さいたま地方裁判所 平成24年(ワ)1878号 判決 2013年7月10日
原告
X
同訴訟代理人弁護士
長田淳
同訴訟復代理人弁護士
久保田和志
宮西陽子
被告
アコム株式会社
同代表者代表取締役
A
同訴訟代理人弁護士
横山裕一
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
1 被告は、原告に対し、449万1058円及びうち267万9650円に対する平成24年8月6日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
第2事案の概要等
1 事案の概要
本件は、被告から金銭を借り受けた原告が、金銭消費貸借取引についてした弁済につき、利息制限法(平成18年法律第115号による改正前のものを含む。以下同じ。)所定の制限利率を超えた利息部分を元本に充当すると過払金が発生し、かつ、貸主はこの過払金につき悪意の受益者であるとして、被告に対し、不当利得返還請求権に基づき、過払金とそれに附帯する法定利息の支払を求めた事案である。
2 前提事実
(1) 被告は貸金業者である。
(2) 原告は、被告と別紙利息制限法に基づく法定金利計算書4記載のとおり、利息制限法を超える利率での借入と弁済を繰り返した(以下、全体を「本件取引」という。)。本件取引は、過払金充当合意を含む基本契約に基づく継続的な金銭消費貸借であった。
(3) 原告代理人は被告に対し、平成24年4月25日、別紙「取引情報開示のお願い」と題する書面(甲10。以下「本件文書」という。)を送付した。
(4) 原告代理人は被告に対し、平成24年5月17日、「ご通知」と題する書面(甲12)をファックスで送付した。
3 争点及びそれに関する当事者の主張
(原告の主張)
(1) 悪意の受益者
被告は、貸金業の登録業者であり、利息制限法所定の制限利率を超えていることを知りながら、原告から制限超過利息を徴収していたから、民法704条前段の悪意の受益者である。
(2) 催告
原告は被告に対し、本件文書を送付することで過払金を黙示的に請求したから、本件文書の送付は時効中断事由である催告に該当する。
(3) 過払金返還請求権の消滅時効の起算日
仮に、平成24年4月25日付けの本件文書が催告に当たらなかったとしても、同年5月17日付けご通知(甲12)が催告に当たることは明白であるから、それより10年前の平成14年5月18日の時点で「取引が終了」していたかどうかが本件の争点である。同日は、一度個別取引が終了した同月2日から16日しか経過しておらず、この日までに、基本契約を解消(合意解除)したとか、弁護士が介入したとか、被告から原告に訴訟が提起されたとかという取引終了を伺わせる事情も存在しない。また、一定の長期間経過による充当合意の意思消滅なども考えられない。被告のカードに関するAC会員規約(甲13)には、基本契約が終了する場合として、13条(契約の終了)1項において【本規約に基づく債務を完済した日から3年以上カードローンを利用しなかったときは、会員は、入会または本規約に基づく債務を完済した日から3年を経過した日の属する月の月末をもって、自動的に会員資格を喪失し、本規約に基づく契約は終了となります】と規定されている。13条の適用があるとしても、本件における取引終了日は、債務完済日の平成14年5月2日から3年が経過した平成17年5月2日と考えるのが契約の解釈原則である。
以上から、消滅時効は未完成である。
(被告の主張)
(1) 原告の上記主張(1)は争う。
(2) 原告の上記主張(2)は否認する。民法153条にいう「催告」とは、債務者に対して履行を請求する債権者の意思の通知であるから、催告を書面で行う場合には、債務を履行することを求める文言が書面に表示されていなければならない。本件文書は、取引履歴の開示を求めているに過ぎず、書面のどこにも債務の履行を求める文言は表示されておらず、黙示的にもそのような意思が現われていると見られない。
