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さいたま地方裁判所 平成23年(ワ)3573号 判決 2014年5月29日

原告

X1<他1名>

原告ら訴訟代理人弁護士

金木健

角川誠

被告

医療法人Y

同代表者理事長

同訴訟代理人弁護士

薄井昭

同訴訟復代理人弁護士

中野久利

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求の趣旨

一  被告は、原告X1に対し、二九〇〇万円及びこれに対する平成二二年八月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告X2に対し、二九〇〇万円及びこれに対する平成二二年八月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  仮執行宣言

第二事案の概要

本件は、当時約二歳一か月であったB(以下「亡B」という。)が、平成二二年八月一八日(以下、平成二二年八月一八日に起こった事柄については年月日の記載を省略し、時間のみ記載することがあり、平成二二年のことは年を省略する。)、被告の開設するa病院(以下「被告病院」という。)を受診し、診察したC医師(以下「C医師」という。)によってb小児病院へ搬送されたが当該搬送中に心肺停止し、b小児病院からさらにさいたま小児医療センター(以下「小児医療センター」という。)に搬送されたものの、その後まもなく横隔膜ヘルニアを原因とする呼吸不全で死亡した事案である。亡Bの遺族である原告らは、C医師には、実際の経過より早期に亡Bをb小児病院ではなく小児医療センターへ転送すべき義務があったところ、C医師が同義務に違反したため亡Bが死亡したとして、C医師を雇用する被告に対し、債務不履行責任もしくは不法行為責任に基づき、亡Bが死亡したことにより生じた損害の賠償及びこれに附帯する遅延損害金の支払を求めた。

一  前提事実(当事者間に争いのない事実又は後掲の証拠及び弁論の全趣旨によって容易に認められる事実)

(1)  当事者

ア 亡Bは平成二〇年○月○日生まれ(当時約二歳一か月)の男児であり、原告らは亡Bの両親である(以下、原告X1を「原告父」と、原告X2を「原告母」とそれぞれいう。)。

イ 被告は被告病院を開設しており、被告病院は内科・外科・整形外科・泌尿器科・婦人科・小児科・リハビリテーション科を標榜している第二次救急指定の総合病院(常勤医師数五名、非常勤医師数一九名)である。被告病院には入院施設を備えた小児科があるものの、入院患者を扱っておらず、小児救急病院ではない(C医師三七、三八頁)。

(2)  関係者、関係機関

ア C医師は被告病院小児科で勤務する医師であり、昭和六一年六月に医師となり、平成二年一一月に日本小児科学会認定医の、平成一八年一二月に同会専門医の各資格を取得し、平成二二年当時、二〇年以上の臨床経験を有していた。被告病院の小児科医師は常勤、非常勤含めてC医師だけである(乙A三)。

イ b小児病院(住所<省略>)は第二次救急指定の総合病院で、小児救急体制を有するが、小児外科は標榜していなかった。被告病院からの距離は約五キロメートルで、救急車でせいぜい一〇分程度である(概ね争いがない。)。

ウ 小児医療センター(住所<省略>)は、第三次救急指定の総合病院で、小児外科も標榜する。被告病院からの距離は約二五キロメートルあり、救急車で三〇分強である(概ね争いがない。)。

(3)  亡Bの診療経過等

被告病院における亡Bの診療経過の概要は、以下のとおりである(以下は争いのない事実か証拠(甲A三ないし八、A一〇、乙A一ないしA三(枝番含む。))により認められる。詳しい診療経過は、第三の一(1)において判断に必要な限度で記載する。)。

ア 亡Bは八月一七日の夕方から腹痛を訴え、翌一八日の朝になっても腹痛を訴えたため、原告らは亡Bを連れて被告病院を受診した。

イ 午前九時五分ないし一〇分頃、C医師が亡Bを診察した。

ウ 午前九時一七分頃、C医師はb小児病院へ電話をし(以下、当該電話を「電話①」という。)、亡Bの受入れを依頼した。

エ C医師は電話①の後すぐにレントゲン撮影の手配を行い、午前九時三七分から四〇分頃、亡Bは被告病院において胸腹部レントゲンの撮影(胸部坐位側面、同正面(AP)、腹部臥位及び立位)を受けた(これらの時刻は現像が終了した時刻である。)。同レントゲンの画像から、横隔膜ヘルニアが疑われた。

オ 午前九時四五分過ぎ頃、C医師はc市消防署へ電話をかけて出動を要請し、同五〇分に救急車が被告病院に到着した。

カ 午前九時五一分に亡Bは救急車に収容され、救急隊員が同五三分頃b小児病院へ架電したが、b小児病院から、亡Bの受入れはまだ決まっていないと返答された(甲A一の救急活動記録票)。

キ その後すぐにC医師はb小児病院へ架電した(以下、当該電話を「電話②」という。)。

ク 午前一〇時一一分頃、亡Bを乗せた救急車が被告病院を出発したが、同一八分頃、救急車の中で亡Bの心肺が停止した。

ケ 午前一〇時二一分頃、亡Bを乗せた救急車はb小児病院に到着した。同二四分頃からb小児病院での治療が開始され、心臓マッサージ、バギングによる送気を行った後気管挿管を行い、酸素一〇Lの送気を行った。末梢の血管が確保できず、骨髄針にてラインを確保し、生理食塩水約二〇〇mlを点滴投与した。

午前一〇時二九分頃にはボスミンを静脈注射にて投与し、同三二分、三八分、四〇分頃、四八分にも同様に投与したところ、心電図上心室細動があったが心拍再開までは至らなかった。

ボスミン投与の最中には、胃管を挿入して適宜空気抜きも行った。

コ 午前一一時五分頃、亡Bを緊急手術のできる小児医療センターへ搬送するため、救急車はb小児病院を出発した。医師も同乗した。

午前一一時二〇分頃車内でボスミンの静脈注射を行った。

サ 午前一一時二三分頃、亡Bを乗せた救急車が小児医療センターへ到着した。到着時心肺停止の状態で、末梢にはチアノーゼが見られ、瞳孔は七mm大に散大し、対光反射はなかった。胸腔の減圧、心肺蘇生を持続させ、ボスミンを静脈注射したが反応はなく、午後〇時一五分頃、亡Bの死亡が確認された。

シ 同日昼過ぎに小児医療センターからb小児病院に対し電話連絡があり、亡Bは横隔膜ヘルニアと穿孔であったことが伝えられた(甲A九の七頁)。亡Bの罹患していた横隔膜ヘルニアは、遅発性小児Bochdalek孔ヘルニア(以下「遅発性先天性横隔膜ヘルニア」と記載することがある。)であった(争いがない。)。

ス 亡Bについては、原告らが望まなかったため、解剖はなされなかった。

セ 同年一一月一七日、原告父がb小児病院を訪れ、転送の経緯等について質問した(甲A九の九、一八頁、乙B六)。

二  争点

(1)  C医師に、午前九時一五分(診察終了後)までに小児医療センターに連絡し、亡Bを小児医療センターに速やかに転送すべきであったのに、これを怠った過失があったか否か。

(2)  C医師に、遅くとも午前九時四五分(レントゲン撮影及び現像終了後)までに亡Bを遅発性先天性横隔膜ヘルニアと確定診断し、小児医療センターへ速やかに搬送すべきであったにもかかわらず、これを怠った過失があったか否か。

