さいたま地方裁判所 平成26年(行ウ)2号 判決 2014年11月19日
主文
1 本件訴えのうち、行田市教育委員会が平成25年4月8日付けで原告に対して行った個人情報部分開示決定中、別紙情報目録記載の情報を不開示とした部分に係る訴えを却下する。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
行田市教育委員会が平成25年4月8日付けで原告に対してした個人情報部分開示決定中、評価(所見等)に関する部分につき不開示とした部分を取り消す。
第2事案の概要
本件は、行田市立a中学校の教諭であった原告が、行田市個人情報保護条例(以下「本件条例」という。)に基づき、実施機関である行田市教育委員会(以下「処分行政庁」という。)に対し、平成25年度当初市町村立小・中学校等再任用教職員採用選考(以下「本件選考」という。)の資料となった再任用希望者の勤務状況に関する意見書等の開示を請求したところ、処分行政庁が、個人情報部分開示決定(以下「本件決定」という。)をし、評価(所見等)に関する部分につき不開示としたことに関し、本件決定には本件条例に定める不開示事由がないにもかかわらず不開示とした違法があるとして、本件決定の取消しを求める事案である。
1 本件条例の定め(甲7)
(1) 目的(1条)
この条例は、市が保有する自己に関する個人情報の開示、訂正等を求める個人の権利を保障するとともに、個人情報の適正な取扱いの確保について必要な事項を定めることにより、個人の権利利益の保護を図り、もって個人の基本的人権の擁護に資することを目的とする。
(2) 定義(2条)
ア 個人情報(1号)
生存する個人に関する情報であって、特定の個人が識別され、又は識別され得るもの(当該情報のみでは識別できないが、他の情報と容易に照合することができ、それにより特定の個人を識別できるものを含む。)をいう。ただし、事業を営む個人の当該事業に関する情報を除く。
イ 実施機関(2号)
市長、教育委員会等をいう。
(3) 開示請求(13条1項)
何人も、実施機関に対し、当該実施機関が保有する行政情報に記録された自己に関する個人情報の開示の請求をすることができる。
(4) 開示しないことができる個人情報(14条)
実施機関は、開示請求に係る個人情報に不開示情報が記録されているときは、当該個人情報の開示をしないことができる。
不開示情報には次の情報が挙げられている。
ア 個人の評価、診断、判定、選考、指導、相談その他これらに類する事項に関する個人情報であって、開示しないことが正当であると認められるもの(2号)
イ 市又は国等が行う事務事業に関する情報であって、開示することにより、次に掲げるおそれその他当該事務事業の性質上、当該事務事業の適正な執行に支障を及ぼすおそれがあるもの(6号柱書き)
人事管理に係る事務に関し、その公正かつ円滑な人事の確保に支障を及ぼすおそれ(6号エ)
(5) 期間経過後の開示(15条2項)
実施機関は、開示請求に係る個人情報に不開示情報が含まれている場合であっても、期間の経過により14条2号から7号までのいずれにも該当しなくなったときは、当該個人情報を開示しなければならない。
2 前提となる事実(括弧内に証拠等を掲記した事実以外は、当事者間に争いがないか、争うことを明らかにしない事実である。)
(1) 当事者
ア 原告は、本件中学校において教諭として勤務し、平成24年度末をもって定年退職した者である。
イ 処分行政庁は、本件条例に定める実施機関である。
ウ 被告は、処分行政庁が所属する普通地方公共団体である。
(2) 再任用選考
ア 原告は、平成24年度末をもって定年退職するに際し、所属長(本件中学校校長)に対し、再任用を希望し選考を申し込む旨記載した再任用に関する意向調査票(兼選考申込書)を提出し、平成25年度当初市町村立小・中学校等再任用職員の選考(本件選考)を申し込んだ(甲4、6)。
イ 埼玉県教育委員会は、本件選考の結果、原告を不合格とし、平成25年1月15日付け「平成25年度当初市町村立小・中学校等再任用教職員採用選考結果について(通知)」(親教採第32―4号)により、その旨原告に通知した(甲6)。
(3) 開示請求、開示決定及びこれに基づく開示等
