さいたま地方裁判所川越支部 平成21年(ヲ)7号 決定 2009年3月23日
主文
債権者らの申立てを却下する。
申立費用は債権者らの負担とする。
理由
第一申立ての趣旨及び理由
本件申立ての趣旨は、債権者は、債務者に対し、別紙請求債権目録記載の執行力ある債務名義正本に表示された請求債権を有しているが、債務者がその引渡しをしないので債務者が第三債務者に対して有する別紙差押債権目録記載の内容物引渡請求権の差押えを求める、というものであり、理由の要旨は次のようなものである。
一 債権者らは、債務者に対し、別紙動産目録記載の特定物(以下「本件動産」という。)の引渡請求権を被保全債権とする本件動産引渡断行の仮処分命令(さいたま地方裁判所川越支部平成二一年(ヨ)第二〇号、以下「本件仮処分命令」という。)を得た。
二 本件動産は、本件仮処分命令発令前の時点から現在に至るまで、債務者によって、債務者と第三債務者との間に締結された貸金庫契約(以下「本件貸金庫契約」という。)に基づき、第三債務者管理に係る貸金庫内に格納されている。したがって、第三債務者は、本件仮処分命令の目的物である本件動産を占有している。
三 そして、第三債務者は、本件貸金庫契約に基づき、債務者に対し、貸金庫の内容物を一括して引き渡す義務を負っているところ、貸金庫には本件動産が格納されているのであるから、第三債務者は、本件貸金庫契約に基づき、債務者に対し、貸金庫の内容物たる本件動産の引渡義務を負っているといえる。
四 よって、債権者らは、本件仮処分命令を債務名義として、民事保全法五二条二項、民事執行法(以下「法」という。)一七〇条に基づき、債務者が、第三債務者に対して有する貸金庫引渡請求権の差押えを求める。
第二当裁判所の判断
一 本件申立ては、民事保全法五二条二項及び法一七〇条を根拠とするものであるところ、法一七〇条は、第三債務者が、債権者の債務者に対する強制執行の目的物を、債務者に引き渡す義務を負っていること、すなわち、債務名義において特定された債務者の債権者に対する引渡義務の目的物と、第三債務者の債務者に対する引渡義務の目的物とが、同一であることを要件とする。
二 そこで、かかる要件を充たすかどうか検討する。
(1) 銀行は、貸金庫契約上、緊急を要する場合を除き、貸金庫の開扉に際してマスターキーによる施錠を解いた後は、貸金庫の開閉や内容物の出し入れには関与せず、したがって、利用者が何を貸金庫に格納し、又は取り出したかを知らず、貸金庫に実際に物品が格納されているか否かも知り得る立場にはない。このような貸金庫取引の特質から考えると、貸金庫の内容物に対する銀行の占有は、貸金庫に格納された物品について個別的に成立するものではなく、貸金庫の内容物全体につき一個の包括的な占有として成立するものである。
利用者は、貸金庫契約に基づいて、銀行に対し、貸金庫室への立入り及び貸金庫の開扉に協力すべきことを請求することができ、銀行がこれに応じて、利用者が貸金庫を開扉できる状態にすることにより、銀行は、内容物に対する事実上の支配を失い、それが全面的に利用者に移転する。そうすると、銀行に対し、貸金庫契約の定めるところにより、利用者が内容物を取り出すことのできる状態にするよう請求する利用者の権利は、内容物の引渡しを求める権利にほかならない。
そして、前記のとおり、銀行の占有が貸金庫の内容物全体につき一個の包括的な占有として成立するものであることからすれば、利用者の銀行に対する引渡請求権は、貸金庫の内容物全体を一括して引き渡すことを請求する権利という性質を有するものというべきである。
(最高裁平成八年(オ)第五五六号同一一年一一月二九日第二小法廷判決・民集五三巻八号一九二六頁参照)
そうすると、銀行が貸金庫契約に基づき利用者に対して負う引渡義務の性質は、貸金庫の内容物全体についての一括引渡義務であるといえるから、かかる引渡義務の目的物は、貸金庫の内容物全体であって、貸金庫に格納された個別の物品ではないというべきである。
(2) 以上を前提に本件についてみると、第三債務者が本件貸金庫契約に基づき債務者に対して負担する引渡義務の目的物は貸金庫の内容物全体であるのに対し、本件仮処分命令において特定された債務者の債権者に対する引渡義務の目的物は本件動産であるので、両者は同一であるとはいえない。