(3)  争点(1)の過失及び争点(2)の過失と亡Bの死亡という結果との因果関係

(4)  損害額

三  争点に関する当事者の主張

(1)  争点(1)(C医師に、午前九時一五分(診察終了後)までに小児医療センターに連絡し、亡Bを小児医療センターに速やかに転送すべきであったのに、これを怠った過失があったか否か。)について

ア 原告らの主張

(ア) 注意義務の内容

C医師の診察開始から午前九時一五分までに亡Bについて認識できた所見は、① 前日夕食後以後の腹痛の訴え、食欲消失、便秘、② 体温三八・一度、③ 脈拍一一二回/分、④ 呼吸七〇回/分、呼吸促迫(+)、⑤ パルスオキシメーター表示酸素飽和度八九%(室内空気下)、⑥ 胸部水泡音(湿性ラ音)(-)、⑦ 喘鳴(-)、⑧ 顔色不良(蒼白)、チアノーゼ(+)、⑨ 腹部膨隆であった。

このように、亡Bは呼吸困難ではあるが胸部は清明であり、持続的な腹痛の訴えと腹部膨隆が認められるのであって、亡Bには何らかの腹部の疾患があってこれが原因で呼吸困難を起こしていると推測できる。亡Bの状態は容態が急変し得る状態であり、緊急手術を必要とする腹腔内臓器の病変(急性腹症)と診断することができる。そして、急性腹症の原因には横隔膜ヘルニアを含むヘルニア嵌頓が挙げられるところ、上記のような急性の呼吸不全の症状も併せ考えれば、C医師には亡Bが罹患している疾病としては横隔膜ヘルニアの可能性が高いと診断できたし、またすべきであった。

上記の診断をもとにC医師は、呼吸循環管理が行え、手術やあらゆる状況に対応が可能な施設に早急に亡Bを転送すべきであった。すなわち、横隔膜ヘルニアと確定診断がつかなくても、急性腹症を疑えば、開腹手術を行う可能性があるので外科医にコンサルトすべきであり、外科と内科の双方の対応ができる病院、具体的には小児医療センターへ連絡し、転送すべきであった。

(イ) 義務違反

C医師は上記の諸症状を認識しながら同諸症状が急性腹症を示す症候であることを見落とし、外科的対応の必要性を初期に排除したのであり、診断における上記義務違反は明らかである。

さらに、C医師は午前九時一七分頃小児医療センターではなくb小児病院へ連絡したから、診断に基づく処置の点でも上記義務違反があったことは明らかである。さらに言えば、電話①でb小児病院は亡Bの受入れを事実上断った、ないし小児医療センターへの転送を推奨したにもかかわらずC医師が受入れを強要したために、b小児病院は受入れの可否を決めるためやむなくレントゲン撮影を依頼し、C医師がこれに応じてレントゲン撮影を行ったことで約二〇分間が無駄に費やされた。しかもその間、C医師は救急車を呼ぶことさえしなかったので、気道確保や酸素吸入はおろか何らの検査さえされずに亡Bが放置される結果となった。これらのことはC医師の注意義務違反の程度を加重する事情にあたる。

イ 被告の主張

争う。亡Bが被告病院を受診した時点で、亡Bは生後二年と四〇日であり既に乳児期も過ぎていたのであって、この時期でのボクダレックヘルニアの発症は稀であり、診断も困難である。C医師は家族からの聞き取りで便秘が五日間も続いているとの報告があり、腹部に軽膨隆を認めても直ちに横隔膜ヘルニアに思い至らなくてもやむを得ない。

原告らは横隔膜ヘルニアの確定診断ができなくても呼吸管理を行えて手術やあらゆる状況に対応が可能な施設に早急に転送する必要があると判断すべきであると主張するが、当時の亡Bは重篤な呼吸循環不全であり、原因疾患に対する処置を行う余裕はなく、当該重篤な呼吸循環不全に対処すべき状況だったのであり、そのような状況下では、小児医療センターよりも早期に転送できるb小児病院に転送したのは適切な処置であった。すなわち、受診時の亡Bの全身状態は極めて悪く、顔面蒼白、チアノーゼが生じ、重症の呼吸困難状態となっていたが、被告病院では小児科医が一名だけで、輸液のラインを取り、気管送管、レスピレーター(人工呼吸器)管理を行うことができないため、それらの処置ができ、最も早く転送できるb小児病院への転送を決意したのである。したがって、この時点で搬送に三〇分以上かかる小児医療センターへ連絡し、転送すべき義務はない。

さらに、原告らは被告病院でレントゲン撮影をしたことがC医師の注意義務違反の程度を加重する事情にあたると主張するが、当該主張は事実経過を踏まえない主張である。すなわち、電話①においてb小児病院の医師は亡Bの受入れを決めその旨をC医師に伝えたが、b小児病院では当時レントゲン技師がお盆休みで不在であったためC医師に対し被告病院におけるレントゲン写真の撮影を求めたにすぎず、受入れを決めるためにレントゲン撮影を求めたのではない。C医師は、その時点で小児医療センターに架電してもすぐに亡Bを受け入れてもらえるとは限らず、また、レントゲンにかかる時間を考慮しても、b小児病院に転送する方が早いと考えた。C医師としては、正確な呼吸循環不全の処置のためレントゲン撮影が必要となると分かっており、レントゲン撮影をせざるを得なかったのである。

(2)  争点(2)(C医師に、遅くとも午前九時四五分(レントゲン撮影及び現像終了後)までに亡Bを遅発性先天性横隔膜ヘルニアと確定診断し、小児医療センターへ速やかに搬送すべきであったにもかかわらず、これを怠った過失があったか否か。)について

ア 原告らの主張

(ア) 注意義務の内容

被告病院においては、午前九時四五分までに亡Bのレントゲン撮影及び現像が終了した。レントゲン画像によれば、亡Bを横隔膜ヘルニアであると確定診断できる。

横隔膜ヘルニアと診断できれば、できるだけ早く手術と呼吸管理を行える施設に転送すべきである。外科的処置を措くとしても、横隔膜ヘルニアに対して小児内科的になすことがあるとすれば、それは胃腸管内へ送管して胃内の内容物を吸引して胸腔内へ入った胃腸を縮小させ、肺への圧迫を減少させて呼吸状態を改善させることであるが、こうした処置は胃腸の破裂及び穿孔という危険性を伴うので、手術のできる小児外科医のいる病院でしか有効になし得ない。

これらの処置は、小児医療センターでは行い得るがb小児病院では行い得ないのであるから、C医師はできるだけ早く小児医療センターに亡Bを転送すべきであった。

(イ) 注意義務違反

C医師は、レントゲン撮影後もb小児病院への転送に拘泥し、実際にも亡Bを同院へ転送したのであり、上記義務違反は明らかである。すなわち、電話①によってレントゲン撮影の結果をb小児病院へ知らせることになっていたにもかかわらず、それすら行わずに救急隊員に任せ、結局b小児病院から受入れを断られたため、C医師は電話②をかけて事実上亡Bをb小児病院へ押しつけた。C医師の一連の行動によって、救命のために貴重な時間を無駄にしたのであって、C医師の義務違反の程度は重大である。

イ 被告の主張

争う。受診時の亡Bの全身状態は極めて悪く、顔面蒼白、チアノーゼが生じ、重症の呼吸困難状態となっていたが、被告病院では小児科医が一名だけで、輸液のラインを取り、気管内挿管、レスピレーター(人工呼吸器)管理を行うことができないため、それらの処置ができ、最も早く転送できるb小児病院への転送を決意したことは上記(1)と同様である。

