さいたま地方裁判所川越支部 平成15年(ワ)88号 判決 2005年6月30日
原告
X
同訴訟代理人弁護士
杉村茂
同
山崎徹
被告
学校法人菅原学園
同代表者理事
L
同訴訟代理人弁護士
羽成守
同
西島幸延
同
小泉妙子
主文
1 原告が被告に対して労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
2 被告は,原告に対し,803万9595円及びこれに対する平成15年2月13日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
3 被告は,原告に対し,平成15年2月以降本判決確定の日まで,毎月25日限り,各44万7490円を支払え。
4 本件訴えのうち,本判決確定日の後に支払期日の到来する賃金の支払を求める部分を却下する。
5 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
6 訴訟費用は,これを3分し,その1を原告の負担とし,その余は被告の負担とする。
7 この判決は,第2項及び第3項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
1 主文第1項と同旨
2 原告が被告の設置する専門学校デジタルアーツ東京における専任の教育職員としての地位にあることを確認する。
3 被告は,原告に対し,1174万8595円及びこれに対する平成15年2月13日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
4 被告は,原告に対し,平成15年2月から毎月25日限り,各44万7490円の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,原告が被告との間の労働契約に基づき被告が経営する専門学校において勤務していたところ,<1>教員として採用されたにもかかわらず,同学校の就職部企業情報課への配転命令を受け,教員の業務がほとんどできなくなったが,これは労働契約上の職種限定の合意に違反する上,配転命令権の濫用に当たることから,当該配転命令は無効である,<2>配転先では企業訪問の報告に関する被告の指示に従うべきであったのに,これに従わなかったなどとして普通解雇されたが,そのような解雇事由は存在せず,解雇権の濫用に当たるほか,当該解雇は不当労働行為にも該当するし,解雇手続も違法であったことからすると,当該解雇は無効であるとして,労働契約上の権利を有する地位にあること及び教員としての地位にあることの確認並びに労働契約に基づき未払賃金の支払(遅延損害金を含む。)を求めた事案である。
1 争いのない事実等(争いのある事実は後掲各証拠及び弁論の全趣旨により認められ,その他の部分は当事者間に争いがない。)
(1) 被告は,教育基本法及び学校教育法に従い,学校教育及び専修学校教育を目的とする学校法人である。その本部は,仙台市青葉区にあり,専門学校デジタルアーツ東京を設置しているほか,仙台市内においても専門学校を経営している。(<証拠略>,証人A〔以下「A」という。〕)
(2) 原告は,平成7年4月1日,被告に採用され(期間の定めのない労働契約,以下「本件労働契約」という。),被告が当時設置していた日本情報ビジネス専門学校(その後,同校の名称は「専門学校デジタルアーツ東京」に変更された。以下「被告学校」という。)の教諭を命じられた。被告学校における給与支給の計算期間は当月1日から末日までとされ,その支給日は毎月25日とされており,月例賃金として基本給のほかに調整手当,家族手当,その他の手当が支給されることになっていた。(<証拠略>)
(3) 原告は,平成7年4月から被告学校の教諭として,クラス担任と授業を担当していた。平成7年ころの被告学校の在籍生徒数は約1500人であり,1クラス当たりの人数は,約20ないし25人であり,1人の教諭が3ないし4クラスの担任をしていた。また,同15年に至るまでの間の被告の卒業生総数は,約7万8000人であった。
(4) 原告は,平成10年4月,医療情報学科のOA実習1時間の授業を担当する以外,クラス担任からは外され,学生就職のために企業訪問する就職部企業情報課課長補佐を命じられた(以下「本件配転命令」という。)。就職部企業情報課は,部長代理1名及び職員3ないし4名で構成され,順次企業訪問し,就職情報を入手したり,卒業生が就職できるよう交渉するものであった。原告は,同11年10月以降,OA実習の担当から外され,同部就職課課長補佐へ異動になり,原告に与えられた仕事は同課における職務のみとなった。(<証拠略>)
(5) 本件労働契約締結当時の被告学校の就業規則では異動について「職員は勤務の配置転換又は職務の変更を命じられたときは,速やかに事務引継ぎを行い,新任部署につかなければならない。」と規定されていた。(<証拠略>)
(6) 被告は,平成11年4月1日,生徒数の減少を理由にそれまで支給していた資格手当を2年間で段階的に廃止し,一時金を減額する旨を通告した。また,被告は,原告に対し,同月23日,ビラを配布したとして始末書の提出を求めた。さらに,被告学校の教頭であったAは,同12年4月4日,同11年7月中旬から同12年4月までの原告の言動等を問題として原告に対し,始末書の提出を求め,原告は,同月26日付けで始末書を提出した。被告は,同年5月12日,原告において反省,悔悟の念がないとして,原告を戒告処分とした(以下「本件戒告処分」という。)。その後,被告は,同年6月30日,原告について,同年7月1日をもって就職部就職課課長補佐の職務を解き,同課職員を命じるという降格処分(以下「本件降格処分」という。)及び月例賃金につき月額2万円の減額処分を行い,同年7月,夏期一時金を50パーセント削減した(37万0900円の減額。以下「本件減額処分」という。)。(<証拠略>)
(7) 平成12年9月26日,東京私立学校教職員組合連合(以下「私教連」という。)は,被告に対し,原告が組合員であることを通告し,本件戒告処分等の原告への不利益処分について団体交渉を申し入れた。この団交は,同年11月から同13年2月まで5回開催された(以下「本件団交」という。)。
(8) 当時被告学校の就職部部長であったB(以下「B」という。)は,原告に対し,平成13年1月12日,企業訪問の結果を6か月さかのぼって報告するように求め,週間企業訪問予定表及び企業訪問記録表(以下,企業訪問記録表のことを「本件記録表」という。)の作成・提出等を内容とする業務指示をした。また,Bは,原告に対し,同13年1月17日,本件記録表の情報所感及び対応欄を具体的に明記し,名刺を添付するなどして提出するよう求める業務指示をした。これらの業務指示に応じて,原告は,被告に対し,同年2月15日,同12年7月4日から同年12月27日分の企業訪問状況を記載した本件記録表を提出した。(<証拠略>)
(9) 被告は,原告に対し,平成13年2月24日,内容証明郵便によって,原告を同日付けで即日普通解雇するとの意思表示をし,そのころ原告に到達した(以下「本件解雇」という。)。そして,被告は,同年3月以降現在に至るまで,原告の就労及び月例賃金の支払を拒絶している。本件解雇通知では,解雇理由として下記のような指摘がなされていた。(<証拠略>)
記
(原告は,)就職部就職課員として当学園の学生の就職のため企業訪問を行い,各企業へ採用を打診し,その結果を当学園に報告することが勤務内容の主要な内容であるにもかかわらず,
<1> 6カ月以上の長期にわたり週間企業訪問予定表および企業訪問記録表を作成せず,したがって,企業訪問の予定および結果を当学園に一切報告しなかった。
<2> 当学園の強い指示によって後日提出されたその報告内容は,その主要部分に記載がなく,さらに一般的記載部分については虚偽ないし事実に反するものである可能性が極めて高い。
<3> 企業訪問をしたという報告があるにもかかわらず,面会した企業担当者からの名刺の受理は1割以下という信じ難い少数であり,このことと学園を離れている時間についての不正確な記載に鑑みれば,そもそも報告のとおりの企業訪問がなされたこと自体疑わしい。
<4> 原告は,これまで数回にわたり戒告処分をうけ,さらに業務指示等により学園内外での言動について繰り返し反省を求められていたにもかかわらず,またもや上記のような非違行為を繰り返している。
<5> 以上の行為は,就業規則第6条3号「学園の秩序または規律をみだしてはならない」,同12号「規程類,上長の指示命令を守ること」に違反し,あるいは,同第39条1号「勤務成績が著しく悪いとき」,同3号「職務に必要な適格性を欠くとき」,同第52条2号「職務上の義務に違反し,または職務を怠り,若しくは業務の遂行または運営を阻害するような行為があったとき」の懲戒事由にもそれぞれ該当する。
(10) 本件解雇当時の原告の月例賃金は,基本給37万0900円,調整手当3万9890円(当時,実際に支払われていたのは,3万9790円であったが,本来支払われるべき金額は3万9890円であった。),家族手当2万8000円,住宅手当8800円,以上合計44万7590円であり,この金額は本件解雇前3か月にわたって同額であった。また,被告は,原告に対し,本件解雇において,退職金,解雇予告手当及び上記調整手当の不足分(平成11年10月ないし同13年2月)として,合計225万4975円を支払った。(<証拠略>)
2 争点
(1) 本件配転命令の効力
ア 職種限定の合意の有無
イ 本件配転命令は配転命令権の濫用に当たるか。
(2) 本件解雇の効力
ア 本件解雇は解雇権の濫用に当たるか。
イ 本件解雇における不当労働行為の有無
ウ 本件解雇の手続的違法性の有無
(3) 賃金未払の有無及びその額
3 争点に対する当事者の主張
(1) 争点(1)(本件配転命令の効力)について
ア 職種限定の合意
(原告の主張)
(ア) 教員は,教員免許を受けた専門職であって,労働契約締結に当たっては,一般に教員以外の職種への配転は予定されていない。また,教育基本法6条2項は「法律に定める学校の教員は,全体の奉仕者であって,自己の使命を自覚し,その職責の遂行に努めなければならない。このためには,教員の身分は,尊重され,その待遇の適正が,期せられなければならない。」として教員の身分尊重を規定している。さらに,ILO「教員の地位に関する勧告」は,「教職における雇用の安定と身分保障は,教員の利益にとって不可欠であることはいうまでもなく,教育の利益にとっても不可欠であり,たとえ学校制度,または,学校内の組織に変更ある場合でも,あくまで保障されるべきである。」と宣言している。したがって,本件労働契約では,原告の職種は教員に限定されるという職種限定の合意があったというべきであり,校務分掌上,原告に授業と担任以外の業務が与えられることは当然であるとしても,原告を授業と担任のない部署に異動させる本件配転命令は,本件労働契約違反として無効である。
