さいたま地方裁判所熊谷支部 平成23年(ワ)650号 判決 2015年2月25日
埼玉県<以下省略>
原告
X
同訴訟代理人弁護士
樋口和彦
同
吉野晶
同
山田智明
同
下山順
同復代理人弁護士
松井隆司
東京都渋谷区<以下省略>
被告
第一商品株式会社
同代表者代表取締役
A
同訴訟代理人弁護士
川戸淳一郎
同
滝田裕
主文
1 被告は,原告に対し,677万4760円及びこれに対する平成23年12月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は,これを10分し,その3を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。
3 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求の趣旨
被告は,原告に対し,968万6800円及びこれに対する平成23年12月27日から支払い済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要等
1 本件は,原告が,被告の従業員から勧誘されて行った商品先物取引によって,損害を被ったとして,被告に対して,不法行為(使用者責任)又は債務不履行に基づき,968万6800円及びこれに対する平成23年12月27日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払いを求めた事案である。
2 前提となる事実
以下の事実は,当事者間に争いがないか,証拠又は弁論の全趣旨によって容易に認められる。
(1) 原告は,昭和50年○月○日生まれの男性である。
(2) 被告は日本商品先物取引協会の会員である。
(3) 平成22年11月13日,原告は,被告との間で,商品先物取引委託契約を締結し,原告は,平成22年11月15日から,平成23年3月22日まで,被告に委託して,別紙建玉分析表のとおりの取引を行った(以下「本件取引」という。)。
(4) 本件取引において,原告の担当となったのは,被告新宿第二支店支店長代理B(以下「B」という。),同支店主任C(以下「C」という。)であった。
3 争点
(1) 被告従業員の勧誘,受託行為の違法性
(2) 過失相殺
4 争点に関する当事者の主張
(1) 争点(1)について
(原告の主張)
ア 不招請勧誘
原告は,Cとの電話で,地金を追加で1キログラム購入したいと考えていること,その上で被告に50万円貸して欲しいことを相談した。
Cは,原告の上記相談に対して,被告が金銭を貸し付けることはできないが,金の先物取引を初めてはどうかと原告に勧誘した。
イ 適合性原則違反
原告は,無職無収入者であった。商品取引所法に関する委託者保護に関するガイドラインにおいて,無職無収入者に対する勧誘は原則として不適格者に対する勧誘となることが明示されている。また,上記ガイドラインによれば,原則不適格者の場合の投資可能金額等に関して厳格な判断基準が示されている。さらに,商品先物取引の未経験者に対する保護措置についても,上記ガイドラインに明記されている。
本件において,原告は,Bに対し,現在は無職であり,収入もないことを正直に申告したところ,Bは,「無職だとよくないですね。」などといい,実家のことなどをさらに聞いてきた。そこで,原告の両親は建築業であることを伝えたところ,Bは,「ご実家の会社の名前を書いて,建築業という風に書いておいてください。」と原告に言った。また,Bは,収入欄にどのように記入したらよいか分からない原告に対して,「普通のみなさんは,600万円から700万円くらいですね。」と言い,そのくらいの数字を記入するよう指導した。そこで,原告は,600万円の年収との記入をした。原告は,投資信託に,360万円,定期預金,外貨預金,普通預金を合わせると1100万円から1200万円くらいあることを申告したところ,Bは,「そうすると,今回先物取引に投資することができるのは1000万円くらいが普通でしょう。」などと言い,原告は,そのとおり投資可能金額欄に1000万円と記入した。さらに,原告は,商品先物取引の経験がなく,株式現物取引の経験もなかったことから,その旨申告するなどした。
ウ 説明義務の不履行
(ア) 商品先物取引の説明については,「商品先物取引委託のガイド」(甲12)についてCから,「後で読んでおいて下さい。」と言われた程度で,その場で同ガイドを開いて説明を受けるようなことはなかった。
その後の勧誘・説明は,Bが大部分を行ったが,主として手数料の説明や大きな利益を得られる取引であること,チャートの動き次第で損をすることもあることなどが説明された。
