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さいたま家庭裁判所 平成14年(少)4709号 決定 2002年12月04日

少年 T・K(昭和59.2.9生)

主文

少年を中等少年院に送致する。

理由

(罪となるべき事実)

少年は、

1  平成14年10月29日午後2時30分ころ、東京都文京区○○×丁目×番××号「○○」1階更衣室において、Aの財布から同人所有の現金5000円を抜き取って窃取し、

2  上記時刻、上記場所において、Bの財布から同人所有の現金1万円を抜き取って窃取した。

(法令の適用)

上記事実のいずれも 刑法235条

(処遇の理由)

1  本件事案について

本件は、アルバイト先の更衣室で従業員2名の財布から現金合計1万5000円を抜き取って窃取したという事案である。その動機は、少年の愛好するアイドルグループのコンサートチケットの代金を借り入れたことや両親と別居したことで生活費が不足したことによるもので、自己本位かつ短絡的というほかない。その手口は、無人の更衣室で財布から現金だけを抜き取るという比較的単純なものであるが、少年は平成14年10月27日にも同様の窃盗を敢行していることからすれば(未送致事件)、決して偶発的とはいえず、また、わずか3日しか勤務していないものの同じアルバイト先の同僚から何の抵抗感もなく窃盗を行うなど、少年の規範意識は問題視せざるを得ない。

2  少年の生活史

少年は、昭和59年2月9日、父○○、母○○の第1子長男として出生し、全般に発育が遅めで、大変おとなしかったが、特段問題なく幼少期を過ごした。平成2年4月、○○市内の小学校に入学したが、他者とのコミュニケーションの取り方が不得手でしばしば問題行動を起こし、また、小学校4年生ころにいじめに遭ったり、小学校5年生ころに鋏を振り回して怒ることもあった。平成8年4月、○○市内の中学校に入学し、野球部に所属したが、非常におとなしく、内向的な生徒という評価であり、喫煙、服装違反などの非行行動には全く無縁であった。少年は、平成11年4月、埼玉県内の県立高校に進学するが、同年12月には登校意欲を失い休学し、同12年4月に埼玉県内の通信制高校に転入した。

少年は、平成10年秋ころから、父母に対しゴムボールやハンガーを投げつけるなどの暴力がみられるようになり、その傾向は徐々にエスカレートし、また、広汎性発達障害の実弟に対する攻撃的姿勢や暴力もみられた。少年は、平成12年秋ころに父母に連れられて診療所で診断を受けるが、すぐに通院を拒否した。以後も、少年の父母・実弟に対する家庭内暴力は継続し、平成13年9月に、少年の暴力により父が顎を16針を縫う怪我をしたことや、その後も少年の暴力は全く収まらなかったことから、同14年3月少年と父母実弟は別居することとなった。父母実弟は○○市内のアパートに居住したが、少年に対し住所を教えておらず、毎週1回少年に生活費として5000円を渡している。

少年は、平成14年3月以降、自宅に1人で居住し、週に1、2回通信制高校の授業を受ける以外は、ほぼ自宅にこもりきりの生活で、交友関係もほとんどなく、自己の愛好する男性アイドルグループの歌を長時間にわたって歌唱したり、テレビを見る毎日であった。アルバイトを探そうとはしていたものの、全く採用されず、本件事件のアルバイト先が初めて採用された職場であったが、3日で解雇されている。

3  少年の性格行動傾向・病状

少年は、些細なことで落ち込んだり、怒りが高まったりしやすく、情緒不安定で自己統制力に乏しい。幼稚で自己中心的であり、他者への共感性も乏しい、適切な対人関係を構築することができない。それ程親しくない相手には当たり障りのない行動をとれるが、相手が自分より弱い立場であったり、甘えを受け入れてくれると感じる場合には、抑制が利かず、衝動的・攻撃的行動に出て気分を発散しようとする。家族など身近な者には力ずくでわがままを通そうとするなど、一方通行的な支配とそれへの服従という関係の中で愛情欲求を満たそうとしやすい。

このため、少年の自己イメージは悪く、被害感を持ちやすく、他罰的になりがちであり、社会に適合する努力をせず、男性アイドルに自己を同一視することで、現実の対人関係から逃避している。

このような性格傾向が形成されたのは、放任的で父性性を欠く父親と、発育遅滞にあった実弟の養育に手を取られ、少年に対し細やかな対応ができなかった母親との間で、十分な愛情欲求が満たされず、また、元来内向的で対人関係構築が不得手であった少年が成長するに連れて社会への不適合を次第に強めていったことによると考えられる。

