さいたま地方裁判所越谷支部 平成16年(ワ)45号 判決 2005年10月07日
主文
1 被告らは,連帯して,原告X1及び同X2に対し,金617万円とこれに対する平成14年10月10日から支払済まで年5分の割合による金員を,各支払え。
2 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は,原告らに生じた分の3分の1を被告両名の連帯負担とし,その余を各自の負担とする。
4 この判決は,第1項につき,仮に執行することができる。
事実及び理由
1 申立
被告らは,連帯して,原告らに対し,それぞれ金2348万1600円とこれに対する平成14年10月10日から支払済まで年5分の割合による各金員を支払え,
訴訟費用は被告らの負担とする,
との判決及び仮執行宣言。
2 事案
本件は,平成14年10月10日午後9時10分頃,埼玉県春日部市○○町所在の「創庫生活館」春日部本部店内で,応援に来ていた北春日部本店の店長Aが,B(当時アルバイトで春日部本店勤務)及びCが引起した強盗殺人等の事件の被害者となって死亡したことについて,Aの父母(相続人)である原告らにおいて,別紙請求の原因のとおり主張して,雇用主である被告らが強盗等の侵入防止の為のセキュリティーシステム(施錠・監視カメラ・通報装置)を設置,従業員の増員や安全教育等を行って従業員の安全を図るべき使用者としての債務に不履行があったことによって,従業員であるAが上記事件で死亡するという事態が発生したとして,被告らに対し,A死亡による損害の相続分及び固有分の計各2348万余円(原告両名計の内訳,逸失利益2269万余円,本人慰謝料2800万円,父母慰謝料各500円,葬儀費415万円,B・C側の各支払計2300万円控除,弁護士費用511万余円)とその遅延損害金(事件日起算,民法所定年5分)の連帯支払を請求する事案である。
これについて,被告らは,原告の雇用主は被告株式会社日本リユース(以下「被告リユース」という)であって,被告株式会社生活創庫(以下「被告創庫」という)とは雇用関係はない,当日Aの当該店への応援は親友であった店長Dの個人的要請によるもので会社の業務命令によるものではなかった,同店には高価品や大金が存する訳ではなく近隣には夜間でも人通りがあり強盗事件の発生もない状況であった,従業員用通路は裏手にあり外部の物品の出入れ等に頻繁に使う場所で出入の都度施錠を繰り返すのは業務の円滑を妨げることであり当時の状況から無施錠を責められない,会社は店内の人の所在を検出する温度センサーの設置,非常通報装置の設置,当日の複数人員勤務等という同店での業務と当時の状況に対応した通常の安全措置は講じていた,との旨主張して,本件の強盗殺人事件の発生は被告らの管理し得ない事由或いは予見しえない事由から生じたもので,その被害を回避することはできなかったから,被告らに安全配慮義務違反はない,と反論した。
本件では,Aが被告リユースと雇用契約を結んで従業員となり,当時は被告創庫に出向して被告創庫北春日部本店店長の職にあって被告創庫の指揮命令下で勤務していたこと,平成14年10月10日午後9時10分頃被告創庫春日部本店店内でB・Cによる強盗殺人等の事件が発生しAがその被害者となって死亡したこと,同店はBの当時のアルバイト勤務先であり,当時同店の従業員出入口は無施錠であったこと,当日Aは春日部本店の商品のレイアウトを手伝う為に自店での仕事の後に応援に来ていたこと,原告らが亡Aの父母でその共同相続人であることは,当事者間に争いがなく,当該事件の概略として,当夜同店に無施錠であった従業員出入口から侵入した前記BとCが事務所に入って来たAに発見されると殺意を生じて,両者がバットで頭部等を殴打し更にCがナイフで背部脇腹を多数回突き刺す等しAを失血死させたことは請求原因第2の1(3)のとおり当事者間に争いがなく,BとCは閉店後の同店に侵入して売上金を奪うこと及び従業員に発見されたときは殺害することを共謀のうえ同店に侵入し,金庫を物色中にAに発見されて上記犯行に及び,更に同店に居た店長D・従業員Eも殺意を持って攻撃したが未遂に終ったことは,当該事件の刑事判決(甲3)から容易に認められる。
これを前提とした本件の主な争点・検討事項は,
① Aの当時勤務関係を踏まえた安全配慮義務負担者
② 事件の予見可能性・結果回避可能性の検討を踏まえた安全配慮義務の内容と履行の有無及び結果との因果関係
③ 被告らの責任が認められる場合に責任を負う損害額の算定
ということになる。
以下,争点等を踏まえて,必要な範囲で順次検討する。
3 検討・判断
(1) 勤務関係について
本件では,Aが被告リユースと雇用契約を結んで従業員となり,当時は被告創庫に出向して被告創庫北春日部本店店長の職にあって被告創庫の指揮命令下で勤務していたところ,事件当日Aは春日部本店の商品のレイアウトを手伝う為に自店での仕事の後に応援に来ていたこと,は前記争いがない事実のとおりである。
