さいたま地方裁判所川越支部 平成19年(ワ)252号 判決 2010年8月26日
主文
1 被告が原告に賃貸している別紙物件目録記載の建物の賃料は、平成18年4月1日以降1か月850万円であることを確認する。
2 被告は、原告に対し、3175万6750円及び内金である別紙1「賃料支払一覧表」の「過払賃料額」欄記載の各金額に対する同表「利息発生日」欄記載の各日から支払済みまで年1割の割合による金員を支払え。
3 原告の第1事件におけるその余の請求及び被告の第2事件における請求はいずれも棄却する。
4 訴訟費用は、第1事件及び第2事件を通じ、これを3分し、その2を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
5 この判決は、第2項及び第4項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
1 第1事件
(1) 被告が原告に賃貸している別紙物件目録記載の建物の賃料は、平成18年4月1日以降1か月663万5135円であることを確認する。
(2) 被告が原告に賃貸している別紙物件目録記載の建物の賃料は、平成19年1月1日以降1か月595万円であることを確認する。
(3) 被告は、原告に対し、1億5309万0535円及びうち別紙2「賃料計算明細表」の「過払賃料合計月額」欄記載の各金額に対する同表「利息発生日」欄記載の各日から支払済みまで年1割の割合による金員を支払え。
2 第2事件
原告は、被告に対し、1783万7887円及び別紙3「計算表」の「差額賃料額」欄記載の各金員に対する同表「起算日」欄記載の各日から支払済みまで年14.6パーセントの割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件第1事件は、いわゆるサブリース契約により、被告所有の建物の賃貸を受けてこれを第三者に転貸して不動産事業を行っている原告が、被告に対し、転貸事業の収益悪化などを理由に、借地借家法32条1項の賃料減額請求権を行使した結果、賃料の額が平成18年4月1日以降月額663万5135円に、平成19年1月1日以降595万円に、各減額されたとして、減額された賃料額の確認並びに借地借家法32条3項所定の返還請求権に基づき平成18年4月分から平成22年5月分までの過払金合計1億5309万0535円及び各月の過払金に対する各利息発生日(支払期限の日の翌日)から支払済みまで同条の法定利率である年1割の割合による法定利息金の支払を求める事案であり、本件第2事件は、被告が、原告に対し、賃料は減額されておらず、契約書規定の賃料額のままであることから、原告の賃料支払には一部不履行があるとして、建物賃貸借契約(賃料支払債務の一部不履行)に基づき、契約書規定の賃料額と実際に支払われた賃料額との差額(合計1783万7887円)及び各月の未払金に対する弁済期の翌日の日から支払済みまで約定利率である年14.6パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
1 前提となる事実(証拠を掲記しない事実は当事者間に争いがない。)
(1) 当事者
ア 西武石油商事株式会社(以下「西武石油」という。)は、石油製品、石油化学製品及びこれらの原料の販売、液化石油ガス及び各種高圧ガスの製造販売、ガソリンスタンドの経営等を行う株式会社であった。
イ 原告は、演劇、映画その他各種興行、娯楽機関、体育施設及び遊技場の経営、不動産の所有、賃貸借、売買、管理及び斡旋並びに都市開発の企画、設計、調査及びコンサルティング等を主な目的とする株式会社であり、平成10年2月1日、西武石油から石油、ガス、ガソリンスタンド関係事業以外の事業の営業譲渡を受けた。
ウ 被告は、埼玉県坂戸市に存する被告ら所有地(以下「本件土地」という。)上に、別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を建設して、これを原告に賃貸している者である。
(2) 被告と西武石油との間の賃貸借契約
ア 西武石油は、平成元年ころ、本件土地上にファッションモールを建設、運営する事業を計画し、被告に対し、次のような内容のいわゆるサブリース契約の締結を提案した。
西武石油は、被告に対し、建物建築費の全額を建築協力金との名目の下に無利息で融資し、被告は、融資を利用して本件土地上に建物を建設し、これを西武石油に賃貸する。被告は、賃貸借契約期間終了までに、上記融資金を保証金及び敷金名目で返済するが、その原資は西武石油から支払われる賃料によって賄う。
イ 西武石油は、被告に対し、平成元年9月ころ、「同月25日付け坂戸プラザ案」と題する提案書(以下「当初提案書」という。乙2)を、次いで平成2年7月19日、「同月11日付け坂戸プラザ案」と題する提案書(以下「修正提案書」という。乙3)をそれぞれ提示し、被告との間で建物賃貸借契約締結に向けて具体的な協議を行った。
西武石油と被告は、平成3年6月11日、修正提案書を一部修正した内容の建物賃貸借予約契約(以下「本件予約契約」という。)を締結し、建物賃貸借予約契約書(以下「本件予約契約書」という。乙4)を取り交わした。本件予約契約書には、①西武石油が被告に対し本賃貸借物件の建築にかかわる総投資額を建築協力金として無利息で融資すること、②建築協力金の額は12億円とすること、③建築協力金のうち3分の1相当額については、建物賃貸借契約締結時に敷金に振り替えるものとし、被告は、期間満了の事由により賃貸借契約が終了し、西武石油が本賃貸借物件について原状回復措置を完了した上、引渡しをした後、遅滞なく敷金全額を一括して西武石油に返還すること、④建築協力金のうち3分の2相当額については、建物賃貸借契約締結時に保証金に振り替えた上で、賃貸借開始日から満5か年間無利息にて据え置くこととし、被告は6年目以降15年間計15回にわたり、毎年6月末日を期日として、均等額を西武石油に返還すること等が規定された。
ウ 被告は、本件予約契約に基づき、本件土地上に本件建物の建設を開始し、平成5年3月15日、これを完成させた。
西武石油は、同年4月24日、本件建物を小売業・飲食業その他の営業および事務所等に使用する第三者に転貸する事業である○○坂戸事業(以下「本件事業」という。)を開始した。
エ 西武石油と被告は、平成6年8月23日、本件建物を目的とする賃貸借契約(以下「本件契約」という。)を締結し、契約書(以下「本件契約書」という。)を取り交わしたが(甲2)、その内容は、本件予約契約の内容の一部を修正したものとなっていた。
本件契約書には、①西武石油は、本契約締結と同時に、被告に預託した建築協力金11億6197万8830円のうち3分の1相当額である金3億8732万6277円を敷金に振り替えるものとし、被告は、期間満了の事由により賃貸借契約が終了し、西武石油が本賃貸借物件について原状回復措置を完了した上、引渡しをした後、遅滞なく敷金全額を一括して西武石油に返還すること、②西武石油は、本契約締結と同時に、被告に預託した建築協力金11億6197万8830円のうち3分の2相当額である金7億7465万2553円を保証金に振り替えた上で、賃貸借開始日から満5か年間無利息にて据え置き、被告は6年目以降15年間計15回にわたり、毎年6月末日を期日として、均等額を西武石油に返還すること、③賃貸借期間は、平成5年4月24日から満20年間とすること、④本賃貸借物件の月額基本賃料は、735万9200円とし、さらに別紙の収益試算表(添付資料(5)参照)における収益を保証するため、その年度の追加賃料の12分の1を加算したものを西武石油は毎月末日迄に翌月分を被告の指定する銀行口座振込により支払うこと、⑤賃料は、賃貸借開始日から満3年経過毎に6パーセントの増額をするものとし、著しい公租公課の増減・物価の変動等が生じた場合は被告・西武石油協議するものとすること等が規定された。また、添付資料として、別紙4「添付資料(5)」(以下「添付資料(5)」という。)及び別紙5「添付資料(6)」(以下「添付資料(6)」という。)が添付された。
さらに、西武石油と被告は、本件契約において、西武石油は被告に対し毎月末日限り翌月分の賃料を支払う旨及び西武石油がこれを遅滞した場合には年14.6パーセントの割合による遅延損害金を未払金に加算して被告に支払う旨、合意した。
(3) 本件建物賃借権の譲渡
ア 西武石油は、平成10年2月1日、原告に対し、石油、ガス、ガソリンスタンド関係事業を除く本件事業等の営業を譲渡し、これにより本件建物についての賃借権も、西武石油から原告に譲渡された。
イ 原告は、被告に対し、本件契約に基づく平成10年3月分以降発生の賃料を支払っている。
ウ 被告は、同年6月29日、本件建物についての賃借権が原告に譲渡されることを承諾した(甲3)。
(4) 本件建物賃料の改定合意
被告と西武石油及び原告は、本件契約締結後現在に至るまで、複数回にわたり、本件建物についての賃料額の改定について協議し、合意に至った内容を覚書と題する書面に記載し、相互に取り交わしてきた。
(5) 被告の収支
ア 被告は、平成18年2月28日までに、西武石油及び原告から、本件建物の賃料として、合計で約13億2919万円を受領した。
イ 被告は、平成20年6月30日までに、原告に対し、本件契約に基づく保証金の返還として、合計5億6807万8533円を支払った。
(6) 本件提訴に至る経緯
ア 原告は、平成18年2月17日付けで、被告に対し、デフレや賃料等の下げ止まりから抜け出せない状況下において、本件建物のテナントの撤退が相次いだこと、転貸料が低下したこと、本件事業において減損損失4900万円を計上したことなどを説明した文章に続けて、次の文章を記載した書面(以下「本件書簡」という。甲11)を送付し、本件書簡は間もなく被告に到達した。
「オーナー様におかれましても、以前から主張しておられるように諸々の事情がおありとは存じますが、「○○坂戸」を取巻く上記のような事情をご理解いただき、大変恐縮とは存じますが、2006年4月分より現行賃料から250万円の減額をお願いいたしたく、ご検討下さいますよう重ねてお願い申し上げます。」
