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さいたま地方裁判所熊谷支部 平成19年(ワ)167号 判決 2010年3月31日

原告

被告

Y株式会社

同代表者代表取締役

H

同訴訟代理人弁護士

安西愈

梅木佳則

倉重公太朗

小栗道乃

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

被告は、原告に対し、821万2729円及びこれに対する平成19年5月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

本件は、被告に営業職として雇用された原告が、被告工場での現場研修業務の際、積み上げられた機材(布又は紙の原反)が荷崩れを起こして原告の両膝にぶつかるという事故(以下「本件事故」という。)が発生したとして、原告は、本件事故及び被告の従業員から命じられた鉄芯を持ち上げる作業時に、膝を捻ったり床に強く打ち付けるといった動作を繰り返したことが原因となり、右膝半月板損傷等の両膝関節機能障害を発症した旨主張し、被告に対し、不法行為又は安全配慮義務違反による債務不履行に基づく損害賠償を請求する事案である。

1  前提事実(証拠を掲記しない事実は当事者間に争いがない。)

(1)  当事者

ア 原告は、昭和44年○月○日生まれの男性である(書証省略)。

イ 被告は、要部滑部機材(オイルレスベアリング)及び合成樹脂製品等の製造及び販売等を目的とする株式会社である(弁論の全趣旨)。

(2)  雇用関係

原告は、平成15年1月、被告に営業職として雇用され、被告工場で実施された現場研修業務(以下「本件業務」という。)に従事した後、同月下旬から営業部の従業員として稼働していた。

(3)  原告の傷病

ア 原告は、平成15年3月8日、医療法人瀬川病院(以下「瀬川病院」という。)を受診し、同年3月24日及び28日、小川赤十字病院において両膝の膝関節のMRI検査を受けた結果、同年4月19日、瀬川病院のF医師(以下「F医師」という。)により、右膝外側半月板損傷及び左膝内障と診断された(書証省略)。

イ 原告は、平成15年6月17日、医療法人埼玉成恵会病院(以下「埼玉成恵会病院」という。)に入院し、同月18日、右膝半月板損傷の治療として膝関節鏡手術(以下「本件手術」という。)を受けたが、半月板断裂の所見は認められず、同月25日、同病院を退院した(書証省略)。

ウ 原告は、埼玉成恵会病院退院後、右膝半月板損傷及び外傷性両変形性膝関節症の治療のため同病院に通院し、注射療法及び理学療法を受けたが、同病院のI医師(以下「I医師」という。)により、平成15年9月2日症状固定と診断された(書証(省略)中の同日付け診断書。)。

(4)  原告の後遺障害及び保険給付

原告は、平成16年7月6日、所沢労働基準監督署から、労働者災害補償保険法施行規則別表掲載14級9号の障害があるとして、障害補償一時金等の支給決定を受けた(書証省略)。

(5)  退職

原告は、平成18年12月11日付けで、健康上の理由により同月31日をもって被告を退職する旨の辞表(書証省略)を提出し、同日、被告を退職した。

2  争点

(1)  被告の不法行為責任又は債務不履行責任の存否

(原告の主張)

ア 本件事故の発生

平成15年1月16日、原告が、被告従業員J(以下「J」という。)とともに被告工場内の作業場(原反倉庫。以下「本件作業場」という。)において、布又は紙の原反(以下「本件原反」と総称する。)の整理作業をしていた際、Jは、原告に何も言わずに本件作業場を離れたところ、その数分後、積み上げられた本件原反が荷崩れを起こして、本件原反のうちの1本(直径1メートル、重量60ないし70キログラム)が、本件原反の正面に正対する形で立っていた原告の方に転がってきた。

原告と積み上げられた本件原反との距離は1.8メートル位であったが、原告は、転がってきた原反が60センチメートル位の位置に近付いてくるまでこれに気付かず、原告の後方にはシャッターがあったため、気付いた時にはもはや原反を避けることができない状況であった。

そこで、原告は、転がってくる原反を両手で止めようとしたが、原反は止まらず、原告の両膝にぶつかって(なお、原反が先に当たったのが両手であったか、膝であったかについての記憶はない。)、原告は、膝に激痛を感じ、右膝半月板損傷等の傷害を負った。

イ 原告の作業内容

原告は、被告工場における現場研修業務(本件業務)の際、被告従業員G(以下「G」という。)から命じられて、4、5日間、鉄芯を持ち上げる作業に従事した。鉄芯には、様々なサイズがあり(長さは1.2メートル程度であったが、直径は1センチメートルの物から80センチメートルの物まであった。)、一人で持ち上げられる重さの場合は一人で、一人で持ち上げるのが無理な重さの場合は二人で、これらを持ち上げるという作業が頻繁に行われていたところ、原告は、この作業の最中に、コンクリートの床に膝を強く何度も打ち付けたり、膝を捻ったりし、このことも原告の右膝半月板損傷等の傷害の要因となった。

ウ 被告の過失又は安全配慮義務違反

(ア) 被告は、入社した者に対し、採用した職種を問わず、一律に被告工場での2週間の現場体験をさせているが、この行為は、世間一般の常識を逸脱した行為である。被告においては、年に3、4回という極めて高い頻度で労災事故が発生しているところ、このような危険な職場に入社後間もない不慣れな者を配置すれば、事故の発生する確率は高まり、ことに、原告のように工場での肉体労働の経験がない者が10日間も重労働に従事すれば、疲労等により注意力が低下し、さらに事故の確率は高くなるといわざるを得ない。したがって、被告は、本件事故のような労災事故が発生することは十分に予測可能であったというべきところ、それにもかかわらず、漫然と原告に被告工場での作業を命じており、かかる被告の行為は不法行為に該当する。

(イ) 被告は、原告に肉体労働の経験がないことを認識していた上、原告が比較的肥満体型であり、連続10日間もの重労働を強いれば極度に疲弊することは想像に難くなかったのであるから、原告に作業を命じる際には、労災事故の発生を防止するために必要な配慮をすべき義務があったところ、それにもかかわらず、20平方メートル程度のスペースに原反が鮨詰め状態にされているような危険な場所(本件作業場)での作業を原告に命じたものであり、その結果、本件事故が発生したのであるから、被告には、安全配慮義務違反がある。

また、原告には腰椎椎間板ヘルニアの既往歴があり、低い位置にある重量物を持ち上げる際には膝を付く習慣があるところ、被告は、原告が椎間板ヘルニアの既往症を有することを認識していたにもかかわらず、何ら安全指導や作業上の注意を行うことなく、原告に鉄芯を持ち上げる作業を命じたものであり、このことも、両膝の傷害の要因となっているから、被告には、この点でも安全配慮義務違反がある。

エ 因果関係

原告には、本件事故前には、膝の痛みは全く存在していなかったものであり、本件事故及び鉄芯を持ち運ぶ作業の際に膝を捻ったり床に強く打ち付けたことにより、右膝半月板を損傷したことを疑う余地はない。

オ まとめ

以上のとおりであるから、被告には、本件事故及び鉄芯を持ち運ぶ作業により原告の被った損害について、不法行為又は安全配慮義務違反による債務不履行に基づく損害賠償責任がある。

(被告の主張)

ア 本件事故の発生について

原告が主張する本件事故は、本件作業場で原反が荷崩れを起こし、そのうちの1本が原告の膝に当たったというものであるが、次のとおり、本件事故が発生した事実はなく、原告の主張は虚偽である。

