さいたま家庭裁判所 平成22年(家)30010号 審判 2010年6月10日
申立人
X
相手方
Y
未成年者
A
主文
本件申立てを却下する。
理由
1 申立ての要旨
申立人と相手方は,平成21年×月×日,未成年者の親権者を相手方と定めて調停離婚した。もともと離婚など考えていなかった申立人は,万が一離婚するとしても,未成年者の親権者になることを希望したが,相手方がa市の自宅で責任を持って未成年者を監護養育するとの意向であったので,未成年者が住み慣れた自宅に住み,同じ学校に通うことができ,埼玉県内に住む申立人といつでも会うことができるのであれば,未成年者にとって,離婚による不利益を最小限度に止めることができると考え,相手方を親権者とすることに同意した。
ところが,相手方は,同年×月,未成年者を北海道b市に住む相手方の両親に預けた。申立人は,未成年者と電話で話すことも拒否され,面会することもできなくなった。
相手方は自ら監護することを放棄したもので,相手方の両親には健康上の不安もある。慣れない北海道で,母親である申立人から意図的に遠ざけられている未成年者のことを思い,申立人は,自ら親権者となって未成年者を監護養育していくことを決意したが,相手方は,親権を譲らないと主張している。
そこで,未成年者の親権者を相手方から申立人に変更する旨の審判を求める。
2 本件記録及び平成20年(家イ)第×××号夫婦関係調整調停事件の記録によれば,以下の事実が認められる。
(1) 申立人と相手方は,平成10年×月×日に婚姻し,平成11年×月×日に長男の未成年者をもうけた。相手方から見ると,申立人は感情の起伏が激しく,何かにつけて相手方を強い口調で非難したり,相手方を見下したような言動をするように感じられ,両者の間で口喧嘩になることが多かった。平成20年×月×日,未成年者のことに端を発して,申立人と相手方は大喧嘩になった。相手方は,申立人との生活に限界を感じ,同月×日,自宅を出て,賃貸アパートに住み始めた。
平成20年×月×日,相手方は,離婚を求めて夫婦関係調整調停事件を申し立てた。申立人は,当初離婚を拒否していたが,第3回目と第4回目の調停期日の間の同年×月×日ころ,未成年者を連れずに自宅を出て,埼玉県c市内の申立人の実家に帰った。相手方は,未成年者からの連絡でこれを知ったため,すぐに自宅に戻り,以後,未成年者と自宅で暮らすようになった。
申立人は,実家に戻った後は,未成年者を引き取って監護養育することや未成年者の親権者になる旨を主張することもなく,平成21年×月×日の第5回調停期日で,未成年者の親権者を相手方と定めて調停離婚すること,相手方が申立人に対し,離婚に伴う解決金×××万円を平成24年×月までの分割で支払うこと,申立人は,未成年者と面接できること等が合意され,調停が成立した。
(2) 相手方は,d社に勤めていたが,勤務は3交代制で,3日に1日の割合で夜勤があるため,夜勤の日は未成年者が夜間一人で過ごすことになる。離婚調停が成立した3日後である平成21年×月×日,児童相談所の職員が,突然,相手方の自宅を訪問し,未成年者が夜間一人で自宅にいるのは,児童虐待にあたると説明し,生活状況を改善するようにと指導を受けた。
相手方は,同月×日,離婚調停の際に代理人であった弁護士に相談に行き,勤務形態を日勤だけにするとか,夜間未成年者を預けられる施設を探したり,自宅に親戚や知人に来てもらうなどの方法を検討するよう助言を受けた。相手方は,助言に従って施設や人材がないか探したが,内容的に適当な方法はなかった。
児童相談所からは月に1回電話連絡があり,同年×月×日には,未成年者が夜間一人で自宅にいる状態を改善しなければ,未成年者を一時保護し,施設入所させる措置を検討することになると通告された。相手方は,同年×月×日,児童相談所に行って,宿題を見たり,休みの日には一緒に遊ぶなど,未成年者の世話を怠ることなく行っており,夜勤があるときでも食事は全て相手方が用意していることなど詳しい状況を説明し,理解を求めたが,児童相談所の方針は変わらなかった。
(3) 申立人は,離婚後も,未成年者との間で,電話やメールを利用して連絡を取っていた。未成年者は,相手方が夜勤で留守になると,一人で心細くなり,申立人にメールで連絡を入れたりしていた。例えば,平成21年×月×日夜には,「お母さんお母さん・・・・・」と多数回にわたり繰り返すメールを送信している。
