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さいたま地方裁判所 平成23年(ソ)11号 決定 2011年9月05日

抗告人

所沢市長 X

同代理人弁護士

田中重仁

主文

一  原決定を取り消す。

二  抗告人を処罰しない。

三  原審の手続費用及び抗告費用は国庫の負担とする。

理由

一  抗告の趣旨及び理由

抗告の趣旨は主文と同旨であり、抗告の理由の概要は、別紙抗告理由書(写し)記載のとおりである。

二  当裁判所の判断

(1)  一件記録によれば、以下の事実が認められる。

ア  平成一八年五月一九日、A(以下「A」という。)は、当時の所沢市長に対し、婚姻による新たな本籍地を埼玉県所沢市<以下省略>とする旨の届出(以下「本件届出」という。)を提出した。その際、Aの配偶者は日本国籍を有しない者であったが、Aは国籍を証明する書類(以下「国籍証明書類」という。)を添付せず、当時の所沢市長も特段上記書類の提出を要請することなく、配偶者の国籍を中国とした上で本件届出について受理決定を行い、Aについて新たな戸籍を編製した。

イ  同月二二日、当時の所沢市長は、Aの従前の本籍地が所在する入間市長に対し、Aから受領した書類一式(以下「本件届出書類」という。)を送付した。そうしたところ、入間市長は、国籍証明書類が添付されていないためにAの従前の戸籍の除籍処理(以下「本件除籍処理」という。)を行うことができないとして、平成一八年六月二日、当時の所沢市長に対し、本件届出書類一式を返送した。

ウ  その後、所沢市の職員が、Aに対し、配偶者の国籍証明書類を提出するよう求めたもののAが応じなかったたため、当時の所沢市長は、所沢市を管轄するさいたま地方法務局所沢支局(以下「所沢支局」という。)に対し、本件除籍処理に関する対応について助言を求めた。そうしたところ、所沢支局は、当時の所沢市長に対し、Aに対して引き続き国籍証明書類の提出を促すよう助言した。そこで、その後も、所沢市の職員において、Aに対して国籍証明書類を提出するよう求め続けたものの、Aから国籍証明書類の提出を受けることはできず、その後、Aと音信不通となったために、本件除籍処理に関する手続は進められなかった。

エ  抗告人は、平成一九年一〇月三〇日、所沢市長に就任した。

オ  平成二二年一一月及び一二月ころ、Aが所沢市役所の市民課に離婚届用紙の交付を求めて来庁したのを契機に、抗告人が、所沢支局に対し、改めて本件除籍処理に関する対応について助言を求めたところ、所沢支局の回答は、Aに対し国籍証明書類の追完を促すか、入間市長に対し除籍処理を進めるよう求めるべきであるとの内容であった。

カ  平成二二年一二月一六日、所沢市の職員が、再度入間市に対し本件除籍処理を進めるよう要望したところ、入間市においては、従前どおり国籍証明書類の添付がない状態では本件除籍処理を進めることができないとの回答であった。その後も、所沢市と入間市との間でこの点について協議が重ねられたものの、入間市は一貫して国籍証明書類の提出が必要であるとの態度であり、本件除籍処理は進められなかった。

キ  平成二三年四月一二日、抗告人は、所沢支局から、入間市長に対して本件除籍処理を依頼するようにとの指示を受けた。そこで、抗告人は、同月一三日、入間市長に対し、本件除籍処理を依頼した。

ク  同月一三日、入間市長が、所沢支局に対し、本件除籍処理の可否について照会したところ、所沢支局から、処理して差し支えない旨の回答を得た。そこで、入間市長は、抗告人に対し、所沢支局の指示により本件除籍処理を進める予定である旨連絡した。

