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さいたま地方裁判所越谷支部 平成18年(ワ)3号 判決 2007年4月02日

原告

X1

ほか一名

被告人

三井住友海上火災保険株式会社

主文

一  原告らの請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実及び理由

第一原告らの請求

被告は、原告ら各自に対し、金一五〇〇万円及びこれに対する平成一六年五月一日から支払済みまで年五パーセントの割合による金員をそれぞれ支払え。

第二事案の概要

本件は、亡Aが、友人のB運転の自家用乗用自動車(<番号省略>、トヨタグランドハイエース、以下「本件自動車」という。)の助手席に同乗し、平成一六年二月一五日に発生した事故により死亡したことから(以下「本件事故」という。)、亡Aの両親であり、相続人である原告らが、本件自動車の事故時の運行につき、本件自動車を所有していた有限会社aブロック工業(以下「所有会社」といい、その代表者である原告X1を「所有会社代表者」という。)、又は、本件自動車を運転していたBがそれぞれ保有者である運行供用者であり、亡Aは運行供用者以外の者として自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条所定の「他人」に当たると主張して、本件自動車について所有会社との間で自動車損害賠償責任保険契約を締結していた保険会社である被告に対して、自賠法三条及び一六条一項(被害者による直接請求)に基づき、亡Aの死亡による損害賠償額のうち保険金額の全額である三〇〇〇万円(原告各自一五〇〇万円)の限度による金員及びこれに対する催告日(訴外任意保険会社に対する一括払い請求)の後である平成一六年五月一日から支払済みまで民法所定の年五パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

これに対して、被告は、亡Aは所有会社から本件自動車を直接借り受けて、使用権限を有する者として同乗していた共同運行供用者であって、亡Aによる本件自動車の運行支配の程度は、本件自動車の運行供用者である所有会社、又はBのそれぞれの運行支配の程度と比べて、直接的、顕在的、具体的であり、あるいは、優っているものであるから、亡Aは自賠法三条所定の「他人」にあたるとはいえないと主張して、原告らの請求を全面的に争っている(なお、被告は、催告日について、本件が自賠責保険の事前認定で損害賠償義務がないものと判断され、任意保険会社から被告に対し一括払いの請求はされていないとして、本件訴状送達の日(平成一八年一月一三日)がこれに当たると予備的に主張している。)。

一  前提となる事実(掲記の証拠により明らかに認められる事実及び当事者間に争いがない事実)

(1)  本件事故の発生

B(当時二八歳)は、亡A(当時二六歳)を助手席に同乗させ、本件自動車を運転して走行中の平成一六年二月一五日午後一一時二六分ころ、千葉市稲毛区宮野木町一六五四番地五所在の京葉道路上り二二・四キロポスト先の高速道路において、時速約一二〇キロメートルで前方車両を追い越す際に、ハンドル操作を誤り、右に急転把したため、本件自動車を進路右側ガードレールに衝突させ、更に、道路左側の側壁に衝突させて、衝突の衝撃によって亡Aを車外に放出させて、亡Aを頭蓋骨骨折、脳挫傷の傷害により、即時に死亡させた(甲二号証、三号証、七号証、弁論の全趣旨)。

(2)  本件自動車の亡Aによる使用状況

亡Aは、平成一四年ころから、趣味のサーフィンに熱中するようになり、行けるときは週一回の頻度で友人のBらと共にサーフィンに行っており、平成一六年二月の本件事故当時は、同年三月の大会に向けて練習しており、月二、三回の頻度でサーフィンに行っていた。

亡Aは、所有会社代表者の長男であり、また、所有会社に勤務しており、所有会社が所有する本件自動車を、所有会社代表者の承諾を得て無償で使用借して、上記のとおり友人らと共にサーフィンをする海岸への往路、復路の運行に供していた。その際、亡Aは、往路、復路のいずれかを運転し、他方を友人が運転することが慣例となっていた。

(3)  本件事故当日における本件自動車の運行状況

亡Aは、平成一六年二月一五日、Bを含む友人八人と三台の車両に分乗して、片道約四時間かけて海岸へ出かけサーフィンをした。往路は、亡Aが本件自動車を運転し、復路は、Bが運転し、助手席に亡Aが、後部座席に友人一人が同乗した。亡AとBらは、復路の途中で飲食店に立ち寄り、夕食を取りながら飲酒していたが、亡Aは、Bの運転する本件自動車の助手席にそのまま乗り込んで、本件事故に遭遇した。なお、亡AとBは、シートベルトを装着していなかった。