(イ) 原告は,朝日新聞に掲載された被告の教員募集広告を見て,教員としての採用を前提に応募した。原告は,昭和57年3月,大学卒業後,埼玉県a市の小学校等の教員を経て,同63年4月から平成7年3月までは,学校法人b学院に教員として勤務し,同校では社会科やOA実習等の授業と担任を持ち,校務分掌としては,環境管理や進路指導等を担当していた。その教員歴は,被告への採用当時,14年に及んでいた。また,採用手続においては,教員以外の職種への配転があり得るとの説明は一切受けていない。
(ウ) 被告においては,就業規則上,教員と事務職員を明確に区別しており,内規によっても「教員で・・・資格取得者に対し,・・・資格手当を支給する」とされていた。そして,被告は,原告に対し,資格手当を支給していたのであり,このことは,原告を教員として採用したことを示している。事務職員に資格手当が支給されているとしても,これは従前教員として勤務し,管理職に昇格したため教員の仕事を離れても支給されていたに過ぎない。また,被告学校においては,教員と事務職員とは,給与体系も同一ではなかった。
(被告の主張)
(ア) 被告学校のような専修学校は,教育基本法6条2項の「法律に定める学校」に該当しないので(学校教育法1条,82条),本件配転命令は,学校の教員の身分保障に関する教育基本法6条2項に違反しない。また,原告は,職員として採用されたのであり,本件労働契約には,原告を教員という職種を限定して採用する旨の合意はなかった。
(イ) 被告学校は,生徒に資格を取得させることをひとつの目標とした学校であるから,職員にも資格取得を奨励する趣旨で平成4年4月から資格手当制度を開始した。当該制度では,教員であろうとなかろうと日商簿記,情報処理,秘書検定又はワープロ検定等の資格を有する者に一定額の手当を支給していた。原告の資格手当は,全国経理学校協会の秘書検定1級に基づくものであり,本件労働契約締結後の同8年3月25日の資格手当申請により同年4月から支給されるようになったのであるから,本件労働契約締結時から支給されていたわけではない。そして,原告は,授業を全く担当しなくなった同11年度の後期以降も同制度が同12年3月に廃止になるまで支給を受け続けた。したがって,資格手当は,職種,地位又は職務内容とは無関係に,資格を取得したことに対して支給されていたということができ,資格手当の支払をもって職種を教員に限定して採用する合意があったということはできない。なお,資格手当は,当初,教員のみに支給されていた時期もあるが,同9年4月からは,教員,事務職員間の人材の互換性,流動性に着目して,双方に支給するようになった。
(ウ) 被告学校においては,教員と事務職員の給与体系,待遇は全く同じであり,被告学校の事務職員の多くは教員出身であり,逆に事務職員から教員になった例もある。つまり,教員と事務職員との間には,完全に互換性,流動性があり,何らの差別もない。
(エ) 仮に教員としての職種限定の合意があったとしても,そもそも就職指導や企業情報収集の業務は事務職員ではなく,教員として行うものであるから,そのような業務を担当することになったとしても当該合意に違反するものではない。すなわち,専門学校は,一定の専門技術・能力を備えた社会人を育成し,社会に送り出す使命を負っているのであり,入学してから就職という形で社会に送り出すところまでの全体が教員の仕事なのである。
イ 配転命令権の濫用
(原告の主張)
(ア) 原告は,採用後の約3年間,教員としての職務に関して注意を受けたことは一切なく,別紙問題行動等一覧表(以下「別紙一覧表」という。)被告の主張欄記載の主張によって本件配転命令以前に生じたものとして問題行動とされているのは(別紙一覧表整理番号1ないし9),学生との間でのトラブル又は授業に関するトラブルではなく,教員としての職務に関して原告を非難するところは全くない。また,別紙一覧表被告の主張欄記載の事実に対する反論は原告の主張欄記載のとおりであり,本件配転命令の理由となるものではない。以上により,原告の教員としての適格性には全く問題がなかった。また,原告は,本件配転命令に際して,被告から別紙一覧表被告の主張欄記載のような理由で教員として不適格であるということを告げられていない。
(イ) 被告は,本件配転命令の理由として原告に就職指導関係の経験があったことをあげる。この点,原告は,平成8年度,教員として被告学校のビジネス行政学科及び情報ビジネス学科を担当していたが,同時に学生部就職指導課に配属され,就職センターが収集した情報に基づき生徒に就職指導する任務にも当たっていた。また,同9年度も,同課課長補佐として企業情報課から就職情報を得て,その情報を各教員に伝達していた。しかし,就職指導課は,生徒指導を中心とする教員の仕事と密着した部署であり,企業情報を収集する就職センターや企業情報課とは質的に区別されていた。原告は,本件配転命令前には,就職センターや企業情報課の業務に携わることはなかった。
(ウ) 被告は,本件配転命令の理由として同命令により退職者の穴埋めができたこと及び原告が担当していた授業が廃止されたことをあげる。しかし,平成10年度は従前の就職部の体制に変更はなく,退職者の穴埋めの必要はなかった。また,同年度は,ビジネス行政学科では2年生の授業はあり,原告が担当できる授業がすべて廃止されたわけではない。前年に1年生を担当していた原告を同学科に配属させない根拠はない。
(エ) 上記のとおり,被告が主張する配転理由には必要性も合理性もなく,いずれも原告から教員としての職務を剥奪する口実に過ぎない。本件配転命令を敢行した真の理由は,教員として正義感が強く,理不尽や不正を嫌って被告学校の運営に対して意見を述べる原告を被告が嫌悪し,原告を教員から排除したいと考えたことにある。原告は,教員として勤務した約3年間,授業や生徒の就職指導に熱心に取り組むとともに被告学校の運営に関しても不適切な事柄に関しては積極的に意見を述べてきた。別紙一覧表被告の主張欄ではそのほとんどが暴言とされているが,同一覧表の原告の主張欄記載のとおり,被告学校の不正を指摘したり,自己の職務上の立場から意見を述べたりしたに過ぎない。
(オ) 平成9年度に被告学校で起こった結核事件(ビジネス行政学科の生徒が結核に感染し,クラスの半数近い生徒に感染の疑いが判明し,生徒が入院したり,投薬を受けたという事件)の際,原告が被告に対し,どの生徒に対しても同じように被告から治療費等の支払を受けられるようにして欲しいと要望したことがあった。そして,同11年7月中旬ころ,原告がC事務局長(以下「C」という。)に本件配転命令の理由を尋ねたところ,Cは,結核事件において原告が被告学校から金を脅し取ろうとしたから配転したとの理事長からの説明があったと答えた。したがって,上記(エ)のような原告の態度の中でも,特に結核事件に関する原告の対応が本件配転命令の主要な理由になっていることが窺われる。
(カ) 以上を総合すると,本件配転命令は配転命令権の濫用に当たる。
(被告の主張)
(ア) 本件配転命令のころには,別紙一覧表被告の主張欄記載の問題行動の積み重ねにより,原告が暴力的な性格を有し,柔軟性,協調性を欠くなどの点で教員又は組織人としての適格性がないことが明らかとなった。すなわち,原告は,自らが絶対的に正しいと思い込み,自己の主張がいかに独善的であろうと,一方的に正当性を主張するのみであり,異なる意見等に耳を貸そうとせず,話し合いによって相互の理解を目指し,協調していこうという発想に欠ける。また,自分より立場が上であると考えられる者,外部の者に対しては従順な態度をとるが,自分と同列又は自分よりも立場が下であると考える者に対しては高圧的,威圧的な態度をとったり,暴力的な振る舞いをするという問題性を有していた。そして,時,場所を構わず,いとも簡単に激情に任せて大きな声を出したり,物や人にあたったりもした。そこで,一連の問題行動を理由に即座に解雇することも考えられたが,被告は,解雇のような厳重処分には謙抑的な姿勢を有していることから,何とかして原告の問題性が支障となりにくい業務,又はそれが改善されることにつながるような業務はないかと考え,企業訪問活動を中心的に行う企業情報課に配転したのである。普段から同じ場所にいるわけではない外部の者との接触においては,原告の問題性格,問題行動は現れにくいと思われたこと,外面は良いという原告の性格からして企業訪問活動においては直ちに致命的な事態を招来することはないと考えられたこと,原告の問題性は企業訪問活動により社会性を身につけていく過程で改善されると考えられたこと,原告が前職時代から就職関係の経験があると申告していたこと等が企業情報課を選択した理由である。
(イ) 原告は,被告に採用される前から企業訪問活動の経験と実績を有し,被告においても採用の翌年度である平成8年度から企業訪問活動をしていた。すなわち,同年度から学生部就職指導課主任となり,同9年度も就職部就職指導課課長補佐の業務を担当している。このように,原告はこの種の業務経験が豊富である上,同8年当初に原告が同部の重要性及び強化の必要性を強く訴えたために同人をあえて主任に昇格させて当該業務に配転した経緯がある。なお,原告は,同8年度や同9年度に就職部での仕事が増加し,授業のコマ数が減少した時もこれを不服とする行動をとっていないし,本件配転命令時も同様である。
(ウ) 本件配転命令により,退職者の穴埋めが可能となったことやビジネス行政学科の廃止により,原告が担当する社会科系の授業がなくなったことも本件配転命令の理由に含まれる。
(エ) 本件配転命令の理由について,原告が平成9年度にいわゆる結核事件の対応を巡って被告を脅迫したことだと理事長がCを通じて述べたことはない。
(オ) 以上を総合すると,本件配転命令は配転命令権の濫用に当たらない。
(2) 争点(2)(本件解雇の効力)について
ア 解雇権の濫用
(原告の主張)
(ア) 上記争いのない事実等(6)記載の資格手当廃止及び一時金減額の措置に対し,原告は,一方的変更はおかしいとして,被告に説明を求めたところ,被告は,平成11年4月16日までに回答する旨約束した。また,原告は,被告学校の運営に教員の意見が反映される必要があると考え,同日ころ,月1回の定例職員会議を実施することと教務部長が独断で物事を決めている現状の改善を要請し,被告学校の業務の改善策を意見書として各教員に配布した。ところが,被告は,上記約束を守らず,意見書の配布をビラの配布と称して,懲戒処分を通告し,業務指示書を提示した。しかし,当該懲戒処分は,職員の支援により撤回された。その後,被告は,原告に対し,慶弔金の不払い,調整手当の一部減額等の嫌がらせを行い,さらに,同12年2月10日,机をたたいたなどの理由で同月5日までに退職願を出すように迫った。原告がこれを拒否すると,被告は始末書の提出を求め,原告がこれを提出したにもかかわらず,上記争いのない事実等(6)記載のとおり,同年5月12日,原告を本件戒告処分とした。