(イ) Bは,Cも同席しているところで,原告に対し,「初心者の人は,30枚までしかできない法令上の決まりがあるんです。」「金の取引を10枚,20枚と増やしていきましょう。」「10枚より20枚,20枚より30枚としていくことで,倍率が高くなり,より多く利益が得られます。」などと取引量に関して勧誘を行った。
エ 新規保護義務違反
取引開始当初から,商品先物取引の初心者であり習熟していない原告に対して,以下のとおり,Cは不合理な取引の数々を勧誘して実行した。
(ア) 初回取引の取引本証拠金は,10万5000円×20枚=210万0000円であり,当時無職の原告がこのような大金を過大なリスクにさらされる商品先物取引に投じること自体が問題である。
(イ) また,被告は,平成22年11月17日,金20枚の買建玉についての含み損が114万0000円(57円/g×1000倍×20枚)であり,必要となる取引本証拠金210万円の50パーセントを上回っており,追証が生じかねない危険な状況であったが,BやCは,このことにつき,連絡や説明を行わなかった。そして,このような状況を全く認識しないまま,原告は,同日,被告に対して,金地金1キログラムを預けて,その倉荷証券を商品先物取引の委託証拠金に充用することとして(充用額238万円)さらに10枚の買建玉を買い増しした。
(ウ) 原告は,金の先物取引を被告から勧誘されて行い始めたものの,白金の商品先物取引を行う意思などは全く有していなかったのに,Cは,既に買建している金の値下がりが見込まれるが,金の売玉を建てることは両建の勧誘となって不可能であるから,白金の売玉を建ててみないかと勧誘した。取引商品の数が増大すれば,指数相関的に,飛躍的に値動きの予測困難性が増幅する。商品先物取引の初心者である原告が,金の商品先物取引を初めてわずか数日を経過したに過ぎない段階で,原告が実際に行っていた金の買建玉に潜む危険性を全く理解させていなかった被告従業員らの先行行為の問題性を解消することなく,白金という別個の商品のかつ売建玉の取引勧誘を行ったことは,新規委託者保護義務の趣旨に違背する。
(エ) 平成22年11月29日,呼び値3655円で買建玉を行っていた金について10枚仕切って利益を確定させ,呼び値3690円で金の新規買建玉10枚を建てている。同日の金の相場状況は,値上がり基調にあったのであるから,上記買い直しは不必要であったのに,これを行った結果,原告の収受する利益幅を圧縮し,余分な委託手数料を被告に支払う帰結となった。
12月1日の15枚の金の新規買建玉も,無益な買直し取引であって,原告の利益を圧縮し,余分な委託手数料を被告に支払う帰結となっただけの経済的合理性のない取引である。
(オ) 12月2日の金の呼び値は3770円台に達しているのであって,原告の初回取引時の呼び値と比較して,110円を超える値上がりを見た。そして,その後の金の相場動向をみれば,平成23年1月末ころの呼び値3495円に向けて,金の揺り戻し(値下がり)傾向が認められる。金取引の専門家を標榜する被告であれば,22年12月始めの3770円台までの値上がり基調が,そのころ岐路にあることは,当然に予測の範囲にあったはずであるのに,被告従業員らは値下がりの可能性等について全く情報提供しなかったばかりか,まだまだ金の価格が上昇するという相場予測のみを原告に提供し,原告は12月2日の金買建玉15枚の買直しを行った。
(カ) 平成22年12月3日以降,前述した金の値下がり傾向が顕著となったが,被告は,原告に対して金の買建玉の勧誘を続けた。同月17日に,売買損,委託手数料,消費税を含めて66万円以上の損失を計上したにもかかわらず,まだ買直しを行い,既存の買建玉の大きな含み損を損切りすることを勧めることもなく,買建玉を直し続けた結果,同月24日に150万円を,同月28日55万円をそれぞれ振り込ませて,原告の経済的負担を増大させている。
その後,平成23年1月末日に至るまでの間,含み損がある金の買建玉を次々と決済して損失を具体化していったが,最も大きな含み損(平成23年1月28日の呼び値を前提にすれば276万円の含み損を抱えている平成22年12月2日の買建玉の未済10枚はそのまま決済しなかった(因果玉の放置)。
その後も,被告が内部的に定めている新規委託者の習熟期間3か月が終了する平成23年2月15日までは,含み損を計上している因果玉は放置したまま,金の売建玉を決済しては小幅な利益を計上し,買建玉に方針転換して小幅な利益を計上するというようなことを繰り返した。
オ 手数料稼ぎ目的の頻繁売買について
被告の営業収益は60億円を超えるが,そのうち委託者からの受取手数料が57億円超となっており,営業収益の95パーセントが委託者からの委託手数料となっている。したがって,被告は,委託手数料収入に依存しがちな商品取引員の一つである。
金取引に関しては,新規建玉43回のうち,買直し13回(両建と重複するものは含まない),両建8回にも及んでいる。
