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さいたま地方裁判所 平成24年(行ウ)23号 判決 2013年9月25日

主文

1  埼玉県公安委員会が平成23年9月28日付けで原告に対してした運転免許取消処分を取り消す。

2  訴訟費用は,被告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

主文同旨

第2事案の概要等

1  事案の概要

本件は,埼玉県公安委員会から平成23年9月28日付けで運転免許取消処分(以下「本件処分」という。)を受けた原告が,本件処分の基礎とされた同年4月22日発生の交通事故(以下「本件事故」という。)に係る救護義務違反は存在しない等と主張して,本件処分の取消しを求めた事案である。

2  法令等の定め

(1)  運転免許(以下「免許」という。)を受けた者が自動車等の運転に関し,道路交通法(以下「道交法」という。)117条の違反行為をしたときは,公安委員会は,その者の免許を取り消すことができる(同法103条2項4号)。

そして,同法117条1項は,車両等の運転者が,当該車両等の交通による人の死傷があった場合において,同法72条1項前段の規定に違反したときは,5年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処するとし,同項前段は,交通事故があったときは,当該交通事故に係る車両等の運転者その他の乗務員は,直ちに車両等の運転を停止して,負傷者を救護し,道路における危険を防止する等必要な措置を講じなければならないと規定する。

なお,交通事故とは,車両等の交通による人の死傷若しくは物の損壊をいう(同法67条2項)。

(2)  公安委員会は,道交法103条2項各号のいずれかに該当することを理由として同項により免許を取り消したときは,政令で定める基準に従い,3年以上10年を超えない範囲内で当該処分を受けた者が免許を受けることができない期間を指定する(同法103条8項)。

そして,道路交通法施行令(以下「道交法令」という。)38条7項1号トは,救護義務違反を含む特定違反行為をしたことを理由として免許を取り消し,前歴がなく,当該特定違反行為に係る累積点数が40点から44点の点数に該当する場合,道交法103条8項の政令で定める基準として,4年とする。

(3)  救護義務違反の基礎点数は35点である(道交法令別表第2の2の表,備考2の126)。

無保険運行は,自動車損害賠償保障法5条に違反する行為であり,その基礎点数は6点である(道交法令別表第2の1の表,備考2の17)。

3  前提事実(争いのない事実のほかは,かっこ内に認定に用いた証拠等を示す。)

(1)  当事者

ア 原告は,平成3年1月25日,普通自動二輪車の免許を取得し,その後,第一種大型・中型免許を取得し,平成21年12月4日にこれらの免許の更新処分を受けた者である。

なお,原告には,平成23年9月28日当時,過去3年以内に道交法上の行政処分歴がなかった。

イ 被告は,埼玉県公安委員会が所属する普通地方公共団体である。

(2)  本件事故の発生

ア 本件事故が発生した場所は,東西に伸びる国道298号線の側道に設けられた川口市a番地のb先(乙3,6)歩道上であり,原告の勤務先である株式会社A(以下「本件資材置き場」という。)の出入口が接している場所である。

同歩道は,アスファルト舗装された幅員3.5メートルの直線道路であり,草加市方面(東側)から本件資材置き場の出入口前(本件事故の発生場所)を経由して蕨市方面(西側)に向かって緩やかに下っている(乙3)。

イ 原告は,平成23年4月22日午後5時20分頃(乙2),全長2.065メートル(乙17)の第2種原動機付き自転車(以下「原告車両」という。)に乗り,国道298号線の側道に出るため,本件資材置き場出入口から出て,本件事故発生場所である前記歩道上で,歩道を横切る状態で南方向を向いて側道に垂直に停車していた。

他方,埼玉県立B高校(以下「B高校」という。)に通っていたC(以下「C」という。)は,自宅に帰るため,前記歩道上を東から西に向かって自転車で下っていたところ,前記歩道上に停止していた原告車両の後輪に衝突した。

ウ 本件事故により,Cが原告車両を越えて反対側(西側)に転倒し,加療約1週間を要する右肩打撲の傷害を負ったほか,自転車の前かごが取れ,前輪の泥除け部分が曲損した。(甲8の1,2,乙2ないし6,22)。

また,原告も原告車両ごと転倒して少量の出血をしたほか,原告車両の左側面がやや破損した。(甲5,6,乙7,10,18,原告本人,弁論の全趣旨)

