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さいたま地方裁判所川越支部 平成23年(ワ)1315号 判決 2012年12月13日

主文

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

被告は、原告に対し、1044万5500円及びこれに対する平成24年5月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

本件は、平成8年に、自衛官であった夫に対する離婚に伴う財産分与請求権を保全するため、夫の被告に対する退職金請求権を仮差押えした原告が、平成22年に夫と離婚し、翌年、同財産分与請求権を請求債権として同退職金請求権を差し押さえた上で、取立権に基づいて被告に同退職金を請求したところ、被告から、夫は平成12年に退職しており、原告の退職金請求権は、会計法30条の規定する時効期間の経過により消滅している旨主張されたが、原告は、前記仮差押えが時効の中断事由となるから、同退職金請求権のうち、前記仮差押えの効力の及ぶ部分については、時効期間は進行していないなどとして争い、主位的に、取立権に基づき、また、予備的に、被告担当者が前記仮差押命令に反して夫に対して退職金全額を支払ったことが、国家賠償法1条1項にいう「違法に他人に損害を与えたとき」ないし、民法上の不法行為にあたるとして、同項ないし民法715条1項に基づく損害賠償請求として、前記退職金のうち仮差押命令の効力が及ぶ1044万5500円及び、これに対する訴え変更申立書送達の日の翌日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払請求をしている事案である。

1  前提事実(証拠を掲記しない事実は当事者間に争いがない。)

(1)  A(以下「A」という。)は、昭和40年4月に自衛隊に入隊し、平成12年に定年退職するまで自衛官として勤務した者であり、原告は、昭和55年にAと婚姻した、同人の元配偶者である(弁論の全趣旨)。

(2)  平成8年12月3日、当時の浦和地方裁判所川越支部において、原告の申立てにより、原告のAに対する離婚に伴う財産分与請求権を被保全債権とし、被告がAに支給する予定の退職金等を金1044万5500円の限度で仮に差し押さえる旨の命令(同支部平成8年(ヨ)第202号債権仮差押命令申立事件)が発令された(甲2。以下「本件仮差押命令」という。)。第三債務者である被告は、同日に同命令の、同月16日にその更生決定の送達を受けた(乙1、2、弁論の全趣旨)。

(3)  Aは、平成12年9月4日、自衛隊を定年退職し、その際被告から、退職手当2188万1601円(ただし、所得税、都道府県民税及び市区町村民税等を控除した残額。以下「本件退職手当」という。)の支給を受けた(乙4)。

(4)  この間、同年8月31日に、同支部において、原告の申立てにより、原告とA間の婚姻費用分担申立事件(同支部平成10年(家)第541号)の審判書を債務名義とし、婚姻費用分担金60万円を請求債権として、Aが被告から支給される退職金等を差し押さえる旨の命令が発令された(乙3)。

同命令の送達を受けた被告は、同年9月5日、第三債務者に対する陳述催告に対し、Aが同月4日に被告を退職し、これから支払期の到来する退職金が約470万0320円存在することや、Aの俸給等に対する他の差押え、仮差押えはないことなどを陳述した(乙5)。

(5)  Aは、被告から、防衛庁の職員の給与等に関する法律(なお、現在の法令名は、防衛省の職員の給与等に関する法律。以下同じ)27条の2及び若年定年退職者給付金に関する内閣府令(なお、現在の省令名は、若年定年退職者給付金に関する省令。以下同じ)に基づき、若年定年退職者給付金として、平成12年12月14日に470万0320円(ただし、所得税、都道府県民税及び市区町村民税等を控除した残額)の、平成15年12月15日に1214万9111円(税金等の控除なし)の支給を受けた(乙6の1及び2。以下、これらを併せて「本件若年定年退職者給付金」という。)。

(6)  原告は、平成22年、さいたま家庭裁判所川越支部において、Aとの離婚と、それに伴う財産分与等を請求して訴訟(同支部平成22年(家ホ)第5号)を提起した。これを受けて、同年9月10日、原告と被告とを離婚し、被告に対し慰謝料500万円及び離婚に伴う財産分与として2100万円の支払を命じ、年金分割についての請求すべき按分割合を0.5と定める旨の判決が言渡され、同判決は、同月28日、確定した(甲3、4)。