ケ  同年五月二日ころ、抗告人は、Aに対し、国籍証明書類の提出を促す内容の通知を送付したが、結局、Aから国籍証明書類は提出されなかった。

コ  平成二三年五月一七日、入間市長において、本件除籍処理が行われた。

(2)  届出人の従前の本籍地と異なる市町村の市町村長が婚姻による新たな本籍地の届出を受理した場合には、当該市町村長は婚姻による新たな戸籍を編製した後、従前の戸籍の除籍手続を行うために、従前の本籍地の所在する市町村の長に対して届書及び申請書の一式を送付しなければならず(戸籍法施行規則二六条)、その後は、従前の本籍地の所在する市町村長がこれを受理して除籍等の手続を行うものとされる(戸籍法施行規則二〇条、二一条、二四条)。したがって、本件において、Aの従前の戸籍の除籍に係る戸籍事務(本件除籍処理)を管掌するのは、従前の本籍地の所在する市町村長である入間市長であり、本件届出を受けた当時の所沢市長及び抗告人(以下、特に断らない限り、これらの者を区別せず「所沢市長」という。)は、本件除籍処理に係る戸籍事務を直接行う権限を有していなかったものと解される。また、いったん戸籍の記載がなされた場合には、当該届出に係る戸籍の記載内容に錯誤や遺漏等がない限り戸籍を職権により訂正することはできないところ(戸籍法二四条参照)、本件の場合、戸籍上の配偶者の国籍に錯誤があったとまでは確認されていないから、所沢市長が職権により新たな戸籍を事後的に訂正等することはできなかったと解するのが相当である。これらのことからすれば、本件届出を受理した所沢市長としては、入間市長に対して本件除籍処理を行うことを事実上依頼するか、Aに対して国籍証明書類の提出を求めるほかに、Aの複本籍状態を解消する方法はなかったものと認められる。そして、上記のとおり、所沢市長は、本件届出を受理した直後から、入間市長に対し、本件除籍処理を進めるよう度々求めていたものの、入間市長は、一貫して国籍証明書類の提出がない限り本件除籍処理を進めることはできないとの態度であり、所沢市長から助言を求められた所沢支局も、当初はAから国籍証明書類の提出を受けるか、入間市に本件除籍手続を進めるよう依頼すべきであるとの回答を繰り返していたことや、他方で、所沢市の職員がAに対して再三国籍証明書類の提出を求めていたにもかかわらず、Aは一向に国籍証明書類を提出せず、そのうちに音信不通となるなど、A自身も本件除籍処理を進めることについて非協力的な態度をとり続けていたことからすれば、本件届出の後、五年近くにわたり本件除籍処理が行われず、結果的にAについて複本籍状態が続いたことについてもやむを得ない事情があったものといえる。そして、このような状況の中、所沢市長としては、上記のとおり、入間市長に対し本件除籍手続を進めるよう依頼したり、Aに対して国籍証明書類の提出を促すなど、採り得べき手段を一応尽くしていたものと認められるから、抗告人の上記一連の対応が、戸籍事件について職務を怠ったものであるということはできない。また、本件全証拠によっても、他に抗告人が戸籍事件について職務を怠ったと認めるに足りる事情は認められない。

三  結論

以上のとおりであるから、抗告人を過料に処した原決定は相当でなく、本件抗告は理由がある。

よって、原決定を取り消し、本件につき抗告人を処罰しないこととし、手続費用の負担について非訟事件手続法一六二条四項、五項を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 藤下健 裁判官 村主幸子 濵辺麻由)

別紙 抗告理由書

本件は抗告人の行為が戸籍法第一三七条第五号の「戸籍事件について職務を怠ったとき」に該当するか否かの事件である。

第一、本件はいかなる「戸籍事件」であったのか、そのことの十分な理解なしには正確な判断はできないので、以下に検討する。

一、経過

A氏(以下、「A氏」という)が所沢市役所に提出した「婚姻による新本籍を所沢市にする」旨の届け出は報告的な届出であって、創設的な届出ではない。つまり、婚姻は既に成立しており、所沢市への届出によってA氏の婚姻が成立したものではない。

A氏は婚姻当時のそれまでの本籍地である入間市役所への届出か、自らの所在地である所沢市への届出かを選択できた(戸籍法二五条)ところ、所沢市を選択した。その際に配偶者が日本国籍を有しない方であったために、届出の際には配偶者の「国籍を証明する書類」の添付が必要であったところ、所沢市役所の担当者はその添付がないままに受付し、かつ受理決定し、戸籍を編製した。なお、所沢市役所は当該戸籍にはA氏の配偶者の国籍事項を婚姻届書記載のとおり中国と記載した。

二、所沢市役所における上記編製された戸籍の効力

A氏が所沢市に本籍を定める意思を有していたことは明白である。その意思に従って所沢市役所においてA氏の報告的届出は受理され、A氏の新たな戸籍が編製されたのである。このことにより、所沢市役所におけるA氏の本籍は真正に成立した。配偶者の国籍を証する書面の欠缺は当該戸籍の真正な成立を妨げないと言うべきである。

