さいたま地方裁判所 平成25年(ワ)178号 判決 2014年4月22日
原告
X
同訴訟代理人弁護士
森脇志郎
被告
学校法人Y
同代表者理事長
A
同訴訟代理人弁護士
八代徹也
同
木野綾子
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
1 原告が、被告に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
2 被告が、原告に対し、270万円及びこれに対する平成25年5月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被告は、原告に対し、平成25年5月25日から本判決確定の日まで、毎月25日限り月額18万円の割合による金員及びこれらに対する各支払期日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は、平成3年4月1日に契約期間を1年と定めて被告と雇用契約を締結した原告が、平成23年8月29日に被告が行った解雇は無効であり、その後の被告による雇止めには合理的な理由がないとして、被告に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認並びに平成24年4月支給分以降の賃金及び平成24年12月支給分の賞与(平成24年4月支給分から平成25年5月支給分までの賃金と平成24年12月支給分の賞与の合計額は270万円)の支払を求めている事案である。
1 前提事実(末尾に証拠の記載がないものは当事者間に争いがない)
(1)ア 原告は、臨床心理士である。(書証<省略>)
イ 被告は、a大学等を運営する学校法人である。
(2) 被告は、平成3年4月1日、契約期間を平成4年3月31日までと定めてb短期大学cキャンパスの学生相談室カウンセラーとして原告を雇用し、以後、更新を繰り返し、平成23年4月1日、契約期間を平成24年3月31日までと定めて更新した(以下、最後の更新に係る雇用契約を「本件雇用契約」という。)。なお、原告の勤務先は、b短期大学cキャンパスの廃止によりa大学cキャンパス(以下「cキャンパス」という。)となった。また、原告の執務場所は、カウンセリングルームと呼ばれていた。
(3) 原告の賃金は、平成11年度以降、月額18万円(毎月25日支給)であり、賞与は、平成16年度以降、年額18万円(毎年12月支給)であった。
(4) 被告は、原告に対し、平成23年8月29日付けの通知書をもって、兼務教職員就業規則6条2号(勤務実績が著しく不良と認められるとき)により同日をもって解雇するとの意思表示をした(以下「本件解雇」・という。)。
(5) 原告は、本件解雇が無効であるとして労働審判手続の申立てをし(当庁平成23年(労)第162号、以下「本件労働審判事件」という。)、申立ての趣旨第1項は地位確認請求、第2項は平成23年9月支給分から審判確定の日までの賃金(月額18万円)及び同年12月支給分の賞与18万円の支払請求(附帯請求あり)、第3項は被告が原告に交付した書面により名誉感情を侵害されたことを理由とする慰謝料請求(附帯請求あり)であったところ、労働審判委員会は、平成24年2月22日、「相手方は、申立人に対し、本件解決金として144万円を支払え。」との主文及び理由の要旨を口頭で告知する方法により労働審判(以下「本件労働審判」という。)を行い、同審判は確定した。(書証<省略>)。
2 争点
(原告の主張)
(1) 本案前の主張等
被告の主張は争う。
本件労働審判は、本件解雇が無効であることを前提に、本件雇用契約の契約期間満了までの賃金及び賞与の全額の支払を命じたものであるが、地位確認が主文に盛り込まれていないのは、被告が原告の復職を頑強に拒否しており、そのような状況下で原告が被告に対し雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認しても実効性が低いため、労働審判委員会が判断を留保したからである。
(2) 本件解雇の効力
ア 業務日誌の不提出
原告は、平成21年2月ころ、cキャンパスのB事務局長(以下「B事務局長」という。)から、カウンセリング業務に係る業務日誌を提出するよう指示されたが、渡された書式には相談者である学生の氏名及び相談内容等の個人情報を記載する欄があり、自己決定権を尊重されるべき年令に達している相談者のプライバシーの保護及びカウンセラーが負うべき守秘義務等の見地からみて、そのままでは到底提出できない書式であったため、違法とならない範囲の情報のみを記載して業務日誌を作成し、これを被告に提出した。
イ 執務場所の変更