(4)  自賠責保険契約の締結

所有会社と保険会社である被告との間で、本件自動車について、本件事故日を保険期間内とする自賠法による自動車損害賠償責任保険契約が締結されていた。

(5)  所有会社及びBは、本件事故当時の本件自動車の運行につき、所有会社は、所有者として、Bは、所有会社から使用権限を与えられた亡Aから正当に使用を許されて運転していた者として、いずれも保有者(自賠法二条三項、三条、一六条)として、「自己のために自動車を運行の用に供する者」(同法三条、以下「運行供用者」という。)に当たる。

二  原告らが主張する亡Aの死亡による損害賠償額

亡Aの死亡による損害賠債額は、次の計算のとおり、四三九八万四九九〇円(原告ら各二一九九万二四九五円)となる。

なお、原告らは、Bを共同被告として本訴を提起したが、平成一八年一二月一二日成立の和解により、Bから本件の損害賠償金として一〇八〇万円(原告各自五四〇万円)を、同月から平成四八年一一月まで毎月末日限り月額三万円(原告各自一万五〇〇〇円)に分割し、現在支払を受けている。原告らは、この他に任意保険会社から搭乗者傷害保険金一〇〇〇万円を受給した。

(1)  亡Aの死亡慰謝料 二四〇〇万円

(2)  亡Aの逸失利益 四〇六四万〇九〇〇円

(3)  葬儀費用 一五〇万円

(4)  遺族固有慰謝料 四〇〇万円(各二〇〇万円)

(5)  弁護士費用 四〇〇万四〇九〇円

(6)  損害の填補<1> 三〇一〇万円(任意保険の人身傷害保険金)

<2> 六万円(Bの分割金支払二回分)

三  本件の争点(亡Aの自賠法三条の他人性)

自賠法三条所定の「他人」とは、運行供用者及び運転者以外の者をいうと解されているところ、本件事故当時において、

(1)  亡Aは、本件自動車の運行供用者といえるか否か。

(2)  亡Aが運行供用者といえる場合、亡Aは、他の共同運行供用者と比較した場合に、「他人」であるといえないか。

すなわち、亡Aと、(ア)本件自動車を所有する運行供用者である所有会社、又は、(イ)本件自動車を本件事故当時に運転していた運行供用者であるBとの関係で、それぞれ、本件自動車の運行支配及び運行利益の程度を比較した場合、亡Aは「他人」に当たるといえないか、それとも、「他人」に当たるということができるか。

第三本件の争点(亡Aの自賠法三条の他人性)についての当事者の主張

一  被告の主張

亡Aは、次のとおり、自賠法三条所定の「他人」に当たることはない。

(1)  亡Aの運行供用者性の存在について

亡Aは、本件自動車を所有する所有会社の承諾を得て、レジャー目的で本件自動車を使用していたもので、自動車の使用について支配権を有し、かつ、その使用により享受する利益が自己に帰属するものとして、運行供用者に当たる。

そして、本件のように、本件自動車を所有していた所有会社、本件自動車を運転していたB及び亡Aという複数の運行供用者(共同運行供用者)が肯定される場合、これらのうちの一人(亡A)が事故の被害者になった場合について、最高裁判例は、共同運行供用者の内部的に、その者が一定の場合に「他人」として保護されることがあり得ることを肯定し、次の(2)の「他の運行供用者が同乗していない場合(非同乗型)」と、(3)の「同乗している場合(同乗型)」とで、それぞれリーディングケースとなる判決を出している。

(2)  所有会社を運行供用者とする場合(非同乗型)の亡Aの他人性の非該当について

最高裁昭和五〇年一一月四日第三小法廷判決(民集二九巻一〇号一五〇一頁、以下「昭和五〇年最判」という。)は、会社所有の自動車を取締役が私用のために運転して乗り出し、同乗していた従業員と交代して運転させている間に被害にあったという事案で、右取締役は、運行供用者であって、他の運行供用者である会社よりも直接的、顕在的、具体的に運行を支配していたから、会社に対し他人であると主張することは許されないとした。これは、同乗運行供用者は、非同乗運行供用者より危険の具体化を効果的に制御し得る立場にあること、あるいは自ら完全に事故を防止すべき立場にあったことを背景として、「他人性」を否定していると解されている。