(3)  本件事故に関する刑事事件の経緯

ア 原告車両は,平成23年4月22日時点で,自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責」という。)の契約期限を徒過していたため,自賠責については無保険であった。

川口簡易裁判所は,原告に対し,平成23年11月2日,自動車損害賠償保障法違反(無保険運行)の罪により罰金20万円に処する旨の略式命令をした。(甲1)

イ 救護義務違反については,原告において,Cに傷害を負わせた認識やCの自転車を損壊させた認識が希薄であることを理由に,不起訴とされた。(甲2)

(4)  本件処分の経緯

ア 埼玉県公安委員会は,平成23年9月28日,原告の意見聴取を行った。

イ 埼玉県公安委員会は,本件事故における原告の行為について審査した結果,同日付けで,原告に対し,免許を取り消す処分(本件処分)をするとともに,同日から2年間を免許を受けることができない期間として指定する処分を行った。同処分に係る処分事由は次のとおりである。

(ア) 平 成23年4月22日 無保険運行(点数6点)

(イ) 平成23年4月22日 救護義務違反(点数35点)

(5)  本訴の提起

原告は,平成23年10月19日,本件処分を取り消すとの決定を求める異議申立てをした。これに対して,埼玉県公安委員会は,平成24年3月21日,異議申立てを棄却する決定(本件裁決)をした。

そこで,原告は,平成24年7月5日に本件訴訟を提起した。(当裁判所に顕著な事実)

4  争点

(1)  救護義務違反の有無

(2)  比例原則違反又は平等原則違反の有無

5  争点に関する当事者の主張

(1)  争点(1)(救護義務違反の有無)について

(被告の主張)

ア 「交通事故」とは,「車両等の交通による人の死傷若しくは物の損壊」をいい(道交法67条2項),「交通による」とは,車両等の交通に起因した事故のことで,発生した交通事故が運転者の故意,過失によるものであることは要しない。

もっとも,原告は,右方向から来る車の存否に気を取られて,左方向から接近するCに対して警笛を吹鳴する等して危険を知らせることなく,漫然と,しかも十分な通行余地を残さない状態で,原告車両を歩道に停車させて通行を遮り,本件事故に至ったものであるから,原告には,本件事故に関して過失があることは明らかである。

イ 最高裁判所昭和45年4月10日第二小法廷判決・最高裁判所刑事判例集24巻4号132頁(以下「最判昭和45年4月10日」という。)によれば,運転者の判断で負傷が軽微であるから救護の必要はないとすることは許されず,十分に被害者の受傷の有無程度を確かめた上で,負傷が軽微なため被害者が医師の診療を受けることを拒絶した場合にのみ救護義務を免除するとし,負傷が軽微であることについては,運転者の判断に委ねず,客観的に明らかであることを必要としている。

同判例によれば,負傷者による一方的過失による交通事故の場合でも,運転者の救護義務が著しく軽減されることはない。

ウ 原告が衝突による衝撃が大きかったことを認めていることや,原告車両,C運転の自転車の損壊状況,Cが原告車両を越えて転倒したこと,原告自身も負傷したことからすれば,原告は,Cが負傷していることを認識し,少なくとも容易に認識し得たといえる。

また,原告はCに対して「ばかやろう。おまえ,Bの生徒か。」と怒鳴りつけ,Cが学校へ携帯電話で連絡をしていると「そういうことはいいから,とりあえず今回は示談でいいから。」と言って走り去っており,被害者に「大丈夫か。」と確認する等の措置すら講じていない。

仮に,原告がCに対して「大丈夫か。」と声を掛け,Cが「大丈夫。」と答えたことをもって,Cに怪我がないと判断していたとしても,原告が十分にCの受傷の有無を確かめたとはいうことはできない。

エ したがって,原告には救護義務違反が認められる。

(原告の主張)

ア 道交法72条の規定によれば,過失の有無程度を問わず救護義務違反が発生するが,加害者か被害者かにより求められる「必要な措置」の程度は異なる。

イ 原告は同法17条1項但書及び2項を遵守し,安全に歩道内に進行し,歩行者の通行の妨げにならない十分なスペースを空けた上で,側道脇で安全確認のために完全に停車したのであるから,原告は本件事故に関して無過失である。そして,Cはそこへ一方的に衝突してきたのであるから,本件事故は,Cの過失によるものである。