レントゲン画像を前提とすると、亡Bの症状は単なる遅発性胸腹裂孔ヘルニアではなく、胃及び消化管が左胸腔内に嵌頓、絞扼され、気道内圧の非常な亢進が認められる状態であって、一刻も早い胸腔内圧の減圧、気管内挿管による気道確保及び肺胞の愛護的人工呼吸、血管確保による循環の回復等の処置が必要と考えるのが当然であるところ、これらの処置はb小児病院でなし得る処置である。したがって、C医師にはレントゲン写真を精査する時間はなかったものの、より早く転送できるb小児病院への転送を考えたことは、レントゲン画像からも正しかったのである。

原告らは、レントゲン撮影後もC医師がb小児病院への転送に拘泥したために救命の機会を逸したと批判するが、当該主張は実際の事実経過に反する主張である。b小児病院が、電話①で亡Bの受入れを承諾しておきながら午前九時五一分頃、救急隊員の話を聞いて受入れを断ったのは、レントゲン撮影の結果横隔膜ヘルニアの疑いがあると聞き、外科的治療を想定したからであると思われるが、これはC医師には予期できないことであった。したがって、結果的にb小児病院に搬送するのが遅くなったものの、これは結果論にすぎず、電話②を打ち切って小児医療センターへ転送すべき義務があったとは考えられない。

(3)  争点(3)(争点(1)の過失及び争点(2)の過失と亡Bの死亡という結果との因果関係)について

ア 原告らの主張

(ア) 前提

本件のような遅発性の横隔膜ヘルニアの場合、患児が新生児ではないため肺の低形成や合併症が少なく、時機を逸せずに手術を行えば予後は良好とされているのであって、適時に適切な治療がなされれば救命の高度の蓋然性が存する。

(イ) 争点(1)の過失と結果との因果関係

被告病院から小児医療センターまでは、救急車を利用すると三〇分程度を要する。亡Bは午前一〇時一八分に心肺停止しているが、被告病院が午前九時一五分頃までに救急車を要請すれば、亡Bが心肺停止する時刻以前である午前一〇時頃までに小児医療センターに到着することは十分に可能だったのであって、亡Bを救命し得る高度の蓋然性が存する。付言すれば、午前九時一五分頃に即座に救急車を要請して亡Bを収容していれば、その間酸素投与と気道の確保がなされたはずであり、その意味においても亡Bの心肺停止は防げたはずである。

(ウ) 争点(2)の過失と結果との因果関係

レントゲン撮影終了後の午前九時四〇分の時点でも、即座に消防署に入電すれば亡Bの心肺停止前ないしその直後の午前一〇時二〇分頃までに小児医療センターに到着することは可能であった。

亡Bは午前一〇時一八分に心肺停止したが、b小児病院における救命措置によって一旦心拍が戻ったのであって、このことを考慮すると、b小児病院への受入れの交渉にかかった時間・同病院への搬送・同病院での措置・同病院から小児医療センターへの搬送に要した時間を省いて小児医療センターにおいて蘇生術を開始していれば奏功していた可能性が高い。すなわち、心肺停止後でも五分以内であれば脳の損傷は回避でき、それまでに胸腔内の減圧によって呼吸を蘇生させることができれば救命の高度の蓋然性があった。

イ 被告の主張

争う。被告病院で撮影したレントゲン写真によると、左胸腔全体を占める巨大な胃泡と鏡面像とその後方に拡張した結腸像が認められ、左肺は上方に強く圧迫されている。心臓は強く右方に偏位し右気管支は空気が充満し右方に圧迫、伸展し、右肺も強く圧迫され気道内圧が極めて亢進していることが示唆される。これは、胃、結腸が左胸腔内に嵌頓し絞扼されている像であり、単なる遅発性ヘルニアで消化管が胸腔内に嵌入し、胸腔内圧が上昇した為の呼吸困難ではなく、胸腔に嵌入した臓器がヘルニア門で強く絞扼されているための消化管循環不全(腸捻転と同じ)と強い呼吸抑制を示しているといえる。

亡Bは八月一七日夕食直後から横隔膜ヘルニアを発症し、被告病院に来院するまでの約一四時間三〇分の間、啼泣などによる胃への空気流入と血液循環の障害から、胸腔内脱出臓器の膨隆が進行し、胸腔内圧も亢進し、時間とともにヘルニア門での締め付けがさらにきつくなった結果、呼吸不全による低酸素症と血流不全による低酸素障害が相俟って腸管壁の浮腫・壊死がおこった。C医師が亡Bを診察した際にはすでに重篤なショック状態で、直接小児医療センターへ搬入されても、亡Bの救命は困難であったと考えられる。

したがって、被告病院が、時間的に早く転送できるb小児病院を選択したことに過失はないが、そもそも、被告病院における転送先の病院の選択と亡Bの死亡との間には因果関係はない。

(4)  争点(4)(損害額)について

ア 原告らの主張

(ア) 亡Bの損害

a 逸失利益 二二〇四万八四五九円

ただし、平成二一年男性学歴計全年齢平均賃金を基礎に、亡Bが就労可能な一八歳から六五歳までの四九年間のライプニッツ係数を八・三二三、生活費控除率を〇・五として以下のように計算して得られる額(五二九万八二〇〇円×〇・五×(一九・一六一-一〇・八三八)=二二〇四万八四五九円)である。

b 慰謝料 二五〇〇万円

なお、ここにおける慰謝料は、通常なされるべき処置に対する期待をC医師によって喪失させられたことも含む。

(イ) 原告父の損害

a 原告父固有の慰謝料 三〇〇万円

上記(ア)bと同じである。

b 弁護士費用 二五〇万円

(ウ) 原告母の損害

a 原告母固有の慰謝料 三〇〇万円

上記(ア)bと同じである。

b 弁護士費用 二五〇万円

イ 被告の主張

争う。

第三当裁判所の判断

一  認定事実

(1)  診療経過等

前提事実、証拠(甲A一、三、六、九、一〇、B一ないし一二、乙A一ないし三、B一ないし四、六、証人C医師、原告父(証拠は枝番含む。))及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。なお、本件では診療経過に種々の争いがあるので、診療経過の中でも特に被告病院受診前の亡Bの症状、C医師の初診時の亡Bの症状、電話①の内容、レントゲン撮影の経緯及びその際の亡Bの症状、電話②の内容については、証拠を挙げながら以下認定する。

ア 被告病院受診前の亡Bの症状

八月一七日、亡Bは夕食を食べた後、お腹が痛いと原告母に訴えた。原告父が帰宅した深夜の時点では亡Bは水が飲みたいと訴えており、水を飲ませて寝かせたところ、翌一八日の朝もお腹が痛いかと聞かれると痛いと答え、水が飲みたいとせがんだ。亡Bはそれまで健康で、お腹が痛いなどの訴えを自分から言うことはなかったので、原告らはいつもと様子が違うと感じ、以前受診したことがあった被告病院を受診することを決めた(甲A三、A一〇、原告父一、二頁)。

原告らは亡B及び亡Bの二人の姉を連れて被告病院(診察開始時刻は午前九時である。もっとも、救急患者であれば、時間外でも診察に応じる体制である。)へ行き、診療開始時刻までに受付をすませた。その頃の亡Bの様子は、普段とあまり変わりなく、姉らと笑いながら話しており、相変わらず水が欲しいと言っていた(原告父四頁)。