さて、所沢市役所の戸籍担当者はA氏の配偶者の国籍を証する書面の不足を認識してはいなかったけれども、認識していたら受理すべきでなかったであろうか。この点については後に「五」項において検討することにする。

三、所沢市役所においてA氏の本件申請を受理した後は所沢市役所においては戸籍法第四五条に規定する「届出の追完」を適用してA氏の配偶者の国籍を証する書面の追完を求めることができるか否かを検討する。

当該条文は「届出に不備があるため戸籍の記載をすることができないとき」に適用されるものである(甲一、四二五頁後ろから五行目以下参照)。

本件は新戸籍の編製が終了し、「戸籍の記載」は終わっているので、「戸籍の記載をすることができないとき」には該当しない。

従って、本件においては戸籍法四五条を適用して所沢市役所がA氏に対して配偶者の国籍を証する書面の提出の追完を求めることはできないと言わざるを得ない。

所沢市役所の担当者がA氏に対して配偶者の国籍を証する書面を求めたのは戸籍法四五条に基づいた行為ではなく、事実上のお願いであった。それは後に論述するが、法律上は入間市の戸籍の管掌者である入間市長の下で勤務する入間市役所の戸籍担当者の職務である。それを、受理の時点において書類の不備を見落とした所沢市役所の担当者が(恐らく責任を感じて)事実上行ったことである。

四、次に、本件が「戸籍の記載が法律上許されないものであること又はその記載に錯誤若しくは遺漏があることを発見した場合」(戸籍法二四条)に該当するかを検討する。該当するとすれば同条の「職権による戸籍訂正」が適用されることになるからである。

A氏から配偶者の国籍を証明する書類が提出されないので、配偶者の国籍が中国であると確認されてはいないが、A氏の所沢市役所担当者に対する説明によれば配偶者は中国国籍であることがほとんど間違いないと思われる(原審に提出された抗告人の陳述書四頁以下の「経緯」ご参照)。いずれにせよ、中国国籍ではないとは確認されていない事は明白である(ちなみに、昭和三九年六月一九日民事甲第二〇九七号民事局長通達により、中国に関しては中国本土及び台湾を区別することなく、すべて中国と表示することになった。甲一の三一二頁参照)。つまり、所沢市役所の当該記載(A氏の配偶者の国籍を中国としたこと)が「錯誤」であると言うことはできないのである。従って、本件の受理の日時である平成一八年五月一九日から入間市役所の除籍時である平成二三年五月一七日の間のどの時点をとっても所沢市役所は戸籍法二四条に規定する「職権による戸籍の訂正」は法律上不可能であると言うほか無い。

五、そもそも、本件は届書に不備があった事例と言えるかどうか問題である。添付書類の不備にすぎないからである。

しかし、これを届書の不備と解したとして、甲第一号証によれば戸籍法四五条の解釈上「届書の一部に不備があっても、戸籍の記載をすることができる事項については、戸籍の記載をし、戸籍の記載をすることができない事項については、追完の届け出により記載すべきものとされる(大正、五、一九民七九三号法務局長回答)(甲一、四二六頁)。従って、本件において配偶者の国籍を証する書類の提出が無くとも受理すべきケースであったと考えられる。何故なら、A氏は中国において婚姻しており、その報告的届出を所沢市役所にしたのであるが、ここで重要なことは既にA氏が婚姻したという事実を戸籍上明示し、戸籍謄本を取ったときに既婚者であることが分かることである。その時点において入間市役所において戸籍謄本を取っても配偶者がいる事は分からないのみならず、逆に独身者との認識に至ることは当然である。重婚を避ける為には速やかに報告的届出を受理することこそ肝要であると言わなければならないであろう。従って、A氏の届出に配偶者の国籍を証明する書類の添付が無いまま本件報告的届出を受理したことは、結果的には、正しかったと言うべきであろう。