最判昭和45年4月10日は,加害者の被害者に対する救護義務の問題であるところ,本件はCの一方的な過失による事故であり原告は加害者ではないのであるから,事案が異なる。よって,本件は,同判例の射程外である。

ウ 原告が,衝突直後にCに「大丈夫か。」と声を掛けたのに対して,Cは「大丈夫。」と答えたが,原告は念のために,学校に対して連絡を入れるよう指示した。また,原告は,Cが学校関係者に連絡した際にCの側にいたが,Cは,怪我や痛みについて申告していなかった。

そのため,原告はCが怪我をしていないものと考え,自分がとるべき救護措置及び危険防止措置を果たしたと判断して,その場を離れたのである。

そうであれば,原告はCの負傷を認識しておらず,また,認識し得なかったといえるし,原告は十分にCの受傷の有無程度を確かめたといえる。

エ したがって,原告に救護義務違反は認められない。

(2)  争点(2)(比例原則違反又は平等原則違反の有無)について

(被告の主張)

救護等の義務は,負傷の結果が「車両等の交通」により生じたものと認められる限り,原因行為についての故意過失の有無を問わず課せられるのであって,被害者であるCとの関係において平等原則又は比例原則を容れる余地はない。

(原告の主張)

仮に救護義務違反があるとしても,Cの一方的過失により生じた本件事故の被害者である原告が欠格期間2年の免許取消処分とされることは不当な処分である。

原告は,本件処分により,杖を使用して生活する母親の病院への送迎等をすることができず,タクシーを使用せざるを得なくなり,経済的負担が増え,さらに,勤務先でも,原告が運転できないことにより作業員を増員せざるを得なくなり,人件費の負担が増え,これらのことにより原告が受けた精神的損害も決して小さいものではない。

他方で,加害者のCは,運転していたのが軽車両に過ぎないため一切の不利益を受けず,今後免許の取得が可能であるにもかかわらず,被害者である原告が当該処分を受けることは,比例原則及び平等原則に反する不当な取扱いである。

第3裁判所の判断

1  認定事実

(1)  証拠(甲5,6,8の1,2,甲16,乙3,4,6,10,11,18,原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,本件事故の経緯及び事故態様に関し,以下の事実を認めることができる。

ア 原告は,平成23年4月22日午後5時頃,原告車両を運転して,本件資材置き場出口で一旦停車し,本件資材置き場の出口左右に設置されたカーブミラーから,左右両方から進行する自転車利用者や歩行者がいないかを確認した。

その後,自分で目視が可能な位置まで少し前に進め,左右から進行する自転車利用者や歩行者がいないことを再度確認した。

原告は,目視による確認の後,歩道上に進行し,車道との境目に原告車両の前輪が来るまで進行し,車体が歩道を横切る状態で完全に停止し,右方向から来る自動車の有無を確認した。このとき,原告が停車した後方には,自転車が通行することのできる歩道上のスペースがあった。

イ 他方,Cは,B高校から自宅に帰るため,歩道上を草加市方面から蕨市方面に向かって自転車で走行していた。

Cは,自転車の速度を特段落とすことなく東から西へ向かって下り坂を走行し,また,本件事故の約16.9メートル手前から,自分の着用していた服の汚れが気になり,前を見ない状態で自転車を走らせていた。そして,Cが本件事故の約3.3メートル手前で視線を前方に向き直したところ,原告車両が止まっていることに気付いて,ブレーキを掛けようとしたが間に合わず,止まっていた原告車両の後輪に衝突した(本件事故)。

ウ 本件事故により,Cは,原告車両を越えて反対側(西側)に転倒し,また,原告も,原告車両ごと転倒した。そして,それぞれ,前記第2の3(2)ウのとおりの損害を被った。

原告は,転倒直後,Cに対して,「ばかやろう。おまえ,Bの生徒か。」と怒鳴ったが,これに続けて「大丈夫か。」という声かけを行った。

Cは,原告の問いかけに対し「大丈夫。」と答え,その後,原告の勧めもあって,原告の面前で学校に連絡の電話をかけ,「よそ見をして運転していたらぶつかりました。」と事故の報告をした。