イ C医師の初診時の亡Bの症状等

同日午前九時五分ないし一〇分頃、C医師が亡Bの診察を開始した。診察には原告ら両名が付き添った。

(ア) 主訴

C医師は原告らから、亡Bが前日夕方六時三〇分頃に夕食を摂ったが力んで苦しいと腹痛を強く訴えたこと、便秘が五日間くらい続いていたこと、一七日の夜は夜中も腹痛が強く続き、良く眠らず、寝たり起きたりを繰り返していたこと、一八日の朝、起床後も顔色が悪く水分は摂ったが朝食はほとんど食べないので心配になったことなどを聴取した(甲A三、乙A三)。

この点について原告らは、① 夕食について前日夕方六時三〇分に摂ったとは限らず、いつもいつくらいに摂るのですかと聞かれて六時三〇分と答えただけであり、② 便秘についても同様にそのくらい続くことがあると答えただけであり、③ 良く眠らず、寝たり起きたりを繰り返していたという部分についても普段から夢を見て寝返りを打ったりすることを話しただけであると主張し、原告父もそれに沿う陳述、供述をする(甲A一〇、原告父二二、二三頁)。しかし、上記アのようにいつもとは異なる様子の我が子を連れてわざわざ病院を受診した親として、現在の子の状況とは関係ない単なる普段の様子を告げたとは考え難く、当時の状況を伝えたものと考えるのが自然であるので上記のように認定する(なお、仮に普段の様子を告げたものであったとしても、後記(イ)の客観的状況に鑑み、(ア)の主訴の具体的内容は後述の判断(後記二)に影響しないことを付言する。)。

(イ) 客観的所見

亡Bの顔色は蒼白であり、チアノーゼ著明で全身状態は不良であった。聴診では、胸部は清明で水泡音や喘鳴等はなかったが、呼吸促迫(七〇回/分)が認められた。腹部は膨隆しており、軽度圧痛、自発痛があった。また、意識は清明であった。呼吸状態は、SpO2を三回測定したところ、八九%、九二%、八九%であった(甲A三)。亡BはC医師の問いに対し、わずかに痛いと返事した。

(ウ) C医師の診断内容

C医師は(イ)の所見を確認し、亡Bの呼吸困難の程度は非常に悪く、すぐにでも呼吸不全、心肺停止となる恐れがあると危惧し、原告らに対しても非常に呼吸が危険な状態であることを告げた(乙A三、C医師五頁、原告父五頁)。C医師は、亡Bについて原因は分からないものの急性呼吸循環不全で初期集中治療による救急救命処置が必要であると判断した。C医師は、被告病院では小児科医が自分一人しかおらず集中治療ができないこと、もし呼吸が止まったときには気管内挿管を行う必要があるところ、C医師は小児の気管内挿管の手技に慣れておらず同処置が行えなかったこと(C医師三六頁)、点滴を行うにしてもチアノーゼが著明であることから末梢の血管が細くなっており骨髄針を刺す方法によるしかないところ、被告病院には骨髄針の設備がなかったこと(C医師三、三六頁)、呼吸がいつ止まるか分からないのでできるだけ近い病院が良いと考えたことから、b小児病院への搬送が良いと考えた。なお、被告病院において、b小児病院に患者を転送したことは、それ以前にも何回かあった(乙A三、C医師二、三、五、六頁等)。

C医師は原告らに対して、検査入院する必要があること、a病院では検査ができないので紹介状を書くこと、具体的にはb小児病院へ救急車で酸素マスクをつけながら搬送することを告げた(原告父五、六頁)。

ウ 電話①の内容

午前九時一七分頃、C医師はb小児病院に搬送依頼の電話をした。当該電話の内容については、概ね被告の主張するとおり、C医師がb小児病院で電話応対をした女医に対し亡Bの顔色や呼吸等の状態を話し受入れを依頼したところ、b小児病院の女医は了承した上で、同日は同院のレントゲン技師がお盆休みで不在なので、至急被告病院でレントゲン写真を撮ってくるように依頼し、被告病院を出る時に改めて電話するよう告げた。

この点について、b小児病院のカルテには、八月一七日夕食後より腹痛+にて夜間寝られず、八月一八日起床後より顔色蒼白、腹痛つづき午前九時a病院受診(母より九時まで待っていたとのこと)、三八・一℃、脈拍一一二回/分、多呼吸(七〇回/分)、SpO2は八九%と低下あり、チアノーゼ+にて電話連絡ありという旨の記載があり、さらに腹満+、ラ音-とのことで胸腹部X線写真をとってもらってから(本日当院X線写真とれないため)再度電話連絡→紹介となった、との記載がある(甲A六)。さらに、平成二二年一一月一七日b小児病院の医師らが原告父に対してなした説明内容において、「外科を先に探索したと思われるが詳細は不明」との説明をしており(甲A九の九頁)、同年一二月三日に同年一一月一七日の説明内容をb小児病院が被告病院に説明した診療情報提供書(b小児病院医師D名)では、「a病院でX線写真を撮影した件は、当院で技師が当日不在のためこちらから依頼した事(万一、写真なしにCPAで当院に到着した場合原疾患に対応した蘇生が行えなかった)、原疾患が判明しているため、先ず外科のある小児医療センターに転送を試みた事についてもお話し」したと記載されている(甲A九の一八頁)。さらに平成二五年六月一九日、被告代理人が代理人名でb小児病院に対し上記の「外科を先に探索したと思われるが詳細は不明」との説明の内容について詳細な回答を求めた文書に対し、b小児病院の代理人名で回答があり、「当初の転送要請時に当院から貴院に対し外科のある埼玉県立小児医療センター等に転送されるよう申上げ、その後一定時間が経過した後に再度の転送要請がなされたとの経緯があったこと等から、貴院が当然に埼玉県立小児医療センターへの転送を試みられたであろうとの当院の想定に基づくものであ」るとの記載がある(乙B六)。これらの記載、特に乙B六の記載は、原告らの主張を裏付けるもののように思えるものの、乙B六は電話①から相当程度の時間が経過した後の回答であり、これだけで原告らの主張どおり認定できるほど信用性の高い証拠とは言えない。そもそも平成二二年一一月一七日の説明時には電話②に二〇分間を要したことの理由が主な説明内容となっており(甲A九の九頁)、甲A九の記載からはb小児病院の医師がC医師に対し、電話①の際に小児医療センターへの転送を促したとは明確に読み取れない。電話①の時点に最も近いカルテの記載(甲A六)自体は原告ら、被告いずれの主張とも矛盾しない記載であり、これらの記載だけでは決め手を欠くと言わざるを得ない。

そこで検討するに、そもそもC医師は、小児医療センターにも直接患者を送ったことがあるのであり(C医師三三頁)、b小児病院に受入れを事実上断られたにもかかわらずあえてb小児病院への搬送を強行する理由は想定しがたい。また、もしC医師が、電話①においてレントゲンを撮影した後、その結果によって受入れを決めるとb小児病院の医師に言われたのであれば、レントゲン撮影後すぐに自分でb小児病院に電話し詳細にレントゲン画像の説明をしたはずであって、本件の事実経過のように救急隊員の電話に任せたのは、b小児病院の医師が電話①において亡Bの受入れについて基本的には了承したからであると認められる。また、もしb小児病院の側で、レントゲン画像を見てから受入れを判断するという意向であれば、b小児病院でレントゲンを撮影できるか否かにかかわりなく被告病院においてレントゲン写真を撮影する必要があるのであって、b小児病院の技師がお盆休みでレントゲンが撮れないので撮ってきて欲しいという依頼の仕方をするとは思えないところ、本件ではb小児病院のカルテにも同趣旨の記載(「本日当院X-Pとれないため」(甲A九の七頁))があるのであって、これらの事情に鑑みれば、原告らの主張は認めがたいと考える。したがって、電話①の内容は概ね被告が主張するとおりであると認定する。