(7)  平成23年1月26日、同支部において、原告の申立てにより、同判決を債務名義とし、2100万円及び執行費用8190円を請求債権として、Aが被告から支給された、若しくは支給される退職金(ただし、所得税、住民税を控除した残額の4分の1)の差押命令(以下「本件差押命令」という。)が発令された(甲5)。本件差押命令は、同月27日、第三債務者である被告に送達された(甲6)。

(8)  被告は、同年2月2日、本件差押命令にかかる第三債務者に対する陳述催告に対し、Aはすでに退職しており、今後支払期の到来する退職金等は存在しない、退職金のうち、本件仮差押命令の効力が及ぶ部分についてもAに支払済みであり、債務者の退職時、被告において、本件仮差押命令の存在は認識されていなかった可能性があるなどと陳述した(甲7)。

(9)  その後、原告は被告に対し、取立権に基づいて同退職金の請求をしたが、被告は、同退職金請求権は、会計法30条の定める時効期間である5年の経過により、既に消滅しているなどとして、これを支払わない。

2  争点

本件の争点は、① 本件仮差押命令がAの被告に対する退職金請求権の消滅時効の進行を妨げるか、② 本件仮差押命令に反してAに退職金を支給した被告が、同消滅時効を主張することが信義則違反といえるか、③ 被告がAに対して退職金全額を支給したことに関し、原告は国家賠償法1条1項ないし民法715条に基づく損害賠償請求をすることができるか、である。

(1)  争点①(本件仮差押命令がAの被告に対する退職金請求権の消滅時効の進行を妨げるか)について

(原告の主張)

本件仮差押命令は、Aの被告に対する退職金請求権の消滅時効を中断する。また、本件仮差押命令及び本件差押命令の効力は、本件若年定年退職者給付金にも及ぶ。したがって、本件退職手当及び本件若年定年退職者給付金(以下、これらを併せて「本件退職手当等」という。)に係る請求権は時効消滅していない。その理由は、以下のとおりである。

ア 以下の理由から、一般に、仮差押命令が第三債務者に送達されることによって、被仮差押債権の消滅時効が中断される。

(ア) 民法147条2号は、時効の中断事由として、「仮差押え」と規定しており、請求債権か被仮差押債権かを区別していない。

(イ) 消滅時効の制度趣旨として、一般的に挙げられるのは、①永続した事実状態の尊重、②権利の上に眠る者を保護しない、③時間の経過に伴う証拠の散逸による証明困難からの救済、であるところ、当該債権を被差押債権とする仮差押えがされた場合には、これらの制度趣旨は、妥当しない。

a 債権仮差押命令には権利関係の主張が記載されているところ、その主張は継続する事実状態と異なる真実の権利関係を内容とするものである。そのため、債権仮差押命令がされた場合、被差押債権の権利不行使の状態が破られることとなる。

b ある債権について仮差押えがされた場合、債務者(被差押債権の債権者)は、自ら自己の権利を行使することも、第三債務者から履行を受けることも許されないのであるから、権利行使が可能であったにもかかわらず、それを怠ったものということはできない。他方、第三債務者の、時効消滅によって享受する利益は、反射的利益にすぎないから、これを考慮すべき理由はない。

c 仮差押命令の送達を受けた第三債務者は、来るべき債権者からの請求に備えて証拠管理の徹底を期待できることなどから、仮差押命令によって証拠の散逸が防止できる。

(ウ) 債務者は、被仮差押債権を自ら取り立てることを禁じられているし、自ら懐が潤うわけでもないのに、同債権について給付訴訟を提起したりすることは事実上あり得ないのであって、債務者による時効の中断を期待することはできない。また、債権者による債権者代位権の行使には、無資力要件が必要であることなどから、仮差押えによる時効中断を認めなければ、不都合が生じる。

イ 本件のような離婚に伴う財産分与請求権は、夫婦間の協議や審判等によって具体的内容が確定するまでは、債権者がこれを被保全債権として債権者代位権を行使することが許されていない。したがって、被仮差押債権が、一般民事債権の場合に、仮差押命令による時効中断を認めない考え方を採ったとしても、被仮差押債権が同財産分与請求権の場合には、これと別異に考え、中断を認めるべきである。