そして,Dの証言及び弁論の全趣旨によれば,当時の春日部本店店長Dが本部のG部長から店の売上げ低下を指摘されレイアウト変更等で売上げ増加を図るように指示されていたことから,当日閉店後にレイアウト変更することを企画し,親しい友人であったAに対し来店してアドバイス及び手伝いを依頼し,Aがこれを引受けて同日自店での勤務の後に応援に来店した,当時被告創庫の各店間では本部の指示を受けずに手当が出なくとも店長同士が互いに時間外に応援して店の業務を手伝うことが珍しくなかった,という事実が認められる。
これらの事実によれば,Aは,当日は被告創庫の当時の春日部本店店長の要請を受けて,同店長が上司から指示されたレイアウト変更を応援しに来店したものであって,当該事件当時は被告創庫の業務に従事していたといえる。
これについて,被告らは,事件当時のAの業務は当該店長との個人的な関係によるもので会社の業務命令によるものではない,と主張する。しかし,各店長は店の業務執行については会社から包括的な委任を受けていると推定されるから,本部の指示がなくとも店長からの要請を受けてその店の業務に従事することは手当の支給の有無を問わず,会社の指揮命令下で会社の業務に従事しているといえるし,本件での上記来店の経過に照らしてもAが個人的に遊びに来たようなものではないことは明らかである。従って,この点についての被告らの主張は採用できない。
そうすると,事件当時Aは被告リユースと雇用契約を結び出向先の被告創庫の労働指揮下で勤務していたことになるから,被告らはいずれも雇用主或いは労働指揮を行う者として,当時Aが従事する業務について具体的な状況に即して,安全を配慮すべき義務を負う立場にあったといえる。
(2) 安全配慮義務について
① 次に,店の安全管理に関して,上記争いがない事実にDの証言と陳述書(甲11)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
当時被告創庫の春日部本店では,従業員出入口は店の裏手駐車場側にあり,通常無施錠であって,来客や部外者が出入りすることも度々あって,従業員を始めかなりの者がそこが通常無施錠であることを知っていた。
同店では,当該出入口を施錠すると店外駐車場側に置いた品物の出入れ等が円滑に行かなくなることもあって無施錠としていて,これにつき本部の指導を受けたことはなかった。
当時同店には店内の人の所在を検出する温度センサーや警備会社への非常通報装置が設置されていたが,監視カメラの設置はながった。また同店では非常通報装置の使用方法について会社からの指導はなく従業員にその存在場所・使用方法が徹底されてはいなかった。
事件当時は店内に店長のDと従業員Eが残っていて,Aが応援に来るという状況であったが,同店では店内に従業員1名となることも珍しくはなかった。
被告らの研修では店長や従業員に対し店の安全管理についての教育訓練は殆ど為されなかった。
同店で保管する売上金等の現金は20万円から30万円程度であり,取扱商品も高くても10数万円程度の価格のものであった。
同店は国道4号線に面し,国道沿いにはコンビニ,ファミレス,家電量販店などが並び,夜間でも国道沿いの通行はかなりあるが,裏手は住宅地で夜間は人目も少ない場所となる。
同店を営む被告創庫とAや前記Bを雇用して被告創庫の店に出向派遣する被告リユースとは本店の場所・代表者が同一である。
② 上記①の事実によれば,被告らの安全配慮義務について,次のようにいうことができる。
被告創庫の店でも夜間店舗荒らし等の被害に遭う可能性があること,そして,その際に従業員と犯人が顔を合わせると犯人が凶悪な行動に出て従業員に危難が及ぶ危険性が高いことは,本件の事件前においても,一般に知られている昨今の犯罪状況からして,被告らにおいてその危険性を予見しえたことといえる。
そして,被告らの従業員に対する安全配慮義務の履行として,このような危険に対して相応の水準での対策を講ずることが求められていたといえる。
本件では,相応の水準での対策として,防犯の為に監視カメラ設置が必要な状況とまではいえないが,閉店後夜間には従業員用の出入口の施錠を確実に行って,不審者が容易に侵入できないようにする方策を講じるべきであったし,業務の為に一時開放するのであれば出入口に監視する人員を置き,店内に相応の人員を配置して防御策も考えた方策をとるべきであったといえる。併せて,このような方策と設置した装置の使用方法等について従業員に防犯及び安全管理の為の教育をして徹底を図るべきであったともいえる。
そうすると,被告創庫が当該店舗の従業員用出入口を何らの対処もせずに無施錠にしておいたこと,被告リユースが当該出入口を閉店後には施錠するよう申入れなかったこと,被告らが店長ら従業員に対し,閉店後の従業員用出入口の施錠の徹底,店内に複数従業員が残ることの徹底,通報装置等の使用方法の徹底という防犯安全教育を疎かにしたことは,上記安全配慮義務の履行上で足りなかった点と指摘できる。
③ 次に,本件の上記安全対策を講じた場合に,強盗殺人等の事件とそれによるAの死亡を防げたかどうかの点について検討する。