また,現実の損金のうち80パーセント以上が被告への手数料に消えていること,特定売買も取引全体に占める割合が高く,委託手数料の増大に直結する頻繁な建て落ちが反復継続していたことに照らせば,取引状況が経済的に合理性を欠いている。
白金取引に関しては,新規建玉42件のうち途転が12件,両建が7件,仕切り63件のうち8件が日計である。取引による損金272万3235円のうち,被告に支払った委託手数料総額(242万6235円)の占める割合は,89.09パーセントにも達している。
カ 手仕舞い拒否
原告は,平成23年3月16日,金の売建玉について全て仕切ってほしいと指示した。ところが,Bからは,「買建玉が危なくなります。大きな損害を受けますよ。」という趣旨で原告の経済的不利益を告知され,「徐々にやって行きましょう。」と仕切り指示と反する勧誘をされた。そして,金の売建玉の一部すら仕切られることはなかった。
(被告の主張)
ア 不招請勧誘について
原告は,複数回の電話や面会において,先物取引の勧誘を断るような言葉はなかった。なお,不招請勧誘の禁止は,平成23年1月施行の商品先物取引において新たに導入されたものである。
イ 原告が口座開設申込み書の勤務先欄等にa建築等と記載した点,原告が上記申込書年収欄に600万円と記載した点,本件取引開始当時の経済産業省独自のガイドラインによれば,無職・無収入者は原則不適格者であった点,原告が投資可能金額欄に1000万円と記載した点はいずれも認めるが,その余は否認する。
Bは,無職者や年収500万円以上でない者は,原則不適格者であり,先物取引を開始するためには前提として本人自筆の申出書の差し入れが必要になることを説明したが,誘導等は行っていない。
ウ 説明義務の不履行について
(ア) Cはすでに原告に対して上記ガイドを使用した説明を行っていたことから,Cが「商品先物取引委託のガイド」について「以前に何度か説明したもので」と言ったところ,原告からこの場での説明は要らないとの意思表示があった為に「ではまた後で読んでおいてください。」と言ったのである。その後,Bは,お取引のリスクに関する説明《東京金の場合》という計算例を示し,例として,金現物1キログラムが約350万円するものを,商品先物取引では同じ1キログラムを10万5000円の証拠金で取引することができること,資金効率が高く,ハイリスク・ハイリターンな取引であること,損失リスク(追証拠金の発生を含む)について等の説明を行っている。
(イ) 原告の主張(イ)は事実に反する。Bは,原告に初心者の人は投資可能額の3分の1までしか建玉できない決まりがあることを説明し,「売買やリスク管理になれて行きながら,取引枚数を増やせたら良いですね。」「建玉枚数が増えればリスクも大きくなる。」などと説明した。取引量に関しての勧誘ではなく,習熟前の建玉規制の説明と取引量とリスクの関係を説明していたもので,これらの点を原告は十分に理解を示していた。
エ 新規保護義務違反について
(ア) 原告は,先物取引について,ハイリスク・ハイリターンな取引であることは,CやBの説明で理解していたし,本人申告の投資可能金額の3分の1以内の取引であり,原告の主張する問題がある受託行為にはならない。
(イ) 平成23年11月15日,Cは原告に,東京金10月限20枚,3655円で買い新規が成立したことを伝え,さらに相場が逆に動いて不足金が発生するのは,67円逆に動き,引け値が3588円以下になれば必要になることを説明した後,本日の市況値動きを伝えると,原告は,もう1キログラム預ける予定で地金を持って行くと言い,同月17日,金地金1キログラムを証拠金として倉荷証券にスワップした。原告からあと何枚出来るのか質問されたので,Bが,取引開始して3か月は投資可能金額1000万円の3分の1,333万円まで取引可能で,現在,金の証拠金が1枚10万5000円なので31枚までと答えると,原告は,10枚買い足すことを決め,東京金10枚の買い新規を発注したものである。
(ウ) 平成22年11月19日の白金売建注文については,Cが,金が下がっている状況を話し,値下がりの可能性がある時の対処として,白金売りを提案したものであって,金の両建はできないので,白金の売りを建ててみませんかと言って注文を受けたわけではない。
(エ) 直し取引は,相場変動が激しい先物取引の場合には,有益な売買仕法であり,不合理な取引ではない。
原告は,平成23年1月23日に資力修正の申出書が提出されており,一定の期間一定の数量を超えた取引はない。
(オ) 両建については,平成23年2月19日に,十分に説明を受け理解して自己の責任と判断において取り組む内容の申出書が提出されており,原告主張の新規委託者保護義務違反ではない。
オ 手数料稼ぎ目的の頻繁売買について
