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さいたま地方裁判所 平成25年(ワ)1578号 判決 2015年11月18日

原告

X1

原告

X2

上記2名訴訟代理人弁護士

金子直樹

宮田晶子

被告

さいたま市

同代表者市長

同訴訟代理人弁護士

馬橋隆紀

同指定代理人

B他4名

主文

1  被告は、原告らに対し、それぞれ659万9333円及びこれに対する平成23年12月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は、これを25分し、その21を原告らの負担とし、その余は被告の負担とする。

4  この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

被告は、原告らに対し、それぞれ4047万5602円及びこれに対する平成23年12月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要等

本件は、被告に任用され環境局施設部aセンター(以下「本件センター」という。)に勤務していた亡C(以下「C」という。)が、Cの指導係であったD(以下「D」という。)から暴言及び暴力行為等のパワーハラスメント(以下「パワハラ」という。)を受けたため、精神疾患を発症して自殺したなどとして、Cの両親である原告らが、被告に対し、債務不履行又は国家賠償法1条1項による損害賠償請求権に基づき、それぞれ4047万5602円及びこれに対するCが自殺した日である平成23年12月21日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

1  前提となる事実(証拠<省略>等を掲記した事実以外は、当事者間に争いがないか、争うことを明らかにしない事実である。)

(1)  当事者等

ア Cは、昭和45年○月○日、原告らの二男として出生した。

Cは、平成14年7月1日、被告に任用され、以後、業務主事として、小学校、中学校及び高等学校に勤務していたところ、平成23年4月1日付けで環境局施設部aセンター(本件センター)に異動となり、b係の業務主任として勤務していた(証拠<省略>、弁論の全趣旨)。

イ Dは、平成12年に本件センターに赴任し、以後平成24年4月1日に異動になるまでの間、Cと同じくb係の業務主任として勤務していた。

なお、本件センターのb係の業務主任は、DとCの2人であり、DはCの指導係であった。

(証拠<省略>、証人D)

ウ E(以下「E」という。)は、平成22年4月、本件センターに赴任し、以後平成24年4月1日に異動になるまでの間、b係長を務めていた。

(証拠<省略>、証人E)

エ F(以下「F」という。)は、平成23年4月1日から本件センターの所長を務めている。

(証拠<省略>、証人F)

(2)  Cの受診歴

Cは、平成14年10月12日、不眠、不安及び緊張による諸症状で全く職務を遂行することが困難であるとして、cクリニックの精神神経科を受診し、その結果、心因反応と診断され、拡張型統合失調症も疑われた。

Cは、平成22年6月頃、うつ病にり患し(以下、このうつ病を「本件既往症」という。)、同月3日から同年8月31日までの間、当時勤務していた小学校を90日間休職した。

その後、平成23年1月には不調であったものの、服薬を変更したことにより、症状は改善傾向となった。

(証拠<省略>)

(3)  Cが自殺するに至った経緯

ア Cは、本件センターのb係において、計量を担当し、搬入届の受理、手数料の集計、入金や釣り銭の管理並びに市民等からの電話及び窓口対応といった業務に従事していた。(証拠<省略>)

イ Cは、平成23年10月12日、うつ病等の症状の悪化傾向が出現した。

Cは、同年12月14日、Fに対し、体調が思わしくない旨を申し出た上、翌15日、cクリニックの精神神経科のG医師(以下「G医師」という。)作成の同月14日付け診断書(証拠<省略>。以下「本件診断書」という。)を提出した。なお、本件診断書には、①うつ病、睡眠障害及び適応障害により通院加療中であること、②約1箇月の悪化傾向が持続し、不眠を伴う重症うつ状態レベルであること、③今後最低でも約3箇月程度の加療及び自宅療養が適切であり、平成23年12月15日から平成24年3月14日まで90日間の休職を要することなどが記載されていた。

(証拠<省略>、証人F)

ウ 原告X1は、平成23年12月21日、本件センターを訪れ、Fらと面談した後、Cと共に、cクリニックに向い、医師からCの病状について説明を受けた。原告X1が、同日、本件センターに戻り、Fと相談した結果、Cは、翌22日から休職することが決まり、原告X1と共に帰宅した。

Fは、同月21日午後7時頃、原告X1に対し、休職開始日の日付を同月22日に訂正した診断書を持ってきてほしい旨を伝えた。Cは、このやり取りを聞くと、「もう嫌だ。」と叫び、自宅の2階へ駆け上がった。その後、原告X1が、心配になり、2階へ行ったところ、ベランダの手すりにベルトを掛けて首を吊っているCを発見した。Cは、d病院に救急搬送されたものの、同月21日午後9時08分、死亡が確認された。

(証拠<省略>、証人F、原告X1)

(4)  公務災害の認定

ア 原告X1は、平成25年4月25日付けで、地方公務員災害補償基金さいたま市支部長に対し、Cの自殺(うつ病、適応障害)について、公務災害の認定請求をしたところ、同支部長は、Cの自殺は公務外の災害であると認定した上、平成27年1月30日付け公務災害認定通知書を原告X1宛に送付した(証拠<省略>)。

イ 原告X1は、上記認定を不服として、地方公務員災害補償基金さいたま市支部審査会に対し、同年3月31日付けで、審査請求の申立てをした(証拠<省略>)。

2  争点及び争点に対する当事者の主張

(1)  DのCに対するパワハラの存否

(原告らの主張)