検査医□□の健康診断簿(精神医学用)によれば、少年は、青年期危機(同一性危機)(家庭内暴力)と診断され、薬物療法は不要であるが、被害感を抱きやすいし、対人面での恐怖感もあり、今後神経症や統合失調症に発展する恐れもあるとされており、成熟過程の危機状態が解消されるまで、精神療法ないしカウンセリングが必要であり、両親の精神療法も含めた家族療法の実施が望まれるとされている。なお、少年は、平成12年秋ころに医師の診断を受けたことがあったが、それ以降は医師のカウンセリング等は受診しておらず、母親が、平成14年3月ころから精神福祉保健センターに通い、少年の行動に対し助言を受けることがあった(この点、□□医師の健康診断簿には、平成14年4月以降少年が週1回カウンセリングを受けたと記載されているが、事実誤認と思われる。)。

4  保護環境

父母は、少年の予測不能な暴力に怯え、少年がいつか何らかの犯罪を起こすのではないかとの不安を抱いて生活しており、少年と別居後も、住居さえ明かさず少年とは生活費や食料を渡すなど物質面での関わりしかなく、情緒的な交流はほとんどなかった。

また、現状のまま少年に精神的な改善が見られない限りは、少年の引受についても拒否している状況である。

5  処分の検討

本件は、アルバイト先の更衣室で現金を盗んだという事案であり、手口も比較的単純であり、被害金額もさほど多額ではない。

ただ、本件に顕れた少年の問題性、すなわち、社会性の欠如、幼稚で自己中心的な行動は看過できないといわざるを得ない。また、本件非行直後に、同僚従業員らから本件を問い詰められてもこれを否認し、店のガラス戸を蹴ったり、同僚従業員らと揉み合いになるなど、少年の感情統制のなさを露呈している面も見受けられる。さらに、少年鑑別所の鑑別結果通知書に記載されているように、本件非行が少年の家庭内暴力に見られる攻撃性が外に活動の場を得たことで非行という形で実現したという面があるのであれば、本件は少年の資質上の問題点に直結した非行ということができ、看過できず、再非行の危険性も高いといわざるを得ない。

そして、何よりも、社会性の欠如、対人関係不適応等少年の性格行動傾向上の問題性は大きく、家庭内暴力は深刻であり、要保護性は極めて高い。

保護者は少年を怯え、少年の引き取りに拒否的であり、また、上記のとおり少年の問題性が極めて深刻であることからすれば、社会内処遇によって少年の更生改善を図ることは困難であるといわざるを得ず、かえって、少年の病的状況や社会不適応を一層加速させるおそれすらある。

そして、改めて、本件事案の性質、少年の性格行動傾向、精神状態、生活状況、保護環境等に鑑みれば、少年にこれまで保護処分歴がないことを考慮してもなお、収容保護して矯正教育を施す必要がある。その上で、自己中心的な態度や対人関係上の問題点を改善させ、社会適応力を身に付けさせるとともに、少年及び家族両者に対しカウンセリングを施すべきであり、少年の性格の偏りの大きさ等からすれば、長期間の特殊教育課程におけるプログラムによる専門家の指導が必要と考えられる。

よって、少年法24条1項3号、少年審判規則37条1項を適用して少年を中等少年院に送致することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 澤田忠之)

〔参考1〕環境調整命令

環境調整命令

平成14年12月4日

さいたま保護観察所長殿

さいたま家庭裁判所

裁判官 澤田忠之

少年の家庭その他の環境調整について

少年 T・K

年齢 18歳(昭和59年2月9日生)

学籍 通信制高校生

本籍 埼玉県○○市○○×丁目×××番地

住居 同市○町×丁目××番地

上記少年については、別添決定書謄本のとおり、平成14年12月4日当裁判所において中等少年院送致と決定しましたが、家庭その他の環境調整の必要がありますので、適切な措置が行われますよう、少年法24条2項及び少年審判規則39条に基づき、下記のとおり要請いたします。なお、詳細については、さいたま少年鑑別所長作成の平成14年11月29日付け鑑別結果通知書及び当庁家庭裁判所調査官○○作成の同年12月3日付け少年調査票の各写しを参照してください。

少年は、平成10年秋ころから、父母や実弟に対する家庭内暴力がみられるようになり、その傾向は徐々にエスカレートし、平成13年9月に、少年の暴力により父が顎を16針を縫う怪我をした。その後も少年の暴力は全く収まらなかったことから、同14年3月少年と父母実弟は別居することとなり、父母実弟は○○市内のアパートに居住した。