(イ) 別紙一覧表被告の主張欄に記載されている事実に対する認否反論は,同一覧表原告の主張欄記載のとおりである。原告は,平成8年度に同一覧表被告の主張欄記載の事件を引き起こしたとされているにもかかわらず,同9年度は学生部就職指導課主任から就職部就職指導課課長補佐に昇進しているが,もし上記事件が存在し,被告がこれを非違行為と認識していたのであれば,このような昇進はありえない。また,被告が指摘する就職部との関係での原告の問題行動が事実であるならば,本件配転命令により,トラブルを起こす人材を就職部企業情報課課長補佐として同部に専念させたことは不自然である。
(ウ) 原告は,本件配転命令により就職部企業情報課に異動となったが,そこで原告に課せられた職務は,企業を訪問して担当者と面談し,新たな情報を入手し,学生に対して就職情報を提供することであった。原告は,同課において,毎日始業時間前に出勤し,タイムカードを打刻した後,企業訪問の準備を行い,午前10時前後にBに出かける旨告げてから企業訪問に出かけていた。Bの指示により訪問する地域が選ばれ,原告は,コンピュータよりプリントアウトされたペーパー(新企業情報一覧)に基づき企業訪問し,その結果を同ペーパーに直接書き込んでいた。企業訪問から戻るとBに当日の企業訪問状況を口頭報告していた。同時に企業訪問を実施した結果,従前のデータが間違っていたり,新しい情報がある場合には,原告がBにその旨を伝えて,事務職員がコンピュータへの入力作業を行った。また,求人票や会社案内を入手した場合には,その日のうちにBに提出していた。その後,原告は,交通費の精算等の事務整理を行って,就業時間が経過するとタイムカードを打刻して帰宅した。原告は,本件配転命令後の約3年間で約4200社の企業を訪問し,うち30パーセント以上について就職担当者と名刺交換した。求人票の受理件数は,本件配転命令により原告が企業訪問を行うようになる前は,500社から700社程度であったが,それ以降は毎年1500社前後まで増加した。
(エ) 被告は,原告に対し,本件配転命令後,本件記録表を作成することを義務づけておらず,同命令後,上記争いのない事実等(8)記載の業務指示があるまで,約2年9か月という長期間にわたって,本件記録表の書式による報告を求めたことはなかった(このような労使慣行が成立していたともいえる。)。企業訪問の結果報告は,上記新企業情報一覧を使用した形式で行われていたのである。また,原告は,平成12年5月12日付けで本件戒告処分となっているが,本件記録表の提出をしていないということは同処分の理由となっていない。被告が原告に対して,本件記録表の提出を義務づけているのだとしたら,当時,すでに約2年にも及んでその義務を懈怠していることになるのだから,それが本件戒告処分の理由にあげられていないことはあまりにも不自然である。さらに,同年9月11日,原告は,理事長から直接文書を読み上げる形で注意を受けたことがあるが,この時も本件記録表の不提出について言及されていない。
(オ) 本件記録表は,平成9年5月ころ,当時の就職部部長代理D(以下「D」という。)が中心となって作成したものに基づいている。原告はDの指示に従ってワープロに入力したが,自らは提案・作成していない。当時,原告は,Dの企業訪問方法に疑問を持ち,意見を述べたことはあったが,企業訪問そのものを否定したり,本件記録表を作り直してはいない。
(カ) 上記争いのない事実等(8)記載の業務指示については,本件記録表がそれ以前には原告が全く使用したことのない新書式であったことから,すべての項目に過去6か月間の訪問結果を記載することは不可能であった。そこで,原告は,Bに対し,正確な表記は困難である旨述べたところ,平成13年1月17日,Bから出発時間及び帰着時間(以下「出発時間等」という。)については記憶の範囲で記入すればよいという指示があった。そこで,本件記録表の作成・提出に当たっては,各訪問日における出発時間等は,原告の手控えと記憶に基づいて6か月分を記入した。これについて,Bと事務の女性とで,同12年7月以降,原告の出発時間等を毎日デスクダイアリーに記録していたのであり,それとの対比において,原告が出発時間等や稼働日数について虚偽申告をしたとされるが,その相違は被告の主張によっても出発時間等について最大1時間程度の食い違いが存するに過ぎず,稼働日数の相違はわずかに1日である。原告が6か月遡って手控えと記憶に基づいて報告しなければならなかったことを考慮すると許容の範囲内である。また,原告の報告と被告学校が把握している出発時間等に相違があるとしても,その相違は原告の出勤後企業訪問の準備中又は帰着後の事務整理中の時間であり,この時間内に仕事をサボタージュしていたわけではない。
(キ) 原告が平成13年2月15日に提出した本件記録表は,同年1月31日に行われた被告と私教連との団交において合意したとおり,それまで原告がデータ化していた企業訪問の情報をコンピュータから打ち出し,それを訪問日ごとに本件記録表の裏面に貼付する形式をとっている。そこには,原告が企業訪問して得た新たな情報が含まれており,情報所感及び対応欄の記載として不足はない。
(ク) 被告が遡って本件記録表の提出を求めた6か月間(7月ないし12月)は,就職情報が極めて少ない時期であり,その間,原告が巡回していた地域も就職情報の少ない地域であった。したがって,名刺の受理件数が少なかったことは,原告が企業訪問につき虚偽の報告をしたとの根拠にはならない。
(ケ) 以上を総合すると,本件解雇は解雇権の濫用に当たる。
(被告の主張)
(ア) 上記争いのない事実等(6)記載の資格手当廃止及び一時金減額の措置に対する抗議はどの職員からも全くなく,定例職員会議の実現等の現状の改善に関する要請もなかった。また,被告は,原告に対する始末書提出の要求を撤回しておらず,現に,原告は,平成11年4月26日付けで始末書を提出した。さらに,原告が他の職員に対して暴力行為を繰り返したことや被告から度重なる注意を受けて「二度とこのようなことは絶対に繰り返さない。」と述べたことから,被告は,原告に対し,同12年2月10日,始末書の提出を求めたが,原告は,始末書を提出しなかった。なお,被告学校においては慶弔金を全職員には支給していないし,調整手当の支払にミスがあったことは確かだが,既に清算済みである。
(イ) 本件解雇に至った背景には,別紙一覧表被告の主張欄記載のとおり,平成8年7月以降の原告の度重なる問題行動がある。この間,被告は,原告を直ちに解雇せずに再三注意・警告を加え,業務指示,始末書の提出又は本件戒告処分等により繰り返し反省を求めたほか,配転や降格によって対応し,反省と改善のチャンスを与えた。ところが,原告がこれらを無視し,しかるべき対応を取らなかったことからついに解雇に至ったのである。
(ウ) 本件解雇の決定的な要因は以下のとおり,原告が平成12年中に就職部就職課課長補佐等としての職務を十分に果たさず,かつ,虚偽ないし事実に反する報告を行ったことにある。
<1> 原告は,本件解雇当時,被告学校の学生らの就職に関し,企業情報の収集,就職先の新規開拓のために都内全域の各企業を訪問して先方の人事担当者,新規採用担当者らと面談の上,名刺交換を行い,被告学校の情報を提供するとともに,先方の企業情報・採用情報を入手し,被告学校に報告するという職務を負っていた。被告学校は,専門学校という性格上,就職率の向上を最大の目的としており,卒業生の就職先の紹介・あっせんは,学校としての存立に直接関わる極めて重要なものであり,企業訪問はその情報収集に不可欠であった。
<2> 被告は,企業情報収集担当者に対し,平成8年から一貫して本件記録表の作成・提出を要求していた。また,原告は,同9年度に当時の就職部就職指導課と同部企業情報課の双方において企業訪問の結果報告の書式を統一すべきであると自ら提言し,新書式を作成し,同年5月19日から本件記録表の元となった統一書式が使用されるようになった。ところが,原告は,同12年7月以降,6か月以上の長期にわたり,自らが提案・作成した上記書式とほとんど同内容の本件記録表を企業訪問後に作成・提出しなかった。そこで,Bは,上記争いのない事実等(8)記載のとおり,同月以降の本件記録表の提出を強く求めたところ,原告は,同月4日から同年12月27日までの本件記録表を提出した。
<3> しかし,原告が提出したものには,訪問者名,日付け,活動時間,添付書類,名刺受理及び新規開拓欄を記載し,押印したほかは,添付書参照と記載されているだけであった。しかも,その添付書とは被告学校が従前から保存していた企業情報データの表を一部プリントアウトし,本件記録表の裏に切り貼りしたものに過ぎなかった。ところで,原告に課せられた職務は,企業に実際に訪問し,担当者と面談した上で,新たな情報を入手し,被告学校の学生が就職活動に活用できるようにすることである。そのためには,本件記録表の情報所感及び対応欄には,当該企業の業務の内容や採用の条件,募集の有無・人数といった具体的な情報や担当者と面談した際の感触等の具体的な情報を記載すべきであり,未定であっても未定で済まさずに追跡調査を行い,住所移転等があれば追跡調査し,既存の表から削除すべきであればその理由を記載するなど,実質的な情報とこれに対する対応の記録が求められる。その意味で,情報所感及び対応欄の記載こそが最も重要であるが,原告が提出した本件記録表には同欄の記載がなかった。
<4> 原告は,本件記録表の提出に際し,企業訪問のために外出した時間帯又は訪問活動の日数について,Bによる集計と異なる虚偽の報告をした。これに加えて,原告が訪問先で担当者と情報交換した唯一の裏付けとなる名刺の添付数が極端に少ないことも併せ考えると,原告が企業訪問をしていたことすら疑わしい。
<5> 上記争いのない事実等(8)記載のとおり,Bが本件記録表による詳細な報告を求めたところ,原告は一貫して「正確なものはパソコンに入っており,いつでも簡単に出せる。」と述べた。Bが本件記録表について「概ね記憶によって書くことで足りる。」と述べたことはない。
(エ) 以上を総合すると,本件解雇は解雇権の濫用に当たらない。
イ 不当労働行為
(原告の主張)
(ア) 被告は,上記争いのない事実等(6)記載のとおり,原告に対して様々な不利益処分を科し,ついには,平成12年6月30日,本件降格処分及び本件減額処分を行った。このような経過の中で,原告は,自らの労働者としての地位に不安を覚え,同年5月,私教連に個人加盟した。そして,同年9月26日,私教連は,原告が組合員であることを被告に通告し,これまでの原告に対する不利益処分について団交を申し入れ(団交の主要テーマは,原告を教員に復帰させることと不利益処分の撤回等であった。),上記争いのない事実等(7)記載のとおり,団交が行われ,第5回団交においては,次回の団交趣旨又は目的並びに妥結の見通しを明確にし,日程は私教連が改めて申し入れることとし,同年2月22日,同年3月7,8,9日のいずれかで行うことが確認された。それにもかかわらず,本件解雇がなされたのである。
(イ) 本件解雇は,不利益処分の撤回等を求めた団交の継続中になされたものであり,予定された団交を無にし,問題解決に向けた努力を一方的に破棄するものである。第5回団交において交渉が行き詰まっていたことはないし,解雇理由に関する労使間の協議も行われない一方的な解雇であった。そうすると,本件解雇は,原告の従前の活動や団交を嫌悪して組合員である原告を被告学校から排除することを目的として強行されたものといわざるをえず,不当労働行為として解雇権の濫用に当たる。
