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さいたま地方裁判所 平成26年(ワ)1727号 判決 2015年10月02日

原告

株式会社X銀行

同代表者代表取締役

同訴訟代理人弁護士

上田淳史

田中貴士

同訴訟復代理人弁護士

大浦貴史

被告

Y信用保証協会

同代表者理事

同訴訟代理人弁護士

上松正明

主文

1  被告は、原告に対し、1094万9465円及びこれに対する平成26年1月17日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

主文と同旨。

第2事案の概要

本件は、有限会社a(以下「a社」という。)に対して金銭を貸し付けた原告が、当該貸付けに係るa社の債務を信用保証した被告に対して、信用保証契約による保証債務履行請求権に基づき、上記貸付けの残元金1083万円、期限の利益喪失日の平成25年10月31日までの未収利息金8万9765円及び同年11月1日から保証債務履行請求日の平成26年1月16日までの延滞利息金2万9700円の合計1094万9465円並びにこれに対する同月17日から支払済みまで商事法定利率である年6分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

1  争いのない事実等(争いのない事実並びに掲記証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)

(1)  当事者

ア 原告は、銀行業を営む株式会社であり、その沿革は、次のとおりである。

株式会社b1銀行が、平成13年4月1日、株式会社b銀行に商号変更し、同月2日、株式会社c銀行を吸収合併した(以下「旧b銀行」という。)。その後、商号を株式会社X銀行に変更した株式会社d銀行が、平成15年3月17日、旧b銀行を吸収合併して、現在の原告となった(以下、上記商号変更及び合併の前後を通じて「原告」という。)。

イ 被告は、信用保証協会法に基づき設立された法人であり、中小企業者等に対する金融の円滑化を図ることを目的として、本店等を埼玉県内に有する法人等の中小企業者等が銀行その他の金融機関から貸付等を受けるについてその貸付金等の債務を保証することを主たる業務とするものである。

(2)  原告と被告との間の信用保証に関する約定

原告と被告は、昭和38年10月15日、信用保証協会法20条1項に基づく保証に関する約定(以下「本件約定」という。)を締結した。その概要は次のとおりである。

ア 保証契約の成立

保証契約は、被告が原告に対し信用保証書を交付することにより成立する。

イ 保証契約の効力

保証契約の効力は、原告が貸付けを行ったときに生じる。同貸付けは、信用保証書発行の日から30日以内に行うものとする。

ウ 保証債務の履行

被告は、被保証人が最終履行期限(期限の利益喪失の日を含む。以下同じ。)後90日を経てなお、被保証債務の全部又は一部を履行しなかったときは、原告の請求により原告に対し保証債務の履行をなすものとする。ただし特別の事由があるときは、90日を経ずして被告に対し保証債務の履行請求を行うことができる。

被告の保証債務の履行の範囲は、主たる債務に利息及び最終履行期限後120日以内の延滞利息を加えた額を限度とし、延滞利息は、貸付利率と同率とする。

エ 免責

被告は、原告が保証契約に違反したとき、又は、原告が故意若しくは重大な過失により被保証債権の全部又は一部の履行を受けることができなかったときは、保証債務の履行の全部又は一部の責を免れる。

(3)  原告とa社との間の銀行取引に係る約定

原告とa社は、平成18年5月22日、原告とa社との間の証書貸付その他一切の銀行取引に関して、a社が債務の一部でも履行を遅滞したときは、原告の請求によって原告に対する一切の債務の期限の利益を失い、直ちに債務を弁済する旨の約定を含む、銀行取引に係る約定(以下「本件銀行取引約定」という。)を締結した。

(4)  原告のa社に対する貸付け及び被告による信用保証

ア 原告は、平成20年9月12日、a社に対して、本件銀行取引約定及び次の約定で、1300万円を貸し付けた(以下、後記(5)の変更の前後を通じて「本件貸付け」という。)。(甲4の1)

(ア) 元金返済方法

平成20年10月12日を初回返済期日、平成27年9月12日を最終返済期日とし、初回返済期日以降毎月12日限り15万5000円ずつ支払い、最終返済期日に13万5000円を支払う。