Dは、Cに対し、平成23年4月21日、同月23日、同月28日及び同年5月29日、別紙「時系列表」<省略>の「原告主張の事実」欄記載のパワハラをした。

また、Cは、同年4月下旬以降、Eに対し、Dからパワハラを受けていると報告しているが、Eは、事実確認をせず、DをCの指導係から外すなどの措置を講じていない。その後、Cは、Dから暴力を受けていることを警察に相談したり、Dを指導係から外すようEに提案したり、市民を名乗って被告の本庁にDに関することを報告したり、体調悪化の原因がDにあることを主治医やFに訴えたりするなどしている。これらの事情に照らすと、Dによるパワハラは、Cがうつ病を発症するまでの間継続していたものと認められる。

(被告の主張)

別紙「時系列表」の「被告の認否」欄及び「被告主張の事実」欄記載のとおり、平成23年4月21日、同月23日、同月28日及び同年5月29日、Dは、Cに対し、パワハラをしておらず、同日以降も、継続的にパワハラをしたことはない。

(2)  安全配慮義務違反の成否

(原告らの主張)

ア Cが自殺するに至るまでの被告側の対応等は、次のとおりである。

(ア) Cは、平成22年にうつ病にり患し、90日間の休職をした。しかるに、被告は、Cに係る本件既往症の存在、治療状況及びCが休職をしていた事実等をCに対して直接の指揮命令を行うEやFらに引き継いでいなかった。そして、このような引継ぎがされていなかったこともあいまって、被告は、上司の指示にも従わない粗暴なDをCの指導係として配置し、ペアを組ませた。

(イ) Cは、平成23年4月25日、Eに対し、Dからパワハラを受けていると訴え、これを受けて、Eは、同月27日、Fに対し、Cから上記訴えがあった旨を報告している。したがって、E及びFは、Cが上記パワハラにより高度の精神的負荷を受けていたことを認識していたにもかかわらず、C又はDから、暴力行為の存否等に関する具体的な事実確認や事情聴取を行うことをしなかった。また、Eは、C及びDと協議の機会をもったものの、わずか10分程度で、その内容は、DをCの指導係から外すか否かというものであり、パワハラの存否を確認するというものではなかった。そして、Eは、この協議によりC及びD双方が納得をしたというものの、Cが、同月28日、再度の協議を実施するよう申入れをしていることからすると、Cが上記協議の内容に納得をしていなかったことは明らかである(なお、Eは、再度の協議の機会を設けることをしなかった。)。さらに、Fは、Cのパワハラの訴えについて、自己の判断により、職制上の上司である施設部長に報告することもしなかった。加えて、F及びEは、DをCの指導係から外したり、DとCの業務内容を変更したりするなどの措置を講じることはなく、DとCの席も隣同士のままであった。

(ウ) 同年6月、Cは、Eに対し、Dと共に公用車で行っていた入金・両替業務を変更するよう求めており、また、Fに対し、Dからパワハラを受けており、警察に相談していることを伝えている。それにもかかわらず、E及びFは、Cの上記要求について、Dに原因がないかなどの確認をしなかった。

(エ) 同年の秋頃、Cは、うつ状態をうかがわせる状態となっており、E又はFは、Cが、同年11月1日時点で、元気がなく、ぼんやりしている状態であったことを認識していた。また、Eは、Cが、居眠りをしたり、高級品を購入したり、通販で購入した商品を職場に送り付けるなど不眠やそう状態をうかがわせる異常な行動を採っていることを認識していたにもかかわらず、カウンセリングを実施したり、医師の診断を勧めたりするなど適切なメンタルヘルスケア対策を採ることをしなかった。

加えて、Cが、同年12月14日、Fに対し、同年9月から精神科の病院に通院しているものの、眠れない状態が続いていること、前の職場でも3箇月程度病気休暇を取っていたこと、Dとの人間関係がうまくいかずストレスになったことを伝えたにもかかわらず、Fは、上記休職の際の資料等を確認しなかった。また、CがFに対し、同月15日、本件診断書を提出したにもかかわらず、Fは、本件診断書の内容を十分確認することなく、直ちに主治医及び原告らに問合せをすることもしなかった。その後も、Cは、体調が悪いから休むと言ったり、すぐに撤回して勤務継続を要望したりするなど明らかに異常な精神状態にあり、Fは、Cのこのような状態から、少なくともCが休職をすることに強い危惧を抱いており、自殺念慮まで抱く状態にあることを認識していたにもかかわらず、主治医又は産業医等専門家への意見照会をせず、自己の判断のみで休職の要否を判断し、その結果、Cに対し、休職の真意等の事情を聴取せずに、漫然とCを従前の業務に従事させた。そして、Fは、同月21日になって、原告X1に連絡をしたものの、その際も医師に相談するよう告げただけで、何らの配慮もすることなく診断書の日付の変更について指示し、その結果、同日、Cは自殺するに至った。

イ 被告は、信義則上、Cを含む被告所属の公務員の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務(安全配慮義務)及びこれからふえんされる職場環境保持義務を負っている。

そして、被告は、上記各義務に基づき、Cに対し、①人員配置や労働環境を整え適切な労働条件を整える措置を講ずべき義務(適正労働条件措置義務)、②健康障害にり患している又はその可能性のある場合には、適切な措置を講じ、基礎疾患等に悪影響を及ぼす可能性のある労働に従事させてはならない義務(適正労働配置義務)、③健康状態を把握して健康管理を行い、健康障害を早期に発見すべき義務(健康管理義務)、④適切な看護を行い、適切な治療を受けさせるべき義務(看護・治療義務)を負っていたにもかかわらず(なお、これらの義務はいずれもCが本件既往症を負っていたことと無関係に認められるものであり、むしろCが本件既往症を負っていたことにより、被告は、一層、Cに対し適切かつ慎重な配慮をすることが求められていたということができる。)、上記アのとおり、これらの義務を尽くすことを怠った。