相場状況や相場予測及び委託者の資金規模に応じて,最善と判断して取られる売買手法はそれぞれ違い,特定売買の手法も,取引の先方,手法として,極めて有益なものである。
特定売買比率や手数料損金比率から,取引の違法性を判断することはできない。なお,原告の主張は,1回の新規建玉,1回の仕切りを,ザラバ取引で複数回に分けて成立した場合にそれぞれを1回と計上し,特定売買回数に含めている点でも不当である。
カ 手仕舞拒否について
原告本人は,金価格等が大幅に値下がりするとの見通しであり,値段が下がれば利益が増す売りのポジションを決済したいとの矛盾した連絡に対して,Bは,買玉を残して,原告の見通し通り金価格等が下がってくれば,買玉の含み損が増すことを説明したもので,委託者の指示への違反や仕切り拒否ではない。
(2) 争点2について
(原告の主張)
被告は,無職・無収入の原告に対して商品先物取引の勧誘を継続して受託に至ったのであるから,適合性原則違反の事実は明らかであるのであって,違法行為のやり得を許容することは,明らかに正義・公平の理念に違背するものであるから,本件において過失相殺を行うことはできない。
(被告の主張)
原告の主張は争う。
第3 当裁判所の判断
1 証拠(甲5の1ないし13,16,17,39,41,42,乙1ないし28,証人C,証人B,原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる(適宜,争いのない事実も含めて記載する。)。
(1) 原告は,平成21年2月ころ,緑内障のため,勤務していた酒造会社を辞め,それ以降は,無職であり,平成22年中の所得金額は0円であった。
原告は,本件取引を開始するまで,投資信託,外貨預金や被告における地金の投資経験しかなく,商品先物取引の経験はなかった。
(2) 原告は,平成19年6月13日ころ,新聞の金の現物取引に関する被告の広告記事を見て,資料請求を行い,被告から資料の送付を受けるなどした。
平成22年1月19日ころ,Cは,原告に対し,「お役に立てるお話ができればと思っています。」などと記載した手紙と金地金に関する資料(甲6の1,6の2)を送付した。
平成22年2月11日ころ,Cは,原告と面談し,先物取引に関する説明をさせて欲しい旨原告に伝え,先物と現物の違いを説明するなどし,同年4月17日にも再び原告と面談し,「商品先物取引委託のガイド」(甲12)の交付をした。
(3) 原告は,平成22年8月16日,被告から金地金の現物1キログラムを代金355万4000円で購入した。
(4) 原告は,平成22年11月5日ころ,電話で,Cに対し,金地金を1キログラム買い増ししたいことを伝え,被告から50万円借りられないかと尋ねたところ,Cは,これを断り,そのくらいの利益であるなら先物取引でとれるのではないかと提案し,先物取引の説明をした。
(5) 平成22年11月13日,原告は,金地金を購入するため,埼玉県b市内のファミリーレストランでCと会った。原告は,金地金1キログラムを追加で,384万3000円で購入した。この際,Bも同席し,原告に対して,商品先物取引の勧誘,説明をした。
Bは,「お取引のリスクに関する説明《東京金の場合》」(乙15)という計算例を示し,例として,金現物1キログラムが約350万円するものを,商品先物取引では同じ1キログラムを10万5000円の証拠金で取引することができること,損失額が預けた取引証拠金等を上回る場合があり,例として,金を3500円で10枚買ったが,その後相場が下落し,3410円で決済した場合,損失幅90円×倍率1000倍×取引枚数10枚+10枚分の手数料等19万7400円で差し引き損金は109万7400円であり,取引本証拠金105万円の額を上回る結果となること,相場の変動により損失が一定(取引本証拠金基準額の2分の1)以上となった場合に,損失を確定させずに取引を継続しようとするときは,追加の取引証拠金が必要となること等についての説明を行った。なお,「商品先物取引委託のガイド」については,Cが以前交付したものであることを説明し,その場で,同書面を示しながらの説明はしなかった。
原告は,先物取引を開始することを決め,以下の書面に署名押印し,それぞれ,被告に差し入れた。
ア 事前に,商品先物取引委託のガイド,受託契約準則,取引本証拠金額一覧及び委託手数料一覧の交付を受け,先物取引の危険性を了知した上で取引を執行する取引所の定める受託契約準則の規定に従って,取引を行うことを承諾した旨の記載のある約諾書(乙1)
イ 「受託契約準則」及び「商品先物取引・委託のガイド」により,①商品先物取引はその担保として預託する取引証拠金等の額に比べてその10から30倍にもなる過大な取引を行うものであること,②預託した取引証拠金等の額以上の損失が発生する恐れがあることについて説明を受け,その内容を理解したこと,相場変動の例を記載した図表「お取引のリスクに関する説明《金の場合》を受領し,それを用いて商品先物取引に内在する危険性等についての説明を受け,その内容を十分に理解したことの記載のある「商品先物取引の説明及び理解に関する確認書①」(甲16,乙6)
