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さいたま地方裁判所 平成23年(行ウ)8号 判決 2011年5月18日

主文

1  本件訴えを却下する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

埼玉県警察所沢警察署長が,原告法定代理人の提出した平成22年9月22日付け告訴状に対して不受理とした処分を取り消す。

第2事案の概要

本件は,原告法定代理人成年後見人が,埼玉県警察所沢警察署長に対し,訴外A株式会社(以下「訴外会社」という。)を被告訴人,原告を被害者として,準詐欺罪で告訴する旨を記載した告訴状を持参したところ,公訴時効期間の経過を理由に告訴状を不受理とした同署長の措置が違法な処分であるとして,原告が同処分の取消しを求める事案である。

第3前提事実(証拠を付さない事実は,当事者間に争いがない。)

1  原告法定代理人成年後見人Bは,平成22年9月22日付けで,埼玉県警察所沢警察署長に対し,訴外会社を被告訴人,原告を被害者として,被告訴人による不当な営業行為が準詐欺罪(刑法248条)に当たるとする告訴状(以下「本件告訴状」という。)を提出しようとした。(甲1)

2  埼玉県警察所沢警察署長は,本件告訴状を受理しなかった。

第4争点及び当事者の主張

本件の争点は,本案前の争点として,本件告訴状の不受理が取消訴訟の対象となる行政処分に当たるか否か,本案の争点として,本件告訴状の不受理の適法性である。

1  本案前の争点(本件告訴状の不受理が取消訴訟の対象となる行政処分に当たるか否か)について

(原告の主張)

公訴は,検察官が行うものであり(刑事訴訟法247条),告訴は,捜査機関に犯罪捜査の端緒を与え,検察官の職権発動を促すものである。刑事訴訟法は,被害者及びその法定代理人に告訴権を認め(同法230条,231条1項),司法警察員たる警察官は,その告訴を受理して,これを検察官に送付する義務を負う(同法242条)。したがって,司法警察員たる警察官による告訴状不受理は,被害者及びその法定代理人の告訴する権利を侵害し,ひいては検察官に専属する公訴権を司法警察員に認めることとなり,刑事訴訟法の根本構造を否定するものである。よって,この不受理は,国民の権利義務の範囲を形成しまたはその範囲を確定する行為であるから,行政処分として抗告訴訟の対象となる。

(被告の主張)

告訴は,捜査機関に犯罪捜査の端緒を与え,検察官の職権発動を促すものにすぎないから,被害者又は告訴人が捜査又は公訴提起によって受ける利益は,公益上の見地に立って行われる捜査又は公訴の提起によって反射的にもたらされる事実上の利益にすぎず,法律上保護された利益ではないというべきである。

したがって,告訴状の不受理は,国民の権利義務の範囲を形成し,又はその範囲を具体的に確定する行為とはいえないから,行政処分には当たらず,抗告訴訟の対象となりえない。よって,本件訴えは不適法である。

2  本案の争点(本件告訴状の不受理の適法性)について

(原告の主張)

刑事訴訟法は,被害者及びその法定代理人に告訴権を認め(同法230条,231条1項),司法警察員たる警察官は,その告訴を受理して,これを検察官に送付する義務を負う(同法242条)。また,犯罪捜査規範63条1項は,「司法警察員たる警察官は,告訴,告発または自首をする者があったときは,管轄区域内の事件であるかどうかを問わず,この節に定めるところにより,これを受理しなければならない。」と規定している。

上記各規定に照らせば,告訴状の書類不備や明らかに犯罪と認められない場合であればともかく,現場の警察官が公訴時効を理由に本件告訴状を不受理としたのは,明らかな違法行為である。

(被告の主張)

原告の主張は争う。被告の措置は適法である。

第5当裁判所の判断

1  処分取消しの訴えは,行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為の取消しを求める訴訟をいうところ(行政事件訴訟法3条2項),公権力の行使に当たる行為とは,公権力の主体たる国又は公共団体が行う行為のうち,その行為によって,直接国民の権利義務を形成し,又はその範囲を確定することが法律上認められているものをいう(最高裁判所昭和37年(オ)第296号同39年10月29日第一小法廷判決・民集18巻8号1809頁参照)。

告訴とは,被害者その他法律上告訴権を有する一定の者が,検察官又は司法警察員に対して犯罪事実を申告し,犯人の処罰を求める意思表示であって,告訴がなされたことにより,捜査が開始し,犯人が訴追されることがあっても,このことは,国家及び社会の秩序維持という公益的見地から行われるものであり,告訴人の被侵害利益ないし損害の回復といった個人的利益のために行われるものではない。また,告訴人は,検察官から,告訴のあった事件について起訴,不起訴等の事件処理の結果や不起訴処分の理由について通知を受け(刑事訴訟法260条,261条),検察審査会に不起訴処分の当否の審査を請求することができるなどの地位にあるが(検察審査会法2条2項),これらは,公益的見地から行われる事件処理によってもたらされる事実上の利益に過ぎない。したがって,告訴人が捜査又は公訴の提起によって受ける利益は,法律上保護された利益にはあたらず(最高裁判所平成元年(オ)第825号同2年2月20日第三小法廷判決参照),司法警察員が告訴状を受理しなかった行為は,直接国民の権利義務を形成し,又はその範囲を確定するものではないので,行政庁の処分又はその他公権力の行使,すなわち,取消訴訟の対象となる行政処分に当たる行為とはいえない。

2  したがって,本件訴えは不適法であるから,これを却下することとし,訴訟費用の負担について,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 原啓一郎 裁判官 古河謙一 裁判官 猪坂剛)

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