(被告の主張)

ア Eが、Cから、Dによるパワハラを受けているとの相談を受けたときの会話の内容、平成23年4月28日の話合いの際のC、D及びEの会話の内容、同月29日、CがEに再度話をした際の会話の内容は、別紙「時系列表」の「被告主張の事実」欄記載のとおりである。そして、同日以降、Cは、Dによるパワハラについて話をしなかったため、F及びEは、パワハラについて聴取しなければならない状況にはなかった。さらに、同年5月以降は、DとCは、それぞれ別の棟で職務を遂行することが多くなり、同年7月以降は、Cの意見を取り入れて、Dが単独で入金業務を行うようになった。このような事情を勘案すると、CがDからパワハラを受けながら勤務に従事し、心理的な負担が過度に蓄積した状況にあったということはなく、被告が安全配慮義務を怠ったということはできない。

イ また、F及びEは、平成23年12月14日までの間、Cから、通院をするとの理由で休暇を取得したい旨の申出をされたことはなく、また、投薬治療を受けていると聞いたこともなかった。そして、Fは、Cから体調が思わしくないとの相談を受けた同日以降は、別紙「時系列表」の「被告主張の事実」欄記載のとおり、Cに対し、病院の診察を受け、診断書を作成してもらうよう伝えるとともに、休暇を取るよう勧め、また、Cの親である原告らに電話もしていることからすれば、被告は安全配慮義務を十分に尽くしていたということができる。

(3)  被告の安全配慮義務違反とCの自殺との間の相当因果関係の有無

(原告らの主張)

ア Dは、争点(1)の原告らの主張欄記載のとおり、Cに対し、パワハラをしていた。そして、Cが、Eに対し、Dからパワハラを受けている旨の報告をしたにもかかわらず、Eは、DをCの指導係から外すなどの適切な措置を講ずることなく、明確な根拠や証拠があるのであれば、人事委員会等に訴えても構わないなどと告げた。また、E及びFは、平成23年4月27日以降、Cからパワハラを受けている旨の明確な訴えがないことを理由に、Dによるパワハラはないものとし、特段、事実関係の調査をしておらず、また、指導係の変更やペアの解消等についても速やかな対応をしなかった。

これらによって、Cは、強い精神的負担を受けたものということができる。

イ Cは、平成22年にうつ病にり患し前の職場で休職していたものの、その後、良好な状態に回復していた。しかるに、Cは、上記アのとおり、Dからパワハラを受け、さらに上司が適切な対応を怠ったことにより、平成23年4月23日以降、遅くとも同年夏頃には、そう病エピソードが認められるようになり、双極性Ⅱ型障害(そううつ病)を発症するに至り、同年10月12日頃、うつ状態が悪化し、同年12月14日には、自殺自傷の危険が高い状態となった。

そして、被告は、同日、Cが自殺念慮のある重篤なうつ状態にあることを認識したにもかかわらず、主治医又は産業医等の専門家に意見照会をしたり、情報交換を行ったりすることのないまま、漫然とCが勤務を継続することを容認し、適切な治療を受ける機会を奪った。その結果、Cは、同日以降も勤務を継続し、同月21日、自殺した。

以上の事情を総合的に勘案すると、被告による安全配慮義務違反とCの精神疾患の発症及び自殺との間には相当因果関係があることは明らかである。

ウ なお、確かに、Cは、平成14年から精神神経科への通院歴があり、平成22年には、前の職場において90日間の休職をしていることから、精神疾患の発症についてC本人の脆弱性を全て排除することはできない。しかし、被告が、平成23年12月14日以降Cに対して負っている安全配慮義務は、Cの同日時点での体調を前提としたものであるから、C本人の脆弱性は、何ら同義務違反とCの自殺との間の相当因果関係の有無に影響を与えるものではない。

また、Cは、同年4月に本件センターに異動した当初は安定した状態で、通常の勤務を行っており、健康状態は、完全な寛解状態で業務に支障がない程度にまで回復していた。この点に、Cに対する精神的負荷が職場以外に特段確認することができないことを併せ考慮すれば、Dによるパワハラ並びにこれに対するE及びFによる対応の不手際による精神的負荷の存在を原因として、Cは、本件既往症の存在とは無関係に、精神疾患を発症し、自殺するに至ったものということができる。

また、仮に、C本人の脆弱性を最大限に考慮し、Cが新たに精神疾患を発症したものではないとしても、Dによるパワハラにより強い精神的負荷を受けたことを契機として、C本人の本件既往症としての精神疾患を自然的経過を著しく超えて増悪させたものであることは、医学的観点からも明らかである。

そうすると、被告の安全配慮義務違反とCの精神疾患の増悪及び自殺との間の相当因果関係は認められるというべきである。

(被告の主張)

仮に、Dによるパワハラがあったとしても、Cが自殺したのは、パワハラがあってから相当期間が経過した後であることからすれば、被告の安全配慮義務違反とCの自殺との間に相当因果関係は認められないというべきである。

(4)  C及び原告らが被った損害の内容及び額

(原告らの主張)

ア 死亡慰謝料 2800万円

被告の安全配慮義務違反のために自殺に追い込まれたことによるC本人の精神的苦痛及びCの両親である原告らの精神的苦痛は極めて大きいものであって、それぞれの精神的苦痛を金銭に換算すると、合計2800万円(C分1400万円。原告ら分各700万円)を下らない。

