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さいたま地方裁判所川越支部 平成27年(家)984号 審判 2016年4月01日

主文

1  本件申立てを却下する。

2  手続費用は申立人の負担とする。

理由

第1  申立ての趣旨及び実情

1  申立ての趣旨

C市長に対し,平成27年△月△日に申立人がした長男舸●の出生届出を受理することを命じるとの審判を求める。

2  申立ての実情

申立人とBとの間に,平成27年△月△日,長男が出生した。

申立人は,同月△日,長男の名を「舸●」とする出生届を提出したが,C市長は,「舸」の字が,戸籍法50条の子の名に用いる文字の範囲に含まれていないことを理由に,同届出を不受理とした。

しかし,上記不受理処分には不服があるので,申立ての趣旨のとおりの処分を求め,本件申立てに及ぶ。

第2  当裁判所の判断

1  一件記録によれば,次の事実が認められる。

(1)ア申立人(昭和58年△月△日生)とB(昭和62年△月△日生<省略>)は,平成27年△月△日に婚姻し,同年△月△日,長男が出生した。

イ 申立人とBは,上記長男を「舸●」と命名し,申立人は,同月△日,C市長に長男の名を「舸●」とする出生届を提出した。

C市長は,同日,「舸」の字が戸籍法50条の子の名に用いる文字の範囲に含まれていないとして,上記届出を不受理とした。

ウ 戸籍法50条1項は,子の名には常用平易な文字を用いなければならないと規定し,同条2項は,その範囲は,法務省令で定めることとしている。そして,これを受けた戸籍法施行規則60条は,上記常用平易な文字として,①常用漢字表(昭和56年内閣告示第1号)に掲げる漢字(括弧書きが添えられているものについては,括弧の外のものに限る。),②別表第二に掲げる漢字,③片仮名又は平仮名(変体仮名を除く。)と定めている。

本件で問題となっている「舸」の字は,戸籍法施行規則60条の定める上記①ないし③のいずれにも該当しない。

(2)戸籍法50条1項は,子の名には常用平易な文字を用いなければならないとしているが,その趣旨は,従来,子の名に用いられる漢字には,複雑かつ難解な文字が多く,そのため,命名された本人のみならず関係者に,社会生活上の不便や支障を生じさせたことから,子の名に用いられるべき文字を常用平易な文字に制限し,これを簡明にさせることを目的とするものと解される。

そして,戸籍法は,同条2項で,常用平易な文字の範囲は法務省令で定めるとし,戸籍法施行規則60条が戸籍法50条2項の常用平易な文字の範囲を定めている。この委任の趣旨は,当該文字が常用平易であるか否かは,社会通念に基づいて判断されるべきものであるが,その範囲は,必ずしも一義的に明らかではなく,時代の推移,国民意識の変化等の事情によっても変わり得るものであって,専門的な観点からの検討を要する上,このような事情の変化に適切に対応する必要があることなどから,その範囲の確定を法務省令に委ねたものと解される。

そうすると,戸籍法施行規則60条は,上記委任に基づき,常用平易な文字を限定列挙したものと解すべきであるが,戸籍法50条1項,2項の趣旨に鑑みれば,戸籍法施行規則60条が,社会通念上,常用平易であることが明らかな文字を子の名に用いることができる文字として定めなかった場合には,戸籍法50条1項が許容していない文字使用の範囲の制限を加えたことになるから,その限りにおいて,戸籍法施行規則60条は,違法,無効と解すべきである。そして,戸籍法50条1項は,単に,子の名に用いることのできる文字を常用平易な文字に限定する趣旨にとどまらず,常用平易な文字は子の名に用いることができる旨を定めたものというべきである。したがって,裁判所としては,審判手続に提出された資料,公知の事実等に照らし,当該文字が社会通念上明らかに常用平易な文字であると認められる場合には,当該市町村長に対し,当該出生届の受理を命ずることができるものと解される。

(3)以上を前提に,本件「舸」の文字について,これが常用平易な文字か否かについて検討する。

ア 「舸」の字は,「大きな船」を意味し,部首は「ふねへん」であり,音読みは「か」,訓読みは「おおぶね」「ふね」である。

イ 「舸」の字が字源となる平仮名又は片仮名は認められない。

ウ 「舸」の字を構成要素とする常用漢字は存在せず,また,「舸」の字を使用した熟語は,「舸艦」,「船舸」,「走舸」といった船に関するものが数点あるのみである。

エ 「舸」の字を含み,新聞・テレビ等で日常的に接する報道や書物によって,広く国民に知られているといえるような氏は認められない。

オ 日本国内に,「舸」の字を含む地名はわずかである。

(4)以上の事実によれば,「舸」の字は,社会通念に照らして明らかに常用平易な文字とはいえず,戸籍法50条1項にいう常用平易な文字であることが明らかであるとまではいえない。

確かに,「舸」の文字は,「舟」と「可」から成り立っており,「舟」と「可」はいずれも平易であること,「か」という音読みは,「可」の読みと同様であって,「可」に由来する読み方であるといえること,画数も11画とさほど多くはなく,同じ「ふねへん」の11画の字としては,「船」,

「舶」などの常用漢字があること,「舸」の字は,JIS第2水準漢字であることが認められるが,これらの事情を考慮しても,前記イないしオの事実からすれば,「舸」の字について,常用平易な文字であるとまでは認められない。したがって,戸籍事務管掌者は,子の名に「舸」の字が用いられた出生届を受理すべきものとはいえない。

2  以上のとおりであるから,本件申立ては理由がないので却下することとし,主文のとおり審判する。

(裁判官 香川礼子)

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