さいたま地方裁判所 平成9年(行ウ)24号 判決 2004年3月17日
原告 甲野太郎(編注・仮名) ほか15名
被告 埼玉県
代理人 石川さおり 志村陽子 石川利夫 内田健文 山畑正 若山政行 ほか10名
主文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は、原告らの負担とする。
事実及び理由
第1当事者の申立て
1 請求の趣旨
(1) 被告は、原告X1及び原告X2に対し、各109万7000円を、同原告らを除く原告ら14名に対し、別表1損害額一覧表の「請求額」欄記載の各金員を支払え。
(2) 訴訟費用は被告の負担とする。
(3) 仮執行宣言
2 請求の趣旨に対する答弁
(1) 主文第1項、2項同旨
(2) 仮執行宣言を付す場合には、担保を条件とする仮執行免脱の宣言
第2事案の概要(以下、原告X1及び原告X2の被承継人であるX3と上記原告2名以外の原告14名を合わせて「原告ら」という。また、上記X3を「亡X3」といい、同人以外の原告ら14名はその姓をもって各表示し、「原告X4」、「原告X5」などという。)
1 事案の要旨
(1) 本件は、埼玉県知事が河川法に基づき管理する一級河川荒川水系新芝川(以下「新芝川」という。)において、原告らが河川法(平成9年法律第69号による改正前のもの。以下同じ。)24条の許可を得ることなく原告らの船舶等を係留して河川区域内の土地を占用したとして、埼玉県知事が河川法及び行政代執行法(以下「代執行法」という。)の手続を経て、平成9年9月18日、行政代執行により上記係留船舶等を撤去した(以下「本件代執行」という。)ところ、原告らが、本件代執行及びその後の保管行為は違法であり、また、埼玉県知事は代執行を行うに際して船舶に無用な破損を加えないように注意すべき義務や保管義務を怠ったと主張して、これにより原告らの船舶に発生した損傷等について、国家賠償法に基づき、被告(埼玉県。以下、埼玉県を「被告県」、埼玉県知事を「被告知事」ともいう。)に対し、その損害金の支払を求めた事案である。
本件代執行が違法であるとする原告らの主張の要旨は、<1>原告らの船舶等係留は河川法24条の「河川区域内の土地の占用」に当たらないので、同条違反を理由に原告らの船舶等に対して行われた本件代執行は違法である、<2>本件代執行令書が船舶等の所有者ではない者に対して発せられている等、本件代執行には手続違背がある、<3>従来、新芝川の係留船舶に対して規制がされていなかったところ、被告知事及び埼玉県浦和土木事務所長(現埼玉県さいたま県土整備事務所長。以下「浦和土木所長」という。)は、暫定係留施設等の整備が不十分な状態であるにもかかわらず、一方的に係留船舶の取締り・排除措置を行ったものであり、また、台風接近にあたり緊急避難中の船舶等に対して行われたものであるから、本件代執行は裁量権の範囲を逸脱して行われた違法な処分である、<4>原告らの船舶等係留によって他の船舶の航行に障害等は生じておらず、これを放置しても「著しく公益に反する」(代執行法2条)場合に当たらず代執行の要件を満たさないので、本件代執行は違法であるというものである。
(2) なお、原告らは、訴え提起時、本件代執行及びこれに先立ち原告らに対してされた代執行令がそれぞれ違法であるとして、埼玉県知事に対して代執行令の取消しを、浦和土木所長に対して本件代執行の取消しを求めていたが、行政事件訴訟法21条に基づき、平成10年10月23日付け訴えの変更申立書により、上記(1)の損害賠償請求に訴えを変更する旨申し立て、平成11年7月16日、当裁判所はこれを許可した。
(3) Aは、平成9年10月17日に原告らとともに上記(2)の代執行令取消し等の訴えを提起したが、平成11年6月3日、同日付け取下書により、その訴え全部を取り下げ、同月9日、訴え変更前の被告であった埼玉県知事及び浦和土木所長はこれに同意した(行政事件訴訟法7条、民事訴訟法261条参照)。
2 争いのない事実等
以下の事実は、当事者間に争いがないか、証拠及び弁論の全趣旨によって容易に認定できる(証拠により認定した事実については、その末尾の括弧内に認定に用いた証拠を適宜掲げる。)。
(1) 河川管理者の権限等
ア 被告知事への権限の委任等
一級河川の管理は、河川法9条1項により建設大臣(現国土交通大臣。以下同じ。)が行うこととされているが、同条2項により、建設大臣が指定する区間については当該一級河川の存する都道府県知事に管理権限の一部が委任されている。
新芝川は、昭和40年3月29日付け建設省(現国土交通省。以下同じ。)告示第901号により、埼玉県鳩ヶ谷市大字辻字堤外478番地先の一級河川芝川との分岐点から埼玉県川口市領家5丁目14番地先の一級河川芝川との合流点までの6.4kmが指定区間に指定され、河川法9条2項に基づき、被告知事が河川管理者として、埼玉県内の河川区域である南平大橋下流349mの都県境から山王橋下流の都県境までの河川区域(以下「本件埼玉県管理区域」という。)を管理している。
イ 浦和土木所長への権限の委任等
被告知事は、地方自治法153条1項に基づき、「埼玉県出先機関事務の委任及び決裁に関する規則」(昭和45年1月1日規則第2号)を定め、同規則3条及び別表第2により、河川法24条の規定に基づく土地の占用許可や同法75条の規定に基づく監督処分等の権限を列挙し、これを各土木事務所長に委任している。上記各規定に基づき、本件埼玉県管理区域は浦和土木所長が管理するものとされている。
埼玉県浦和土木事務所長は、平成15年4月1日、被告県の組織変更により、埼玉県さいたま県土整備事務所長に変更された。
浦和土木所長は、平成9年4月1日から平成10年3月末日まではB(以下「B」という。)、平成10年4月1日から平成11年3月末日まではC、平成11年4月1日から平成13年3月末日まではD、平成13年4月1日から平成14年3月末日まではE、平成14年4月1日以降現在までFである。
ウ 河川法の規定
河川法24条は、河川区域内の土地(河川管理者以外の者がその権原に基づき管理する土地を除く。)を占用しようとする者は河川管理者の許可を受けなければならないと定めている。
そして、河川管理者は、同法24条に違反している者(同法75条1項1号)に対し、工作物の除却、工作物等により生じる損害の除去、河川の原状回復等を命じることができる(監督処分。同法75条1項)。
また、河川管理者は、その職員のうちから河川監理員を命じ、同法24条に違反している者に対し、その違反を是正するために必要な措置をとるべき旨を指示する権限を行わせることができる(同法77条1項)。
(2) 原告らの船舶の係留等
ア 別紙船舶等目録記載の番号2ないし18の船舶及び番号21の箱形物置は、それぞれ同目録記載の原告らが管理・使用している(なお、同目録記載の番号1、19及び20の船舶については、原告らは、その所有権者を問題にしている。以下、同目録記載の船舶等は、同目録の番号をもって表示し、例えば、「番号1の船舶」、「番号21の箱形物置」などという。)。
原告らは、原告X4を会長とする「○○スポーツフィッシングクラブ○」(以下「原告らグループ」という。)に所属している。
イ 平成9年3月29日以降、別紙船舶等目録記載の船舶等が、埼玉県川口市東領家5丁目1番地先(概ね領家橋から山王橋までの河川区域。以下、この河川区域を「本件場所」という。)ないしは同市東領家3丁目26番地先(概ね稲荷橋から順信橋までの河川区域)ないしは同32番地先(概ね順信橋から領家橋までの河川区域)の新芝川(以下、これら3つの河川区域をあわせて「本件係留場所」という。)に係留されていた(<証拠略>)。
本件係留場所は本件埼玉県管理区域に含まれている(以上の河川区域の位置関係については本判決末尾添付の別紙図面「本件埼玉県管理区域概略図」参照)。
ウ 原告らは、上記イのように本件係留場所にその船舶等を係留することにつき、浦和土木所長から河川法24条の許可を受けていない。
(3) 是正指導
ア 浦和土木所長は、原告らに対して、その係留船舶等の除却を口頭で指導したが、原告らがこれを撤去しなかったので、河川法77条1項に基づき、平成9年5月9日付け指令浦土第63―3号、平成9年5月28日付け指令浦土第63―10号及び平成9年7月4日付け指令浦土第63―22号指示書を発し、それぞれ通知し、別紙船舶等目録記載の各原告らの船舶等の除却を指示した。
イ 原告らは、上記各指示書で指定された期限までに船舶等の除却を行わなかった。
(4) 監督処分
浦和土木所長は、原告らに対して、河川法75条1項に基づき、下記監督処分書を発し、それぞれ通知した。
ア 原告X6以外の原告ら14名に対しては平成9年7月16日付け指令浦土第63―28号監督処分書(<証拠略>)を、原告土屋に対しては平成9年7月22日付け同号監督処分書(<証拠略>)を発した。
イ 監督処分書には、「あなたが一級河川荒川水系新芝川の河川区域で行っている下記の行為は、河川法(昭和39年法律第167号)第24条に違反しているので、下記期限までに船舶を除却し、河川を原状に回復するよう同法第75条第1項の規定により命令する。」などとあり、河川名は新芝川、行為等の場所は本件係留場所、行為等の内容は別紙船舶等目録記載の各原告らの船舶等の係留・設置、原状回復の内容は本件係留場所からの船舶等の除却、除却期限はいずれも平成9年7月31日である(<証拠略>)。
ウ 原告らは、上記除却期限までに船舶等の除却を行わなかった。
(5) 本件代執行
ア 代執行法の規定
行政代執行をするには、相当の履行期限を定め、その期限までに履行がなされないときは代執行をなすべき旨を、あらかじめ文書で戒告しなければならない(同法3条1項)。
そして、義務者が、上記戒告の指定の期限までにその義務を履行しないときは、当該行政庁は、代執行令書をもって、代執行をなすべき時期、代執行のために派遣する執行責任者の氏名及び代執行に要する費用の概算による見積額を義務者に通知するものとされている(同法3条2項)。
イ 戒告
新芝川の河川管理者である被告知事は、本件代執行を行うにあたり、代執行法3条1項に基づき、原告らに対して、下記戒告書を発し、それぞれ通知した。
(ア) 原告X7以外の原告ら14名に対しては平成9年8月1日付け指令浦土第63―34号戒告書(<証拠略>)を、原告X7に対しては平成9年8月13日付け同号戒告書(<証拠略>)を発した。
(イ) 戒告書には、「指令浦土第63―28号で、船舶を除却し、河川を原状に回復するよう命じたが、未だにその義務を履行していない。ついては、河川管理上支障があるため、下記のとおり行政代執行法(昭和23年法律第43号)第3条第1項の規定により、履行期限までに必ず履行するよう戒告する。なお、履行期限までに履行しないときは、同法第2条の規定に基づき代執行を実施し、これに要した費用をあなたから徴収する。また、代執行により、船舶又は船舶に収納され、若しくは備え付けられた物品等に損害を生じても、その責任は一切負わないので、念のため申し添える。」などとあり、河川名は新芝川、行為等の場所は本件係留場所、行為等の内容は別紙船舶等目録記載の各原告らの船舶等の係留・設置、原状回復の内容は本件係留場所からの船舶等の除却、履行期限は平成9年8月1日付け戒告書が平成9年8月12日、平成9年8月13日付け戒告書が平成9年8月20日である(<証拠略>)。
(ウ) 原告らは、上記履行期限までに原状回復を行わなかった。
ウ 代執行令書による通知
被告知事は、原告らに対し、代執行法3条2項に基づき、下記代執行令書を発し、それぞれ通知した。
(ア) 原告X7、原告X5及び原告X8以外の原告ら12名に対しては平成9年8月13日付け指令浦土第63―43号代執行令書(<証拠略>)を、原告X7に対しては平成9年8月21日付け同号代執行令書(<証拠略>)を、原告X5に対しては平成9年8月25日付け同号代執行令書(<証拠略>)を、原告X8に対しては平成9年8月26日付け同号代執行令書(<証拠略>)を発した。
(イ) 代執行令書には、「指令浦土第63―34号で船舶を除却し、河川を原状に回復するよう戒告したが、指定した期限までに履行していないため、下記により代執行を行うので、行政代執行法(昭和23年法律第43号)第3条第2項の規定により通知する。なお、代執行に要する費用は、同法第2条の規定によりあなたから徴収する。また、代執行により、船舶又は船舶に収納され、若しくは備え付けられた物品等について損害を生じても、その責任は一切負わないので、念のため申し添える。」などとあり、除却する物件は本件係留場所に係留・設置されている別紙船舶等目録記載の各原告らの船舶等、代執行を行う時期は平成9年9月1日から同月21日まで、代執行責任者は浦和土木所長B、埼玉県南部河川改修事務所長G及び埼玉県浦和土木事務所長H(以下「H」という。)とされ、代執行に要する費用の概算見積額は船舶1隻当たり60万円から410万円、桟橋等係留施設1基当たり110万円から320万円とされている(<証拠略>)。
エ 原告らは、上記代執行令書が送付された後、平成9年8月31日、原告らの船舶等を本件係留場所から本件埼玉県管理区域外に移動させた。
オ 上記代執行令書記載の代執行期間中である平成9年9月17日頃、関東地方に台風20号が接近中であるとの気象情報が流れた(<証拠略>)。
その頃、原告X4は、浦和土木事務所(以下「浦和土木」という。)に架電し、原告らの船舶の本件場所への避泊を申し出たが、同事務所副所長はこれを認めない旨の回答をした。
カ 本件代執行の実施
(ア) 平成9年9月18日当時、本件場所には、別紙船舶等目録記載の船舶等が係留されていた。
(イ) 同日午前5時38分、本件代執行が執行責任者である浦和土木所長Bの代執行開始宣言により開始され、本件場所に係留されていた原告らの船舶18隻(番号1、3ないし6及び8ないし20の18隻。以下「18隻」という場合は同じ。)及び番号21の箱形物置が本件埼玉県管理区域から除却され、その後、同日から翌19日にかけて、新芝川右岸にある芝川マリーナにおいて陸揚げされ、保管場所である埼玉県川口市大字東本郷字曲輪1478番1先の県道足立川口線高架下(以下「本件保管場所」という。)に運搬された。浦和土木所長Bは、同日午後2時25分に代執行終了宣言をした。
