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さいたま家庭裁判所川越支部 平成15年(家)361号 2003年10月08日

主文

申立人が事件本人を児童福祉施設に入所させることを承認する。

理由

1  申立の要旨

(1)  事件本人A(以下「事件本人」という。)は、現在10歳5か月の小学校4年生に在籍する男児である。

(2)  事件本人の親権者は、実父方祖母で本件事件本人保護者養母X(以下「養母」という。)と同人の夫で本件事件本人保護者養父B(以下「養父」という。)である。

(3)  事件本人は、仮死状態で出生し、出生時から発達の遅れが認められ、こうしたことから身体障害児施設での入所歴があり、今回も先天性ミオパチーによる筋力の低下、てんかんの発作、知的障害の疑いがあり東京都○○区所在の社会福祉法人××医療療育センター(以下「センター」という。)に入院し、いったん帰宅し通院中であった。

(4)  養父母の以下の行為は、事件本人に対する虐待に該当する。

<1>  事件本人は、平成15年4月15日から上記センターに入院し、同月19日退院予定のため、迎えに来た養母が、事件本人の食事のし方が遅いことに腹を立てて、事件本人の下腹部を足蹴りにして床に転倒させ頭部打撲の暴行を加えた。

<2>  同月20日、自宅で、事件本人が食事のし方が汚いとして養父が事件本人の右顔面を殴り擦過傷の傷害を負わせた。

同月21日、上記センターから申立人に対して虐待通報がなされ、申立人は、同日事件本人を一時保護した。

<3>  平成14年11月19日、養母は、事件本人が失禁したことに腹を立てて事件本人の手足をガムテープで縛り自宅トイレに数時間閉じ込めた。

<4>  養母は、精神的に不安定で事件本人に対しても不安定な対応をしていて、事件本人は養母の前では、極度に緊張する様子がある。事件本人は、過去3年間身長体重がほとんど増加せず、精神的に抑圧された養育環境であることが窺われる。

上記行為は、いずれも事件本人に対する身体的虐待行為及び不適切な養育に当り、養父母らにこのまま事件本人を養育させることは子の福祉を著しく害するものであるから、事件本人の児童福祉施設入所措置の承認を求めるというものである。

2  当裁判所の判断

本件記録並びに家庭裁判所調査官の調査報告書及び養父母に対する審問の結果によれば、虐待の程度については養父母の反論があるものの、申立人主張の(1)(2)(3)(4)<1><2><3>記載事実のほか以下の事実が認められる。

(1)  事件本人の生育史

<1>  事件本人は、実父C(養母の長男)と実母D(以下「実父母」という。)の嫡出子として出生したが、平成5年9月28日実父母が事件本人の親権者を実父と定めて離婚し、実母は生家に戻り、事件本人は実父に引き取られたが、まもなく実父が行方不明となり、事件本人の祖母にあたる養母が、養育せざるをえない状況になり、同人が事件本人につき平成6年(家)第×××号後見人選任事件を申し立て、自ら後見人に就任して、平成7年1月18日夫と共に事件本人と養子縁組した。

<2>  事件本人は、出生時から障害の疑いがあって、治療通院の必要があったため平成5年10月25日から身体障害児施設に入所していたところ、養母が強く引取りを希望したため、平成6年3月31日退院した。

養母は、引き取ったものの、同年5月11日から養育困難として再び事件本人を上記施設に入所させた。平成8年4月1日から事件本人は、センターに入所した。

<3>  事件本人が就学期を迎え、養母から引き取り希望が出たため、平成12年4月7日、事件本人は養父母の下に引き取られた。

平成13年3月23日、路上で養母が事件本人を蹴る行為を近隣住人から目撃され、注意を受けたところ、養母が事件本人を残して帰宅してしまい、小学校長が事件本人を保護して養母と話し合ったが、養母が引取りを拒否したので、申立人が一時保護した。

