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さいたま地方裁判所 平成24年(ワ)2089号 判決 2013年12月25日

原告

被告

主文

一  被告は、原告に対し、一一五万四一八五円及びこれに対する平成二四年二月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、二四〇万三六八二円及びこれに対する平成二四年二月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  本件は、原告が、被告に対し、被告運転の自転車が、歩行中の原告に衝突し、原告の疾患(ジストニア及び重症痙性麻痺)が増悪したと主張して、民法七〇九条に基づいて損害賠償を請求した事案である。

二  請求原因

(1)  交通事故の発生

日時 平成二四年二月二六日午前一一時三〇分頃

場所 さいたま市大宮区吉敷町四丁目二六三番地六(以下「本件事故現場」という。)

加害車両 被告運転の自転車

事故態様 原告が本件事故現場の横断歩道をコクーン新都心側からイトーヨーカドー側に歩いて渡り終えたところ、歩道を右手から走行してきた被告車両の前部が、原告の右腹部辺りに衝突した(以下「本件事故」という。)。

(2)  責任原因

被告は、その前方不注意により本件事故を惹起して原告に損害を発生させたから、民法七〇九条に基づき、原告に生じた損害を賠償する責任を負う。

(3)  損害

原告は、本件事故により、ジストニア、重症痙性麻痺が増悪して、五七日間の入院加療と、平成二四年五月二〇日までの自宅療養を余儀なくされ、以下の損害を受けた。

ア 治療関係費 六〇万六七二二円

(治療費自体は、公的扶助により支出していない。)

① 差額ベッド代 五六万九一〇〇円

② 食事療養代 一万六六四〇円

③ 診察雑費 四七〇円

④ 診断書代 九四五〇円

⑤ 入院雑費 一万一〇六二円

イ 家族の通院交通費 九万五二〇〇円(一七〇〇円×五六日)

原告は、本件事故後、集中治療室に入れられ、生死が危ぶまれる状態で、家族の声掛けが必要であったため、原告の母親が毎日通院した。

ウ 雑費(テレビカード) 九〇〇〇円

エ 休業損害 四九万一一八一円

原告の本件事故前における収入の平均日額は九六三一円であり、本件事故による休業日数は五一日であるから、原告には、四九万一一八一円の休業損害が発生した。

オ 入通院慰謝料 一五四万円

原告は、本件事故により生死の境をさまよい、気管切開を受けるなど、重篤な結果を生じ、退院後も約一か月間は自宅療養せざるを得なかったことを考慮すれば、上記金額が相当である。

カ 損害額合計 二七四万二一〇三円

キ 素因減額

原告には、もともとジストニア及び重症痙性麻庫の疾患があったことを考慮し、二割を素因減額する。

ク 弁護士費用 二一万円

合計 二四〇万三六八二円

(4)  よって、原告は、被告に対し、不法行為に基づく損害賠償として、二四〇万三六八二円及びこれに対する本件事故日である平成二四年二月二六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

三  請求原因に対する認否

(1)  請求原因(1)及び(2)の各事実はいずれも争う。

被告運転の自転車は、原告に接触すらしておらず、原告と被告との間で事故は発生していない。

被告は、本件事故現場の横断歩道をコクーン新都心側からイトーヨーカドー側に、自転車を手で押しながら歩いて横断していたところ、中央分離帯まで来たところで、原告がその場に座り込んだため、被告は自転車を駐めて原告に駆け寄り声をかけたが、応答せず座り込んでいるだけであったので、困り果てていたところ、通行人から声をかけられたため、事情を話して一緒に歩道の脇に原告を運び、その通行人が救急車を要請した。

被告は、突然、身体に異変を生じた原告を心配して寄り添い、他の通行人と共に救護措置を行っただけであり、本件事故の加害者ではない。

(2)  請求原因(3)の事実のうち、原告が、本件事故により、ジストニア、重症痙性麻痺が増悪して、五七日間の入院加療と、平成二四年五月二〇日までの自宅療養を余儀なくされた事実は不知、その余の事実は否認する。