(イ) 利率及び利息支払方法

貸付利率は年1.3%(年365日の日割り計算)とし、利息は、貸付日に同日から初回返済期日までの利息を先払いし、それ以降、毎月12日に1か月分を先払いする。

(ウ) 遅延損害金利率

遅延損害金利率は、年14%(年365日の日割り計算)とする。

イ 被告は、平成20年9月5日、原告に対し、本件約定に基づき、本件貸付けに係るa社の債務について信用保証書を交付し、同債務を保証する旨の契約(以下、後記(5)の変更の前後を通じて「本件信用保証」といい、本件信用保証に基づく保証債務を「本件信用保証債務」という。)が成立し、同月12日、本件貸付けが行われたことにより本件信用保証の効力が生じた。

(5)  本件貸付け及び本件信用保証の変更

ア 原告とa社は、その後、本件貸付けの元金返済方法を3回にわたって変更した上で、平成24年4月20日、本件貸付けの変更契約を締結し、本件貸付けに係る残元金1119万円の返済方法を、「同年5月20日から平成25年4月20日まで毎月20日限り4万円ずつ、同年5月20日から平成27年8月20日まで毎月20日限り37万円ずつそれぞれ支払い、同年9月12日の最終返済期日に35万円を支払う。」というものに変更した。

イ 被告は、上記変更契約に際し、平成24年4月6日、原告に対し、変更保証書を交付し、同月20日、上記変更後の本件貸付けに係る債務について保証する旨合意をした。

(6)  本件貸付けの期限の利益喪失

原告は、a社が、平成25年2月20日以降、本件貸付けに係る弁済を怠ったため、同年10月24日、a社に対し、同月31日までに本件貸付けに基づく残元金、利息及び遅延損害金を支払うように催告した。しかし、a社は、同日までに上記支払をしなかったため、同日の経過をもって本件貸付けに基づく債務について、期限の利益を喪失した。この時点における残元金は1083万円、同日までの未収利息金は8万9765円であり、平成25年11月1日から後述の保証債務履行請求日である平成26年1月16日までの延滞利息金は2万9700円であった。(甲6の1・2、甲7、弁論の全趣旨)

(7)  被告の本件信用保証債務の履行拒絶

原告は、平成26年1月16日、被告に対して、本件信用保証債務の履行を求めたが、被告は、a社が暴力団関係企業であることが警察により確認されたなどとして、本件信用保証の錯誤無効ないし保証条件違反を理由に、上記履行を拒絶した。

2  争点

本件信用保証の錯誤無効の成否

3  争点に関する当事者の主張

(被告の主張)

a社に関して、平成24年10月3日になって、同社の全出資口数を有し、平成19年9月まで同社の代表取締役であった者が指定暴力団幹部であり、同社が暴力団関連企業であったことが判明したところ、本件信用保証は、被告が、主債務者であるa社が本件信用保証締結当時から反社会的勢力関連企業(以下、暴力団関連企業ないし反社会的勢力関連企業を含めて、単に「反社会的勢力」という。)であったことを知らずに行われたものであるから、本件信用保証の意思表示に錯誤があったことは明らかである。仮に、この錯誤が動機の錯誤であったとしても、次のとおり、本件信用保証において、a社が反社会的勢力でないことという動機(以下「本件動機」という。)は明示又は黙示に表示されていたものであり、a社が反社会的勢力であることを被告が知っていれば、本件信用保証をしなかったことは明らかであるから、本件信用保証は錯誤により無効である。