イ 逸失利益 4559万2004円

Cの基礎収入(年収)は、基本給、地域手当及び住居手当を合計した金額である月額賃金34万1048円に12を掛け合わせ、これに賞与(期末手当+勤勉手当)59万6690円の2回分を合計した額である528万5956円である。

また、生活費の控除率は40%、67歳までの就労可能年数26年間に対するライプニッツ係数は14.3752である。

そうすると、Cの逸失利益は、4559万2004円となる。

(計算式)

528万5956円×(1-控除率0.4)×14.3752=4559万2004円

ウ 弁護士費用 735万9200円

被告の安全配慮義務違反と相当因果関係のある弁護士費用は735万9200円とするのが相当である。

エ 合計 8095万1204円

(被告の主張)

否認又は争う。

(5)  過失相殺の可否

(被告の主張)

原告らは、Cの症状を十分に認識し、又は認識し得る立場にあったことからすると、Cの死亡については、原告ら側に過失があるといえるから、過失相殺がされるべきである。

(原告らの主張)

Dによるパワハラに対処しうるのは、被告のみであって、これをCの両親である原告らの責任とすることはできない。また、原告らは、被告から呼出しを受けて、初めて本件診断書の内容を知ったのに対し、被告は、それ以前に本件診断書を受領していたのであるから、医師に対して直接連絡を取るか、速やかに原告らに連絡をするなどの方法を講ずることにより、医学的に適切な対応をすることができたのである。そして、被告が対応を怠ったことを原告らの責任とすることはできない。

以上によれば、本件において、過失相殺をすることは相当ではない。

第3当裁判所の判断

1  前記前提となる事実に、証拠(証拠<省略>、証人D、証人E、証人F、原告X1、原告X2)及び弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められる。

(1)  Cは、昭和45年○月○日、原告らの二男として出生した。Cは、3人兄弟であり、兄H及び弟Iがいた。

Cは、平成14年7月1日、被告に任用されて以後、業務主事として、小学校、中学校及び高等学校に勤務していた。

Cは、同年10月12日、不眠、不安及び緊張による諸症状で職務を遂行することが困難であるとして、cクリニックの精神神経科を受診し、その結果、心因反応と診断され、拡張型統合失調症も疑われた。その後、Cは、平成16年6月30日には、cクリニックにおいて、反復性心因性抑うつ精神病との診断を受けた。

Cは、同年6月頃、うつ病にり患し、同月3日から同年8月31日までの90日間、当時の勤務先であったe小学校を休職した。

Cは、平成23年当時も継続的にcクリニックを受診し、抗うつ剤、抗精神薬及び睡眠薬等を継続的に飲んでおり、同年1月には不調であったものの、同年2月から同年5月にかけて調子が良い状態が継続していた。

(2)  Cは、平成23年4月1日付けで、e小学校から本件センターへ異動になった。本件センターに異動した当初、Cは、一生働きたい職場であると意気揚々としていた。

Cは、同日以降、本件センターのb係の業務主任として、計量を担当し、搬入届出の受理、手数料の集計、入金や釣り銭の管理並びに市民等からの電話及び窓口対応業務を行っていた。

Cは、Eの指示により、同じくb係の業務主任であるDの指導を受けることになった。また、本件センター内では、CとDの席は隣り合っていた。

本件センターの職場関係者は、Dについて、①自己主張が強く、協調性に乏しい、②言葉使いが乱暴で、ミスをした際には強く叱る、③本件センターのb係に長く勤務している立場を利用して、仕事を独占している、④上司にも暴言を吐く、⑤専任である計量業務の内容に関し、他者に引き継いだり、教えたりするのを拒否する、⑥C以外の同僚の中には、Dから嫌がらせを受けた者もいる、⑦EもDについて遠慮しているところがあったなどという認識及び評価をしており、また、同職場関係者の中には、Dの行動及び発言に苦労させられ、その結果、心療内科に通ったことがある者もいる。そして、Dは、Cに対しても、教育係として職務について教示をする際、威圧感を感ずるほどの大きな声を出したり、厳しい言葉で注意をすることがあった。

なお、E及びFは、Cが平成22年にうつ病で90日間休職していることについて引継ぎを受けていなかった。

(3)  Cは、平成23年4月初旬から、Dとペアを組み、Dと共に公用車に乗って、銀行への入金・両替業務を開始した。

Cは、同月25日、Eに対し、Dから暴力を受けていて、あざができており、その写真を撮ってあること、同月21日、Dと業務のことでぶつかり、言葉の暴力等のパワハラを受けたこと、このことを人事委員会に言うつもりでいたが、先にEに相談をしたこと、組合にも話していることなどを申し入れた。そこで、Eは、Cに対し、Dを含めて3人で話し合うことを提案したところ、Cはこの提案を拒否した。

なお、Eは、同月27日、Fに対し、Cから同月25日に伝えられた上記内容を報告した。

(4)  Eは、平成23年4月28日、D及びCとの3人による話合いの場を設けて、10分程度、屋外で協議を行ったところ、その内容は、DをCの指導係から外すか否かというものであった。

Cは、同月29日、Eに電話をし、①再度話合いの機会を作ってほしいこと、②Dの時間外勤務について不正があること、③パワハラについて病院に行って診断書を書いてもらうこと、④Dのような職員を放っておくと、係長としての管理責任が問われること、⑤人事委員会に訴えること、⑥すぐに人事委員会に訴えないのは、Eの立場を立てているためであることなどを伝えた。これに対し、Eは、明確な根拠や証拠があるのであれば、訴えてもよいと伝え、再度の話合いの場を設けることはしなかった。