(6) 引取りの通知
被告知事及び浦和土木所長は、下記のとおり、原告らに対して、本件代執行で撤去・移動され本件保管場所に保管中の船舶等の引取りを通知した。
ア 被告知事は、平成9年10月20日、浦土63―55号により、原告らに対して、本件代執行により撤去・移動され本件保管場所に保管中の原告らの船舶等を平成9年11月11日から同月19日までに引き取るよう通知した(<証拠略>)。
イ 被告知事は、平成9年12月3日、浦土63―62号により、原告らに対して、本件代執行により撤去・移動され本件保管場所に保管中の原告らの船舶等を平成9年12月15日から同月24日までに引き取るよう通知した(<証拠略>)。
ウ 浦和土木所長は、平成9年12月17日、浦土63―64号により、原告らに対して、本件代執行により撤去・移動され本件保管場所に保管中の原告らの船舶等を引き取るよう通知するとともに、平成10年1月12日以降の原告らの引取り・検査等の希望日を回答するよう通知した(<証拠略>)。
エ 浦和土木所長は、平成10年2月26日、浦土63―74号により、原告らに対して、本件代執行により撤去・移動され本件保管場所に保管中の原告らの船舶等を平成10年3月9日から同月13日までに引き取るよう通知した(<証拠略>)。
(7) 訴訟承継
原告X1は亡X3の妻、原告X2は亡X3の子である。亡X3は、平成14年5月10日、死亡し、原告X1及び同X2は亡X3を相続した〔本件損害賠償請求権を各2分の1ずつ相続(民法899条、900条参照)〕。これにより原告X1及び同X2は亡X3の本件損害賠償請求訴訟を承継した(当然承継。行政事件訴訟法7条、民事訴訟法124条1項1号参照)。
3 争点
(1) 原告らの船舶等を河川に係留することは、河川法24条の「河川区域内の土地の占用」にあたるか(争点1)。
(2) 本件代執行当時の原告らの船舶等係留は「占用」といえるか(争点2)。
(3) 本件代執行には、対象物件に代執行令書が発せられていない、あるいは船舶所有者を名宛人にしていないという手続違背があるか(争点3)。
(4) 本件代執行は代執行法2条の要件を満たすか否か(争点4)。
(5) 本件代執行は、被告知事の裁量権の範囲を逸脱してされた違法なものであるか否か(争点5)。
(6) 本件代執行及びその後の保管行為につき、被告知事あるいは浦和土木所長に注意義務違反があったか否か(争点6)。
(7) 原告らの損害の有無及び損害額(争点7)。
4 争点に関する当事者の主張
(1) 争点1(河川法24条「河川区域内の土地の占用」)について
(原告らの主張)
「土地」とある以上、河川法6条1項1号前段の「河川の流水が継続して存する土地」の区域は流水面であるので、「河川区域内の土地」に含まれない。また、「河川区域内の土地」に「河川の流水が継続して存する土地」が含まれるとしても、「土地の占用」であるので「川底の占用」と解釈されるべきである。
したがって、河川の水面に船舶を停泊することは「河川区域内の土地の占用」にあたらないので、同法24条の規制の対象として予定されておらず、同条違反を理由に原告らの係留船舶等に対して代執行令書を発付した処分は違法である。
(被告の主張)
「河川区域内の土地」とは、河川が公共用物であるという特性にかんがみ、民法にいう「土地」の概念よりも広く水面下の土地をも含み、また、河川区域内の土地の「占用」については、民法207条における所有権の範囲が地表面に限らず、その上下にも及ぶのと同様に、川底だけでなく水面、上空、地下のみを使用することも「占用」に該当すると解される。
したがって、原告らは、それぞれ排他独占的に本件係留場所に船舶等を係留していたのであるから、原告らの船舶等による河川の水面の占有は、河川法24条の「河川区域内の土地の占用」にあたり、河川管理者(本件では浦和土木所長)の許可なくして占用すれば、同条に違反し、同法75条の監督処分の対象となる行為になる。
(2) 争点2(本件代執行当時の原告らの船舶等係留は「占用」にあたるか否か)について
(原告らの主張)
本件代執行が行われた際、原告らの船舶等は台風の接近を避けて一時的に本件場所に避難していたのであり、河川を「占用」していない。すなわち、原告らの船舶は、従来、川底にアンカーを打ち、チェーンを桟橋まで張り、固定して停泊していたが、本件代執行当日は、台風の接近による緊急避難であるから、アンカー打ちも桟橋の設置もしておらず、台風によって流されないように杭(浦和土木が原告らの桟橋設置を防止する目的で打ち付けたもの)に船舶を結びつけて、台風が通り過ぎるのを待っただけであり、また、避泊位置も従来の停泊位置と異なっている。
なお、緊急避難をするに際して、原告らは、原告X4を通じて、県河川課、浦和土木等に電話をして、緊急避難で停泊させるから、承認してくれ等と事前連絡をしている。
(被告の主張)
原告らは、本件代執行が行われた際、原告らの船舶等は台風の接近を避けて一時的に本件場所に避難していたのであり、河川を「占用」していないと主張する。しかし、そもそも「占用」とは、排他的な使用であり、原告らの船舶等係留が河川区域内において他の使用を排除している以上、アンカー打ちや桟橋の設置をしていないとしても、「占用」にあたる。
しかも、本件代執行に至るまで原告らが、代執行逃れを繰り返してきた経緯等に照らすと、代執行当日の船舶等係留が単に台風を避けるための一時的な係留に過ぎないと見ることはできず、台風を契機として再び係留を行い、もって「占用」を開始したものというべきである。
(3) 争点3(本件代執行に手続違背があるか否か)について
(原告らの主張)
ア 原告X4に対して行われた本件代執行のうち、番号1の船舶(○○○―○○○○○・マーフィー・所有者X9)と番号21の箱形物置につき代執行令書が発せられていないので、本件代執行には手続違背がある。
イ 原告X9に対して行われた本件代執行につき、番号19の船舶(○○○―○○○○○・みなしご)の所有者はI(以下「I」という。)で、番号20の船舶(○○○―○○○○○・NAO)の所有者はJ(以下「J」という。)であるので、原告X9に対してされた代執行令書の通知及び本件代執行は船舶の所有者でない者を名宛人にしてされたものであるから違法である。
(被告の主張)
ア 原告X4の番号21の箱形物置に対する本件代執行については、原告X4が設置・管理をしていた桟橋に付着し、桟橋の一部を構成する物入れであるので、「桟橋等係留施設」として、原告X4に対して代執行令書(<証拠略>)が発せられている。
イ 原告らは、船舶所有者と本件代執行の名宛人に齟齬があると主張するが、そもそも河川法75条によって、船舶等の除却義務を課されるべき者は、当該船舶を実際に占用・使用し、同法24条に違反して河川区域内の土地を占用する行為をしている者、すなわち本件においては船舶を係留していた者であり、必ずしも船舶の所有者とは限らない。
原告X4が番号1の船舶を、原告X9が番号19の船舶及び番号20の船舶をそれぞれ新芝川に係留していた事実は原告らも認めており、浦和土木所長は不法係留の行為者に対して監督処分を行ったものであるから、この点に関する原告らの主張は失当である。
(4) 争点4(代執行法2条の要件を満たすか否か)について
(被告の主張)
以下のとおり、本件代執行は、代執行法2条の、「他の手段によってその履行を確保することが困難であること」及び「その不履行を放置することが著しく公益に反すると認められること」の各要件を充足している。
ア 「他の手段によってその履行を確保することが困難であること」の要件について
浦和土木所長は、原告らに対して、河川法75条に基づき監督処分をして船舶の除却等を命令し、その命令後も戒告書等により、その義務の履行を求めたにもかかわらず、原告らはこれを履行しなかった。
同法75条による船舶等除却命令は、河川法上の手段としては最終的なものであり、同条によって課された義務の履行を確保するための特別な規定は存在しない。たしかに、上記義務を原告らが履行しない場合、民事上の救済手段に訴えること、行政罰を課することによって心理的強制を与える手段も考えられなくはないが、これらの手段は「他の手段」には含まれないと解されている。
イ 「その不履行を放置することが著しく公益に反すると認められること」の要件について
(ア) 新芝川は、一般船舶が自由に航行できる河川であり、現に本件場所の約350m上流部には芝川マリーナがあるので、新芝川を航行している船舶は多数ある。しかし、平成4年1月頃には、新芝川の流水面は、原告らの船舶を含む不法係留船舶等によって、川幅の過半が占有されるに至り、大型船舶はもとより、不法係留船舶と同型のプレジャーボートでさえ、その航行に支障を来す状態であった。
上記のような状態は、本来一般公衆の自由な使用に供されるべき公共用物としての河川の機能を阻害するものであるし、比較的大型の船舶が原告らの係留船舶等と接触すれば、大きな事故につながるおそれがあり、原告らの係留船舶等の除却は公益上強く要請されるものであった。
(イ) 新芝川の堤防は、下部のみに護岸がされている構造で、また、その土質は砂質土であって、必ずしも強固なものではない。新芝川においては、大きな台風の襲来時などには2m以上も水位が上昇し、コンクリート護岸の施されていない部分にまで達することがある。そのような河川において、無秩序に係留された原告らの船舶等を放置すると、台風等で河川の流量が増えた際に、これら船舶が係留場所から流出し、橋脚や護岸を傷つけるおそれがあるほか、船舶そのものが洪水の流過を阻害して河川の氾濫の危険性を増大させることになる。いったん河川が氾濫すれば広範な人的・物的被害をもたらすものであり、原告らの違法行為によって生じたこのような危険を放置することは、著しく公益に反するものといわざるを得ない。
近年では、実際に広島県及び新潟県で河川において不法係留船舶が流出し、流域に影響を及ぼした例があり、これらの例を見ても、新芝川において同様の事態が発生する可能性があることは十分に考えられる。また、台風時など河川の増水時においては、沈没は普通に管理されている不法係留船舶にも起こりうるのであり、原告らが管理する船舶等においても、そのおそれは例外ではない。
(ウ) なお、建設省が平成10年2月12日付けで、「計画的な不法係留船対策の促進について」という通達を出したことは認めるが、原告らが主張するような、建設省が新芝川につき他の船舶の航行その他に支障がない地域であることを理由として暫定係留を認める地域とする方針を打ち出したという事実はない。
(原告らの主張)
ア 他の手段によってその履行を確保することが困難であることの要件を満たしていることについての被告の主張は争う。
イ 以下の理由により、その不履行を放置することが著しく公益に反すると認められることの要件を満たさない。
(ア) 新芝川の川幅は広く、多数の係留船舶が存在した当時から、新芝川を航行する船舶が航行を妨げられたことはなく、また、周辺住民の生活環境の悪化等の障害も生じていない。また、新芝川を航行する船舶は、不法係留船舶以外には芝川マリーナの利用者があるだけであり、一般船舶に対する航行の障害は生じていない。
(イ) 建設省では、新芝川につき、他の船舶の航行その他に支障がない地域であることを理由として、暫定係留を認める地域とする方針を打ち出していること、現に台風の時には多数の船舶が荒川から新芝川に避難し、建設省の船舶もこの場に避難してくること、Hもテレビのインタビューで「新芝川は船を置くのに良い川だ。」と発言していることからすれば、新芝川は小型船舶の係留に適しているといえる。
(5) 争点5(裁量権の範囲を逸脱しているか否か)について
(原告らの主張)
ア(ア) 昭和60年以降、プレジャーボート(レジャー用の小型船舶)ブームにより、ごく普通のサラリーマンが、小型船舶を購入し、その大部分は河川法の許可を受けることなく、自宅前の川面その他の場所に所有船舶を係留して利用するようになった。
プレジャーボート販売店は「駐車場がいらない。車のような規制がない。」との謳い文句を付けて販売していたが、国も地方公共団体も、そのような販売に何らの規制も加えず、プレジャーボートの販売が拡大するのを放置し、また、河川における船舶の係留について特に規制を加えることをしてこなかった。
(イ) 上記(ア)の結果、係留施設以外の場所における小型船舶の保留が増大し、その管理が政策課題とされた。そこで、運輸省(現国土交通省)港湾局は、平成元年、「全国マリーナ等整備方針」を発表し、整備事業を推進することにした。同方針には、平成11年までに放置船舶をなくすという方針が定められ、同年までに公共マリーナ(100港、5万隻分)、プレジャーボートスポット(800港、6万隻分)、民間マリーナ(270港、8万隻分)等を建設することとされ、これにより、放置船舶を単に取り締まるのではなく、収容施設を建設して、放置船舶はそこに収容するようにして、放置船舶をなくしていこうという方針がとられた。しかし、この整備計画は大幅に遅れていた。
被告県は、平成6年に大場川マリーナ(八潮市、収容可能船舶数167隻、陸置き)を、平成8年には芝川マリーナ(川口市、収容可能船舶数105隻、陸置き)を建設した。しかしながら、収容隻数の絶対数が不足しており、また、芝川マリーナはそこに行くまでの途中にある橋の高さが十分ではなく、そこまでの航行が困難であるために収容可能隻数の3割程度しか契約されておらず、大場川マリーナは不必要な施設が多く、それが利用料金に跳ね返っている等の難点がある。
他方、東京都では、河川における係留船問題に対処するため、「係留船対策連絡会」を設置し、「東京都河川における係留船適正化推進基本計画」という指針を策定し、単に取り締まるだけではなく、同時に放置船舶の収容場所の確保を図るという手法がとられた。
(ウ) 上記(イ)のように、被告県の河川係留船舶対策が不十分であるにもかかわらず、被告県は平成5年以降、放置船舶の排除措置を開始した。原告らは行き場がないことを浦和土木所長その他埼玉県職員に伝えたが、とにかく被告県の管理水域から出ていってくれとの対応であった。
(エ) 行政側の取締りにおいて、登録をしていない船舶を運航したり、夜間航行が認められていない船舶を運航したり、ロープを張って船舶の航行を妨害したりしていた。
