さいたま家庭裁判所越谷支部 平成21年(家)462号 審判 2010年3月19日
主文
本件申立てを却下する。
理由
第1申立ての趣旨及び申立ての実情
1 申立ての趣旨
相手方は,申立人に対し,扶養料として月額11万5000円を申立人が大学を卒業する日の属する月まで支払う旨の審判を求める。
2 申立ての実情
(1) 申立人(平成元年○月○日生)は,相手方(昭和31年○月○日生)の長女である。申立人の母A(昭和39年○月○日生)と相手方は,昭和62年×月×日婚姻した夫婦であったが,平成18年×月×日離婚の裁判確定により離婚した。両名の間には,長女B(申立人)と長男C(平成4年○月○日生)の二子があったが,いずれも親権者は母Aと定められ,かつ,相手方は,母Aに対し,その養育費として各人が満20歳に達する日の属する月まで,毎月各人につき11万5000円を支払うことが定められた。相手方は,離婚後,定められたとおりの養育費の支払を続けてきた。
(2) 申立人は,平成20年×月a大学に進学し,平成21年×月成人に達した。申立人は,現在大学に通いながら,アルバイトをして月額2~3万円を得るほか,母Aに生活費,教育費などを負担してもらっている。
(3) 相手方は,離婚当時から現在までb株式会社に勤務しており,離婚当時約1500万円の年収を得ており,現在もほぼ同額の年収を得ている。一方,母Aは,パートタイマーとして年間130万円程度の収入を得ているのみであり,また,今後申立人の弟Cも大学進学の予定であり,受験のための準備や進学の費用を用意する必要があるため,申立人の生活費,教育費の負担を継続することは困難である。
(4) 前記離婚の判決では,申立人が大学に入学することは確定していないとの理由で,養育費の支払は20歳に達する日の属する月までと定められたものである。その後,申立人は,大学に入学したことから,相手方に対し,大学卒業までの扶養料の相当分の負担を求める。
第2相手方の主張
(1) 相手方は,離婚判決で命じられた高額な財産分与金及び養育費を支払い続けてきた。他方,母Aは,相手方から1835万円余の大金を取得しながら,申立人及びCとの生活に支障を来たすのは必至であるのに,後先のことを考えずマンションを購入して蓄えを無くし,そのツケを相手方に廻そうとしている。
(2) 本件のような成年に達した子に対する父親の民法877条の扶養義務は,いわゆる生活扶助義務といわれるものであり,大学での最高教育を受けようとすることからくる収入不足まで父親が負担する法的義務はない。
(3) 相手方は,母Aと離婚後,申立人と接触はなく,親族扶養義務の根拠となる親族共同生活の実態さえ欠如していた。
(4) 相手方は,平成20年×月×日再婚し,その相手との間に子が生まれ,10万円程度の家計出費の増加が見込まれる。新たに扶養家族を2人かかえながら,申立人の弟への養育費月額11万5000円を支払い続けるなど,経済的に苦しい状況がまだ続く。申立人の母Aは,マンションという資産の所有者であり,他方,相手方は,これから妻子のために不動産を購入しなければならない立場である。
(5) 大学のカリキュラム自体,学生が生活時間の全てを学業に取られないように組み立てられており,大学生が生活のためにアルバイトをすることは今も昔も不変の事実である。申立人の大学進学や成年に達すれば養育費の支払が終了することは当初から予定されていたことであったから,不意打ち的に経済的支障が生じたものでもない。本件申立ては速やかに却下されるべきである。
第3当裁判所の判断
1 本件記録及び当支部平成21年(家イ)第×××号事件記録によれば,上記申立ての実情記載(1)の事実に加えて以下の事実が認められる。
(1) 母Aと相手方の離婚に至る経緯等
相手方は,昭和57年にa大学を卒業後,c株式会社に入社した。相手方と母Aは,相手方の勤務先のスポーツサークルの活動を通して知り合い,約3年の交際期間を経て昭和62年×月に婚姻し,平成元年×月に申立人が,平成4年にCが生まれた。しかしながら,相手方と母Aは,申立人の中学受験を契機に申立人に対する教育方針や接し方等をめぐって対立することが多くなり,次第に不和となった。そして,母Aは,平成17年×月×日ころ,申立人及びCを連れて家を出,別居を開始した。
(2) 離婚訴訟
母Aは,相手方を被告として○○家庭裁判所○○支部に離婚訴訟を提起し,同支部は,平成18年×月×日,申立人及びCの親権者を母Aと定めて離婚を命じるとともに,相手方に対し,財産分与として1835万6877円(即時)及び退職金の支給を受けたときに782万0438円,申立人及びCの養育費としてそれぞれ成人に達する日の属する月まで1人あたり月額11万5000円の支払を命じる判決を言い渡し,同判決は同年×月×日確定した。
(3) 離婚判決後の母A及び申立人らの生活状況