第三当裁判所の判断

一  証拠(甲二、七の一~四、八、九の一・二、一〇~一二、一四の一・二、乙一、二の一・二、三、四、原告本人、被告本人)及び弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。

(1)  本件事故現場は、さいたま新都心駅前の東口駅前通りに設置された横断歩道の前の、イトーヨーカドー側歩道上である。(ただし、事故の発生自体に争いがある。)

イトーヨーカドー側にはaビル(以下「aビル」という。)があり、反対側のコクーン新都心側にはバスターミナルがある。

上記横断歩道は、中央分離帯を挟んで片側二車線にわたっている。

(2)  原告は、過去の水泳事故により、六年前から固定ジストニアを発症し、髄腔内バクロフェン療法を受けており、髄腔内に埋め込まれたポンプにバクロフェン液を常時送り続けるための機械を右脇腹内に入れている。外部から衝撃を受けるなどして、この機械の機能が停止すると、髄腔内のポンプにバクロフェン液が送られなくなるため、生命に関わる事態が生じ得る。

ジストニアは、中枢神経の障害による運動障害を生じる疾患であり、原告の場合は、歩行に障害があるため、補助具としてロフストランドクラッチを手につけて用いるが、独力での歩行が可能であり、他に発語、視覚、知覚等の障害はなかった。

原告は、本件事故後の平成二四年七月に、定位脳手術を受け、記憶に関わる帯状回の凝固術を受けたため、断片的に記憶が失われている部分があるものの、本件事故時の記憶は残っている。

(3)  原告は、本件事故当日、さいたま新都心駅からバスで障害者交流センターへ行き、トレーニングをしたり、プールで泳いだりした後、バスでさいたま新都心駅に戻り、aビルで買い物をするために、バスターミナルからイトーヨーカドー側に本件事故現場の横断歩道を渡った。

原告は、上記横断歩道を半分ほど渡ったときに、正面の歩道を右手から走ってくる一台の自転車(以下「本件自転車」という。)に気付いた。本件自転車の種類は、一般車(俗に「ママチャリ」といわれるもの)で、高齢の男性が乗っており、特に速くも遅くもなく普通の速度で走行していた。正面の歩道には、本件自転車の他に、歩行者や自転車はなかった。

原告が上記横断歩道を渡り終えた直後に、本件自転車の前部のかごが、原告の右腹部辺りに衝突したため、原告は転倒し、そのまま意識を失った。原告は、ジストニア、重症痙性麻痺が増悪し、喘息を併発して一か月近く集中治療室で治療を受け、約一か月後に意識を回復したため、その後の記憶はない。

(4)  被告は、本件事故現場の歩道脇に自転車を駐め、原告に声をかけたが、原告は頭を下げてしゃがみ込んだ状態で、動きもせず、返答することもなく、被告が話しかけても何の反応もなかった。

被告は、そのまま一〇~二〇分の間、原告の傍で立っていたところ、通りかかった通行人に声をかけられ、その場で起きたことをそのまま話したところ、その通行人が救急車を要請した。被告は、救急隊員に事情を聴かれ、現実に起きたことを話した。救急隊員から、警察官が来るから、その場で待つように指示され、一人で待っていたところ、大宮警察署の交通事故捜査係のA警察官が臨場し、事情を聴かれた。A警察官は、被告を交通事故の加害者と考え、被告に対し、原告が運ばれた病院に行くように指示したが、事件化する必要はないと判断し、実況見分を行ったり、調書を作成したりはしなかった。

被告が自宅へ帰ったところ、A警察官から電話があり、病院に行くこと、明朝、原告の両親が病院に行くのでその際にも病院に行くように言われ、原告の自宅の電話番号も告げられて、電話をするように指示された。

被告は、事故当日、A警察官から指示されたとおり、原告が搬送されたb医療センターに赴いたところ、担当医師から、原告は持病が発症しただけという説明を受けた。被告は、同日夜、原告宅に架電し、原告の父親と話をしたところ、同人から、原告の腹部には機械が入っており、これが壊れると生命に関わることになるという話を聞いた。原告の父親は、被告の発言に対して、あなたの保身のための言い訳だという趣旨の発言をした。