「なお、ご都合のよい日時をご指定いただければ、説明にお伺いさせていただきます。」
イ 原告は、同年12月14日、被告に対し、次の文章を記載した内容証明郵便(以下「本件通知」という。甲10の1、2)を発送し、本件通知は、同月15日被告に到達した。
「本件建物の転貸賃料収入は下落の一途をたどっており、また、周辺マーケットの賃料相場の下落等の事情もあり、本件建物の賃料の減額もやむを得ない状況下にあると思慮します。
上記のような状況に鑑み、通知人は被通知人に対して、既に、平成18年4月分から、本件建物の賃料を1ヶ月663万円(消費税別)に減額することを求める請求をさせて頂いております。
本件建物の収益下落には歯止めがかからない状況であり、来る平成19年1月分から、本件建物の賃料を1ヶ月595万円(消費税別)にさせて頂きたく再度の賃料減額請求を本書面にてご通知させていただきます。」
ウ 原告は、被告に対し、本件建物の賃料として、平成18年4月分から平成22年5月分まで、毎月、毎年3月分以前の賃料と同額である913万5135円を支払ってきた。
原告は、平成18年4月以降における本件建物の賃料が、別紙2「賃料計算明細表」における「通知後賃料」欄記載のとおりである旨主張しており、したがって、この主張が正当であるとすれば、同表末尾の「合計額」欄記載のとおり、原告の被告に対する賃料の支払については、1億5309万0535円分の過払いが生じていることになる。
他方、被告は、平成18年4月から平成19年3月までの期間における本件建物の賃料が、別紙3「計算表」における「月額賃料」欄記載のとおりである旨主張しており、したがって、この主張が正当であるとすれば、同表末尾の「合計」欄記載のとおり、原告の被告に対する賃料の支払については、1783万7887円分の未払いが生じていることになる。
エ 原告は、平成19年2月、本件建物賃料の減額を求め、被告を相手方として、川越簡易裁判所に調停を申し立てたが、同調停事件は、同年4月5日、不成立で終了となった。そこで、被告は、同月13日、東京地方裁判所に対し本件第2事件にかかる訴えを提起し、原告は、同月18日、当裁判所に対し本件第1事件に係る訴えを提起したところ、東京地方裁判所は、本件第2事件を当庁に移送する旨の決定をした。
2 争点
(1) 本件契約において定められた平成18年4月分から平成19年3月分までの本件建物賃料額
(2) 原告の被告に対する本件建物賃料減額請求の意思表示の時期
(3) 本件建物賃料減額請求の当否及び相当賃料額
(4) 本件建物賃料減額請求が信義則違反となる事情の有無
3 争点に関する当事者の主張
(1) 争点(1)について(本件契約において定められた平成18年4月分から平成19年3月分までの間の本件建物賃料の月額)
(被告)
ア 本件建物賃料の額は、後記イのとおり、本件契約書11条、添付資料(5)及び添付資料(6)により規定されている。
添付資料(6)によれば、平成18年4月分以降の本件建物の月額賃料は以下のとおりである。
平成18年4月分 1062万2094円
同年5月分から平成19年3月分 1062万1583円
イ 賃料額について定めた本件契約書11条1項は、添付資料(5)及び(6)を参照すべきと規定しており、西武石油が支払うべき賃料額を定める上で、添付資料(5)及び(6)が不可欠の文書であることを、文言上、明らかにしている。
実際に、西武石油が支払を約した賃料額は、添付資料(5)に記載された年額の追加賃料額を参照しない限り確定することはできない。
そして、添付資料(6)は、本件契約が平成5年4月24日から開始されたため、添付資料(5)に明記されている年間賃料額(「賃料計」)を日割計算し、4月分の賃料額と、5月分から翌年3月の各月分の賃料額を年度別に規定したものであるから、平成18年4月分以降の月額賃料額も、これによって規定されたとおりとなる。
ウ なお、原告は、①本件契約書11条2項が著しい公租公課の増減や物価の変動等が生じた場合には原被告間で協議すると規定していること、②本件建物賃料がたびたび合意により改定されてきたこと、③添付資料(5)及び(6)の賃料額が3年経過毎に6パーセント増額された額となっていないこと、④西武石油、被告及び原告のいずれも添付資料(5)及び(6)を単なる試算と認識していたことなどを理由に、添付資料(5)及び(6)は試算にすぎず、確定した賃料額を定めるものではない旨主張する。
しかし、①本件契約書11条2項は文言上、原被告が協議を行うことを定めるにすぎず、協議を行っても現実に合意しない限り賃料が変更されることにはならないのであり、②これまで被告が西武石油又は原告との間で締結してきた賃料減額の覚書は期間を限定したものにすぎず、③添付資料(5)の「収入」(年間基本賃料)額は3年経過毎に6パーセント増額された数字となっており、かつ、添付資料(6)の年間賃料額は、添付資料(5)の年額(基本賃料+追加賃料)と等しいのであって、本件契約書11条2項に合致しており、④原告は、被告との間に本件建物賃料減額の合意が成立していない期間(平成10年4月分から同年12月分まで、平成11年7月分から平成14年3月分まで)においては、添付資料(6)記載のとおりの額を本件建物賃料として支払ってきた上、原告自身、本件契約締結後に被告との間で取り交わされた覚書において、添付資料(6)記載の月額賃料を「約定賃料」と表現し、また、被告も、平成9年1月19日、西武石油に対し、平成8年4月分から平成9年3月分の月額賃料が添付資料(6)どおり支払われていないことをもって、賃料の一部の支払不履行であると申し入れていた(甲19)のであるから、被告のみならず原告においても、添付資料(5)及び(6)が本件建物賃料を記載したものであることを認識していなかったはずはないのであって、原告の主張はいずれも理由がない。
したがって、覚書による賃料減額が終了した平成18年4月分以降の月額賃料は、添付資料(6)に記載されたとおりである。
(原告)
ア 平成18年4月分から平成19年3月分までの本件建物賃料の月額は、当事者間における最終合意に基づく913万5135円であって、添付資料(5)及び(6)に記載された額ではない。
イ 本件建物賃料については、本件契約書11条1項において、当初の額が月額735万9200円であること、同条2項において、著しい公租公課の増減・物価の変動等が生じた場合には原被告間の協議により随時改定できることが規定されている。
これらの条項は、西武石油が、本件予約契約及び本件契約締結に至る過程において、被告に対し、再三にわたり、固定資産税の減額、本件事業収益の悪化等状況の変化があれば賃料の減額をお願いする旨説明したことの表れである。かかる条項に基づき、西武石油と被告は、本件契約締結以前から、本件予約契約時より賃料相場が下落したこと、入店していたテナントの撤退が相次いだことなどを理由に賃料減額の協議をし、本件契約締結後3.5か月後の時点において、テナントの撤退による本件事業収益の悪化が懸念されたことなどを理由に、賃料減額の合意をした。また、その後も平成17年2月まで、随時、賃料減額の合意を重ねた。同月の合意においては、平成17年5月分以降、本件建物賃料は月額913万5135円とされた。
このように、本件建物賃料の額が、本件契約締結当初から、原被告間の合意で改定されてきたという経緯にかんがみれば、本件契約においては、額が明示された当初賃料は格別、その後発生する賃料については、本件契約11条2項に基づき、随時合意により額を定めることが予定されていたというべきである。
したがって、本件契約において規定された平成18年4月分から平成19年3月分までの間の本件建物賃料の月額は、最終合意により定められた平成17年5月分以降の賃料額である913万5135円ということになる。
ウ 被告は、添付資料(5)及び(6)が本件契約期間全体を通じての月額賃料を規定したものであると主張するが、次に述べるとおり、添付資料(5)及び(6)は単なる試算にすぎない。
(ア) 修正提案書について、西武石油が行った説明は、修正提案書記載の当初賃料額であれば20年間にわたる本件契約期間全体を通じ、建築協力金を上回る金額を確実に回収でき、固定資産税等の負担額(概算額)を入れても赤字にはならない、という内容にとどまり、西武石油と被告は、修正提案書について、①当初賃料額の提案であること、②修正提案書添付の表は、収益の試算にすぎず、収益の絶対額の保証でもなく、したがって本件契約期間全体を通じての賃料額の保証でもないことを認識していた。この西武石油と被告の認識は、予約契約書の添付収益試算表及び本件契約書の添付資料(5)(本件予約契約の添付収益試算表をもとに、本件建物の建築費等の最終確定による賃料額減額を反映して作成されたもの)にそのまま引き継がれたものである。
(イ) 本件契約11条2項によれば、賃貸借開始日から満3年ごとに「賃料」を6パーセント増額するとされている。しかし、同条1項の「なお」以下及び同条2項の「賃料」が、同条1項の「基本賃料」及び「追加賃料」の合計額をさすことは文言上明らかであるのに、添付資料(5)記載の「賃料計」の額及び添付資料(6)記載の「年額」の額は、満3年経過ごとに6パーセント増額となっていないのであって、同条の文言と添付資料(5)及び(6)との間には整合性がない。
(ウ) このように、添付資料(5)と(6)には本件契約条項との整合性がないことに加え、西武石油と被告間に賃料に関する合意が存在しない平成7年11月から平成8年4月までの期間において実際に支払われた本件建物賃料月額が、添付資料(6)記載の額と一致せず、かつ、西武石油と被告間における平成9年2月付の賃料改定に関する合意において、当該期間の支払賃料が「現行賃料」であることを確認されていることからすれば、西武石油と被告は、添付資料(5)及び(6)について、月額賃料を規定したものではなく、単なる試算にすぎないものと認識していたといえる。