原告は、平成22年8月16日、B事務局長から、運営会議の決定事項であるとして、執務場所をカウンセリングルームから保健相談室に変更するよう指示されたが、カウンセリングルームにカウンセラーが常駐できなくなること、保健相談室にカウンセラーが常駐することが同室に居場所を求める学生にとって脅威となるのではないかなどといった懸念があったため、学内での検討を求め、その結果を受けて、同年11月5日、カウンセリングルームから保健相談室に移動した。
以上のとおり、原告の対応により執務場所の変更に遅延が生じたとしても、わずかなものであるし、学内での検討のためのやむを得ない遅延であった。
ウ アンケート
原告は、平成22年10月5日、cキャンパスの健康相談センター会議において、保健相談室にカウンセラーが在室することに対する学生の意見の集約を目的としてアンケートを行うことを提案し、同年11月8日、保健相談室及びカウンセリングルームでアンケートを開始したところ、B事務局長から、必要な許可を得ておらず、就業規則違反であると叱責された。
原告は、学内でのアンケートに許可が必要であると言われたことがなく、許可が必要であるとの認識自体なかったが、上記アンケートは原告が研究するカウンセリングに関わるものであり、原告の学問的営為と関わるアンケートを学内で実施することについてまで許可が必要であるとすることには疑問がある。
エ 上記アないしウは労働契約法17条1項にいう「やむを得ない事由」には該当せず、本件解雇は無効である。
(3) 雇止めの可否
ア 被告は、本件解雇後、原告の復職を頑強に拒否し、本件雇用契約の契約期間の満了日が近付いても更新のための措置をとらなかった。
イ 前提事実(2)の更新回数等に照らし、雇用継続に対する原告の期待利益には合理性が認められるから、雇止めには合理的な理由が必要であるところ、上記(2)アないしウは、合理的な理由たり得るものではなく、雇止めは許されない。
(4) 賃金請求権
ア 上記(3)アに同じ
イ 原告は、使用者である被告の責めに帰すべき事由により労務の履行が不能となったものであって、賃金請求権を失わない。
(被告の主張)
(1) 本案前の主張等
ア 原告による本件労働審判事件の申立ては、申立ての趣旨等に照らし、本件雇用契約が契約期間の満了日である平成24年3月末日をもって終了しないことを前提とするものであったところ、本件労働審判は、原告(申立人)に対して144万円を支払うことのみを被告(相手方)に命じるものであったから、労働審判委員会において、本件解雇が有効であること、少なくとも本件雇用契約の契約期間満了により原・被告間の契約関係が終了することを前提として金銭解決を図ったものであることは明らかであり、したがって、地位確認請求についてはこれを排斥するとの判断を示したものである。
本件訴えは、労働審判委員会の上記判断を地位確認並びに賃金及び賞与の支払を求める訴訟という形で蒸し返すものであって、訴権の濫用に当たり許されない。
イ 本訴請求は、上記理由により、権利の濫用に当たる。
(2) 本件解雇の効力
ア 業務日誌の不提出
被告において、原告に対し、学生に対するカウンセリングの具体的結果(対象者の特定、相談内容等)を把握できる書式による業務日誌を提出せよとの業務命令を発したところ、原告は、カウンセラーとして学生に対するカウンセリング業務を行い、学生支援を担当しているにもかかわらず、守秘義務を理由にカウンセリングの具体的結果を秘匿することに固執して上記業務命令に従わず、カウンセリングの具体的結果を被告の内部機関であるcキャンパスの学生総合相談支援室等のスタッフに開示せずに秘匿し、その結果としてスタッフ間の情報共有を妨げ、被告による総合的な学生支援業務の遂行を困難にさせた。
イ 執務場所の変更
被告において、後学期の始まる平成22年10月1日から原告の執務場所をカウンセリングルームから保健相談室に変更することとし、同年8月、原告に対し、その旨の業務命令を発したにもかかわらず、原告は、1か月以上もこれに従わず、同年11月5日に至ってようやく保健相談室に移動した。
ウ アンケート
原告は、平成22年11月上旬、被告の許可を得ずに、被告において決定・実施済みの上記執務場所の変更の是非を問うような内容のアンケートを学内で実施した。
原告の上記行為は、被告の就業規則19条2項3号等により兼務教職員にも禁じられている「業務以外の目的で集会、演説もしくは放送をすること、又は業務外の文書を掲示もしくは配布すること、その他これらに類する行為」に該当し、早期に被告が気付かなければ、学内の秩序維持の観点から問題が生じかねないところであった。
エ 上記アないしウの行為に及んだ原告は兼務教職員就業規則6条2号(勤務実績が著しく不良と認められるとき)に該当し、本件解雇は、労働契約法17条1項にいう「やむを得ない事由」が存在するので、有効である。