Cが、同日以降、Eに対し、Dによる暴力行為や暴言等について報告することはなかった。

(5)  Cは、平成23年4月29日、大宮西警察署に電話をし、本件センターで同月から働いているが、上司のDからパワハラを受けていると話した上、同年5月2日、同署の生活安全課を訪れた。Cは、対応した警察官に対し、Dから、今後、どの程度の暴行を受ければ事件として取り扱ってもらえるのかなどと相談したところ、同警察官は、Cに対し、形態を問わず、脅迫、暴行等の違法行為があれば被害届を出すよう回答した。なお、この際、Cは、上記警察官に対し、抗うつ剤を服用している旨話している。また、Cは、上記警察官との同日の会話内容を録音していた。

Eは、同日、Fに対し、CとDと3人で同年4月28日に話合いをしたこと、同月29日にCから上記(4)の内容の電話があったことを報告した。

(6)  Cは、平成23年5月頃、既に携帯電話を持っていたにもかかわらず、2台目の携帯電話を購入した。

また、Cは、原告らと同居していたものの、同月には、契約期間を同月14日から平成25年5月31日まで、賃料を月額7万円、共益費を月額3000円等とする内容により、さいたま市西区にあるfアパートの102号室を賃借し、転居した(なお、併せて、駐車場も月額5000円の賃料により賃借している。)。もっとも、平成23年11月5日には、上記物件から退去し、原告ら宅に戻った。

(7)  Cは、平成23年6月頃、Eに対し、銀行への入金・両替業務について、Dと2人で行う必要はない旨の申入れをした。これを受けて、Eが、Fと相談した結果、同年7月以降、D1人で入金・両替業務を行う態勢に変更された。

(8)  Cは、勤務時間中に、作業服ベルトに金属の鎖を巻き付けていたり、転職活動の勉強をしたり、業務に関係のないホームページを閲覧したりしていたことなどから、E及びFから、その都度、注意を受けていた。

また、Cは、平成23年8月頃、通信販売で高額な商品を購入するようになり(商品の受取りを本件センターに指定していた。)、Cが注文した商品が、複数回、本件センターに届けられた。

なお、cクリニックのG医師は、同月、Cについて、結婚相談所に通うなど積極性も出ており、この間、そう病的エピソードを注視したものの認められなかったとしている。

(9)  Fは、平成23年8月16日、本庁の環境施設課より、Jと名乗る市民から、計量担当者の態度が悪いとの苦情の電話が入ったとの連絡を受けたことから、Dを含めた計量担当者に事実確認を行った。

Cは、Eに対し、Dは計量のことで事実確認を受けているのかなどと興奮した様子で尋ねた。

(10)  平成23年10月12日、Cの精神状態に悪化傾向が認められた。

Cは、同月26日、cクリニックのG医師に対し、自ら進んで、職場にストレスの元凶となる人物がおり、その人物は、とんでもない男で暴言及び暴力の多い3歳年上の先輩であって、仕事でペアを組まされていると述べた。これを受けて、G医師は、早めの対応が必要であるとして、服薬の変更を指示した。

(11)  Fは、平成23年12月14日の午前中、Cから体調が思わしくないとの相談を受けた。Cは、Fに対し、①同年9月頃から精神科の病院に通院し薬をもらっているが、眠れない状況であること、②前の職場でも、平成22年6月から8月までの間、3箇月間の病気休暇を取ったこと、③体調が思わしくない原因はストレスであること、b係の業務は、デスクワークで電話対応及び市民対応もあり、Dとの人間関係もうまくいっておらずストレスになったこと、④医師からは、適応障害と言われていることを話したため、Fは、同日午後、Cが相談のため呼び出していた労働組合の専従者を含めて、3人で話合いをした。そして、Fは、休んで療養した方がよいと判断し、Cに対し病院で診断を受けるよう勧めたところ、Cも、これを了承し、時間休を取りcクリニックに行った。

cクリニックのG医師は、同日における診断の際、Cから、ストレス緊張反応の再現が報告されたため、危険と判断し、休職を指示した。

(12)  Cは、平成23年12月15日午前中、本件診断書を持参してFの下を訪れたところ、本件診断書には、①うつ病、睡眠障害及び適応障害により通院加療中であること、②約1箇月の悪化傾向が持続し、不眠を伴う重症うつ状態レベルであること、SDS test 57/80、③今後最低でも約3箇月程度の加療及び自宅療養が適切であり、平成23年12月15日から平成24年3月14日の90日間の休職を要することなどが記載されていた。

しかるに、Cが病気休暇を取るかどうかを悩み始めたことから、Fは、Cに対し、休んで療養するよう説得して帰宅させた。しかし、Cは、同日の昼休みに、再度本件センターを訪れ、家にいても何もすることがなく、首を吊って自殺することばかり考えてしまうと話をして、土下座をした上、本件診断書を取り消してほしい、仕事を頑張る旨申し出たことから、Fは、Cと再度話し合い、休むよう説得して帰宅させた。