本件の強盗殺人等の事件は,前記B・Cが店の売上金の奪取に加え,従業員に発見された場合に殺害することまで謀議して,強固な意志で敢行された稀な事件であるといえる。そして,そのような強固な意思による犯行に対し,上記程度の安全対策で防止しうるか,という疑問の余地もあり,また,被告らに対し,そのような稀な犯行を予見して上記以上の安全対策を取ることを求めるのは相応の水準以上のもの強いることになるともいえる。
しかしながら,本件の強盗殺人等の事件は,店と無関係な者の犯行ではなく,当時アルバイト勤務していたBが勤務を終えて帰宅後にCとの共謀により両者で売上金の奪取を計画しその際に従業員殺害をも事前に謀議して閉店後の店を襲ったという特殊な面がある事件である。そして,B・Cが,閉店後の店を襲う計画をするについては,当夜従業員がE一人だけになると思ったこと,店の従業員通路が無施錠であることを知っていたことが,大きな誘因となったといえる(乙6=Bの検察官調書)。
そうすると,被告らが閉店後の上記出入口の施錠,複数従業員の在店体勢,通報装置の使用方法を徹底し,これらを防犯安全教育で従業員に周知徹底しておけば,被告らの姿勢とその徹底ぶりを上記Bが従業員として知ることになって,本件の強盗殺人等の事件に及ばなかった可能性は相当程度あるといえる。
他方,本件の強盗殺人等の事件については,前記のとおりの強固な意志に加えて,上記Bが共犯者のCと互いに弱みを見せないように張り合った部分も窺えて(前記乙6),上記安全対策を取っても,当該事件を防止できなかった可能性も大きいともいえる。
そこで,本件では,これらの状況を勘案し,上記安全対策による結果回避の可能性を3分の1とみるのが相当とし,その割合で,亡Aの損害ついての被告らの安全対策の不備(安全配慮義務違反)による責任を認めることとする。
(3) 損害について
① 本件で原告らの主張する損害につき,本件に表れた事実により算定すると,弁護費用を除き,次のとおり,原告両名分の計で金5219万3550円を認めることができる。
ア 亡Aの逸失利益
当時Aは満27歳(昭和49年*月*日生)の独身男性であり(甲1),年収264万5090円であった(甲4各号)から,同人の通常の稼働期間67歳まで20年間分の稼働利益を,生活費分5割控除,中間利息ライプニッツ係数による控除をした計算により推計すると,次の計算式のとおり,2269万3550円となる。
計算式 264万5090円×(1−0.5)×17.1590=2269万3550円
イ 亡Aの慰謝料
Aが27歳の若さで強盗殺人事件の被害に遭って上記のように無惨にも死亡させられたことの無念さを考慮すれば,その慰謝料として,請求どおり金2800万円を認めるのが相当である。
ウ 父母の慰謝料
原告らが長男であるAを上記強盗殺人事件により殺害された苦痛が甚大であることはその主張のとおりといえるが,その慰謝料は,当該犯行に及んだ犯人らに対し請求すべきものであり,本件の被告らは,亡Aとの雇用関係に基づき予防安全策に手落ちがあったという過失の責任を問われている立場であって,上記父母に対し直接責任を負う立場にはないから,本件では被告らに対し父母の慰謝料を請求するのは失当といえる。
エ 葬儀費用
葬儀費用の通常の負担額として,金150万円を相当額として認める。
なお,本件の死亡状況からそれ以上の特別な費用を要したとすれば,その費用は,上記ウと同様の理由で,当該犯人に請求すべきものである。
② 次に,本件では,原告らに対し損害賠償として前記B及びCの各母から計2300万円が支払われていることは,原告らの自認するところであり,また,原告と前記B及びCとの間では当該事件による損害賠償額が原告両名分計6696万3200円(弁護費用以外で当時の弁済額を控除前の計6484万9200円)とその遅延損害金とする確定判決があることは当裁判所に明らかである。
そこで,上記支払済の2300万円のうち,上記①で認める本件の損害分に充当されるべき分を,弁護士費用以外の損害額計で按分すると,次の計算式で,1851万1433円と算出される。
計算式 2300万円×5219万3550円/6484万9200円=1851万1433円
従って,上記①の損害額計からこの按分による充当額を控除すると,残額は3368万2117円となる。
③ そして,これについて,被告らの安全配慮義務違反の債務不履行によるといえる分は前記(2)での検討のとおり全体の3分の1となるから,その部分の額は1122万円となる(計算の誤差も考慮して最終的に万円未満切捨)。
また,これについて,本件の事案を考慮し,弁護士費用として,1割を目処とした112万円を,相当因果関係のある損害と認める。
以上を合計すると,本件で原告らが被告らに請求しうる損害額は計1234万円となり,これにつき,原告らはその各2分の1ずつの権利を有し,被告らは連帯責任を負うということになる。
4 結論
よって,原告らの本件の損害請求については,原告らが被告らに対し連帯して各617万円とその遅延損害金(事件発生日平成14年10月10日起算,民法所定年5分の割合によるもの)の限度で各理由があるから,これを認容し,その余はいずれも理由がないから棄却し,訴訟費用の負担につき勝訴割合,事案,訴訟経過等を考慮して定め,相当と認める限度で仮執行宣言を付すこととして,主文のとおり判決する。
別紙 請求の原因<省略>