころには同人がやせ細るなど,低栄養状態に陥り,同年7月中旬ころには,同人が更にやせ衰えた上,食欲が落ちていたのであるから,同人に十分な食事を与えるとともに,適切な医療措置を受けさせるなどその生存に必要な保護をなすべき責任があったにもかかわらず,共謀の上,そのころから同年8月16日までの間,埼玉県春日部市a町b番地c所在の被告人方において,Aに十分な食事を与えず,適切な医療措置を受けさせることもなくこれを放置し,もって同人の生存に必要な保護をしなかった。
第2被告人は,同年8月14日午後1時ころから同日午後3時30分ころまでの間,前記被告人方において,Aに対し,その頭部及び顔面を3回殴り,さらに,その左顔面を数回蹴るなどの暴行を加えた。
(量刑の理由)
1 本件は,被告人が,実子である当時5歳の被害者に対し,十分な食事を与えず,同人が低栄養状態に陥っていたのに,弟である共犯者と共謀の上,被害者に対し適切な医療措置を受けさせるなどの必要な保護をしなかったという保護責任者遺棄及び同じ時期に被害者に対しその顔面等を殴ったり蹴ったりしたという暴行の事案である。
2 本件犯行に至る経過は,概ね以下のとおりである。
被告人は,平成19年1月ころ以降,被告人方で,当時1歳の被害者,被害者の母親である元妻のC,共犯者である弟のB及び被告人の母親と5人で暮らすようになったが,Cは,同年6月ころ,被告人の日常的な暴力に耐えられずに被告人方から逃げ出し,その後,Cと被告人は,被害者の親権者を被告人と定めて協議離婚した。平成20年1月ころ,統合失調症を患い,被告人及びBからたびたび暴力を受けていた被告人の母親も被告人方を出て行ったため,その後は,被害者の面倒を見る者は被告人及びBのみとなった。被告人は,当時仕事をしていなかったBに,被告人が昼間仕事で家を空ける間の被害者の世話を依頼し,Bもこれを引き受けることとなった。被告人は,Bに対し生活費等をほとんど渡すことがなく,被害者に与える食事としてコンビニで買ってきたパンやおにぎりなどをBに渡し,被害者に支給された児童手当や子ども手当の大部分を自分のために使っていた。また,被告人は,Bが被害者を外に連れ出すことや入浴させることを禁じるなどの制約を課し,自ら被害者を家の外に連れ出すことも滅多になく,入浴も1,2週間に1回程度しかさせず,定期検診や病院には一度も連れて行かず,保育所に入所させようともしなかった。被告人らは被告人方内の掃除やゴミ出しを一切しなかったため,次第に室内にゴミが溜まり,本件当時は,各室内にゴミがうずたかく積み上がり,足の踏み場もない状態となっていた。
Bは,平成22年4月ころ以降アルバイトをするようになり,当初は夕方から夜にかけての勤務であったが,同年10月ころ以降は夜勤となり,昼間起きていられなくなったため,被告人とも合意の上,被害者に対する食事は朝晩の2回のみ用意するようになった。平成23年1月ころ以降,被告人は,Dと交際するようになり,仕事が終わった後などにほぼ毎日会っていたため,被害者の世話はほぼすべてBに任せきりの状態となった。被告人らは,同年春ころ以降,被害者が自由に部屋を出入りすると世話が面倒であるといった理由から,被告人が家にいない間は被害者を4畳半の部屋に閉じこめてドアに紐を巻き付けるなどして中からドアを開けられないようにしていた。
被害者は,以上のような生活を送っていた結果,同年6月初めころまでには低栄養状態となり,被告人は,そのころ被害者を入浴させた際に被害者がやせ細っていることに気付き,同年7月ころには更にやせ衰えていることに気付いたが,当時連絡が取れなくなっていたDを捜し回るなどしていて,被害者の世話は従前どおりBにほぼ任せきりにし,被害者を病院に連れて行くこともなかった。そして,Bは,被害者が死亡した同年8月16日までの間,被害者に与える食事の回数を増やしたり内容を変えたりすることもなく,水分に至っては誤った判断から与える量を以前より控えていた。
3 以上のとおり,被告人らは,5歳で被告人ら以外に頼るべき存在のいない被害者を,家中ゴミの山で足の踏み場もないという極めて劣悪な環境の下に置き,ほとんど外出させることはなく,室内でも4畳半の部屋から勝手に出られないようにし,毎日朝晩の2回のみ,おにぎりやパンなどの栄養の偏った食事を与え,水分も十分に与えず,痩せた状態が目立つようになった後も病院に連れて行くなどの措置を取らなかったのであり,不保護の態様は極めて悪質である。
被告人は,被害者の唯一の親権者として被害者を養育保護すべき責任を負っていたにもかかわらず,特に平成23年1月ころ以降,女性との交際に熱中し,被害者の世話をBに任せきりにし,その一方で,被害者の育児につき他人に口出しされたくないという独善的な考えから,Bが被害者を外出させることなどを禁じていた。そして,被害者が低栄養状態にあることを認識した後も,病院に行くと時間やお金がかかる,自分が被害者を虐待していると疑われる,交際相手を探すことを優先するなどといった理由から,被害者を病院に連れて行かずに,被害者が痩せていくのをそのまま放置していたのであり,その動機は余りにも身勝手で自己中心的である。
被害者は,被告人らによる不保護の結果,当時5歳10ないし11か月であったのに1歳児の平均体重と同程度である10.6キログラムの体重しかなく,低栄養症,脱水症の状態に陥っていたのであり,被害者が受けた肉体的,精神的苦痛は多大なものがある。被告人が,Bを含めた他人の介入を極力阻止し,被害者の行動や生活を支配していた上,被害者の世話が面倒であるという考えや自分の楽しみを優先させようとする気持ちから,被害者の世話を怠り,被害者の心身の状態に気を遣うことがほとんどなかったことからすると,不保護によって生じた被害者の生命に対する現実的な危険性は高かったといえる。
4 本件暴行は,被告人らの不保護により衰弱していた5歳の被害者に対し,判示のとおり執拗な暴行を加えたものである。被告人は,被害者が部屋の壁にいたずらをしたことや,そのことを注意したことに対する被害者の反応に立腹し,当時Dと連絡が取れず苛立っていたことも影響して犯行に及んだものであるが,これまで被害者が被告人らによって極めて劣悪な環境に置かれて育ち,その結果心身の発達も遅れていたことにかんがみると,暴行に至った動機,経緯にも酌量の余地は全くない。
5 以上検討してきた本件の犯情,とりわけ犯行に至る経緯,不保護の態様の悪質さ等からすれば,被告人の刑事責任は重く,本件は刑の執行を猶予することができる事案ではない。
6 被告人は,これまでにも被害者が被告人の言うことを聞かないときなどに被害者に暴力を振るうことがたびたびあり,以前は元妻や母親に対しても暴力を振るっていたもので,家庭内で暴力を振るう性癖は根深いといえる。また,被告人は,公判で反省の言葉を述べるものの,その一方で,被害者がそれなりに幸せを感じて暮らしていたと思う旨述べるなどの公判での供述状況に照らしても,自らの犯した罪と真摯に向き合っているとは認めがたい。他方で,被告人は,元妻との離婚に伴い被害者を引き取り,被告人なりに被害者に対する愛情を持って接していた側面も皆無ではないこと,これまで前科前歴がないことなどの事情も存在する。
7 そこで,以上の諸事情を総合し,同種事案の量刑傾向も勘案して,被告人に対しては主文のとおりの刑に処するのが相当であると判断した。
(求刑-懲役5年)
(裁判官 寺尾亮)