(ア) 原告は作業に従事していなかったこと

本件事故発生日とされている平成15年1月16日、被告製造部製造一課課長のC(以下「C」という。)は、同課係長であるJに対し、原告に樹脂加工工程の作業を見せるよう、また、原告に作業はさせないよう指示し、Jは、これに従って、原告を本件作業場の階上にある樹脂加工工程の見学に連れて行き、その後、本件作業場において、Jが原反の整理を行うのを15分程度見学させたにすぎず、原告は、原反の整理作業は一切行っていない。また、原告は、Jが原告に何も言わずに本件作業場を離れたと主張するが、本件作業場の責任者であるJが何も言わずに作業を中断してその場を離れるなどあり得ず、原告の主張は極めて不合理である。さらに、仮に、原告がこの間に負傷したとすれば、Jは原告の異変に気付いたはずであり、原告においても、Jに膝の痛みを申告したはずであるが、Jは原告の異変に気付いておらず、原告がJに膝の痛みを申告した事実もない。

(イ) 本件原反が転がることはないこと

所沢労働基準監督署の調査担当官E(以下「E事務官」という。)作成の本件事故にかかる調査書(書証(省略)。以下「本件調査書」という。)に添付された原告の面談録取書(書証(省略)。以下「原告面談録取書」という。)によれば、原告の膝に当たった原反の重量は「80kg程度」とされているところ、本件作業場に通常保管されている原反のうち布ロールの重量は70ないし80キログラムであるのに対し、紙ロールの重量は約180キログラムであること、本件調査書に添付された作業現場写真(書証(省略)。以下「本件作業現場写真」という。)に写っている原反が全て布ロールであることに照らせば、原告は、E事務官に対し、布ロールが転がって膝に当たったと説明したことが認められる。

布ロールの場合、弾力性が高いため、2本の枕木の上に差し渡す形で置かれたロールは、自重により枕木と接する底部がその形状に合わせて凹むことになるから、ロール底部の凹み部分は枕木と面で密着して安定し、多少の外力が加わっても簡単に転がることはない。原告は、本件作業場の床が傾斜していたと主張するが、そのような事実はない。

また、原告は、Jが本件作業場を離れている間に、本件原反のうちの1本が転がってきた旨主張するが、Jは、原反の整理作業中に本件作業場を離れるときは、必ずストッパーを付ける安全対策を施しているから、布ロールが自然に転がることはあり得ない。原告の主張を前提とすると、本件作業場には原告が一人で立っていただけであり、本件原反には何の外力も加わわらないはずであるところ、整然と収まっていた布ロールが、Jが本件作業場を離れて数分後に自然に転がり始めるなど、現実離れした荒唐無稽な主張である。

(ウ) 原告主張の事故状況が不自然であること

原告は、原告と本件原反とは1.8メートル位離れていた旨主張するが、前述したとおり、布ロールが自然に転がり始めるということは考え難く、まして、約1.8メートルも転がり続けることなどあり得ない。重量が約80キログラムの布ロールの直径は63センチメートルであるところ、これが動けば、本件原反の正面に正対する形で立っていた原告の目に入るはずであるし、原反が崩れる音等も聞こえるはずであるのに、転がってきた原反に当たる直前までこれに気付かないということなど、およそあり得ない話である。

また、原告は、転がってくる原反を避けることができなかったので、両手でこれを止めようとした旨主張するが、原告の身長は177センチメートルであり、この身長の者が前方から転がってくる直径63センチメートルの原反を手で止めようとした場合、両膝を曲げて前屈みになるか、膝は曲げずに腰を大きく前屈させて手を出す体勢をとらなければ、原反に両手をつくことはできない。しかし、前方から転がってくる原反を避けるためには、原告が主張するように後ろに下がれないのであれば、左右に避ければ良いだけであり、わざわざ上記のような不自然な体勢をとる必要はないし、避けない場合であっても、片足を上げてその足底部で原反を止める等するのが自然である。かかる不自然さに加え、原告の身長や原反(布ロール)の半径、枕木の高さ及び原告が安全靴を履いていたことを併せ考えると、原反が原告の膝に当たるとは考えられない(すね部分に当たるはずである)ことに照らせば、原告が主張する本件事故の状況は、極めて不自然かつ不合理である。

本件作業場の責任者であるJは、どこにどの種類の原反が置かれているか常に認識していたから、布ロールが1.8メートルも転がるような事故があったとすれば、当然、異変に気付いたはずであるが、Jは、ロールの位置が変わったことに全く気が付かなかったものであり、本件事故が起こったとは考えられない。

(エ) 原告のカルテの記載

原告は、平成15年3月8日、瀬川病院を受診しているところ、担当医師は、半月板損傷が疑われる場合に行う基本的な検査を行い、原告に対し、身長・体重・職業・既往症等を尋ねているが、同日のカルテには「外傷なし」との記載が認められる(書証省略)。診察に当たり、医師が診断や治療方針の決定のために患者に対して受傷原因や受傷時の状況等を問診することは当然なされるべきことであり、原告を診察した医師も、前述のとおり、各種検査を実施し、原告に問診もしているのであるから、受傷原因についてだけ問診しなかったとは考えられず、原告においても、仮に、原反が荷崩れを起こして膝に当たったという事故が真実発生したのであれば、これを話さないはずがなく、話したとすれば、当然カルテに記載されたはずである。「外傷なし」との記載は、問診の結果、原告の疾患が外傷性のものとは認められなかったため、担当医師が原告の疾患は外傷性のものでないとの趣旨で記載したものと考えるのが合理的である。

原告は、平成15年4月5日、瀬川病院を受診しているところ、同日のカルテには「労災になるかもしれないhard workしたので」との記載があるが(書証省略)、具体的な受傷原因等は何も記載されていない。仮に、本件事故が真実発生したのであれば、原告は、具体的な記憶に基づいて具体的な事実を述べたはずである。それにもかかわらず、原告が前述のような曖昧で抽象的な話しかできなかったということは、原告に実体験に基づく具体的記憶がなかったということを示唆するものであり、原告の主張が虚偽であることの証左である。

原告は、平成15年4月19日、瀬川病院を受診しているが、同日のカルテには、受傷原因につき、「仕事で重い物を運んだ このとき両膝を捻る」と記載されているだけで(書証省略)、荷崩れを起こした原反が原告の膝に当たったなどとは一切記載されていない。また、前記カルテを記載したと思われるF医師の意見書(書証(省略)。以下「F意見書」という。)にも、原告が、ロール状の物(鉄芯のことと思われる。)を運ぶ際に何度も膝を打ち付けたり捻ったりした旨述べたとの記載はあるが、荷崩れを起こした原反が膝に当たったと述べたとは一切記載されていない。仮に、これにより負傷したのが事実であれば、特異な出来事である以上、原告は、担当医師にその旨明確に話したはずであり、カルテにその旨記載されたはずである。それにもかかわらず、かかる記載がないということは、原告は、その時点で、担当医師に対して、原反が膝に当たったなどとは一切話していなかったということであり、後になって、労災保険の適用を受けるべく虚偽の主張を始めるに至ったことが明らかである。

イ 原告の作業内容について

原告が鉄芯に関わる作業などしたことがないのは、次のとおり、明らかであり、これにより膝を負傷することなどあり得ない。

(ア) 原告は工程を見学していただけであること

原告は、鉄芯を持ち上げる作業を1日8時間、それを4、5日間程度行っていた旨主張するが、鉄芯に関する作業であるロールド成形工程については、Cが、同工程の作業員であるD(以下「D」という。)に対し、原告に作業の一連の流れを見せるよう、また、原告には作業はさせないよう依頼し、Dが、原告を連れてロールド成形工程を見学させただけである。