(エ) なお、原告は、平成10年4月分から同年12月分までの賃料については、添付資料(6)記載の額を支払ったが、これは、原告が、西武石油から本件契約当事者の地位を承継したことに対する被告の事後承諾を円滑に得るため、賃料額でもめることを回避する目的で支払ったにすぎず、添付資料(6)記載が月額賃料を規定することを認めたわけではない。
また、原告は、平成11年7月分から平成14年3月分までの賃料についても、添付資料(6)記載の額と同額を支払ったが、これは、いずれも原被告間における賃料改定協議の結果、原告が添付資料(6)記載の額と同額を被告に支払う旨合意したことに基づいて支払ったにすぎず、かかる事情をもって、添付資料(6)が本件契約期間全体を通じた本件建物賃料額を規定したものということはできない。
(オ) 仮に、添付資料(5)及び(6)により本件契約期間全体を通じての賃料額が定まっているとすると、経済状況の激変が生じた場合にも、賃料額は添付資料(5)及び(6)のとおり改定されることとなり、著しく不合理である。
(2) 争点(2)について(原告の被告に対する賃料減額請求の意思表示の時期)
(原告)
原告は、平成18年2月17日付けで被告に対し発送した本件書簡をもって、同年4月1日から、本件建物の賃料を月額663万5135円に減額する旨の意思表示をした。
(被告)
本件書簡は、本件建物賃料の減額協議を申し入れたものにすぎず、借地借家法32条1項の減額請求の意思表示には当たらない。
これまで、原告と被告は、原告による協議の申し入れを契機として、本件建物賃料の減額を協議し、合意してきたが、原告による上記申し入れの文面は、本件書簡の文面とほぼ同内容であった。
かかる経緯からすれば、本件書簡は、単なる減額協議の申し入れにすぎず、本件建物賃料減額請求の意思表示には当たらないというべきである。
(3) 争点(3)について(賃料減額請求の当否及び相当賃料額)
(原告)
ア 本件事業は、近年、賃料相場の下落に伴う転貸賃料の下落により営業利益が減額の一途をたどっており、平成17年度の事業損失累計は約1億6719万円にのぼった。そして西武石油及び原告は、被告に対し、度々、本件事業収益の悪化などを理由として、本件建物賃料額の減額を申し入れ、被告もこれに応じてきたのであるから、被告にとっても、本件事業収益の悪化という事情は本件建物賃料を減額する理由になる。
また、被告は、本件契約の締結にあたり、建物賃貸事業に伴うリスクの負担を自ら選択した。すなわち、西武石油は、当初、被告に対し、西武石油が本件土地を賃借の上自ら建物を建築し事業を行うという内容の契約を提案したが、被告は、借地権の発生を嫌ってこれを拒否し、自ら建物所有者となることを選択したのであるところ、当時、被告が、複数の不動産を所有し、アパート経営等建物賃貸事業の経験を有していたという事情を併せ考慮すれば、被告自らリスクの負担を選択したというべきである。したがって、転貸事業に伴う賃料の低下とそれに伴う収益低下という建物賃貸事業に伴うリスクについては、原告のみならず、被告も収益額の減額などによって負担すべきものである。
イ 本件建物賃料額は、本件土地の存する地域の賃料相場の下落により、近隣相場賃料からかけ離れたものになっている。
ウ 本件土地及び建物の固定資産税・都市計画税は、次に述べるとおり、大幅に下落している。
①本件土地及び建物の固定資産評価額は、平成14年度においては土地5億2521万9031円、建物2億6228万1947円であったが、平成18年度においては土地4億5173万7498円、建物2億0582万4232円と大幅に下落しており、これに伴い固定資産税・都市計画税額も減少している。②平成2年7月当時の修正提案書による固定資産税・都市計画税額は、建物について808万9000円と試算されているところ、平成18年度の固定資産税・都市計画税額は、これと比較すれば大幅に下落している。③坂戸市の平成18年度の地価公示価格は、平成5年から比較すると50パーセント超の下落、平成10年から比較すると40パーセント超の下落である。このような下落状況にかんがみれば土地の固定資産評価額も、遅くとも平成10年度以降には40パーセント超の下落率となり、これに伴って税額も下落していくものと考えられる。
前記のとおり、西武石油は、当初提案書及び修正提案書を被告に提案した際、固定資産税・都市計画税の下落等、状況の変化が生じた場合には賃料減額の可能性があることを説明してきたのであって、被告は、これを認識した上で本件契約を締結したのであるから、これら税額の下落による被告負担額減の利益は、原告にも還元されるべきである。
エ 被告は、原告が減額請求の意思表示をした平成18年2月時点において、既に、建物協力金返済債務及び本件建物の固定資産税・都市計画税相当額を、賃料から回収している。
また、被告は、本件建物建築資金を西武石油から無利息で借り入れたのであって、金融機関に対する有利子の借入金の返済債務を負っているわけではない。
したがって、本件建物賃料を減額したとしても、本件契約に基づく被告の債務や、被告の負担する公租公課の支払に影響を及ぼすことはない。
オ 原告が吉川不動産鑑定事務所に依頼して作成させた不動産鑑定評価書(甲13、14。以下「鑑定評価書」という。)によれば、平成18年4月1日時点における本件建物の月額賃料は596万4000円、平成19年1月1日時点における本件建物の月額賃料は585万円とされる。したがって、いずれの時期においても最終合意賃料は適正賃料額とかい離しているといえる。
被告は、上記適正賃料額の鑑定が恣意的であるなどと主張する。しかし、①鑑定人であるA氏は多数の経験と実績のある信頼できる鑑定人であること、②差額配分法の適用においては、分析されるべき要因が広域にわたるため、報告書に記載すべき理由は要旨のみで足りるものであり、また、本件のように適正賃料と実際賃料との間に生じた差額を当事者一方に偏って負担させる特別の事情のない事案においては、折半とすることが公平であること、③差額配分法の前提となる積算賃料を計算するにあたり算出される再調達価格は、まず価格時点における基礎価格を求めて算出されるものであるから、建物建築時の価格と異なることに不自然はないこと、④賃貸事例比較法の適用については、本件建物の所在する坂戸市周辺に本件契約と類似するサブリース契約の賃貸事例がほとんど存在しないこと、また通常の賃貸借事例と比較した上でサブリース割引率を控除するという方法には割引率の捉え方において恣意的になる危険性があることなどから、単に、通常の賃貸借契約やサブリース契約における末端転貸料を比較対象事例とすることが信頼性の高い手法といえる上、上記鑑定において選択された対象事例は、いずれも本件建物の近隣に所在する店舗向け賃貸借契約の事例であるという点で本件契約と類似性を有すること、⑤スライド法の適用に際し用いられた変動率は、不動産鑑定基準に従ったものであって適切であることを総合すれば、被告の上記批判は当たらない。
カ なお、被告は、被告の収益を保証するための賃料保証条項及び自動増額特約の存在を理由に、原告の減額請求が許されない旨主張するが、次に述べるとおり、本件契約において、収益又は賃料を保証する旨の条項及び自動増額特約は存在しない。
(ア) 一般に、経済状況の激変を考慮せずに、当事者の一方の収益又は賃料を絶対的に保証する旨の契約は、よほどの事情がなければ締結されないはずであるが、本件土地は、国道から一本通りを入ったところにあり、集客力の点では十分とはいい難いので、原告の立場からすれば、絶対的な収益保証をしてまで事業を展開したいような土地ではなく、本件契約において被告の賃料額を将来にわたって絶対的に保証する特段の事情は存在しない。
(イ) 仮に、被告の収益を保証するために賃料保証条項を規定したのであれば、固定資産税等被告負担額の計算が綿密に行われたはずであるが、当初提案書と修正提案書では固定資産税として同じ額が記載されており、極めて概括的な計算しかなされていない。
(ウ) また、前記のとおり、本件契約書11条2項は本件建物賃料が満3年ごとに6パーセント増額する旨規定するものの、添付資料(5)及び(6)記載の額はそのように記載されておらず、両者は整合していない。
(エ) 本件契約11条2項は、バブル期のように土地価格が増加し続けることを前提とする規定であって、バブルの終息した現在においては適用がないことは明らかである。
キ また、被告は、判例上、いわゆるサブリース契約においては、借地借家法32条1項の減額請求の当否及び相当賃料額を判断する際、契約締結後の事情を考慮することは許されない旨主張するが、かような主張は被告独自の解釈に基づくものにすぎない。
前記のとおり、西武石油が、当初から被告に対し、固定資産税の下落等の状況の変化が生じた場合には賃料減額の可能性があることを説明してきたこと、被告が、平成18年2月時点において、既に建物協力金返済債務及び本件建物の固定資産税相当額を賃料収入によって回収したこと、被告が本件建物建築資金に関し金融機関に対する有利子の借入金返済債務を負っていないこと等の事情にかんがみれば、サブリース契約における賃料減額請求の当否及び相当賃料額の判断方法に関する最判平成15年10月21日民集57巻9号1213頁に照らしても、鑑定評価書記載の賃料額が適正賃料額といえるのであって、原告の減額請求に基づく減額後の賃料額(請求の趣旨記載の各月額賃料額)を上回る額を相当賃料額と認めるべき特段の事情は存しない。
(被告)
ア 被告は、セゾングループの一員である西武石油の事業収支の予測に基づく提案を信頼して、多額の建築協力金の融資を受けた上で本件建物を建築し、これを西武石油に一括して賃貸することを内容とする本件契約を締結した。本件契約書第11条1項において「別紙の収益試算表(添付資料(5)参照)における収益を保証するため」との文言が規定され、また、自動増額特約が設けられた理由は、上記西武石油の提案のとおり本件建物賃料を原資として当該建築協力金の返済ができるようにするため、契約締結後の経済事情の変動による賃料の減額変更がなされることなく、西武石油提示にかかる被告収益額を保証し、添付資料(5)及び(6)記載の賃料額を絶対額として確実に支払われるよう保証したことにある。被告は、かかる賃料保証を前提として、西武石油から多額の建築協力金の融資を受け、本件契約を締結し、本件土地及び建物の所有や建築による経済的リスクをすべて負担したのである。