(被告の主張)
(ア) 使用者が団交を義務づけられる事項(以下「義務的団交事項」という。)は,労働者の労働条件その他の待遇や当該団体的労使関係の運営に関する事項に限られ,解雇等の人事基準や手続はこれに含まれるものの,個別的な労働関係における経営者側の人事権の行使の当否そのものについてはこれに含まれず,団交応諾義務はない。
(イ) 本件団交では,当初は団交に親しむ事項が議題として掲げられていたが,次第に原告の担任外し問題,授業外し問題という明らかに団交に親しまない議題での交渉が要求されるようになった。本来,このような事項について団交応諾義務はないが,被告は,これに誠実に対応し,私教連からの申入れに対して任意に団交を受け入れた。しかし,第2回団交からは原告の個別労働関係における人事権行使の適否が繰り返し議論されてた(ママ)に過ぎず,本件解雇直前の第5回団交においては,双方の主張は出尽くすも議論は平行線のままであり,交渉は完全に行き詰まった状態であった。このように多数回にわたり十分な討議がなされても双方の主張が対立したままであり,意見の一致を見ない場合には,交渉を打ち切っても誠実交渉義務違反にならない。
(ウ) 本件解雇の通告時点で,第6回団交は,予定されていなかった。上記のように第5回団交では交渉が完全に行き詰まった状態であったことからすれば,仮に,原告又は私教連が,第5回団交後,内心において次回の交渉を期待していたとしても,客観的には継続交渉によって事態が打開される見込みはなかった。
ウ 手続的違法性
(原告の主張)
本件解雇は,形式的には普通解雇の手続を取っているが,その実質的な理由からすると懲戒解雇に該当するから,解雇通告前に本人に対して弁明の機会を与えることが有効要件となる。ところが,本件では,解雇通告前に被告が主張する解雇理由について原告に弁明の機会が与えられていない。しかも,団交が継続中であることからすると,その手続的瑕疵は明白かつ重大であり,解雇権の濫用であって無効である。
(被告の主張)
争う。
(3) 争点(3)(賃金未払)について
(原告の主張)
ア 被告は,原告が被告従業員として働く意思を示して労働力を提供していたにもかかわらず,無効な本件解雇後にこれを拒絶し,平成13年3月から上記争いのない事実等(10)記載の月例賃金の支払を拒絶し,同15年1月分まで合計1400万3570円を支払っていない。
イ 上記争いのない事実等(10)記載のとおり,被告は,原告に対し,未払賃金の一部に当たる225万4975円を支払ったので,これを充当した結果,未払賃金残額は,1174万8595円となった。
(被告の主張)
争う。本件解雇は有効であって未払賃金はない。
第3争点に対する判断
1 争点(1)(本件配転命令)について
(1) 職種限定の合意
ア 後掲各証拠,上記争いのない事実等及び弁論の全趣旨を総合すれば,次の各事実が認められる。
(ア) 原告は,昭和○年○月○日生まれであり,同57年3月にc大学法学部法律学科を卒業した後,同59年5月に中学校一級社会科教諭免状,高等学校二級社会科教諭免状を受け,平成元年5月に小学校教諭二種免状を受けた。また,昭和60年6月から同63年3月まで,埼玉県入間郡d町立e中学校等において常勤講師として勤務し,同時に,同61年4月から平成元年3月にかけて,f大学文学部教育学科第3学年に編入し,修了している。さらに,昭和63年6月から平成7年3月までは,学校法人g学園h高等学校及び学校法人b学院i専門学校において日本史や世界史等を担当する常勤講師又は教諭として勤務した。(<証拠略>,原告本人)
(イ) 平成7年当時,被告学校の教頭であったE(以下「E」という。)は,原告に対し,本件労働契約締結に先だって行われた採用面接手続において,ビジネス行政学科等の教員としての職務を担当させる予定であると述べた。また,同手続では,教員以外の職種への配転があり得るとの説明はなかったが,逆に教員以外の職種への配転はないということが明言されることもなかった。そして,本件労働契約における辞令の上では,原告は,被告の職員として採用された上で,被告学校の教諭を命じられている。(<証拠略>,証人A,原告本人)
(ウ) 原告は,平成7年4月から教員として勤務を開始し,授業は1週間に10コマ以上あり,担任クラスも複数有し,OA実習(パソコン関係の授業であり,マイクロソフト社のワードやエクセル等の使用方法を教えるもの。),秘書検定,簿記又はビジネスマナー等の授業を担当していた。また,同8年度にも,相当数の授業や担任業務を担当しており,具体的には,ビジネス行政学科,医療情報学科,流通ビジネス学科及び情報経理学科においてOA実習を担当し,ビジネス行政学科において経済学及び一般教養を担当していた。さらに,これらの授業の他に就職指導課の仕事も担当し,学生に対する対内的業務としての就職指導を行っていた。(<証拠略>,証人A,同B,原告本人)
(エ) 平成7年度以降,原告が主として担当し,公務員試験合格を重要な目的としていたビジネス行政学科は,同11年ころ廃止となった。また,同12年ころには,被告学校では,フラワービジネス,医療情報及び流通ビジネスといった学科の他,ゲームクリエイティブ,CG,マルチメディア,情報システム,情報経理及び情報ビジネス等のコンピュータ又は情報処理関連の学科が存在しており,ゲームデザイナー,デジタルサウンドクリエーター,デジタルミュージック,CGアニメーター,CGデザイナー,MACデザイナー,WINDOWSプログラミング,パソコンマスター等のコンピュータ関連の授業が同校の中心的存在となっていた。(<証拠略>,証人A,原告本人)
(オ) 原告は,被告に対し,平成11年から同12年にかけて,数回にわたって定例職員会議,入学式,コンピュータ関連設備案,就職状況をはじめとする被告学校の運営状況の問題点等について,文書により意見を述べたものの,原告が私教連に個人加盟したのは同年5月であり,本件配転命令を受けた後,私教連を通じて,被告に対し,団交を申し入れるまでに約2年半が経過しており,その間,被告に対し,文書により同配転命令に関して不服なり抗議の意思を示したことはなかった。(<証拠略>,証人A,原告本人)
(カ) 被告においては,平成4年4月1日から施行する制度として資格手当支給内規が定められ,その第1条では「専門学校教員でその教育に関連する各種の資格・検定等の資格取得者に対し,この内規の定めるところに従って資格手当を支給する。」とされていた。このような資格手当制度は,同6年4月1日,給与規程上,専門学校職員で,その教育に関連する各種の資格検定等の資格取得者に対して支給するものと変更された。その後,同11年4月からは資格手当が減額され,同制度は,同12年3月に廃止された。(<証拠略>)
(キ) 原告は,平成7年4月分から同8年3月分までは,資格手当を支給されなかったが,同年4月分から同11年3月分まで,秘書検定1級の資格に基づき,月額1万3000円の資格手当が支給された。また,同11年4月1日の給与辞令では資格手当が減額(月額6500円)になり,同12年3月分まで同手当が支給された。そして,同12年4月分からは資格手当は支給されていない。(<証拠略>,証人A,原告本人)
(ク) 被告学校において平成4年4月1日より実施された給与規程及び就業規則によると,教員と事務職員との間で給与体系及び待遇に区別は設けられていなかったのであり,被告学校では本件労働契約締結当時から一貫してこのような方針が採用されていた。(<証拠略>,証人A)
(ケ) Dは,平成8年5月に被告に採用され,同月から同9年3月まで学生部就職指導課課長補佐として,同年4月から同10年3月まで就職部部長代理(課長待遇)として勤務した。また,同月3日,被告において,職務は教諭,役職は就職部部長代理(課長待遇)として嘱託職員に関する契約を締結し,その契約期間は同年4月1日から同11年3月31日までとされた。Dが被告学校において担当したのは就職事務であり,企業から求人を得たり,就職事務のコンピュータ化を図る事務を行っていた。また,Aは,同9年4月1日,就職部就職指導課の職員として被告に採用され,同10年4月1日,教務部教務二部長代理となり,同11年9月1日,教頭に就任した。なお,Aは,教頭就任後の同12年度にもクラス担任を務めたり,授業も担当していた。この他,FやG等,被告学校には,事務職員として重要な地位を占めつつもクラス担任を務める者も存在する。(<証拠略>,証人D,同A)
イ 以上の認定事実及び上記争いのない事実等に基づいて判断する。
(ア) 労働契約において,職種限定の合意があり,それが契約の内容となっている場合には,労働者の同意がない限り,その範囲を超えて配転を行うことは許されないと解すべきである。もっとも,職種限定の合意が労働契約において明示されていない場合であっても,職務の性質,採用時の具体的事情及び採用後の勤務状況等を総合考慮して黙示の職種限定の合意が認められることもあると解すべきである。
(イ) これを本件についてみるに,
a 本件労働契約締結当時の被告学校の就業規則では「職員は勤務の配置転換又は職務の変更を命じられたときは,速やかに事務引継ぎを行い,新任部署につかなければならない。」と規定されていたのであり,職種限定の合意に関する定めはなかった。また,本件労働契約では,被告は,原告を職員に採用した上で,被告学校の教諭を命じたに過ぎず,教諭として採用したわけではない。さらに,採用面接手続では,教員以外の職種への配転があり得るとの説明はなかったが,逆に教員以外の職種への配転はないということが明言されることもなかった。以上により,本件労働契約において,原告の職種を教員に限定する明示の合意があったと認めることはできない。
b 次に,黙示の合意の有無について検討する。確かに,原告は,本件労働契約締結の時点で,小学校,中学校教諭の免許及び高等学校における社会科の教諭の免許を有していただけでなく,教員として10年を超える経験を有しており,同契約締結前の採用面接手続においても,当事者間で教諭免許及び教員経験が前提とされていた。そして,実際に原告は,本件配転命令前までビジネス行政学科等の教員として勤務していた。しかし,他方,
(a) 原告は,本件配転命令前まで,OA実習,秘書検定,簿記,ビジネスマナー,経済学及び一般教養等の授業を担当していたのであり,原告が有する高校の社会科教諭免許に基づく授業そのものを担当していたわけではない。そして,このことは専門学校において勤務する以上本件労働契約締結当初から半ば予想されていたことであるから,同契約締結時に当事者間で同免許の存在及び日本史や世界史等を担当する教員としての経験が重視されていたということはできない。