ア 開示請求
原告は、平成25年3月25日、処分行政庁に対し、本件条例に基づき、「平成25年度再任用希望者の勤務状況に関する意見書(校長及び教育長によって記入・作成されたX(a中教諭)に関するもの)・意見書1~9、校長総合所見、教育長所見、教育長総合所見のすべて。」、「推薦しない理由を述べた添付書類(別紙 任意様式)すべて。」、「その根拠となった「ファイル」(3月11日に指導課長が机上に置いて読み上げたB5~A4の厚さ10cm程度のファイル)のすべて。」の開示を請求(以下「本件開示請求」という。)した。
イ 本件決定
処分行政庁は、本件開示請求を受け、平成25年4月8日付けで、本件開示請求の対象文書につき、「評価(所見等)に関する部分」(以下「本件不開示部分」という。)を除き開示する旨決定(本件決定)し、同日付け個人情報部分開示決定通知書(行教学第57号)により、原告に通知した。
処分行政庁は、本件決定に際し、本件不開示部分を開示しない理由として、以下の理由を挙げた。
(ア) 本件条例14条2号に該当
個人の評価、判定及び選考に関する個人情報であって、開示しないことが正当であると認められるため
(イ) 本件条例14条6号のエに該当
開示することによって、人事行政の目的の達成が損なわれるため
ウ 本件決定に基づく開示
処分行政庁は、本件決定に基づき、原告に対し、「再任用希望者の勤務状況に関する意見書」(原告に関するもの。以下「本件対象文書1」という。)、本件対象文書1の別紙である「再任用希望者についての教育長総合所見」(以下「本件対象文書2」という。)並びに本件対象文書1の添付書類である「再任用希望者(教諭:X)について平成23年度の指導状況について」(以下「本件対象文書3」という。)及び「X教諭の国語公開授業について」(以下「本件対象文書4」といい、本件対象文書1から3までと併せて「本件各対象文書」という。)のうち、本件不開示部分を除き、開示した(甲3の1~3の3)。
エ 本件各対象文書の概要
本件各対象文書は、本件中学校校長及び処分行政庁の教育長が、本件選考の資料として、「平成25年度再任用希望者の勤務状況に関する意見書の作成要領」と題する書面(以下「本件作成要領」という。)に従い、原告の勤務状況に関する意見を記載したものである(甲3の1~3の3、5、乙3)。
本件対象文書1は、本件作成要領に定められている様式に従い、原告の勤務状況についての意見、校長総合所見、教育長所見及び教育長総合所見が記載されたものである。
本件対象文書2は、本件対象文書1の<教育長総合所見>において、当該再任用希望者を推薦しない旨記載した場合に別紙として作成することが求められているものであり、当該再任用希望者である原告を推薦しない詳細な理由について記載されたものである。
本件対象文書3及び4は、いずれも本件対象文書1の添付資料であり、本件対象文書3は、原告に対する平成23年度の指導(学習指導及び生徒指導)状況が記載されたものであり、本件対象文書4は、平成24年12月13日に実施された原告の国語の公開授業について本件中学校の教頭や校長による考察等が記載されたものである。
(4) 異議申立て、決定及びこれに基づく追加開示等
ア 本件異議申立て
原告は、平成25年6月10日、処分行政庁に対し、本件決定についての異議申立て(以下「本件異議申立て」という。)をした。
イ 本件異議申立てに対する決定
処分行政庁は、平成26年1月24日付け行田市情報公開・個人情報保護審査会の答申(答申第4号。乙1。以下「本件答申」という。)を受けて、平成26年3月20日、本件異議申立ての対象となった「平成25年度再任用希望者の勤務状況に関する意見書、校長総合所見・教育長所見・教育長総合所見、推薦しない理由を述べた添付書類すべて及びその根拠となったファイル」に係る行政文書を本件各対象文書とした上で、本件決定において一部不開示とした部分のうち、以下の(ア)から(エ)までについて開示する旨の決定(以下「本件追加開示決定」という。)をした(乙2、3)。
(ア) 本件対象文書1
「教育長総合所見」の全文
(イ) 本件対象文書2
「2 推薦の有無」の全文