(3) 雇止めの可否
ア 前提事実(2)の原・被告間の雇用契約の更新において、被告は、その都度、労働条件を見直したうえ原告に提示し、原告は、これを承諾し、就労してきたものであって、前年度と同じ労働条件での雇用継続という原告の期待利益に合理性があるとはいえない。
イ 被告が本件雇用契約を更新しなかったことには客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当であると認められる。
(4) 賃金請求権
原告の主張は争う。
第3争点に対する判断
1 本案前の主張等について
前提事実(5)の本件労働審判事件の申立ての趣旨及び主文に、平成23年9月支給分から平成24年3月支給分までの賃金と平成23年12月支給分の賞与との合計額が144万円であること(前提事実(3))を併せ考えると、労働審判委員会において、本件雇用契約は契約期間の満了日である平成24年3月末日まで存続する、すなわち、本件解雇は無効であるとの心証を抱き、同日までの賃金と賞与の全額の支払を命じたものであると解するのが素直である。そして、労働審判委員会は、申立てに係る権利関係は有期労働契約である本件雇用契約に係るものであるから、地位確認請求も平成24年3月末日までの権利関係についての判断を求めるものであると捉えたうえ、本件解雇は無効ではあるが、同日までの賃金と賞与の全額の支払を被告に命じる以上、同日まで原告が被告に対し雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認することについてはその必要性を認めず、主文に盛り込まなかったものと解するのが相当であり、したがって、労働審判委員会が地位確認請求を排斥するとの判断を示したものであるとの被告の主張は採用し難い。
以上によれば、本件訴えは、地位確認請求を排斥するとの労働審判委員会の判断を地位確認並びに賃金及び賞与の支払を求める訴訟という形で蒸し返すものではなく、訴権の濫用に当たるとはいえず、したがって、また、本訴請求が権利の濫用に当たるということもできない。
2 本件解雇の効力について
(1) 業務日誌の不提出
ア 証拠<省略>及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(ア) 被告は、cキャンパスにおいて学生に対する総合的な支援を充実させるためには、カウンセリングルームの相談者である学生の氏名及び相談内容の概要を把握し、これらの情報を学生相談に関わる部署のスタッフにおいて共有することが必要であると考え、平成21年2月ころ、B事務局長を通じて、原告に対し、カウンセリングルームの相談者である学生の氏名及び相談内容の要旨等を記載する欄が設けられた書式を交付し、この書式に従って業務日誌を作成して提出せよとの業務命令(以下「本件業務命令1」という。)を発した。(書証<省略>)
(イ) 原告は、カウンセリングルームの相談者である学生の氏名及び相談内容は個人情報であり、相談者のプライバシーの保護及びカウンセラーが負うべき守秘義務等の観点から上記書式に従った業務日誌の作成・提出には問題があると考え、先送りにしていたが、平成22年9月17日、B事務局長から業務日誌の提出を督促されたことから、守秘義務の問題があるとして書式の変更を求めたところ、「学生の動向・状況を把握する必要があり、出せると考える情報の範囲内で書式の改訂を提案してほしい」と言われたので、同月21日ころ、相談者である学生の氏名も相談内容も記載しない前学期分の「カウンセリングルーム月報」を作成して提出し、以後、同じ形式のものを提出し続けた。(書証<省略>)
(ウ) B事務局長は、平成23年3月、同年4月1日以降の雇用契約の更新のために原告と面談した際、改めて本件業務命令1に従った内容の業務日誌を提出するよう促した。また、B事務局長は、上記面談の前後に、原告に対し、相談者である学生の氏名、学籍番号及び相談内容の要旨等を記載する欄が設けられた業務日誌の書式を交付した。(書証<省略>)
(エ) 原告は、被告に対し、平成23年4月25日付けの「業務日誌の書式変更のお願い」と題する書面を提出して、相談者である学生の学籍番号、氏名及び相談内容を業務日誌の記載事項から外すよう求めたが、同年5月17日、B事務局長から、交付した書式どおりの業務日誌の提出を命じられたため、自ら考案した書式に相談者である学生の学籍番号、氏名及び相談内容の要旨を記載して同年8月5日までの業務日誌を作成したうえ、これらを塗りつぶして判読できないようにしたものを提出した。(書証<省略>)