(イ) 原告に任せられる作業はないこと

原告が持ち上げたと主張する鉄芯は、130度から140度という高温になっており、これを持ち上げるには、手袋を2、3枚はめなければ持つことができないところ、原告は手袋など持っていないのであるから、鉄芯を持ち上げる作業などさせられるはずがないし、できるはずもない。

鉄芯置場には、様々な種類の鉄芯が棚に並べられているが、これは、作業者が、翌日の作業で使う順番に従い、これを棚から抜き取って台車に乗せて作業場へ運ぶためのものであるから、この作業は、翌日の作業内容や鉄芯の種類について十分な知識がある経験者でなくてはできない作業であり、入社したての原告に任せることなどできないものである。

(ウ) 原告の供述が変遷していること

原告面談録取書によれば、原告は、「なお、負傷発生状況に追記しています「膝を捻った」というのは…(以下省略)」として、鉄芯の整理作業についてはなお書きで付加した程度にすぎなかったにもかかわらず、本件訴訟になって突然、1日8時間、4、5日間程度鉄芯作業を行っていたとして、「コンクリートの床に膝を何度も打ち付けた」などと表現を誇張させた主張をしており、膝を「捻った」という表現から膝を床に「何度も打ち付けた」という主張に、鉄芯置場での事故状況そのものが変遷しているものであるが、このように、鉄芯置場における負傷の直接の原因という重要な点についてさえ供述が変遷していることに照らせば、原告が真実かかる体験をしたとは信じ難い。

ウ 被告の過失又は安全配慮義務違反について

本件では、原告の主張する本件事故の存在(発生)自体が認められず、また、原告が鉄芯を持ち上げる作業を行った事実もないから、被告には、原告の右膝半月板損傷等の発症について、過失も安全配慮義務違反もない。

エ 因果関係について

一般に、半月板損傷の原因が外傷である場合には、身体の外からの力で損傷が発生するので、半月板の表面に断裂が生じることが多く、縦断裂や横断裂になることが多いとされており、他方、繰り返しの過剰負荷や加齢現象による変性の場合には、半月板の上面と下面に方向の違う負荷が繰り返しかかることによって発生するものなので、半月板の中心が切れてくることが多く、(変性)水平断裂となることが多いとされている。この点、小川赤十字病院で撮影されたMRI画像によれば、原告の半月板には、右膝関節の内側半月板後節に最軽度の(変性)水平断裂が認められるのみで、それ以外はほぼ正常範囲内にある軽度の変性が認められるのみであった。これに、原告が高度の肥満体であり、歩行時や立ち上がり動作時及び階段下降時には、原告の膝には重度の負荷がかかっていたと考えられることを併せ考慮すれば、原告の過剰体重の負荷による変性が原告の右膝半月板の(変性)水平断裂の原因となった可能性は極めて高く、また、関節鏡検査では断裂の所見がないこと(書証省略)に照らせば、原告の右膝半月板損傷は、発症してから長期間が経過しているものと判断されるべきである。

また、変形性膝関節症は、1回の外傷によって発生するものではなく、通常5年から10年といった長期間にわたる繰り返しの過剰負荷等により発生するものであるところ、本件においても、①原告は高度の過剰体重であること、②レントゲン写真によれば、原告の両膝の膝蓋骨上極に骨棘が形成されていることが認められるところ、骨棘は、膝蓋骨に過剰負荷がかかった場合に形成されるものであること、③原告の半月板損傷は変性断裂であること、④関節鏡検査の所見では、直視下には損傷がなかったこと等に照らせば、原告の変形性膝関節症は、長期にわたる過剰体重による負荷が原因であること考えるべきである。

以上のとおり、原告の半月板損傷及び変形性膝関節症は、長期にわたる原告の過剰体重による負荷が原因であり、1回の外傷(本件事故)により発生したものでないことは明らかである。

オ まとめ

以上のとおりであるから、被告には、不法行為責任も安全配慮義務違反による債務不履行責任も存在しない。

(2)  過失相殺(予備的主張)

(被告の主張)

ア 本件事故について

原告の説明を前提とすれば、原告は、積み上げられた本件原反の正面に正対する形で立っていたというのであるから、荷崩れの発生に気付くのは極めて容易であったにもかかわらず、原告は、自分から約1.8メートル離れていた原反が約60センチメートルに近付くまで全く気付かなかったというのであり、著しい注意力不足というほかない。

また、本件作業場の原告の後方及び左右には、原告が退避するには十分なスペースがあったのであり、転がってくる原反の衝突を回避することは極めて容易であったにもかかわらず、原告は、漫然とその場に立ち続けて動かず、そのために原反が膝に当たるという事態を招いたのであるから、原告の過失は重大である。

イ 原告の作業について

鉄芯を持ち上げる作業に膝を捻る動作は不要であり、また、鉄芯を持ち上げたり、移動したりする作業に膝を床に打ち付ける必要は全くないにもかかわらず、原告が膝を捻ったり、膝を強く打ち付けたというのであれば、それは、原告の過失というほかない。

また、仮に、鉄芯を持ち上げる作業中に、膝を捻ったり、床に強く打ち付けたりすることが度々あったのであれば、直ちに申し出て、そのような作業は中止すべきであるのに、原告は、かかる申し出を一切しておらず、原告の過失は重大である。

ウ まとめ

以上のとおり、原告の主張する疾患の発症に対する原告の過失は甚大であり、後述する原告の過剰体重による疾患の発症及び増悪に対する寄与度も併せ考慮すれば、損害賠償額については、少なくとも9割の減額がなされるべきである。

(原告の主張)

ア 本件事故について

1.8メートルという距離は、極めて至近であり、原告の感覚によれば、原反は、歩行速度より少し速い位の速度で転がってきたものであるから、これを回避することは誰であっても不可能である。仮に、後ろに下がったとしても、1歩位しか下がるスペースはなく、後ろに下がりながら前から衝突すれば、体の重心が後ろにかかっているので吹き飛ばされて転倒する危険性が高く、横に移動するにしても、人間一人分のスペースしかなく、機敏な動作で移動するというのも難しい。猛スピードで転がってきたわけでもなく、さほど大きくない原反であったから、原告において、体で受け止めるのが最良であると考えても不合理な状況ではなかった。

イ 原告の作業について

被告は、原告が入社時に提出した履歴書により、原告に工場作業の経験がないことを認識していたものである。また、原告は、被告に対し、入社時の面接において、椎間板ヘルニアの既往歴があることを伝えている他、入社後も、再発のおそれがあることを理由として工場現場での研修は見聞のみにし、作業は免除してくれるよう申告した。それにももかかわらず、被告は、原告に対して作業を命じたものであり、しかも、作業前や作業の最中、被告から安全に関する指導はなかったから、過失相殺の必要はない。

(3)  原告の損害

(原告の主張)

ア 治療費 5万7560円

平成15年6月21日から平成20年6月10日までの埼玉成恵会病院における治療費

イ 入通院交通費 1万1375円

平成20年6月13日までの間の通院34回及び入院1回に要したガソリン代(1回当たり往復325円)