(3) 原告の上記主張(3)は争う。最判平成21年1月22日(民集63巻1号247頁)は、いわゆる過払金返還請求にかかる消滅時効の起算点について、特段の事情がない限り、「同取引が終了した時点から進行する。」と判示した。そこで、上記最判のいう「取引が終了した時点」の解釈が問題となる。たしかに、被告の会員規約中に、3年間利用がなければ自動的に会員たる資格を失う旨の、いわゆる自動継続条項がある。しかし、自動継続条項によって、最終取引日後も相当な長期間にわたって基本契約のみが存続するということもありうるところ、現実に貸し借りが行われないのにもかかわらず、ただ基本契約が残存してさえいれば消滅時効は進行しないと解することは不当であり、当事者の合意理的意思という観点からも、金銭消費貸借取引が終了しているのに、相当な長期間にわたって過払金の精算をしないというのが合理的意思であるとは考えられない。また、上記最判の文言をみても、「取引が終了した時点」と判示しており、「基本契約が効力を失った時」とは判示していない。
第3当裁判所の判断
1 争点(1)(悪意の受益者)について
いわゆる過払金返還訴訟において、過払金の発生が認められ、貸金業法(平成18年法律第115号による改正前の題名は貸金業の規制等に関する法律。以下「貸金業法」という。)43条1項の適用が認められないときは、当該貸金業者は、同項の適用があるとの認識を有しており、かつ、そのような認識を有するに至ったことがやむを得ないといえる特段の事情があるときでない限り、民法704条の「悪意の受益者」であると推定される(最高裁平成19年7月13日第二小法廷判決)。そして、貸金業法43条1項のみなし弁済の成否が個々の弁済について問題となるものである以上、同項の適用があるとの認識を有しており、かつ、そのような認識を有するに至ったことについて上記の特段の事情があったというためには、被告が本件取引の際に交付していた個々の書面が貸金業法17条及び18条の要件を満たすと認識し、かつ、かかる認識について特段の事情があったことの立証が必要であるというべきである。本件において、被告は、貸金業法43条1項のみなし弁済の具体的な主張立証を行っていない。
以上から、被告は、悪意の受益者であると認める。
2 争点(2)(催告)について
本件文書の内容は別紙記載のとおりである。その表題は「取引情報開示のお願い」というもので、内容も、原告と被告との取引経過の開示を要請したものである。催告は、債務者に対し履行を請求する債権者の意思の通知をいうところ、本件文書は、原告が被告に対し、履行を請求する意思の通知であるとは言えない。
他に、原告の主張を認めるに足りる証拠はない。
3 争点(3)(過払金返還請求権の消滅時効の起算日)について
本件取引が過払金充当合意を含む基本契約に基づく継続的な金銭消費貸借であったことは前提事実(2)記載のとおりであり、同取引により発生した過払金返還請求権の消滅時効は、過払金返還請求権の行使について上記内容と異なる合意が存在するなど特段の事情がない限り、同取引が終了した時点から進行するものと解するのが相当である(最高裁平成21年1月22日第一小法廷判決・民集63巻1号247頁)。
本件取引において、証拠(甲4)及び弁論の全趣旨によれば、原告が被告に対し、平成14年5月2日に1万5092円を弁済したのが最後の取引であり、同日の弁済をもって原告と被告との間の取引が終了したと認められる。なお、甲4の平成18年6月26日の欄に「利変」という記載がある。しかし、弁論の全趣旨によれば、その頃被告が全ての顧客を対象に遅延損害金の利率などを変更し、上記「利変」という記載は同変更によるものと認められるが、同事実から原告と被告との間の取引が終了していないことにはならず、特段の事情には該当しない。その他、特段の事情は認められない(原告と被告との間の基本契約に自動継続条項が存在することは、特段の事情には該当しないと解する。なぜならば、自動継続条項により取引終了後も3年間という長期間にわたり過払金の精算をしないということが取引当事者の合理的な意思と解釈するのは疑問であるからである。)。
以上から、原告の被告に対する本件取引に基づく過払金返還請求権の消滅時効は、平成14年5月2日から進行し、同日から10年が経過した平成24年5月2日をもって消滅時効が完成したと認められる。そうすると、原告代理人が被告に対し、「ご通知」と題する書面(甲12)をファックスで送付した同月17日は消滅時効完成後であるから、これにより消滅時効が中断することはない。
4 結論
以上から、原告の請求は理由がないから棄却し、主文のとおり判決する。
(裁判官 窪木稔)
【別紙】利息制限法に基づく法定金利計算書<省略>
取引情報開示のお願い<省略>