(5)  原告を救急搬送した救急隊員が作成した救急活動記録票(甲八)には、事故種別として「交通」、事故概要として「自転車で横断歩道を渡ったところ、右方(東側)から歩って来た歩行者と接触し、歩行者が転倒してしまった。(自転車運転者談)」、現場到着時の状況として「歩道上に右側臥位。意識レベルJCSⅠ―三で開眼しているが発語なし。」、傷病者観察結果欄には、「(略)骨折・打撲等:なし、四肢麻痺等:痙攣、部位:全身(略)」と記載されている。

なお、上記事故概要は、救急隊員が事故現場で、被告から事情を聴取した結果を記したものである。

(6)  救急車を要請した通行人は、電話でBと名乗り、自転車と障害者である歩行者の関係する交通事故で、二〇代女性が負傷して、負傷部位については不明と述べた。

(7)  大宮警察署の交通事故捜査係の警察官が作成した送付嘱託に対する回答書には、被告の自転車に破損はなかったこと、本件事故は、本件事故現場の横断歩道をコクーン新都心側からイトーヨーカドー側に自転車で横断し終えた被告と、右方から歩道を歩行してきた原告が衝突した事故である旨の記載がある。

二  被告は、本件事故の発生自体を争っているので、この点について最初に検討する。

(1)  前記認定事実によれば、原告は、本件事故後に行った定位脳手術により、断片的に記憶が失われている部分があるが、本件事故当日のことについては、事故によって意識を失うまでの明確な記憶が残っていること、事故前から原告が患っていたジストニアの主な症状は足の運動障害であって、発語、視覚、知覚等の障害はなかったこと、以上の事実が認められる。

原告は、本件事故について、バスを降りたバスターミナルから、aビルのあるイトーヨーカドー側に横断歩道を渡り、渡り終えた直後に、右方から走ってくる本件自転車の前部のかごが、原告の右腹部辺りに衝突し、転倒したという事故態様を具体的に供述しており、その供述内容は、事故当日の原告の行動や経路、衝突部位に合致する合理的なものであって、信用することができる。

(2)  この点、被告は、その本人尋問において、本件事故現場の横断歩道をコクーン新都心側からイトーヨーカドー側に、自転車を手で押しながら歩いて横断したこと、渡り始める前に、横断歩道の反対側の歩道で被告側を向いて立っている原告を見たところ、何ともいいようのない具合が悪そうな表情をしていたこと、中央分離帯まできた辺りで、歩道上の同じ場所で、よろよろと崩れ、座り込む原告を見たことを供述している。

上記供述によれば、原告は、他者と接触することなしに、突然、身体に変調をきたして倒れたことになるが、前記認定によれば、原告は、ジストニアの持病はあったものの、髄腔内バクロフェン療法により、安定した日常生活を送っており、事故当日もトレーニングや水泳をした帰りであって、体調不良の事実は認められないにもかかわらず、突然、生命の危機に瀕するほど症状が増悪したというのであるから、その原因は、原告の右脇腹内に入っているバクロフェン液を送り続けるための機械が、事故による衝撃で機能を停止したためと考えるのが整合的である。

また、原告がaビルを背にしてバスターミナル側を向いて立っていたという被告の供述も、原告の供述する進路と合致しないし、中央分離帯を挟んで片側二車線の横断歩道の先に立つ人の表情がどれだけ看取し得るかにも疑問がある(甲七の四、乙二の一・二参照)。

以上によれば、被告の前記供述は直ちに信用することができず、本件自転車が原告の右腹部辺りに衝突したという原告主張の事故が発生したことを認めるのが相当である。

(3)  もっとも、原告は、本件自転車が一般車であり、運転していたのが高齢の男性であったという以上に、運転者の人相まで具体的に記憶しているわけではない。

被告は、原告が横断歩道をイトーヨーカドー側に渡り終えた後、歩道を東側から走行してきた本件自転車と衝突したとしても、その自転車を運転していたのは被告ではない旨主張するので、以下検討する。