ウ 「受託契約準則」及び「商品先物取引・委託のガイド」を用いて①取引証拠金等の制度,種類及びその発生のしくみ等に関する事項,②委託手数料の額,委託手数料の制度及びその徴収の時期等に関する事項,③商品取引員の禁止行為に関する事項,④その他「商品先物取引・委託のガイド」に記載されている事項について,説明を受け,その内容を理解したこと,「取引管理運用の手引き」を用いて被告の管理・保護措置に関する説明を受け,その内容を理解したこと等の記載のある「商品先物取引の説明及び理解に関する確認書②」(甲17,乙7)
エ 口座開設申込書(乙5)
取引口座開設申込書の記載にあたっては,原告は,Bに対し,無職であることを告げたが,Bから「無職だと良くない。」「実家は何をされているか。」などといわれ,両親が自営で建築業をしていることを告げると,Bから,実家の会社の名前と建築業と書くように言われ,そのとおり,記載をした。さらに「収入欄」には,どのくらいを書けばよいかと聞いたところ,Bは,普通は600万円くらいだと思うなどと答えたため,原告は,そのとおり記載した。また,原告は,Bから,預貯金や資産を確認され,投資信託が360万円や外貨預金や地金があることを告げ,①現金・預貯金欄に600万円,②有価証券欄に360万円,③その他欄に1020万円と記載した。これを受け,Bは,投資可能金額は,1000万円くらいであると言ったため,そのとおり記載した。そして,原告は,「株式のご経験」について「1 なし」,「その他投資のご経験」について「3現在取引中 通算取引期間 5年」「ハ 外貨預金」,「二 投資信託」,「ヘ 地金」とそれぞれ選択,記載した。
その後,上記各書面及びロスカットの確認書を,被告大阪支店調査部にファックス送信し,同支店D係長から確認審査のための電話を受けた。
原告は,「お仕事は何年位されているんでしょうか」との質問に対し,「仕事は10年ほど。」と,「年収は600万ということでよろしいですか。」との質問に対し「はい。」と回答した。また,投資可能金額の意味の説明や保護措置期間は証拠金の額はその3分の1であるという説明等,商品先物取引の説明に関する質問には,概ね「はい。」「聞きました。」などと回答し,審査の結果は受託可となった。
この日の原告とB,Cらの面談時間は3時間程度であった。
原告は,金地金1キログラムを倉荷証券として委託証拠金に充用した。
(6) 同月15日,原告は,金10月限20枚の新規買建玉を行った。
(7) 同月17日,原告は,金10月限10枚の新規買建玉を行った。
原告は,さらに金地金1キログラムを倉荷証券として委託証拠金に充用した。
(8) 同月19日,原告は,金の買建玉10枚を決済した後,Cから,金の相場の見通しが下がりそうであるが,原告は保護措置期間であり,金の両建はできないので,同じような動きをする白金の売建をしてはどうかと勧められ,白金10月限14枚の売建玉を行った。
(9) 同年11月20日,原告は,被告のセミナーを受講し,その後,残高照合通知書(乙17)の説明を受け,「通知書の通り相違ありません。」と記載した残高照合回答書を被告に差し入れた。
(10) 同年11月24日,Cは,原告に架電し,金が高く白金は安い状況などを説明して,金10月限10枚の決済と白金10枚の売建を提案し,原告の同意を得て,注文を執行した。
その後,さらに,Cは,金,白金なども上がってきている,白金は今日売って貰ったが,損切りになるが決済したらどうか,また,20枚の白金買いにしたらどうかと提案し,原告の同意を得て注文を執行した。同日時点での損失は10万5220円であった。
(11) 同月29日,Bは原告に架電し,利益確定のため金10月限10枚を決済する提案をし,原告の同意の上,発注した。
その後,Bは,原告に架電し,金10月限5枚の買建を提案し,原告の同意を得て,注文を執行し,その後Bは,もう一度金を買う提案をし,金10限月10枚の買建を提案し,原告の同意を得て発注した。
(12) 12月1日,Bは,原告に対し,利益確定のため,金10月限15枚を決済することを提案して同意を得て,注文をした。その後,上昇の見通しを話し,金10月限15枚の買いを提案し,同意を得て注文を執行した。
(13) 同月2日,原告は,Bの提案を受け,金10月限15枚の決済と白金10月限の20枚の売りを注文した。
その後,原告は,Bの白金の損切りと金の買い新規の提案を受け,白金の20枚((12)記載の10枚及び上記10枚)の決済,金10月限15枚を買い建てた。