本件の所有会社と亡Aとの関係では、同乗していた亡Aの運行支配がより直接的、顕在的、具体的であったことはいうまでもなく、昭和五〇年最判がそのまま妥当する。実質的にも、同乗運行供用者である亡Aは、非同乗運行供用者である所有会社よりも危険の具体化を効果的に制御し得る立場にあったといえるので、亡Aの他人性が否定されることに問題はない。

(3)  Bを運行供用者とする場合(同乗型)の亡Aの他人性の非該当について

最高裁昭和五七年一一月二六日第二小法廷判決(民集三六巻一一号二三一八頁、以下「昭和五七年最判」という。)は、自動車の所有者が、友人に運転を委ねて後部座席に同乗中、友人が起こした事故により死亡した場合において、所有者がある程度友人自身の判断で運転することを許していたときでも、事故の防止につき中心的な責任を負う所有者として同乗していたのであって、同人はいつでも友人に対し運転の交代を命じ、あるいは、その運転につき具体的に指示することができる立場にあったのであるから、友人が所有者の運行支配に服さず同人の指示を守らなかった等の特段の事情があるのでない限り、本件自動車の具体的運行に対する所有者の支配の程度は、運転していた友人のそれと比し優るとも劣らなかったというべきであって、かかる運行支配を有する所有者はその運行支配に服すべき立場にある友人に対する関係において他人に当たるということはできないとした。

昭和五七年最判が判示する原則として他人性を否定するという基準が、被害者である運行供用者が自動車の所有者ではなく、使用権限を有する者の場合にも、妥当するか否かについて、消極説と積極説とがあったが、事故防止責任を負うべき立場・地位にあるのは使用権限を有する者も同様であるから、積極に解するのが相当である。

この点につき、最高裁平成九年一〇月三一日第二小法廷判決(民集五一巻九号三九六二頁、以下「平成九年最判」という。)は、会社所有の自動車を業務用及び通勤用に使用していた者が運転代行業者による代行運転中、助手席に同乗して受傷した場合に、被害者について、昭和五七年最判を引用し、「正当な権限に基づいて自動車を常時使用する者についても所有者の場合と同様に解するのが相当である」と判示している(その上で、同判決は、運行代行契約により事故の発生を防止する中心的な責任が使用権者から代行業者に移転したことを考慮して、昭和五七年最判が判示する特段の事情を認めて被害者の他人性を肯定した。)。

この平成九年最判によって、同乗型の「所有者」から「常時使用者」まで、他人性否定の原則が拡張されたということができるが、この「常時使用者」という表現は曖昧であり、調査官判例解説でも「所有者から包括的に使用権を与えられている者については、所有者と同様に考えるべきであろう。」と記載されているだけである(甲一四の一六四頁)。

そこで、「常時使用者」の意味が問題となるが、これが任意自動車保険約款にいう「常時使用する自動車」という用語と共通するものだとすると、「使用頻度だけでなく、その自動車に対する事実上の支配関係、使用のたびごとに自動車の所有者の許可を要したのかそれとも包括的な使用許可が与えられていたかなどの事情を考慮に入れた上で」判断されることになる(乙一三参照)。これによると、本件では、亡Aは、本件自動車を仕事中や自宅マンションと職場との往復に使用した他に、休日に月二、三回は使用することが常態となっており、亡Aが本件自動車を使用する際には、所有会社にあるメインキーを持って行き、使用していて、使用のたび毎に所有会社から使用許可を得るということはなかったものであり、包括的な使用権限を与えられていたと評価することができる。

仮に、亡Aが、「常時使用する者」に該当しないと評価され、亡Aが本件自動車の使用権限を有する者に過ぎないとされる場合でも、上記のとおり、使用権限を有する者の場合であっても、昭和五七年最判の他人性否定の原則の基準が適用されると解すべきである。