イ 使用者は、業務の遂行全般について労働者に対し必要な指示・命令を発することができ、労働者は、その指示・命令が労働契約の範囲内の有効なものであるかぎり、これに従う義務がある。そして、被告は、在学契約から派生する義務として学生に対する安全配慮義務を負っており、個々の学生が抱える問題点を把握し、その問題点が学生に悪影響ないし危害をもたらすおそれがあるときは、悪影響ないし危害の現実化を未然に防止するため、その問題点及び悪影響ないし危害の程度に応じた適切な措置を講じる一般的な義務があること(弁論の全趣旨)に、原告は、被告から、カウンセラーとして学生相談業務を委嘱されたものであること(前提事実(2)、書証<省略>)を併せ考えると、本件業務命令1は、前提事実(2)の原・被告間の雇用契約の範囲内の有効なものであるというべきであり、したがって、原告は、これに従うべき義務があったが、ア認定のとおり、ついに被告が提出を求めたカウンセリングルームの相談者である学生の氏名及び相談内容の要旨を記載した業務日誌を提出しなかったものである。
もっとも、業務命令が有効であっても、労働者にその命令に服しないことにつきやむを得ない事由が存在したか否かが、その命令違背を理由とする懲戒処分等の有効性の主要な問題となるところ、原告は、カウンセリングルームの相談者である学生のプライバシー保護及びカウンセラーが負うべき守秘義務等の見地からみて、本件業務命令1に従うことはできなかったと主張する。そこで検討するに、まず、守秘義務であるが、日本学生相談学会作成に係る「学生相談機関ガイドライン」は、学生相談を行う機関(以下「学生相談機関」という。)及びそのスタッフが順守すべき倫理の基本原則のうちの秘密保持について、「利用者及びその関係者のプライバシーを守る。相談の有無と相談内容について、利用者の合意のない限り、守秘する。」と定めているところ(書証<省略>)、cキャンパスにおいては、健康相談センターがカウンセリングルーム及び学生総合相談支援室を包摂し、これらの部署を通じて学生が心身ともに健康に過ごすことができるように学内サポート体制を整え、かつ、学生相談に応じているのであるから(書証<省略>)、カウンセリングルーム及び学生総合相談支援室を包摂する健康相談センターの学生相談部門が学生相談機関に当たるというべきである。そうすると、学生総合相談支援室のスタッフがカウンセリングルームの相談者である学生の氏名、学籍番号及び相談内容の要旨の範囲でカウンセリングルームのカウンセラーと情報を共有することは、カウンセラーが学内外の他職種に相談者である学生の情報を提供する場合とは異なり、「学生相談機関ガイドライン」が定める上記秘密保持義務に違反するものであるとは解されず、また、原告が主張するカウンセラーが負うべき守秘義務等に違反するものであるとも解し難い。次に、カウンセリングルームの相談者である学生のプライバシー保護の観点からみても、カウンセリングルームを訪れてカウンセラーに相談する学生は、自己の氏名、学籍番号及び相談内容の要旨の範囲の情報を学内の学生相談機関のスタッフが共有することについては黙示的に了解していると解するのが相当である。
以上によれば、原告が主張するカウンセリングルームの相談者である学生のプライバシー保護及びカウンセラーが負うべき守秘義務等をもって、原告が本件業務命令1に服しないことについてのやむを得ない事由に該当するということはできない。そして、原告が本件業務命令1に違背したことにより、cキャンパスの健康相談センターの学生相談部門のスタッフ間において学生に関する情報の共有が妨げられたことは明らかというべきである。もっとも、それにより健康相談センターの学生相談部門による総合的な学生支援業務の遂行に支障が生じたか否かは証拠上判然としない。
(2) 執務場所の変更
ア 証拠<省略>及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(ア) cキャンパスでは、カウンセリングルームにカウンセラーである原告が常駐し、健康相談センターが包摂する保健相談室に保健師が常駐していたが、保健相談室が心身の不調を訴えて授業に出ない学生のたまり場のようになり、保健師だけでは対応が困難であったため、被告は、健康相談センターが包摂する各部署のスタッフが連携して、支援が必要な学生を早期に発見し、専門職として対応することができる体制を構築しようと考え、後学期の始まる平成22年10月1日から原告の執務場所をカウンセリングルームから保健相談室に変更し、カウンセリングのみはカウンセリングルームで行うことを決定し、同年8月、B事務局長を通じて、原告に対し、その旨の業務命令(以下「本件業務命令2」という。)を発した。(書証<省略>)