エ レントゲン撮影の経緯、その際の亡Bの症状

C医師は、電話①を終え、レントゲンを撮っても小児医療センターへ搬送するよりは早く済むと考え、すぐに胸腹部レントゲン撮影の手配をした。

具体的には、被告病院において胸腹部レントゲンの撮影(胸部坐位側面、同正面(AP)、腹部臥位及び立位)が行われ、午前九時三七分から四〇分頃に現像まで終了した。この立位撮影のときには、亡Bは立位を保持できず、撮影技師が亡Bの体を支えた(原告父二七頁)。同レントゲン画像では、左肺が激しく圧迫されており、胸郭に胃や腸等の腹部臓器が入り込んでいるのが確認でき、胃が上下逆転した状態で左胸腔内に嵌頓し、さらに鏡面像が見られることから、胃が極度に膨隆し空気と液体を満たしており、ヘルニア門で絞扼されていることが見て取れる(乙A一の一、一の二、二の一、二の二、B四の七頁、C医師九ないし一三頁、E医師二二頁)。

詳細にレントゲン写真を検討する時間はなかったものの、C医師は同写真を見て横隔膜ヘルニアを疑った。C医師は、亡Bがレントゲン撮影を受けていた間、b小児病院への紹介状を記載し、レントゲン写真を読影後に横隔膜ヘルニアの疑いがあることも書き添えた(甲A四、C医師二一頁)。

C医師は午前九時四五分過ぎ頃に消防署に架電して救急車を依頼し、午前九時五〇分頃に救急車が被告病院に到着し、すぐに亡Bは原告母に抱かれて救急車に収容された。被告病院の看護師も一人同乗した。その頃(午前九時五一分頃)の亡Bの状態は、呼吸は四〇回/分、脈拍は一一二回/分、血圧測定不能、SpO2は八一%であった(甲A一の救急活動記録票)。亡Bに対し、酸素が投与された。

C医師は救急隊員に対し亡Bの症状を手短に説明し、レントゲン写真では横隔膜ヘルニアが疑われることを告げた。

救急隊員は午前九時五三分頃、b小児病院に電話をかけ、呼吸困難、腹部膨隆、横隔膜ヘルニアである疑いがあることを伝え受入れを依頼したところ、b小児病院から受入れは決まっていないと断られた(甲A一の救急活動記録票)。

オ 電話②の内容

エで述べた午前九時五三分頃の救急隊員のb小児病院への電話連絡の結果を受けてC医師はその後すぐb小児病院に電話をかけ、応対にあたった女医(電話①に対応した医師と思われる。)に対し、レントゲンを撮ったところ横隔膜ヘルニアが疑われるが、全身状態はかなり悪いので、早急の搬送・処置が必要なこと、顔色もかなり悪く循環状態も悪いこと、ライン(血管確保)も必要と思われること、呼吸状態も悪く多呼吸で挿管が必要となる可能性もあること、小児医療センターへ転送したのでは「もたない」かもしれないことなどを伝えた。すると、b小児病院の女医は最終的に「ラインも入れていないのでしたら連れてきて下さい」と言って受入れを承諾した。それを受けて救急車はすぐ出発した。

電話では電話口で応対した女医がその上司と思われる人と相談している様子で、そのため電話が何度か中断され、時間がかかった(C医師二三頁等)。

(2)  各病院でなしうる治療、処置

ア 被告病院

被告病院の小児科において診察を行っている医師はC医師だけであり、C医師は小児に対する気管内挿管の手技に慣れておらず、普段行わない(C医師三六頁)。さらに、被告病院には骨髄針の設備がなく、循環不全となった患者に対して骨髄針を使用して血管の確保を行うことはできない(C医師三、三六頁)。

被告病院においてレントゲンを撮影すると、現像されるまでに約二〇分を要する(C医師二一頁)。

イ b小児病院

b小児病院は第二次小児救急病院であるので、胸腔内の減圧、気道及び血管の確保による呼吸循環回復の処置をすることができる(乙B一、二、弁論の全趣旨)。

なお、b小児病院は横隔膜ヘルニアの患児に対する胃管挿管の手技もできると認められる。なぜならば、原告らは胃管挿管について穿孔の危険があるから外科のある病院で行うべきと主張し、それに沿う意見書(甲B七)もあるところ、当該主張は手技自体としてはb小児病院でも行える手技であることを前提に、それに付随する穿孔というリスクの対処のために外科のある病院でなすべき手技であると主張するものと解されるからであり、さらに、C医師も、胃管挿入手技は医師なら誰でもできると説明していること(C医師二六、二七頁)、現に亡Bに対しb小児病院は胃管挿管を行っていること(甲A九の七頁)、E医師の意見書(甲B七)以外の証拠には、横隔膜ヘルニアの患児に対する気管内挿管によって肺の損傷、緊急性気胸が生じ得ることの指摘はあるものの、胃管挿管による損傷が生じ得るとの指摘はないこと(甲B六の七三二頁)からも裏付けられる。

ウ 小児医療センター

小児医療センターは第三次救急病院で小児外科も有するため、b小児病院でできることは全てでき、それに加え外科的処置もなし得る(争いがない。)。

小児医療センターにおけるレントゲン撮影は、デジタル撮影であるため、五分以内でレントゲン画像を得ることができる(E医師八頁)。

(3)  医学的知見

ア 横隔膜ヘルニアについて

横隔膜ヘルニアはヘルニアのうち、内ヘルニアに分類される(甲B一二)。横隔膜ヘルニアは、横隔膜の生理的裂孔または先天異常や外傷により形成された欠損部から腹腔臓器が胸腔内に入り込んだ状態をいう。先天性の横隔膜ヘルニアには、Boch-dalek孔(ボクダレック孔)ヘルニア、Morgagni孔ヘルニアの二種類があり、後天性の横隔膜ヘルニアは外傷性ヘルニアと食道裂孔ヘルニアの二種類がある(争いがない。)。

症状、画像所見等で鑑別を行うが、消化管造影を行えば、脱出した腸管が胸腔内に描出され確定診断できる(甲B一)。

イ ボクダレック孔ヘルニアについて

(ア) 病態、症状

ボクダレック孔は、横中隔と胸腹膜襞の癒合が不完全で孔として残存したものであり、左側に多く出現する。ボクダレック孔ヘルニアはそのほとんどが新生児期に発症し、新生児では左胸腔内に脱出した消化管などにより縦隔が右側に圧排され呼吸障害が出現し、左胸部で呼吸音が減弱し右胸部で心音が聴取される。これらの呼吸器症状は、乳幼児期での発症(遅発性ボクダレック孔ヘルニア)では少ないか、発症しても軽度であり、主に消化器症状が主体となる(甲B一、二、四)。新生児期、乳幼児期を通じて腹部は平坦で患側胸部で腸雑音を聴取する。腸回転異常や肺の低形成、肺高血圧などが合併する場合もある(甲B一、二)。遅発性先天性横隔膜ヘルニアの発生頻度は横隔膜ヘルニアの五~二五%を占めるという報告もある(甲B二、争いなし)。乳児期以降のボクダレック孔ヘルニアの発症では誤診率が高く、乳児期の急性呼吸不全を呈する救急疾患の一つとして念頭に置くべき稀な疾患である(甲B三)。