また、単なる使用権者の場合には、昭和五七年最判の他人性否定の原則の基準が適用しないと解されるとしても、問題は、同乗中の運行供用者のいずれがより事故防止責任を負っていたかということであり、どちらがハンドルを握っていたかという事実的運行支配の比較のみで判断されるべきではない。同乗運行供用者間の関係、事故車両の利用状況、運行目的、同乗態様等を総合考慮することにより、どちらがより中心的な事故防止責任を負うべき立場、地位にあったか問われるべきである。本件では、亡Aは、所有会社代表者の承諾の下に往路の運転を自ら行うことにより本件自動車を使用し、Bは、復路の運転を亡Aに代わって行ったが、同人は、亡Aと密接な関係にあったことから本件自動車を利用できる立場にあったに過ぎず、亡Aの本件自動車に対する使用権限は、Bに比べはるかに強いものであり、復路の自宅マンションまでの運転をBに委ねたが、Bに対していつでも運転の交代を命じ、運転について具体的に指示することができる立場にあったものであり、Bは、亡Aの運行支配に服する立場にあったということができるものであるのに、亡Aは、Bが飲酒していることを承知しながらBに運転を委ねたのであって、事故発生に関する責任は、亡Aの方がはるかに重く、亡Aがより中心的な事故防止責任を負うべき者であったということができる。したがって、亡Aは、Bに対する関係において他人にあたると主張することはできないというべきである。

二  原告の反論

(1)  亡Aの運行供用者性の不存在について

本件事故当時、所有者たる所有会社自身が本件自動車について事故防止の中心的な責任を負い、運行を支配していた(ガソリン代、修理費、車庫代、自動車税などの負担も所有会社であった。)。所有会社代表者は、亡Aから、サーフィンに出かけるに当たって、往路と復路とでは別の人が運転することを聞いてこれを了解の上で、本件自動車の使用を認めていたのであって、本件事故は、所有者が想定したとおりの交代運転がされた過程で事故が発生したのであるから、所有者の運行支配下で事故が発生したということができる。

一方、亡Aと友人らがサーフィンに出かける場合、往路と復路とで別の者が運転することにしており、本件事故日に、往路を運転した亡Aは、当然のように、復路の運転をする意思はなく、運行支配をBに委ねる意思であったのであり、往路の運転及びサーフィンによる疲労からすれば、そのことには合理性があったものである。また、本件事故時において、亡Aは睡眠中ではなかったようであるが、助手席のシートを倒して体を休めている状況であり、具体的に運行に関与する状況ではなく、亡Aが経路の指示や運転方法の注意をすることはなかった。

このように、亡Aは、本件事故時の復路では、当初から一貫して単なる同乗者的な地位にとどまり、運行を支配することができない状態であったものであり、運行供用者に該当することはない。

(2)  所有会社を運行供用者とする場合(非同乗型)の亡Aの他人性について

上記(1)のとおり、所有者である所有会社は、本件自動車について強い運行支配を及ぼしており、これと比較して、亡Aの本件自動車に対する運行の支配は、仮にあったとしても、強いものではなく、所有会社と亡Aとの運行支配を比較すると、亡Aは、他人に当たるというべきである。

(3)  Bを運行供用者とする場合(同乗型)の亡Aの他人性について

被告は、平成九年最判を引用するが、同判例は、昭和五七年最判を前提として、「正当な権原に基づいて自動車を常時使用する者」は、所有者に準じるものとして、特に責任を加重して、特段の事情がない限り、自動車の具体的運行に対する支配が運転する者と比して優るとも劣らないとしたものであり、この「常時使用者」とは、包括的な使用権を与えられている者(別の表現では、ほぼ所有者に準じ得る「専属的使用を許諾されていた者」とも言われている。)を意味するものであり、被告が主張するような自動車保険約款上の「常時使用する」とは明らかに異なる概念である。

そして、同乗被害者が所有者でも常時使用者でもない場合は、原則に戻って、その責任は加重されず、共同運行供用者同士で運行支配の程度を比較することになる。そのような場合、運転していた運行供用者の運行支配は、運転操作に従事する者として、具体的に危険を回避する第一義的な義務を負うものであり、運行支配が強いということができる。

上記(1)記載のように、本件事故時の亡Aの本件自動車に対する運行の支配は、仮にあったとしても、運転していたBと比較すると、間接的、潜在的、抽象的なものにとどまっていたものというべきであり、亡Aは、運行供用者であるBとの関係においても、他人に当たる。

第四当裁判所の争点についての判断

一  自賠法三条に規定される「運行供用者」及び「他人」の概念等について

自賠法三条は、「自己のために自動車を運行の用に供する者(運行供用者)は、その運行によって他人の生命又は身体を害したときは、これによって生じた損害を賠償する責に任ずる。ただし、自己及び運転者が自動車の運行に関し注意を怠らなかったこと、被害者又は運転者以外の第三者に故意又は過失があったこと並びに自動車の構造上の欠陥又は機能の障害がなかったことを証明したときは、この限りでない。」と規定し、自動車事故による被害者保護のために、自動車の運行供用者の賠償責任を強化している。これは、運行供用者が自動車の運行によって必然的に生ずる危険を支配していることによる危険責任と、運行による利益を享受していることの報償責任の考えに基づくものである。そこで、運行供用者とは、事故自動車の運行を支配し、その運行による利益を享受している者をいうと解される。自動車を現に運転する者であっても、他人のために自動車の運転又は運転の補助に従事する者(同法二条四項所定の「運転者」)は、自動車に対する独立の運行支配及び直接の運行利益がないため、運行供用者とはならない。