ア 前記認定事実によれば、救急車を要請したのは、本件事故から一〇~二〇分後に本件事故現場を通りがかったBと名乗る通行人であり、被告は、この通行人に対して、その場で起きたことをそのまま話したところ、同人は、救急車を要請する際に、自転車と障害者である歩行者の関係する交通事故であると告げたこと、被告は救急隊員に対して、現実に起きたことを話したところ、救急隊員は、自転車の運転者から事情聴取した結果として、自転車で横断歩道を渡ったところ、右方(東側)から歩いてきた歩行者と接触し、歩行者が転倒した旨記載したこと、交通事故捜査係のA警察官が被告から事情を聴いた結果、被告が交通事故の加害者であるという認識を持ち、被告に原告が搬送された病院へ行くことや、原告の自宅に電話をするように指示したこと、以上の事実が認められる。

これらの事実によれば、被告が、本件事故直後に、通行人、救急隊員及び警察官に対して、自らの自転車と原告が接触した事実を告げたことが推認される。

イ また、被告は、通行人に声をかけられるまで、しゃがみ込み、何の反応もない原告の傍らに一〇~二〇分間立っていたというのであるが、無関係の善意の通行人の対応としては不自然な感を免れない。一〇~二〇分もの間、何の反応もない原告の状態を、先入観なく見れば、周囲の人々を巻き込んででも救急車を要請するなど何らかの措置が必要と考えるのが自然であるところ、重症だと思わなかったという被告本人の供述は、接触の程度を知るがゆえの思い込みか、大事にしたくないという意識の表れとも考えられる。さらに、救急隊員や警察官の指示に従って、原告の搬送先の病院を訪れて担当医師と面談したり、原告の自宅に架電して原告の父親と話をしたりしたことについても、善意の通行人の行動の範囲を超えているというべきである。

ウ そして、前記認定事実によれば、被告は、原告宅に架電した際、原告の父親から、原告の右脇腹内の機械について聞かされ、被告の発言に対して、原告の父親があなたの保身のための言い訳だという趣旨の発言をしたことが認められるところ、これらの会話は、その内容からして、被告が無関係の通行人としてされたものとは考え難く、被告の運転する自転車が原告と衝突したことが前提となっていたものと考えられる(甲一二、原告本人)。

エ なお、証拠(甲一一、乙五、被告本人)及び弁論の全趣旨によれば、本訴提起前に、被告が原告代理人に二度にわたって架電した際、原告代理人が原告は話をすることができる旨の発言をしたことが認められるところ、そのような発言がされる前提として、被告が原告の発話能力に関する問いを発したことが推認され、被告が本件事故に関して原告が話せるかどうかを気にかけていたことが認められる。

オ 以上によれば、原告は、被告が運転する自転車と、原告主張の事故態様で衝突したものと認めるのが相当であり、これに反する被告本人の供述は措信できない。

なお、救急活動記録票(甲八)及び事故発生状況略図(甲九の二)は、救急隊員や警察官が一方当事者である被告のみから聴取した内容を基に作成したものであって、原告及び被告の進路については、正確性を欠くものというべきである。被告は、この点、衝突の事実を認めながら、進路についてのみ虚偽の供述をするのは不合理であると主張するが、被告が主張する「自転車を押して歩いていた」ことをいうには、自分が横断歩道を進行したのでなければ辻褄が合わないのであり、原告が発話できないと考えていれば尚更、進行方向について自分に都合のよい供述をすることもあり得ないことではない。

(4)  以上によれば、本件事故の発生を認めることができ、本件事故について、被告に前方不注意の過失を認めることができるから、被告は、民法七〇九条に基づき、原告に生じた損害を賠償する責任を負う。

