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さいたま地方裁判所 平成24年(わ)2085号 判決 2014年4月30日

主文

被告人を無期懲役に処する。

未決勾留日数中320日をその刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は,

第1金品強取の目的で,平成24年10月16日午後10時頃から同月17日午前3時頃までの間に(以下は全て同年内である。),埼玉県児玉郡 a 町 b 番地c 所在のA方に,その南側6畳間の掃き出し窓から侵入し,A方において,A(当時76歳)に対し,殺意をもって,けい部を圧迫するなどして,Aを窒息により死亡させるとともに,A所有の現金及びポイントカード約2枚在中の財布1個(時価合計約500円相当)を強取し,

第2上記犯行の発覚を防ぐため,上記日時頃,上記A方において,Aの死体を毛布で包むなどした上,上記6畳間の押し入れ内に押し込んでその上に布団を被せるなどして隠匿し,もって,死体を遺棄したものである。

(証拠の標目)

省略

(事実認定の補足説明)

1  弁護人は,判示各事実について,いずれも被告人は犯人ではなく,無罪であると主張するので,以下補足して説明する。

2  被告人の犯人性について

(1) 証拠上認められる前提事実

被害者は,10月19日,親族の通報により被害者方に駆け付けた警察官によって,南側6畳間の押し入れ内から死体となって発見された。同月21日に被害者の死体を解剖したB医師の鑑定結果及び同医師の証言によれば,被害者の死体について,異常所見として甲状軟骨左上角の骨折とその周囲軟部組織の出血,けい部左側を中心とした皮下出血,頭部及び顔面の皮下出血及び筋肉内出血,上胸部を中心とした体幹部の筋肉内出血が認められたこと,これらの異常所見によれば,被害者は他人の暴行によって死亡したものであり,その死因は,死後変化のために断定できないものの,けい部圧迫,胸部圧迫又は鼻口部閉塞による窒息と考えられること,解剖時までの死後経過時間はおおむね3日間から5日間であり,死亡時の食後経過時間は6時間を中心におおむね4時間から8時間であることが認められる。そして,被害者は,同月16日午後6時頃から午後6時30分頃までの間に自宅で次女と一緒に食事をしたというのであり,被害者の死体が入れ歯を外し,パジャマを着用した状態で発見されたこと,同月17日以降の朝刊が被害者方の郵便受けに残されていたことなどを併せ考慮すれば,被害者は同月16日午後10時頃から遅くとも翌17日早朝までの間に死亡したものと推認される。以上からは,何者かが被害者方において被害者を殺害したものであり,加えて被害者の死体の発見状況に照らせば,被害者を殺害した犯人がその死体を押し入れ内に遺棄したものと推認される(以下,そのような犯人を「本件の犯人」ということがある。)。

また,被害者方南側6畳間の掃き出し窓は,クレセント錠付近のガラスが割られてガラス片が室内に落下し,クレセント錠付近に工具痕が認められ,解錠された状態であったこと,10月19日の時点で被害者方中央及び東側の各玄関がいずれも施錠された状態であったことから,本件の犯人が上記掃き出し窓から室内に侵入したことも推認される。さらに,次女の証言等によれば,被害者の死亡後,同人が生前使用していた財布が被害者方から無くなっていることが認められるところ,被害者が生前に次女らに対して財布を無くしたという話をしていないことも考慮すれば,本件の犯人が財布を持ち去ったものと考えるのが自然である。

以下,本件の犯人が被告人であるかどうかを検討する。

(2) DNA型及び混合DNA型の検出

捜査報告書によれば,被害者の死体の右手環指の爪間から採取された微物のDNA型と被告人のDNA型は完全に一致したこと,被害者の右手示指の爪間から採取された微物のDNA型は,被告人と被害者のDNA型が混合したものと考えて矛盾はなく,かつ,そのように仮定すると,被害者と被告人以外の者のDNA型は検出されていないことが認められる。また,被害者の死体は,発見時にパジャマを着用し,下腿部に毛布がその裏面を外側にした状態で巻かれ,くるぶし付近を毛布の上からバンダナで結束されていたところ,上記パジャマの左袖背面及び毛布裏面からそれぞれ採取された付着物のDNA型と被告人のDNA型はいずれも完全に一致し,バンダナの結び目を形成していた2端の1つ及びパジャマ上衣の他の部分から採取された付着物のDNA型は,いずれも被告人と被害者のDNA型が混合したものと考えて矛盾はなく,かつ,そのように仮定すると,被害者と被告人以外の者のDNA型は検出されていないことが認められる。

加えて,被害者は,10月16日,上記のとおり次女と一緒に夕食を取った後に食器洗いをし,その後パジャマに着替えたこと,被告人は,前日に被害者方を訪ねたことがあったが,その際,室内に上がったことも被害者の身体に触れたこともなかったことが認められるから,上記の爪間の微物や衣類等の付着物は,同月16日夜に被害者が就寝支度を終えた以降に付着したものと認められる。