(3) 債権者らは、要旨次のように述べ、本件においては両者の同一性を肯定すべきであると主張する。
①本件貸金庫契約は、本件動産を保管することのみを目的として締結されたものであり、本件動産以外の物が格納されている可能性が皆無である。したがって、第三債務者が債務者に対して負っている貸金庫の内容物全体を引き渡す義務と本件動産を引き渡す義務とは、同じである。
②上記最判は、貸金庫内に差押禁止動産が混入している場合であっても差押えを認め、また、差押えの対象動産を限定表示した申立てによる差押えも認めているので、差押え後、執行官が目的物を限定して取り立てることを予定しているといえる。そうであるならば、第三債務者と債務者が各負担する引渡義務の目的物の同一性の判断においても、差押命令の執行において、対象物を限定することが可能かどうか、という事情を含めて判断すべきであり、そのように判断するならば、本件は、同一性が肯定される事案である。
③仮に、本件の事案において、法一七〇条の適用が認められないことになると、債権者らは、債務者に対する特定物引渡請求権について執行力を有する債務名義を得ていても、債務者が貸金庫に動産を格納した場合には強制執行を行うことができないことになり、結論において不当である。
そこで、上記主張について検討する。
ア まず、銀行が貸金庫契約に基づき利用者に対し負担する引渡義務の対象が何であるかの判断は、貸金庫契約の特質から導かれる法的判断であって、貸金庫内に現実にどのような物品が格納されているかという事実状態によって結論を異にするものではないというべきである。
したがって、上記①の主張には理由がない。
イ また、法一七〇条が適用された場合、その執行は、執行裁判所が、債務者の第三者に対する引渡請求権を差し押さえ、請求権の行使を債権者に許す旨の命令を発することにより行われる。そして、債権者は、差押命令が債務者に送達された日から一週間を経過したときには、第三者に対し、直接、引渡請求権の行使をすることができるものの、その際、金銭執行としての差押命令の執行(法一六三条)における執行官のように、差押物件を選択する裁量を有するものではない。
このように、法一七〇条は、そもそも、執行官による執行自体を予定していない上、債権者が対象動産を選択しなければならない場面も予定していないというべきである。
したがって、上記②の主張には理由がない。(なお、債権者らが主張するとおり、上記最判は、差押禁止動産が混入しているか否かを問わず、また、差押えの対象動産を限定表示した申立てによる差押えを認めたが、これは、金銭債権についての強制執行の方法について判示したものであって、本件のような特定物引渡請求権についての強制執行の方法に当てはまるものではないというべきである。)
ウ そして、債権者らは、法一七〇条の適用が認められない場合であっても、法一七二条に基づき、間接強制の方法によって強制執行をすることはできるのであるから、法一七〇条の適用を認めないことが結論の不当を導くということにはならないというべきである。
したがって、上記③の主張にも理由がない。
三 よって、債権者らの本件申立てには理由がないから却下することとし、主文のとおり決定する。
別紙 当事者目録《省略》
別紙 請求債権目録
さいたま地方裁判所川越支部平成二一年(ヨ)第一八号仮処分命令事件の決定正本に表示された下記請求権
記
債権者両名の債務者に対する、別紙動産目録記載の各動産の仮引渡請求権
別紙 動産目録<抄>
一 印鑑 一本
但し、<以下省略>
二 定期預金証書 一部
但し、<以下省略>
別紙 印影目録《省略》
別紙 差押債権目録
債務者が第三債務者に対して有する下記貸金庫の内容物の引渡請求権(これに基づく引渡は、貸金庫に入室させた上、貸金庫契約の定めるところにより、貸金庫の内容物を取りだすことができる状態にする方法による)。
但し、執行官による受領を求める動産の範囲は、別紙動産目録記載の範囲。
記
第三債務者坂戸支店の貸金庫室内に存する債務者との貸金庫契約に係る貸金庫