(13)  Cは、平成23年12月16日の早朝である午前6時30分頃、本件センターを訪れ、Fに対し、本件診断書を取り下げて仕事を続けたいと述べた上、本件診断書はCが医師に作成を依頼したものであり、日数も90日間とするよう求めたこと、本件診断書に記載のあるSDSテストも評価が悪くなるように記入したこと、前回の病気休暇の時も何もすることがなく辛い思いをしたこと、家で何もしていないと首を吊って死のうと思ってしまうこと、カウンセリングは別料金なので受けていないこと、休んでいると、両親から仕事にいかないのかと言われることなどを述べたことから、Fは、Cに対し、無理に病気休暇を勧めることは賢明でないと判断し、本件診断書を取り下げることにして勤務することを認めることとした。

Fは、同日午後、本庁に行って、人事課長に対し、Cによる本件診断書の取下げの経緯を説明した。

(14)  Cは、平成23年12月17日、Fの携帯電話に電話をかけ、調子が良くないので休ませてほしい、本件診断書はまだ有効なのかと述べた。Fは、用事の途中であったため、後で折り返し電話をしたところ、Cは、病院に来たが診療時間が過ぎていたため薬だけもらったこと、やはり休まず頑張ることを述べた。

(15)  Cは、平成23年12月19日、Fに対し、本件診断書を復活して休むにはどうしたよいかと尋ねたため、Fは、本件診断書を復活するには、両親の理解と協力を得ること、医師に対して今回の経過を説明すること、前回休職したときの不安を取り除くためにカウンセリングを受けることなどが必要ではないかと答えた。

これを受けて、Cは、両親は、休んでいると、仕事に行かないのかと言うこと、病気休暇を取り止めたと話したら、よくやった、それぞ男だと言われたこと、前の職場での病気休暇の取得で長期間何もすることがなく辛かったこと、休んでも病気は治らないこと、やはり本件診断書を復活するのを取り止めること、仕事を頑張ることを述べた。

(16)  Cは、平成23年12月20日、Fに対し、本件診断書をシュレッダーにかけてほしいと頼んだ上で、仕事を始めた。しかし、同日の午前中には、Eに対し、やはり休みたいと言ったものの、これをすぐに取り消し、さらには、同日の午後3時頃には、めまい、吐き気がするので休みたいと述べたものの、話をしていると、仕事を頑張るなどと言った。

そこで、Fは、Cに対し、今日は時間休をとり、明日も休むよう伝えたところ、Cは、これに納得して帰宅した。また、Cは、両親に休みたいと言ったら、情けない息子をもってしまった、自分(両親)は自殺すると言っていたと話した。

(17)  Cは、平成23年12月21日、親から休まずに出勤をするように言われたとして、出勤をし、1人で病院へ行く旨を述べた。そこで、Fが、Cに対し、両親と話合いをして理解と協力を得てから病院へ行くのであればよいが、1人で行ったのでは今までの繰り返しになってしまうこと、両親と話をしたいので電話番号を教えるか、又は両親を呼び出してほしいことを述べると、Cは、当初はこれを拒否する態度を示していたものの、自ら電話をして、原告X1を呼び出した。Cは、原告X1が本件センターへ到着するまでの間、どうして親が来るのかなどとそわそわして落着きがない状況であった。

原告X1は、Cが本件診断書を破ってしまったと言っていたこと、被告に対し本件診断書を提出していることは知らなかったこと、Cが、前回、病気休暇を取ったときも、Cの意思で病院へ行き、診断書をもらって提出したこと、Cが、思いつきで行動し、後で後悔していることを話した。Fが、原告X1に対し、両親とCとで、医師による診察を受けた上、今後どのような治療方法を取るのがよいのかを相談してきてほしいと述べると、原告X1は早急に対応する旨答えた。

C及び原告X1は、同日、cクリニックのG医師と面談をした。その後、C及び原告X1は、本件センターに立ち寄り、その際、原告X1は、Fに対し、G医師から、Cが休まなければいけない状況であるから本件診断書を書いた、薬も規則正しく服用しないと治らないと言われたと話した。Cは、同月22日より病気休暇で療養することとなり、C及び原告X1は2人で帰宅した。

Fは、同日午後7時頃、原告X1に対し電話をし、本件診断書には、「平成23年12月15日より平成24年3月14日の90日間休職を要する」と記載されているが、平成23年12月15日から同月21日までの間、Cが出勤していたため、同月22日から休暇を要すると訂正した診断書を持参するよう求めた。Cは、これを聞き、「もう嫌だ。」と叫んで、自宅の2階へ駆け上がった。原告X1は、しばらくしてもCが戻ってこないことを心配し、2階へ上がると、テラスの縁にベルトを掛けて首を吊っているCを発見した。

Cは、d病院に救急搬送されたものの、同日午後9時08分、死亡が確認された。

(18)  原告X1は、Cの死後、Cの使用しているパソコンに「パワハラ」と題するフォルダがあることを確認した。同フォルダ内には、Cの脇腹のあざの写真、「入金(その他)の件について」と題する文書(証拠<省略>)及び大宮西警察署でのCと警察官のやり取りを録音した記録が入っていた。

2  争点(1)(DのCに対するパワハラの存否)について

原告らは、Dが、Cに対し、平成23年4月21日、同月23日、同月28日及び同年5月29日、別紙「時系列表」の「原告主張の事実」欄記載の行為をしたこと、その後も、Dによるパワハラは、Cがうつ病を発症するまでの間継続していたことをそれぞれ主張する。