(14) 同月7日,Bは原告に架電し,金10月限10枚の決済注文を受注し,執行した。同決済が成立した後,Bは,原告から,金10月限10枚の買建を受注し,執行した。
(15) 原告は,同年12月10日,被告のセミナーに参加した。
(16) 同月17日,Bは,原告に架電し,金が下がっている状況を説明し,一部損切りして,ポジションを新たに持つ提案をし,原告の同意を得たうえ,金10月限8枚の決済を受注し,執行し,66万1920円の損失となった。その後,原告は,新たに金10月限8枚を買い建てた。
(17) 同月20日,Bは,原告に対し,金10月限8枚の決済を提案し,受注して執行した。同決済が成立した後,Bは,新たに金10月限8枚の買建を受注し,執行した。
(18) 同月24日,Bは,口座内容で帳尻マイナスが168万7290円になっている旨伝え,これを受け,原告は,被告に対し150万円を送金した。
同日,原告は,Cの提案により,金10月限6枚の決済と,金12月限2枚の買建を注文し,執行した。
その後,Cは,口座内容で帳尻マイナスが55万1730円であることを伝えた。
(19) 同月25日,原告は被告のセミナー後,スパン証拠金制度の説明を受けた。
(20) 同月28日,原告は,被告に対し,合計55万1730円を送金した。
(21) 同月1月17日,原告は,被告に対し,50万円を送金した。
(22) 同月20日,Cは,維持証拠金不足が7万8199円になっている旨伝えた。原告は,被告に対し,30万円を送金した。
(23) 同月21日,原告は,不足金の処理について,金10月限4枚を決済した上,被告に対し,25万円を送金した。
(24) 同月24日,Cは,維持証拠金不足が15万円、不足請求が約100万円になっていることを原告に伝えると,原告は,金地金1枚を換金することを依頼し,翌日,金倉荷証券が売却された。さらに,同月26日,原告は,被告に対し,20万円を送金した。
(25) 同月28日,Cから,不足金が94万5238円であることを聞き,原告は,被告に対し,10万円を送金した上,金地金1枚の売却を依頼した。
(26) 同月31日,原告は,Cと面談し,証拠金変更の説明を受けた後,被告作成の例文を参照して「私,Xは平成22年11月15日より取引を開始し,未だ保護措置期間中であるとは十分理解しておりますが,今般相場変動により,前回,申告した投資可能金額を1000万円から1200万円に修正したく申し出ます。」等と記載した「申出書」(乙19号証)を被告に提出した。
その後,被告の東京調査部のE課長から原告に対し,上記申出書の確認を受けた(乙20)。
(27) 平成23年2月6日ころ,原告は,「習熟調査票」(乙21)に回答した。同書面の「売買取引の判断についてはどのようになされていますか。」との質問に対しては,「②担当者の意見も取り入れている,③担当者の相場観を参考にしている。」との回答を選択した。
(28) 同月14日,Bの提案により,原告は,白金12月限売り15枚を決済した後,白金12月限15枚を買い建てた。
(29) 同月15日,上記Eから,習熟調査票について確認の電話があり,同日付けで保護措置が解除となった。
同日午前,Cの提案により,白金12月限売り15枚を決済した後,白金12月限15枚を売り建てた。同日午後,Bの提案により,午前中に売り建てた白金15枚の決済し,白金12月限15枚を買い建てた。
(30) 同月17日,Bの提案により,金12月限5枚を売り決済し,金12月限10枚を買い建てた。また,同日,白金12月限15枚を決済して,買玉がなくなった。
(31) 同月18日から21日までの間に,原告は,白金12月限を10枚売り建てた。
(32) 平成23年2月19日,原告は,被告のセミナーを受けたが,その後,Cは,金の価格が下がったときのために,両建をしてみませんかと勧誘をした。「私,Xは契約締結前交付書面第2版23pの商品先物取引法による禁止行為8に両建て取引が記載されているのを知っていますが,十分説明を受け,理解しました。現在の相場状況から考えて同じ銘柄を買い建と売り建注文の両方を出す事を望みます。」等と記載した「申出書」を提出した(乙23)。
(33) 同月22日,Cの提案により,原告は,金12月限10枚を決済し,その後,金12月限15枚を買い建てた。
(34) 同月23日,原告は,金12月限20枚を売り建て,白金12月限10枚を買い建てた。
(35) 同月25日,原告は,金12月限20枚を決済し,金2月限20枚を売り建てた。
(36) 同月28日,原告は,白金2月限10枚を売り建てた。
(37) 原告は,平成23年1月及び2月に,残高照合回答書に,「通知書の通り相違ありません。」との記載に○印をつけるなどして返送した(乙24の1ないし27の2)。
(38) 3月3日,原告は,白金12月限買い10枚を決済し,白金2月限10枚を買い建てた。