これらによれば,被害者は,被告人を爪でひっかくなどして被告人の身体に相当強く接触したことが推認されるが,このような接触は被害者が被告人に対して抵抗した際に生じたものと考えるのが合理的である。また,被告人は,被害者の死後又は少なくとも被害者が抵抗できなくなった後に,その身体に毛布を巻き,その上からバンダナで結束するなどしたものと推認される。しかも,被害者の手指の爪間やその死亡時に身に付けていた衣類等のあらゆる箇所から被告人のDNA型又は被告人と被害者の混合DNA型が検出される一方で,いずれの鑑定資料からも被害者及び被告人のDNA型と一致しないDNA型が一切検出されていないことからすれば,被害者の殺害及び死体遺棄に被告人以外の第三者が関与した可能性は極めて低いといわざるを得ない。これらの事情を総合すると,被告人が被害者を襲って殺害し,その死体を遺棄した犯人であることが強く推認されるというべきである。

(3) ガラス片の検出

捜査報告書等によれば,被告人の背広に付着していたガラス片は,被害者方南側6畳間の掃き出し窓の破損されていたガラスと同種のガラス,すなわち両者は同一機会に製造されたガラスである可能性が極めて高いことが認められる。背広の上衣に上記ガラス片が付着していたことからすると,被告人が上記掃き出し窓のクレセント錠付近のガラスを破損して被害者方に侵入したものと推認され,被告人が本件の犯人であることを裏付けている。

(4) 被害者方内の足跡

捜査報告書等によれば,10月19日に被害者方東側廊下から6個の足跡が採取されたところ,足跡の紋様から判明した靴の製造会社と商品の名称は,被告人が本件当時所有していた靴のそれと一致し,その足跡痕は被告人の靴底の減り具合とも類似していることが認められる。このことから,被告人が被害者方に無断で土足のまま侵入したものと推認され,被告人が本件の犯人であることを裏付けている。

(5) 犯行時刻について

これまで指摘した客観的証拠からみて,被告人の犯人性が強く推認される。さらに,関係証拠によれば,被告人の本件前後の足取りとして,10月16日午後9時頃に被害者方近くの知人方を訪ねて借金をしたこと,翌17日午前3時27分頃に被害者方から約2km離れたコンビニエンスストアで買い物をし,同日午前3時52分頃から午前5時2分頃までの間に同店から約1.5km離れたホテル客室を利用したことが明らかであり,被告人が時間的に本件の犯行を行うことが不可能であったとはいえない。そして,被告人の上記行動経過も踏まえると,被害者は,同月16日午後10時頃から翌17日午前3時頃までの間に殺害されたものと考えられる。

(6) 被告人の供述について

これに対し,被告人は,公判廷において,10月17日午前2時35分頃,被害者方前道路を通ったところ,暗がりの中で被害者方のドアが開いているように見え,数時間前にその付近を怪しい2人組がジョギングしていたのを思い出し,近づいて様子を見ると東側玄関が開いており,すぐ横のガラス戸も開いているように見えたので更に近づき,その際,ガラス戸に寄りかかった,東側玄関から中に向かって呼び掛けても応答がなかったが,中から人の気配を感じて靴を脱いで家の中に入った,すぐ右側の部屋にはベッドがあり,人が横になっていたのでそっと近づくと,突然その人が起き上がって,自分に向けて布団と毛布を投げ付け,顔を何回か殴られた,そのとき相手が被害者だと分かったが,被害者が「泥棒か」と言って手を振り回すなどして攻撃してきたためもみ合いになり,被害者のパジャマや首か頭に巻いていたスカーフのような物にも手が触れた,被害者を振り払って一旦外へ出たものの,誤解を解くために再び家の中に入ることとし,その際は自分も動転していて土足で入ってしまった,結局,仮釈放が取り消されては困ると思い,警察にも連絡せずに被害者方から立ち去ったが,振り返って見ると被害者方に明かりがついた旨供述する。

しかしながら,被告人の供述を前提にすると,被告人が被害者方に入る以前に被告人以外の第三者が被害者方の掃き出し窓のガラスを割って侵入していたものの,被害者は,被告人が家に入った際には生存しており,被告人ともみ合った後に被告人以外の第三者によって殺害されたこととなるが,このような経過で被害者が死亡したとは通常考え難い上,先に指摘したとおり,被害者の手指の爪間やその死亡時に身に付けていた衣類等から被害者及び被告人のDNA型と一致しないDNA型が一切検出されていないことからすれば,上記のような第三者が存在した可能性は極めて低く,被告人の上記供述内容は不自然である。また,被告人は,当時仮釈放中であり,怪しまれないように行動していたなどと述べているにもかかわらず,深夜,10月15日より前には何年間も会っておらず,ほとんど付き合いがなかった被害者の家の中に,警察への通報等もしないで入り込んだということ自体,不自然である。したがって,被告人の供述を信用することはできない。