三  損害の発生及び額

(1)  治療関係費

ア 差額ベッド代 五六万九一〇〇円

証拠(甲二、三の一~三、八、一二)及び弁論の全趣旨によれば、原告は平成二四年二月二六日にb医療センターに搬送され、翌二七日にc医大に転送されて、集中治療室で治療を受けたこと、同年四月四日には、意識が戻ってきたため、集中治療室からモニター監視がついた一般病棟特別療養環境室に移り、同月二二日に退院し、その間の差額ベッド代五六万九一〇〇円を支払ったことが認められるところ、集中治療室から出た後も、それまで一か月近く意識が戻らなかった等の重篤な症状に鑑みて、モニター監視がついた一般病棟特別療養環境室に入る必要性が認められるから、これは、本件事故と相当因果関係のある損害と認められる。

イ 食事療養代の一万六六四〇円については、これが、入院しているかどうかに関わらず支出を要する食費を超えるものと認めるに足りる証拠はないから、本件事故と相当因果関係のある損害と認めることはできない。

ウ 診察雑費(甲三の七・八) 四七〇円

エ 診断書代(甲三の七~九) 九四五〇円

オ 入院雑費(甲四の一~五) 一万一〇六二円

カ テレビカード 九〇〇〇円

入院雑費として認められる範囲内の支出ということができる。

(2)  家族の通院交通費 九万五二〇〇円

証拠(甲一二)及び弁論の全趣旨に前記認定事実を併せ考慮すると、原告は、本件事故後長期間、集中治療室に入って治療を受け、生死が危ぶまれる状態が続き、家族の声掛けが必要であったため、原告の母親が毎日通院したことが認められ、母親の交通費(一七〇〇円×五六日)は、本件事故と相当因果関係のある損害と認められる。

(3)  休業損害 四九万一一八一円

証拠(甲五、一二、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件事故当時、株式会社dで正社員として勤務しており、平成二三年一二月及び平成二四年一月の収入が合計三五万六三六三円であり、その平均日額は九六三一円であったこと、原告の本件事故による休業日数は五一日であることが認められる。

よって、原告の休業損害は、九六三一円×五一日=四九万一一八一円と認められる。

(4)  傷害慰謝料 一四五万円

証拠(甲二、一二、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件事故により、ジストニアが増悪して生死の境をさまよい、気管切開を受け、五七日間入院加療し、その後、平成二四年五月一四日に職場復帰するまで自宅療養したこと、本件事故後は、以前より歩行が困難になったこと、事故後、体力が戻らずに退職を余儀なくされたこと、以上の事実が認められる。

これらの事実を考慮すると、傷害慰謝料としては、一四五万円が相当と認められる。

(5)  損害額合計 二六三万五四六三円

(6)  素因減額

前記認定事実によれば、原告は、本件事故前からジストニアの疾患を有し、髄腔内バクロフェン療法を受けており、髄腔内に埋め込まれたポンプに常時バクロフェン液を送り続けるための機械を右腹内に入れていたこと、原告は、本件事故前は、この療法により安定した日常生活を送っており、正社員として勤務する傍ら、余暇にスポーツをすることも可能であったこと、一方、本件事故は、通常速度で走行する自転車の前かごが原告の右腹部辺りに衝突し、原告が転倒したものであり、被告の自転車に破損はなく、原告にも治療を要する外傷等がなかったことからすれば、その衝撃はさほど大きなものではなかったとも考えられること、それにもかかわらず、衝突の衝撃で原告の右腹内の機械が停止したことにより、生死の境をさまようような重篤な結果が原告に生じたこと、原告は、本件事故後、時間が経っても事故前の水準まで回復していないこと、以上の事実が認められる。

これによれば、本件は、被告の加害行為と原告の疾患が共に原因となって損害が発生した場合ということができ、被告に損害の全部を賠償させることは公平を失するというべきであるから、原告の疾患を斟酌して、損害の六割を減額するのが相当である。

損害の合計二六三万五四六三円に六割の素因減額をすると、一〇五万四一八五円となる。

(7)  弁護士費用

以上に認定した損害の金額、本件訴訟の経緯その他本件に顕れた諸事情を考慮すると、本件事故と因果関係のある弁護士費用は、一〇万円と認めるのが相当である。

四  結論

よって、原告の請求は、一一五万四一八五円及びこれに対する本件事故日である平成二四年二月二六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 男澤聡子)

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