(b) 被告学校は,学校教育法上の高等学校等とは異なり,企業をはじめとする実社会の要請に敏感に対応すべき性格を有する専門学校であるから,そこで実施される学科も柔軟に変更されることが想定されている(実際,被告学校では,公務員試験合格を重要な目的としていたビジネス行政学科が廃止され,コンピュータ関連の授業が同校の中心的存在となっていくというように学科及び授業の構成が柔軟に変更された。)。そして,学科及び授業構成の変更があった場合には,廃止された学科及び授業を担当していた教員を解雇することなく教員以外の職務を担当させるとすることも合理的な人事政策といえる。上記のような学科及び授業構成の変更は,本件労働契約締結後のことではあるが,同契約締結時においても,少なくとも被告には,このような人事政策を採用することを排除する意思はなかったと推認できる。
(c) 原告は,本件配転命令を受けた後,短期間のうちに団交を申し入れたことはなく,文書により不服ないし抗議の意思を示すこともなかった。しかし,原告は,平成11年から同12年にかけて,数回にわたって被告学校の運営状況の問題点等について,文書により意見を述べたのであり,このような原告の行動傾向や合意違反の重大性にかんがみると,本件労働契約締結時に,教員に職種を限定する黙示の合意があったならば,本件配転命令後,早期に私教連へ加入して団交を申し入れたり,文書による抗議等をすることにより明確な意思表示があってしかるべきである。
(d) 本件労働契約締結時の資格手当制度において,専門学校職員で,その教育に関連する各種の資格検定等の資格取得者に対して,資格手当を支給すると規定されており,資格手当が教員のみに支給されることにはなっていなかった。
また,原告は,教員としての資格ではなく秘書検定1級の資格に基づき,平成8年4月から初めて同手当の支給を受け始めたものであり,本件配転命令により,教員としての職務の割合が激減した後も同制度廃止時まで支給を受け続けており,このことは職種限定の合意の事実に沿わない。さらに,被告学校における就業規則では,教員と事務職員との間で給与体系及び待遇に区別は設けられておらず,実際の運用がこれと異なるとの証拠もないのであり,この点で相互の異動を妨げる事情はない。したがって,原告が資格手当の支給を受けていた時期があるとしても,これにより教員に職種を限定する合意があったと推認するには飛躍がある。
(e) 教育基本法やILO勧告の規定により抽象的には教員の身分を尊重すべきであるとはいえるが,個別の労働契約において,教員に職種を限定する合意があるか否かは,各契約ごとに契約の状況,学校の性質,勤務実態等の具体的事実を勘案して判断すべきであり,上記規定から直ちに教員の職種限定の合意を認めることはできない。また,原告は,新聞に掲載された教員募集広告を見て,教員としての採用を前提に応募したと主張し,これに沿う証拠として原告本人の陳述書(<証拠略>)の記載及び供述もあるが,応募の状況が契約内容に直ちに反映するかは別としても,同広告は証拠として提出されておらず,他に職種限定の合意の存在を裏付けるに足りる証拠はない。
(f) Dは,平成10年3月3日,被告において職務は教諭として嘱託職員に関する契約を締結したが,実際に被告学校において担当したのは就職事務であった。また,Aは,同9年4月1日,就職部就職指導課の職員として被告に採用され,同11年9月1日には教頭に就任したにもかかわらず,同12年度にもクラス担任を務めたり,授業も担当していた。さらに,被告学校には,事務職員として重要な地位を占めつつもクラス担任を務める者も存在した。このように被告学校の実態としては,採用,配転状況等について事務職員と教員との間に厳格な区別がなされていたとはいいにくい。
(g) 上記(a)ないし(f)を総合考慮すると,本件労働契約について,教員に職種を限定する黙示の合意があったと認めることはできない。
c 以上によれば,本件労働契約について,明示,黙示を問わず,教員に職種を限定する合意があったと認めることはできない。
(2) 配転命令権の濫用
ア 後掲各証拠及び上記争いのない事実等を総合すれば,次の各事実が認められる。
(ア) 平成8年7月ころ,被告学校では,学生の体験入学に出勤した教職員に対し,昼食の弁当が支給されていたところ,原告も体験入学時に出勤し,いったんは弁当を受け取った。しかし,Cとの間で支給の正当性に関する見解の不一致を生じ,後に弁当を返還した(別紙一覧表整理番号1)。(<証拠略>)
(イ) 平成9年4月,原告は,就職部就職指導課課長補佐となった。当該職務は,企業訪問活動を行うこともあり得る職務であったが,原告自身が本件配転命令前に企業訪問を行った回数は10数回に止まった。そして,原告は,このころ,企業訪問業務の見直しや企業訪問計画に関して積極的に意見を述べた。(別紙一覧表整理番号4)。(<証拠略>,証人B,原告本人)
(ウ) 平成9年6月から9月ころ,原告は,Bに対し,被告学校が公表している就職内定率が正確でないので改善すべきであるとの意見を述べた(別紙一覧表整理番号5)。(<証拠略>,証人A,原告本人)
(エ) 平成9年8月ころ,原告は,就職部就職指導課において同年4月採用のAの上司であったが,同人が被告学校の別館にあった同部企業情報課においてBと会話していたところ,原告が本館にあった同部就職指導課へ戻るように注意した。これに対し,Aは,企業訪問を行うのに必要な地図を借りに来たと述べた。その後,戻るときに原告がAの後ろからついて行ったところ,Aは,原告に対し,あなたは私の言論の自由と行動の自由を奪うのかと述べたことがあった。(別紙一覧表整理番号6)。(<証拠略>,証人A,原告本人)
(オ) 平成9年10月ころ,原告は,事務局の事務職員に対し,検定申込みに関する従前の取扱いの改善を求め,校内締切日を延期して欲しいとの要望を述べた。また,再度事務局に行って,延期についての検討結果を聞いた(別紙一覧表整理番号8)。(<証拠略>)
(カ) 原告は,被告学校に勤務する前に在籍していたg学園及び同学院では,校務分掌として,進路指導部を担当し,その部長になったこともあった。ここにいう進路指導部とは,教師が直接生徒に対し就職指導をする際,教師間の連絡調整を行ったり,求人票を公開するというものであった。また,原告は,平成8年度,教員として被告学校のビジネス行政学科及び情報ビジネス学科を担当していたが,同時に学生部就職指導課に配属され,同課主任として,就職センター等が収集した情報に基づき生徒に就職指導する任務にも当たっていた。また,原告は,同9年4月には,就職部就職指導課課長補佐に就任し,就職情報を各教員に伝達する業務を主として担当していた。なお,就職センターやそれが改名した企業情報課は,企業訪問活動を主として担当していたが,就職指導課においてもA等は企業訪問活動を相当程度の回数行っていた。原告も平成8年度には8回企業訪問を行ったが,同9年度には,前年よりも企業訪問の回数は減っていた。(<証拠略>,証人D,同A,同B,原告本人)
(キ) 本件配転命令当時,就職部部長代理として企業訪問活動を行っていたDの被告学校との労働契約期間は,平成11年3月31日までとなっており,更新は行わないとされていた。また,Dは,本件配転命令当時70歳を超えており,同8年秋には脳梗塞のため入院したことがあった(もっとも,Dは,その後退院し,企業訪問活動を行っていた。)。さらに,原告が担当していたビジネス行政学科は,本件配転命令の時点で,同11年3月に全面的に廃止されることが決定されていた。(<証拠略>,証人D,同A,原告本人)
イ 以上の認定事実及び上記争いのない事実等に基づいて判断する。
(ア) 労働契約において職種限定の合意がなく,使用者が労働者に対して同意を得ずに配転を命ずる権限を有する場合であっても,業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存する場合であっても,当該配転命令が他の不法な動機・目的をもってなされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等特段の事情の存する場合には,当該配転命令は権利の濫用として無効となると解するのが相当である。もっとも,業務上の必要性の判断に当たっては,当該配転が余人をもっては容易に替え難いといった高度の必要性に限定することは相当でなく,労働力の適正配置,業務の能率増進,労働者の能力開発,勤務意欲の高揚,業務運営の円滑化など企業の合理的運営に寄与する点が認められる限りは,業務上の必要性の存在を肯定すべきである。
(イ) これを本件についてみるに,
a まず,業務上の必要性について検討すると,
(a) 原告の教員としての適格性に関して,被告が主張する別紙一覧表整理番号2,3,7,9の事実については,これらに沿う証拠(<証拠略>,証人A,同B)もあるが,いずれもあいまい,不明確な記載又は証言に過ぎない上,これらを裏付けるに足りる証拠もないので,事実と認めることはできない。また,同整理番号1,4,5,6,8の事実については,暴言や暴力等があったことを裏付ける証拠はなく,上記ア(ア)ないし(オ)で認定した限度でこれらの事実を認めることができるに過ぎない。
しかし,原告が体験入学時の弁当支給,自己が行うことは少数に止まった企業訪問業務等の他者の職務権限事項について,積極的かつ批判的に意見を述べたために,原告とCをはじめとする事務局の職員,Bをはじめとする企業情報課の職員及びAとの間において,あつれきを生じていたことが推認できる。少なくとも本件配転命令前,原告は,被告学校内の複数の事務職員との間で円満な人間関係を築くことができなかったということができる。また,上記ア(ア)ないし(オ)で認定した事実によると,原告には,意見表明を行う際に表現方法において他者の誤解を招きかねない点があったといえるし,学校運営に関して意見を述べる際にやや独断的傾向が見られたともいえる。そうすると,原告の協調性等には問題があったのであるから,組織人としての適格性に問題があったといわざるをえない。そして,企業訪問業務を主として行うために日中は被告学校にいないことが多くなる本件配転命令を行えば,結果としてあつれきが生じていた事務職員との接触が少なくなるのであるから,同配転命令は,労働力の適正配置,原告以外の事務職員の業務の能率増進及び業務運営の円滑化に資するといえる。
なお,原告は,本件配転命令に際して,教員として不適格である理由を告げられていないと主張するが,懲戒処分とは異なり,かつ,それと同視することもできない本件配転命令について,理由を告げないからといって権利濫用を基礎付ける事実とはなりえない。
(b) 確かに,原告は,被告学校に勤務する前に在籍していた学校や本件配転命令前に所属していた就職指導課においては,企業訪問の経験が多かったとはいえない。しかし,少ないとはいえ企業訪問の経験があったことや就職指導課の他の職員は企業訪問活動を相当程度の回数行っていたのであり,同課に所属していた原告にも企業訪問活動を相当程度の回数行う可能性があったこと等からすると,本件配転命令は,労働力の適正配置,業務の能率増進,労働者の能力開発,業務運営の円滑化に資するといえる。