(イ) 鑑別診断

遅発性発症例では、初発症状として消化器症状を訴えることが多いが、原疾患に対しては非特異的な症状であり、初診時には時として確定診断を得ることが困難である(甲B五)。

胸部レントゲン撮影に加え、CT検査が鑑別に有効であるとされる(甲B二ないし四、八)。

(ウ) 治療

確定診断後は速やかな専門医による手術施行が望ましい(甲B二、三)。そのため、できるだけ早く手術と呼吸循環管理の行える病院に転送すべきである。以前は緊急手術が行われたが、現在(本件当時を含む。)では呼吸循環状態が落ち着いてから待機手術を行うことが多い。最初になすべきことは呼吸循環状態の安定化であり、呼吸障害が強い場合には気管内挿管を行い、同時に経鼻胃管を挿入して腸管の減圧を図り、肺への圧迫を減少させる。マスクによるバギングは消化管のガスを増加させるためどうしても必要なとき以外は行ってはならない。一、二時間の呼吸管理によって状態が安定したら、手術を開始する(甲B六の七三二頁、B七の六頁、B八、乙B四の五頁)。

(エ) 予後

新生児の場合、救命率は六〇%と言われており、合併奇形の有無によってその予後は大きく左右される。乳児期以降の発症例では肺の低形成及びその他の合併症が少ないので、その救命率は比較的良好であるとされる(甲B三ないし五)。

ウ 急性腹症

急性腹症とは、確定診断はともかく、緊急に手術を要する腹部疾患に対する呼称である。小児の急性腹症の主症状は腹痛で、これに嘔吐、腹部膨満、吐・下血などを伴うことが多い。したがって、これらの症状をもつ疾患は全て鑑別診断の対象となる。二歳までの乳幼児では先天性異常による消化管閉塞、穿孔、腸重積、鼠径ヘルニア嵌頓、絞扼・捻転(血行障害)、急性虫垂炎、腫瘍など、二~五歳では急性虫垂炎、メッケル憩室、鼠径ヘルニア嵌頓、腸管捻転、腫瘍などが挙げられる。緊急性を示すサインは、ショック症状・痛みが三時間以上続くこと、腹部膨満、嘔吐、吐血、下血を伴うことなどが挙げられる(甲B九ないし一一)。

エ 呼吸困難

小児の呼吸困難の患者の診療で重要なのは、① 患者が呼吸困難に陥っていることに気付くこと、② 重症度の判定、すなわちすぐさま救命の処置をすべきか、あるいは時間的に余裕がある状態かどうかを判断すること、③ 呼吸困難の原因を知ることの三点に集約される。

呼吸困難の治療で最も重要な点は重症度の判定であり、重症の呼吸不全患者では低酸素血症による不可逆性の中枢神経障害を避けるため、検査や鑑別診断を省略しても直ちに治療を開始すべきである。緊急性のある症状・所見としては、① チアノーゼ、② 神経症状、③ 下顎呼吸、④ 陥没呼吸、⑤ 奇異呼吸、⑥ 無呼吸、⑦ 呻吟、⑧ 動脈血液ガス所見につきPaO2<60torr、PaCO2>60torrが挙げられる。

呼吸困難の場合の治療としては、① 気道確保(気管内挿管含む。)、② 酸素投与、③ 血管確保、④ 輸液が一般的に挙げられる(乙B三)。

二  争点(1)(C医師に、午前九時一五分(診察終了後)までに小児医療センターに連絡し、亡Bを小児医療センターに速やかに転送すべきであったのに、これを怠った過失があったか否か。)について

(1)  前提たる転送義務についての検討

ア 判断枠組み

人の生命及び健康を管理すべき業務に従事する者は、その業務の性質に照し、危険防止のために実験上必要とされる最善の注意義務を要求される(最高裁昭和三一年(オ)第一〇六五号同三六年二月一六日第一小法廷判決・民集一五巻二号二四四頁参照)。そして注意義務の基準となるべきものは、診療当時のいわゆる臨床医学の実践における医療水準であるところ(最高裁昭和五四年(オ)第一三八六号同五七年三月三〇日第三小法廷判決・集民一三五号五六三頁参照)、医療水準はすべての医療機関について一律に解すべきではなく、医療機関の性格、その所在する地域の医療環境の特性等の諸般の事情を考慮して決めるべきものと解する(最高裁平成四年(オ)第二〇〇号同七年六月九日第二小法廷判決・民集四九巻六号一四九九頁参照)。

そうであれば、医療機関によって行える治療の水準は異なりうるところ、上記一般的注意義務を負う医師としては、自己の人的・物的能力との関係から医療水準にかなった治療を自ら行うことができないときにはこれを行うことができる医療機関へ患者を転送させる義務があると解する(最高裁平成一四年(受)第一二五七号同一五年一一月一一日第三小法廷判決・民集五七巻一〇号一四六六頁、前掲最高裁平成四年(オ)第二〇〇号同七年六月九日第二小法廷判決参照)。

イ 検討

C医師が亡Bを診察した午前九時一五分の時点において、他院に転送すべき状態であったこと自体は双方に争いがない(弁論の全趣旨)。

午前九時一五分までに亡Bについて観察できた主な客観的所見は、顔面蒼白、著明なチアノーゼ、呼吸促迫(七〇回/分)、酸素飽和度低下(SpO2:八九%程度)、腹部膨隆であり(上記一(1)イ(イ))、呼吸困難に伴うプレショック状態と評価できる。当時小児科医として二〇年以上の臨床経験を有していたC医師(第二の一(2)ア)が亡Bの様子を見て、すぐにでも呼吸不全、心肺停止となる恐れがあると危惧し、実際に原告らにも非常に呼吸が危険な状態であると告げたこと(上記一(1)イ(ウ))に照らしても、当時の亡Bの身体状況、特に呼吸状態は非常に悪かったと認められる。そのような強度の呼吸困難状態を呈する小児に対して重要なのは重症度の判定であり、重度の呼吸不全患者では検査や鑑別診断を省略しても直ちに呼吸困難の治療を開始すべきところ(上記一(3)エ)、亡Bにチアノーゼが見られたことに照らせば亡Bは緊急性のある重症の呼吸不全患者であり、検査や鑑別診断を省略しても直ちに呼吸困難の治療、すなわち気道確保、酸素投与、血管確保、輸液を開始すべきであったと認められる。

以上を前提にすると、① 被告病院は第二次救急指定病院であるものの、小児救急病院ではなく、小児科医はC医師しかいないため集中治療が難しいこと(第二の一(1)イ、(2)ア)、② 亡Bの呼吸困難の状況等によれば、短時間で呼吸不全や呼吸停止となり、気管内挿管を施行すべきことになることが高い程度で予測されるところ、小児に対する気管内挿管はその手技に慣れていないと施行が困難であり、C医師は小児の気管内挿管の手技に慣れておらず、この施行が行えなかったこと(上記一(2)ア、C医師三六頁)、③ 点滴をするにしてもチアノーゼ著明であることから末梢の血管が細くなっており骨髄針を刺す方法によるしかないところ、被告病院には骨髄針の設備がなかったこと(上記一(2)ア、C医師三、三六頁)などから、C医師は速やかに亡Bを気道確保や血管の確保を行える医療機関に転送すべきであったと認められる。

以上の認定、判断から、C医師が亡Bを診察した午前九時一五分の時点で、亡Bの状態は被告病院において対応できる状態を超えており、他院に転送すべき状態であったと認められる。