そして、当該建築協力金が無利息融資であるため被告は借入金利負担の低下という契約締結後の経済事情の変動に伴う利益を享受していないこと、西武石油が本件土地及び建物の所有や建築による経済的リスクを回避したこと、西武石油が本件契約の締結当時、いわゆるバブル経済の終焉により将来の賃料相場が不確実であったことを認識しながら、あえて被告に賃料保証をして本件契約を締結し、将来の賃料相場の上昇下落のリスクを全面的に引き受けたことなどの事情によれば、本件契約締結後の経済事情の変動により、本件建物の転貸料収入が減少したからといって、これによって生ずるリスクを被告に転嫁することは、当事者間の衡平に反するものであり許されない。
イ 原告の主張する事実は、いずれも本件契約締結後、原告が西武石油を承継した後に生じた事情である。
しかしながら、最判平成15年10月21日民集57巻9号1213頁によれば、いわゆるサブリース契約における賃料減額請求の当否及び相当賃料額を判断する場合には、契約締結時以前の事情を総合的に考慮しなければならないとされている。
また、借地借家法32条1項は、事情変更の原則の一形態であるところ、最判平成9年7月1日民集51巻6号2452頁によれば、「事情変更の原則を適用するためには、契約締結後の事情の変更が、当事者にとって予見することができず、かつ、当事者の責めに帰することのできない事由によって生じたものであることが必要であり、かつ、右の予見可能性や帰責事由の存否は、契約上の地位の譲渡があった場合においても、契約締結当時の契約当事者についてこれを判断すべきである」とされている。
これらの判例の趣旨からすれば、同条項の賃料減額請求の当否及び相当賃料額の判断の際に考慮されるべき事情は、西武石油及び被告が契約締結時において賃料額決定の重要な要素とした事情その他契約締結時の事情に限られるものであり、契約締結後の事情を考慮することは許されないというべきである。
西武石油は、本件契約締結の際、それまでの事情に基づき、将来の不確実な賃料相場の上昇下落のリスクを引き受け、添付資料(6)において規定された賃料額を支払うとの投資判断をした。そうすると、本件契約締結後の経済事情の変動を考慮して賃料減額請求をすることは、西武石油の投資判断の誤りによって生じた損失を被告に不当に分担させることにほかならず、投資における自己責任の原則に反するものであって、衡平の観点から許されない。
ウ 仮に、契約締結後の事情を考慮するとしても、以下に述べるとおり、原告の主張に理由はない。
(ア) 本件建物賃料は、もっぱら建築協力金の返済と、西武石油が被告に対して表明した収益保証の確保という観点から定められたものであり、転貸事業の収益の見込みや、当時の近傍同種の建物の賃料相場の関係は、西武石油と被告が本件建物賃料の決定にあたり基礎とした事情ではない。このことは、当初提案書から本件契約書に至るまで、建築協力金の額の変動以外の理由で、基本賃料額に変更がなかったことからも明らかである。
したがって、これらの事情は減額の事情となりえない。
(イ) 西武石油は、被告に対し、固定資産税の下落等の状況の変化が生じた場合に賃料減額の可能性がある旨の説明をしておらず、むしろ、西武石油は、本件契約締結前に被告の収益を試算した際、建物の固定資産評価が時間の経過に伴い下落することを考慮した上で計算していたものであり、かような事情に照らせば、本件建物の固定資産評価の下落という事情は、西武石油及び被告が本件契約の賃料額決定の要素とした前提を変更するものではなく、減額すべき事情には当たらない。
また、平成14年度から平成18年度における本件土地及び本件建物の固定資産税及び都市計画税の減額額は、合計2028万4466円であるが、被告がこれまでに応じた本件建物賃料の減額額は、合計7053万3044円であり、公租公課負担の減少の利益を大幅に上回っているのであって、さらに賃料を減額する理由にはならない。
(ウ) 原告は、被告が既に、本件契約に基づく建築協力金返済債務及び固定資産税額相当額を計算上は回収しているはずである旨主張するが、仮にそうであったとしても、当該事情は、西武石油が被告の賃料を保証し、賃料相場の変動によるリスクを全面的に引き受けた帰結にすぎない。
また、本件契約における建築協力金が無利息融資であったということは、被告が、契約締結後の経済事情の変動により、金利負担の減少という利益を一切享受していないことを意味するのであって、本件建物賃料を減額すべきでない事情となるというべきである。
(エ) 原告主張の適正な賃料額の根拠とされている鑑定評価書は、本件建物の継続支払賃料の鑑定評価を行うにあたり、差額配分法、賃貸事例比較法及びスライド法により求められた賃料を、5:3:2で加重平均した値をもって鑑定賃料としたものであるが、前記最判平成15年10月21日が、いわゆるサブリース契約における賃料減額請求の当否及び相当賃料額を判断するに際し考慮すべき事情として掲げた事情の存否及び評価は、裁判所のみが証拠に基づき判断しうることであり、不動産鑑定士が通常の継続賃料の鑑定手法を適用しサブリース契約の賃料鑑定を行うことは不適切である。
また、鑑定評価書は、①いわゆるサブリース契約における賃料減額請求の当否に関する最高裁判例が示した規範を全く考慮していないこと、②差額配分法を適用するとしながら何らその根拠を示さず、折半法を採用していること、③差額配分法の前提となる積算賃料を計算するにあたり、本件建物の再調達価格を6億2345万5500円として、被告に貸し付けられた建築協力金11億6197万8830円の53.65パーセントにすぎない額にしていること、④賃貸事例比較法においては、比較対象となる賃貸借事例は、契約内容において類似性を有するものでなければならないところ、上記鑑定で用いられた賃貸事例はいずれも契約期間が3年の通常の店舗賃貸借契約の事例であり、本件契約との類似性がないこと、⑤スライド法の適用に際し用いた変動率が、上記最高裁判例の示した事情を反映したものではないことから、恣意的にすぎ採用できないというべきである。
(オ) 原告は、本件契約締結後、被告が本件事業収益の悪化を理由として本件建物賃料額の減額申し入れに応じてきたことから、本件事業収益の悪化は本件建物賃料を減額する理由になる旨主張するが、かかる事情は、西武石油による賃料保証が、被告をして西武石油の転貸事業のために多額の建築協力金の融資を受けて本件建物を建築する前提であったことを変えるものではなく、本件契約の性質や西武石油と被告が本件建物賃料額の決定の要素とした事情を何ら変更するものではない。
建築協力金の融資を受けて本件建物を既に建築してしまった被告は、建築協力金の返済原資である賃料収入を維持するために、本件契約締結後は西武石油又は原告からの賃料減額要求を受け入れざるを得ないという極めて弱い立場に置かれていたものである。そのような状況下でなされた賃料減額の合意は、対等な当事者間の合意とはいえず、本件契約の賃料減額請求等の判断において考慮すべきではない。
エ 仮に、平成17年2月25日付け覚書により、平成18年4月分以降の合意賃料額が月額913万5135円となれば、添付資料(6)の記載額から約14パーセントも減額されてしまうこととなるが、この減額の幅は、前記鑑定評価書によれば平成18年の本件土地の周辺地価は最終賃料合意時期である平成17年に比し約2.5パーセント下落したにすぎないとされていることと対比すると、あまりにも不均衡である上、原被告が月額賃料を913万5135円とすることに合意するに当たっては平成17年の最終の賃料合意時期までに生じた本件事業の状況その他の経済事情の変動を考慮していたことなどの事情からすれば、原告が月額913万5135円から更なる減額を求めることは、過度の減額請求というべきであって、許されない。
(4) 争点(4)について(原告の賃料減額請求が信義則に反するかどうか。)
(被告)
ア 西武石油は、前記のとおり、被告の収益を保証するため、賃料の絶対額の支払を保証したものであるところ、本件建物の賃借人が賃料の減額を請求することは賃料支払の保証と相矛盾するものであり、そして、原告は西武石油の地位を承継しているのであるから、原告が賃料減額請求を主張することは、禁反言に当たり許されない。
イ 被告は、これまで西武石油又は原告の求めに応じ、合計7053万3044円もの賃料減額に応じてきたものであるが、その一方、これを原資とする被告の保証金及び敷金返還債務については一切減額されていない。
このように、被告は、賃料減額という形で、実質的には原告の損失補償を強いられてきたのであるから、これ以上の減額請求の主張は、信義則上許されない。
(原告)
争う。前記のとおり、西武石油が被告の収益を保証するため、賃料の絶対額を保証した事実はない。敷金及び保証金は、原告が被告に無利息で預けた金員であり、原告から預かることにより運用益を享受している被告に対してさらに預けた元本の返還をも減額(すなわち一部免除)しなければ、信義則に反する、との誹りを受ける理由はない。
第3争点に対する判断
1 前記前提となる事実、証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。ただし、これらの証拠のうち認定した事実に反する部分は採用しない。
(1) 本件予約契約締結に至る経緯
ア 被告は、坂戸市及びその周辺の地域に複数の不動産を所有する資産家であるが、昭和63年当時、所有する茶畑であった本件土地を有効利用したいと考え、その旨を当時の太陽神戸銀行坂戸支店に相談した(乙93、証人B)。
他方、西武石油は、石油製品、石油化学製品及びこれらの原料の販売、液化石油ガス及び各種高圧ガスの製造販売、ガソリンスタンドの経営等を行う株式会社であったが、昭和62年ころ、規制緩和によりガソリンスタンドで自動車関連商品以外の商品を販売することが可能になったのを契機に、ガソリンスタンドを併設した商業施設をつくる新規事業を立ち上げ、同事業の内容として郊外型フリースタンディング方式(店舗独立型)のファッションモールの建築を企画し、その建築用地を探していたところ、太陽神戸銀行坂戸支店から、被告を紹介された(甲42、45、46、証人C)。