(1) 平成3年5月に「暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律」が制定された以降、原告をはじめとする金融機関に対して暴力団等の反社会的勢力との融資を含む取引禁止の要請がされていたことからすれば、公的資金を扱う公的機関であり、信用保証に関して公正かつ公明性が求められる被告をはじめとする信用保証協会の信用保証の対象に反社会的勢力がなっていなかったことは明らかである。また、平成20年6月20日付け金融庁及び中小企業庁の「信用保証協会向けの総合的な監督指針」(以下「本件監督指針」という。)には、平成19年6月19日付け犯罪対策閣僚会議公表の「企業が反社会的勢力による被害を防止するための指針」(以下「閣僚会議指針」という。)を受けて、反社会的勢力との関係遮断に関する条項が盛り込まれ、信用保証協会は反社会的勢力関連企業との取引を一切行ってはならないとされたうえ、原告ら金融機関に関しても、平成20年3月26日付けの金融庁による「主要行等向けの総合的な監督指針」(以下「主要行等監督指針」という。)及び「中小・地域金融機関向けの総合的な監督指針」において、同様の内容が盛り込まれた。これらに照らせば、被告において、反社会的勢力関連企業に対する融資が信用保証の対象とならないことは信用保証の当然の前提であり、原告ら金融機関もそのことを当然の前提として十分に認識していた。

上記原告及び被告の認識からすれば、本件信用保証締結時点で、本件動機が明示又は黙示に表示されていたといえ、本件信用保証の内容となっていた。

(2) 信用保証協会と金融機関との間で締結されている約定書や信用保証書等に記載されている免責事由は、錯誤無効等の一般的な保証債務の消滅原因が信用保証にも適用されることを前提として、信用保証取引独自の消滅原因を定めたものである。信用保証契約締結後に、主債務者が反社会的勢力であることが判明した場合の処理に関する条項は、全国の都市銀行及び地方銀行を会員とする一般社団法人全国銀行協会(以下「全銀協」という。)と全国の信用保証協会を会員とする一般社団法人全国信用保証協会連合会(以下「連合会」という。)との利害対立が激しく、合意を得ることが困難で容易に改定することができない性質のものであることから、免責事由として規定されていないだけであり、免責事由として規定されている以外の事由について、信用保証協会がそのリスクを負担しているとはいえない。保証人がリスクを負担しているのは、主債務者の資力や履行可能性に関する事実であり、主債務者の資格や属性に関するリスクではない。

(3) 信用保証契約締結後に主債務者が反社会的勢力であることが判明した場合の措置として、原告をはじめとする金融機関は債務者の期限の利益を喪失させる旨の規定を設け、被告をはじめとする信用保証協会は、代位弁済前に委託者及び保証人に対し求償権を行使できる旨の規定を設けているが、これは、反社会的勢力であることが後に判明した場合にも錯誤無効を主張することができることを前提として、主債務者が信用保証契約締結後に反社会的活動を行った場合、又は、後に反社会的勢力になった場合、若しくは、信用保証協会に重過失がある場合など、信用保証協会が金融機関に対して錯誤無効の主張ができない場合でも、反社会的勢力との取引を解消できるように設けられた規定に過ぎない。

(4) 連合会としては、銀行と信用保証協会との間の現行の約定書でも、主債務者が反社会的勢力であった場合には錯誤無効を主張して代位弁済を拒否することは十分に可能であると考えていた。連合会が、信用保証委託契約書に暴力団排除条項を導入した際に、銀行と信用保証協会との間の約定書の変更を意味するものではないとして、全銀協に連絡したのは、暴力団排除条項による期限の利益喪失が生じた場合に、保証免責にするように約定書を改正することは当面行わないという趣旨のものであり、反社会的勢力であることが判明して期限の利益が喪失された場合でも一切保証免責及び錯誤無効の主張をしないということを表明したものではない。

(5) 主債務者が反社会的勢力であるか否かが問題となるのは、0.01%にも満たず、このリスクを金融機関が負担したとしても十分に利益を上げることができ、中小企業者に対する金融の円滑化が阻害されるということはない。むしろ、信用保証協会がリスクを負えば、金融機関のモラルハザードにつながるおそれがある上、公的資金で反社会的勢力の資金需要を担保することになり、社会正義の理念に悖る。

(原告の主張)

次のとおり、本件信用保証において、本件動機が明示又は黙示に表示されていたとはいえないし、保証契約は、主債務の信用リスクを保証人が引き受けることを内容とする契約であるから、保証人が引き受けたリスクを債権者が負担する特段の事情がない限り、動機が表示されても、それが保証契約の内容になっていたとはいえない。