(オ) 新芝川を航行する船舶は、不法係留船舶以外には芝川マリーナの利用者があるだけであり、一般船舶に対する航行の障害は生じていない。平成10年には、建設省は、新芝川について、他の船舶の航行その他に支障がない地域であることを理由として、暫定係留を認める地域とする方針を打ち出した。
イ 以上のように、暫定係留施設建設等が全く不十分な状態で、一方的に取締りを行う被告知事あるいは浦和土木所長の措置は、従来河川係留船舶を何ら取り締まってこなかったという経過に照らして、河川管理に関する裁量権の範囲を逸脱し、違法である。
ウ 代執行令書に記載された期間(平成9年9月1日から同月21日まで)内である9月17日頃、超大型の台風20号が関東地方に接近しているとの気象情報が流れた。当時、原告らは代執行を逃れるべく東京都の管理水域である南平大橋下流付近の新芝川(以下、この河川区域を「本件移動場所」という。位置関係については別紙図面参照)に船舶等を係留していたが、その水域は新芝川が曲線を描いている部分であり、台風による増水等が生じた場合に流れの変化が大きく、渦を巻いたりすることがあり、係留中の船舶等に事故が発生する危険が予想された。
そこで、原告らは、台風接近による緊急避難として、一時的に、行政代執行の対象となっている水域への避泊を行うこととし、平成9年9月17日午後4時頃、浦和土木に電話をし、応対した浦和土木副所長に対して避泊を申し出たが、避泊は認められないという返答であった。
しかし、ますます台風が接近する情勢であり、原告らは、やむを得ず、避泊を実行することとし、同日午後8時から翌18日午前4時30分にかけて船舶等を本件場所に移動させたのであるが、その直後、午前5時38分過ぎ、本件代執行が実行された。
このように、本件代執行は、台風接近に対する緊急避難中の船舶に対して行われたものであり、裁量権の範囲を逸脱し、違法である。
エ また、原告らと同じ時期に代執行令書の通知を受けていたKらは、原告らと同様、本件場所に緊急避難を行ったが、代執行を受けていない。したがって、原告らグループに対する本件代執行は、公平の観点からも問題がある。
(被告の主張)
個別具体的な事案において、代執行法2条の要件を充足するか否かの認定や、要件を充足する場合に代執行を現実に行うか否か、行う時期をいつにするか等の決定は、代執行を行おうとする行政庁の裁量に委ねられているというべきところ、以下の理由により、裁量権の範囲の逸脱はない。
ア そもそも船舶の保管場所の確保については、本来その所有者が責任を負うべきものであり、他方、行政側が法に違反する行為者に対して取締りを行うのは当然のことであって、河川管理者が係留施設を整備しないからといって、このことが原告らの係留行為の違法性を阻却したり、取締りを行う行政側の行為の裁量権濫用を基礎づけるものではない。
イ 従来、行政が河川における船舶の係留について、特に規制をしてこなかったとの原告らの主張は否認する。
新芝川では、昭和40年代後半から船舶、桟橋等の不法係留が始まり、これに対して浦和土木所長は、河川区域内に不法係留等を行わないよう看板を設置して注意を喚起するとともに、河川監理員による河川巡視を定期的に実施して、違法行為が行われていないかを監視し、違法行為を発見した場合には適時適切にその是正を指示してきた。しかし、不法係留船舶等は増加し続け、平成5年5月には、船舶554隻、係留施設137基が不法に係留されるに至った。
このような状況に対して、被告知事は、不法係留船舶等の流出による河川管理施設等の損傷を未然に防止するとともに、河川の公共用物としての機能を回復し、あわせて船舶係留等に起因して発生した周辺地域の生活環境の悪化を解消するために、不法係留船舶等の一掃を図ることとした。そして、不法係留船舶等の排除措置が、新芝川の上流域から順次排除区域を定め、各区間ごとに平成5年11月から平成8年11月まで合計6回にわたって行われた。その結果、船舶481隻、桟橋122基を排除して、いったんは不法係留を一掃することができた。
ところが、平成8年12月以降には、いったん不法係留船舶等の排除が完了した新芝川の最下流区域に、原告らの船舶等を含む船舶58隻、係留施設等7基が不法に係留された。そこで、被告知事はこれらを排除するため、同区域内の船舶等に対する排除措置を行い、平成9年3月26日に行政代執行によって、5隻の不法係留船舶を撤去し、その余の船舶も、それと前後してすべて自主的に撤去されたので、新芝川における不法係留船舶は、この時点で再び完全に撤去された。
しかし、その直後の平成9年3月29日、原告らは、浦和土木所長が不法係留防止のために排除区域の下流に張ったロープを外し、再び上記区域内に船舶等を戻して不法係留を開始した。このような原告らの係留行為に対して、船舶等の撤去指示や監督処分を行うなどしたが、原告らはこれに応じなかったので、本件行政代執行を行うこととしたのである。
ウ 本件代執行は代執行令書によりあらかじめ定められた期間内に行われたものであって、台風接近のいかんにかかわらず、当初から行われていたので、予定通り行ったからといって、ここに何ら裁量権の逸脱はない。
エ また、被告知事は埼玉県管理区域に不法係留された船舶等についてしか行政代執行を行うことはできないところ、本件代執行当時、K及びLの船舶は東京都管理区域内にあり、埼玉県管理区域内になかったのであるから、原告らが主張するように、本件代執行を行うにつき、原告らグループに対してのみ恣意的に不利益な扱いをしたとの事実はない。
(6) 争点6(本件代執行及びその後の保管行為における注意義務違反の有無)について
(原告らの主張)
ア 曳航、揚陸、陸送、設置等に際しての注意義務及び注意義務違反
船舶等の曳航、揚陸、陸送、設置その他一連の作業が不適切で、被告知事あるいはその履行補助者は、代執行における船舶取扱いについて船舶に損傷を生じさせないようにする注意義務を怠り、船舶に損傷を生じさせた。
(ア) 船舶の曳航に際して
曳航中には他所にぶつけたりして船舶等に損傷を生じさせないようにする注意義務があるのに、これを怠り、船舶等に損傷を生じさせた。
(イ) 陸送による輸送に際して
陸送に際しては、他所にぶつけたりして船舶等に損傷を生じさせないようにする注意義務があるのに、これを怠り、船舶等に損傷を生じさせた。また、船体の適切な箇所を適切な力で固定しなければならないのに、強引に船体を締め付けて固定したため、船体内部の支えが割れた。また、ドライブを適切に持ち上げなければならないのに、そのようにせずに積み込みをしたために、ドライブを破損させた。
(ウ) 揚陸、積み上げ及び積み卸しに際して
保管場所に積み卸しをするに際しては、支えの木材と船体との間にタイヤ等を入れて船体に損傷が生じるのを防ぐべきであったのに、これを怠り、船底に重大な損傷を生じさせた。また、積み上げ及び積み卸しにおいて船体をつり上げるに際しては、ロープをかけるべき適切な箇所が船体にマークされており、適切な箇所へのロープ掛けをすべき義務があるのに、これを怠り、船体に重大な損傷を生じさせた。
船体を取り扱うに際しては、その使用方法に従って適切な取扱いをすべきであったのに、これを怠り、木材を差し挟んで外力で無理に押し上げる等したためにドライブ等を破損させた。
保管場所に設置するに際しては、骨組みがある位置を利用して、かつ、1か所に重心が集中しないように設置すべきであるのに、骨組みのない位置や一点集中での設置を行ったために、船体に大きな損傷を生じさせた。
(エ) その他作業に際して
船舶につき幌掛けその他の作業を行うに当たっては、船体の上に乗ることもあるが、ハンドル等弱い部分を踏みつける等して破損を生じさせないように細心の注意を払うべきであるのに、これを怠り、ハンドル等を破損させた。
イ 保管に際しての注意義務及び注意義務違反
(ア) 雨水が船内に溜まらないように屋根のある場所に保管し、あるいは適切な幌等をかけて雨水等の浸入を避け、水が溜まった場合には、船体の栓を抜いて船内に溜まった水を抜くとともに、船内の換気をして湿気を防ぐ義務があったのに、これを怠り、船体内部にカビを発生させ、発電器、キャブレーター等の船内のあらゆる機器を破損させた。
(イ) なお、保管に関して生じた損害は、代執行が行われた平成9年9月18日から最初の引き取りを促す通知の発せられた同年10月20日までの1か月間に既に発生していた損害である。また、引き取りの通知を発した後も少なくとも被告知事には事務管理者としての保管義務が存すると言うべきであるところ、前述の雨水の船内への浸入を防ぎ、水が溜まった場合には船体の栓を抜いて船内に溜まった水を抜くこと及び換気をすることは、船舶取扱いの基本中の基本であり、被告知事は事務管理者として要求される程度の義務を尽くしていなかったといえる。
(被告の主張)
ア 曳航、揚陸、陸送、設置等に際しての注意義務及び注意義務違反
本件代執行は、浦和土木が東亜建設工業株式会社(以下「東亜建設」という。)に委託し、同社において船舶の曳航、揚陸、陸送、設置の各工程に精通した業者をそれぞれ依頼し、同社の現場責任者が各工程を監督して実施したものである。そうすると、本件代執行における一連の作業は、船舶の取扱いに精通した業者が、通常行われる作業方法に則って適切に遂行したものと認められ、原告らが主張するような不適切な取扱いがされた事実はない。
また、そもそも原告らの主張する損傷の中には、いわゆる経年変化と区別が困難であるものや、本件代執行以前から存在していたと認められるものが散見され、損害の発生経緯についての具体的主張立証がされていないと言わざるを得ない。
イ 保管に際しての注意義務及び注意義務違反
そもそも代執行は、義務者の命ぜられている義務を代替的に執行する作用であり、これに尽きるのであるから、代執行によって除却した物件については、義務者にそれを引き取るべき旨を通知し、義務者自らこれを占有管理しうべき状態におくことを条件として、行政主体は原則として保管義務を免れるというべきである。
本件において、被告知事は、原告らが船舶等を放置したため、やむなく保管をするにあたり、県有地に船舶等の保管場所を確保してフェンスと赤外線センサーによる警備装置を用意し、陸揚げした船舶を設置するための船台を製作し、本件代執行当日である平成9年9月18日から平成10年9月30日まで、警備会社に委託して、24時間監視可能な機械警備を行っていた。そして、被告知事及び浦和土木所長は、原告らに対し、本件代執行終了後、平成9年10月20日以降数回にわたって通知書を送付し、船舶の引き取りを促したが、原告らは自ら船舶を引き取ることを拒否した。これに対して、原告らは、本件代執行当日である平成9年9月18日から平成10年3月17日までの間に7回にわたって船舶の保管状況を確認したり、貴重品の取り出し等を行い、また、平成10年2月8日には船舶等の自主点検をした。なお、被告知事が、原告らに対して、船舶等の引き取りを拒否したことはない。
このように、本件においては、そもそも被告知事には保管義務はなく、かつ、被告知事は事務管理者として要求される程度の注意義務をもって適正に船舶等を保管していたものであり、他方、原告らは本件船舶を自ら引き取り、あるいは船舶への立ち入りを申し出て保守点検をし、損害を防止する措置をとることができたにもかかわらず、自ら本件船舶を正当な理由なく引き取らなかったことから保管期間の長期化を招いたものであり、仮に保管期間中に損害が生じたとしても、被告がそれに対して損害賠償責任を負ういわれはない。
(7) 争点7(損害の発生の有無及び損害額)について
(原告らの主張)
ア 前述争点6の原告らの主張の各注意義務に違反した結果、ドライブやハンドル等を破損させ、あるいは船体に損傷を生じさせ、また、船体内部にカビを発生させ、発電器、キャブレーター等の船内のあらゆる機器を破損させた。これにより原告らに生じた損害は、別表1損害額一覧表<略>の各金額である。
イ また、違法な本件代執行により、使用利益及び移動費用に係る損害が生じた。すなわち、本件代執行以来、少なくとも平成10年3月までの半年間は船舶等の使用ができなかったのであるから、この間使用ができなかったことの損害として1隻あたり一律20万円の損害金が生じ、また、本件保管場所からの取り戻し費用として、各自、代執行費用として請求されている金額相当損害が発生したといえる(別表1損害額一覧表<略>)。
ウ よって、原告らは、国家賠償法1条に基づき、被告に対し、別表1損害額一覧表<略>の「請求額」欄記載の金員(ただし、原告X1及び原告X2については、それぞれ、亡X3の「請求額」欄記載の金員の2分の1である109万7000円)の各支払を求める。
(被告の主張)
前述のとおり、そもそも被告知事には、原告らの船舶等の曳航、揚陸、陸送、設置、保管等に際しての注意義務違反はなく、また、本件代執行は適法に行われたものであるから、損害の発生の有無及び損害額についての原告らの主張は争う。
(損害について各船舶ごとの主張)
なお、各船舶ごとの原告ら・被告の主張は、別表2<略>記載のとおりである。
第3当裁判所の判断
1 争点1(河川法24条「河川区域内の土地の占用」)について
(1) 河川法24条の趣旨は、河川区域内の土地が河川管理施設と相まって、雨水の流路を形成し、洪水の際には安全にこれを流過せしめ、洪水による被害を除却し又は軽減させ、かつ、公共用物として本来一般公衆の自由な使用に供されるべきものであることから、その占用を原則として認めるべきものではないとする一方、占用の目的・態様等によってはこれを認めるべき場合があることから、河川区域内の土地の利用関係を調整するべく河川管理者の許可を必要とした上で、例外的にこれを認めているものと考えられる。
そうすると、河川法24条の「河川区域内の土地」とは、同法6条1項所定の「河川区域」内の土地であり、「河川の流水が継続して存する土地」(同項1号)すなわち河状を呈している土地も含むと考えるのが相当である。
この点、原告らは、「土地」とある以上、流水面の部分である「河川の流水が継続して存する土地」は含まれないと主張するが、採用し得ない。