ウ また、本件仮差押命令及び本件差押命令における被仮差押債権ないし被差押債権である「退職金」債権とは、各目の如何を問わず、Aが退職に伴って被告から受ける金銭給付を意味するものであり、若年定年退職者給付金も含まれる。

(被告の主張)

本件退職手当に係る請求権及び本件若年定年退職者給付金に係る請求権は、いずれも国に対する公法上の金銭債権であり、会計法30条及び31条の規定により、弁済期から5年の経過をもって、それぞれ時効により当然に消滅する。すなわち、本件退職手当については、Aが退職した平成12年9月4日が弁済期であるから、平成17年9月4日の経過により、本件若年定年退職者給付金については、平成12年12月末日(1回目)及び、平成14年8月末日(2回目)が弁済期であるから、平成17年12月31日(1回目)及び平成19年8月31日(2回目)の経過により、時効により当然に消滅している。

また、債権に対する仮差押えは、請求債権についての時効中断事由となるにとどまり、被仮差押債権についての時効を中断するものではない。

なお、若年定年退職者給付金は、防衛庁の職員の給与等に関する法律に基づいて、一般の公務員と比較して若年で定年退職する自衛官の不利益を補うための政策的給付であり、本件仮差押命令ないし本件差押命令の被仮差押債権ないし被差押債権である「退職金」には該当しないから、本件仮差押命令及び本件差押命令の効力は、本件若年定年退職者給付金には及ばない。

(2)  争点②(本件仮差押命令に反してAに退職金を支給した被告が、消滅時効を主張することが信義則違反といえるか)について

(原告の主張)

被告は、本件仮差押命令に反してAに退職金の全額を支給したのであって、その責任は軽くない。

かかる経緯のもとでは、被告が退職金請求権の時効消滅を主張をすることは信義則に反し、許されないというべきである。

(被告の主張)

会計法30条の消滅時効については、同法31条1項によって援用が不要とされている。Aの被告に対する退職金請求権も、所定の弁済期から5年が経過したことによって法律上当然に消滅しているのであり、これを主張することが信義則に反するということはできない。

公法上の債権について、極めて限定的な要件の下で、消滅時効を主張することが信義則により許されないとされる場合があり得たとしても、それは、国や地方公共団体が、その基本的な義務に反して、既に具体的な権利として発生している国民の重要な権利に関し、法令に違反してその行使を積極的に妨げるような一方的かつ統一的な取扱いをしてその行使を著しく困難にさせた結果、これを消滅時効にかからせたというような極めて例外的な場合である。本件では、本件支給行為後も、原告との関係では前記退職金請求権は消滅しておらず、原告は被告に対して債務の承認を求めるなどして時効中断の手続をとることができたのであるから、同場合にはあたらない。

(3)  争点③(被告がAに対して退職金全額を支給したことに関し、原告は国家賠償法1条1項ないし民法715条に基づく損害賠償請求をすることができるか)について

(原告の主張)

被告の会計責任者(当時の分任資金前渡官吏たる中部航空警戒管制団会計隊長がこれにあたる。)が、本件仮差押命令に違反して、Aに対し、本件退職手当等の全額について支給手続をとったこと(以下「本件支給行為」という。)は、仮差押債権者たる原告の請求債権を侵害するものである。そして、原告は、これにより、退職金のうち、前記仮差押えの効力の及ぶ1044万5500円を取り立てる機会を失ったのであり、同金額の損害を被った。

そして、被告の本件支給行為は、国家賠償法1条1項の定める、公権力の行使により「違法に他人に損害を与えたとき」にあたる。また、仮に本件支給行為が公権力の行使にあたらないとしても、民法上の不法行為にあたる。

したがって、被告は、原告に対し、国家賠償法1条1項または民法715条1項に基づき、同損害の賠償を請求することができる。

(被告の主張)

本件支給行為は、原告に損害を与えるものではないから、原告は、被告に対し国家賠償法1条1項及び民法715条1項のいずれによっても同損害の賠償を請求することができない。

すなわち、本件仮差押命令の送達を受けた後に、被告がした本件支給行為は、仮差押債権者である原告との関係で効力を有しないのであって、これによって原告との関係で、被仮差押債権である退職金請求権が消滅することはない。本件で原告が被告に対して、Aの退職金を請求することができないのは、あくまでも、退職金請求権が時効消滅したからであって、本件支給行為の結果ではない。