(1) 閣僚会議指針並びに本件監督指針等から、本件動機が表示されていたとはいえないし、本件信用保証の内容になっていたともいえない。

すなわち、本件監督指針等は、金融機関及び信用保証協会に対して、反社会的勢力との融資取引及び信用保証委託取引関係の遮断を求める一方で、信用保証協会に対し、金融機関との信用保証取引関係を遮断することまでは求めていない。これは、反社会的勢力との関係遮断の問題ではなく反社会的勢力との関係遮断に伴うリスクをいずれが負担すべきであるかという問題に過ぎないからであり、主債務者が反社会的勢力であることが信用保証契約締結後に判明した場合の処理については、当事者の合意に委ねられた事項であるから、上記指針等を根拠に、被告が、反社会的勢力に対する融資が信用保証の対象にならないことを当然の前提として認識していたとはいえない。

また、本件監督指針は、行政機関の信用保証協会に対する監督上の指針であるから、これに規定された事項が、直ちに原告と被告との間の契約内容や、被告の意思表示の内容になるものではない。本件監督指針は、信用保証協会が、信用保証契約締結時に、主債務者が反社会的勢力であることを知りながら、保証を行うことを禁止する一方、信用保証契約締結時に主債務者が反社会的勢力であることが判明していなかった場合には、判明した時点で可能な限り速やかに反社会的勢力との関係を解消すべきことを求めているに過ぎず、その主眼は、反社会的勢力に交付された融資金を速やかに回収することにあり、債権者との関係において信用保証契約の効力を失わせることを求めるものではない。これによって、信用保証契約締結時に主債務者が反社会的勢力であることが判明していなかった場合に、反社会的勢力に対する融資が信用保証の対象にならないことが動機として原告に表示されていたとはいえないし、本件信用保証の内容になっていたということもできない。

(2) 原告及び被告の合理的意思解釈として、本件動機が本件信用保証の内容になっていたとはいえない。

すなわち、原告は、全銀協が、主要行等監督指針の改正を受けて会員行に対して通知した融資取引契約等に盛り込むべき暴力団排除条項の参考例をもとに、平成21年3月、銀行取引約定書において暴力団排除条項を導入し、債務者が反社会的勢力であることが判明した場合の措置として、債務者の期限の利益を喪失させる旨の規定を設けた。また、連合会は、同年5月、本件監督指針を踏まえて、信用保証協会と信用保証の委託者である主債務者との間で締結する信用保証委託契約書の書式を改訂し、信用保証契約後に、債務者が反社会的勢力であることが判明した場合には、信用保証協会が、債権者に代位弁済する前に委託者である主債務者及び保証人に対し求償権を行使できる旨の規定を設けており、信用保証契約を有効に存続させることを前提としている。さらに、本件信用保証において、主債務者が暴力団員等その他の反社会的勢力であることが保証の免責事由になることや、被告に対して主債務者が反社会的勢力でないことの表明保証等を求める規定はないし、主債務者が反社会的勢力であった場合の信用保証の効力に関する規定もない。以上の連合会及び被告、あるいは、全銀協及び原告が講じた措置に鑑みれば、原告及び被告の合理的意思解釈として、本件信用保証後に、主債務者であるa社が反社会的勢力であることが判明した場合には、本件信用保証が有効であることを前提として、事前求償権を行使することにより、反社会的勢力との関係を解消するとともに、原告に代位弁済を行う意思を有していたものと解され、本件動機が本件信用保証の内容になっていたとはいえない。

(3) 本件信用保証が締結された平成20年9月5日より後の連合会、中小企業庁及び全銀協との折衝経緯からしても、信用保証協会側は、銀行と信用保証協会との間の現行の約定書のままでは、信用保証協会は主債務者が反社会的勢力であることを理由として保証免責を主張できないことを明確に自認し、その認識が全銀協や原告とも共有されていた。信用保証委託契約書に暴力団排除条項を導入した際にも、銀行と信用保証協会との間の約定書の変更を意味するものではないとして、暴力団排除条項による期限の利益喪失が生じた場合でも、直ちに保証免責とはしないという対応を継続する意思を示していたのであるから、主債務者が反社会的勢力であることが明らかになった場合に、信用保証契約が無効になることを前提とはしておらず、本件動機が原告に表示されていたとはいえないし、本件信用保証の内容になっていたとはいえない。