また、同法24条の「河川区域内の土地の占用」とは、ある特定の目的のために、その目的を達成するのに必要な限度において、公共用物である河川区域内の土地を排他的・継続的に使用すること、すなわち他の使用を排除して、一定期間以上連続して使用することをいい、また、土地に固着せず上空だけを使用する場合や地中だけを使用する場合も、河川管理上支障があると認められるような場合には「占用」に含まれると解するのが相当である。この点、原告らは、「河川区域内の土地の占用」は土地(川底)に定着した態様での使用のみを指し、流水面の使用は含まれないと主張するが、かかる解釈は採用できない。
(2) 本件においては、前記争いのない事実等に加え、<証拠略>によれば、
ア 原告らは、平成9年3月29日以降、別紙船舶等目録記載の船舶等を本件係留場所に係留していた(なお、原告らは、同目録記載の番号1、19及び20の船舶の所有者を問題にしているが、後述3(3)のとおり、番号1の船舶は原告X4が、番号19及び20の船舶は原告X9が、各管理、使用していたものと認められる。)、
イ 原告らが本件係留場所に係留していた船舶は、総トン数5トン未満のレジャー用の小型船舶、いわゆるプレジャーボートである、
ウ 原告らは、船舶を、アンカーを打ち、桟橋にチェーンで結びつけて固定するという方法によって係留していた、
との各事実が認められるところ、原告らの上記船舶等係留は、河川区域内の土地を、他の使用を排除する態様で、一定期間以上連続して使用するものであり、まさに河川法24条の「河川区域内の土地の占用」に該当するものと認められる。
ところで、一般に、河川区域内の不法係留船舶等は、洪水時にこれらが流出して河川管理施設を傷つける等治水上の支障があり、ひとたび河川の氾濫が起きれば広範な人的物的被害がもたらされるおそれがあるとともに、船舶の航行に支障となる等の河川利用上の問題が生ずることは明白であり、原告らの船舶等係留においても同様であると認められる。
そうすると、原告らは、同法24条の許可を浦和土木所長から受ける必要があるにもかかわらず、その許可を受けないまま河川区域内の土地の占用を行っているものであり、浦和土木所長は、監督処分として、原告らの不法係留船舶の撤去を、「その他の措置」(同法75条1項)として命じることができると認められる。なお、平成9年法律第69号による改正後の河川法(平成9年12月1日から施行)75条1項は、「工作物の改築若しくは除却(第24条の規定に違反する係留施設に係留されている船舶の除却を含む。)」と規定し、同法75条1項に基づき係留船舶を撤去できることを明確にしている。
(3) 以上より、被告知事が、原告らに対して、河川法24条違反を理由に、その船舶等を除却し、河川の原状を回復をするよう戒告し、その代執行を行うことを通知した代執行令書には、原告らが主張するような違法事由はない。
2 争点2(本件代執行当時の原告らの船舶等係留は「占用」にあたるか否か)について
(1) 原告らは、本件代執行当時、原告らの船舶等は台風の接近を避けて一時的な緊急避難として本件場所に係留してあったのであり、川底のアンカー打ちも桟橋のチェーンつなぎもしていないから、河川区域内の土地の「占用」には当たらないと主張する。
(2) しかしながら、<証拠略>によれば、以下の各事実が認められる。
ア 被告知事は、新芝川の上流域から順次排除区域を定め、各区間ごとに平成5年11月から平成8年11月まで合計6回にわたって、不法係留船舶等の排除措置を行った。平成8年の排除措置で、原告らの船舶も行政代執行の対象となったが、原告らは、行政代執行直前になると一時的に排除区域外に船舶を移動し、代執行期間終了後は再び元の区域に戻って不法係留を続けるという行為をしていた。
イ 平成8年12月以降、本件埼玉県管理区域である新芝川最下流区域に、原告らの船舶等を含む船舶58隻、係留施設等7基が設置された。
ウ 平成9年3月26日に行政代執行が行われた際、原告らは、自主的にその船舶等を本件埼玉県管理区域外に移動させたが、その直後、平成9年3月29日以降、本件係留場所で再び船舶等の係留を開始し、浦和土木所長の指示、監督処分及び被告知事の戒告がなされても、船舶等の係留を継続していた。
エ 代執行令書が原告らに送付された後、原告らは、代執行を避けるため、平成9年8月31日以降、本件移動場所に船舶等を係留していた。
オ 平成9年9月17日、関東地方に台風20号が接近するとの気象情報が流れたため、原告らは遅くとも、本件代執行が行われた日(平成9年9月18日)の午前2時30分頃までには、本件移動場所から本件場所に原告らの船舶等の移動・係留を完了していた。
カ 本件代執行が行われた平成9年9月18日の原告らの船舶等の係留は、ロープやチェーンで桟橋に固定することはしないが、アンカーを打って、浦和土木が設置したH鋼杭やブイにロープで固定するという方法でしていた〔この点、原告らはアンカーを打っていないと主張するが、原告ら自ら、アンカーを打っていたとの証拠を提出しており(<証拠略>)、到底採用し得ない。〕。
(3) 以上の事実によれば、本件代執行当日の原告らの船舶等係留も、河川区域内の土地を、他の使用を排除する態様で使用するものであり、また、河川管理上支障があるものと認められ、「河川区域内の土地の占用」に該当するというべきである。なお、原告らが、台風が接近しているとの気象情報に基づき、事前に浦和土木等に架電した上、本件移動場所から本件場所に移動し、代執行開始の3時間くらい前に本件場所に係留を完了したとしても、そのことは何ら前記判断を左右するものではない。
したがって、原告らの上記主張は採用できない。
3 争点3(本件代執行に手続違背があるか否か)について
(1) 原告らは、<1>番号1の船舶及び番号21の箱形物置に対して代執行令書が発せられておらず、<2>番号19及び20の船舶に対する代執行令書は、船舶の所有者ではない者(原告X9)を名宛人としているので、本件代執行には手続違背があると主張する。なお、番号1の船舶に対しては監督処分書、戒告書及び代執行令書が発せられているので(<証拠略>)、番号1の船舶に関する原告らの主張は「船舶の所有者(原告X9)ではない者(原告X4)を名宛人としているので、本件代執行には手続違背がある」との主張であると善解し、以下判断する。
(2) 番号21の箱形物置について
<証拠略>によれば、番号21の箱形物置は、それ自体独立して航行・使用されていたものではなく、原告X4の桟橋に付着、固定させて、物入れとして使用されていたものと認められる。そして、原告X4の桟橋等係留施設に対しては、浦和土木所長の監督処分、被告知事の戒告及び代執行令書の通知がされている(<証拠略>)ので、番号21の箱形物置に対しても代執行令書が発せられているといえる。
(3) 番号1、19、20の船舶について
船舶検査証書(<証拠略>)の「船舶所有者」欄によれば、船舶1は原告X9、船舶19はI、船舶20はJとされていることが認められる。
しかしながら、行政代執行は、法律により直接に命ぜられ又は法律に基づき行政庁により命ぜられた行為について義務者がこれを履行しない場合にすることができるところ(代執行法2条)、河川法75条1項に基づき船舶等の除却義務を課されるべき者は、必ずしも当該船舶等の所有者に限らず、むしろ当該船舶等を実際に使用・占有し、同法24条に違反して河川区域内の土地について占用行為を行った者がこれに該当するというべきである。そして、弁論の全趣旨によれば、番号1の船舶については原告X4が、番号19、20の船舶については原告X9が、それぞれこれを使用・占有し、係留行為を行ったことは、原告らも自認するところであり、前記のように番号1の船舶については原告X4に対し、番号19、20の船舶については原告X9に対して代執行令書が通知されている(<証拠略>)ので、原告らが主張するような違法事由は存しない。
(4) 以上のとおり、本件代執行には手続違背があるとの原告らの主張はいずれも採用できない。
4 争点4(代執行法2条の要件を満たすか否か)について
(1) 代執行法2条によれば、行政代執行は、<1>義務者が履行しない場合、<2>他の手段によってその履行を確保することが困難であり、<3>その不履行を放置することが著しく公益に反すると認められるときにすることができる。
本件において、前記争いのない事実等によれば、原告らに対して、浦和土木所長は河川法77条1項に基づく指示及び同法75条1項に基づく監督処分をし、被告知事は代執行法3条1項に基づく戒告をし その係留船舶を除却し、河川を原状に回復するよう命じたが、原告らは、各期限を過ぎても原状回復をしていないことが認められ、そのような経緯によれば、<1>義務者が履行しない場合に当たり、また、<2>他の手段によってその履行を確保することが困難であることは明らかである。
(2) <3>公益性の要件について
ア 代執行法2条が「不履行を放置することが著しく公益に反すると認められるとき」との要件を課しているのは、行政代執行においては単なる義務の賦課よりも、それを強制的に実現することは、国民の権利・自由に対する侵害の程度が大きいので、代執行をできるだけ慎重にするために、義務を課する際に要求される公益よりも一層大きい義務の強制的実現の公益上の必要を要求する趣旨であると考えられる。
そこで、行政庁としては、代執行に係る義務を課する法令又はその義務を課する行政処分の根拠となる法令の趣旨・目的、具体的な義務違反の態様、義務違反を放置した場合の障害等を考慮し、それを放置することが著しく公益に反するか否かを慎重に判断しなければならない。
イ これを本件についてみるに、前記争いのない事実等に加え、<証拠略>によれば、前記1(2)及び2(2)の各事実のほかに、次の事実が認められる。
(ア) 新芝川では、昭和40年代後半から船舶、桟橋等の不法係留が始まり、これに対して浦和土木所長は、遅くとも昭和60年代以降、河川区域内に不法係留等を行わないよう看板を設置して注意を喚起するとともに、河川監理員による河川巡視を定期的に実施して、違法行為が行われていないかを監視する等していた。しかし、平成5年5月には、船舶554隻、係留施設137基が新芝川に不法に係留されるに至った。
(イ) 上記(ア)のような状況に対して、被告知事は、不法係留船舶等の流出による河川管理施設等の損傷を未然に防止するとともに、河川の公共用物としての機能を回復し、あわせて船舶の係留等に起因して発生した周辺地域の生活環境の悪化を解消するために、不法係留船舶等の一掃を図ることとし、新芝川の上流域から順次排除区域を定め、各区間ごとに平成5年11月から平成8年11月まで合計6回にわたって、不法係留船舶等の排除措置を行った。その結果、船舶481隻、桟橋122基を排除することができた。
(ウ) 平成8年の排除措置で、原告らの船舶等も行政代執行の対象となったが、原告らは、行政代執行直前になると一時的に排除区域外に船舶等を移動し、代執行期間終了後は再び元の区域に戻って不法係留を続けるという行為をしていた。
(エ) 平成8年12月以降、本件埼玉県管理区域である新芝川の最下流区域に、原告らの船舶を含む船舶58隻、係留施設等7基が係留された。
(オ) 被告県は、平成6年に大場川マリーナ(八潮市、収容可能船舶数167隻、陸置き)を、平成8年には芝川マリーナ(川口市、収容可能船舶数105隻、陸置き)を建設したが、平成9年3月の時点における芝川マリーナの契約隻数は収容可能隻数の約3割、同年9月の時点における契約隻数は約4割である。なお、芝川マリーナは、本件場所の上流にある(別紙図面参照)。
(カ) 原告らの桟橋及び船舶の設置、係留により、他の船舶が通行できる幅が狭くなっている。
(キ) 台風により、平成3年に広島の河川で、平成7年に新潟の河川で、さらに平成8年には荒川水系の河川において、河川が増水し、不法係留船舶等が沈没・流出する事態が発生し、橋脚や堤防等の河川管理施設を損傷する危険が発生した。新芝川においても、大きな台風の襲来時には水位が2m以上上昇し、河川の増水や強風等を考えると、同様に、船舶等が沈没・流出し、一般船舶の航行の障害になったり河川管理施設を損傷したりするおそれがある(<証拠略>)。
ウ 以上のような、<1>河川法24条の趣旨・目的、<2>原告らには船舶等を撤去し河川を原状に回復する意思が認められず、原告らの船舶等係留は、現に一般船舶の航行の障害になっていると認められること、<3>新芝川においても、台風時には船舶等が沈没・流出し、一般船舶の航行の障害になったり、河川管理施設を損傷したりする危険があると認められること、<4>近時、不法係留船舶対策が課題とされ、被告知事及び浦和土木所長は、警告や排除措置等種々の不法係留船舶等対策を講じてきたが、原告らはこれに従うことなく船舶等の不法係留を継続してきたこと等諸般の事情を考慮すると、原告らの船舶等の不法係留を放置することは著しく公益に反するものであり、被告知事は、洪水等による災害発生を防止し、河川の適正な利用及び流水の正常な機能の回復を図るため本件代執行を行うこととしたものであると優に認められる。
エ 原告らは、
(ア) 新芝川の川幅は広く、多数の係留船舶が存在した当時から、新芝川を航行する一般船舶が航行を妨げられたことはなく、また、周辺住民の生活環境の悪化等の障害も生じていない、
(イ) 新芝川の堤防は、かなり上の部分までコンクリートで護岸工事が行われており、また、水位の調節機能によって水位が高位にならないようにされており、現在まで被告が指摘するような高位に及んだことはないから、台風等で船舶等が沈没・流出したりするおそれはない、
(ウ) 建設省が平成10年に暫定的係留を認める方針をとり、新芝川がその候補として新聞報道され、現に台風の時には多数の船舶が荒川から新芝川に避難し、Hもテレビのインタビュー「新芝川は船を置くのに良い川だ。」と発言していること等からすれば、新芝川は小型船舶の係留に適しているといえる、等として、本件代執行に公益性の要件は充足されないと主張する。
しかし、後記のとおり、新芝川について建設省が暫定的係留を認める方針を採用したことはなく、上記(ア)、(イ)の見解は、<証拠略>に照らし肯認できず、原告らの上記主張は到底採用できないというべきである。
(3) 以上より、本件代執行は代執行法2条の要件を満たし、何ら違法事由は存しない。