また、同条所定の「他人」とは、事故自動車の運行供用者及び運転者(同法二条四項で運転補助者を含む。)以外の者をいうと解され、これは、事故自動車の運行供用者及び運転者は、加害者側(同法三条、一一条)として、自賠法の枠内において定型的に帰責主体側に属することが予定されており、法的保護主体たる他人と相入れないからである。このように運行供用者が除外される実質的な理由として、<1>事故発生を防止すべき立場にある運行供用者は、それを怠り事故を発生させても救済に値しない、<2>運行供用者は予め傷害保険などによって対策を講じることができる、<3>当該事故は第三者にも被害を与える可能性があったのであるから、安易に他人性を認めて自賠法三条で救済することは事故抑止の観点から好ましくないことが挙げられる。

この「運行供用者」は、自動車の所有者、賃借人など正当に使用する権限を有する保有者(自賠法二条三項)より広く、自動車泥棒のように正当な権限がなく自動車を使用した者も含まれるものであるが、自賠法は、運行供用者のうち、上記の所有者等の保有者(自賠法二条三項)を、事故の防止につき、中心的な責任者として扱い、同法三条により保有者の損害賠償責任が発生した場合のために、同法一一条で責任保険制度を定めて、損害賠償責任を負う保有者及び運転者の損害のてん補をし、同法一六条一項により被害者も保険金額の限度において損害賠償額の支払の直接請求ができることを規定して、被害者の保護を図っている。

これを自動車の所有者についてみると、所有者は、その包括的、全面的な支配権により、自動車につき最大に運行を支配し、運行利益を享受する者であり、また、自動車の運行と構造・機能の安全につき、高度の注意義務を負い(同法三条但書参照)、事故の防止につき中心的な責任を負うべき立場にあるものということができる。自動車の所有者は、車の運転を他人にさせる場合でも、そのこと自体に危険があるときは運転を許容してはならないし、いったん運転をすることを許しても、危険なときは運転を中止させなければならず、同乗中に、いつでも運転を中止させることができ、また、その運転につき具体的に指示することができる地位にあるものである。そのために、自動車の所有者が事故車に同乗していれば、たとえ他の者に運転させていても、特段の事情がない限り、自動車に対し強い運行支配を及ぼしており、運転する者は、その所有者の運行支配に服するものと認められる。

所有者から、所有する自動車につき、包括的、全面的に使用する権限を与えられ、所有者と同等の運行の支配と利益の享受を得た者も、上記の所有者の権限及び責任を委譲・委託された者として、自賠法上は、所有者に準じる地位にあると解され、その者は、この包括的、全面的な使用権限により、たとえ他の者に運転させていても、その運転する者に対して、いつでも運転の交代を命じ、あるいは、その運転につき具体的に指示することができる反面、当該自動車の運行により生じる事故の責任を中心的に負担すべき立場に立つものということができる。

このことを機能的にいえば、所有者から許諾された使用権限の内容から考察して、その者が運転する者に対して、いつでも運転の交代や中止を命じ、あるいは、その運転につき具体的に指示することができる立場に立つものと解されるのであれば、その者は、所有者に準じて、事故の防止について中心的な責任を負うべき立場にあるということもできる。

本件のように、事故自動車につき、運行供用者である所有者(所有会社)から使用を許諾された者(亡A)が、事故当時運転をしていた他の運行供用者である第三者(B)の運転中に生じた事故によって損害を被った場合、当該使用権利者(被害者)の「運行供用者」性や「他人」性は、上記に判示した観点からみて、事故当時の事故自動車に対する運行支配及び運行利益の有無、及び程度・態様と、他の運行供用者のそれらとを、それぞれ比較衡量して、判断されることとなる。

以下、本件に即して、具体的に判断する。

二  本件自動車の亡Aによる使用状況及び本件事故当時の運行状況について

前提となる事実(1)及び(2)に、本件証拠(甲五ないし八、二一、二五、三四、丙一(Bの陳述書)、証人Bの証言)及び弁論の全趣旨を総合すると、次の各事実が認められる。