戸籍法三四条の二項には「市町村長は、特に重要であると認める事項を記載しない届書を受理することができない」とあるが、本件における届書にはA氏の配偶者の国籍(これが特に重要な事項かどうかはさておき)の記載はなされているのであるから、本条によっても本件は「受理することができない」場合には該当しない。このことも、本件において「受理」したことを正当であると判断する根拠になるであろう。なお、同条の解釈として「軽微な事項の記載を欠く場合に、常にその欠缺を理由として届出の受理を拒否することができると解することは妥当でない」(甲一、三七八頁)とされていることも参考になる。さらに言えば、日本人が外国の方式によって婚姻し、その報告的届出がされた場合に、当該日本人について我が国の民法の定める実質的要件に違背している場合もありうるが、かような場合であっても当該婚姻はすでに外国の方式によって成立しているので、その婚姻について取り消し事由があっても、そのことを理由に報告的届出の受理を拒むことができないとされている(大一五・一一・二六民事八三五五号回答)(甲四、一八三頁)ことの比較からいっても、今回の配偶者の国籍を証する書面の不添付を理由として受理拒否はありえないというべきである。

六、次に戸籍法第四五条に規定される「届書の追完」をA氏に求めるべきはどこの役所であったかを検討する。

上記二に記載したとおり、所沢市役所はA氏の新戸籍の編製を平成一八年五月一九日にし終わったのであって、戸籍法四五条の「戸籍の記載をすることができない」場合には当たらなくなっていた。ところで、戸籍法四五条の適用は「他の市町村長から送付された届け書についても、本条が適用されるし(大正三、五、一九民七九三号法務局長回答 大正三、一二、二八民一一二五号法務局長回答 大正四、六、二五民五一九号法務局長回答)、届書に添付すべき書類がないため、又は添付書類に不備の点があって、戸籍の記載をすることができない場合にも、本条は適用される」(甲一、四二三頁)というのである。まさに本件の事案にぴったりと当てはまる。つまり、所沢市長からA氏の除籍の為に送付された書類にA氏の配偶者の国籍を証する書類の添付がなかったのであるから、入間市長は戸籍法四五条によってA氏に対して当該書類の「追完をさせなければならない」のである。これは「追完させることができる」規定ではなく、「追完させなければならない」規定である。

結局、入間市長がA氏に関する所沢市長からの除籍のための書類を「添付書類不備」を理由にして返戻したことが誤りであったと言わなければならない。所沢市長には戸籍法四五条により書類の追完をもとめる権限も、戸籍法二四条による職権による戸籍の訂正をする権限もないからである。

七、法務局の対応

所沢市役所は入間市長から書類の返戻を受けた直後にA氏に連絡して不足書類の提出について依頼をした。しかし、A氏には理解を得られなかったところ、その直後に「当該事件の処理方法につき、さいたま地方法務局所沢支局に電話で助言を求めた」(原審における陳述書五頁一四行目以下)が、法務局の担当者は「国籍を証明する書類を添付していただくように」と指示したのみであった。それができない状況だから助言を求めたのに対しての指示としては何の意味もない指示であった。

しかし、平成二二年一一月以降の新たな状況下において相談を受けた法務局は平成二三年四月一二日に所沢市に対して「当該婚姻届書一式を入間市に持参して除籍処理を依頼するように」指示をした。所沢市役所は当該指示に従って翌一三日に入間市役所に除籍処理を依頼した。翌一三日に入間市長は法務局に対して本件につき「婚姻届の謄本が送付されましたが、国籍証明書の添付がなく、処理について疑義がある」として婚姻届処理照会を行い、法務局から「処理して差し支えない」との回答を得ている(甲五)。その結果、入間市長は除籍処理をしたので、A氏の複本籍状態は解消した。

上記の通り、法務局は所沢市役所に対して職権による戸籍の訂正を指示するのではなく、入間市役所に除籍を指示したのであるが、これは上記第一において検討した内容から見て正しい指示と言える。即ち、所沢市役所において本件届書を受理した後の対処としては入間市役所において除籍することが複本籍状態の解消の唯一の適法な方法なのであるからである。入間市長は平成二二年一二月一六日に所沢市職員が入間市役所市民課を訪れA氏の除籍をお願いしたが、受けられないとの態度であった(原審における抗告人陳述書七頁)。従って、平成一八年五月一九日のA氏の婚姻届提出時から法務局の指導を受けて態度を変更するまで入間市長は一貫して除籍を拒んでいたのであって、その間に抗告人ができることはないと言わざるを得ないのである。