5 争点5(裁量権の範囲の逸脱)について
(1) 前述の代執行法2条の要件を充足している場合において、行政代執行を現実に実施するか否か、実施するとして、いつ、いかなる方法で実施するか等の判断は、代執行を行おうとする行政庁(本件においては被告知事)の合理的判断に基づく適切な裁量に委ねられていると解するのが相当である。
そして、本件においては、前記のとおり、原告らの船舶等係留は現に一般船舶の航行の障害になり、かつ、新芝川においても台風時には船舶等が沈没・流出し、他の船舶の航行の障害になったり河川管理施設を損傷したりする危険があるものと認められるのであり、被告知事が洪水等による災害発生を防止し、河川の適正な利用及び流水の正常な機能の回復を図るため平成9年9月18日に本件代執行を行ったことにつき裁量権の濫用あるいは逸脱があったことを窺わせるような事情は本件証拠上何ら見出すことはできない。
なお、付言するに、<証拠略>によれば、建設省河川局は、平成10年に「計画的な不法係留船対策の促進について」を発表し、河川管理者が河川における不法係留対策を講じるにあたって、「河川水面の利用調整に係る協議会」を設置し、重点的撤去区域及び暫定係留区域の設定を含む「不法係留船対策に係る計画」を地域に応じて策定し、その計画中は個別に暫定係留区域(一定の要件のもとに地方公共団体等の公的主体が「暫定的な係留施設」を設置しうる区域)を定めることができるとされているが、本件代執行当時、新芝川に暫定係留区域が定められたことはなく、今後、その予定もないことが認められる。
(2) 原告らは、被告知事及び浦和土木所長が、<1>従来、船舶の河川への係留を放任し、メーカーや販売店の販売を放置し、安価で十分な収容能力を有するマリーナ等の船舶係留施設の建設を怠る等十分な措置もとらずに、不便や出費を船舶所有者にのみ強いているほか、<2>その取締りにおいて、登録をしていない船舶を運航したり、夜間航行が認められていない船舶を運航したり、ロープを張り航行の妨害になるようなことをしており、このように、暫定係留施設建設等が全く不十分な状態で、これまで河川係留船舶の取締りを何ら行うことなく黙認しておきながら、突然、一方的に不当な方法で取締りを行う被告知事あるいは浦和土木所長の措置は、河川管理に関する裁量権の範囲を逸脱していると主張する。
しかし、船舶の保管場所の確保については、本来その所有者が責任を負うべきものであり、河川管理者が係留施設を整備しないことが原告らの無許可係留行為の違法性を阻却するものではない。
また、前記認定のとおり、新芝川では、昭和40年代後半から船舶、桟橋等の不法係留が始まり、浦和土木所長は、河川区域内に不法係留等を行わないよう看板を設置して注意を喚起するとともに、河川監理員による監視や、是正の指示をしてきたが、不法係留船舶等は増加し続け、平成5年5月には、船舶554隻、係留施設137基が不法に係留されるに至ったこと、このような状況に対して、被告知事は、不法係留船舶等の流出による河川管理施設等の損傷を未然に防止するとともに、河川の公共用物としての機能の回復を図るため、不法係留船舶等の排除措置を平成5年11月から平成8年11月まで合計6回にわたって行ったことが認められ、被告知事や浦和土木所長が、従来、不法係留船舶等を放置してきたとは認めがたい。
また、原告らが主張する行政の取締りの問題点は、本件代執行の必要性とは全く別個の問題であって、そのことが本件代執行の違法性を基礎づけるものとなるとは到底いえない。
なお、原告らが、台風接近のニュースを受けて避泊の目的で、平成9年9月17日午後8時頃から翌18日(本件代執行当日)午前4時30分頃にかけて船舶等を本件場所に移動させたとしても、このことは前記判断を左右するものではない。
そうすると、上記原告らの主張は、いずれも採用することができない。
(3) 以上より、本件代執行の実施につき、被告知事に裁量権の逸脱があったものとは認めがたい。
なお、原告らは、原告らと同じ時期に代執行令書の通知を受け、本件代執行当日、原告らと同様、本件場所に緊急避難を行っていたKやLらは代執行を受けておらず、原告らグループに対する本件代執行は、公平の観点から問題があると主張するが、<証拠略>によれば、そもそもKやLらは埼玉県管理区域内にその船舶等を係留していなかったと認められるから、上記原告らの主張はその前提を欠くものである。
6 争点6(本件代執行及びその後の保管行為における注意義務違反)について
(1) 行政代執行は、法律上命じられた物件の除却義務等のすみやかな強制的実現を目的とするものであるから、自ずから高度に能率的かつ迅速であることが要請されるものである。そこで、行政代執行に当たり、いかなる方法を採用するかは、基本的に、当該代執行の対象物件の性質、当該代執行により義務者又は所有者に与える財産的損央の有無・程度、代執行に要する費用・時間等を総合的に勘案しての行政庁の合理的裁量に委ねられるものであり、その方法が義務者に不必要に多大な損失を与えるなど社会通念上著しく不適切なものと認められない限り、国家賠償法上の違法の問題を生じるものではない。
(2) また、代執行により移動・撤去された動産等を保管する行為については、本来、行政代執行の作用に含まれるものではないけれども、行政庁には上記動産等を義務者本人に返還すべき義務があると考えられるから、当該行政庁は、代執行開始前又は終了後に、義務者本人に直ちにそれを引き取るべき旨を通知すれば、原則として保管義務を免れる一方、執行責任者が代執行終了後暫時上記動産等を占有し、所有者自ら直ちに引取りができない場合のような特段の事情がある場合には、当該行政庁には、事務管理者として要求される程度の注意義務をもってそれを保管・管理する義務があると解するのが相当である。
もっとも、代執行は、義務者が指示命令、監督処分、戒告及び代執行令により命ぜられた原状回復を履行しない結果行われるものであるから、当該行政庁が本件代執行後に義務者本人に当該動産等を引き取るべき旨を通知し、相当期間が経過した後は、行政庁は保管・管理義務を免れると解せられる(民法700条参照)。義務者において引取りに応じず任意放置している場合において、なお行政庁が一定の保管・管理責任を負うとすることは明らかに不合理と考えられるからである。
なお、言うまでもないところであるが、例えば河川区域内の土地を不法に占用する家屋についてこれを解体除却する場合を想定すれば分かるように、行政庁は、対象物件の除却・保管について、当該物件の性質を除却前と同様の状態で維持することが要請されるものではない。要するに、代執行が社会的に相当の方法でなされる限り、その過程で対象物件に何らかの財産的損失が生じたとしても、義務者が法律上命じられた義務を履行しなかった以上、その責は義務者自らに帰せられるべきものである。
(3) これを本件についてみるに、<証拠略>によれば、以下の事実が認められる。
ア 被告知事及び浦和土木所長は、原告らに対して、戒告書及び代執行令書により代執行を行う旨通知するとともに、「代執行により、船舶又は船舶に収納され、若しくは備え付けられた物品等に損害を生じても、その責任は一切負わない」旨通知した。
イ 本件代執行における作業の実施は、主に海洋土木を業務とし、過去に東京都の行政代執行において不法係留船舶等撤去工事を請け負ったことがある東亜建設が浦和土木から受託し、さらに個々の作業については、曳航、揚陸、運送、建設等を専門的業務とする業者が行った。
ウ 曳航作業について
本件場所から芝川マリーナまでの曳航作業は、株式会社安田造船所(以下「安田造船」という。)及び株式会社横田海事(以下「横田海事」という。)により行われた。安田造船は海洋土木工事やプレジャーボートの修理・保管等を業務としている。横田海事も海洋土木工事を行っており、以前は船舶の曳航もしていた。
曳航作業にあたっては、まず、船舶をH鋼杭やワイヤーロープから離す作業をし、河川の中央辺りまで離した後、曳航を開始した。曳航作業においては、代執行作業員が船首に立つなどし、曳航状態を確認しながら行われた。また、ボートフックを用いて曳航作業にあたる作業員もいた。曳航速度は約5ノット前後である。芝川マリーナの桟橋への接岸に際しては、船舶を微速で桟橋付近で旋回させ、船舶のロープを外し、代執行作業員が桟橋上の作業員にロープを渡して、人力で接岸させた。
エ 揚陸作業、陸上運送について
揚陸作業は芝川マリーナで行われ、同マリーナを経営する財団法人埼玉県河川公社がクレーン換作をし、安田造船が積み込み作業の補助をした。芝川マリーナから本件保管場所までの陸上運送は、力運送有限会社(以下「力運送」という。)及び東京高速陸運株式会社(以下「東京陸運」という。)により行われた。力運送及び東京陸運は一般貨物を取り扱う運送業者であり、ボートの運送も行っている。
揚陸作業は、上架施設(クレーン)の責任者の指示に従い、船溜まりに仮係留した船舶を移動し、クレーンにより吊り上げ、運搬用車両に載せた。芝川マリーナにおいてクレーンで原告らの船舶等を吊り上げる際にはナイロンスリングを使用し、吊り上げる場所や船舶のバランスを確認しながら吊り上げた。そして、船体を吊り上げたところに陸上運送車両を停めて、位置を確認しながら微速で船舶を下ろし、運送車両の荷台に載せた。
船舶を運搬車両に積載するに当たっては、運搬車両の荷台にV字型の船台や木材、キャンバー(くさび状のもの)等を設置して船底を安定、固定させ、また、スクリュー等が運搬車両の荷台に当たらないようにした。また、船外機を有する船舶は、船外機ごとスクリュー等を跳ね上げた状態にして運搬車両の荷台に固定した。
陸上運送の際には、必要がある場合には位置を選んでロープを掛けて船舶を固定した(そのとき強引にロープを締め付けるようなことはしていない。)。
オ 設置作業について
本件保管場所での船舶の設置は、株式会社永山重機(以下「永山重機」という。)及び岩田建設株式会社(以下「岩田建設」という。)により行われた。永山重機は各種クレーンのリースを業とし、また、建設現場等で各種クレーン作業を行っている。岩田建設は県内で建設業(土木、建築)を営む業者である。
原告らの船舶等を本件保管場所に搬入する際には、出入口及び場内に誘導員を配置して、接触事故のないよう配慮して、所定の位置に誘導した。設置作業は、クレーンオペレーターに見える位置で合図しながら、吊り上げた船舶のバランスを見ながら行われた。また、船舶はナイロンスリングで吊り上げ、ジグ(「かんざし」ともいう。吊り上げベルトによる船舶の締め付け等を防止するための器具)を用いた。本件保管場所に用意した船台に、クッション材として木材をあてがい、船底が直接鋼材に接触しないようにし、かつ、クッション材にはキュアマットをかぶせて、船底が直接クッション材に接触しないようにした。船舶を仮設後、木製キャンバーを設置して、船底と船台に生じたすき間を埋めて安定させ、クレモナロープで船体を固定した(なお、木製キャンバーは船底に直接接触している。)。
カ 保管・管理について
(ア) 被告知事は、本件保管場所をフェンスで囲い、出入口に施錠をしたほか、本件代執行当日の平成9年9月18日から平成10年9月30日まで、株式会社日警と機械警備業務委託契約を締結し、本件保管場所をフェンスと赤外線センサーによる機械警備の方法により24時間態勢で警備した。
(イ) 被告知事は、平成9年10月20日、原告らに対し、本件代執行により本件保管場所に撤去・移動された原告らの船舶等を平成9年11月11日から同月19日までに引き取るよう通知し、また、その後、同年12月3日、同月17日、平成10年2月26日の3回にわたり、被告知事及び浦和土木所長は、原告らに対して、船舶等を引き取るよう通知したが(<証拠略>)、原告らは、船舶等の引取りにはなかなか応じようとしなかった。
(ウ) 原告X4は、本件代執行当日に本件保管場所に赴き、同場所に設置・保管されるに至った原告らの船舶等をビデオで撮影するなどした。その後、平成9年10月9日(原告X9及び原告X4)、同月16日(原告X6)、同月31日(原告X4)、平成10年2月8日(原告X5)、同月20日及び同年3月17日(原告X4)に、原告らは、本件保管場所に保管してある原告らの船舶内の貴重品を引き取った。また、平成10年2月8日、原告ら(ただし、原告X10及び原告X8は除く。)は、本件保管場所に保管されている船舶等の状況を検査したり、その写真を撮るなどした。
結局、原告らは、平成10年5月27日から平成11年2月2日にかけて約4回にわたり、原告らの船舶16隻及び箱形物置を引き取ったが、平成13年1月22日の時点においても、原告X4の番号4の船舶及び原告X7の番号8の船舶は引き取られないままとなっていた。
(4) 以上の事実によけば、本件代執行は、船舶の曳航、揚陸、運送、設置等につき専門的知識、経験、技術を有する業者に委託して行われたものであり、可能な限り原告らの損失を少なくする配慮がされていると認められる。船舶の曳航、揚陸、運送、設置等の代執行の過程全体を通じて、社会通念に照らし著しく不適切とみられるような方法がとられた形跡は本件証拠上全く窺うことはできない。
また、保管についても、県有地に船舶の保管場所を確保して、フェンスと赤外線センサーによる24時間監視可能な機械警備を警備会社に委託しており、事務管理として要求される水準以上の注意義務をもって保管・管理に当たっていたと認められる。そして、前記のとおり、被告知事は、原告らに対し、平成9年10月20日付けの通知で、同年11月11日から同月19日までに船舶等を引き取るよう通知しており、原告らにおいて引取りが困難であったような特段の事情も本件証拠上窺えないから、遅くとも平成9年11月20日以降は、被告は事務管理者としての保管・管理責任も免れると判断するのが相当である。
7 各船舶ごとの状況について
以上を前提に、事案と当事者の主張にかんがみ、原告らの主張する各船舶ごとの損害についてさらに検討を進める(なお、原告らは、上記の損害の発生の立証責任につき、日頃から船舶等の状況を写真撮影する船舶使用者はおらず、むしろ船舶等の曳航、揚陸、運送、設置及び保管において損傷の生じやすい行為をするという行政代執行の性質上、代執行を行う行政庁すなわち被告側において負担すべきであると主張するが、行政代執行における不法行為の立証責任の負担につき通常の不法行為事例と別異に扱わなければならない理由は何ら見当たらず、原告らの上記主張は採用できない。)。