同月28日、養母は、灯油を入れたペットボトルを用意して虐待を通報した近隣住人の家に火をつけると警察に訴える騒ぎとなり、児童相談所職員が家庭訪問して事情を聴取して、養母の引き取りを認めた。

<4>  その後も頻繁に、養母は児童相談所に対し、事件本人の養育困難(事件本人が言うことを聞かない、万引きをする、口を聞かない、勉強ができない等)を理由に養護施設に入所させたいと訴え、具体的な施設がきまりかけると遠いので入所を望まないと訴えることがあった。

<5>  養母から児童相談所に実父の所在が判明したと報告があった。実父によれば、養母と確執があり、現状では事件本人をただちに引き取れないというものであった。養母によれば、同人と実父との間に確執があって、養母が手首を切って自殺を図ろうとしたため、養父が警察を呼ぶ騒ぎとなったとしている。

(2)  養父母の主張

養母は、准看護師として稼動しており、養父は左官業を自営しているが、事件本人を引きとって以来、それなりに懸命に養育してきているのに周囲に理解されず、何も知らない近隣住人から虐待通報されたので、「火をつける」と言ったものである。養父母は、自由に面接や外出を許さない施設入所には応じるつもりはなく、養父母としては、事件本人を引き取ってNPO法人の助けを借りて地域の公立小学校の普通学級に通学させ、家庭の中で養育したいとしている。

本件申立てに反対する理由は、以下のとおりである。

<1>  申立人が、養父母に対し一時保護の通知を出す以前に納得の行く十分な説明がなかった。

<2>  申立人主張の各虐待行為といわれる行為は、躾であって虐待に当らない。親が躾のために子に手を上げることは何処の家庭でもあることでこれを虐待というのであれば全ての家庭が虐待をしていることになる。

<3>  児童相談所職員が養母を精神病扱いしたので事件本人を入所させる気はない。

(3)  事件本人の現状

事件本人は一時保護以来、センターで生活し同センター内の△△養護学校4年に在学している。

<1>  事件本人は、小学校入学のため退院した後も基礎疾患であるてんかん治療のため3ヶ月に1回の頻度でセンターを定期受診しており、平成14年4月受診の際も、養母からケースワーカーに対し、事件本人の学習面や生活面の問題が相談され、さらに同年11月には養母も認めた上で、事件本人から「うんちを漏らしたことでガムテープで手足を縛られトイレに入れられた。」との訴えがあった。

<2>  1項(4)<1>記載のとおり、事件本人を迎えに来た養母が、食堂ホールにおいて他児や病院職員がいる前で、事件本人を蹴り転倒させる事態となったもので、事件本人をそのまま帰宅させることに不安があったところ、当日は事件本人の誕生祝いを予定しているとの養母の強い意向があって、児童相談所と相談のうえ、1泊の外泊許可となったものであった。

翌日、帰院した事件本人の右顔面(眼窩周囲)に擦過傷があったため、医師が質問したところ、「クリームだけ食べたのでケーキの食べ方が悪い。」として養父が叱った際にできたものであると養母が答えた。

<3>  事件本人の心身の状況は、先天性ミオパチー、てんかんの基礎疾患の診断に変化はない。事件本人の平成15年における知能検査では、IQ49である。事件本人は家庭引き取り後2年間体重が変化していないが、ミオパチーの進行が認められないので環境要因が疑われている。

事件本人は、学習面では、集中力、忍耐力が乏しく問題がある。学力的には小学校3年生程度と評価されている。

養母が問題としていた遺糞、放尿は施設内ではないが夜尿はある。他人の物を盗ることもない。

<4>  事件本人は調査官との面接において、もじもじして絵を書き始めたりして注意が持続せず、会話らしい会話はできなかった。事件本人は、養父母との面接希望や帰宅に関する質問についても、もじもじとして首を横に振ったと報告されている。

(4)  事件本人に対する養母の対応

養母は、事件本人を溺愛している反面、学校やセンターにおいて事件本人を目の前にして強い口調で「こいつのせいで私はどんなに苦しんだか。」などと罵倒する場面が何回か目撃されている。