イ 西武石油の担当者は、平成元年8月ころ被告宅を訪問し、ガソリンスタンド併設のファッションモールの建築を目的として西武石油が被告から本件土地を賃借することを被告に提案したが、被告は本件土地にガソリンスタンドを建築すること及び本件土地に賃借権を発生させることには応じられないとして西武石油の提案を拒んだものの、本件土地の利用についての話し合いには応じる姿勢を示した。その後、西武石油は被告との間で何回かにわたる交渉を重ねたものの、被告にガソリンスタンド建築の提案に応じる様子が見られなかったことから、ガソリンスタンドの併設を諦めることとし、その一方で、被告に対し、建築協力金方式(西武石油が被告に対し建築協力金という名目で建築資金を預託し、被告が建物を建築し西武石油に貸し付けるという方法)で本件建物を建築することを提案することにした(甲42、45ないし47、乙93、証人C)。
西武石油は、同年9月ころ、被告に対し、①建築協力金として西武石油が被告に対し建築費等総額7億8460万8000円を無利息で融資すること、②建築協力金の70パーセントは保証金に振り替えるものとし、5年間据え置いた後6年目から被告が15年間にわたり西武石油に均等分割返済し、残りの30パーセントは敷金に振り替えた上で、西武石油が撤店する際に西武石油に一括返済すること、③被告が西武石油に対し、本件土地及び本件建物を賃料月額760万円、年額9120万円で賃貸すること、④賃料は3年経過ごと(4年目ごと)に6パーセントアップさせること等が記載された当初提案書(乙2)を交付した。
この当初提案書には、賃料から固定資産税、火災保険料、建築協力金返済額を差し引いた結果被告が得られる収益を1年ごとに20年間分計算した収益試算表が添付されていた(以上、甲42、45、乙93、証人C、証人B)。
西武石油は、この提案書において、月額賃料を月額760万円に設定したが、それは建築協力金の1パーセント以内の金額であれば転貸事業として十分に採算が採れる一方、被告は利益を確保できるので被告の理解も得られやすいと判断したことに基づくものであった。しかしながら、西武石油は、被告に対しては、月額760万円の賃料により20年間の賃貸借契約期間中に建築費や固定資産税などの支出を上回る賃料収入が得られ収益が上げられると説明するにとどめた。また、西武石油が賃料を3年経過ごとに6パーセントアップすることとしたのは、バブル経済の最中で不動産価格が上昇し続けている状況下においては賃料増額の特約を設けることが一般的となっているとの認識に基づくものであった。
なお、当初提案書に添付された収益試算表には、固定資産税額を土地の評価額を1坪10万円として計算し、火災保険料を建築工事費等の0.1パーセントとして算出された数字が記載されていたが、それは仮定的前提の下に概括的な計算を施した結果を示したもので、正確に収益を算出したものではなかった(以上、甲42、45、証人C)。
これに対し、被告は、西武石油による提案を受け入れる態度を示した。そこで西武石油と被告は、これ以降、予約契約の締結に向けての協議を開始し、西武石油は、平成2年2月22日ころ、予約契約書の第1案(乙83)を被告に交付した(甲42、45、46、証人C)。
ウ 西武石油は、本件建物の建築について建築会社から見積もりをとったところ、見積額は当初の見込みを大きく上回る12億円となった。そこで、西武石油は、被告に対し、「建築費が増加しても手取りの家賃は同じだけ保証する」と説明した上で、平成2年7月19日、前回交付した提案書の内容を修正する内容の修正提案書(乙3)を交付した。
修正提案書には、①建築協力金として西武石油が被告に対し建築費等総額の12億円を無利息で融資すること、②建築協力金の3分の2は保証金に振り替えるものとし、5年間据え置いた後6年目から被告が15年間にわたり西武石油に均等分割返済し、建築協力金の3分の1は敷金に振り替えた上で、西武石油が撤店する際に西武石油に一括返済すること、③賃料は当初提案と同金額の月額760万円、年額9120万円とし、3年経過ごとに6パーセントアップさせること、④ただし、収益保証として被告の収益が当初提案書記載の収益を下回った場合には、当初提案書記載の収益に見合う追加賃料を支払うこと等が記載されていた(以上、甲42、45、乙93、証人C、証人B)。
西武石油は、その後被告との間で、本件予約契約の締結に向けた交渉を続け、同年7月19日には予約契約書の第2案(乙84)を、同年9月5日ころにはその第3案(乙85)を被告に提示した。なお、第3案においては、被告側の要望により、その14条①に「さらに別紙添付の収益試算表における収益を保証するため」との文言が付け加えられた(甲42、45、46、乙93、証人C、証人B)。
エ 西武石油と被告は、平成3年6月11日、本件予約契約を締結した(甲42、45、46、乙93、94、証人C)。
本件予約契約にかかる予約契約書(甲12、乙4)においては、①被告が平成5年5月30日を竣工予定日として本件建物を建築すること、②被告は西武石油に対し、本件建物を賃貸し、西武石油は本件建物を小売業・飲食業その他の営業及び事務所等に使用する目的で西武石油が募集した他の入居者に転貸すること、③西武石油は被告に対し、本件建物の建築にかかる総投資額12億円を建築協力金として無利息で預託すること、④建築協力金のうち3分の1相当額は建物賃貸借契約時に敷金に振り替えるものとし、被告は期間満了により賃貸借が終了した際、これを西武石油に一括して返還すること、⑤建築協力金のうち3分の2相当額は建物賃貸借契約時に保証金に振り替えた上で、被告は賃貸借開始日から6年目以降15年間計15回にわたり、毎年6月末日を期日として均等額を西武石油に返還すること、⑥賃貸借期間は20年間とすること等が定められ、賃料については、次のような条項が規定された。
第14条(賃料)
① 本賃貸借物件の月額基本賃料は、金760万円とし、さらに別紙添付の収益試算表における収益を保証するため、その年度の追加賃料の12分の1を加算したものを西武石油は毎月末日までに翌月分を被告の指定する銀行口座に振込により支払うものとします。なお、1か月に満たない賃料は日割計算によるものとします。
② 賃料は、賃貸借開始日から満3年経過毎に6パーセントの増額をするものとします。なお、著しい公租公課の増減・物価の変動等が生じた場合は被告・西武石油協議するものとします。
この際に本件予約契約書に添付された収益試算表に記載された数値も、当初提案書に添付されたものと同様に固定資産税額は土地の評価額を1坪10万円として計算し、火災保険料を建築工事費等の0.1パーセントとして算出した数字であって、正確に収益を算出したものではなかった(以上、甲42、45、証人C)。
(2) 本件契約に至る経緯
ア 被告は、本件予約契約の締結を受けて、平成4年4月から本件建物の建設を開始し、その結果、平成5年3月15日には本件建物が竣工し、同年4月24日には本件建物において○○坂戸という名称の商業施設がオープンして本件事業が開始された(甲42、45、乙93)。
この間、西武石油と被告は、当初建築を予定していた建物の一部の建築を取り止めたため、同建物部分の賃料相当額について収益保証額から減額することを合意するとともに、建築協力金が12億円から11億6197万8830円に減額になったため、建築協力金の減額割合と同じ割合で基本賃料を減額することを合意した(甲42、乙80、81、93、証人B)。
他方、西武石油は、当初本件建物に出店を予定していたアパレルショップがバブル経済破たんの影響により次々に出店を取りやめたことから、新たに生鮮品及び生活雑貨販売店を中心にテナントを誘致し、その結果として、本件建物は当初計画していたファッションモールから生鮮品及び生活雑貨品を中心とした商業施設に変更してオープンすることになった(甲25、42、43、45、証人D)。
ところで、西武石油は本件予約を締結した当初、年間総額約2億1000万円の転貸賃料を見込んでいたものの、新たなテナントの誘致に際して転貸賃料が当初賃料より減額されたために、既に同年1月の時点で、転貸賃料収入は当初見込みよりも1割以上減額になると予想していたが、被告に対し、将来賃料額を減額する可能性があることを十分に説明してその点につき明確な了承を得たわけではなかった(甲43、乙81、証人D、弁論の全趣旨)。
イ 西武石油と被告は、その後、本件契約締結に向けての交渉を行い、平成6年8月23日に本件契約を締結した(甲42、43)。
本件契約書(甲2)においては、①被告は西武石油に対し、本件建物を賃貸し、西武石油は本件建物を小売業・飲食業その他の営業及び事務所等に使用する目的で西武石油が募集した他の入居者に転貸すること、②西武石油は本件予約契約により被告に預託した建築協力金11億6197万8830円のうち3分の1相当額である3億8732万6277円を敷金に振り替えるものとし、被告は期間満了により賃貸借が終了した際、これを西武石油に一括して返還すること、③西武石油は本件予約契約により被告に預託した建築協力金11億6197万8830円のうち3分の2相当額である7億7465万2553円を保証金に振り替えた上で、被告は賃貸借開始日から6年目以降15年間計15回にわたり、毎年6月末日を期日として均等額を西武石油に返還すること、④賃貸借期間は平成5年4月24日から20年間とすること等が定められ、賃料については、次のような条項が規定された。
第11条(賃料)
① 本賃貸借物件の月額基本賃料は、金735万9200円也とし、さらに別紙の収益試算表(添付資料(5)参照)における収益を保証するため、その年度の追加賃料の12分の1を加算したものを西武石油は毎月末日迄に翌月分を被告の指定する銀行口座振込により支払うものとします。なお、1か月に満たない賃料は日割計算によるものとします(添付資料(6)参照)。