「3(1) 教科指導」及び「3(2) 生徒指導」の一部不開示とした部分のうち単なる事実の部分
(ウ) 本件対象文書3
「1(1) 学習指導について」、「1(2) 生徒指導」及び「2(1) 9月9日の国語科(3年2組・題材「ウミガメと少年」)の研究授業」の一部不開示とした部分のうち単なる事実の部分
「2(2) 9月28日の国語科(3年2組・題材「付属語」)の授業研究」の全文
「2(3) 1月27日の国語科(3年2組・題材「故郷」)の授業研究」の一部不開示とした部分のうち単なる事実の部分
「2(4) 2月6日の清掃指導」の全文
(なお、本件追加開示決定に係る決定書(以下「本件追加開示決定書」という。)には、「2の(4)2月6日の清掃指導及び一部不開示とした部分のうち単なる事実の部分を開示 全文」と記載されているが、このうち、「及び一部不開示とした部分のうち単なる事実の部分を開示」が誤記(余事記載)であることは一見して明らかであり、上記部分が誤記であること及び本件追加開示決定書における上記記載が上記誤記の部分を除いた「「2(4) 2月6日の清掃指導」の全文」を示すものであることにつき当事者間に争いがない。)
(エ) 本件対象文書4
「4 公開授業を参観しての課題」の全文
ウ 本件追加開示決定に基づく追加開示等(以下「本件追加開示」という。)
行田市教育委員会は、本件追加開示決定に基づき、原告に対し、本件各対象文書のうち、上記イの(ア)から(エ)までに掲げる部分を開示するとともに、本件対象文書3のうち、「2(5) 10月20日、来客への対応」の全文を開示した(乙3)。
エ 本件各対象文書のうち本件追加開示後の不開示部分(以下「本件追加開示後不開示部分」という。)は、以下の(ア)から(エ)までである。
(ア) 本件対象文書1の校長総合所見欄及び教育長所見欄記載の各情報
(イ) 本件対象文書2の「3 推薦しない理由」に記載された情報のうち単なる事実の部分を除いた部分
(ウ) 本件対象文書3の「1(1) 学習指導について」、「1(2) 生徒指導」、「2(1) 9月9日の国語科(3年2組・題材「ウミガメと少年」)の研究授業」及び「2(3) 1月27日の国語科(3年2組・題材「故郷」)の授業研究」に記載された情報のうち単なる事実の部分を除いた部分
(エ) 本件対象文書4の本件中学校の校長作成に係る総合所見欄記載の情報
第3当裁判所の判断
1 職権により、本件訴えのうち、本件決定中別紙情報目録記載の情報(以下「本件追加開示部分」という。)を不開示とした部分に係る訴えの適法性について判断する。
(1) 前記前提となる事実に、証拠(乙1、2)及び弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。
ア 処分行政庁は、本件異議申立てを受け、行田市情報公開・個人情報保護審査会に対し、平成25年7月3日付けで諮問(行教学第619号)した。
イ 行田市情報公開・個人情報保護審査会は、上記諮問を受け、平成26年1月24日付けで、本件各対象文書のうち、本件追加開示部分は開示すべきであるが、その他の部分については不開示が妥当である旨の答申(本件答申)をした。
ウ 処分行政庁は、本件追加開示決定において、本件追加開示部分のうち、本件対象文書3の「2(5) 10月20日、来客への対応」を除いた情報について、開示する旨決定した。
処分行政庁は、本件追加開示決定書において、「当初、評価の部分及び評価内容を容易に推測し得る事実として不開示とした部分について審査会の答申を受け再度十分検討し、単なる事実の部分と考えられる部分については、これを開示する」、「審査会の答申を尊重して、主文のとおり決定する」などと記載している。
なお、同決定書において、開示対象部分として、本件対象文書3の「2(5) 10月20日、来客への対応」の全文は、掲げられていなかった。
エ 処分行政庁は、本件追加開示決定に基づき、原告に対し、本件各対象文書のうち、本件対象文書3の「2(5) 10月20日、来客への対応」の全文を含めた本件追加開示部分を全て開示した。