申立人は,都合のつくときには,相手方の自宅に行って未成年者の面倒を見たり,泊まったりしていた。相手方は,未成年者の求めに応じて,申立人が泊まったりしていることには気付いていたが,咎め立てすることもないと考え,黙認していた。
また,未成年者は,相手方と暮らすようになっても,申立人と相手方の離婚を巡る紛争状態を感じ取り,たとえば,「僕はおかあさんなんか,みすてない。」(同年×月×日),「ありがとうお母さん大好き」(同年×月×日),「お父さんとわかれるなら,おかあさんのところにいく」(同年×月×日)等のメールを申立人宛に送信している。
(4) 平成21年×月×日,相手方は,未成年者に対し,相手方と一緒に暮らすことが困難であるから,今後の生活をどうするか意向を確認した。未成年者は,b市の相手方の実家で,祖父母の下で生活することを希望する旨を述べた。
相手方の両親は,未成年者の世話をすることを快諾し,同月×日,相手方の自宅に来て,1か月ほど未成年者と過ごし,1学期が終了した後,b市に未成年者を連れて帰った。
(5) 平成21年×月ころ,申立人は,未成年者が通っていた学習塾を辞めたり,所属していた野球チームを辞めたりしたほか,未成年者が転校するという噂を聞いたので,未成年者に電話で確認した。未成年者は,はっきりしたことを答えず,b市に行くことを申立人に明かさなかった。
申立人は,未成年者と同月×日に会う約束をしていたが,未成年者から電話が入り,「会えなくなってしまった。」「お母さん死なないで。」等と告げられた。
(6) 未成年者は,2学期から,b市の市立小学校に通っている。学校生活にも慣れて,後期の成績は前期よりも非常に良くなり,学習面でもこつこつと努力している。未成年者は,私立中学校に行くことを希望しているので,新学年から学習塾にも通うようになった。
父方祖父は,e社を定年退職し,年金収入で暮らしており,父方祖母は専業主婦である。相手方の妹はf社の事務職員として勤務し,未成年者の遊び相手にもなっている。自宅は,父方祖父名義の持ち家で,4LDKの間取りで,未成年者の部屋もある。
相手方は,夜勤の日以外は,夜9時頃に電話をして,その日の出来事などを話している。まとまった休みが取れると,b市に帰省し,未成年者と一緒の時間を過ごしている。相手方は,未成年者の生活費として1か月×万円を送金している。
(7) 申立人は,実家で,申立人の実父と,昭和63年に再婚した義母,その間の長男及び実父の母が同居している。実父は,○○であり,経済的には安定している。
実家は,2棟の2階建ての建物が廊下でつながったもので,実父の営む○○の2階部分は,申立人だけで使用しており,未成年者と暮らしても十分な広さである。
なお,申立人の実母は,a市に住んでいる。経済的には余裕があり,未成年者を始めとする孫たちに進学費用を援助することも可能である。
申立人は,将来的に○○の資格を取って生活を安定させたいと考えており,g学校に通う予定である。申立人は,離婚当時は,パートをしていたが,平成22年×月からはc市内の○○で働いている。
(8) 申立人は,未成年者と電話で話すこともできないので,手紙を送っているが,未成年者は開封していない。また,クリスマスに送られたお菓子にも手を付けなかった。
平成22年×月×日,家庭裁判所調査官は,当庁において未成年者と面接を実施した。未成年者は,概略以下のようなことを述べた。
ア 申立人と相手方が,喧嘩をし,相手方がこれ以上未成年者に心配をかけたくないからと,自宅から出て行った。申立人と二人で暮らしていたときは,毎日叩かれていた。申立人から,「他の子産むから。」と言われた。
イ 相手方が夜勤でいないときは,一人では怖いから申立人に来てもらっていた。本当は来て欲しくなかったので,いやいや電話していた。相手方が作り置きした夕食を,申立人が「まずいから」と勝手にすり替えてしまい,申立人が作ってきたサンドイッチを食べさせた。
ウ b市に行くことは自分で選んだもので,迷いはなかった。仕方なく行ったわけではなく,自分から進んで行く気持ちだった。申立人と会えなくなるのは,嬉しかった。
エ 転校して,初めは緊張したが,すぐ慣れて,友達もたくさんできた。父方祖母から,申立人がb市の学校はレベルが低いと言っていると聞いたが,バカにしないでほしい。バカにされたくないから,勉強もすごく頑張っている。