(1) 番号1の船舶(原告X4、○○○-○○○○○、マーフィー)
原告らは、番号1の船舶につき、船内に水が溜まり、エンジン溶接機のエンジンが錆び付き、キャブレーターは故障し、電気回りもショートして使用できない状態になったと主張する(<証拠略>)。
そして、<証拠略>によれば、ドレインプラグ(排水弁)を外して保管しておけば、艇体に雨水が堆積する可能性は低く、ドレインプラグを外さずに保管した場合、高架下に保管したとしても、雨水が堆積する可能性が高いことが認められる。
しかしながら、番号1の船舶は、桟橋用に用いられていたもので、相当老朽化しており、原告らの主張するような発電機、溶接機、キャブレーター等の損害を立証する写真等の資料はない。しかも、原告らの主張する損害の原因となった船内の水溜まりが、本件保管場所において被告が保管責任を負うと認められる本件代執行当日の平成9年9月18日から船舶引取期日と定められた同年11月19日までの間の雨水の堆積により生じたとはにわかに認めることはできない。また、前記のとおり、被告知事は原告らに対し、戒告書や代執行令書において代執行の過程で生じた動産類の損害については一切責任を負わない旨通知しており、原告らは、平成9年9月18日以降数回にわたり船舶の保管状況を確認したり貴重品の取出しをしたりしているから、その際、雨水の堆積状況やドレインプラグ等の点検もなし得たはずである。このように番号1の船舶については、原告らの主張する損害が明らかでなく、仮に損害が生じたとしても、被告の保管の不手際により原告らの主張する損害が生じたと認めるに足りない。
したがって、番号1の船舶に関する原告らの主張は理由がない。
(2) 番号3の船舶(原告X4、○○○―○○○○○、光鷹)
原告らは、番号3の船舶につき、船体外部の損傷(<証拠略>)、計器パネルの破損(<証拠略>)、キャビン内の天井の剥がれやカビ等(<証拠略>)、ドライブユニット部分の破損(<証拠略>)、塗料の剥がれ(<証拠略>)、エンジン、排気ダクトのアルミ部分及びタービンの腐蝕、ポンプの破損等(<証拠略>)、船内の支え(バルクヘッド)の割れ(<証拠略>)、ワイパーの破損(<証拠略>)、魚群探知機の破損(<証拠略>)が生じたと主張する。
ア 船体外部の損傷(<証拠略>)について
原告らは、船体外部の損傷につき、同船舶を曳航する際に、H鋼杭又はブイ付きワイヤーロープが船体に衝突ないし接触したことにより生じたものであると主張する。しかし、<証拠略>によれば、本件代執行以前から同船舶には多数の汚損や擦過傷があることが認められ、原告らの主張する船体外部の損傷が本件代執行により生じたとは本件証拠上確認できない。
また、<証拠略>によれば、(ア)原告らは、平成9年9月17日午後8時ころから、台風を避けるために本件移動場所から本件場所に船舶等を移動させたが、その移動の際、原告らは、浦和土木が不法係留船舶対策のために河川を縦断する形で設置したブイ付きワイヤーロープを押し下げて、その上を通航し、このときに、船舶にブイやワイヤーロープが接触したり絡まったりする可能性があること、(イ)本件場所において原告らは、浦和土木が設置したH鋼杭やブイ付きワイヤーロープにロープを結わえ、アンカーを下ろす等して船舶等を固定し係留したことが認められ、本件移動場所から本件場所までの移動中ないし本件場所での係留中に船体外部の損傷が生じた可能性が十分あると認められる。
そうすると、この点の原告らの主張は採用し得ない。
イ 計器パネルの破損(<証拠略>)について
原告らは、計器パネルの破損につき、同船舶のアンテナを外したりした際に代執行作業員らが船の上に乗ったときに踏みつけて破損したと主張するが、本件全証拠によっても、上記計器パネルの破損が曳航作業を含む本件代執行作業中に生じたものであることを認めるに足りない。すなわち、船舶曳航作業の経験のある業者の作業員が、ハンドルや計器等の不安定な場所の上に乗って、これを踏みつけて作業をするということは通常はあり得ないと考えられるし、原告らの主張するような代執行作業員がハンドルや計器等の不安定な場所の上に乗って、これを踏みつけて作業をしたとの事実を認めるに足りる証拠はない。
そうすると、この点の原告らの主張は採用できない。
ウ 原告らは、キャビン内の天井の剥がれやカビ等(<証拠略>)につき、同船舶を本件保管場所に保管中、換気を十分に行うことなく、10か月程度も放置したために発生したと主張し、また、エンジン、排気ダクトのアルミ部分及びタービンの腐蝕、ポンプの破損、ワイパーの破損、魚群探知機の破損(<証拠略>)につき、同船舶を本件保管場所に保管中、雨水が溜まるなどして腐蝕ないし破損が生じたと主張するが、本件全証拠によっても、原告らの主張する上記損害が、本件保管場所において被告が保管責任を負う本件代執行当日の平成9年9月18日から船舶引取期日と定められた同年11月19日までの間に生じたとは認められない。
また、原告らの主張する船内の水溜まりが、仮にドレインプラグを外さないまま保管した結果によるとしても、そのこと自体は被告の保管の不手際とは言えないことは、(1)番号1の船舶(原告X4の○○○―○○○○○、マーフィー)の項で述べたとおりである。
エ ドライブの破損(<証拠略>)について
原告らは、ドライブの破損につき、揚陸作業及び陸上運送の際、電動式のドライブユニットを引き上げる際に無理矢理持ち上げ、角材をドライブユニットとドライブシールドの間に差し挟んだため、ドライブユニットを持ち上げるための油圧シリンダーが破損し、また、ドライブユニットを支える軸に割れ目ができたと主張する。
しかし、本件全証拠によっても、上記油圧シリンダーの破損及びドライブユニットを支える軸の割れ目が生じた原因が、上記のようにドライブユニットを持ち上げ、角材を差し挟んだことによるものであること並びにそれらが揚陸作業及び陸上運送を含む本件代執行作業中に生じたものであることを認めるに足りない。かえって、<証拠略>によれば、代執行作業員は、同船舶を陸上運送車両に積載するにあたり、ドライブユニットが同車両の荷台に接触して破損しないように配慮し、手動でドライブユニットの固定ロックを解除した上で持ち上げ、その状態を固定するためにドライブユニットとドライブシールドの間に角材を差し挟んだものであること、このような方法によると、角材及びドライブシールドにかかる重量はドライブユニットの重量だけであることが認められる。
そうすると、原告らの上記主張は採用できない。
オ クサビの不適切な使用による船底の塗料の剥がれ(<証拠略>)の主張について
原告らは、塗料の剥がれにつき、クサビが船底の角度に合っていないので、クサビの面で支えることができず、点で支えていたために、その部分の塗料が剥がれたと主張する。<証拠略>によれば、クサビにより船底の塗料の剥がれが生じたことが認められる。しかし、船底は、通常年2回程度は定期的に塗り替えられるものであり、船底に亀裂を生じさせたのではないから、実質的損害はないとも言えるし、クサビは船底と木材(なお、この木材の上にはキュアマットが敷いてある。)のすき間を埋め、船舶等を支えるために置かれたもので、本件代執行の対象は原告らの船舶18隻等であり、本件代執行の前にそれぞれの船底の形状を調査してその船底に合った船台を準備することは困難であること等に照らすと、上記のような方法で同船舶を本件保管場所に設置し、それにより上記程度の塗料の剥がれが生じたとしても、被告の設置作業や保管に不適切な点があったとはいえない。
よって、この点の原告らの主張も採用できない。
カ 船内の支え(バルクヘッド)の割れ(<証拠略>)について
原告らは、船内の支え(バルクヘッド)の割れにつき、陸上運送の際にロープで強引に引っ張って同船舶を固定し、船舶を斜めにして本件保管場所に設置したために生じたものであると主張するが、本件全証拠によっても、上記船内の支え(バルクヘッド)の割れが陸上運送を含む本件代執行作業中に生じたものであることを認めるに足りない。かえって、<証拠略>によれば、船体を傾けて保管したとしても、それだけで船内の隔壁が破損するとは考えられないし、上記原告らが主張するようなロープ締め付けによる船舶の固定の方法によれば、まず船舶のガンネルや外板等に損傷が生じるはずであると考えられるところ、本件全証拠によっても、そのような損傷が生じていることを認めるに足る証拠は存在しない。むしろ船内隔壁の破損は、例えば荒天下を航行中に波浪からのパンチング(波頭から波底にたたきつけられること)等により多大な衝撃を受けた場合など以外は考えられないことが認められる。
キ なお、原告らは、代執行作業員らがアンカーを下げたまま同船舶を航行させていることを指摘する(<証拠略>)が、そのようなアンカーを下げたままの同船舶の曳航により、同船舶や他の船舶に具体的にどのような損害が発生したのか不明であり、本件全証拠によっても損害を生じたとの事実を認めることはできない。
ク 以上によれば、番号3の船舶に関する原告らの主張は理由がない。
(3) 番号4の船舶(原告X4、○○○―○○○○○、KOUYOIII)
原告らは、番号4の船舶を本件保管場所に保管中、船体が曲損し、エンジンに腐蝕が生じたと主張するところ(<証拠略>)、<証拠略>によれば、同船舶がプラスチック製の小型ボートであり、軽量で船底にはドレインプラグ等の排水装置もないという性質上、その保管に当たり船体を裏返しにするなどしていれば問題はなかったが、そのような対応をしなかったため、雨水の堆積により変形したものと認められる。
しかし、前述のとおり、被告が原告らの船舶の保管責任を負うとしても、それは本件代執行当日の平成9年9月18日から船舶引取期日として定められた同年11月19日までの間と認めるのが相当であり、その間にボート船体が変形するまでの雨水の堆積があったとはにわかに認めがたい。また、同船舶の所有者である原告X4は、平成9年9月18日から同年10月後半にかけて数回貴重品引取りや船舶点検のために本件保管場所への立入りをしているのであるから、いくらでも是正の機会があったと認められる。しかるに同原告からボートの保管方法につき被告に何らかの注意喚起や申入れがされた形跡はない。
なお、原告らは、同船舶のエンジン内部の腐蝕も主張するが、たとえ雨ざらしでも、エンジン内部に雨水が浸入するとは考えられず、エンジンの損耗は、仮にそれが生じたとしても長期間の不使用か自然の消耗によって生じたとみるのが相当であり、本件代執行との因果関係は認めがたい。
したがって、番号4の船舶に関する原告らの主張は理由がない。
(4) 番号21の箱形物置(原告X4)
原告X4らは、番号21の箱形物置を本件保管場所に保管中、船体に錆が生じた(<証拠略>)と主張するが、<証拠略>によれば、本件代執行開始時既に上記箱形物置には相当な錆が生じていたことが認められる。その他本件全証拠によっても、本件保管場所に保管中に上記錆による損害が生じたとの事実を認めることはできない。
したがって、番号21の箱形物置に関する原告らの主張は理由がない。
(5) 「他人の船舶」と称する船舶について(原告X4)
原告らは、「他人の船舶」と称する船舶の船内が水浸しになり錆や腐蝕を生じ、また、船内に置いてあったものが使えない状態になった(<証拠略>)と主張する。
しかしながら、<証拠略>によれば、上記「他人の船舶」とは番号2の船舶(○○○―○○○○○)を指すと考えられるところ、原告らは同船舶が代執行を受けたことを主張しておらず(訴えの変更申立書で引用している平成10年4月20日付け原告ら準備書面三、二1参照)、また、被告も同船舶に対しては代執行を行っていないと主張しており(平成11年10月25日付け被告準備書面(二)、第二、一2(二)参照)、この点に争いはない。
したがって、「他人の船舶」と称する船舶に関する原告らの主張は、そもそもその前提を欠き、理由がない。
(6) 番号5の船舶(原告X5、○○○―○○○○○、アイテーエヌ97)
原告らは、番号5の船舶につき、搬送作業に起因する損傷として、ガンネル部分の曲損や亀裂(<証拠略>)、船体の損傷(<証拠略>)、バウスプリットの破損(<証拠略>)、ドライブユニットの破損(<証拠略>)、保管に起因する損傷として、船内の汚損や錆(<証拠略>)、キャビン内のカビ(<証拠略>)をそれぞれ主張する。
ア 原告らは、ガンネル部分の曲損や亀裂につき、陸上運送時に船舶を固定するためのロープの締め付けが強力であったために生じた損傷であると主張するが、<証拠略>によれば、ロープ掛けは船底に支障がない場所を選び、強力に締め付ける等のことはしていないことが認められ、本件全証拠によっても、上記ガンネル部分の曲損や亀裂につき、陸上運送を含む本件代執行作業中に生じたと認めるに足りない。
また、原告らは、船体外部やバウスプリット、ドライブユニット等の損傷につき、曳航時あるいは陸上運送時に生じた損傷であると主張する。
しかし、(2)番号3の船舶(原告X4の○○○―○○○○○、光鷹)のア項で述べたと同様、番号5の船舶についても、本件代執行開始時既に同船舶外部には相当の汚損等が生じていたことが認められ、本件移動場所から本件場所までの移動中ないし本件場所での係留中に船体外部等の損傷が生じた可能性もある。これらを考慮すると、上記船体外部等の損傷が、曳航を含む本件代執行の船舶搬送作業中に生じたとは本件証拠上認めるに足りない。そして、本件代執行における番号5の船舶の曳航作業及び陸上運送において上記船体外部等の損傷を生じさせるような著しく不適切な方法による作業があったとは認められない。
イ 原告らは、船内の汚損や錆については、本件保管場所に保管中に発生したものであると主張する。しかし、これらは経年変化によっても生ずるものであり、本件全証拠によっても、上記船内の汚損や錆が、本件保管場所において被告が保管責任を負う期間である平成9年9月18日から同年11月19日までの間に生じたものであることを認めるに足りない。
ウ 以上によれば、番号5の船舶に関する原告らの主張は理由がない。
(7) 番号6の船舶(原告X10、○○○―○○○○○、SINTENIII)