(2) 上記認定事実によれば、本件決定のうち、本件追加開示部分(本件対象文書3の「2(5) 10月20日、来客への対応」の全文を除く。)を不開示とした部分については、本件異議申立てに対する本件追加開示決定により取り消され、その効力を失ったものであり、本件訴えのうち、上記情報の開示を求める部分については、訴えの利益が消滅したことは明らかである。
また、本件決定のうち、本件対象文書3の「2(5) 10月20日、来客への対応」の全文を不開示とした部分については、本件追加開示決定書に開示対象情報として掲げられていないものの、本件追加開示決定は、「単なる事実の部分と考えられる部分については、これを開示する。」としているところ、上記情報は単なる事実に係るものであること(乙3)、また、本件追加開示決定は、上記情報を含めて開示すべきであるとの本件答申を尊重してされたものであり、その後の本件追加開示決定に基づく開示では、上記情報も含めて開示されていることなどに照らせば、本件追加開示決定書に上記情報が掲げられていないのは処分行政庁による記載漏れにすぎないと認められる。しかるところ、原告は、本件条例に基づき、上記情報を含む本件各対象文書の開示を請求し、その後、一連の手続を経た上、処分行政庁から、上記情報の開示を受けたことに変わりはないことから、結局、本件決定のうち、上記情報の開示を求める部分についても、訴えの利益が消滅したものと解するのが相当である。
以上によれば、本件訴えのうち、本件追加開示部分については、訴えの利益を欠くに至ったものというべきである。
2 争点(1)(本件不開示部分又は本件追加開示後不開示部分は、本件条例14条6号エの不開示情報に該当するか)について
(1) 上記1において説示したとおり、本件訴えのうち、本件追加開示部分については訴えの利益を欠くものであるから、以下においては、本件決定中、本件追加開示後不開示部分の本件条例14条6号エの不開示情報該当性について判断する。
本件条例14条6号エは、市等が行う事務事業に関する情報であって、開示することにより、人事管理に係る事務に関し、その公正かつ円滑な人事の確保に支障を及ぼすおそれがあるものを不開示情報と定めているところ、本件条例が、個人の権利利益の保護を図り、もって個人の基本的人権の擁護に資することを目的とし(1条)、原則的に自己に関する個人情報の開示の請求をすることができるとしつつ(13条1項)、例外的に開示しないことができる個人情報を具体的に規定し(14条)、その場合でも期間の経過により開示しなければならない場合があることも規定していること(15条2項)からすれば、上記の「公正かつ円滑な人事の確保に支障を及ぼすおそれがある」場合というのは、公正かつ円滑な人事の確保に実質的な支障が生じる蓋然性がある場合をいうものと解するのが相当である。
以下においては、上記判断枠組みに従って検討を加えることとする。
(2) 前記前提となる事実に、証拠(甲4、5、乙1)及び弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。
ア 埼玉県では、定年退職者や定年前退職者のうち所定の条件を満たす者を対象として、再任用制度(以下「本件再任用制度」という。)が設けられている。
本件再任用制度においては、再任用希望者の在職中の勤務実績(勤務状況)、面接、健康状況に基づき選考を実施するものとされ、再任用を希望した者が教諭の職にある場合、校長及び市町村教育委員会教育長が、その者に係る勤務状況意見書を記入することになる。
勤務状況意見書は、校長が自らが記載すべき必要事項を記入して教育長に提出し、さらに、教育長が自らが記載すべき必要事項を記入して所管の教育事務所長に提出し、教育事務所長がこれを確認をした上で、教育局県立学校部教職員採用課長に提出することとされ、最終的には、任命権者が在職中の勤務実績(勤務状況)、面接、健康状況に基づき、選考を実施するものとされる。
イ 本件作成要領の記載内容
本件作成要領には、勤務状況意見書の記入に関して、要旨次のとおりの記載がある。
(ア) 意見書はマル秘とし、記入者以外は取り扱わない。
(イ) 校長は、再任用希望者の日頃の勤務状況等をよく観察し、意見項目ごとに、「極めて良好」、「概ね良好」、「要努力」などの意見を記入する。