(4) なお、信用保証契約の錯誤無効が認められると、金融機関は、反社会的勢力ではないことがほぼ確実である企業以外には、融資を控えるとの行動に出ざるを得ず、中小企業に対する金融の円滑化が害される。また、反社会的勢力の資金需要を担保することが社会正義に悖るのは、公的資金か民間資金かで変わらないのであり、公的機関が民間企業より保護されるべきとする法理はない。被告が信用保証の履行責任を負っているのは、原告が融資したことではなく、信用保証契約を締結したことが原因であり、その際に自らも主債務者が反社会的勢力か否かの審査を行っているのであるから、被告に責任を負わせても不当ではない。

第3当裁判所の判断

1  前記争いのない事実等のほか、掲記証拠及び弁論の全趣旨によれば次の事実が認められる。

(1)  平成3年5月、「暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律」が制定され、大蔵省銀行局長から全国銀行協会連合会(後の全銀協。以下「全銀協連合会」という。)に対して、同年8月28日、「金融取引における暴力団の介入排除について」と題する書面(乙6)により、暴力団の介入排除のための必要な諸措置を実施することなどが要請されるとともに、平成9年9月に公表された全銀協連合会の倫理憲章(乙8)により、反社会的勢力の不当な介入を排除する旨の宣言がされた。さらに、原告をはじめ金融機関を対象とする金融監督庁の平成11年7月の「金融検査マニュアル」(乙9)のチェックリストには、反社会的勢力に対する資金供給の拒絶などを含む健全な融資態度が確立されているかなどの点が挙げられている。

その後、警察庁次長より平成16年10月25日付け「組織犯罪対策要綱」(乙10)が公表され、暴力団の資金獲得活動に効果的に打撃を与えるため、暴力団関係企業等については各種業・取引からの排除を徹底するほか、様々な手法を駆使して暴力団の資金剥奪に努めるものとされ、「暴力団」や「暴力団関連企業」など反社会的勢力に関する定義もこの中で示された。

(2)  原告とa社は、平成18年5月22日、本件銀行取引約定を締結した。

(3)  内閣総理大臣が主宰し、閣僚が構成員となっている犯罪対策閣僚会議の幹事会は、平成19年6月19日付けで、企業における暴力団をはじめとした反社会的勢力との取引を含めた一切の関係遮断を基本原則として定めた閣僚会議指針を公表した。(乙34)

(4)  金融庁は、閣僚会議指針を受けて、平成20年3月26日付けで主要行等監督指針を改正し、反社会的勢力の排除に関する規定を追加した。その概要は次のとおりである。(甲16の1・2)

「反社会的勢力とは一切の関係を持たず、反社会的勢力であることを知らずに関係を有してしまった場合には、相手方が反社会的勢力であると判明した時点で可能な限り速やかに関係を解消できるよう、以下の点に留意した取組みを行うこととしているか。

① 反社会的勢力との取引を未然に防止するための適切な事前審査の実施や必要に応じて契約書や取引約款に暴力団排除条項を導入するなど、反社会的勢力が取引先となることを防止すること。

② 省略

③ いかなる理由であれ、反社会的勢力であることが判明した場合には資金提供や不適切・異例な取引を行わないこと。」

(5)  金融庁及び中小企業庁は、閣僚会議指針を受けて、同年6月20日付けで本件監督指針を策定し、同指針には、主要行等監督指針の上記規定と同旨(上記③の部分は「いかなる理由であれ、反社会的勢力であることが判明した場合には債務保証を行わないこと。」とされた。)の反社会的勢力の排除に関する規定(Ⅱ-1-3-2主な着眼点(1))が盛り込まれた。(乙35)