原告は,Cの電話でのやり取りを聞き,「示談でいいから。」とCに告げて,その場を立ち去った。

(2)  以上の認定に関する当事者の主張等については,以下のとおりである。

ア 原告の安全確認について

被告は,原告が,右方向から来る車の存否に気を取られて,漫然と,しかも十分な通行余地を残さない状態で,原告車両を歩道に停車させて通行を遮ったと主張する。

しかしながら,原告の陳述書(甲5)及び原告本人尋問による原告の安全確認行動に関する部分は自然かつ具体的であり,これを採用することができる。また,車体幅(2.065メートル)と歩道の幅員(3.5メートル)との比較(前記第2の3(2)ア)及びCの自転車が原告車両の後部に衝突したこと(同イ)を踏まえるときは,原告は歩道に少なくとも70センチメートル程度の通行余地を確保して停車していたということができる。

さらに,証拠(甲5,原告本人)によれば,原告が側道に出るために歩道上で停車していた時間は,原告の感覚ではおよそ3秒から10秒程度であると認められるから,原告が安全確認をしている時に,必ずしも坂の途中にいるCに気付くことができたとまではいえない。

したがって,原告が本件資材置き場を出てから本件事故が発生するまでの間の態様は前記(1)アのとおり認定できるのであって,これに反する被告の前記主張は採用できない。

イ 本件事故後の原告及びCの行動について

Cの供述調書(乙4)や原告の警察官面前調書(乙10,11)には,①本件事故後に,原告がCに対して「大丈夫か。」と確認したこと,②原告の勧めに従いCが学校へ電話をかけたこと,③Cが学校への電話で「よそ見をして運転していたらぶつかりました。」と事故の報告をしていたこと等の記載がない。

しかしながら,原告は,検察官面前調書(甲6,乙18),陳述書(甲5),原告本人尋問を通じて,前記①ないし③の事実等があった旨を一貫して供述している。そして,前記①ないし③の事実等は,自らの前方不注意で原告車両に衝突し動揺していた高校生に対する社会人の対応として,いずれも自然であるから,かかる事実等に関する前記証拠部分(甲5,6,乙18,原告本人)は採用することができる。なお,前記①の事実は,原告がCに対して「ばかやろう。おまえ,Bの生徒か。」と怒鳴った事実(乙4)と矛盾するとはいえない。

そして,Cの供述調書(乙4)や原告の警察官面前調書(乙10,11)にしても,前記①ないし③の事実等がなかったと積極的に否定する記載があるわけではない。特に,原告の警察官面前調書については,警察官面前調書の作成時,仕事後の疲労感で少しでも早く終わらせたいとの一心で,十分に調書の内容を確認しなかったと原告が本人尋問で述べているところであるが,これもあながち不合理ともいえない。

したがって,前記①ないし③の事実等を認定することができる。

ウ Cの自転車の前かごが取れた点について

Cの自転車の前かごについて,写真撮影報告書(乙22)には「前かごは本件事故により脱落したため,事故後に処分し,現在は存在していない。」とする平成25年5月10日当時のCの供述があり,本件事故当時に作成された実況見分調書(乙3)にもCの自転車の前かごが取れて下に落ちている状態が写った写真がある。

前記実況見分調書(乙3)には,破損の状況は「前部等小破」とのみ記載されており,前かごの脱落を具体的に指摘しておらず,Cの供述調書(乙4)にも,自転車の前輪の泥よけ部分が大きく曲がってしまったという記載があるが,前かごの脱落に言及した記載はないものの,上記の各証拠(乙3,22)に照らすと,Cの自転車の前かごが本件事故により取れたという事実が認められる。

2  争点に対する判断

(1)  争点(1)(救護義務違反の有無)について

ア 救護義務の有無

(ア) 道交法72条前段所定の救護義務が生じるのは,「交通事故」があった場合であり,「交通事故」とは,車両等の交通による人の死傷又は物の損壊のことをいう(同法67条2項)。

そして,発生した「交通事故」が運転者の故意,過失に起因している必要はなく,自己の運転する車両等が交通事故に関与したものであれば,それが,交通によるものである限り,明らかに歩行者等の一方的過失によるものであっても,また,事故の時点において車両等が停止していたとしても,「交通事故」に該当し,車両等の運転者は救護義務を負うことになると解される。