そこで検討すると、Cは、平成23年4月21日から同月24日にかけて、原告X2や弟Iに対し、Dから自動車の中で殴られたとして、脇腹を見せたところ、3箇所にあざがあり、同日、そのあざの状況を撮影したことが認められる(証拠<省略>、原告X2)。そして、D自身、Cに対するパワハラを否定する証言ないし陳述をしているものの、公用車で入金・両替業務をしていた際、Cの運転が荒いという理由で、Cの脇腹をつついたり、左手を押さえたりしたことがあったことを自認する証言をしている。また、前記認定のとおり、Cは、同月25日、Eに対し、Dから暴力を受けていて、あざができており、その写真を撮ってあること、同月21日、Dと業務のことでぶつかり、言葉の暴力等のパワハラを受けたことなどを述べたばかりか、同月29日には、大宮西警察署に電話をし、上司のDからパワハラを受けていると話した上、同年5月2日、同署の生活安全課を訪れ、対応した警察官に対し、Dから、今後、どの程度の暴行を受ければ事件として取り扱ってもらえるのかなどと相談したことまで認められる。さらに、Cは、同年7月11日付けで、Fに宛てた「入金(その他)の件について」と題する書面(証拠<省略>)を作成したところ、同書面には、「D氏に私は強烈なパワハラを受け心身痛めつけられました。暴力も受けました。警察にも、相談しました。パワハラ委員会があれば訴えようと思いました」などと記載されている。加えて、同年10月12日、cクリニックにおいて、Cの精神状態の悪化傾向が認められたところ、Cは、同月26日、cクリニックのG医師に対し、自ら進んで、職場にストレスの元凶となる人物がおり、その人物は、とんでもない男で暴言及び暴力の多い3歳年上の先輩であって、仕事でペアを組まされていると述べた上、同年12月14日、Fに対し、体調が思わしくないところ、その原因はストレスであること、Dとの人間関係がうまくいっておらずストレスになったことを述べている。

これらの諸点に、前記認定のとおり、Dは、Cに対し、教育係として職務について教示をする際、威圧感を感ずるほど大きな声を出したり、厳しい言葉で注意をすることがあったこと、Cは、平成23年6月頃、Eに対し、銀行への入金・両替業務について、Dと2人で行う必要はない旨の申入れをしたこと、Cの死後、Cの使用しているパソコンに「パワハラ」と題するフォルダがあり、同フォルダ内には、Cの脇腹のあざの写真、「入金(その他)の件について」と題する文書(証拠<省略>)及び大宮西警察署でのCと警察官のやり取りを録音した記録が入っていたこと、本件センターの職場関係者は、Dについて、自己主張が強く協調性に乏しい人物であり、上司にも暴言を吐く、専任である計量業務の内容に関し、他者に引き継いだり、教えたりするのを拒否するなどと認識・評価していた上、同職場関係者の中には、Dから嫌がらせを受けた者がおり、また、Dの行動及び発言に苦労させられ、その結果、心療内科に通ったことがある者もいることなどを併せ考慮すれば、Dは、平成23年4月21日頃、Cの脇腹に相当程度の有形力を行使したことが認められるし、その他、原告らが指摘する同月23日、同月28日及び同年5月29日のパワハラについては、これを認めるに足りる客観的証拠はないとしても、DのCに対するパワハラは、同年4月21日頃からCがcクリニックのG医師に対してDのことを訴えた同年10月頃まで継続的又は断続的に行われていたものと認めるのが相当である。

3  争点(2)(安全配慮義務違反の成否)について

(1)  被告は、その任用する職員に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して職員の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うと解するのが相当であり、職員に対し業務上の指揮監督を行う権限を有する者は、被告の注意義務の内容に従って、その権限を行使すべきであると解される(最高裁平成12年3月24日第二小法廷判決・民集54巻3号1155頁参照)。

(2)  これを本件についてみると、前記認定のとおり、Eは、平成23年4月25日、Cから、Dによる暴力を受けていて、あざができており、その写真を撮ってあること、同月21日、Dと業務のことでぶつかり、言葉の暴力等のパワハラを受けたことなどの相談を受けたというのである。しかるところ、Cは、その前年である平成22年6月頃、うつ病にり患し、同月3日から同年8月31日までの90日間、勤務先のe小学校を休職したことまであったばかりか、Dは、言葉使いが乱暴で、ミスをした際には強く叱ったり、上司にも暴言を吐くような人物であって、Cの職場関係者の中には、Dの行動及び発言に苦労させられ、その結果、心療内科に通ったことがある者までおり、Cに対しても、教育係として職務について教示をする際、威圧感を感ずるほどの大きな声を出したり、厳しい言葉で注意をすることがあったのであるから、被告としては、Cの上記相談を深刻な事態と捉えてしかるべき状況にあったということができる。

そして、このような場合、被告には、Cが主張するパワハラが存在するか否か調査をし、その結果、パワハラの存在が認められる場合はもとより、仮にその存在が直ちには認められない場合であっても、本件既往症のあるCがEに対して上記相談を持ち掛けたことを重視して、D又はCを配置転換したり、DをCの教育係から外すなどの措置を講じ、Cが、Dの言動によって心理的負荷等を過度に蓄積させ、本件既往症であるうつ病を増悪させることがないよう配慮すべき義務があったものというべきである。

それにもかかわらず、被告が、本件センターの所長であるFに対してすら、Cに本件既往症があり、Cが平成22年6月から同年8月にかけて90日間も休職したことがあることを知らせていなかったことなどもあいまって、前記認定のとおり、Eは、Cから上記相談を受けたにもかかわらず、CとDから、個別に事実確認等をすることなく、3人で話し合うことを提案し、同月28日、DをCの指導係から外すか否かなどについて、10分程度、C及びDと話し合ったにすぎず、上記パワハラの有無について全く確認しなかった上、Cが、同月29日、Eに電話をし、再度話合いの機会を作ってほしいと申し入れたにもかかわらず、話合いの場を設けることをせずに、これを放置した。また、Fも、Eから、上記の報告を受けながら、Eに対し、パワハラの有無を調査するよう指示したり、上司である施設部長等と協議するなどして、Cの心理的負荷等の過度の蓄積を防ぐために必要な措置を講じようとはしなかった。