原告らは、番号6の船舶につき、船体の損傷(<証拠略>)、計器の腐食破損(<証拠略>)、左舷側ドライブユニットの破損(<証拠略>)が生じたと主張し、特にドライブについては、曳航作業中にワイヤーロープがドライブに絡まったにもかかわらず無理に前進したために生じたか、陸上運送中に生じたものであると主張する。
ア しかし、(2)番号3の船舶(原告X4の○○○―○○○○○、光鷹)のア項で述べたと同様、番号6の船舶についても、本件代執行開始時既に同船舶外部には相当の汚損等が生じていたことが認められ、本件移動場所から本件場所までの移動中ないし本件場所での係留中に船体等の損傷が生じた可能性もある。これらを考慮すると、上記船体の損傷等が、曳航及び陸上運送を含む本件代執行の船舶搬送作業中に生じたとは本件証拠上認めるに足りない。また、<証拠略>によれば、特に左舷側ドライブユニット本体の破損については、もしそれが移動途中に生じたものとすれば、その部分に何らかの他物との衝突ないし接触の現象が生じなければならないが、搬送中にそのような現象が生じたとの証拠はなく、むしろクロスベアリング部に錆が発生していること、ステアリングフォークキットの脱落もあること等からすると、本件代執行開始時既に左舷側ドライブユニットは破損していた可能性がある。
イ また、原告らは、計器の腐食破損については、同船舶を本件保管場所に保管中に生じたものであると主張するが、上記計器の腐食破損が、本件保管場所において被告が保管責任を負う期間である平成9年9月18日から同年11月19日までの間に生じたものであることを認めるに足りる証拠はない。
ウ 以上によれば、番号6の船舶に関する原告らの主張は理由がない。
(8) 番号8の船舶(原告X7、○○○―○○○○○、新生号)
原告らは、番号8の船舶につき、船体の損傷(<証拠略>)、キャビンの床の腐食等(<証拠略>)、プロペラの脱落(<証拠略>)、ドライブユニットの曲損(<証拠略>)が生じたと主張する。
ア 原告らは、船体の損傷につき、同船舶の曳航時にブイやワイヤーロープが接触して生じたものであると主張する。
しかし、(2)番号3の船舶(原告X4の○○○―○○○○○、光鷹)のア項で述べたと同様、番号8の船舶についても、本件代執行開始時既に同船舶外部には相当の汚損等が生じていたことが認められ、本件移動場所から本件場所までの移動中ないし本件場所での係留中に船体の損傷等が生じた可能性もある。これらを考慮すると、上記船体の損傷が、曳航を含む本件代執行の船舶搬送作業中に生じたとは本件証拠上認めるに足りない。
イ 原告らは、プロペラ(スクリュー)の脱落があり、本件代執行による損害であると主張する。
しかし、<証拠略>によれば、
(ア) プロペラは普通、プロペラシャフトにボルト締めで固定されているものであるところ、曳航速度は約5ノット前後であり、正常に固定された状態であれば、この程度の速度で曳航された場合にプロペラが脱落するとは考え難いこと、
(イ) 番号8の船舶を芝川マリーナで揚陸したときには既にプロペラは脱落しており、また、芝川マリーナで代執行作業員が積載のためにドライブユニットを跳ね上げようとしたとき、ヘドロ混じりの水が出てくるなど、同船舶には相当に汚損等が生じていたこと、
が認められる。
以上の事実からすると、上記プロペラの脱落ないし容易に脱落し得るような状態が本件代執行開始時既に生じていたと推定すべきであり、曳航を含む本件代執行作業中の不手際を直接の原因としてそのような脱落が生じたものとは認めがたい。
ウ 次に、原告らは、ドライブユニットの曲損については、同船舶を本件保管場所に保管中、ドライブユニットの下部が路面と接触し、船舶の重みによりドライブユニットが曲損あるいは破損したと主張するが、<証拠略>によれば、同船舶を本件保管場所に保管中、そのドライブユニットの下部が路面と接触していると認めることはできないから、原告らの上記主張も採用できない。
その他本件代執行における番号8の船舶の曳航、運送、設置作業について原告らの主張するような船体、プロペラ、ドライブユニット等の損傷を生じさせるような著しく不適切な方法による作業があったとは認められない。
エ 原告らは、キャビンの床の腐食等につき、同船舶を本件保管場所に保管中、雨水が溜まったり、湿気により生じたものであると主張するが、<証拠略>に照らせば、番号8の船舶は、本件代執行時に全体的にかなり傷ついた状態にあったことが認められるし、上記キャビンの床の腐食等が、本件保管場所において被告が保管責任を負う期間である平成9年9月18日から同年11月19日までの間に生じたものであることを認めるに足りる証拠はない。
なお、原告は、番号8の船舶の本件保管場所での設置・保管につき、クサビを用いる方法を問題にしている(<証拠略>)が、この点については、(2)番号3の船舶(原告X4の○○○―○○○○○、光鷹)のオ項で述べたとおり、被告の設置作業や保管に不適切な点があったとはいえない。
オ 以上によれば、番号8の船舶に関する原告らの主張は理由がない。
(9) 番号9の船舶(原告X8、○○○―○○○○○、ルーラ)
原告らは、番号9の船舶を本件保管場所に保管中、カバー掛けが不十分であったため、船内に雨水が溜まり、備品が腐食破損した(<証拠略>)と主張するところ、<証拠略>によれば、ドレインプラグを抜いておけば、船内に雨水が溜まることを防止できたものと認められる。
しかしながら、被告が本件保管場所において保管責任を負う本件代執行当日の平成9年9月18日から同年11月19日までの間に番号9のモーターボートに原告らが主張するような雨水の堆積が生ずるほどの降雨があったことの立証がなく、そのモーターボートの所有者原告X8は、シートカバーをかけるよう被告に申し入れたところ、被告はこれに応じており、もし同原告においてドレインプラグを抜くよう被告に申し入れていれば、そのような対応がとられていたと推認し得る。しかるに、同原告から被告にドレインプラグの件につき注意喚起や申入れがされた形跡はない。
したがって、番号9の船舶の保管につき、被告に不適切な点があったとまでは認めがたく、この点の原告らの主張は採用できない。
(10) 番号10の船舶(原告X11、○○○―○○○○○、ROLLER)
原告らは、番号10の船舶につき、船体の損傷及び汚損(<証拠略>)、右舷側ガンネル材のへこみ(<証拠略>)、デッキハンドレールの曲損(<証拠略>)、空調の破損(<証拠略>)、チルトの破損(<証拠略>)、プロペラの曲損(<証拠略>)、船内の備品の盗難(<証拠略>)が生じたと主張している。
ア しかし、(2)番号3の船舶(原告X4の○○○―○○○○○、光鷹)のア項で述べたと同様、番号10の船舶についても、本件代執行開始時既に同船舶外部には相当の汚損等が生じていたことが認められ、本件移動場所から本件場所までの移動中ないし本件場所での係留中に船体の損傷等が生じた可能性もある。これらを考慮すると、上記船体の損傷等が、曳航を含む本件代執行の船舶搬送作業中に生じたとは本件証拠上認めるに足りない。また、本件代執行における番号10の船舶についての曳航、揚陸作業及び陸上運送において上記船体の損傷等を生じさせるような著しく不適切な方法による作業があったとは認められない。
なお、付言するに、右舷側外板の擦過、左舷側船首外板の擦過、デッキハンドレールの曲損、左舷側ルーパーの破損は、<証拠略>によれば、いずれも本件代執行開始の時点で既に生じていたと認められる。
イ 船内の備品の盗難については、同船舶を本件保管場所に保管中に生じたと主張するものと思われる。
しかし、被告が本件保管場所において保管責任を負う平成9年9月18日から同年11月19日までの間に原告ら主張のような盗難が生じたのか、仮に生じたとして、いかなる備品が盗まれたのか等が証拠上全く明らかでない。
ウ 以上によれば、番号10の船舶に関する原告らの主張は理由がない。
(11) 番号11の船舶(原告X12、○○○―○○○○○、BEAVER)
原告らは、番号11の船舶につき、船体の損傷(<証拠略>)、キャビン内のデッキ下の雨水の堆積(<証拠略>)、エンジンの腐蝕・故障(<証拠略>)、プロペラの破損(<証拠略>)が生じたと主張する。
ア しかし、(2)番号3の船舶(原告X4の○○○―○○○○○、光鷹)のア項で述べたと同様、番号11の船舶についても、本件代執行開始時既に同船舶外部には相当の汚損等が生じていたことが認められ、本件移動場所から本件場所までの移動中ないし本件場所での係留中に船体の損傷等が生じた可能性もある。これらを考慮すると、上記船体の損傷等が、曳航を含む本件代執行の船舶搬送作業中に生じたとは本件証拠上認めるに足りない。特にプロペラの破損については、<証拠略>によれば、プロペラブレードの破損は普通、船舶航行中に他物との接触により生ずるものであり、仮に本件代執行中に損害が発生したとすれば曲損となる可能性が高いことが認められる。そうすると、プロペラの破損が本件代執行の作業に伴い生じたとは認めがたい。
その他番号11の船舶につき本件代執行の曳航、揚陸作業及び陸上運送において上記船体の損傷等を生じさせるような著しく不適切な方法による作業があったとは認められない。
イ キャビン内のデッキ下の雨水堆積及びエンジンの腐蝕・故障については、同船舶を本件保管場所に保管中に生じたと主張するものと思われる。
しかし、番号11の船舶については、ドレインプラグが外された状態で保管されており、原告らが主張する程度のデッキ下の雨水の溜まりが生じたとして、具体的にいかなる損害が生じたのか明らかでない。また、前記のとおり、被告が本件保管場所において保管責任を負うのは平成9年9月18日から同年11月19日までの間であって、その間にエンジンに雨水が浸入し、エンジンの故障の原因となったとはにわかに認めがたいところである。エンジンが動かなくなったとすれば、長期間放置による経年変化が原因というほかはない。
ウ 以上によれば、番号11の船舶に関する原告らの主張は理由がない。
(12) 番号12の船舶(原告X13、○○○―○○○○○、にじ)
原告らは、番号12の船舶につき、船体のひび割れ(<証拠略>)、ワイパーの動作不良(<証拠略>)、ポンプの破損(<証拠略>)、船体の損傷(<証拠略>)、リモコンケーブルの亀裂(<証拠略>)、船底貫通弁(エンジン吸水口)のボルトの損傷(<証拠略>)、エンジンの動作不良(<証拠略>)、トリムシリンダーの破損(<証拠略>)が生じたと主張している。
ア しかし、(2)番号3の船舶(原告X4の○○○―○○○○○、光鷹)のア項で述べたと同様、番号12の船舶についても、本件代執行開始時既に同船舶外部には相当の損傷等が生じていたことが認められ、本件移動場所から本件場所までの移動中ないし本件場所での係留中に船体の損傷等が生じた可能性もある。これらを考慮すると、ポンプやトリムシリンダーの破損を含む上記船体の損傷が、本件代執行の船舶搬送作業中に生じたとは本件証拠上認めるに足りない。
なお、番号12の船舶につき本件代執行の揚陸作業及び陸上運送において上記船体のひび割れやポンプ等の破損等を生じさせるような著しく不適切な方法による作業があったとは認められない。
イ 原告らは、リモコンケーブルの亀裂及びエンジンの動作不良、ワイパーの動作不良等については、同船舶を本件保管場所に保管中に生じたものと主張している。
しかし、前記のとおり、被告が本件保管場所において保管責任を負うのは本件代執行当日の平成9年9月18日から同年11月19日までの間であって、その間の保管の不手際から、原告らの主張するリモコンケーブルの亀裂やエンジン不良等の原因が生じたと認めるに足りる証拠はない。
エンジンに動作不良が生じたとすれば、長期間放置による経年変化等が原因というほかはない。
なお、代執行作業員がワイパーを踏みつけたとの点は、本件証拠上認めがたい。
また、原告らは、同船舶を本件保管場所に設置、保管する際に、クサビを船底貫通弁(エンジン吸水口)の部分に設置したために、船底貫通弁(エンジン吸水口)のボルトの損傷が生じたと主張するところ、たしかに貫通弁の近くにクサビが置かれ、普通はクサビはこうした箇所は避けて打たれるべきものと認められる。しかし、<証拠略>によれば、船底エンジン吸水口近くにクサビが置かれているものの、それにより吸水口やボルトが破壊されたとまでは認められないから、この点の原告らの主張は採用できない。
ウ 以上によれば、番号12の船舶に関する原告らの主張は理由がない。
(13) 番号13の船舶(亡X3、○○○―○○○○○、純元穂)
原告らは、船体外部の損傷(<証拠略>)、ドライブの破損(<証拠略>)が生じたと主張する。
ア しかし、(2)番号3の船舶(原告X4の○○○―○○○○○、光鷹)のア項で述べたと同様、番号13の船舶についても、本件代執行開始時既に同船舶外部には相当の汚損等が生じていたことが認められ、本件移動場所から本件場所までの移動中ないし本件場所での係留中の船体の損傷等が生じた可能性もある。これらを考慮すると、上記船体外部の損傷等が、本件代執行の船舶搬送作業中に生じたとは本件証拠上認めるに足りない。
なお、たしかに、<証拠略>によれば、ドライブユニットの先が陸上運送車両の荷台にわずかに接触しているように見えないでもない。しかし、<証拠略>によれば、ドライブユニットは上に持ち上げられて運搬されており、そのような運搬方法がドライブユニットの破損の原因となったとまでは本件証拠上直ちに認めがたいし、緊急性、能率性が要求される不法係留船舶の代執行における陸上運送方法としては適切な執行方法といい得る。その他番号13の船舶につき本件代執行の揚陸及び運送等について、上記船体やドライブ等の破損を生じさせるような著しく不適切な方法による作業があったとは認められない。
イ 以上によれば、番号13の船舶に関する原告らの主張は理由がない。
(14) 番号14の船舶(原告X6、○○○―○○○○○、Vビクトリー)
原告らは、番号14の船舶につき、右舷部パルピットの曲損(<証拠略>)、船舶外部の損傷(<証拠略>)、盗難(<証拠略>)、プロペラの破損(<証拠略>)が生じたと主張する。