(c) 本件配転命令の時点でDが当該年度終了時に退職することが予定されていたこと,高齢かつ脳梗塞で入院した経験があったことからすると,当該年度にはDが企業訪問活動を行っていたとしても,本件配転命令により,翌年度に備える意味があったといえる。また,本件配転命令前に原告が担当していた学科が同命令の時点で当該年度終了時に全面的に廃止されることが決定されていたことから,その意味でも,本件配転命令は,翌年度に備える意味を有していたといえる。したがって,本件配転命令は,労働力の適正配置,業務の能率増進,労働者の能力開発,業務運営の円滑化に資するといえる。
(d) 以上の(a)ないし(c)を総合考慮すると,本件配転命令は,被告学校の合理的運営に寄与するといえ,業務上の必要性が存したと認められる。
b 次に,上記特段の事情の存する場合といえるかについて検討すると,
(a) 上記a(a)で判断したとおり,本件配転命令時点で,原告と被告学校の複数の事務職員との間には,あつれきを生じていた。また,上記a(a)で判断したとおり,原告には,意見表明を行う際に表現方法において他者の誤解を招きかねない点があったことや学校運営に関して意見を述べる際にやや独断的傾向が見られた。ところで,被告学校に限らず,組織・集団においては,価値観や性格の異なる多数の人間が協同して事務処理等を遂行するのであるから,単に自己の意見や不満を単刀直入に述べるだけでなく,相手方の立場にも配慮した上で意見や不満の表明方法を工夫すること等により,円満な人間関係を築く努力も必要である。そして,原告は,現実に自らが行った意見や不満の表明により,複数の事務職員と円満な人間関係を築くことができなかったといわざるをえず,この事実により被告が原告について協調性が欠ける人間として対処したことが容易に推測できる。このことは,仮に原告が強い正義感を有し,理不尽や不正を嫌って被告学校の運営に対して意見を述べることを厭わなかった結果としてもたらされたとしても同様である(もっとも,原告が別紙一覧表原告の主張欄において指摘する被告学校の理不尽や不正について,証拠としては原告本人の陳述書〔<証拠略>〕の記載や供述があるに過ぎず,これらを裏付けるに足りる証拠はなく,事実と認めることはできない。)。したがって,被告は,原告を協調性が欠ける人間であるとした上でその適切な処遇を図るという動機・目的に基づいて本件配転命令を行ったと認められる。
(b) 原告は,いわゆる結核事件が本件配転命令の真の理由であると主張し,これに沿う証拠として原告本人の陳述書(<証拠略>)の記載及び供述もあるが,他にこれを裏付けるに足りる証拠はなく,事実と認めることはできない。
(c) 以上の(a)及び(b)を総合し,本件配転命令が労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるときといえるかについては何ら主張立証がないことも併せ考えると,本件配転命令には上記特段の事情が存すると認めることはできない。
c 以上のa及びbにより,本件配転命令には業務上の必要性が存し,上記特段の事情も存しないことに加え,上記(1)イ(イ)b(c)で判断したとおり,原告は,本件配転命令を受けた後,短期間のうちに団交を申し入れることはなく,文書により不服ないし抗議の意思を示すこともなかったことも併せ考えると,同命令は権利の濫用として無効とはならない。
(3) 以上の(1)及び(2)より,本件労働契約には職種限定の合意はなく,配転命令権の濫用もないので,原告が被告に対し,被告学校における専任の教員としての地位にあることを確認することはできない。
2 争点(2)(本件解雇)について
(1) 解雇権の濫用
ア 後掲各証拠,上記争いのない事実等及び弁論の全趣旨を総合すれば,次の各事実が認められる。
(ア) 平成13年2月15日の本件記録表提出前の問題行動等
a 原告は,平成11年3月ころ,求人票発送方法等を巡ってBと口論になり,同人の机を叩いた(別紙一覧表整理番号12)。(<証拠略>,証人B)
b 原告は,平成11年7月下旬,H学生部部長代理(以下「H」という。)と口論し,同人が胸につけていたネームプレートを外して地面に投げつけた。(別紙一覧表整理番号14)。(<証拠略>,証人A,同B,原告本人)
c 原告は,I教務課課長補佐(以下「I」という。)に対し,平成11年11月中旬から下旬にかけて,インターネットの設備関係に関して,直接要望事項を申し入れた(別紙一覧表整理番号17)。(<証拠略>)
d 原告は,Iに対し,平成12年1月27日19時ころ,被告学校クリエイティブ館において,同人が出入りの業者と打合せをしている際,当該行動について苦情を述べた。また,同日19時30分ころ,同館の応接室において,Iが関与した被告学校の次年度予算について苦情を述べた。その際,原告が机を叩くことがあり,その後,女性教員が応接室に入ってきて,原告を非難した。(別紙一覧表整理番号18及び19)。(<証拠略>)
e 原告は,平成12年2月21日から同年3月22日まで7回にわたり,上司の指示なく,その了解も得ずに,被告学校の運営に関する原告の意見を記載した書面を被告のM学園長,L理事長及び,J本部長に対し送付したり,被告学校の教員室で行われた朝礼において,教員に対し配布した(別紙一覧表整理番号22ないし24,26ないし28,30)。(<証拠略>,証人B,原告本人)
f 原告は,当時のM学園長・校長に対し,平成11年4月26日,同月の定例朝会において,E副校長と行き違いが生じ,結果として学園長・校長に迷惑をかけたとして始末書を提出した。また,Aは,原告に対し,同12年4月4日,別紙一覧表整理番号10,13ないし30等の問題行動があったとして,始末書を提出するよう要求する業務指示をした。これに対し,原告は,同日,始末書を提出したが,Bが始末書の宛名,学校名等を訂正して再提出するよう指示した。さらに,Aは,同月10日,Bと同様の指示内容及び同月7日に同月4日の業務指示の趣旨をないがしろにするビラ配布を行ったとして,始末書の再々提出を要求した。これに対し,原告は,同月11日,始末書を提出したが,同月13日,Aは,当該始末書の記載は容認できないものであり,さらに始末書の提出を要求した。その後,被告は,同年5月12日,上記同年4月4日の業務指示と同じく別紙一覧表記載の問題行動があったことに加えて上記同月7日ビラ配布を理由として,原告を本件戒告処分とし,同年6月30日には,本件降格処分及び本件減額処分とした。(<証拠略>,証人A,原告本人)
g 原告がBに対し,平成12年8月19日,本件降格処分及び本件減額処分について,その理由について質問状を提出したところ,Aは,原告に対し,同月31日,これまで説明したとおりであるとの記載をした通知書を交付した。また,Aは,原告に対し,同日,原告がBに対し,攻撃的な言動により上記質問状の回答をするよう要求したとして,弁明書の提出を求めた。これに対し,原告は,Aに対し,同人による上記要求を記載した書面上,原告の名の記載に不備があるとして,原告宛てではないと解釈する旨伝えた。その後,同年9月8日ころまで,不備についての両者のやり取りが数回あった。さらに,被告の理事長は,同月11日,原告と面談して上記経緯を指摘し,注意を与え,これに関する原告の意見を述べるよう求めた。そして,Aは,原告に対し,同月18日,上記意見を具体的に明らかにした書面を提出すること及び上記同年8月31日に指示した弁明書の提出等を再度求めた。(<証拠略>,証人A,原告本人)
(イ) 本件記録表を使用した報告についての指示等
a 被告学校では,平成7年当時,就職業務を一括して就職指導センターが担当していたが,そのころ学生数が大幅に増加したため,学生の就職先を確保するためには,従来の求人票や求人情報の入手状況では賄いきれなくなり,同8年には,求人の確保が重要な課題となった。そこで,同年4月,就職業務を求人確保や開拓等を目的として対外的に企業訪問を行って企業情報,採用情報及び求人票の獲得を目的とする企業管理と対内的に学生と接触して就職指導や就職紹介等を行う学生管理とに分けて,前者を就職センターで担当し,後者を学生部就職指導課で担当することになった。もっとも,実際には,求人情報の絶対数を確保するために学生部就職指導課でも企業訪問を行っており,同課が学生部から就職部に所属が変わった後もそうした事態に変更はなかった。(<証拠略>,証人D,同A,同B,原告本人)
b 就職センターでは,同センターや就職指導課の職員が企業訪問を行い,その記録を作成して,情報を蓄積,管理し,就職指導に活用することになった。企業訪問の結果報告は,平成8年度までは同センターと同課がそれぞれ別の書式を使用して行っていたが,同9年度に同センターが就職部企業情報課となり,就職指導課が学生部から就職部に所属が変わった際,就職部として両者の統一書式を作成することになった。そして,同年5月ころ,統一書式(以下「本件書式」という。)が当時の就職部部長代理D及び原告によって作成された。そして,Dは,Bに対し,同月下旬ころ,企業訪問の結果報告に当たり,統一書式を使用するよう指示した。また,D,B及び就職指導課の担当者が企業訪問を行ったときには,これに記入して報告しており,原告は,当時就職指導課の部下であったAに対し,企業訪問の結果報告の際には,本件書式を使用するように指示していた。その後,同12年末ころ,本件書式の訪問目的欄が情報所感及び対応欄に変更され,同欄に到着時間を書くようになった。これが本件記録表である。(<証拠略>,証人D,同B,原告本人)
c 原告は,本件配転命令により就職部企業情報課に異動となったが,そこでは,主として企業を訪問して担当者と面談するなどして,就職情報を入手する業務を担当していた。原告は,当時同課の課長として原告の上司であったBに対し,本件配転命令直後の平成10年4月ころ,企業訪問の結果報告を業務日報を作成して提出して行いたいと申し出たところ,Bはこれを了承した。そして,原告は,Bに対し,平成10年4月初旬から同年5月末ころまで,業務日報と題する書面を提出しており,そこには,企業訪問を行った地区や訪問企業数が記載されていたが,それは本件書式を使用してなされたものではなかった。また,原告は,Bに対し,同年6月初旬,企業訪問報告と題する書面を提出したが,これには同年4月から同年6月までに企業訪問を行った地区及び訪問企業数が記載されていた。(<証拠略>,証人B,原告本人)
d 原告は,Bに対し,平成11年6月から同年11月にかけて,企業情報と題する書面を提出するなどして,企業訪問の結果報告をした。同書面には,各企業の採用方針,採用試験の日程,採用人数,採用対象者及び職種等の就職情報が記載されていた。また,これとは別に,原告は,被告学校に対し,同年10月ころ,同年5月から同年9月までの企業訪問状況をまとめた報告書を提出し,Bのほか,当時教頭となっていたA,教務部長及び学生部長等に回覧された。同報告書には「新企業情報一覧」と題する被告学校のコンピュータからプリントアウトされた書面が添付されており,同書面には,企業コード,社名,郵便番号,住所及び電話番号が不動文字で記載され,これに手書きで訪問日,削除,対応した者,採用予定,住所の訂正等が記載されていた。さらに,同書面は,不動文字が二重線で削除されたり,その部分にKの印が押されていたほか,Bが確認したことを示す印が押されていた。そして,企業情報課では,同課職員であったKが同報告書の記載に沿って住所の訂正等をコンピュータに入力していた。(<証拠略>,証人B,原告本人)