なお、意見項目としては、本件作成要領の別紙「再任用希望者の勤務状況に関する意見書」において、「1 指導計画の作成・改善、2 学習指導と評価、3 学年・学級経営・生徒指導、4 校務分掌等、5 責任感、6 積極性、7 協調性、8 規律、9 勤勉さ」が挙げられている。
(ウ) 校長総合所見は、再任用希望者が再任用に推薦するに適しているか否かが分かるように記入する。
(エ) 教育長総合所見は、再任用希望者を「強く推薦する」、「推薦する」、「推薦しない」という意見を記入する。
(オ) 教育長総合所見において「推薦しない」とした者については、その詳細な理由について、別紙(任意様式)に整理し記載の上、意見書に添付して提出する。
ウ 本件追加開示後不開示部分には、原告に対する評価や評価内容を容易に推測し得る事実が記載されている。
(3) 上記認定事実によれば、勤務状況意見書は、本件再任用制度における選考要素の一つである選考対象者の在職中の勤務実績(勤務状況)に関する重要な資料であり、本件再任用制度において、公正かつ適正な選考事務を行うに当たって不可欠なものということができる。そして、勤務状況意見書に関する本件作成要領によれば、校長総合所見は、再任用希望者が再任用に推薦するに適しているか否かが分かるように記入するものとされ、教育長総合所見において「推薦しない」とした者については詳細な理由を記載することが要求されるほか、勤務状況意見書がマル秘として取り扱われていることなどに照らせば、勤務状況意見書には、当該再任用希望者の勤務実績等やそれに対する評価につき相当程度具体的かつ率直な意見を記載することが予定されているものと認められる。
このような勤務状況意見書の性質に照らせば、本件各対象文書のうち、本件追加開示後不開示部分に記載された原告に対する評価や評価内容を容易に推測し得る事実についても、相当程度具体的かつ率直な意見が記載されているものと推認され、記入者である校長や教育長において、当該再任用希望者に公開されることを望まないような記載であると考えられる。そうすると、仮に本件追加開示後不開示部分が公開されることとなった場合、今後、記入者である校長や教育長において、自らが記載した当該再任用希望者に係る具体的評価内容が当該再任用希望者に開示される可能性があることを考慮し、当該再任用希望者等との関係を悪化させたくないという配慮から、当たり障りのない記載等しかしなくなる可能性は極めて高いというべきであり、その結果、勤務状況意見書の記載内容が形骸化し、再任用希望者について公正かつ客観的な勤務評価がされなくなり、勤務状況意見書に基づき合理的に再任用選考を実施することが困難になるおそれも高いというほかはない。
そして、再任用選考事務についての上記支障は、本件選考が終了したことによって解消される性質のものではない。
以上によれば、本件追加開示後不開示部分に記載された情報は、これを開示した場合、本件再任用制度の選考事務という人事管理に係る事務に関し、その公正かつ円滑な人事の確保に実質的な支障が生じる蓋然性があるものと認められ、本件条例14条6号エに該当するものというべきである。
(4) これに対し、原告は、特定の文書が本件条例の定める不開示情報に該当するか否かの判断に当たっては、当該文書の開示により開示請求者が得られる利益と開示することによって被る行政側の不利益との比較考量をすべきであるとした上で、本件各対象文書の全部開示を求める理由として、①原告の裁判を受ける権利を全うする必要がある、②本件各対象文書の事実認識や評価の合理性・社会的相当性について判断する必要がある、③本件対象文書4の総合所見(文責:校長)の作成名義の真正を確認する必要がある、④本件各対象文書に本件選考に際して考慮されるべきではない原告のあおり行為に関する処分が記載されているか明らかにする必要がある、⑤本件各対象文書には、恣意的記述、誤謬等があり、原告は事実に基づいた公正な公文書に訂正することを求める必要があるなどと主張する。