(イ) 本件事故は,Cの自転車が,歩道上に停止していた原告車両に衝突して発生したのであるから(前記第2の3(2)イ),本件事故は交通によるものといえ,かつ,原告車両は本件事故に関与しているといえる。

また,Cは,本件事故により加療約1週間を要する右肩打撲の傷害を負った上,Cの自転車は,前かごが取れ,前輪の泥除け部分が曲損している。そして,原告自身も本件事故により少量の出血をし,原告車両の左側面も破損している(前記第2の3(2)ウ)。そうすると,本件事故は,車両等の交通による人の死傷又は物の損壊であるといえ,同条の「交通事故」に該当する。

したがって,原告には救護義務があったといえる。

イ 救護義務違反の有無

(ア) 車両等の運転者が,いわゆる人身事故を発生させたときは,直ちに車両の運転を停止し十分に被害者の受傷の有無程度を確かめ,全く負傷していないことが明らかであるとか,負傷が軽微なため被害者が医師の診療を受けることを拒絶した等の場合を除き,少なくとも被害者をして速やかに医師の診療を受けさせる等の措置を講ずべきであり,この措置をとらずに,運転者自身の判断で,負傷は軽微であるから救護の必要はないとしてその場を立ち去るがごときは許されない。受傷の有無,程度は,専門医によっても一見して直ちに判断できるものではなく,これを運転者の判断に委ねることは立法趣旨にもとるからである。最判昭和45年4月10日は,この理を明らかにしたものと解される。

そして,運転者が加害者であっても,被害者であっても,受傷の有無,程度は判断が困難な事項であるという経験則は等しく妥当するといえるし,そもそも交通事故において運転者が被害者であるか加害者であるかは事故当時に一見して明らかであるとは限らず,事故に関与した者には少なからず自己防御の本能が働いて事故状況や結果につき自己に有利な解釈をすることは否定できないから,運転者が交通事故に関与している限り,上記の救護義務についての解釈(最判昭和45年4月10日の趣旨)は妥当するというべきである。これに反する原告の主張は採用できない。

(イ) これを本件事故について検討してみるに,原告が,本件事故後にCに対して取った措置は,「大丈夫か。」という声かけと,Cの電話内容を聞いていたことである(前記第3の1(1)ウ)が,かような措置では,十分にCの受傷の有無や程度を確かめたとはいえない。

また,Cは,本件事故により加療約1週間を要する右肩打撲の傷害を負った上,Cの自転車は,前かごが取れ,前輪の泥除け部分が曲損しており,原告自身も本件事故により少量の出血をしている(前記第2の3(2)ウ,前記1(2)ウ)。そうであれば,Cが負傷をしていないことが明らかであったとはいえないため,原告は速やかに医師の診療を受けさせる等の措置を講ずるべきであったといえる。それにもかかわらず,原告は,かかる措置を怠り,自らの判断で,Cに負傷はないか,あるとしても軽微であるから救護の必要はないとしてその場を立ち去ったといわざるを得ない。

したがって,原告は,本件事故に関し,救護義務違反をしたと認められる。

(2)  争点(2)(比例原則違反又は平等原則違反の有無)について

ア 免許の取消しの処分は,道路交通法上危険のある運転者を一定期間道路交通の場から排除して,道路における危険を防止し,その他交通の安全と円滑を図り,及び道路の交通に起因する障害の防止に資することを目的(道交法1条)として行われるものである。そして,同法103条2項は,同項各号で,危険運転致死傷,酒酔い運転,救護義務違反等,特に道路交通法上の悪質性及び危険性が高いと評価できる行為を類型的に規定して,免許を取り消すことができることができると定めており,同条8項は,公安委員会が免許の取消しの処分を行う場合には,欠格期間を道交法令に従って指定すると規定する。

そして,同法103条2項及び8項は,同条2項各号の基準に従って免許の取消しの処分を行う権限及び道交法令の基準に従って欠格期間の指定をする権限を,公安委員会に付与しているのであるから,公安委員会が上記権限を行使して免許の取消しの処分を行うか否かの判断は,原則として同項各号の基準に従って,また,免許の取消しの処分を行う場合に欠格期間をどのように定めるかの判断は,原則として道交法令の基準に従って行うべきである。