(39) 3月11日,Bの提案により,白金2月限売り10枚を決済して,金2月限5枚を売り建て,Cの提案により,白金2月限10枚を売り建てた。
(40) 3月15日,原告は,金2月限を10枚売り建てた。
(41) 原告は,同年3月16日ころ,CやBに対し,取引を終了したい旨及び具体的な方法はCらに任せることなどを伝えた。Cは,これを受け,その都度,原告に架電し,市況見通しなどを伝えて,決済の方法を提案し,原告の承諾を受けて,別紙建玉分析表記載のとおり,実行した。
同月25日,取引の終了により,原告は,被告から,167万3333円の清算金の支払いを受けた。原告は,一連の取引により880万6800円の損失を出した。
(42) 以上の取引は,原告が,CやBの提案を承諾する形で行われ,原告の主体的な判断で行われたものではなかった。
2 争点1について
(1) 不招請勧誘について
上記認定事実によれば,Cは,平成22年2月ころから,先物取引に関する勧誘をしていたものであるが,原告に説明をさせて欲しい旨伝えるなどした上で勧誘したものである。また,その後のCらからの,先物取引に関する説明や勧誘に対して,原告が,先物取引をする意思がないことを明確に告げてこれを断ったとは認められない。
そうすると,Cらの勧誘が不招請勧誘に当たるとは認められない。
(2) 適合性原則違反について
原告は,本件取引開始時において,無職であり,一定以上の収入もなかったから,経済産業省の定める商品取引に委託者の保護に関するガイドラインによれば,適合性の原則に照らして,原則として,勧誘不適当と認められる者であった。
そして,原告は,本件取引開始時において,外貨預金や,投資信託等の投資経験しかなかったものであり,仕組みが複雑困難であり危険性の大きな取引である商品先物取引を開始するにあたって,十分な投資経験を有していたとは言い難い。
また,原告の投資意向は,比較的リスクが小さく安全性の高いものを求める傾向があったことが窺われ(原告本人),これは上記投資経験にも裏付けられているところ,商品先物取引の勧誘は,原告の投資意向に反するものというべきである。
さらに,上記認定事実(5)のとおり,Bは,原告が無職であることを認識しながら,敢えて,職業欄に「建築業」と記載するよう指示していることなどからすると,原告が当時,1000万円以上の資産を有していたことを考慮しても,原告に対し,商品先物取引を勧誘した行為は,適合性原則に反し,違法というべきである。
(3) 説明義務の不履行について
商品先物取引員は,受託契約を締結しようとする顧客に対し,商品先物取引の仕組み及びその危険性,取引の額が取引証拠金等の額を上回る可能性があること,商品市場における相場変動等により当該商品取引契約に基づく取引について損失が生ずることとなるおそれがあり、かつ、当該損失の額が取引証拠金等の額を上回ることとなるおそれがあることを顧客の知識,経験,財産の状況及び受託契約を締結しようとする目的に照らし,当該顧客に理解させるために必要な方法及び程度により説明する義務を負う。
本件においては,前記認定事実(5)によれば,Bらは,「商品先物取引委託のガイド」を示しての説明はしていないものの,「お取引のリスクに関する説明《東京金の場合》」の計算例を示すなどして,先物取引の仕組みや危険性等について,十分な時間をかけて,説明したことが認められる。また,被告の審査部の質問に対しても,原告は,商品先物取引の仕組みや危険性について,説明を受け,理解している旨回答していることからすると,被告に説明義務違反があったとまでは認められない。
(4) 新規委託者保護義務違反
商品先物取引が,投機性が高く,その仕組みの理解が困難で相場の変動も予測し難いことなどからすれば、商品取引員は,新規顧客が,商品先物取引に習熟し,取引により適合するよう誠実公正に保護する義務を負うというべきである。
本件においては,初回の取引及び11月17日の金10枚の買建玉の買い増しについては,取引証拠金等の額が投資可能資金額の3分の1以内であり,明らかに過大な取引ということはできない。なお,投資可能金額については,上記認定からすると,Bの指示により記載したものではあるが,原告が,投資可能資金額とは生活に支障のない範囲の金額である旨の説明を受けていたと認められること,当時の原告の資産額からして,不合理とまではいえない。
同年11月19日の白金の売建てについては,上記認定事実(8)によれば,Cは,実質的に金の両建の代替手段として提案したものと認められるところ,この時点で,原告は取引開始からわずか4日しかたっておらず,自らの相場観に基づく取引を行っていたとの事情は認められないことからすると,白金の売建の勧誘は新規委託者保護育成義務に反し,違法であるというべきである。