② 賃料は、賃貸借開始日から満3年経過毎に6パーセントの増額をするものとします。なお、著しい公租公課の増減・物価の変動等が生じた場合は被告・西武石油協議するものとします。
また、本件契約書には、収益試算表(添付資料(5))と賃貸借期間の20年間の各月の賃料額を記載した賃料支払額計算書(添付資料(6))が添付された。この賃料支払額計算書には、平成18年4月の賃料は1062万2094円、平成18年5月から平成19年3月の賃料は1062万1583円と定められていた(甲42)。
なお、添付資料(5)に記載された収益計算は、当初提案書に記載されたものと同様に固定資産税額は土地の評価額を1坪10万円として計算し、火災保険料は建築工事費等の0.1パーセントとして算出した数字であって、正確に収益を算出したものではなかった(甲42、45)。
(3) 本件契約後の賃料減額交渉
ア 西武石油が取得する転貸賃料は、○○坂戸オープン前の時点で入居をとりやめるテナントが現れたりしたため、当初見込額から減少していたが、○○坂戸のオープン後も入居テナントの撤退や入居テナントからの賃料減額請求が相次いだことから、更に減少し、本件事業は損失を計上しかねない状況となった。そこで、西武石油は、本件契約締結に先立つ平成6年5月または6月ころの時点で、被告に対し、賃料を200数十万円ほど減額することを打診した。被告はこれに難色を示したが、その後西武石油と被告との間で交渉が重ねられた。
その結果、西武石油と被告は、同年12月8日、平成7年1月分から同年10月分までの現行賃料784万4908円を12パーセント減額し、月額賃料を690万3519円とする旨の合意をした(甲4)。この時点における現行賃料は、添付資料(6)記載の平成7年度の月額賃料に消費税を加えた上、本件建物の駐車場として賃借している駐車場代を加えた金額であった(以上、甲15、25、43、乙45、証人D、証人B)。
イ 西武石油は、賃料減額の対象期間の経過した同年11月分以降、添付資料(6)記載の平成6年度の月額賃料749万6416円を支払っていたが、平成8年9月には本件建物の複数のテナントが撤退し、西武石油が取得する転貸賃料が減少するものと予想されたことから、西武石油は、同年末ころ、被告に対し、平成9年1月分以降の賃料の減額請求を行った。これに対し被告は、平成8年4月分以降、添付資料(6)記載の賃料の一部が未払いになっているとして、未払部分につき、保証金又は敷金のいずれかで相殺する旨を通知した。そこで西武石油は、被告との関係悪化を回避しつつ、減額交渉を円滑に進めるため、とりあえず被告の主張を受け入れることとし、添付資料(6)記載の賃料額を被告に支払い続ける一方で被告と賃料減額の交渉を重ねた。
その結果、被告と西武石油は、平成9年2月27日、同年4月分から同年9月分までの月額賃料を改定賃料から3パーセント減額し、同年10月分から平成10年3月分までの月額賃料は添付資料(6)記載の同期間の賃料に改定する旨の合意をした(甲5)。なお、この時点における改定賃料とは、添付資料(6)記載の同期間の賃料であった(以上、甲15、19、25、43、乙46、47、証人D)。
ウ 西武石油は、同年2月1日、セゾングループの意向により解散することになったことを理由に、原告との間で、本件事業を原告に譲渡する旨約したが、その際、西武石油及び原告は賃貸人の地位の移転について事前に被告の承諾を得ていなかったことから、原告は、被告からその承諾を円滑に得る必要があったために、同年4月分以降の賃料については、被告の要求どおり添付資料(6)記載の同期間の賃料を支払い続けた。その結果、原告は、同年6月29日、被告から、賃借人の地位の移転についての承諾を得た(甲3、43、45、50)。
他方、その後も本件建物からのテナントの撤退が続いたため、原告の平成10年度における本件事業の収支は、原告が被告に支払う賃料額が原告のテナントから取得する賃料よりも高額になるという、逆ざや状態になることが予想された。そこで原告は同年9月ころ、被告に対し賃料減額の請求を行い、その後被告と交渉を続けた結果、原告と被告は、同年12月8日に平成11年1月分から同年6月分までの月額賃料を約定賃料から3パーセント減額し、同年7月分以降の月額賃料は約定賃料に改定する旨の合意をした(甲6)。なお、この時点における約定賃料とは、添付資料(6)記載の同期間の賃料であった(甲15、29、43、50、乙34、93、証人D、証人B)。
エ 原告の営業収益状況は、同年7月分以降の賃料についても減額を受け入れてもらわない限り損失を避け得ない状況であったが、原告は、被告との賃料減額交渉に臨むのに先だってひとまず空きテナントの解消を達成することを目指すこととしたため、同月分以降の賃料については、添付資料(6)記載の賃料を支払った。
その一方、原告の営業活動努力により、平成12年3月には空きテナントがすべて解消されることとなったが、平成12年度も原告の本件事業は営業損失を計上する状態が続いた。そのため原告は、平成13年2月、被告に対し賃料の200万円の減額を要請したところ、被告は賃貸借期間の延長を条件とする減額や賃料の一部の減額には応じる姿勢はみせたものの、原告の要求する200万円の減額には直ちに応じることはなかった。その後原告と被告は賃料減額交渉を続けたところ、双方の意見が対立して交渉は難航したが、平成14年7月25日に至ってようやく、同年4月分から平成15年3月分までの賃料を約定賃料額から月額860万円に減額する旨合意した(以上、甲7、15、25ないし27、29、30、32、34、35、45、乙35ないし37、93、証人E)。
オ 原告は、その後も賃料減額合意の期間が経過するごとに、被告に対し賃料減額の要請をし、その都度被告との交渉を重ねた結果、同年7月3日には、同年4月分から平成16年3月分までの賃料を約定賃料額から月額945万円にする合意を成立させ、平成17年2月25日には、平成16年5月分から平成18年3月分までの賃料を約定賃料額から12パーセント減額した額(最終期間である平成17年5月分から平成18年3月分までの月額賃料は913万5135円。)とする合意を成立させた(甲8、9)。なお、この時点における約定賃料とは、いずれも添付資料(6)記載の同期間の賃料を示すものであった(甲26ないし28、36、37の1及び2、38の1及び2、39、40、乙38ないし43、93、証人E、証人B)。
(4) 本件訴訟提起に至る経緯
ア 原告の本件事業はその後も営業損失を計上する状態が続き、平成17年には本件建物の中心的テナントを含む複数のテナントが撤退するなどしたことから、営業損失がなお拡大することが予想された。そこで原告は、平成18年2月17日、被告に対し同年4月分からの賃料を最終合意されていた賃料913万5135円から250万円の減額を申し入れる旨の書面を送付した(甲11、15、25、29、31、40、48、乙42、証人E、証人B)。
その後、原告の従業員は被告方を訪ね、被告に対し、本件建物の損益状況や本件建物の賃料の推移などを記載した資料を示しながら、原告の営業努力だけでは営業損失の解消が難しいことを説明して賃料の減額を求めた。これに対し、被告は月額約870万円程度までの減額しか認められないと回答して原告の減額請求を拒絶した。原告と被告はその後協議を続けたが減額の程度について合意に達することができず、原告は、本件訴訟代理人弁護士を通じて、被告に対し、同年12月15日到達の内容証明郵便で、平成19年1月分から賃料を月額595万円にさせていただきたい旨請求した(甲10の1及び2、15、16、48、乙104)。
イ 原告は、平成19年2月、本件建物賃料の減額を求め、被告を相手方として、川越簡易裁判所に調停を申し立てたが、同調停事件は、同年4月5日、不成立で終了となった。そこで、被告は、同月13日に第2事件にかかる訴えを提起し、原告は、同月18日に第1事件に係る訴えを提起した(前記前提事実(6)エ)。
(5) 本件建物の状況
ア 本件建物は、東武東上線坂戸駅の東方約500メートルに位置し、幅員約10メートルの県道(川越坂戸毛呂山線)に面している。県道沿いには小規模店舗、事業所のほか、医院、一般住宅等も混在し、一部空地も残る路線商業地域になっている。一帯はほぼ平坦地であり、日照・通風等の自然的条件、地勢・地盤等の自然的環境は普通である。公法上の規制は、市街化区域、第1種住居地域で、建ぺい率は60パーセント、容積率は200パーセントで、公営水道、都市ガス、公共下水道は整備済みである(甲13、14、鑑定の結果)。
イ 本件建物は、鉄骨造亜鉛メッキ鋼板葺3階建の主たる建物及び同様の造りの2階建の附属建物5棟から構成され、いずれも貸店舗である(甲1、13、14、鑑定の結果)。
(6) 本件土地周辺の地価の推移
坂戸市の基準地価の平均価格は、平成5年ころから平成18年ころにかけて一貫して下落を続け、平成5年の地価を基準にすると平成18年には商業地で30.6パーセントに、住宅地で45.9パーセントに下落した(鑑定の結果)。
(7) 固定資産税等の税額の推移と税額減少による負担軽減の程度
本件土地及び本件建物の固定資産税・都市計画税の税額は、平成5年度には125万円であったが、平成6年度には本件建物への課税が始まったことから、834万0200円に増額となった。その後、上記税額は一時上昇したもののほぼ横ばいで推移し、平成18年度にはやや下落し782万7219円となった(甲57、乙89の1ないし91の5)。
被告の収益計算が記載された添付資料(5)では、被告の支払う固定資産税は平成5年度で1216万8000円、その後も1200万円前後として試算され、平成18年度は1247万9000円として試算されている。原告は、平成5年度から平成18年度までに、添付資料(5)における試算に比べ合計約5900万円の負担軽減になり、平成18年度では465万1781円の負担軽減となった。
(8) 賃料と転貸賃料との差額の推移