(6)  被告は、同年9月5日、原告との間で、本件信用保証をし、原告は、同月12日、a社に対して、本件貸付けを行った。

(7)  全銀協は、閣僚会議指針を受けて、平成19年7月24日付けで反社会的勢力の排除に向けた取組みを強化する旨の申し合わせを行い、これを公表していたが、主要行等監督指針の改正を踏まえ、会員行が融資取引の契約等に盛り込むべき暴力団等排除条項の参考例を取りまとめ、会員行に通知するとともに、平成20年11月25日付けで公表した。上記参考例は、反社会的勢力との取引であることが判明した場合に融資の期限の利益喪失を定めるものとなっており、期限の利益喪失後、融資に関して保証をした信用保証協会等に対して代位弁済の請求をすることが可能となるものであった。(甲17の1・2)

中小企業庁は、同年12月頃、全銀協に対して、反社会的勢力は信用保証協会の信用保証を利用できないこと、代位弁済の原資が公的資金であることから、信用保証の利用者が反社会的勢力であったことが判明した場合、代位弁済には応じられないこと、したがって、上記参考例の暴力団等排除条項により反社会的勢力との取引であることが判明したことをもって銀行が融資の期限の利益を喪失させた場合に代位弁済には応じられないとの意向を伝えた。

しかし、この中小企業庁の意向に全銀協が反発したため、同月12日、全銀協、連合会及び中小企業庁の三者で協議を行った。連合会は、この協議において、銀行が上記参考例の暴力団等排除条項を適用して期限の利益を喪失させた場合、直ちに信用保証を免責とするように、銀行と信用保証協会との間の現行の約定書を改正したいとの申し入れを行ったが、全銀協は、この申し入れに反発し、交渉は決裂した。

原告は、平成21年3月、原告策定の銀行取引約定書について、上記参考例の暴力団等排除条項と同旨の条項を導入する改定を行った。(甲18)

連合会は、同年4月、中小企業庁を通じて、全銀協に対して、上記参考例の暴力団等排除条項を適用して期限の利益を喪失させた場合、直ちに信用保証を免責とはしない旨を連絡した。(甲19)

(8)  連合会は、本件監督指針を踏まえ、同年5月、信用保証協会と信用保証の委託者である主債務者との間で締結する信用保証委託契約の契約書の書式を改訂し、委託者又は保証人が暴力団、暴力団員及び暴力団関連企業等(以下「暴力団等」という。)でないこと、暴力的な要求行為等を行わないことなどを表明及び確約する条項が設けられた上で、暴力団等に該当し、又は、暴力的な要求行為等をし、若しくは、上記表明及び確約に関して虚偽の申告をしたことが判明した場合には、貸付けの債権者である金融機関に対する代位弁済前に信用保証委託契約の委託者及び保証人に対して求償権を行使することができる旨の事前求償権に関する条項が設けられた。(甲21の1・2)

なお、連合会は、全銀協に対して、この改訂に関しては、あくまでも信用保証の委託者と信用保証協会との間で締結される信用保証委託契約書に関する改訂であり、金融機関と信用保証協会との間で締結される約定書を変更するものではないと回答した。(甲20、21の1・2)

被告は、同年7月、被告が信用保証委託契約を締結する際に用いる契約書の書式について、上記と同旨の改訂を行った。(甲22)

(9)  平成24年10月3日になって、新聞報道等により、a社の全出資口数を有し平成19年9月までa社の代表取締役であったCが指定暴力団e団体系の組幹部であり、a社が反社会的勢力であったことが判明した。(乙4の1~3、弁論の全趣旨)

(10)  原告と被告との間の信用保証に関する約定において、約定書(甲2)や各信用保証契約の信用保証書(甲5の1・2)には、信用保証の委託者である主債務者が反社会的勢力であることが保証の免責事由となる旨の規定や、原告に対して、上記主債務者が反社会的勢力でないことの表明保証等を求める規定はない。(甲2、5の1・2)