母Aは,上記離婚判決確定後,相手方から支払われた財産分与金等を原資に千葉県d市内のマンションを購入し,現在,申立人及びCと共に生活している。母Aは,e株式会社にパート勤務して,手取り月額11万円程度の収入を得ているほか,相手方から毎月支払われる申立人及びCの養育費合計23万円を生活費及び学費に充ててきた。申立人は,平成20年×月a大学に入学して現在2年生であり,奨学金月額4万5000円,アルバイトで月額3万円程度を得ている。Cは,私立高校に通学しており,奨学金月額3万円を受給している。なお,a大学の学費は年間53万6000円である。母A,申立人及びC3人の生活に必要な費用は,申立人やCの学費,交通費,教科書代,不動産の固定資産税などを含めると,1か月あたり36万円余であり,相手方から申立人分の養育費月額11万5000円の支払がなくなると,申立人やCの奨学金,申立人のアルバイト代を収入に含めても,家計は5万円程度の赤字となる。
(4) 離婚判決後の相手方の生活状況
相手方は,財産分与として即時支払を命じられた1835万円余を一部親族から借金をして支払い,その後も申立人及びCに対する月々の養育費(1人11万5000円)を支払ってきている。離婚当時から現在に至るまで,b株式会社に勤務しており,1500万円程度の年収がある。平成20年×月×日D(昭和50年○月○日生)と再婚し,同人との間に平成21年○月○日長男が生まれた。離婚後,申立人とは全く没交渉であり,申立人が大学に進学したことも知らなかった。申立人が成人に達した平成21年×月以降,養育費11万5000円の支払を止めている。
(5) 母Aによる養育費調停申立てと申立人による本件審判申立て
母Aは,平成21年×月×日,相手方に対し,長女(本件申立人)の大学入学金,授業料のうち相当分及び養育費として月額11万5000円を大学卒業まで支払う旨の調停を当支部に申し立てた。2回の調停期日が開かれたが,相手方が話し合いに全く応じなかったため,母Aは同年×月×日,同調停を取り下げた。そして,同年×月×日,成人に達していた申立人が相手方に扶養料の支払を求める本件審判を申し立てた。
2 検討
一般に,未成年の子に対する親の扶養義務は,いわゆる生活保持義務(自分の生活を保持するのと同程度の生活を保持させる義務)であるのに対し,子が成人した後は,親族間の扶養としての生活扶助義務(自分の生活を犠牲にしない限度で,被扶養者の最低限の生活扶助を行う義務)となるといわれている。そして,通常,親が支出する子の大学教育のための費用は,本来,生活保持義務の範囲を超えているし,むしろ生計の資本の贈与としての性質を有すると考えられる。しかしながら,成年に達した子であっても,親の意向や経済的援助を前提に4年制大学に進学したようなケースで,学業を続けるため生活時間を優先的に勉学に充てることは必要であり,その結果,学費,生活費に不足が生じた場合,親にその全部又は一部の負担をさせることが相当であるときは,生活扶助義務として,親に対する扶養料の請求を認めることはありうる。
これを本件についてみるに,申立人は,平成17年に母Aに連れられて相手方と別居してから,相手方と全く没交渉であり,相手方は申立人がa大学に進学したことも知らずに,ただ離婚判決で命じられたとおりの養育費を母Aに支払い続けてきた。他方,離婚判決で申立人及びCの親権者と指定された母Aは,相手方から支払われた1835万円余の財産分与金を元手にマンションを購入し,自らのパート収入と相手方から支払われる養育費で,大学に進学した申立人及び私立高校生であるCの学費や生活費を賄いながら生活している。相手方は,年収が1500万円程度あるが,不動産は所有しておらず,再婚して再婚相手との間に子が産まれているほか,まだCの養育費月額11万5000円の支払が残っており,今後,新しい家族と居住するための不動産を購入する可能性もあり,それほど余裕がある状態でもない。
以上のとおり,本件では,上記離婚判決以降,母A,申立人及びCの3人と,相手方とが法的にも実際にも完全に分かれて生活してきており,申立人が相手方の意向や経済的支援の約束のもとに大学に進学したということはない。離婚判決で申立人の親権者とされた母Aは,相手方から1835万円余の財産分与金を受領したほか,申立人の養育費として毎月11万5000円を受領してきており,申立人を大学に進学させるために必要な資力は有しているものと評価できる。母Aがマンションを購入したことは,申立人の責任ではないにしても,そのために生じる母Aら家族の生活費ないし申立人の学費不足を,全く別家計の相手方に転嫁することは相当でない。相手方が,離婚判決で命じられたとおりに成人に達するまで月額11万5000円の養育費を支払い続けてきたことにより,相手方の申立人に対する生活保持義務としての扶養義務はすでに果たされている。申立人が大学における学業を継続することが経済的に困難となってきているとしても,その対応は,母A及び成人に達した申立人においてなすべきであって,新しい家族とともに再出発を始めている相手方に,生活扶助義務としての扶養料の支払を命じることは相当でない。
3 結論
よって,本件申立ては理由がないので,主文のとおり審判する。