オ 父方祖父母はやさしい。埼玉にいるときより,外でいっぱい遊べるようになった。申立人といたころより,b市に来てからの方が楽しい。
相手方とは夜勤の日以外毎日電話で話しているし,休みのときはb市に来てくれる。未成年者がしつこく物をねだったり,言うことを聞かないときには叱られる。父方祖父母も,物をねだると,「我慢も必要だ。」と教えてくれる。
カ 申立人は,未成年者のことなんか思っていない。テストで頑張って90点とっても,100点が取れないと言って,頬を平手で叩かれた。拳骨で殴られたこともあった。申立人は,とっても嫌な人だし,最低な人だ。大好きな物を買ってくれると約束しても,買ってくれなかったり,大好きな物を取り上げたりもした。申立人とは会うのも嫌だ。絶対に会いたくない。他の子産むって言われて傷ついた。一緒に住みたいと言われても,会いたいと言われても,何を今さらと思う。
3 上記2認定の事実に基づき,親権者変更の可否について検討する。
(1) 相手方は,離婚当初,自分の手で日常の未成年者の監護をすべて行おうと努力したが,児童相談所から夜勤の際の監護について問題を指摘され,その結果,b市内に住む相手方の両親に未成年者を託したものである。一方,申立人は,監護環境も整え,申立人自身で毎日未成年者を監護養育することが可能であるといえる。
しかしながら,本件は,新たに親権者を定める場合とは異なるから,現時点の親権者による未成年者の養育監護状況が劣悪であるなど,未成年者の福祉に反する状態が認められる場合に,親権者を変更すべき事情があるというべきである。
(2) 申立人は,離婚後,未成年者の自宅を訪問するなどして,事実上監護の手助けをしていた形になっていたから,申立人と相手方が,離婚後に未成年者のために助け合って監護をしていくことは,客観的には不可能ではなかったといえる。しかしながら,申立人と相手方は,離婚から間がないこともあって,互いに不信感も根強く,実際のところは話し合うことすら困難な状況であったものと推察されるから,b市の祖父母に監護を委託するという相手方が採用した選択肢はやむを得ないものといえる。
確かに,相手方は,日常的に未成年者と生活をともにすることはできず,その点が未成年者の監護面での不安材料である。しかしながら,相手方は,日常的にこまめに電話や手紙で未成年者とやり取りをして意思疎通を図っているほか,相手方がb市に帰省する際には,日頃一緒に過ごせない分を取り戻すべく,父子での時間を楽しんでいるものである。未成年者は,新しい環境に馴染み,転校先で学習面でも努力をしており,目下のところ生活上で心配な点は窺われない。
(3) 未成年者は,家庭裁判所調査官に対し,申立人の下で暮らすことよりも,b市の父方祖父母の下で暮らすことを自ら選択したと述べ,申立人に対する拒否的感情を露わにし,申立人を全面的に拒絶する発言をした。しかしながら,b市に行くまでの間には,未成年者は,申立人との間で親和的なメールをやりとりしたり,申立人が夜間自宅に宿泊したこともあったことなど,未成年者が申立人を完全に拒絶していたとは到底思われない言動があったことが認められ,未成年者が,本当は母である申立人を求めている部分がある可能性は否定できない。
この未成年者の矛盾した感情を分析すると,未成年者は,平成21年×月に,未成年者なりに覚悟を決めてb市に行き,父方祖父母という新たな拠り所を得て,b市での生活を安定したものとするべく,種々の面で努力をしている最中であると解される。また,父母の諍いを間近で見聞きしてきた未成年者は,申立人が未成年者と関わりを持つことで,諍いが再燃することをおそれ,申立人を遠ざけようとする意識が働いているものとも解される。いずれにしても,現時点で未成年者の生活環境を大きく変更することは,未成年者自身が欲しないものであると解される。
(4) 以上のとおりで,親権者である相手方が,b市の祖父母に未成年者の養育監護を託している状況ではあるが,未成年者の現在の養育監護に大きな問題は見当たらず,未成年者の福祉に反するというべき事情は認められない。
したがって,未成年者の親権者を相手方から申立人に変更することは未成年者の福祉に適うものとは認められないから,本件申立ては理由がなく,主文のとおり審判する。
(家事審判官 生島恭子)