そこで検討すると、上記(1)において指摘した本件条例の規定の在り方に照らせば、対象となる情報が本件条例14条所定の不開示情報に該当するか否かを検討するに当たっては、これを開示する必要性についても考慮すべきものと解されるが、本件条例が、市が保有する自己に関する個人情報の開示、訂正等を求める個人の権利を保障するとともに、個人情報の適正な取扱いの確保について必要な事項を定めることにより、個人の権利利益の保護を図ることを目的としていること(1条)に照らせば、上記必要性については、専ら当該対象情報を開示することによって個人情報の保護や適正な取扱いに資するか否かという観点から考慮されるべきである。
これを本件についてみると、原告の裁判を受ける権利を全うする必要性及び本件各対象文書の事実認識や評価の合理性・社会的相当性を判断する必要性は、個人情報の保護や適正な取扱いに資するか否かという観点とは別個のものであり、本件条例の不開示情報該当性を判断するに際して、重視すべき事項ではないといわざるを得ない。また、本件対象文書4の総合所見(文責:校長)の作成名義の真正については、そもそも、本件作成要領及び本件対象文書4の体裁(乙3)に照らせば、当該総合所見を校長以外の者が記載することは、特段の事情がない限り考え難いことであるというほかはなく、本件においても、本件中学校長以外の者が当該総合所見を記載したことをうかがわせる客観的証拠はない上、上記作成名義の真正については、基本的には作成者とされる当該校長に関わるものであることからすれば、本件対象文書4の総合所見欄を原告に開示することにより、個人情報の保護や適正な取扱いに資するところはさほど大きくないというべきである。さらに、本件各対象文書に原告のあおり行為に関する処分が記載されているか否かについては、本件各対象文書を作成した者において、本件作成要領に整合しない記載をしたか否かを確認するものにすぎず、これを確認することが、個人情報の保護や適正な取扱いに資するものとはいい難い。加えて、原告は、本件各対象文書について事実に基づいた公正な公文書に訂正されることを求める必要性があると主張するが、上記認定のとおり、本件各対象文書のうち単なる事実に関する部分は既に原告に開示されており、本件追加開示後不開示部分は専ら評価や評価内容を容易に推測し得る事実にとどまるところ、当該事実について恣意的記述や誤謬等があることをうかがわせる客観的証拠はないこと(原告は、評価や評価内容を容易に推測し得る事実の前提となる「単なる事実に関する部分」につき恣意的記述や誤謬等があることを主張、立証していない。)に照らせば、個人情報の保護や適正な取扱いという観点から本件追加開示後不開示部分を開示する必要性が高いとまではいい難い。
以上によれば、原告の主張する本件追加開示後不開示部分の開示を受ける必要性は、上記(3)において説示した同部分を開示することによる不都合を回避すべき必要性を上回るものとはいえず、本件追加開示後不開示部分に記載された情報が本件条例14条6号エに該当するとの判断を覆すものとはいえない。
したがって、原告の上記主張は採用することができない。
3 争点(3)(本件不開示部分又は本件追加開示後不開示部分は、本件条例15条2項により開示すべき情報に該当するか)について
本件不開示部分から本件追加開示部分を除いた本件追加開示後不開示部分が本件条例15条2項により開示すべき情報に該当するかを検討すると、前記前提となる事実に、証拠(甲4、6)及び弁論の全趣旨を総合すれば、本件選考の手続は既に終了しており、平成25年1月15日に原告に対して本件選考の結果が通知されてから既に相当の年月が経過していることは認められるものの、前記2(3)において説示した本件追加開示後不開示部分を開示することによる不都合は、本件選考のみに関わるものではなく、本件選考が終了したからといって解消されるという性質のものではないことから、上記期間の経過によっても、本件追加開示後不開示部分が本件条例14条6号エの不開示情報に該当しなくなったものということはできない。
したがって、本件追加開示後不開示部分は本件条例15条2項により開示すべき情報には該当しないというべきである。
4 結論
以上によれば、その余の点につき判断するまでもなく、本件訴えのうち、本件決定中、本件追加開示部分の開示を求める訴えは不適法であるからこれを却下することとし、その余の請求は理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 志田原信三 裁判官 鈴木拓児 髙橋幸大)