(1)  本件自動車の亡Aによる使用状況

所有会社は、埼玉県八潮市に所在し、原告X1が代表者、妻の原告X2が取締役を務め、従業員が三、四人の会社であり、本件自動車を所有して、週日の業務時間中は、業務用に使用し、そのガソリン代、修理費、駐車代、自動車税等の諸費用を負担していた。

亡Aは、所有会社代表者の長男であり、また、所有会社に勤務していることから、所有会社が所有する本件自動車について、他の勤務者と同様に業務中に運転して使用する他に、所有会社代表者の承諾を得て、一人暮らしの同市内のマンションから所有会社の事務所への通勤のための往復に運転して使用したり、更に、私用のために無償で使用借りして、休日には、次のとおり友人らと共にサーフィンをする海岸への走行の際に常に使用し、また、その他にも、私用での走行に際してBを同乗させて運転するなどして使用していた。

亡Aは、このように本件自動車を私用で無償で使用することに関して、所有会社代表者から、予め、包括的、全面的に承諾を得ており、使用の都度、その使用目的、使用方法について承諾を得たり、亡Aの自動車の使用目的、使用方法に関して限定、制限を受けたり、自動車の運行に関して格別の指示や注意を受けるということは、いずれもなく、これらは、所有会社代表者から、息子であり、所有会社に勤務し、かつ、運転免許と運転歴がある亡Aに対して、全て委ねられていた。また、亡Aは、休日に使用した後にガソリンを補充するということも、余りしてはいなかった。

亡Aは、平成一四年ころから、趣味のサーフィンに熱中するようになり、行けるときは、週一回の頻度で友人のBらと共にサーフィンに行っており、平成一六年二月の本件事故当時は、同年三月の大会に向けて練習しており、月二、三回の頻度でサーフィンに行っていた。

亡Aは、本件自動車について、休日、サーフィンをする海岸への往路、復路のいずれかを運転し、他方を友人が運転することを慣例としており、三人で運転を分担することもあった。亡Aが本件自動車を交代して運転していることは、所有会社代表者も、亡Aから聞いていたが、これについても、亡Aに対して格別に指示・注意等をすることはしておらず、亡Aの本件自動車の使用方法に委ねていた。

Bは、亡Aと同様に運転免許と運転歴を有していたが、自らの運転について友人らから少し荒い運転になると言われていた。

亡Aは、Bが本件自動車を運転して亡Aが助手席に同乗する時に、Bに対して、その運転に関して、スピードをそんなに出さなくていいと言うなど、何回か注意したり、また、「方向音痴で道を覚えられない人」と自称する不案内のBのために、経路の指示を出していた。

Bは、本件自動車が亡Aが勤務している所有会社の所有のものであり、代表者の息子で所有会社に勤務している亡Aが本件自動車を借りて使用していることを知っており、助手席の亡Aから本件自動車の運転について注意を受けると、これに従っていた。

(2)  本件事故当日における本件自動車の運行状況

亡Aは、平成一六年二月一五日早朝、サーフィンをするために、本件自動車を運転し、助手席にBを同乗させて、埼玉県八潮市内の自宅を出発し、同市内の原告ら宅に立ち寄り車内の会社の物を届け、午前七時ころ、友人ら八人で集合し三台の車両に分乗して、房総の海岸に出かけた。亡Aは、本件自動車を運転し、同日午前一一時ころ海岸に到着し、友人らと午後二時三〇分ころまでサーフィンを楽しんだ。帰りは、一台の車両とは海岸で分かれ、亡Aら六人が二台の車両に分乗し、同日午後三時ころ、Bが本件自動車を運転し、助手席に亡Aが、後部座席に友人一人が同乗して出発した。亡Aは、助手席の背もたれを少し倒して乗車していたが、Bと会話しており、運転しているBからみても長い時間寝入るという様子はなかった。

亡AとBら六人は、途中で千葉市中央区の飲食店に立ち寄り、同日午後六時ころから午後一〇時三〇分ころまでの四時間三〇分にわたり、夕食を取りながら飲酒していた。Bは、生ビール中ジョッキを飲んでいたが、帰路の運転を心配した亡Aから、それ以上飲まないように注意を受けたため、五杯目を飲んで、飲酒を終えていた。