もっとも,免許の取消処分は,将来における道路交通の危険を防止するという行政目的のために行われる処分であるが,自動車の運転を一定期間禁止し,再度免許取得手続をさせるという重大な制約を運転者に課すものであるから,違反行為の態様,違反行為を行うに至る経緯,動機,違反者の違反の認識の有無,程度等の個別具体的な事情によっては,道交法及び道交法令の基準通りの処分を行うことが被処分者の道路交通上の危険性の度合いに照らして著しく重きに失すると認められる場合(比例原則違反)には,裁量権の逸脱又は濫用として違法になることもあり得ると解される。

イ 本件においては,前記(1)で判断したとおり原告に救護義務が認められるところ,原告がCに対して積極的に取った措置は「大丈夫か。」という声かけ及び学校への連絡の勧めのみである(前記第3の1(1)ウ,(2)イ)。

しかしながら,本件事故は,原告が自転車が通過するには十分なスペース(少なくとも70センチメートル)を開けた(前記1(1)ア,(2)ア)上で停止していたところに,Cが明らかな脇見運転をして原告車両に衝突して生じたものである(前記1(1)イ)。しかも,Cは坂の上から減速をせずに自転車で走行し,原告車両の3.3メートル手前で初めて前方を確認して原告車両に気がついた(前記1(1)イ)というのであるから,原告車両が全長約2メートルの第2種原動機付自転車であることも考慮するときは,本件事故直前にCの自転車の衝突を回避する措置を講じることを原告に求めることは無理を強いるものである。そうであれば,本件事故は,Cの全面的過失によるものというべきである。

そして,証拠(甲5,18,原告本人)によれば,本件事故後,Cは普通に歩くことができ,どこか痛がっているということもなく,原告からの「大丈夫か。」との問いかけに対しても「大丈夫。」と答えたため,原告としては,Cが受傷していないと考えたことが認められる。なお,客観的にも,Cの受傷は,加療約1週間を要する右肩打撲にとどまる(前記第2の3(2)ウ)。

加えて,証拠(甲5,原告本人)によれば,原告は本件処分により,事実上,母親の病院への送迎等のためタクシーを使用せざるを得なくなり経済的な負担が増え,また,勤務先でも原告の代わりの運転手を雇うこととなり人件費の負担が増えたことが認められるところ,これらに伴い原告は精神的苦痛を受けたとしても無理からぬものがあり,原告が受けた損害の程度は決して小さいとはいえない。

ウ ところで,前記(1)ア(ア)のとおり,救護義務発生の要件はかなり広いことから,その違反経緯及び態様には様々なものがあり得るところ,法が免許取消しとなる対象を危険運転致死傷や酒酔い運転といった3年以上の欠格期間を伴ってもやむを得ないような悪質かつ危険な違反行為に限っていることからすると,特段の事情があって,悪質かつ危険とまでいえないごく軽微な救護義務違反である場合には,例外的に免許取消処分をしないことも許容していると解される。そして,本件事故における原告の救護義務違反については,上記イで認定したところに照らすと,その前提となる本件事故の責任はCのみにあって原告の道路交通上の危険性は著しく小さく,また,違反の態様においても危険運転致傷や酒酔い運転と同程度の悪質性を認めることは到底できないのであって,本件では,前記の特段の事情があるといえる。

このような事情がある本件事故において,しかも,一方的な被害者である原告に対して,その軽微な救護義務違反を捉えて免許を取り消すことには,誰しも強い違和感を覚えるであろう。原告に対しては,将来における道路交通の危険を防止すべく免許を取り消して救護義務の重要性を自覚させる必要性はなかったというべきであり,かつ,原告は無保険運転については刑事罰を受けているのである。他方,前記イのとおり,本件処分を受けることによって原告の受ける不利益の程度は決して小さくない。

以上の事情を勘案すると,原告に対する本件処分は,道路交通上の危険性の度合いに照らして著しく重きに失するというべきであって,本件のような限定的事案においては,裁量権の濫用(比例原則違反)として違法になると解される。なお,本件処分において欠格期間を2年に軽減しているけれども,これは,本件において免許を取り消す場合には欠格期間を4年とする道交法及び道交法令の予定するところではないから,このことをもって本件処分を適法とすることはできない。

エ してみると,本件処分はこれを取り消すべきである。

第4結論

以上の次第であり,原告の請求は理由があるから認容することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 原啓一郎 裁判官 鈴木拓児 裁判官 今西由佳子)

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