○○坂戸がオープンした平成5年当時、西武石油がテナントから取得した転貸賃料の合計は年額1億5375万6720円であったのに対し、西武石油が被告に支払った賃料は年額9000万5000円であり、その差額は6375万1720円であった(甲2、43)。その後、転貸賃料の減少やテナントの撤退による空室などから西武石油の転貸賃料は減少し、西武石油から原告に営業譲渡がされた平成10年の時点では、原告が取得した転貸賃料は合計年額9594万円であったのに対し、原告が被告に支払った賃料は年額1億0826万5000円であり、原告にとっては支払賃料が転貸賃料収入を上回る「逆ざや」が生じていた。原告が取得する転貸賃料は、その後平成14年ころにかけて原告の営業努力によるテナントの入居でやや増加したため、平成14年と平成15年には「逆ざや」は解消されたが、その後転貸賃料は再び減少に転じて、平成18年には年額7151万1000円、平成19年には年額5879万8000円にまで減少したのに対し、原告が被告に支払った賃料は、平成18年及び平成19年には年額1億0962万2000円に達したため、原告にとって「逆ざや」となる賃料と転貸賃料との差額は、平成18年で3811万1000円、平成19年で5082万4000円に拡大した(甲23)。
(9) 本件建物に関する被告の収支
ア 被告は、平成18年2月28日までに、西武石油及び原告から本件建物賃料として合計で約13億2919万円を受領し、他方で、平成17年6月30日までに、原告に対し本件契約に基づく保証金の返還として合計4億1314万8024円を支払った。また、被告は、平成18年度までに固定資産税等として約1億1075万8836円、JA建物更生共済に共済掛金として年額874万3600円、平成18年までに合計1億2241万0400円、平成20年3月31日に本件建物の外壁塗装工事として1417万5000円を支払った。
イ 被告は、平成18年4月1日以降、毎年、原告に対し本件契約に基づく保証金の返還として年額5164万3503円(平成24年のみ5164万3511円)を支払うとともに、JA建物更生共済に共済掛金として年額874万3600円、固定資産税・都市計画税として年額800万円前後の金銭を支払わなければならないほか、本件契約が終了する平成24年には敷金の返還として3億8732万6277円を支払う義務を負っている。他方、被告は、平成24年にはJA建物更生共済の満期返戻金として1億7520万円を受け取る権利を有している。
(10) 本件訴訟における鑑定の結果
当裁判所が採用した不動産鑑定士による鑑定の結果は、平成18年4月1日時点における本件建物の一括借り上げ方式による賃貸借契約の1か月あたりの適正賃料額について、差額配分法による試算賃料を745万円(1791円/m2)、利回り法による試算賃料を885万円(2127円/m2)、スライド法による試算賃料を886万円(2130円/m2)と算定した(賃貸事例比較法については、適切な賃貸借の継続に係る事例が見当たらないとして試算を行っていない。)。
その上で、試算に用いた最終合意時点の現行賃料(913万5135円、2196円/m2)が、算出した正常賃料(576万円、1385円/m2)に比して著しく高くなっており、現行賃料が試算に影響を及ぼす度合いの大きい利回り法とスライド法による試算賃料は参考に留めるべきであるとして、差額配分法による試算賃料である745万円(1791円/m2)をもって、鑑定評価額とした。
また、同様の算定方法によって、平成19年1月1日時点における本件建物の一括借り上げ方式による賃貸借契約の1か月あたりの適正賃料額について、差額配分法による試算賃料を743万円(1786円/m2)をもって、鑑定評価額とした。
2 争点(1)(本件契約において定められた平成18年4月分から平成19年3月分までの本件建物賃料額)について
(1) 平成18年4月分から平成19年3月分までの本件賃料額については、本件契約締結時に、西武石油及び被告間において、添付資料(6)記載のとおり賃貸借期間である20年間の各賃料額の合意がなされたと認められるか否かが問題となるため、この点について検討する。
(2) 甲2によれば、西武石油及び被告は平成6年8月23日に本件契約を締結した際に、本件契約書の11条1項に基づき、本件建物の1か月当たりの基本賃料を契約時735万9200円とした上で、これに添付資料(5)記載の各年度の追加賃料の12分の1を加算したものをもって賃料とすること、1か月に満たない賃料は日割計算によるものとすること及び日割計算に関して添付資料(6)を参照すべきことを合意し、また、同条2項に基づき、賃料は賃貸借開始日から3年経過ごとに6パーセント増額するという自動増額の合意をしたことが認められる。
そこで、11条1項全体を解釈することにより、20年間の賃料額を算出することが可能といえるかどうかを検討すると、添付資料(5)記載の金額を参照すれば、自動増額にかかる賃料とは賃料全体のうちの基本賃料部分(添付資料(5)「収益試算表」における「収入」欄の金額)を指すものと解釈することが可能であり、その結果として、添付資料(5)を含めた本件契約書11条全体から賃貸借期間の各月の賃料額を算出することが可能であるといえる。
その上で、11条1項が参照すべきものとしている添付資料(6)が、本件契約の内容を特定する上でいかなる意味を有するかについてみるに、添付資料(5)「収益試算表」における「賃料計」欄の金額と添付資料(6)「賃料支払額計算書」における「(1)年額」欄の金額が一致していることからすれば、本件契約に基づいて計算された各月の実際の賃料額を一覧するものとして作成されたものが添付資料(6)であると認められる。
以上の点を総合すれば、西武石油と被告間は、本件契約を締結した際、この添付資料(6)に基づいて西武石油が被告に対し賃料を支払う旨の合意をしたものと認めるのが相当である。
(3) ちなみに、前記1で認定した事実によれば、西武石油及び原告と被告との間では、本件契約の後、計6回の賃料減額の合意がなされているが、平成6年12月8日の賃料減額合意の外は、減額の基準となる賃料は添付資料(6)記載の当該期間の賃料であり、平成6年12月8日の賃料減額合意においても、駐車場代及び消費税が加えられているが基本的には添付資料(6)記載の当該期間の賃料を基準に賃料減額の合意がなされており、また、賃料減額の合意のない期間においては、平成7年11月からの数ヶ月と最終合意後から本件訴訟が提起されるまでの一部の期間を除いて、西武石油及び原告は、被告に対し、添付資料(6)記載の当該期間の賃料を支払っているのであって、これらの事実は、正に当初契約の時点において、西武石油と被告との間で添付資料(6)に基づいて賃料を支払う合意があったことを裏付けるものといえる。
(4) ところで、原告は、本件契約書の11条2項において、著しい公租公課の増減・物価の変動等が生じた場合には西武石油・被告間の協議により随時改定できることが規定されていたことを根拠に、契約直後から被告との間で賃料減額の合意ができていたとして、賃料は随時合意により額を定めることが予定されていた旨主張する。しかし、賃料改定ができる旨の規定が存在することは、賃料額を確定したことと矛盾するものではなく、賃料減額の合意についても前記のとおり減額の基準が添付資料(6)記載の当該期間の賃料による旨定められていたことからすれば、協議による賃料改定の規定があることを根拠として賃料は随時定める旨の合意があったと結論付けることはできず、原告の主張は採用できない。
また、原告は、添付資料(5)は西武石油が被告に対し、本件契約期間を通じて被告が収益を得られることを説明した際の試算であるとし、本件契約書11条2項に賃料を3年経過ごとに6パーセント増加する規定と、添付資料(5)記載の「賃料計」、添付資料(6)記載の「年額」の賃料の増額の内容が整合しないことも、これらの添付資料が単なる試算にすぎないことを示すものであると主張する。しかし、西武石油が被告に当初提案を行った際に提示した資料は添付資料(5)と同じ形式の収益試算表のみであり、添付資料(6)である賃料支払額計算書についてはその後の本件契約の締結に際して新たに作成されたものと認められること、前記のとおり本件契約書11条2項の賃料の自動増額の規定における賃料とは、同条1項の基本賃料を指すと解釈することが可能であって(契約書内にあって文言の矛盾のない解釈ができるのであれば、それに従うのが当事者の意思に合致すると認められる。)、そうすれば添付資料(5)及び添付資料(6)の記載とも整合することからすると、本件契約書の添付資料が単なる試算であって契約の内容を構成するものではなく法的拘束力を有しないと認めることはできず、原告の主張を採用することはできない。
(5) 以上のとおり、西武石油と被告との間で、本件契約時に添付資料(6)記載のとおり賃貸借期間である20年間の各賃料額の合意がなされたと認められ、同計算書における平成18年4月の賃料は、1062万2094円、平成18年5月から平成19年3月の賃料は、1062万1583円である。したがって、本件契約において定められた本件建物賃料額は、平成18年4月分が1062万2094円、平成18年4月分から平成19年3月分までが1062万1583円と認められる。
3 争点(2)(原告の被告に対する本件建物賃料減額請求の意思表示の時期)について
(1) 前記前提となる事実記載のとおり、原告は被告に対し、平成18年2月17日付けで、本件書簡により本件建物の賃料減額の申し入れをしたものであるが、この点につき、被告は、本件書簡の送付は賃料減額協議の申し入れをしたものにすぎず、借地借家法32条1項の賃料減額請求の意思表示には当たらない旨主張する。
(2) 確かに、本件書簡は、「2006年4月分より現行賃料から250万円の減額をお願いいたしたく、ご検討下さいますよう重ねてお願い申し上げます。」と記載しており、原告において賃料を減額させる旨通知する内容とはなっていない。しかし、借地借家法32条1項の賃料減額請求は、その意思表示により賃借人が主張する賃料額に一方的に減額されるものではなく、客観的に相当な額に減額されるもので、その相当な額については当事者間において協議することが予定されているから、賃料減額の意思表示は、賃借人から賃貸人に対し、賃料の減額を請求する内容が含まれていれば足りるものと解される。