亡Aは、上記の飲食後も、Bの運転する本件自動車の助手席に乗り込んだが、その際、Bも亡Aもシートベルトはしておらず、亡Aは、助手席の背もたれを深く倒して同乗していたが、寝ることはせず、運転席のBとの間で終始、会話をしていた。

Bは、一般道路を先導して先行している亡Aの友人の車両を追うように運転し、スピードを出しすぎたために、亡Aから、そんなにスピードを出さなくていいと指示を受け、スピードを抑えて運転していた。

Bは、このようにして本件自動車を運転し、途中で後部座席に座っていた友人一人を千葉市緑区の自宅で降ろした後、亡Aの自宅に向けて出発し、先行する車両を追って、制限速度六〇キロメートルの高速道路に入り、いつものように時速約一〇〇キロメートルで走行したが、その際も、Bと、助手席の亡Aは、シートベルトを装着しなかった。

Bは、亡Aとの会話で、首都高速道路で帰ることにして、少し離れて走行している先行車両に、その分岐点の前で追いついて手を振って別れの挨拶をしようと相談して、本件自動車をスピードを上げて走行し始めて、同日午後一一時二六分ころ、時速約一二〇キロメートルの速度で走行車線を走行中に、進路前方の車両に接近したために、右に進路変更してこれを追い抜こうとして、アクセルを踏みながらハンドルを強く右に切ったために、本件自動車が右側の中央分離帯のガードレールに衝突しそうになり、本件自動車を制御しようとあわててハンドル操作をしたが、バランスを崩した本件自動車は、右側の中央分離帯のガードレールに衝突した後、進路左側の側壁に衝突して、横転して停止した。

亡Aは、この間、助手席から手を伸ばしてハンドルを握って、蛇行する本件自動車の走行を制御しようと懸命に試みたが、本件自動車の衝突の衝撃により、車外に放出され、頭蓋骨骨折、脳挫傷の傷害により即時に死亡した。

三  亡Aの運行供用者性について

上記二に認定の事実によれば、本件事故当時において、亡Aは、所有会社代表者の許諾を受け、所有会社が所有する本件自動車を休日の私用のために包括的、全面的に無償で借り受けて使用していたものであり、本件自動車について、包括的、全面的な使用権限を有する者であって、当日の早朝から午前一一時まで、私用として友人らとサーフィンをするための海岸への往路につき、自ら本件自動車を運転し、その復路も、友人であるBに運転を交代しているものの、助手席に自らが同乗して、Bの運転の速度について注意したり、本件事故の直近の時点においても、運転していたBと速度を上げて先行車に追いつく相談をし、また、Bの誤操作により蛇行した本件自動車の制御をすべく本件自動車のハンドル操作を試みていたことが認められる。

以上によれば、亡Aは、本件事故当時において、本件自動車の運行供用者で保有者の所有会社よりも、はるかに直接的、顕在的、具体的に、本件自動車の運行を支配し、かつ、運行利益を享受していたことは、明らかであるというべきであるから、亡Aは、本件自動車の運行供用者であると顕著に認めることができる。

四  亡Aの他の共同運行供用者との比較における他人性について

(1)  所有会社との比較について

上記二に認定の事実によれば、本件自動車を所有する運行供用者である所有会社と、共同の運行供用者である亡Aとの間で、本件事故当時における本件自動車に対する運行支配及び運行利益の享受の各程度及び態様を比較衡量すると、上記三に判示したとおり、本件自動車の使用権利者として、私用のために、往路を運転し、復路は助手席に同乗していた亡Aの運行支配及び運行利益の享受の程度及び態様の方が、より直接的、顕在的、具体的であったことは、明らかであるというべきであり、被告が指摘する昭和五〇年最判の判旨がそのまま妥当するものである。

したがって、本件自動車の保有者である運行供用者の亡Aは、他の運行供用者である所有会社に対して、上記一に判示した自賠法三条所定の「他人」であるということはできない。

(2)  Bとの比較について

次に、本件自動車を運転し、運行供用者であることについて当事者間に争いがないBと、共同の運行供用者である亡Aとの間で、本件事故当時における本件自動車に対する運行支配及び運行利益の享受の各程度及び態様を比較衡量する。

上記二に認定の事実によれば、亡Aは、本件自動車につき、本件事故当時、所有者である所有会社の代表者から、亡Aの休日における私用について、包括的、全面的に使用する権限を付与されて、日常的に趣味のサーフィンの往路、復路等に使用しており、本件事故の時には、その所有者と同等の権限と責任とを委譲、委託された者として、本件自動車の助手席に同乗していたことが認められる。