2  以上の認定事実を踏まえて、本件信用保証の錯誤無効の成否について検討する。

(1)  保証契約の本質は、特定の債権を担保するために、主たる債務者が債務を履行しない場合に、当該債務を履行する責任を負担することにあり、主債務者の属性(ここでは反社会的勢力であるか否か)は当然に保証契約の意思表示の要素になるわけではないから、本件信用保証が錯誤無効であるといえるためには、本件動機が明示又は黙示に表示されて、これが契約を締結する上で原告と被告との間の共通の基礎になっていた、すなわち本件信用保証の意思表示の内容になっていたと評価できる場合でなければならない。

(2)ア  そこで、本件信用保証について検討すると、本件信用保証締結以前の反社会的勢力との取引に関する原告をはじめとする金融機関及び被告をはじめとする信用保証協会を取り巻く状況(前記(1)、(3)~(5))、特に、閣僚会議指針を受けて、主要行等監督指針において、反社会的勢力との関係遮断に関する条項が追加され、本件監督指針においても同旨の条項が盛り込まれ、信用保証協会は反社会的勢力関連企業との取引を一切行ってはならないとされたことからすれば、反社会的勢力との関係遮断が社会的要請となっており、銀行と信用保証協会が信用保証契約を締結する場合には、その時点において、主債務者が反社会的勢力であることが判明していれば、信用保証協会が保証を行わないことは明らかであったといえ、原告及び被告においても当然そのことを当時から認識していたといえる。

イ  しかし、上記指針等によって示されていたのは、あくまで、反社会的勢力との関係遮断の方法として、銀行や信用保証協会が、反社会的勢力とは取引をしないこと、及び、反社会的勢力であることを知らずに関係を有してしまった場合には、相手方が反社会的勢力であると判明した時点で可能な限り速やかに関係を解消することであり、銀行が反社会的勢力であると知らずに融資を行った後に、当該融資先が反社会的勢力であったと判明した場合に、上記融資を保証した信用保証協会が保証債務を履行しなければならないか否かについては何ら示されていない。そして、信用保証契約を無効にしても、主債務者である反社会的勢力からの融資金の回収が図られるわけではなく、反社会的勢力との関係遮断に資するわけではないから、上記指針等で示されている契約締結段階で反社会的勢力と関係を持たないことと、反社会的勢力であることが融資後に判明した場合の処理は明確に区別すべきである。

そうすると、本件信用保証において、本件動機が明示又は黙示に表示されていたというためには、信用保証契約締結後に主債務者が反社会的勢力であることが明らかになった場合には信用保証の対象にならないということが明示又は黙示に表示されていたということが必要であり、また、本件動機が本件信用保証の意思表示の内容になっていたというためには、信用保証契約締結後に主債務者が反社会的勢力であることが明らかになった場合には信用保証の対象にならないということが、契約を締結する上で原告と被告との間の共通の基礎になっていたといえなければならない。

ウ  そして、信用保証契約締結時に調査を尽くしたとしても、その調査には限界があり、主債務者が反社会的勢力であるか否かを完全に明らかにすることができないのは当然であるから、後に、主債務者が反社会的勢力であることが判明する可能性があることは、原告及び被告とも当然認識していたものと認められる。それにもかかわらず、原告と被告との間の本件約定において、被告が保証債務の履行について全部又は一部の責任を免れるものとされる免責事由には、主債務者が反社会的勢力であることその他反社会的勢力に関する事由は設けられておらず、本件信用保証に係る信用保証書にも特段これに関する条項が付け加えられていない。また、被告は、それに関して何ら留保しておらず、本件約定及び本件信用保証を締結した際のいずれにおいても、後に主債務者が反社会的勢力であることが判明した場合の処理について原告と被告との間で言及されたことをうかがわせる証拠もないことからすれば、本件信用保証において、信用保証契約締結後に主債務者が反社会的勢力であることが明らかになった場合には信用保証の対象にならないということが明示又は黙示に表示されていたとは認め難く、また、これが本件信用保証を締結する上で原告と被告との間の共通の基礎になっていたと直ちに認めることはできない。