(2)  転送先の選定に関する義務違反の有無についての検討

(1)の検討を踏まえれば、本件で争いがあるのは午前九時一五分の時点において、b小児病院に転送すべきであったか小児医療センターに転送すべきであったかの点だけであり、転送義務の問題の中でも、転送先の選定に関する義務違反の有無が最も重要な争点と捉えられる。

ア 規範

(1)で上述した転送義務の根拠に照らし、医師には患者を転送させるに当たり医療水準にかなった診療を行うことができる転送先を適切に選定すべき義務があり、仮に医療水準にかなった診療を行うことのできない医療機関に患者を転送させた場合には転送義務を尽くしたとは言えないこともあり得ると解する。転送先としていかなる医療機関が最も適切かという判断については、転送先の人員体制や医療設備の内容、転送先までの距離、転送に要する時間、患者の状態などを総合的に考慮すべきものと解する。

イ 検討

(ア) b小児病院は、小児外科は標榜していないものの小児救急体制を有し(第二の一(2)イ)、気管内挿管や骨髄針による末梢ラインの確保等の手技ができる病院で、現に被告病院からの転送後亡Bについて速やかにこれらの処置を行っているのであり(第二の一(3)ケ)、上記一(1)イ(イ)、(ウ)で記述した緊急性のある重症の呼吸不全患者であった亡Bについてなすべき処置をなし得る病院と言える。そして、被告病院からb小児病院までの距離は約五キロメートルであり救急車でせいぜい一〇分程度と近く、亡Bの当時の呼吸困難の重篤さに照らして、転送に要する時間が短いことは転送先を決める際重要な要素の一つと位置付けられる。

他方、小児医療センターは、小児外科も標榜する第三次救急指定の病院であり、緊急性のある重症の呼吸不全患者であった亡Bについてなすべき処置をなし得る病院である(上記一(2)ウ)。しかし、被告病院から小児医療センターまでの距離は約二五キロメートルあり、救急車で三〇分強を要するのであって、呼吸困難が重篤で容態が安定していなかった亡Bを転送するにあたってはその点が障害となる。

このような事情を総合的に考慮すると、当時の亡Bの症状に鑑みて同人にまずなすべき気管内挿管や骨髄針による末梢ラインの確保等の処置は全てb小児病院で行うことができ、かつb小児病院の方が小児医療センターよりも二〇分程度早く行くことができるから、b小児病院に転送しようと考えて連絡を取ったC医師の判断は適切であったと認められる。

(イ) しかしながら、実際に亡Bがb小児病院へ転送されたのは午前一〇時二一分頃であるから、上記(ア)の検討に加えて、C医師が亡Bをb小児病院に速やかに転送すべき義務を果たしたと言えるのか検討することが必要である。

a この点について、まず、被告病院においてレントゲンを撮る前にb小児病院に転送すべきでなかったかが問題となり得る。レントゲンを撮影した経緯については、第三の一(1)ウの認定のとおりであるが、当該経過に照らせば、既にb小児病院による受入れが決まっていたのであり、b小児病院において呼吸状態を落ち着かせた後に効果的な治療を行うためにはレントゲン写真が必要となるところ、もしC医師がレントゲン撮影を断ってb小児病院に転送したとすれば、b小児病院の医師がその後の対応に苦慮するであろうと見込まれたこと等に照らして、レントゲンを撮らずに亡Bをb小児病院に転送すべきであったとまでは言えない。確かに事後的に考えれば、当時C医師としては、亡Bについて心肺停止がある程度切迫していると考えたからこそb小児病院へ転送しようと考えたのであるから、電話①においてb小児病院からレントゲン撮影を要求された際、一刻も早く転送するため、b小児病院の医師に対し、「レントゲンを撮る余裕はない。とにかくラインをとって気道確保してほしい、今にも呼吸不全、心肺停止に至りかねない。」などと説明、説得して亡Bを直ちにb小児病院に転送すれば良かったかもしれない。現にC医師も、レントゲン撮影について、「本当は撮らないほうがよかったと思います。」と証言している(C医師三〇頁)。しかし、これはあくまで本件の不幸な結果が生じた後に言える結果論であって、b小児病院には当日レントゲン技師が不在であったことから、同病院の医師からレントゲン撮影を要求された際、それを拒絶し、説明、説得に時間を費やすというのは、医師として相応しい対応とも考えられず、当時の状況下でC医師がレントゲンを撮るという決断をしたことが法律上の過失にあたるとまでは言えない。

b 次に、被告病院と小児医療センターにおけるレントゲン撮影にかかる時間の差(上記一(2)ア、ウ)を考慮すれば、同時点において被告病院でレントゲンを撮影せずに小児医療センターに亡Bを転送すべきではなかったかが問題となり得る。しかし、レントゲン撮影後速やかにb小児病院に転送すればレントゲン撮影時間の二〇分と転送に要する一〇分の合計三〇分程度で転送できるところ、小児医療センターに転送するならばまず電話連絡をし、その後三〇分強の搬送時間を要するのであって、両者にかかる時間は小児医療センターの方が長く、最短でも同等程度と言える。小児医療センターに電話連絡をして受け入れてもらえるか否かが不明である一方、b小児病院なら受入れ自体は了承されていたことに鑑みれば、同時点において小児医療センターに亡Bを直ちに転送すべきであったとまでは言えない。結局転送に予定外の時間を要した本件の経過に鑑みれば、b小児病院でレントゲン撮影ができないことが分かった時点で小児医療センターに連絡を取る方が良かったとの見方もあり得るし、原告らがそのように主張する心情も理解できる。しかし、b小児病院という被告病院から距離が近い病院に受け入れてもらうためレントゲンを撮るだけならその方が良いと考えた当時のC医師の思考過程も理解でき、C医師にとってその後生じた電話②のやりとりでさらに二〇分を要することとなったことまでは当時予想できなかったことも鑑みれば、その当時のC医師の判断が法律上の過失にあたるとまでは言えない。

c さらに、レントゲン撮影後C医師が亡Bを速やかにb小児病院へ転送したと言えるかも問題となり得る。

この点については、結果的に電話②に二〇分程度を要しているが、これは上記一(1)オで認定したとおりb小児病院側の応対者である女医が上司と相談するなどして検討に時間がかかったからであり、上記一(1)ウで認定のとおり電話①で受入れの承諾を取っていたことから考えても、C医師の責めに帰すべき事情とは言えない。確かにC医師は、電話①のときはb小児病院の医師は亡Bの治療として外科を想定していないと思ったと供述しており(C医師一九頁)、そうであれば、レントゲンを撮影して横隔膜ヘルニアという外科的治療を必要とする疾患であろうと思ったなら、自らその点を連絡して、それでも受け入れてもらえるかを確かめた方が適切であったかもしれない。しかし、それは事後の経過を知っているからこそ言えることであって、C医師がレントゲン写真を見た後自らb小児病院に電話をしなかったことが法律上の過失にあたるとまでは言えない。そして、C医師は電話②の後速やかにb小児病院に亡Bを転送したと認められる(第二の一(3)キ、ク、C医師二三頁)。

(ウ) 上記の検討から、C医師は当時の亡Bの身体状況に照らして適切な病院を選定して転送のための連絡を取り、当時の状況下でできる限り速やかに転送したものと評価できる。確かに、後から振り返って考えればなし得た処置等があったかもしれないが、当時C医師が置かれた状況から考えれば、小児救急病院ではない被告病院の設備や自らの技量を考えた上で、亡Bの救命のためより良いと考えられる判断をその時点時点で行っていったもので、上述のとおりその判断がその時点では医師として医学的に間違っていたとは言えない以上、そうしたC医師の判断に法律上の過失があったとは認められない。