亡Aは、上記のとおりの権限と責任に基づいて、本件事故当日の復路の飲酒後に再び本件自動車を運転しようとするBに対して、そのこと自体に危険があるときは運転を許容してはならなかったし、いったん運転をすることを許しても、危険なときは運転を中止させなければならず、また、同乗中いつでも運転を中止させ、あるいは交代させることができ、更に、運転について具体的に指示することができる立場にあったということができる。

そして、亡Aは、現に、Bに対して、その後の乗車を控えた飲食の際に、五杯目を超えての飲酒については禁止したり、運転の速度について注意しており、また、本件事故の時点では亡A自らが助手席から運転席のハンドル操作を直接試みていたものである。

一方、Bは、本件事故当時、本件自動車の包括的、全面的な使用権者である亡Aと友人関係ということから、亡Aから、一緒にサーフィンに行くために、海岸への往路を亡Aが運転する代わりに、復路の運転をして、助手席に亡Aを同乗させていたものであり、Bによる本件事故当時の本件自動車の使用は、所有者からでなく、使用権限を有する亡Aから、復路走行についてのみ許諾された一時的、限定的なものに過ぎないものである。

そして、Bは、亡Aから、いつでも運転の禁止や交代を命じられ、また、運転についての具体的な指示があればこれに服する立場にあったものと認められ、上記のとおり、現に、亡Aからの飲酒や速度に関する注意、指示に従っていたものと認められる。

このように、本件自動車の運行の支配についてみると、亡Aは、本件事故当時、休日の私用について本件自動車を包括的、全面的に使用する権限を有しており、所有者に代わり事故を防止すべき中心的な責任のある者として本件自動車の助手席に同乗していたのであるから、たとえ他の者に運転させていても、本件自動車に対し強い運行支配を及ぼしていたといえるものである。

しかるところ、亡Aは、飲酒後の運転が極めて危険であることは、運転免許を有し、運転経験のある者の常識であるのに、Bにその運転を許し、また、同乗中、Bが走行中の高速道路の制限速度を遙かに超過した速度に上げて運転することを、相談の上で許容していたものであり、所有者に代わる者としての注意義務を十分に尽くしていなかったものという他なく、本件事故の発生及びその態様は、亡Aや遺族にとってまことに痛ましいものであるが、その事故発生の責任は、法的な観点として(規範的に)みた場合には、亡Aにおいて、現に運転走行していたBと比べて、優るとも劣らないといわざるを得ないものである。

そして、昭和五七年最判及びこれを引用する平成九年最判が判示するような、運転していたBが、使用権利者である亡Aの運行支配に服さず、同人の指示を守らなかった等の特段の事情は、本件全証拠によっても認めることができず、かえって、上記に判示したとおり、Bは、亡Aのした注意、指示に従い、その運行支配に服していたと認められるのである。

次に、本件自動車の運行利益の享受について比較してみても、亡Aは、上記判示のおり、本件事故当時、休日の私用について、本件自動車を包括的、全面的に使用する権限を有し、その趣味等のために日常的に使用し、所有者と同様に本件自動車の運行による利益を最大に享受しており、本件事故当日も、現に、趣味のサーフィンをするために、友人らと分乗して海岸に行くために本件自動車を往路、復路の運行に供していたものであり、他方、Bは、上記判示のとおり、亡Aとの友人という関係から、亡Aがサーフィンに行く際に誘われて、亡Aが運転する本件自動車に同乗し、あるいは自らが運転することを許され、亡Aを同乗させることによって、自らの趣味に供することができたものである。

このことからすると、Bは、亡Aがその包括的、全面的な権限により享有している利益に便乗していたものと評価することができるものであり、本件自動車の運行利益について、亡Aは、休日の日常的な私用において自ら最大に享受していたものであるから、運行利益の享受の程度及び態様において、亡Aを介して享受していたに過ぎないBのそれを陵駕していたことは、明らかである。

したがって、本件自動車の使用権限を有する保有者である運行供用者の亡Aは、他の運行供用者であるBに対しても、上記一に判示した自賠法三条所定の「他人」であるということはできないといわざるを得ない。

五  結論

以上のとおり、原告らの本訴請求は、その余の点(損害賠償額)について判断するまでもなく理由がないから、棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判官 橋本英史)

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