これに関し,弁護人は,DNA鑑定やガラス片の鑑定について,警察が鑑定資料を採取する過程で誤って他の資料に付着した微物を混入させるなど証拠汚染の可能性がある旨主張する(なお,最初に実施された手指の爪間から微物を採取する過程に関しての指摘はない。)が,鑑定資料の採取は,立会人を付した上で,新品のシートや手袋を用いるなど必要な注意を払って作業が行われており,資料の汚染があったことをうかがわせる事情は見当たらない。

(7) 以上によれば,被告人が被害者方南側6畳間の掃き出し窓から侵入した上,被害者を襲って殺害し,その死体を同6畳間の押し入れ内に遺棄した犯人であることは優に認められる。その余の弁護人の主張を踏まえても,上記判断は動かない。

3  強盗殺人罪の成否について

(1) 殺意について

被害者の死体に認められた上記の異常所見等によれば,少なくとも被告人が被害者のけい部を甲状軟骨左上角が骨折する程度の強い力で圧迫したことが認められるほか,被害者が窒息により死亡するまで相当程度の時間をかけて,死因となるけい部圧迫,胸部圧迫又は鼻口部閉塞の行為を継続したことも認められるから,このような被告人の行為態様に照らして,被告人が殺意を有していたことは明らかである。

(2) 強盗目的について

また,被告人は,被害者方に侵入して被害者を殺害した際,被害者の財布を持ち去ったものと推認される。そして,関係証拠によれば,被告人は,仮釈放後に入所した更生保護施設を無断で退去した10月4日以降,働くこともなく,多数の知人等に金を無心して回り,同月12日から14日までの3日間は,約10年前に離婚した元妻方に行くなどして2人の息子に借金を申し入れたが断られ,同月16日にも被害者方の近くで金を無心していたことが認められ,これらのことから,本件当時,被告人が金銭を必要とし,かなり困窮している状態であったといえる。しかも,被告人が,深夜に窓ガラスを割るという顔見知りの被害者に気付かれる可能性のある侵入方法をとっていることや,被害者に恨みを抱いていたなどといった金品を奪う目的以外の殺害動機を有していたとは考え難いことも併せ考慮すると,被告人は,本件当時,被害者から金品を強取する目的を有していたと認められる。

(3) 以上によれば,被告人には強盗殺人罪が成立する。なお,被告人が被害者から強取した現金額について,被害者名義の預金口座の引き出し額や犯行後の被告人の支出経過等から数万円であった可能性はあるものの,被告人の犯行時の所持金額が明らかになっているとはいえず,強取金額を数万円とすることには合理的な疑いがあるといえ,判示のとおり認定した。

(法令の適用)

被告人の判示第1の所為のうち,住居侵入の点は刑法130条前段に,強盗殺人の点は同法240条後段に,判示第2の所為は同法190条にそれぞれ該当するが,判示第1の住居侵入と強盗殺人との間には手段結果の関係があるので,同法54条1項後段,10条により1罪として重い強盗殺人罪の刑で処断し,判示第1の罪について所定刑中無期懲役刑を選択し,以上の各罪は同法45条前段の併合罪であるが,判示第1の罪について無期懲役刑を選択したので,同法46条2項本文により他の罪の刑を科さないこととして被告人を無期懲役に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中320日をその刑に算入し,訴訟費用は,刑訴法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。

(量刑の事情)

被告人は,高齢で一人暮らしの被害者を狙って被害者方に侵入し,被害者の抵抗を意に介さず,けい部を圧迫するなどして殺害し,金品を強取したものであって,綿密な計画性まではうかがわれないものの,その犯行態様は凶暴で非道なものである。被害者は,最も安心できるはずの自宅で平穏な生活を送っていたところ,何ら落ち度もないのに突然絶命させられたのであり,その恐怖感や無念さは察するに余りある。本件結果は重大である。母親の変わり果てた姿を目の当たりにした遺族の精神的衝撃は大きく,遺族が厳しい被害感情を表明しているのも当然である。被告人は,窃盗又はそれを含む罪による服役前科3犯を有し,その最終刑の仮釈放中で再犯防止等の遵守が求められていたにもかかわらず,仮釈放後わずか1か月余りで本件凶悪重大犯罪に及んでいるのであって,被告人には法を守ろうという意識が欠落している。加えて,被告人は,公判廷において虚偽の弁解に終始しており,真摯に事実と向き合っていない。

そうすると,被告人の刑事責任は誠に重大であるが,他方で,死刑が誠にやむを得ない場合における窮極の刑罰であり,本件事案の内容や強盗殺人罪における裁判員裁判の量刑傾向にも照らすと,本件が死刑を選択すべき事案であるとはいい難く,被告人に対しては無期懲役に処するのが相当である。

(求刑 無期懲役)

(裁判長裁判官 片山隆夫 裁判官 寺本真依子 裁判官 岩尾悠矢)

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