また,上記認定事実及び別紙建玉分析表によれば,原告の主張するとおり,金の買建玉について頻繁に買い直しを行い,小刻みに利益を確定して,被告への委託手数料の支払いを増大させたほか,平成22年12月17日,Bが,金が下がっている状況を説明したものの,一部の損切りを勧めたのみで,新たな買建も勧誘しているところ,原告自身は,BやCに任せておけば大丈夫であろう(原告本人)と考え,CやBに依存して,同人らの提案により取引を行ってきたものであることなどを考慮すると,この点も新規委託者保護義務に違反し,違法であるというべきである。
さらに,前記認定事実(26),(32)のとおり,平成23年1月31日には,被告の定めた保護措置期間中であるのに,投資可能金額を1000万円から1200万円に修正させていること,被告の定める3か月の保護措置期間を経過後すぐに,両建を希望する申出書を提出させていることも,上記,原告が同時点で,商品先物取引に習熟していたと認めるに足る事情はないことからすると,新規委託者保護義務違反にあたるというべきである。
(5) 手数料稼ぎ目的の頻繁売買
商品先物取引において,直し(同一日内に同じ銘柄の商品について,仕切り後に同一方向の新規建玉を行うこと),途転(同一日内に同じ銘柄の商品について,既存建玉を仕切るとともに,反対方向の新規建玉を行うこと),日計り(新規建玉を同一日内に仕切ること),両建(同じ銘柄の商品について,既存建玉と反対の建玉をすること)及び不抜け(売買そのものとしては利益が出ているものの,手数料を支払うと損になるような取引)等の特定売買と呼ばれる取引については,受託者が委託者の利益を無視し,何らの合理的な理由や必要性もないのに頻繁かつ,無意味に繰り返させて,委託者の損失を手数料に転化させたと認められるような場合には,社会的相当性を逸脱したものとして違法性を有するものと解される。
本件においては,上記認定事実(11),(12),(13),(14),(16),(17),(18),(30),(33),の新規金の買建及び(35)の売建,(29),(38)の新規白金の買建は,直しにあたる。上記認定事実(10),(28),(29)の白金取引は途転に,上記認定事実(10),(13),(29)の白金取引は日計りにあたる。また,上記認定事実(34),(35),(39),(40)の新規金の売建,(34),(38)の新規白金の買建,(36),(39)の新規白金の売建は両建にあたる。
そして,原告がBやCから提案されるままに取引を行ってきたもので,原告自身の投資意向,理解力等からして頻繁な取引や高度な判断が必要となる取引を望んでいたとはものとは認められないこと,各特定売買につき,合理的な理由を裏付ける的確な証拠がないことからすると,社会的相当性を逸脱した違法な取引であるといえる。
(6) 手仕舞拒否
原告は,平成23年3月16日,金の売建玉について全て仕切ってほしいと指示したのに,これに反する勧誘をされたと主張するが,これを認めるに足る証拠はない。
かえって,上記認定事実(41)によれば,原告は,取引終了にあたり,決済の方法については,CやBの提案に任せる旨伝え,実際にCの提案を受けて承諾する形で決済をしていることが認められる。
よって,この点に関する原告の主張は認められない。
(7) 以上によれば,被告従業員には,適合性原則違反,新規委託者保護義務違反,手数料稼ぎ目的の頻繁売買の違法行為が認められ,被告は,この点について使用者としての責任を負う。
3 争点2について
(1) 上記認定事実(41)のとおり,原告は一連の取引によって880万6800円の損失を出したから,上記違法行為によって原告が被った損害額は,上記880万6800円と認められる。
(2) 本件において,原告は,委託契約を締結するに際し,Bの指示するままに,自己の職業や年収について虚偽の事実を記載するなどしていること,その後も被告のセミナーに複数回参加したうえで,投資可能金額の修正の申出書や,両建の申出書を提出するなどして,先物取引について十分理解している旨被告に告知していることなどからすると,原告にも3割の過失を認めるのが相当である。
そうすると,過失相殺後の金額は,616万4760円となる。
(3) 本件において,上記違法行為と相当因果関係のある弁護士費用は61万円と認めるのが相当である。
(4) 以上によれば,原告の損害額の合計は,677万4760円となる。
第4 以上によれば,原告の請求は,主文掲記の限度で理由があるからこれを認容し,その余は理由がないから棄却することとし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条,64条本文,仮執行の宣言について同法259条1項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 白崎里奈)
<以下省略>