ウ 入院慰謝料(9日間) 10万5000円

エ 通院慰謝料 66万5333円

平成15年1月17日から平成20年6月13日までの間の慰謝料

オ 離職票交付遅延による損害 16万9440円

1日当たり5648円で、30日分。

カ 休業損害 5万5009円

(ア) 休業期間 平成19年1月1日から平成20年6月13日までの間のうち4日間

(イ) 基礎収入 日額1万3752円

キ 将来治療費 78万0000円

原告は、今後平均寿命である78歳まで、年間3回の通院治療を要するので、その治療費を請求する。

(ア) 治療期間 平成20年6月10日から平成59年までの39年間

(イ) 年間治療費 2万円

ク 将来通院交通費 4万9725円

(ア) 通院回数 1年当たり3回で39年間分合計117回

(イ) ガソリン代 1回当たり往復425円

ケ 将来休業損害 115万5168円

(ア) 休業期間 1年当たり3日間で28年間分合計84日間

(イ) 基礎収入 日額1万3752円

コ 逸失利益

(ア) 基礎収入 年額501万9600円

(イ) 労働能力喪失率 5パーセント(後遺障害等級14級)

(ウ) 労働能力喪失期間 34年

(エ) ライプニッツ係数 16.193

(オ) 計算式 5,019,600×0.05×16.193

サ 後遺症慰謝料(後遺症障害等級14級) 110万0000円

シ 合計 821万2729円

(被告の主張)

ア 原告の主張は争う。

イ 治療費について

原告は、治療費として、平成15年6月21日から平成20年6月10までの間の埼玉成恵会病院における治療費を請求しているが、原告の右膝半月板損傷は平成15年9月2日に症状固定とされており、経年的な変化による症状について労災保険での治療の必要はないとされている(書証(省略)、平成20年5月19日付け埼玉成恵会病院に対する調査嘱託)から、原告の現在の症状は、本件事故とは無関係である。

したがって、原告の治療費の請求は、仮にこれができるとしても、その期間は、症状固定日である平成15年9月2日までに限られるというべきである。なお、原告の治療費の請求のうち入院室料差額料(書証省略)については、症状固定日前の支出であるが、相当因果関係が認められない。

ウ 入通院交通費について

原告が請求する入通院交通費は、通院日及び通院先が特定されておらず、損害として認められない。また、症状固定日である平成15年9月2日の後の交通費は、損害として認められない。

エ 通院慰謝料について

症状固定後の通院については、通院慰謝料は認められない。

オ 離職票交付遅延による損害について

離職票の交付が遅れたのは、原告が速やかに離職届に署名押印して被告に提出しなかったためである。また、自己都合退職の場合、退職後3月間は失業保険は支給されないところ、原告は、平成19年4月には会社役員に就任していたのである(書証省略)から、そもそも受給資格を有しておらず、離職票交付遅延による損害は観念し得ない。

カ 休業損害について

原告の休業損害の請求は、平成19年1月1日から平成20年6月13日までの間の4日間とするのみで、休業日が特定されていない上、症状固定後の分の請求であり、相当因果関係がない。

キ 将来治療費について

原告は、平成20年6月10日から平成59年まで39年間分の治療費を請求するが、症状固定から5年ないし44年後の治療費について、相当因果関係を欠くことは明らかである。

ク 将来通院交通費について

上記キのとおり、将来治療費につき相当因果関係が認められない以上、通院交通費も当然認められない。

ケ 将来休業損害について

症状固定後の休業損害は、相当因果関係のある損害ではない。

(4)  寄与度減額(予備的主張)

(被告の主張)

ア 原告は、高度の肥満体であり、原告の膝関節及び膝半月板は、恒常的に過剰体重の負荷が加えられてきた結果、これらの変性が進行していたものであって、原告主張の本件事故等の原因があるとしても、原告の疾患は、かかる変性がともに原因となって発生したものであることは明らかである。

イ また、本件事故後も、原告の膝関節及び膝半月板には、過剰体重の負荷が加わり続けていたのであり、原告としては、体重を減らして負荷を軽減すべきであったにもかかわらず、かえって原告の体重は増加しているのであり、このことが原告の疾患を増悪させ、長引かせたというべきである。

ウ 以上のとおり、原告の疾患の発症及び増悪に対する原告の素因の寄与度は甚大であるから、民法722条の類推適用により、損害賠償額について相当程度の減額がなされるべきである。

(原告の主張)

ア 争う。

イ 原告の膝に本件事故前から初期の変性半月板損傷があったとしても、加齢に伴う変化(老朽化)にすぎず、本事故前には何らこれによる症状はなかったのであり、本件事故による右膝半月板損傷の発症とは区別されるべきである。

ウ 原告の体重は、本件事故後、増加し、ピーク時には110キログラムを超えたが、これを事故前の90キログラムに戻すことが大切であるとしても、体重が増加したことによる膝半月板変性の悪化については、変性加速の原因を作った被告が責任を負うべきである。

(5)  損益相殺(予備的主張)

(被告の主張)

原告は、以下の給付を受けているため、同給付にかかる金額については、損害賠償額から控除されるべきである。

ア 労災保険給付 123万8336円

(ア) 療養補償給付 50万3516円

(イ) 休業補償給付 19万0948円

(ウ) 障害補償給付 54万3872円

イ 被告支払にかかる付加補償 38万8480円

ウ 損害保険金

原告は、エース損害保険株式会社から保険金を受領しているが、保険金の金額を明らかにすることを拒否している。原告のかかる不誠実な態度を考慮すれば、入院保険金1万円、通院保険金17万円(日額5000円、原告の主張する通回数34回分)を受領したものと推定し、その合計18万円を損害賠償額から控除すべきである。

(原告の主張)

上記アの労災保険給付及び同イの被告支払にかかる付加補償の金員の支払を受けたことは認める。

第3争点に対する判断

1  認定事実

前記争いのない事実、証拠(省略)及び弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められる。

(1)  本件業務の日程及び内容(証拠省略)

ア 原告は、平成15年1月6日、被告に営業職として採用されたが、被告は、原告に対し、営業の職務に就く前に、被告工場における現場研修業務を受けさせることとした。営業職として営業活動をするためには、被告の製品について、製造工程も含めた知識を要するところ、被告においては、従前は営業職の従業員の採用はしておらず、工場で製品の製造に従事した従業員が営業職に昇進するという慣例であったため、製造工程等の知識は事前に身に付いていたが、原告は、当初から営業職としての採用であり、製品について何の知識も有していないので、原告にこれを習得させる必要があるとの判断であった。

イ 原告は、被告入社後、直属の上司である被告営業部長のGから、被告工場での現場研修業務に参加するよう命じられたが、これまで肉体労働に従事した経験がないことや椎間板ヘルニアの既往歴があることから、工場での研修に参加することには気が進まず、また、営業職として採用されたにもかかわらず、工場での研修を命じられたことを不満に思った。

そこで、原告は、Gに対し、自分には工場作業の経験がないこと及び製品の製造工程を実際に体験する必要はないことを告げて、工場での研修は不要である旨申し入れたが、原告の現場研修業務は、当初の予定どおり実施されることとなった。

もっとも、工場で稼働する従業員(通常の新入社員)の場合、作業手順や作業内容を習得させるため、研修期間は2、3週間と長期にわたるものであったが、原告の場合、製品の知識を得ることが目的であるため、研修期間は数日間程度、研修内容は製造工程の見学を主体とすることとされていた。

ウ 被告の製品である工業用プラスチック製品(合成樹脂製品)の成形は、製造部製造一課の所管業務であるところ、同課課長のCは、製造部長であるK(以下「K」という。)から原告の工場研修の実施の依頼を受け、平成15年1月14日から5日間の予定で、原告に、樹脂加工・ロールド成形・圧縮成形のそれぞれの工程を研修させることとした。