ウ 原告らの主張について

原告らは、C医師が亡Bを診察した際の主訴及び客観的所見から、C医師には亡Bの状態は緊急手術を必要とする急性腹症、中でも横隔膜ヘルニアの可能性が高いと診断できたはずであり、C医師は当該診断を前提に、呼吸循環管理が行えて手術やあらゆる状況に対応が可能な施設、具体的には小児医療センターに早急に亡Bを転送すべきであったと主張し、それに沿う意見書及び同意見書作成者である協力医の証言が存する(甲B七、E医師)。

しかし、午前九時一五分までに亡Bに観察できた主な客観的所見は上記のとおりであり、呼吸困難の程度が非常に悪い状態と評価できる。確かに前夜からの腹痛の訴えがあり(上記一(1)イ(ア))、腹部膨隆も認められるものの、これらの情報から直ちに亡Bの呼吸困難の原因として腹部疾患の可能性が高いと鑑別するのは難しいと言える。まして、遅発性先天性横隔膜ヘルニアであると確定診断すること、その可能性が高いと診断することは難しい。なぜならば、① 横隔膜ヘルニアは新生児に多い病気であり、遅発性先天性横隔膜ヘルニアも横隔膜ヘルニア全体の五~二五%を占めるといえども依然稀な疾病であって(上記一(3)イ(ア))、② 幼児期に発症する遅発性先天性横隔膜ヘルニアでは呼吸器症状は少ないか軽度であり、主に消化器症状が主体であり(上記一(3)ア、イ(ア))、③ 消化器症状があったとしても腹部平坦であることが多いところ、本件では腹部膨隆しており(上記一(1)イ(イ)、(3)イ(ア))、④ 遅発性先天性横隔膜ヘルニアの確定診断のためにはレントゲン撮影とCT撮影が必要となり初診時には判断が難しく(上記一(3))、⑤ 現に遅発性先天性横隔膜ヘルニアと判断し治療した事例でも多くは胸部レントゲン写真撮影ないしCT検査後に同疾病であると診断している(甲B二ないし五、乙B四の資料二ないし四)からである。

また、仮に急性腹症と診断できたとしても、急性腹症とは特定の疾患を指すものではなく単に緊急に手術を要する腹部疾患に対する呼称(総称)にすぎないのであって、前述した呼吸困難に対応する処置(上記(1)イ(ア))を行うべきことを否定するものではない。

E医師は豊富な小児科の臨床経験を有する医師ではあるが、同意見書は亡Bが重篤な呼吸困難状態であることを踏まえた記載が乏しく、またE医師自身は小児の横隔膜ヘルニアの事例を経験していないから(E医師二三頁)、E医師の同意見書ないし証言だけをもって争点(1)についてC医師に過失があったと認定することはできない。

以上の検討から、原告らの主張は上記(1)の認定を覆すものではないと認める。

三  争点(2)(C医師に、遅くとも午前九時四五分(レントゲン撮影及び現像終了後)までに、亡Bを遅発性先天性横隔膜ヘルニアと確定診断し、小児医療センターへ速やかに搬送すべきであったにもかかわらず、これを怠った過失があったか否か。)について

(1)  検討

転送義務についての判断枠組み及び本件において転送先の選定の問題が最も重要な争点であることは上記二で述べたとおりである。

午前九時四五分の時点でC医師に把握できた亡Bの状態としては、上記二(1)イの身体所見に加えて、レントゲン画像の所見から横隔膜ヘルニアの疑いがあると判断できたこと(上記一(1)エ)が挙げられる。

ところで、レントゲン画像だけでは横隔膜ヘルニアの確定診断まで至らない可能性がある(上記一(3)イ(イ))が、仮に確定診断がついたとしても、すぐに緊急手術を行うのではなく呼吸循環状態が落ち着くのを待つのであり(上記一(3)イ(ウ))、まず呼吸循環状態を落ち着かせなければならないという点に変わりはない。

さらに、被告病院でレントゲンを撮影した後である午前九時五〇分頃の亡Bの状態は、呼吸四〇回/分、脈拍一一二回/分、血圧測定不能、SpO2は八一%と(上記一(1)エ)、上記二の時点(午前九時一五分頃)よりも全身状況がさらに悪化しているのであって、このような症状に照らせば、一刻も早い胸腔内の減圧のための気管内挿管及び胃管挿管による減圧、気道及び血管の確保による呼吸循環回復の処置を行うべき必要性が高かった(上記一(3)イ(ウ)、乙B四の五頁)。

そして、これらの処置はb小児病院で全て行い得るのであって(上記一(2)イ)、争点(1)の時点よりもさらに生命の危険が迫った、切迫した身体状況下であった当時において、転送時間が短いことは転送先を決めるにあたって非常に重要な要素となる。

これらの事情を総合考慮して考えると、同時点において、b小児病院への転送を考えたC医師の判断は適切である。b小児病院において横隔膜ヘルニアに対する外科的対応ができないことは、上記判断に影響を及ぼすものではない。

そして、その後の転送について当時の状況下でできる限り速やかに行ったことについては上記二(2)イ(イ)bで述べたとおりである。後から振り返って考えればなし得た処置等があったかもしれないが、当時C医師が置かれた状況から考えれば、小児救急病院ではない被告病院の設備や自らの技量を考えた上で、亡Bの救命のためより良いと考えられる判断をその時点時点で行っていったもので、上述のとおりその判断がその時点では医師として医学的に間違っていたとは言えない以上、そうしたC医師の判断に法律上の過失があったとは認められない。

したがって、争点(2)についても、C医師に過失は認められない。

(2)  原告らの主張について

原告らは、レントゲン画像から横隔膜ヘルニアと確定診断できるのであり、そうであればできるだけ早く手術と呼吸管理を行える施設に転送すべきであり、特に胃腸管内への挿管は穿孔の危険があるので外科医がいる小児医療センターへ転送すべきであったと主張する。

しかし、当時の切迫した呼吸困難については上述したとおりであり、b小児病院より遠い小児医療センターにこの時点で新たに連絡を取って転送すべきであったとは言えない。胃腸管内への挿管による穿孔の危険性については確かにあり得るが、気管内挿管よりは安全な手技と認められること等から(上記一(2)イ)、この点のリスクのみをもって小児医療センターに転送すべきとも言えない。

E医師の意見書及び証言に対する評価は上記二(2)ウと同旨である。

原告らはさらに、電話①においてb小児病院に事実上受入れを拒否されたにもかかわらず電話②において受入れを強要したと主張するが、本件証拠上そのような事情は認められず、同主張は採用できない。

四  上記説示によれば、C医師には原告らが主張する過失は認められないのであって、その余の点について判断するまでもなく、被告には原告らの損害を賠償すべき責任はない。なお、原告らは慰謝料について通常なされるべき処置に対する期待をC医師によって喪失させられたという期待権侵害とも読み取れる主張をしている(第二の三(4)ア(ア)b、(イ)b、(ウ)b)が、C医師の行為が医師として通常想定されないような粗雑診療であったとは認めがたいので、仮に原告らが期待権侵害の主張をしていたとしても、結論に影響はない。

第四結論

以上によれば、原告らの請求はいずれも理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 窪木稔 裁判官 山口信恭 仲田千紘)

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