エ  むしろ、本件信用保証後の連合会及び被告の対応からすれば、本件信用保証において、信用保証契約締結後に主債務者が反社会的勢力であることが明らかになった場合には、信用保証契約自体は有効に存続させることを前提としていたと解するのが相当である。すなわち、連合会が、全銀協に対して、上記参考例の暴力団等排除条項を適用して銀行が期限の利益を喪失させた場合、直ちに信用保証を免責とするように、銀行と信用保証協会との間の現行の約定書を改正したいとの申し入れを行ったが、全銀協が、この申し入れに反発し、交渉が決裂した後、連合会は、全銀協に対して、暴力団等排除条項を適用して期限の利益を喪失させた場合、直ちに信用保証を免責とはしない旨を連絡していること、その後、被告策定の信用保証委託契約書に、事前求償権の条項が追加されていることからすれば、連合会及び被告は、信用保証契約後に主債務者が反社会的勢力であることが判明した場合には、信用保証契約を有効に存続させた上で処理することを前提としているものと推認される。そして、本件信用保証の締結時点においては、被告とa社との間の信用保証委託契約書に、上記事前求償権の条項はないものの、同条項の追加は、本件信用保証締結前の本件監督指針を受けてされたものであること、連合会が、これと同旨の改訂に関して、あくまでも信用保証の委託者と信用保証協会との間で締結される信用保証委託契約書に関する改訂であり、金融機関と信用保証協会との間で締結される約定書を変更するものではないと明言していることなどに照らして、この事前求償権の条項が追加される前後において、連合会ないし被告の立場が異なっていたとは認められないことからすれば、本件信用保証においても、a社が、本件信用保証後に反社会的勢力であることが判明した場合、信用保証契約を有効に存続させることを前提としていたものと推認される。

この点に関して、被告は、上記事前求償権の条項は、反社会的勢力であることが後に判明した場合に錯誤無効の主張をすることができる前提で、錯誤無効の主張ができない場合、例えば、後に反社会的勢力になった場合ないし反社会的活動を行った場合、あるいは、被告に錯誤に関して重過失があった場合であっても反社会的勢力との取引を解消できるように設けられたものであると主張する。しかし、被告策定の信用保証委託契約書には、銀行への代位弁済前に委託者である主債務者及び保証人に対し求償権を行使することができる場合として、暴力団等ではないこと及び反社会的活動をしないことの表明・確約に関して虚偽の申告をしたことが判明したときと規定していることからすれば、後に反社会的勢力になった場合ないし反社会的活動を行った場合に限定した条項であると解釈することはできないし、錯誤に関して被告に重過失がある場合のみを想定して規定されたものであることをうかがわせる文言ないし条項にはなっておらず、信用保証契約後に主債務者が反社会的勢力であることが判明した場合を想定して規定されたものであることを否定し難いから、上記原告の主張には理由がなく、結論を左右しない。

(3)  以上検討したところによれば、本件動機が明示又は黙示に表示されていたとは認め難い上、本件信用保証を締結する際の原告と被告との間の共通の基礎として、a社が反社会的勢力であることが信用保証契約締結後に判明した場合に信用保証の対象にならないことが前提とされていたとはいえず、これが本件信用保証を締結する上で原告と被告との間の共通の基礎になっていた、すなわち本件信用保証の意思表示の内容になっていたとまで評価することはできない。

(4)  なお、被告は、信用保証協会が主債務者が反社会的勢力であった場合のリスクを負えば、金融機関のモラルハザードにつながるおそれがある上、公的資金で反社会的勢力の資金需要を担保することになり、社会正義の理念に悖ると主張する。

しかし、金融機関のモラルハザードが将来的に発生する蓋然性は判然としないし、融資や信用保証が行われた後に主債務者が反社会的勢力であることが判明した場合、既に融資は行われている以上、融資金回収のリスクを原告と被告のいずれが負担するかという問題であり、信用保証協会が公的機関であるということが、金融機関よりも信用保証協会を保護すべき理由にはならないから、被告の上記主張は、いずれも本件信用保証の錯誤無効の成否について結論を左右するものとは認められない。

3  結論

以上によれば、本件信用保証が錯誤無効であるという被告の主張を認めることはできず、原告の請求は理由があるから、これを認容することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 野村高弘 裁判官 佐藤美穂 平山翔悟)

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