樹脂加工業務の概要は、原反に含浸させるための樹脂の材料を配合し、樹脂を原反に含浸させ、樹脂が含浸された原反を乾燥させるというものであり、Cは、ここでの研修期間を2日間と計画した。なお、被告で使用している原反は、布・紙・カーボン・ガラス・アラミド(ナイロン繊維)製のシートがロール状に巻かれているものであり、布製の場合、重量80キログラム程度の原反の直径は約63センチメートルであり、紙製の場合、直径60センチメートル程度の原反の重量は180キログラム以上となる。また、アラミド(ナイロン繊維)製の原反は、直径約32センチメートル、重量約35キログラムと小型であり、非常に柔らかい素材でできている。

樹脂を含浸させた後乾燥した原反(プリプレグ)を成形する方法として、ロールド成形法と圧縮成形法があり、ロールド成形法とは、プリプレグを鉄芯に巻き付けてロール状に成形し、硬化処理する製造方法をいい、圧縮成形法とは、プリプレグをシート状に断裁して重ね合わせ、プレス機械を使用して圧縮成形する方法をいう。Cは、ロールド成形工程については2日の、圧縮成形工程については1日の研修を計画していた。

(2)  原告の行った作業及び平成15年1月16日前後の経緯(証拠省略)

ア 平成15年1月14日(原告の被告工場での研修初日予定日)、原告が欠勤したため、原告の被告工場での研修は、翌15日から始められることとなったが、同日、原告は、工場での研修に必要な安全靴を履いておらず、工場には原告の足のサイズに合う安全靴がなかったため、原告は、安全靴を購入するため外出し、その日の研修は行われなかった。

イ 平成15年1月16日午前10時ころ、Cは、樹脂加工業務の責任者である製造一課係長のJに対し、原告に樹脂加工工程を見学させるよう指示した。Jは、Cの指示に従って、原告を被告工場B棟(被告工場には、X棟とB棟がある。)の2階にある樹脂加工工程の作業場に連れて行き、従業員が原反を機械に備え置き、樹脂を含浸させて乾燥させる一連の作業を見せながら、一つ一つの工程について説明したが、原告から特に質問もなかったため、30分程度で見学を終了した。

その後、Jは、階下(被告工場B棟1階)にある原反倉庫(本件作業場)に原告を連れて行き、原反の種類や大きさの違いなどについて説明し、実際にクレーンを使用して原反を移動する作業を見せた。しかし、原告は、営業職として採用されたものであり、研修で作業をすることは予定されていなかったこと、クレーン操作や玉掛けを行うには資格を要することから、Jは、原告に原反を移動する作業を手伝わせることはしなかった。

本件作業場では、その他には、原告に見学させたり説明を要する事柄はなかったので、Jは、15分程度で本件作業場での見学を終了すると、原告に2階の掃き掃除をしてもらうこととした。そこで、Jは、原告に対し、2階のプリプレグの完成品置き場を箒で掃除するよう指示すると、午前中の指示はそれを最後とし、自分は、原告とは別に、樹脂加工作業等の通常の業務を行うこととした。Jは、午後から原告に研修させる事柄を思いつかなかったため、Cに相談しようと思っていたが、昼休み後、原告の姿が見当たらず、原告には研修の意欲がないと感じていたことから、Cに原告の姿が見当たらないことだけ報告すると、自分の業務に戻った。

ウ 平成15年1月17日、Cは、原告にロールド成形工程を見学させることとし、午前10時ころ、同工程の作業員であるDに対し、ロールド成形工程の作業の一連の流れを原告に見せるよう指示した。Cは、Dに対し、原告に作業をさせたり、機械に触らせたりしないよう注意したが、鉄芯を一緒に少し持つ位であれば良いとも告げた。Dは、被告工場X棟にある鉄芯作業場で、予熱炉で鉄芯が加熱されているところやプリプレグを加熱された鉄芯に巻き付けているところを見学させた。

ロールド成形工程において鉄芯を移動する作業としては、翌日使用する鉄芯を鉄芯置場の棚から抜き取って台車に乗せて鉄芯作業場へ運ぶ作業と鉄芯作業場で鉄芯を持ち運ぶ作業とがあるが、被告で使用する鉄芯の種類は100種類以上あるため、前者の作業は、翌日の作業工程を十分に把握している者しか行うことはできず、当時はCが行っていた。後者の作業は、鉄芯作業場において、4台ある予熱炉に鉄芯を入れたり、過熱された鉄芯を予熱炉から順次取り出して作業台に置くといった作業であり、D他数人の作業員でこれを行っていた。予熱炉から出されたばかりの鉄芯は、110度から120度の高温になっているため、手袋を3枚重ねてはめた上、二人で鉄芯の両端を持たなければ持ち上げることができないが、概ね40キログラムを超える鉄芯については、人が手で持ち上げるのは困難になるため、簡易クレーンを使用して移動していた。

原告は、Dから、鉄芯を予熱炉に入れたり、余熱炉から取り出して作業台に乗せる作業を手伝うよう言われてこれを行ったが、Cは、原告がDに作業の流れの説明を受けているところしか見ておらず、午後には、Dから、原告の姿が見当たらないとの報告を受けたため、原告が鉄芯を運ぶ作業をしていたことは知らず、前日に続いて原告が研修を途中で放棄したとの憤りを感じ、原告の直属の上司であるGに文句を言った。

エ 原告は、平成15年1月20日以降は、営業部において、本来の業務である営業活動に従事したが、被告工場での研修を終えたころから、両膝、特に右膝に、これまでに感じたことのない痛みを感じるようになっていた。しかし、原告は、痛みは、慣れない肉体労働(鉄芯の移動作業)を行ったことによる一時的なものであろうと考えていたこと、営業職としての本務を始めて直ぐに休みをとるのも気が引けたことから、病院には通院せず、市販の鎮痛剤を服用したり、湿布を貼るなどして痛みをやり過ごしていた。同年2月下旬ころまで、原告の営業にはGが同行することが多かったが、原告は、Gに対し、膝の痛みを訴えることもしなかった。

(3)  原告の診療経過等(証拠省略)

ア 原告は、平成15年3月8日、両膝の痛みを主訴として瀬川病院を受診し、同病院の常勤医であるL医師(以下「L医師」という。同医師の専門は内科である。)により、膝蓋骨躍動検査、関節可動域検査、マクマレーテストが実施された。L医師は、原告の膝の症状から半月板損傷を疑い、原告の両膝のレントゲン検査も行ったが、膝蓋骨の上局に骨棘が認められた以外は、膝関節の異常は確認できなかった。

このとき、原告は、L医師に対し、身長及び体重(100キログラム)、営業職であること及びスポーツの経歴がないことなどを述べ、膝の痛みは2か月前からである旨説明したが、原因として思い当たることについては何ら告げず、同日のカルテには、外傷なしとする記載がされた。

しかし、同月17日、原告が再度瀬川病院を受診した際、原告の右膝は大きく腫れてクリック(弾発現象)も出現していたため、精密検査が必要であると判断され、L医師は、小川赤十字病院に対し、原告の両膝の膝関節のMRI検査を依頼した。

イ 平成15年3月24日及び28日、原告は、小川赤十字病院で膝関節のMRI検査を受けたところ、左膝には半月板の断裂は認められなかったが、右膝には外側半月板の前角に前後方向の亀裂が認められ、これが関節腔に達しているとして、外側半月板断裂の可能性があると診断された。また、両膝ともに、膝蓋上包及び膝関節腔に大量の貯留液が認められた(左膝の方がより多量であった。)。