e 上記争いのない事実等(6)記載の平成12年4月4日の始末書の提出を原告に求める業務指示及び同年5月12日の原告に対する本件戒告処分においては,企業訪問の結果報告の仕方に問題があるといった言及はしていない。また,同年9月11日,被告の理事長と原告との面談が行われたが,ここでも企業訪問の結果報告の仕方について問題があるとの指摘はなされていない。さらに,Bは,同年12月,原告と翌年度4月までの業務の打合せをして,挨拶回りや企業訪問の時期,企業訪問を行うべき地域や重要拠点地区を決めたが,その際にも上記企業訪問の結果報告の仕方の問題性については触れられていない。(<証拠略>,証人B,原告本人)
(ウ) 原告から提出された本件記録表の内容等
a 被告学校において平成9年4月22日から同年5月16日までに行った企業訪問の結果報告として提出したとされる求人開拓等企業情報と題する書面の企業概要・情報欄には,就職の対象者,採用予定等の具体的な情報が記載されていた。ところが,Bが同年5月19日及び同月20日の企業訪問の結果報告として本件書式を使用して提出したとされる企業訪問記録と題する書面では,その訪問目的欄(本件記録表の情報所感及び対応欄に相当する。)の求人依頼という不動文字に丸印が付してあるだけであり,具体的な就職情報はほとんど記載されていなかった。なお,これらの書面には上司の決裁印等はまったくない。(<証拠略>)
b Bは,平成12年7月ころ,原告が企業訪問活動に出発する時間等に問題があると考えて,同月3日から本件解雇直前まで,自分のデスクダイアリーに原告の企業訪問の出発時間等を記録していたが,その後,デスクダイアリーを処分した。そして,同月4日から同年12月27日までのBによる記録と原告の報告とでは,訪問日や出発時間等に相違があったが,訪問日の相違は同年8月30日だけであり,出発時間等の相違は,大きい場合でも1時間程度に過ぎなかった。(<証拠略>,証人B)
c 原告は,本件配転命令以降,上記(イ)c及びdのような形式で企業訪問の結果報告をしたことがあり,「新企業情報一覧」を使用した企業情報の収集を平成13年1月10日ころ及び同月19日ころにも行っていた。このように,原告は,本件配転命令後,本件書式又は本件記録表を使用して企業訪問の結果を報告していなかったが,上記争いのない事実等(8)記載の同月12日及び同月17日の業務指示により,原告は,Bに対し,同月ころ,本件記録表に同月5日から同月12日までの情報を記載して提出し,Bはこれを預かった。また,原告は,Bに対し,同月17日以降本件解雇まで,ほぼ毎日,本件記録表に当日の企業訪問の結果報告を記載して提出した。Bは,本件記録表を使用したこれらの結果報告に対し,情報所感及び対応欄等の情報に不足があるとの指摘はしなかった。また,Aも当該報告を見ており,情報所感及び対応欄が不十分であると認識していたが,その旨原告に指摘しなかった。(<証拠略>,証人A,同B,原告本人)
d 本件解雇前の平成13年1月31日に行われた第4回目の本件団交(以下「本件第4回団交」という。)では,同月12日及び同月17日の業務指示によって提出が要求されていた企業訪問の結果報告について,どのような形式で提出するかが議論された。原告は,教頭として参加していたAをはじめとする被告学校幹部(以下「Aら」という。)に対し,同業務指示では,同12年7月1日以降同年12月27日までの企業訪問の結果報告を本件記録表に記載するに当たって,手書きにより作成することが要求されているが,記載すべき情報はパソコンに保存してあるのでこれをプリントアウトして提出する旨述べた。そして,Aらと原告は,このような方式による提出とすることを合意した。また,原告とBは,別途,企業への到着時間は記載しなくてもよいと合意した。その後,同13年2月14日に第5回目の本件団交(以下「本件第5回団交」という。)が行われた。(<証拠略>,証人A,同B,原告本人)
e 原告は,Bに対し,本件第5回団交後の平成13年2月15日,同12年7月1日から同年12月27日までの企業訪問の結果報告を行った。当該報告は,本件記録表の形式でなされており,表面には訪問者,年月日,出発時間等,添付書類,名刺受理枚数,新規開拓社数及び特記事項欄があったが,添付書類及び新規開拓社数はすべて無し,0社とされ,名刺受理枚数は大部分が0枚と記載されていた。また,裏面には,企業コード,産業コード,社名,郵便番号,住所,担当者職名,担当者名,電話番号及び内容等の欄がある紙が貼付されていたが,特定の年月日に原告が訪問したとされる会社名等が具体的に記載されているほか,内容欄は「校名変更の案内&求人依頼」「社名変更」「採用無し」「確認(求人票あり)」「住所変更」という簡単な記述にとどまることが多かった。(<証拠略>,証人A,原告本人)
イ 以上の認定事実及び上記争いのない事実等に基づいて判断する。
(ア) 普通解雇の意思表示は,具体的な事情のもとにおいて,普通解雇に処することが著しく不合理であり,社会通念上相当なものとして是認することができないときには,解雇権の濫用として無効になるものというべきである。
(イ) これを本件についてみるに,
a 平成13年2月15日の本件記録表提出前の問題行動等
(a) 原告の問題行動に関して,被告が主張する別紙一覧表整理番号10,11,13,15,16,20,21,25及び29の各事実については,これらに沿う証拠(<証拠略>,証人A,同B)もあるが,いずれもあいまい,不明確な記載又は証言に過ぎない上,これらを裏付けるに足りる証拠もないので,外形的事実は別として原告に問題行動があったと認めることはできない。また,同整理番号12,14,17ないし19,22ないし24,26ないし28及び30の各事実については,上記ア(ア)aないしeにおいて認定したもの以上に暴言や暴力等の問題行動があったことを裏付ける証拠はなく,これらの限度で事実を認めることができるに過ぎない。
しかし,上記ア(ア)aないしeにおける認定事実に限ってみても,口論の際に相手の机を叩いたり,相手が胸につけていたネームプレートを外して地面に投げつけるなど職場における意見の表明の仕方において不適切と思われる言動があったことは否定できない。
(b) これらの認定事実を理由に含む平成12年4月4日の始末書提出要求を巡って,同日以降,原告と被告との間に対立が生じ,始末書の再提出要求,再々提出要求等がなされ,当該問題が解決しないまま,本件戒告処分,本件降格処分及び本件減額処分に至った。また,その後も同年8月19日の原告による本件降格処分及び本件減額処分についての質問状を巡って原告と被告との間で対立が生じ,理事長による注意がなされるまでに至った。
これら一連の過程の中では,Aが提出した書面上,原告の名の記載に不備があるとして,原告宛てではないと解釈する旨伝えるなど,上記(a)で判断したような不適切な言動を繰り返したことを理由に処分を受けるべき原告の対応面においていささか相当ではない点があったことは否定できない。
b 本件記録表を使用した報告についての指示
(a) 原告は,Bに対し,平成10年4月初旬から同年5月末ころまで,業務日報と題する書面を提出し,同年6月初旬,企業訪問報告と題する書面を提出した。また,同11年6月から同年11月にかけて,企業情報と題する書面を提出し,これとは別に,被告学校に対し,同年10月ころ,同年5月から同年9月までの企業訪問状況をまとめた報告書を提出した。これらは,本件書式又は本件記録表を使用して企業訪問の結果報告がなされたものではなかったが,企業訪問を行った地区,訪問企業数が記載されていたり,各企業の採用方針等の就職情報も記載されていた。そして,これらの情報に従って被告学校のコンピュータが管理する企業情報に随時,訂正や補充等がなされていた。したがって,上記報告は,本件書式又は本件記録表による企業訪問の結果報告に相当するものといえる。
(b) 上記報告は,いずれもBが確認していたし,平成11年10月ころに提出された報告書は,Aらにも回覧されていた。それにもかかわらず,同12年4月4日の業務指示,同年5月12日の本件戒告処分,同年9月11日の原告と理事長の面談及び同年12月の原告とBとの業務打合せにおいては,いずれも企業訪問の結果報告の仕方に問題があるとの指摘はなされていない。このことは,もし,本件配転命令後,原告に対し,本件書式を使用して企業訪問の結果報告をせよとの指示があったとするならば,それと矛盾する不可解なことといわざるをえない。本件配転命令後の原告の主たる担当業務が企業訪問であったことにかんがみると,被告学校から見て上記報告では不十分であり,本件書式を使用すべきとの方針が重要なことであるならば,当然その旨本件戒告処分等において言及されてしかるべきである。また,上記報告のほかにはまったく企業訪問の結果報告がなされていなかった場合も同様であり,その場合には本来の業務がまったくなされていないのであるから,必ずその旨指摘されたはずである。
(c) これに対して,被告は,原告に対し,本件配転命令後,企業訪問の結果報告を本件書式又は本件記録表を使用して行う旨指示していたと主張し,これに沿う証拠として証人Bの陳述書(<証拠略>)の記載及び証言並びに証人Aの証言もあるが,他にこれを裏付けるに足りる証拠はない。
(d) 以上の(a)ないし(c)を総合考慮すると,本件配転命令後,平成13年1月12日及び同月17日の業務指示まで,原告は,上記報告のような形式又は口頭によるかはともかく,企業訪問の結果報告を行っており,被告から原告に対して,本件書式又は本件記録表を使用して報告する旨の指示はなかったものと認められる。
c 本件書式の作成
確かに,原告は,Dとともに,平成9年5月ころ,本件書式を作成しており,当時の被告学校の担当者が企業訪問を行ったときには,その結果報告を本件書式に記入することによって行うこともあった。しかし,上記aのとおり,原告は,被告学校から本件書式又は本件記録表を使用して企業訪問の結果報告を行うように指示されたことはなかったし,他の形式で相当程度の情報が盛り込まれた企業訪問の結果報告を行っていた。したがって,自ら本件書式を作成したからといって,原告に本件書式又は本件記録表を使用して企業訪問の結果報告を行うべき義務があったとはいえない。
d 原告から提出された本件記録表の内容等(情報所感及び対応欄)
(a) 確かに,原告が平成13年2月15日に提出した企業訪問の結果報告は,被告の要求どおり,本件記録表の形式でなされたものの裏面の内容欄は簡単な記述にとどまることが多かった。そうすると,企業訪問の目的が具体的な就職情報を蓄積,管理し,就職指導に活用することにあり,その観点から重要となる本件記録表の情報所感及び対応欄(裏面の内容欄に相当する。)の記載としては不十分であったといえなくもない。