(イ) 原告は、決定プロセス及びカウンセラーの守秘義務の観点から問題があるとして本件業務命令2に対して拒否的な姿勢を示し、決定事項であるから従うようにとのB事務局長の説得にも応じず、平成22年10月8日付けの「保健相談室の新体制(カウンセラーの保健相談室常駐)について」と題する書面を被告に提出するなどして異議を述べたが、同月27日、面談したC学部長からも速やかな保健相談室への移動を促されたため、同年11月5日、執務場所をカウンセリングルームから保健相談室に移動した。(書証<省略>)
イ 上記ア(ア)認定の原告の執務場所の変更を決定した被告の意図に、前認定のとおり、原告は、被告から、カウンセラーとして学生相談業務を委嘱されたものであることを併せ考えると、本件業務命令2は、前提事実(2)の原・被告間の雇用契約の範囲内の有効なものであるというべきであり、したがって、原告は、同命令に従うべき義務があったが、上記ア(イ)認定のとおり、これを怠り、執務場所の変更に1か月以上の遅滞を生じさせた。
また、原告に本件業務命令2に服しないことにつきやむを得ない事由が存在したことを認めるに足りる証拠はない。
(3) アンケート
証拠<省略>及び弁論の全趣旨によれば、原告は、保健相談室にカウンセラーが常駐することに対する学生の意見を集約しようと考え、平成22年11月上旬、自ら作成したアンケート用紙を保健相談室とカウンセリングルームに置いてアンケートを開始したが、これを知ったB事務局長から、被告に無断で学内アンケートを実施することはできないとして中止を求められ、3日間で10枚に満たない枚数を回収した時点でアンケートを中止したことが認められるところ、原告の行為は、被告の就業規則19条(職場内規律)2項3号等により兼務教職員にも禁じられている「業務以外の目的で集会、演説もしくは放送をすること、又は業務外の文書を掲示もしくは配布すること、その他これらに類する行為」に該当するというべきである。
(4) 結論
有期労働契約は、期間中は当事者双方が雇用を継続しなければならないという点で、雇用の存続期間を相互に一定期間保障し合う意義があることに照らせば、労働契約法17条1項にいう「やむを得ない事由」は、期間の定めのない労働契約の解雇において必要とされる「客観的に合理的で、社会通念上相当と認められる事由」よりも厳格に解すべきであり、その契約期間は雇用するという約束があるにもかかわらず、期間満了を待つことなく直ちに雇用を終了させざるを得ないような特別の重大な事由と解すべきである。しかるところ、これまでに認定・説示したとおり、上記(1)の業務日誌の不提出については、これにより健康相談センターの学生相談部門による総合的な学生支援業務の遂行に支障が生じたか否かは証拠上判然としないこと、上記(2)の執務場所の変更については、1か月強遅れたものの実現していること、上記(3)のアンケートについては、実施日数は3日で、回収枚数は10枚に満たないことに鑑みれば、これらの原告の行為が平成24年3月末日の本件雇用契約の契約期間満了を待つことなく平成23年8月29日に直ちに原告の従業員としての地位を喪失させざるを得ないような特別の重大な事由に当たるとすることには躊躇せざるを得ない。
したがって、本件解雇は、上記各行為により原告が兼務教職員就業規則6条2号(勤務実績が著しく不良と認められるとき)に該当するか否かを問うまでもなく、無効であるというべきである。
3 雇止めの可否
前提事実(2)の更新回数等に、被告において、更新の都度、委嘱状、辞令等を作成していること、原告に委嘱する業務内容も年度によって若干の変動があることなどを総合考慮すると、前提事実(2)の原・被告間の雇用契約が反復更新されて期間の定めのない契約と実質的に異ならない状態で存続しているということはできないが、雇用継続に対する原告の期待利益には合理性が認められるというべきであり、したがって、解雇権濫用法理を類推適用し、雇止めには合理的な理由が必要であるというべきである。
そこで、合理的な理由の有無について検討するに、上記2(1)の原告の業務日誌の不提出及び同(2)の執務場所の変更の遅れは、いずれも被告の業務命令に違背するものであり、また、同(3)のアンケートの実施は、被告の就業規則19条(職場内規律)に触れるものであって、その態様等に照らし、被告が本件雇用契約を更新しなかったことには客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当であると認められる。
4 以上のとおりであるから、その余の点について検討するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がない。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判官 大島淳司)