したがって、本件支給行為によって、原告に損害は発生していない。

第3争点に対する判断

1  本件退職手当等請求権の消滅時効期間の進行について

(1)  本件退職手当が、Aが退職した日である平成12年9月4日を弁済期とすることは、当事者間に争いがない。

本件若年定年退職者給付金の弁済期については、防衛庁の職員の給与等に関する法律27条の3及び若年定年退職者給付金に関する内閣府令1条1号及び同条2号により、1回目が、Aが退職した日の属する月後最初に到来する12月である平成12年12月であり、2回目が、Aが退職した日の属する年の翌々年の8月である平成14年8月であると認められる。

(2)  そして、本件退職手当等請求権は、いずれも会計法30条にいう、国に対する権利で金銭の給付を目的とするものであり、また、いわゆる公法上の金銭債権であって、時効に関し他の法律に規定がないから、同条及び同法31条1項により、5年間これを行使しないときは、援用を要せず時効により消滅する。

そうすると、本件退職手当については、平成12年9月4日から5年に当たる平成17年9月4日の経過、本件若年定年退職者給付金については、平成12年12月末日(1回目)及び、平成14年8月末日(2回目)から、それぞれ5年に当たる平成17年12月31日(1回目)及び平成19年8月31日(2回目)の経過により、前記消滅時効の期間が経過したものといえるから、時効の進行の妨げとなる事由が生じていない限り、本件退職手当等請求権は、既に消滅していることとなる。

2  争点①(本件仮差押命令がAの被告に対する退職金請求権の消滅時効の進行を妨げるか)について

原告は、同退職金請求権を被仮差押債権として、その弁済期の前である平成8年に本件仮差押命令が発令され、第三債務者に送達されていることから、同命令の時効中断効により、同退職金請求権の時効期間は進行していない旨主張する。

そこで、本件仮差押命令が、被仮差押債権である同退職金請求権の消滅時効を中断する効力を有するかについて、以下検討する。

(1)  会計法31条2項は、同法30条の時効の中断等に関し、民法の規定を準用しているところ、民法147条は、時効の中断事由として、請求(1号)、差押え、仮差押え又は仮処分(2号)及び承認(3号)を列挙している。そして、同条の文言からすれば、同条2号で時効中断の対象となる権利として想定されているのは、当該差押えないし仮差押えに係る請求債権(執行債権及び被保全債権)であって、被仮差押債権ないし被差押債権でないものと解するのが相当である(大審院大正10年1月26日第三民事部判決参照)。

(2)  そして、債権に対する仮差押えは、第三債務者に対し支払を差し止め、仮差押債務者の取立・譲渡等を禁止して、これらの者が同禁止に違反する行為をしても、仮差押債権者に対抗することを得ないものとすることにより、債務者の財産の現状を保存して、仮差押債権者の有する債権の執行を保全するものにほかならない。よって、債権に対する仮差押えは、被仮差押債権自体の権利行使ではなく、同債権について、消滅時効の原因である権利不行使状態の継続を遮断するものではないし、被差押債権について何ら公的な承認を与えるものでもない。

(3)  したがって、仮差押えは、被仮差押債権についての時効を中断するものではないというべきである。そして、このように解しても、仮差押債務者は、被仮差押債権について第三債務者に対し給付訴訟を提起・追行する権限を失うものではなく(最高裁昭和48年3月13日判決・民集27巻2号344頁参照)、右債権につき時効中断の必要があるときは、第三債務者に対して債務の承認を求め、それが得られなければ、自ら裁判上の請求その他時効を中断するための適切な権利行使手段をとることができること、また、一般的に、債務者が被仮差押債権を除いても資力を有しないため同債権を確保する特別の必要がある場合には、仮差押債権者において同債権につき債務者に代位して第三債務者に対し訴えを提起するなどの措置を講ずることができることなどからすれば、実質的に不当な結果を招くものとはいえない。

(4)  この点、原告は、本件のように、被仮差押債権が離婚に伴う財産分与請求権の場合、同請求権は、協議あるいは審判等によって具体的内容が形成されるまでは、これを被保全債権として債権者代位権を行使することが許されていないのであるから、このような場合については仮差押命令による被差押債権の時効中断を認めるべきである旨主張する。