ウ 原告は、平成15年4月5日、瀬川病院を受診したが、階段の昇降時や座ったり立ったりする時に膝が痛いと訴える一方、クリックが余り出ないので少し良くなっているのかもしれないと述べた。また、原告は、本件が労災になる可能性があるとして、診断書を出してくれるよう求めた(同日のカルテには、原告の説明として、「労災になるかもしれないhard workしたので」との記載がある。)。

瀬川病院では、L医師に替わって整形外科の専門医であるF医師が原告の担当医となったところ、同月19日、F医師は、小川赤十字病院で実施されたMRI検査で原告の右膝外側半月板断裂の可能性があるとの結果が出ていたこと、同日実施したマクマレーテストでもクリックや痛みといった陽性症状が出たことに加え、原告が、前記症状が出現したのは、同年1月6日から17日の間、仕事で重い物を運んだ際に両膝を捻った後である旨説明したことから、原告の右膝外側半月板損傷は外傷性であると診断した上、労働災害による受傷であると判断した。そして、F医師は、原告の希望を入れて、「疑い」の付記を外して、病名を「右膝外側半月板損傷 左膝内障」とする平成15年4月19日付け診断書(書証(省略)。以下「本件診断書」という。)を作成した。

F医師は、原告に対し、関節鏡手術を受けるよう勧めたところ、原告は、会社と相談するとして返事を保留していたが、その後、会社の同意を得たとして手術を受ける旨告げたので、同年6月2日、瀬川病院のM医師を通して埼玉成恵会病院に原告の関節鏡手術を依頼した。

エ 原告は、平成15年6月9日、埼玉成恵会病院を受診し、同月17日、同病院に入院し、翌18日、I医師により、膝関節鏡手術(本件手術)が実施されたが、半月板断裂の所見は認められないとして、半月板の縫合や摘出は行われなかった(カルテに記載された本件手術の所見は、「外側中節より前節にかけてギザギザはあったが断裂の所見なかった。尚、顆部面も軟骨等も剥離を認めなかった。」というものである。)。原告の術後の経過は良好であり、同月25日、埼玉成恵会病院を退院した。

オ 原告は、埼玉成恵会病院退院後、平成15年7月1日から、右膝半月板損傷及び外傷性両変形性膝関節症の治療のため同病院に通院し、注射療法及び理学療法を受けていたが、同年9月2日、I医師により、症状固定の診断を受けた。

カ 原告は、平成16年4月17日、労災保険の障害補償給付支給請求に必要な診断書の交付を受けるために埼玉成恵会病院を受診し、同年7月24日には、身体障害者福祉法の障害認定請求に必要な診断書の交付を受けるために同病院を受診したところ、いずれの場合も、受診日を症状固定日とする診断書が交付された。

(4)  原告の労災認定の経緯(証拠省略)

ア 原告は、一時的なものであろうと思っていた膝の痛みが改善しないため、平成15年3月8日、瀬川病院を受診したが、原告を診察したL医師に対し、痛みの原因として思い当たることについては特に説明しなかった。しかし、原告は、受診後、Jに対しては、両膝を負傷した旨話した。

原告は、同年3月24日及び28日に小川赤十字病院で受けた膝関節のMRI検査の結果を聞いて、両膝の痛みは被告工場で行った作業が原因である可能性が高いことから、労災保険による治療の対象となるのではないかと考え、Gにその旨申し入れた。

原告は、同年4月19日、瀬川病院のF医師から本件診断書の交付を受けると、同年4月21日付けで、発生日時を同年1月16日、発生状況を「原反置場にて原反を整理中原反が転がり膝に当たった。径500mm×1.5mの鉄芯を持上げる際に膝を捻った。」とする「労災および通災事故報告書」(乙1(省略)。甲7(省略)は乙1(省略)の写し。以下「本件報告書」という。)を作成し、被告に提出した。本件報告書には、事故の現認者をJとする旨の記載があるが、Jが事故を現認した事実はなかった。

イ Cは、本件報告書に署名を求められた際、自分は事故の報告も受けておらず、また、原告が鉄芯の柄をぶつけて怪我をしたと言っているという話も耳にしていたことから、被災状況欄に記載されている事故が真実発生したのか否か疑わしいと感じたが、総務部課長のN(以下「N」という。)から、社内報告用の文書であるから署名するようにと言われたため、本件報告書に署名押印した。なお、Nは、事故発生日時とされている平成15年1月16日、午後3時の休憩時間の際、原告から、両膝が痛いという話は聞かされていた。

ウ 原告は、平成15年7月、所沢労働基準監督署長に対し、療養補償給付たる療養の給付請求書を提出し、原告に対し、療養補償給付が支給された。

また、原告は、平成16年、所沢労働基準監督署長に対し、労働者災害補償保険法に基づく障害補償給付の支給を請求した。

所沢労働基準監督署のE事務官は、原告の訴える両膝痛(右膝半月板損傷)が本件報告書に記載された事故によるものであるか否か、すなわち、業務によるものであるか否かを判断するため、原告、J及びNと面談し、①原告が、今回の両膝痛(右膝半月板損傷)発症前に当該部位の基礎疾患及び既往歴はなく、前記傷病は、重量物である原反が整理作業中両膝にぶつかった際に、当該作業事故直後に発生したと申し立てていること、②J及びNの録取によれば、原告の現場作業開始時や入社当時の様子からは、前記傷病の症状状態は見受けられなかったと述べていること、③Nが、負傷当日の午後3時休憩時に、原告の「両膝が痛い」ことを確認していることから、原告の両膝痛(右膝半月板損傷)は、業務上の負傷により発症したものと認められる旨の意見を付した本件調査書を作成した。

所沢労働基準監督署長は、平成16年7月6日、原告に対し、後遺障害等級14級9号の障害があるとして、障害補償一時金等の支給決定をした。

2  被告の不法行為責任又は債務不履行責任の存否(争点(1))について

(1)  本件事故の発生について

原告は、本件原反が荷崩れを起こしてそのうちの1本が原告の両膝にぶつかるという本件事故が発生した旨主張し、本人尋問においても同旨の供述をするところ、被告は、これを否認し、本件事故が発生したとする原告の主張は虚偽である旨主張するので、以下、検討する。

ア 原告の供述について

(ア) 本件事故発生の時刻

原告は、平成19年10月18日の本件第3回弁論準備手続期日において、本件事故が発生したのは、Jと二人で行っていた原反の整理作業中にJが原告一人を残して本件作業場を離れた数分後のことであり、原告がJと二人で整理作業をしていたのは15分位であった旨述べていた(本件第3回弁論準備手続期日調書)。

ところが、原告は、本人尋問においては、Jと作業をしていたのは午後1時から1、2時間前後であり、Jが現場を離れたのは作業開始から30分前後のことであるとして、上記供述と異なる供述をし、その後さらに、Jが本件作業場を離れたのは、作業を始めてから1時間位たってからだと思うとして、Jが本件作業場を離れた時刻についての供述を変えている。Jが本件作業場を離れた時刻は、本件事故が発生した時刻と密接に結びついている(なお、本件報告書には、事故の発生時刻は午後2時と記載されている。)から、原告の記憶に明確に残っていて然るべきところ、このように、Jが本件作業場を離れた時刻についての供述が変遷している上、Jと二人で作業をしていた時間についても矛盾する供述をしていることは、本件事故から時間が経過していることを考慮に入れても、不自然というべきである。