ア しかし、(2)番号3の船舶(原告X4の○○○―○○○○○、光鷹)のア項で述べたと同様、番号14の船舶についても、本件代執行開始時既に同船舶外部には相当の汚損等が生じていたことが認められ、本件移動場所から本件場所までの移動中ないし本件場所での係留中に船体の損傷等が生じた可能性もある。これらを考慮すると、上記船体外部の損傷が、曳航を含む本件代執行の船舶搬送作業中に生じたとは本件証拠上認めるに足りない。
また、番号14の船舶につき本件代執行の曳航、揚陸、陸上運送作業において上記船体等の損傷を生じさせるような著しく不適切な方法による作業があったとは認められない。
イ 原告らは、盗難につき、同船舶を本件保管場所に保管中に発生したものであると主張する(なお、原告X6の船舶内から備品等が窃取され被害届が出されたことに争いはなく、盗難被害は本件保管場所に保管中の損害であると認められる。)。
しかし、前記のとおり、被告が本件保管場所において保管責任を負うのは、本件代執行当日の平成9年9月18日から同年11月19日までの間であって、その間の保管の不手際から原告らの主張する盗難被害が生じたと認めるに足りる証拠はない。また、被告は、上記期間中及びその後平成10年9月末日まで、本件保管場所において、フェンスの出入口を施錠し、機械警備の方法による監視を行ったのであり、事務管理としての水準以上の注意義務をもって管理をしたと認められる。したがって、仮に上記期間中に盗難被害が生じたとしても、被告の管理の落ち度ということはできない。
なお、原告らは、同船舶を本件保管場所に設置、保管する際のクサビの設置の仕方を問題にしている(<証拠略>)が、この点については、(2)番号3の船舶(原告X4の○○○―○○○○○、光鷹)のオ項で述べたとおり、被告の設置作業や保管に不適切な点があったとはいえない。
ウ 以上によれば、番号14の船舶に関する原告らの主張は理由がない。
(15) 番号15の船舶(原告X14、○○○―○○○○○、城北丸)
原告らは、番号15の船舶につき、船体外部の損傷(<証拠略>)、左舷部ガンネル材の破損(<証拠略>)、ドライブユニットの破損(<証拠略>)が生じたと主張する。
ア しかし、(2)番号3の船舶(原告X4の○○○―○○○○○、光鷹)のア項で述べたと同様、番号15の船舶についても、本件代執行開始時既に同船舶外部には相当の汚損等が生じていたことが認められ、本件移動場所から本件場所までの移動中ないし本件場所での係留中に船体の損傷等が生じた可能性もある。これらを考慮すると、上記船体外部の損傷が、曳航を含む本件代執行の船舶搬送作業中に生じたとは本件証拠上認めるに足りない。
なお、左舷部ガンネル材の破損については、<証拠略>によれば、本件代執行開始時既に破損が生じていたものと認められる。
また、原告らは、左舷側ドライブユニットの破損を主張するが、<証拠略>によれば、当該ドライブユニットは、全面が錆や汚れで覆われており、本件全証拠によっても、原告ら主張に係る上記ドライブの破損が、曳航を含む本件代執行中に生じたものと認めることはできない。
その他番号15の船舶につき本件代執行の曳航、揚陸及び陸上運送において、船体やドライブを破損させるような不適切な方法による作業があったとは認められない。
なお、原告らは、同船舶を本件保管場所に設置、保管する際のクサビの設置の仕方を問題にしている(<証拠略>)が、この点については、(2)番号3の船舶(原告X4の○○○―○○○○○、光鷹)のオ項で述べたとおり、被告の設置作業や保管に不適切な点があったとはいえない。
イ 以上によれば、番号15の船舶に関する原告らの主張は理由がない。
(16) 番号16の船舶(原告X15、○○○―○○○○○、武蔵)
原告らは、番号16の船舶につき、船体外部の損傷(<証拠略>)、ドレインプラグを抜かないまま保管したことによるキャビン内部の雨水の堆積(<証拠略>)、雨水の堆積によるバッテリー、ノズル、プラグなどの腐食等が生じたと主張している。
ア しかし、(2)番号3の船舶(原告X4の○○○―○○○○○、光鷹)のア項で述べたと同様、番号16の船舶についても、本件代執行開始時既に同船舶外部には相当の損傷等が生じていたことが認められ、本件移動場所から本件場所までの移動中ないし本件場所での係留中に船体の損傷等が生じた可能性もある。これらを考慮すると、上記船体外部の損傷が、曳航を含む本件代執行の船舶搬送作業中に生じたとは本件証拠上認めるに足りない。
イ キャビン内部の雨水の堆積については、同船舶を本件保管場所に保管中に生じたと主張するものと思われる。
しかしながら、被告が本件保管場所において保管責任を負うのは、本件代執行当日の平成9年9月18日から同年11月19日までであり、その間に番号16の船舶に原告らが主張するようなキャビン内の雨水の堆積があったとはにわかに認めがたい。
また、(1)番号1の船舶(原告X4の○○○―○○○○○、マーフィー)の項で述べたとおり、原告らは、平成9年9月18日以降数回にわたり本件保管場所に立ち入り、保管状況を確認したり、貴重品を取り出したりしている。そこで、原告らとしては、保管された各船舶につき、雨水の堆積の有無やドレインプラグが外されているかどうかの点検の機会はいくらでもあったのであり、もし、原告らがドレインプラグを抜くよう被告に申し入れていれば、それに沿った対応がとられていたと推認し得る。しかるに、原告らから被告にドレインプラグの件につき注意喚起や申入れがされた形跡はない。
したがって、ドレインプラグを外さないまま被告が番号16の船舶を保管したとしても、著しく不適切な保管方法であったとまでは認めがたく、この点の原告らの主張は採用できない。
ウ 以上によれば、番号16の船舶に関する原告らの主張は理由がない。
(17) 番号17の船舶(原告X16、○○○―○○○○○、江戸丸)
原告らは、番号17の船舶につき、船体外部の損傷(<証拠略>)、プロペラ及び舵の曲損(<証拠略>)、プロペラのシャフトの曲損(<証拠略>)が生じたと主張している。
ア しかし、プロペラ自体やプロペラシャフトの曲損は、これを認めるに足りる証拠はない。また、その他の船体の損傷は、(2)番号3の船舶(原告X4の○○○―○○○○○、光鷹)のア項で述べたと同様、番号17の船舶についても、本件代執行開始時既に同船舶外部には相当の汚損等が生じていたことが認められ、本件移動場所から本件場所までの移動中ないし本件場所での係留中に船体の損傷等が生じた可能性もある。これらを考慮すると、上記船体外部の損傷が、陸上運送を含む本件代執行の船舶搬送作業中に生じたとは本件証拠上認めるに足りない。
なお、<証拠略>によれば、舵(ラダー)やプロペラシャフトの下にあるシューピースの曲損が認められるが、<証拠略>によれば、舵やシューピースの曲損は、同船舶の揚陸の時点で既に生じていたと認められる。そうすると、陸上運送の方法が不適切であったために舵等の曲損が生じたとの原告らの上記主張はその前提を欠く。
また、原告らは、同船舶を本件保管場所に設置、保管する際のクサビの設置の仕方を問題にしている(<証拠略>)が、この点については、(2)番号3の船舶(原告X4の○○○―○○○○○、光鷹)のオ項で述べたとおり、被告の設置作業や保管に不適切な点があったとはいえない。
イ 以上によれば、番号17の船舶に関する原告らの主張は理由がない。
(18) 番号18の船舶(原告X17、○○○―○○○○○、YAGUTHI)
原告らは、番号18の船舶につき、船体外部の損傷(<証拠略>)、船底の損傷(<証拠略>)、エンジン室内の浸水及びエンジンの故障(<証拠略>)、スクリューの破損(<証拠略>)が生じたと主張している。
ア しかし、(2)番号3の船舶(原告X4の○○○―○○○○○、光鷹)のア項で述べたと同様、番号18の船舶についても、本件代執行開始時既に同船舶外部には相当の汚損等が生じていたことが認められ、本件移動場所から本件場所までの移動中ないし本件場所での係留中に船体の損傷等が生じた可能性もある。これらを考慮すると、上記船体外部の損傷が、本件代執行の船舶搬送作業中に生じたとは本件証拠上認めるに足りない。
また、番号18の船舶につき本件代執行の曳航、揚陸作業及び陸上運送において上記船体外部の損傷等を生じさせるような著しく不適切な方法による作業があったとは認められない。
イ 原告らは、エンジン室内の浸水及びエンジンの故障につき、同船舶を本件保管場所に保管中に生じたと主張している。
しかしながら、被告が本件保管場所において保管責任を負うのは、本件代執行当日の平成9年9月18日から同年11月19日までであり、その間に番号18の船舶のエンジンルームに原告らが主張するような雨水や油の堆積があったとはにわかに認めがたい。
また、(1)番号1の船舶(原告X4の○○○―○○○○○、マーフィー)の項で述べたとおり、原告らは、平成9年9月18日以降数回にわたり本件保管場所に立ち入り、保管状況を確認したり、貴重品を取り出したりしている。そこで、原告らとしては、保管された各船舶につき、雨水の堆積の有無やドレインプラグが外されているかどうかの点検の機会はいくらでもあったのであり、もし、原告らがドレインプラグを抜くよう被告に申し入れていれば、それに沿った対応がとられていたと推認し得る。しかるに、原告らから被告にドレインプラグの件につき注意喚起や申入れがされた形跡はない。
したがって、ドレインプラグを外さないまま被告が番号18の船舶を保管したとしても、著しく不適切な保管方法であったとまでは認めがたく、この点の原告らの主張は採用できない。
なお、原告らは、<証拠略>において、左右の高さが異なるので船底等に大きな損傷が生じ得ることを指摘するが、本件全証拠によっても、そのような置き方により現実に同船舶にいかなる損傷が生じたのか明らかでなく、この点の原告らの主張は採用できない。
ウ 以上によれば、番号18の船舶に関する原告らの主張は理由がない。
(19) 番号19及び20の船舶(原告X9。番号19の船舶は○○○―○○○○○、みなしご。番号20の船舶は○○○―○○○○○、NAO)
原告らは、番号19の船舶につき、船体外部の損傷(<証拠略>)及びドライブユニットの破損(<証拠略>)が、番号20の船舶につき、船体外部の損傷(<証拠略>)が生じたと主張する(原告らは、これらがいかなる原因で生じたかについては必ずしも明確にしていない。)。
しかし、(2)番号3の船舶(原告X4の○○○―○○○○○、光鷹)のア項で述べたと同様、番号19及び20の船舶についても、本件代執行開始時既に上記各船舶外部には相当の汚損等が生じていたことが認められ、本件移動場所から本件場所までの移動中ないし本件場所での係留中に船体の損傷等が生じた可能性もある。これらを考慮すると、上記各船体の損傷等が、曳航を含む本件代執行の船舶搬送作業中に生じたとは本件証拠上認めるに足りない。
また、番号19及び20の船舶につき本件代執行の曳航、揚陸作業及び陸上運送の各作業において、上記各船体の損傷等を生じさせるような著しく不適切な方法による作業があったとは認められない。
(20) まとめ
以上のとおり、原告らが別表1損害額一覧<略>で主張する各船舶についての損害は、これを通観した場合、その損害自体が証拠上認められないか、仮に存在するとしても本件代執行や保管の際の不手際に基づくとの因果関係が不明なものばかりである。
もっとも、<証拠略>によれば、曳航中、ブイやロープに船舶が接触することにより船体に擦過傷が付くおそれがあるし、船舶と船舶との接触、モーターボート陸送専門でないトレーラーによる運送等から本件代執行中に原告らの船舶につき、いくつかの損傷が生じた可能性もないとはいえない。しかし、先に述べたとおり、代執行は、多額の公費を投じて行われるものであり、迅速かつ能率的に遂行されなければならず、行政庁は、代執行に当たり、除却物件を除却前と同様の価額で維持することが要請されるものではない。すなわち、除却の過程で対象物件に何らかの財産的損失が生じたとしても、代執行が著しく不適切な方法でされたと認められるものでない限り、その負担は義務者に帰せられるべきものである。そして、原告らの各船舶に係る上記損害の主張を十分考慮したとしても、本件代執行は、船舶の曳航、揚陸、運送、設置、保管等の全過程を通じて、可能な限り原告らの損失を少なくする配慮がされているというべきであり、社会通念に照らし著しく不適切とみられるような方法がとられたとは本件証拠上認めることはできない。そこで、仮に原告らの主張する上記損害のうちいくつかが本件代執行や保管の過程で生じたとしても、原告らの損害は、自ら除却義務を果たさなかった以上、原告らにおいて甘受すべき範囲内であって、被告に損害賠償を求めることはできないというべきである。
8 結論
以上によれば、原告らの各請求はいずれも理由がないから、これらをいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担については、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条、同法65条1項を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 豊田建夫 都築民枝 馬場潤)
(別紙)
船舶等目録
番号
原告ら
船検番号
船舶名
1
X4
○○○―○○○○○
マーフィー
2
同上
○○○―○○○○○
3
同上
○○○―○○○○○
光鷹
4
同上
○○○―○○○○○
KOUYOⅢ
5
X5
○○○―○○○○○
アイテーエヌ97
6
X10
○○○―○○○○○
SINTENⅢ
7
同上
○○○―○○○○○
SINTEN―5
8
X7
○○○―○○○○○
新生号
9
X8
○○○―○○○○○
ルーラ
10
X11
○○○―○○○○○
ROLLER
11
X12
○○○―○○○○○
BEAVER
12
X13
○○○―○○○○○
にじ
13
X3
○○○―○○○○○
純元穂
14
X6
○○○―○○○○○
Vビクトリー
15
X14
○○○―○○○○○
城北丸
16
X15
○○○―○○○○○
武蔵
17
X16
○○○―○○○○○
江戸丸
18
X17
○○○―○○○○○
YAGUTHI
19
X9
○○○―○○○○○
みなしご
20
同上
○○○―○○○○○
NAO
21
X4
(なし)
(箱形物置)
(別紙図面)
本件埼玉県管理区域 概略図<省略>