そうすると、原告は本件書簡において、被告に対し本件建物の月額賃料を減額することを請求していることが明らかであるから、借地借家法32条1項の賃料減額請求の意思表示をしたものと認められる。したがって、本件書簡が平成18年2月17日付けで発送され、これが被告に到達した時点(平成18年2月17日から間もなく)において、原告から被告に対し、賃料減額の意思表示がなされたものと認められる。
4 争点(3)(賃料減額請求の当否及び相当賃料額)について
(1) 賃料減額請求の当否について
ア 前記1で認定した事実によると、本件契約は、不動産事業を行おうと考えていた株式会社である西武石油が、土地の所有者である被告の建築した建物で転貸事業を行うことを目的とし、被告に対して20年間の賃料を添付資料(6)のとおり支払う保証をする一方、その収益試算をもとに、西武石油が被告に対し、保証金及び敷金の名目で返還することを前提にして約11億6000万円の金銭を預託し本件建物を建築させた上で締結されたものであり、いわゆるサブリース契約であると認められる。
本件契約がこのようなサブリース契約であることを理由に、借地借家法の適用が排除されるかどうかについては、本件契約がその本質において建物賃貸借契約であることに変わりはない以上、借地借家法の適用は排除されないというべきであって、特段の事情のない限り、賃料減額請求に関する同法32条も適用されることになる。そして、同条は強行法規である以上、本件契約のように賃料保証特約があったとしてもその適用を排除することはできないという外はなく、その他本件全証拠を総合しても、本件賃貸借契約に借地借家法32条が適用されないとする特段の事情を見出すことはできない。
ところで、本件契約における賃料減額請求の当否及び相当賃料額を判断するに当たっては、賃貸借契約の当事者が賃料額決定の要素とした事情その他諸般の事情を総合的に考慮すべきであり、特に本件の場合には、西武石油が20年間の賃料を添付資料(6)記載のとおり支払うことを約し、被告がこれを前提とした収益予想の下に西武石油から建築資金の預託を受けて本件建物を建築した上で、本件契約を締結したという事情にかんがみると、賃料保証条項の存在や保証賃料額が決定された事情をも考慮すべきものといえる。
イ そこで、このような見地から検討するに、前記1で認定した事実によると、本件建物のある坂戸市では、基準地価の平均価格は、平成5年ころから平成18年ころにかけて一貫して下落を続け、平成5年の価格を基準にして平成18年では商業地で30.6パーセント、住宅地で45.9パーセント下落しており、原告は、平成5年度から平成18年度までの14年間に固定資産税・都市計画税の減額により、収益試算におけるより合計約5900万円、平成18年度だけでも465万1781円の負担軽減を受けたと認められる。また、原告が被告に支払う賃料額が原告の取得する転貸賃料を上回るという「逆ざや」状態が、平成10年以降において、平成14年及び平成15年を除く毎年続いており、平成18年は「逆ざや」による差額が3811万1000円に達していて、それ以降も更に拡大していることが認められる。そうすると、原告が本件契約において20年間の賃料を添付資料(6)のとおり支払うことを約したこと及び被告がこれを信頼して本件契約を締結したこと等の事情を考慮しても、添付資料(6)記載の賃料額は、平成18年4月1日の時点においては不相当となったものというべきである。
(2) 相当賃料額について
ア 鑑定の結果が、平成18年4月1日時点における本件建物の一括借り上げ方式による適正賃料額は月額745万円(1791円/m2)、平成19年1月1日時点における同適正賃料額は月額743万円(1786円/m2)としていることは、前記1のとおりである。
しかし、本件鑑定結果は一括借り上げ方式による適正賃料額を算定したものであるものの、本件契約に至る経緯や賃料額決定の要素とした事情等を考慮したものではないことから、本件鑑定結果の評価額をもって、直ちに本件建物の相当賃料額であるということはできない。
前記のとおり、本件契約における相当賃料額を算定するに当たっては、賃貸借契約の当事者が賃料額決定の要素とした事情その他諸般の事情を総合的に考慮すべきところ、本件契約における締結までの特殊事情にかんがみると、本件契約においては、賃料保証条項の存在や保証賃料額が決定された事情を考慮すべきであり、その際には被告の保証金及び敷金の返済計画にも十分配慮する必要があるというべきである。
イ そこで、このような見地から検討するに、前記1で認定した事実によると、①西武石油は当初提案書において西武石油の転貸事業として採算が採れかつ被告の利益も確保できる金額として賃料を月額760万円とした上、3年経過ごとに6パーセントアップさせることを提案し、収益計算書によって被告が収益を上げられることを説明したこと、②西武石油は本件建物の建築費が当初見込額より増額したにもかかわらず当初提案時の被告の収益額を保証するとして修正提案を行い、本件予約契約では、基本賃料を月額760万円とした上で当初提案の収益額に不足する部分を追加賃料として加算することとしたこと、③本件契約では20年間分の賃料支払額の合意がなされたこと、④坂戸市の基準地価の平均価格は、平成5年ころから平成18年ころにかけて一貫して下落を続けていること、⑤原告が被告に支払う賃料額が原告の取得する転貸賃料を上回る「逆ざや」状態が、平成10年以降、2年間を除き毎年続いていること、⑥原告は、平成5年度から平成18年度までの14年間に固定資産税等の減額による負担軽減を受けていること、⑦被告は平成18年3月までに、被告が支払った保証金の返還額、固定資産税等の支払額等を考慮しても十分な収益を確保できる賃料収入を得ていたこと、⑧被告は、平成18年4月以降、原告に対する保証金の返還義務を負うほか、共済掛金、固定資産税・都市計画税の支払義務を負い、本件契約が終了する平成24年には敷金返還義務を負っていること、⑨被告はJA建物更生共済に年額874万3600円の共済金を支払っているが、平成24年には満期返戻金として1億7520万円の支払を受けるほか、本件契約の際の収益試算(添付資料(5))では、火災保険料は年額110万3000円として試算がなされていたこと等が認められる。
これらの事情、殊に、西武石油が被告の利益も確保できる金額として賃料額を定め、本件建物の建築費が増額しても当初提案時の被告の収益額を保証すると約束し、かかる収益試算を信頼して被告が本件契約を締結したことに照らすと、本件建物の賃料の年額が、被告が本件建物に関して支払う毎年の保証金返還額、固定資産税・都市計画税、敷金返還額の1年当たりの金額(1936万6313円)及び本件契約の際に収益試算された火災保険料の年額を合計した額(年額7711万2816円前後)を下回る金額とすることは相当性を欠くという外はない。
そして、前記1で認定したとおり、被告は平成18年3月までの2年間、本契約による賃料から12パーセントの減額に応じ、それ以降の賃料についても交渉の過程でさらなる減額に応じる意向があったものであり、上記のとおり指摘した事情に加えてこの点も考慮すると、本件建物の相当賃料額は、平成18年4月分以降、本契約による平成18年4月分の賃料から約20パーセントを減額した月額850万円とするのが相当である。
(3) ところで、原告は、鑑定評価書(甲13)によれば、平成18年4月1日時点における本件建物の月額賃料は596万4000円であるとされていることを根拠に、平成19年1月1日時点における相当賃料額は585万円であると主張する。しかし、鑑定評価書の評価額は、本件建物をサブリース契約であることを前提に評価したものかどうかが明らかでなく、仮にサブリース契約であることを前提としたものであっても、その評価は本件契約に至る経緯や賃料額決定の要素とした事情等を考慮したものとなっていないのであり、したがって、鑑定評価書の評価額をもって本件建物の相当賃料額であると認めることはできない。
5 争点(4)(本件建物賃料減額請求が信義則違反となる事情の有無)について
(1) 被告は、西武石油が本件契約において賃料保証をしたことに照らすと、西武石油からその地位を承継した原告が賃料減額請求をすることは禁反言に当たり、また、被告がこれまでにも賃料減額に応じ、実質的には原告の損失補償を強いられてきたことに照らすと、原告が更に賃料の減額請求をすることは信義則上許されないと主張する。
(2) しかし、本件契約は建物賃貸借契約に当たる以上、借地借家法の適用を受けるものであり、そして借地借家法32条は強行法規であって、本件のように賃料保証特約があったとしてもその適用を排除することはできないのであるから、原告の賃料減額請求は正当というべきであって、本件契約の相手方当事者が賃料保証をしたという事情のみをもってしては、原告の賃料減額請求することが信義則に反するものとは認められない。また、前記1で認定したとおり、被告がこれまで賃料減額に応じ続けたことは確かであるが、そのような事実をもってしても、原告の賃料減額請求が信義則に反するとは認められない。したがって、被告の主張は採用できない。
6 結論
以上によれば、原告の第1事件の請求は、被告が原告に賃貸している本件建物の賃料は平成18年4月1日以降1か月850万円であることの確認を求めるとともに、被告に対して平成18年4月から平成22年5月までの4年2か月間に支払った賃料と減額賃料との差額の合計3175万6750円の支払及び同期間に各月に支払われた賃料と減額賃料との差額である63万5135円に対する各利息発生日から支払済みまで借地借家法32条3項所定の年1割の割合による利息の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却し、他方、被告の第2事件の請求は、理由がないから棄却すべきである。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 松原正明 裁判官 柴﨑哲夫 小林健留)
(別紙)物件目録<省略>
坂戸専門店プラザ「○○」1階、2階平面図<省略>
1~5<省略>