(5)  関係機関や裁判所に対する養父母の対応

養父母は、児童相談所やセンターの対応に上記のとおり不満をもっている。しかしながら、関係機関と交渉を持っていたのは主として養母であったところ、同人は、近隣住人に対し「火をつける」などの言動をしているほか、関係機関に対しても、泣いたり抗議したり、すぐに預かってくれなければ「事件本人を殺す」とか、調査官に対しても「児童相談所の意見が通るなら事件本人を殺す。」、「これから自殺するのでこれが最後の電話です。5分以内に死にます」などと電話してきている。

上記のような養母の言動は、理解が困難であり、衝動的、攻撃的になされていて発言内容も過激であり、養母自身が安定した態度で子の養育に当たるかどうかについて不安を懐かせるものと言わざるを得ない。

養父は、同人自身に対する申立人の説明が不足していた主張しているが、養父自身も、事件本人の状態や専門的な教育の必要性について全く情報がなかったわけでもない。また、養父は、児童相談所担当者が養母を精神病扱いしたとも主張するが、過激な発言をする養母に対し現状のままでは引き取りは認められないことや養母自身が医師を受診するように話したことは認められるものの、会話の詳細は不明である。養母の過激な言動によって、児童相談所担当者と養父母の間に対立が生じ、意思疎通や相互の理解が十分でなかったことが認められる。しかしながら、その原因は申立人側にのみにあったともいえない。

3  当裁判所の判断

本件は、事件本人の現状に照らせば、同人は専門的な機関で教育を受けるのが相当と認められ、同意による施設入所も検討されるべきであるが、養父母は施設入所に反対し、申立人も同意による施設入所の場合には、養父母から自由に引き取り要求が繰り返されたり、事件本人のための専門的な教育が中断されたりする可能性があるとして、児童福祉法28条による施設入所の承認を求めているものである。

したがって、事件本人につき、児童福祉法28条の要件について判断する。

養父母は、申立人主張の1項(4)<1><2><3>記載の行為を認め、当該行為は、いずれも事件本人に対する躾であったと主張するが、親といえども体罰を手段とする躾は許されない。養父母は、親の体罰を容認する姿勢であるが、我が子であっても体罰を手段とする躾は、効果がないばかりではなく子の人権を害し著しく不適切な養育態度であって、蹴ったりぶったりすることは明らかに身体的虐待である。特に、事件本人は、筋力が弱い障害児であることからしても蹴って転倒させたりすることは危険を伴うものであった。

また、養母は、事件本人を目の前にして事件本人を罵倒したりして、事件本人がかなり緊張を強いられたため失禁したことも認められ、これらの行為は心理的に虐待する行為でありこれが繰り返されることは著しく不適切な養育態度といわざるを得ない。

養父母の主張によれば、養母は、実家の親を引き取ったり、親族との間に葛藤を抱えていたことや事件本人の理解できない問題行動のためにストレスをかかえていたという面や、これまでの自らの養育態度も反省すると述べ、事件本人に愛情をもっていることも認められる。

しかしながら、養母の事件本人に対する対応は溺愛と拒否を繰り返すような対応というべきであるし、審問期日の後からも、裁判所に自殺をほのめかす電話をして来たり、その対応には疑問をもたざるをえず、養育態度が改善されたとまでは認められない。

したがって、現状では、事件本人を直ちに家庭に戻すことは相当ではなく、いったん施設に措置して安定した環境の中で心身の成長をはかり、専門家による適切な教育を受けさせ、しかるべき時期に親子の再統合と親族の関係修復を図るのが相当である。

以上によれば、本件においては、児童福祉法28条に規定する申立人の措置権を行使すべき事態にあり、未成年者の福祉のためには、未成年者を施設に入所させるのが相当である。

よって、本件申立てを認容することとし、主文のとおり審判する。

(家事審判官 坂本由喜子)

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