(b) しかし,Bが平成9年5月19日及び同月20日の企業訪問の結果報告として本件書式を使用して提出したとされる企業訪問記録では,情報所感及び対応欄に相当する記載は,上記本件記録表の記載よりも簡単なものにとどまっている。これが実際に企業訪問の結果報告として当時提出されたかは別としても,被告が訴訟において証拠として提出していることからすると,被告が当時同欄の記載を重視していなかったと見る余地もあり,その後,当該姿勢が変更されたとの事実も認められない(なお,証拠〔<証拠略>〕によると,同年10月13日分の企業訪問記録では訪問目的欄に一定の内容が記載されているが,原告の報告内容と大差があるわけではない。)。それにもかかわらず,上記aで認定したとおり,本件記録表を使用した報告を指示していなかった同12年7月1日から同年12月27日までの報告について,情報所感及び対応欄を遡って充実した記載とすべきと要求することは原告に対して過大な要求という面が強い。
(c) 平成13年1月12日及び同月17日の業務指示により,原告がBに対し提出した本件記録表のうち,同月5日から同月12日までのもの及び同月17日以降本件解雇までほぼ毎日提出された企業訪問の結果報告について,被告から情報所感及び対応欄等の情報に不足があるとの指摘はなかった。当該報告の同欄の記載状況は明らかではないが,同年2月15日に提出された本件記録表の内容と同様のものであったと推認できる。そうであるならば,Bは,原告に対し,同年2月15日に本件記録表が提出される前に,さらに具体的に記載するよう指示することは十分可能であったものであり,相当程度の内容が要求されていることを原告に具体的に知らしめることができた。このような指示をしていないBの態度は,真摯に業務指示内容を原告に実現させようとしていたのかについて多大な疑問を抱かざるをえない。
(d) 原告が平成11年6月から同年11月にかけて,Bに対し提出した報告書には,各企業の採用方針,採用試験の日程,採用人数,採用対象者及び職種等の就職情報が記載されており,被告が求める情報所感及び対応欄の記載としてはこの程度の情報があれば十分であった。また,これとは別に,原告が同年10月ころ,被告学校に対し提出した同年5月から同年9月までの報告書に添付されていた「新企業情報一覧」には各企業の採用方針等の就職情報も相当程度記載されており,情報所感及び対応欄の記載として十分であった。さらに,同書面に基づく企業情報の収集は,同13年1月10日ころ及び同月19日ころにも行われていた。これらの事実に加えて上記aで判断したとおり,原告が本件配転命令後,同月12日及び同月17日の業務指示まで,形式は別として企業訪問の結果報告を行っていたことからすると,原告は,本件配転命令以降本件解雇に至るまで「新企業情報一覧」に基づき企業訪問を行っていたことが推認できる。そして,同11年6月から同年11月にかけて「新企業情報一覧」を使用した報告がBになされていることや何も情報がないままで企業訪問はできないことからすると,被告は,原告が「新企業情報一覧」を使用して企業訪問をしていたことを認識し得たはずである。そうすると,同年2月15日に原告から本件記録表が提出され,その情報所感及び対応欄が不十分であったことが明らかになった時点では,それらの情報が「新企業情報一覧」に具体的に書き込まれている可能性もあり,被告もそのことを認識していたの(ママ)あって,再提出を求めれば情報所感及び対応欄に相当の情報が記載された可能性もある。それにもかかわらず,被告は,再提出を要求していない。
(e) 以上の(a)ないし(d)を総合考慮すると,原告が平成13年2月15日に提出した本件記録表の情報所感及び対応欄の記載が不十分であったとしても,その責任を原告のみに負わせることは不当である。
e 原告から提出された本件記録表の内容等(企業訪問の事実の有無)
(a) 確かに,原告が平成13年2月15日に提出した本件記録表では,添付書類及び新規開拓社数はすべて無し,0社と記載され,名刺受理枚数は大部分が0枚と記載されているのであり,実際に企業訪問を行っていたのか疑問が生じないわけではない。
(b) しかし,上記aにおいて判断したとおり,Bは,本件記録表による報告の対象となった平成12年7月1日から同年12月27日までの期間も原告から企業訪問の結果報告を受けていたところ,それにもかかわらず,原告が実際に企業訪問をしていなければ,報告内容や原告の行動状況等から,そのことに気付くはずである。ところが,同年9月11日の原告と理事長の面談及び同年12月の原告とBとの業務打合せにおいては,いずれも企業訪問に言及していない。また,Bがこれに気付いたことを窺わせる証拠はない。
(c) 企業訪問の訪問日及び出発時間等に関するBの記録が事実であるかは別としても(Bは,当該記録の原本たるデスクダイアリーを処分しているが,当時本件団交が繰り返し行われており,デスクダイアリーが重要な証拠となることが容易に想像できたことにかんがみると,まことに不可解な行動といわざるをえない。),Bによる記録と原告の報告との間の相違は大きいものとはいえない。また,上記aで判断したとおり,本件記録表の形式での報告の指示はなかったのであるから,本件記録表作成時点で,これに記載すべき出発時間等について原告に記録が残っていなくてもやむをえないというべきである。さらに,原告は,6か月間さかのぼって報告しなければならなかったのであり,出発時間等が多少不正確になってもやむをえない。したがって,Bの記録と原告の報告との間の相違を重視すべきではない。
(d) 本件記録表に上記(a)のような不自然とも思える記載があったことや上記(c)のような相違があったことについては,本件記録表の提出後本件解雇前に,被告が原告に対し,その旨指摘して,原告に釈明を求めて本件記録表の再提出を求めたり,訪問先に問い合わせることなどによって企業訪問の有無を確認することは容易であった。ところが,本件全証拠によるも,被告がそのような行動をとったことは認められず,本件解雇に至っている。本件解雇に至るこのような経緯は,始末書の提出や本件戒告処分等により,原被告の関係が相当程度険悪になっていたとしても,解雇という最終手段の選択場面においては,本件労働契約の一方当事者として誠実な態度とはいえない。
(e) 上記(a)ないし(d)を総合考慮すると,原告が平成12年7月1日から同年12月27日までの間,企業訪問をしていたと認められる上,この点に関する被告の態度は,本件労働契約の一方当事者として誠実な態度ではなかったと認められる。
f 以上のaないしeを総合考慮すると,原告には本件記録表提出前に問題行動等があり,上記争いのない事実等(9)<5>記載の事由に該当する可能性もないではないが,平成13年2月15日の本件記録表の提出に当たって,被告がその提出方法を指摘すること等によって,解雇回避の余地が相当程度あったにもかかわらず,この努力がなされた形跡はなく,かえって本件解雇を実現するために用意周到に解雇理由が準備された様子が窺われる。そうすると,原告を解雇に処することは著しく不合理であり,社会通念上相当なものとして是認することができない。したがって,その余の点を判断するまでもなく,本件解雇は,解雇権の濫用として無効というべきである。
3 争点(3)(未払賃金)について
(1) 上記のとおり,本件解雇は無効であり,原告は,被告に対し,労働契約上の権利を有する地位にある。そうすると,被告は,本件解雇後,原告の就労及び月例賃金の支払を拒絶しているが,本件解雇後も月例賃金を支払うべき義務がある。そして,上記争いのない事実等(2)記載のとおり,被告学校における給与支給の計算期間は当月1日から末日までとされ,その支給日は毎月25日とされていた。また,上記争いのない事実等(10)記載のとおり,本件解雇当時,原告に対して支払われるべき月例賃金(基本給37万0900円,調整手当3万9890円,家族手当2万8000円,住宅手当8800円の合計)は,44万7590円であったところ,この金額は本件解雇前3か月にわたって同額であった。そうすると,被告には,未払の月例賃金として,毎月44万7590円の支払義務がある。
(2) 本件解雇の翌月である平成13年3月から本件訴え提起がなされた同15年2月の前月である同年1月まで(23か月)の月例賃金の合計額は,1029万4570円となる。また,証拠(<証拠略>)によると,被告学校における賞与の支給額は,給与規程上,原則として夏季賞与については給料の2か月,冬季賞与については給料の3か月分とされており,その支払については,毎年7月初旬及び12月初旬に学園の業績・勤務実績及び勤務態度等を勘案して支給するとされていたと認められる。したがって,賞与は,被告学校において,その人事考課ないし成績査定により初めて具体的権利として生じるものであるから賞与に関する原告の請求は理由がない。そして,上記争いのない事実等(10)記載のとおり,被告は,原告に対し,本件解雇において,退職金,解雇予告手当及び上記調整手当の不足分として,合計225万4975円を支払ったのであるから,この金額を控除する。その結果,被告には,上記23か月の期間中の未払の月例賃金として,803万9595円の支払義務がある。
(計算式)447,590×23=10,294,570
10,294,570-2,254,975=8,039,595
(3) 上記(2)のとおり,確定した月例賃金が計算されるとしても,それに含まれない平成15年2月以降も被告には月例賃金の支払義務がある。
もっとも,原告は,労働契約上の地位の確認とともに将来の賃金をも併せ請求するところ,両者を同時に請求する場合には,地位を確認する判決の確定後も被告が原告からの労務の提供を拒否し,その賃金の支払を拒絶することが予想されるなど特段の事情が認められない限り,賃金請求中判決確定後に係る部分については,あらかじめ請求する必要がないと解すべきである。本件においては,上記特段の事情を認めることができないから,原告らの賃金請求中,本判決確定後の賃金の支払を求める部分は不適法であり,却下すべきである。
したがって,被告には,平成15年2月以降本判決確定の日まで,毎月25日限り,44万7590円の支払義務がある。
4 結論
以上の次第であるから,原告の請求は,<1>労働契約上の権利を有する地位にあることを確認し,<2>労働契約に基づく賃金支払請求として803万9595円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である平成15年2月13日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求め,<3>本件解雇の時である同月以降本判決確定の日まで,毎月25日限り,44万7490円(上記3(1)の金額のうち原告が請求する限度のもの。)の支払を求める限度で理由があるので認容し,本件訴えのうち,本判決確定日の後に支払期日の到来する賃金の支払を求める部分を却下し,その余は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 清水研一 裁判官 中俣千珠 裁判官 西前征志)