入間市長が早い時点において法務局に処理照会をしなかったことが悔やまれる次第である。更に言えば、平成二三年四月二五日に所沢市役所担当者と法務局担当者の相談の際の法務局の担当者の見解によれば、本件の配偶者の国籍は「所沢市が婚姻届を受理した時点に中国と確定した、所沢市が認定したのであって、国籍について疑義は生じていない、従ってこの戸籍には訂正すべき記載はない」とのことである(甲二参照)。

つまり、この法務局の見解も抗告人の上記一乃至六の記述に整合する。

八、その他の事実

(1) 入間市からの一件書類の返戻は平成一八年六月一日付で、所沢市役所に二日に到達している(甲三)。なお、A氏の所沢市役所における戸籍全部事項証明書の発行の事実であるが、入間市役所からの書類の返戻の前の平成一八年五月二五日に発行の事実がある。

(2) 所沢市の担当者はA氏の配偶者が近く日本に入国すると推察し、その場合は外国人登録を行う際に戸籍係は配偶者の国籍を確認できることから、届出書の補正処理ができると判断し、保管した経緯がある。

第二、原審判断の誤り

一、原審は「もっと早い段階でAの協力に見切りをつけ、さいたま地方法務局所沢支局の指導を受けて職権で複本籍状態を解消すべきであった」(原審決定書二頁下三分の一)と記載する。ここの記述は所沢市長が職権で所沢市役所におけるA氏の戸籍を除籍できることを前提にしていると考えられる。さもなければ「職権で複本籍状態を解消」すべきとは記載しないであろう。

二、それでは、所沢市長はA氏の所沢市における本籍を除籍できるのであろうか。答えは否である。理由は上記「第一」にて検討したとおり、本件においては添付書類の不備があったとはいえ、所沢市はA氏の申請を受理し、戸籍を編製したのであって、A氏の申請意思には全く問題がないのであるから、当該戸籍は真性で正当なものなのである。従って、所沢市長は複本籍状態を認知したとしても戸籍法二四条を適用するなどして、職権をもって所沢市におけるA氏の戸籍を除籍にはできないものと言わざるを得ない。また、戸籍法第二四条は本件複本籍状態を解消するためには利用できないことも既述のとおりである。

三、つまり、本件複本籍状態を解消するには入間市長が入間市役所にあるA氏の本籍を除籍する以外に法律上方法は無く、実際にも今回の複本籍状態解消に至った方法も法務局の指導により入間市長がA氏の本籍を除籍して行われたのである。申請を受理した時点の添付書類を確認しなかった問題と、複本籍状態の解消の問題は論点を異にする問題なのである。

結局、所沢市長において所沢市役所にあるA氏の戸籍を職権で除籍することは法律上はありえない、とってはならない方法なのである。

いずれにせよ、所沢市長において本件本籍を職権除籍することは法律上不可能である。従って、原審決定のいうところの「職権で複本籍状態を解消す」ることは不可能である。ところで原審は「職権で複本籍状態を解消すべきであった」と言うが、原審決定書を読む限り、抗告人が本抗告理由書の「第一」において検討したごとき戸籍法の検討を行なった過程は伺われず、ただ漠然と所沢市長が職権で本件複本籍状態を解消できると考えて決定したとしか読めない。原審決定書に複本籍状態の解消の方法について全く記述が無いのは、原審裁判官がその方法を意識していないからであるとしか考えられない。

四、なお、所沢市役所は本件届を受理した後に、入間市長宛に婚姻届書謄本等の書類を送付したが、入間市長はこれを返戻してきた。この返戻が適切でなかったことは既に述べたところである。さて、その後、法務局による意味のない指導(国籍を証する書面を提出してくれないのでどうすべきかとの質問に対して、国籍を証する書面を提出してもらうようにとの指導)が有った後に、所沢市役所の担当者が、A氏から配偶者の国籍を証する書類の提供はないけれども、近くA氏の配偶者が来日するであろうから、その際に外国人登録するから、国籍を確認できると考えて関係書類を保管していたことは責められるべきことではない。

既述のとおり、入間市長は平成一八年五月から継続して本件届出について「受け付けず戸籍処理を行わない」旨の意思を明確に表示している。かような状況において抗告人の戸籍事務管掌者としての職務として何をなすべきと言うのであろうか。

原決定は取り消されるべきである。

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