また、本件事故の発生日とされている平成15年1月16日、原告がJとともに行動していたのは午前中のみであり、午後からは、Jは自分の業務に戻っていることが認められる(前記1(2)イ)から、この点からも、原告の供述には疑問があるといわざるを得ない(原告は、午後もJの指示で作業をしていたとするが、作業していた場所や作業内容につき曖昧な供述に終始しており、これを信用することはできない。)。

(イ) 本件事故発生の状況

原告は、本件事故が発生した状況について、Jが原告に何も言わずに本件作業場を離れた数分後、本件原反が荷崩れを起こして、そのうちの1本が原告の方に転がってきたものである旨供述する。

しかし、まず、本件作業場には原告とJの二人しかいなかったにもかかわらず、Jが原告に声もかけずに本件作業場を離れるというのは、原告の研修を委ねられた立場にあるJの行動として、余りに不自然である(仮に、原告主張のように、原告がJを手伝って作業をしていたのだとすれば、いっそう、そのような行動をとるとは考えられない。)。

次に、Jが本件作業場を離れた数分後に原反が荷崩れを起こしたという点についても、本件作業場に、枕木(レール)の上に積まれる形で保管される原反のうち、原告主張の直径・重量(平成19年5月15日付け準備書面では、直径1メートル、重量60ないし70キログラム、原告面談録取書では、重量80キログラム程度とされている。)に合致する原反は布ロールしかない(証拠省略)ところ、布ロールは、弾力性が高いため、下に置かれた枕木と接する底部が枕木の形状に合わせて凹むことによって、枕木と密着して安定すること(証拠省略)、本件作業場の床は、出入口部分には30センチメートル程度傾斜があるが、原反を置く枕木の部分には傾斜はないこと(証拠省略)に照らせば、本件原反整理作業を中止して数分後に、何ら外力が加わっていない布ロールが荷崩れを起こすとは考えられず、やはり、不自然である。

また、原告は、本件原反が荷崩れを起こしたとき、原告は、本件原反から約1.8メートルの位置で、原反の正面に正対する形で、何もせずに立っていたとし(本件第3回弁論準備手続期日調書)、立っていた場所はレールの間であるとしながら(原告本人)、それにもかかわらず、本件原反が荷崩れを起こし、そのうちの1本が原告の方に転がってくるのに気付いたのは、原反が約60センチメートル(前記調書)ないし約90センチメートル(本人尋問)の所まで近付いてきた時点だというのであり、これもまた、不自然といわざるを得ない。

(ウ) 本件事故の態様

原告は、転がってくる原反を避けることができなかったので、両手でこれを止めようとした旨供述するが、原告が立っていた場所が、3列に並んでいるレールのうちドア側の端にあるレールの中であり、転がってきた原反がレールの先端に付いている「返し」(書証省略)より先には進まずに止まったとしていること(原告本人)に照らせば、横にも後方にも、原反を避けるためのスペースは十分にあったのであり(書証省略)、何故、原反を避けることなくこれを手で止めようとしたのか疑問である(原告は、原反の転がってきた速さは、人が早足で歩く程度であったと述べており、避けることができなかったとは考え難い。)。

(エ) 本件事故後の状況

原告は、本件事故が発生した後、本件作業場に戻ってきたJに対し、事故があったことは何も言わなかったとし、その理由として、一時的な打撲だと思っていたからである旨供述する。

しかし、原告は、原反が膝に当たったときの衝撃について、「両膝に電気が走るような激しい痛み」を感じたとしていたのであり(原告面談録取書)、そうであるとすれば、本件工場での研修を不満に思っていた原告において、これをJに報告しないとは考え難い。もっとも、原告は、本人尋問においては、原反が膝に当たったときの衝撃は「殴られたぐらいの感じ」であり、感じた痛みは「そこそこ痛かった」程度としているが、これは、原告面談録取書に記載された内容とは大きく乖離しており、この点も疑問である。

なお、原告は、午後3時の休憩時間に、Nに対し、原因は言わずに膝が痛いということだけを告げた旨供述し、Nも、E事務官による労災事故調査の際、原告から「両膝が痛い」と聞いた覚えがあるとしていたことが認められる(書証省略)が、膝の痛みの原因が原反が当たったことなのであれば、そのことに何も触れないというのは不自然であり、Nに膝の痛みを告げていたことをもって、本件事故が発生したことが裏付けられるものではない。

(オ) 以上によれば、本件事故に関する原告の供述には、多大な疑問があるというべきである。

イ 労災認定について

原告は、本件事故が発生したことは、所沢労働基準監督署から後遺障害等級14級9号の認定を受けたことからも明らかである旨主張する。

この点、確かに、原告には、後遺障害等級14級9号相当の障害が残存していることが認められる(書証(省略)、平成20年5月9日付け埼玉成恵会病院に対する調査嘱託)が、原告の後遺障害認定の資料とされたI医師の診断書(平成16年4月17日付け診断書)に平成15年1月16日の仕事中に負傷したとあるのは、原告の自己申告に基づく記載であることが認められる(書証省略)。また、所沢労働基準監督のE事務官が、原告の両膝痛(右膝半月板損傷)を本件事故によるものと認められるとしたのは、①原告が本件事故前は膝の痛みはなかったと述べていること、②被告工場での作業開始時に原告に両膝痛の症状は見受けられなかったこと、③Nが本件事故当日の午後3時に原告から「両膝が痛い」と聞いたとしていることに基づくものである(前記1(4)ウ)ところ、これらの事実は、原告の両膝痛の症状が被告工場での作業後に発生したことを裏付けるにとどまり、このことから直ちに、本件事故の発生まで認められるものではないから、原告が労災認定を受けたことをもって、本件事故が発生したということはできない。

また、原告は、本件報告書をもって、被告が本件事故の発生を自認していたことの証拠であるとも主張するが、Jが本件事故を現認した事実はないこと及び本件報告書にCが署名押印した経緯は前記1(4)ア、イ認定のとおりであるから、本件報告書によって、本件事故の発生が認められるものではない。

ウ F意見書について

原告は、瀬川病院で原告の主治医であったF医師の意見書を提出し、同意見書は原告の主張を裏付けるものである旨主張するが、F意見書の内容は、MRI検査で原告の右膝外側半月板断裂の可能性があるとの結果が出ていたこと、同医師が実施したマクマレーテストで半月板損傷の陽性症状が出たこと、原告が、前記症状が出現したのは仕事で重い物を運んだ際に何度も膝を打ち付けたり捻ったりした後である旨説明したことから、原告の右膝半月板損傷を外傷性であると診断した上、労働災害による受傷であると判断したとするものであって(書証省略)、原告の右膝関節板損傷が外傷性であること及び原告が仕事中に両膝を打ち付けたり捻ったりしたことが当該外傷の原因であると考えられるとするものであるから、原反が膝に当たったという本件事故が発生したことの証拠となるものではない。

エ まとめ

以上のとおり、本件事故に関する原告の供述の信用性には多大な疑問があり、これを直ちに採用することはできないところ、原告が本件事故発生の証拠であると主張する労災認定もF意見書も、本件事故発生の裏付けとはならず、その他に、本件事故の発生を認めるに足りる証拠はないから、本件事故が発生したと認めることはできない。

(2)  原告の作業内容について

ア 鉄芯を運ぶ作業について

平成15年1月17日の午前中、鉄芯作業場において、原告がDから、鉄芯を予熱炉に入れたり、これを取り出して作業台に乗せる作業を手伝うよう言われてこの作業を行ったことは、前記1(2)ウ認定のとおりである。