父母は、少年の予測不能な暴力に怯え、いつか何らかの犯罪を起こすのではないかとの不安を抱いて生活しており、少年と別居後も、住居さえ明かさず少年とは生活費や食料を渡すなど物質面での関わりしかなく、情緒的な交流はほとんどなかった。また、現状のまま少年に精神的な改善が見られない限りは、少年の引受についても拒否している状況である。

少年は、青年期危機(同一性危機)(家庭内暴力)と診断され、薬物療法は不要であるが、被害感を抱きやすいし、対人面での恐怖感もあり、今後神経症や統合失調症に発展する恐れもあるとされており、成熟過程の危機状態が解消されるまで、精神療法ないしカウンセリングが必要であり、両親の精神療法も含めた家族療法の実施が望まれるとされている。

そこで、仮退院後の少年の生活を可能にすべく、少年院での面会を通して親子関係の改善を図り、帰住地の調整を図るとともに、仮退院後の親子で一致協力したカウンセリング等の継続受診を可能にすべく、今後の親子間の関係調整を図ることを要請する次第であります。

〔参考2〕抗告審(東京高裁 平14(く)562号 平14.12.20決定)

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の趣意は、少年作成の抗告申立書に記載されたとおりであるから、これを引用する。

論旨は、要するに、少年を中等少年院に送致した原決定の処分は著しく不当である、というのである。

そこで検討すると、本件非行は、少年が、平成14年10月29日、アルバイト先であるレストランの1階更衣室で、従業員2名の財布から現金合計1万5000円を抜き取って窃取したという事案である。

少年の処遇にあたって考慮すべき事情は、原決定が(処遇の理由)として詳細に説示するとおりであって、これを是認できる。

すなわち、本件の非行は、比較的単純なもので、被害額も大きいとまではいえない(なお、被害現金は直後に被害者に戻っている。)。また、少年には、これまで保護処分歴はもちろん非行歴もない。

しかし、少年は、2件続けて窃盗を敢行したほか、本件の2日前にも同様の窃盗を敢行している。そして、少年は、平成10年秋ころから、父母に対して家庭内暴力を行うようになり、平成13年9月には父に物を投げ付けてあごを16針も縫う怪我をさせている。この間、少年は、平成11年4月に県立高校に進学するも登校意欲を失って休学し、翌年4月に通信制高校に転入しており、また、平成12年秋ころ父母に連れられて神経科の診療所で診療を受けたが、すぐに通院を拒否している。そして、平成14年3月には、少年の暴力に怯えた父母及び弟は少年に居所を知らせず転居しており、以来、少年は自宅に一人で居住し(その間父が生活費を、母が食料を与えている。)、週1、2回通信制高校の授業を受ける以外は、ほぼこもりきりの生活をしている。少年の性格について、鑑別結果では、「非常に偏りの大きい性格で、ささいなことで気分が落ち込んだり、怒りが高まったりしやすく、情緒面での安定に欠け、自己統制力に乏しい。自分では、他者を意識して、自由に振る舞いたいところを抑えているつもりであるが、自分の言動が周囲にどのような影響を与えるか考えることができず、共感性に乏しい。幼稚な自己中心性が目立ち、思いどおりにならないといら立つ。相互交流的な対人関係を持つことができにくい。問題の改善に目を向けられず、歪んだ攻撃性を強めつつある」と指摘されており、また、専門家によって、青年期危機(同一性危機)と診断されており、精神的成熟の片寄りによる被害感を抱きやすい性格、対人面での恐怖感が指摘され、成熟過程の危機状態が解消されるまで精神療法ないしカウンセリングが必要とされている。そして、少年の父母は、上記のとおり少年と別居しており、行動を予測できない少年の暴力に怯え、少年鑑別所での面会時においてさえ意見を言えない状況にあり、両親に少年の監護を期待することはできない。

そうすると、少年の要保護性はきわめて高く、少年の精神状態や性格、少年に対する適切な関わりを期待できない父母の現状を考えると、社会内処遇によって少年の更生改善を図ることは甚だ困難であるといわざるを得ず、さらに重大な非行に至るおそれもある。本件非行の内容及び少年にこれまで保護処分歴がないことを考慮しても、現時点で少年を少年院に収容し、その精神面等の問題点を考慮に入れた専門的な矯正教育を施し、根本的な対人関係の持ち方を身に着けさせ、社会適応力を向上させることが少年にとっては不可欠である。したがって、少年を中等少年院に送致した原決定の処分は相当であって、これが著しく不当であるとはいえない。

論旨は理由がない。

よって、少年法33条1項により、本件抗告を棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 松尾昭一 裁判官 竹花俊徳 平塚浩司)

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