こうした被告の対応によって、DのCに対するパワハラが放置され、Cが心理的負荷等を過度に蓄積させることとなったものというべきであって、被告には、この点において安全配慮義務違反があったものといわざるを得ない。

4  争点(3)(被告の安全配慮義務違反とCの自殺との間の相当因果関係の有無)について

上記説示のとおり、被告は、平成23年4月25日、Eにおいて、Cから、Dによる暴力を受けていて、あざができており、その写真を撮ってあること、同月21日、Dと業務のことでぶつかり、言葉の暴力等のパワハラを受けたことなどの相談を受けたにもかかわらず、D又はCを配置転換したり、DをCの教育係から外すなどの措置を講じ、Cが、Dの言動によって心理的負荷等を過度に蓄積させ、本件既往症であるうつ病を増悪させることがないよう配慮すべき義務を怠った。

そして、前記認定のとおり、cクリニックにおいて、同年10月12日、Cの精神状態に悪化傾向が認められたところ、その後間もない同月26日に、Cは、cクリニックのG医師に対し、自ら進んで、職場にストレスの元凶となる人物がおり、その人物は、とんでもない男で暴言及び暴力の多い3歳年上の先輩であるなどと述べたこと、Fは、同年12月14日、Cから、体調が思わしくないとの相談を受けるとともに、体調が思わしくない原因はストレスであること、Dとの人間関係がうまくいっておらずストレスになったとの話を聞いたところ、その7日後である同月21日に、Cが自殺するに至ったことなどに照らせば、被告が、上記安全配慮義務を怠ったことによって、Cの本件既往症を増悪させ、Cが自殺するに至ったものであり、被告が上記措置を講じていれば、Cが、遅くとも同年10月頃、本件既往症であるうつ病を増悪させ、同年12月21日に自殺することを防ぐことができた蓋然性が高かったものというべきである。

以上によれば、被告の安全配慮義務違反とCの自殺との間には、相当因果関係があるというべきである。

5  争点(4)(C及び原告らが被った損害の内容及び額)について

(1)  慰謝料 2200万円

Cが自殺するに至ったことについて、C及び及びCの両親である原告らの精神的苦痛は極めて大きいというべきであるところ、これに対する慰謝料は、合計2200万円(C分1800万円。原告ら分各200万円)が相当である。

(2)  逸失利益 3799万3337円

証拠(証拠<省略>)及び弁論の全趣旨によれば、Cの基礎収入は、原告らが主張する528万5956円(34万1048円×12+59万6690円×2)を下回らないものと認められる。

また、Cは、死亡当時41歳の独身男性であったことから、生活費の控除率は50%、就労可能年数は67歳までの26年間とみるのが相当である。

そうすると、Cの逸失利益は、3799万3337円(円未満切り捨て。以下同じ。)となる。

(計算式)

528万5956円×(1-控除率0.5)×14.3752(ライプニッツ係数)=3799万3337円

6  争点(5)(過失相殺の可否)について

前記認定のとおり、Cには、本件既往症があり、Cが自殺する前年である平成22年の6月から8月にかけて90日間も休職したことがあったことからすれば、Cが、本件既往症を増悪させ、自殺するに至ったことについては、Cの本件既往症が重大な要因となっていることは明らかである。

また、原告らは、Cの両親であり、Cと同居していたのであるから、Cに本件既往症があり、上記のとおり長期間にわたって休職をしたことを認識していた上、Dから、暴力を受けあざができるなどのパワハラを受けていたことなどを聞かされていたと認められること、遅くともCが借家から退去して実家に戻った平成23年11月5日以降は、Cの精神状況が悪化していることを認識し、又は認識し得たはずであること、Cは、原告ら宅において自殺したところ、その際、「もう嫌だ。」と叫んで、自宅の2階へ駆け上がるなど異常な精神状態にあったことがうかがわれることなどに照らせば、原告らは、Cと身分上又は生活上一体関係にある者として、Cの病状を正確に把握した上で、本件センターのFやG医師等と連携して、Cを休職させるなどして、適切な医療を受けさせるよう働き掛けをしたり、Cの自殺を防ぐために必要な措置を採るべきであったということができる。

以上によれば、過失相殺又は過失相殺の規定(民法722条2項)の類推適用により、C及び原告らに生じた損害の8割を減ずるのが相当である。

7  被告が賠償すべき損害額について

以上の検討によれば、C及び原告らに発生した上記減額後の損害の合計は1199万8667円となる。

被告所属の公務員の上記不法行為等と相当因果関係を有する弁護士費用は120万円と認める。

そうすると、被告は、原告らに対し、それぞれ659万9333円及びこれに対するCが自殺した日である平成23年12月21日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるということとなる(なお、上記説示によれば、被告には国家賠償法1条1項所定の賠償責任があることから、遅延損害金の起算日は、Cが自殺した同日となる。)。

8  結論

以上の次第で、原告らの請求は、主文掲記の限度で理由がある。なお、仮執行免脱宣言を付すること及び執行開始時期を判決が被告に送達された後14日経過したときとすることは、いずれも相当ではないから、これを付さないこととする。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 志田原信三 裁判官 鈴木拓児 裁判官 野口由佳子)

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