しかし、そもそも、離婚に伴う財産分与請求権を被保全債権とする債権者代位権の行使に原告の主張するような制限があったとしても、それは、同請求権の範囲及び内容が、協議・審判等により形成されるまでは不確定・不明確であるからであり、このことを理由に、前記時効の中断事由にあたるかについて別異に解するべきともいえない。

(5)  そうすると、本件仮差押命令が第三債務者である被告に送達されたことが、本件退職手当等請求権の時効期間の進行を妨げるという原告の主張は、理由がない。

3  争点③(本件仮差押命令に反してAに退職金を支給した被告が、消滅時効を主張することが信義則違反といえるか)について

原告は、被告が本件仮差押命令に反してAに本件退職手当等を支給したなどの経緯のもとでは、被告が本件退職手当等請求権の時効消滅を主張をすることは信義則に反し、許されないと主張するから、以下検討する。

(1)  本件支給行為によって、Aが被告に債務の承認を求め、また訴訟を提起するなどして時効を中断することが想定し難くなったことは否定できない。そして、本件仮差押命令の効力により、Aは被告から弁済を受けることはできなかったとはいえ、本件支給行為がなければ、Aがこれらの行為によって時効を中断することがあり得なかったとはいえない。

しかし、仮差押えの効力により、第三債務者である被告は、本件仮差押命令に反して債務者Aにした退職金の弁済を債権者である原告に対抗することができないから、本件支給行為は、原告の被告に対する退職金の請求を妨げるものではない。したがって、仮に原告が、時効期間経過前に被告と離婚し、財産分与請求権についての債務名義を得たとすれば、本件支給行為の有無にかかわらず、本件退職手当等につき差押命令を得た上で取立権に基づく請求をするなどして、時効を中断することが可能であったものといえる。

(2)  そもそも保全命令は、被保全権利を本案とする民事訴訟法による権利保護の実現に時間を要することから、簡易迅速なる手続で、被保全権利と保全の必要性を疎明するだけで債権者の権利・法的地位の仮の保護をはかる制度であり、本来、早晩本案訴訟を提起して被保全権利を確定することが前提となっている(民事保全法37条参照)。加えて、前記前提事実によれば、原告は、平成12年9月には、原告とAの間の婚姻費用分担申立事件にかかる審判の執行手続の中で、被告から、Aが被告を退職したなどの情報を得ていたことも認められる。しかるに原告は、本件仮差押命令を受けた後およそ14年間、Aの退職後もおよそ10年間、本案を提起して、債務名義を得ることがなく、この間前記5年間の時効期間が経過したものである。

この点、原告は、かかる長期間本案提起等に至らなかった理由について、本件仮差押命令を受けた平成8年ころ以降、精神的な不調により療養生活を送ることとなり、平成21年10月になってようやく体調が回復して夫婦関係調整調停事件の申立てを行い、同事件の不成立を経て、離婚等請求訴訟を提起するまで、離婚等を求めて訴訟を提起することなどができる状態になかったなどの事情があった旨主張しているが、このような経緯であれば、原告による時効の中断がなかったことについては、本件支給行為と因果関係があるとはいえない。

(3)  これらの事情を考慮すると、被告が、本件退職金請求権が、時効消滅していることを主張することが信義則違反にあたるものとはいえない。

したがって、本件退職手当等請求権は、既に消滅しているから、取立権に基づく原告の請求には理由がない。

4  争点③(被告がAに対して退職金全額を支給したことに関し、原告は国家賠償法1条1項ないし民法715条に基づく損害賠償請求をすることができるか)について

原告は、本件支給行為により、原告は退職金のうち、本件仮差押命令の効力の及ぶ1044万5500円について損害を被った旨主張して、同金額につき、国家賠償法1条1項ないし民法715条に基づく損害賠償請求をする。

しかし、本件支給行為は、原告の被告に対する退職金の請求を妨げるものではないことは前述のとおりであることなどからすれば、原告が、本件支給行為によって同金額の損害を被ったものとはいえない。

そうすると、その余の点について判断するまでもなく、原告の損害賠償請求には理由がない。

5  結論

以上の次第で、原告の請求はいずれも理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松原正明 裁判官 池原桃子 中山周子)

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