これに対し、被告は、これを否認し、原告は鉄芯に関わる作業などしたことはない旨主張し、Cも、証人尋問において、同旨の証言をする。

しかし、Cは、Dに対し、原告にロールド成形工程の作業を見せるよう指示した後は自分の仕事に戻っており、その後は2度原告の姿を見たにすぎず、原告が何をしていたかを把握していたわけではないこと(証人C)、Dに対し、鉄芯を少し一緒に持つ位であれば良いと告げていること(書証省略)、原告がF医師に対し、仕事で重い物を運んだ際に膝を捻った後に痛みが発生した旨説明していること(前記1(3)ウ)に照らせば、Dに言われて鉄芯を持ち運ぶ作業を手伝ったとする点については、原告の供述を信用することができ、これを否定するCの証言を採用することはできない。そして、その他に、前記認定を覆すに足りる証拠はない。

イ 鉄芯持ち運び作業に従事した期間について

原告は、鉄芯を持ち運ぶ作業に従事した期間を4、5日間(1日当たり8時間)である旨主張し、本人尋問においても、平成15年1月9日から14日までの間の休日を除いた4日間程度であった旨供述している(なお、平成15年は、11日の土曜日から13日の月曜日までが休日である。)。

しかし、原告は、被告工場で研修を開始した初日の出来事として、原告は安全靴を覆いていなかったため、これを買いに行った旨供述し、その日は同年1月6日であったとして(原告は、平成19年8月17日付け準備書面以降、一貫して同旨の主張をしている。)、その後8日までナイロンのプレス作業、9日以降ロールド成形工程での鉄芯の移動作業に従事した旨供述しているところ、原告が購入した安全靴の領収書(書証省略)によれば、原告がこれを購入した日が平成15年1月15日であったことは明らかであり、これは、原告が初めて工場に来たのは前記同日であったとするCの証言にも合致しているから、原告が被告工場での研修を開始したのは、1月6日ではなく、15日であったものと認められる(なお、原告のタイムカード(書証省略)は、1月14日の欄が「欠」となっているが、これも、研修初日とされていた同日に原告が欠席したため、原告が工場に来たのは翌15日であったとするCの証言と一致している。)。

そして、そうであるとすれば、原告は、同月16日には、Jが責任者である樹脂加工業務の研究をしており(この点について、当事者間に争いはない。)、同月20日以降は、営業部での仕事を始めている(原告面談録取書)から、原告が被告工場で研修をしたのは、同月15日を含めても3日間であり(なお、18日は土曜日、19日は日曜日である。もっとも、原告面談録取書によれば、原告は、18日は事務業務を主体とした仕事を行ったとしている。)、1月9日から14日までの間の4日間程度、鉄芯作業に従事していたとの原告の供述を信用することはできない。加えて、原告面談録取書によれば、原告は、本件事故の翌日の1月17日に行った鉄芯の整理作業中に膝を捻った旨述べていたことが認められるところ、Cも、前記同日に原告をDの下に連れて行ったとしている(証人C)から、原告がロールド成形工程で鉄芯の移動作業に従事したのは、前記ア判示のとおり、1月17日のみであったことが認められるのであり、これを履すに足りる証拠はない。

また、原告は、工場での勤務を予定されているわけではなく、あくまで、製品の製造工程等を知ることが研修の目的であり(前記1(1)ア)、そうであるからこそ、CもDに対し、原告に作業をさせたり、機械に触らせたりしないよう注意し、原告にさせてもよいのは、鉄芯を一緒に少し持つ程度のこととしたこと(前記1(2)ウ)に照らせば、原告の行った作業は、Dら作業員の補助的業務にとどまっていたものと認めるのが相当である。

ウ 以上によれば、原告は、鉄芯を持ち運ぶ作業に従事した事実はあるが、従事した期間は平成15年1月17日の午前中2時間程度にすぎず、作業内容は、Dら被告従業員の補助的役割であったことが認められる。

(3)  被告の過失又は安全配慮義務違反について

ア 使用者は、雇用契約に伴う付随的義務として、信義則上、労働者の生命、身体、健康等を危険から保護すべき義務(安全配慮義務)を負っていると解すべきところ、原告は、被告は、原告が腰椎椎間板ヘルニアの既往症を有することを認識していたにもかかわらず、何ら安全指導や作業上の注意を行うことなく、原告に鉄芯を持ち上げる作業をさせた安全配慮義務違反がある旨主張するので、以下、検討する。

イ 原告は、4、5日間、1日8時間程度鉄芯を持ち上げる作業に従事していた旨主張するが、かかる事実は認められず、原告が当該作業に従事していたのは、平成15年1月17日の午前中2時間程度にすぎず、作業内容も、Dら作業員の補助的業務にとどまっていたことは、前記(2)ウ判示のとおりである。

そして、上記作業時間及び作業内容及に照らせば、原告の従事していた鉄芯を持ち運ぶ作業それ自体は、健常人が上記限度で作業に従事する限りにおいては、特に作業上の注意を与えなければならないような性質のものとは認められず、安全指導については、Cは、Dに対し、原告を機械には近付けないよう注意し、原告に対しても同様の注意をしていることが認められる(前記1(2)ウ、証拠(省略))から、被告に安全配慮義務違反があったということはできない。

これに対し、原告は、原告には腰椎椎間板ヘルニアの既往歴があり、腰に負担をかけるのを避けるため、低い位置にある重量物を持ち上げる際には膝を付く習慣があるところ、被告は、原告が椎間板ヘルニアの既往症を有することを認識していたものである旨主張し、本人尋問において、原告に椎間板ヘルニアの既往歴があることは、被告工場での研修初日にGに話した旨供述する。

しかし、原告の供述を裏付ける証拠はない上、本件訴訟において、原告が途中まで主張していたのは、工場作業の経験がないこと及び製品の製造工程を実際に体験する必要はないことを理由として、Gに工場での研修は不要である旨申し入れたが聞き入れられなかったとするものであることに照らせば、Gに椎間板ヘルニアの既往歴を話したとする原告の供述を直ちに信用することはできない。

また、仮に、原告がGには椎間板ヘルニアの既往症があることを申告していたとしても、そもそも、原告の研修は見学が主目的であり、作業はDらの補助的業務にとどまっていたのであるから、原告において、鉄芯を持ち上げる作業をするのに膝を強く打ち付けたり、捻ったりすることに痛みや不都合を感じたのであれば(なお、通常は、鉄芯を持ち運ぶ作業に膝を床に付く必要はなく(証人C)、また、膝を捻るとする点については、原告は、本人尋問において、鉄芯を持ってよろめいた際のことであるとしている。)、Dにそのことを告げて作業の手伝いをせずに済むよう申し入れさえすればよかったところ、原告は、全くそのようなことはしていないというのである(原告本人)。そうであるとすれば、Dにおいて、原告が椎間板ヘルニアのために鉄芯を持ち運ぶ作業の手伝いを短時間することにも支障があると認識し得たとは認められず、被告には、原告に対し、椎間板ヘルニアの既往歴があることを前提とした作業上の注意を与える義務があったと認めることはできない(原告において、自らの判断により、作業を続けたことより膝を負傷したとしても、それは、原告の責任であるというべきである。)。

したがって、原告に椎間板ヘルニアの既往歴があったことを考慮しても、被告の安全配慮義務違反を肯定することはできない。

ウ まとめ

以上のとおりであるから、被告には、安全配慮義務違反は認められない。

3  上記のとおり、本件事故が発生したとは認められず、また、鉄芯を持ち運ぶ作業をさせたことにつき被告に安全配慮義務違反も認められない。

4  よって、原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 角田ゆみ)

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