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三次簡易裁判所 昭和34年(ろ)24号 判決 1960年12月27日

被告人 伊藤博

大一三・三・二一生 北備新聞社長

主文

被告人を、罰金一〇、〇〇〇円に処する。

右罰金を完納することができないときは、二〇〇円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。

被告人に対し、選挙権及び被選挙権の停止に関する公職選挙法二五二条一項の規定を適用しない。

理由

被告人は、広島県三次市三次町一、二九三番地に本社を有する北備新聞社の社長として、第三種郵便物の認可のある週刊紙北備新聞を発行しておるものであるが、通常新聞紙の頒布は予約購読者に郵送頒布しておるのに、昭和三四年四月二一日告示、同年四月三〇日施行の、広島県比婆郡東城町長選挙の選挙運動期間中なる同年同月二四日「実力か金力か、東城町長選激烈」なる見出の下に、小田、増原両候補の選挙情勢に関する報道及び評論を掲載した。同日付発行の、同紙第五一七号約九〇〇部を、社員三谷稔に手交し、景山アサヨ外一名をして、同日以後三日間に同町内各戸に無償配付させ、もつて、選挙に関する報道及び評論を掲載した新聞紙を、通常の方法によらないで頒布したものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

被告人の判示行為は、公職選挙法一四八条二項に違反し、同法二四三条六号に該当するので、罰金刑を選択し、定められた罰金の範囲内において、主文第一項の刑を量定し、罰金不完納の場合の労役場留置につき、刑法一八条、訴訟費用負担の免除につき、刑事訴訟法一八一条一項但書を適用する。

そして、本件処罰に伴う被告人の選挙権及び被選挙権の停止につき考えるに、選挙権及び被選挙権は、憲法の保障する国民の重要な権利であり、その停止は最も慎重でなければならないが、選挙権及び被選挙権の停止に関する公職選挙法二五二条一項は、同項所定の選挙事犯により刑に処せられた者を、一定の期間選挙から隔離し、選挙の公正を保持しようとするのであるから、右条項を適用しなければ、将来再び選挙の公正を害する虞のある悪質な事犯でない限り、その適用を除外すべきであると考える。ところで、判示新聞紙に掲載された判示選挙に関する記事は、特定候補者を支持応援して投票依頼をする等、選挙運動にわたるものではないし、又選挙の結果に影響を及ぼす虞のある候補者の人物を批判論評したものでもなく、単なる選挙情勢の報道に過ぎないといつてもよいほどのものであるから、選挙意識の高揚に役立ちこそすれ、選挙の公正を害したとは考えられない、しかのみならず審理の経過に徴すれば、被告人は常時新聞の編集に当り記事の行き過ぎを警戒しておることや、改悛の情が見られるのであつてこれら諸般の事情を考慮すれば、被告人に対し右法条を適用して、選挙権及び被選挙権を停止し、被告人を選挙から遠ざけなければ選挙の公正が保持されないほど悪質な事犯とは考えられない。よつて、公職選挙法二五二条三項を適用して、選挙権及び被選挙権の停止に関する同条一項の規定を適用しないことにした。

弁護人の主張に対する判断

弁護人は、本件のように、報道及び評論の内容が選挙運動と見られるものでない限り、法一四八条第二項の適用はなくその頒布は自由である(昭二九、一、二八福岡高裁判決参照)。仮に、その適用があるとしても、本件新聞の頒布はいわゆ拡張紙の頒布であつて、一般に関心の深い特殊記事を掲載した新聞紙を、不特定多数人に無償配付し、購読者のかく得につとめることは、業界一般に認められた慣行であり、広く一般に行われておるところであるから、公職選挙法一四八条二項にいわゆる通常の方法による頒布であり、罪とならないと主張する。

よつて、これに対する当裁判所の見解を左に述べる。

先ず、右主張前段についてであるが、公職選挙法一四八条一項にいわゆる選挙に関する報道とは、選挙に関する出来事をありのまま伝えることであり、評論とは、新聞が公器であるという立場から批判論議することである。そして、その報道及び評論は、虚偽の事項を記載し又は事実を歪曲して記載する等、表現の自由を濫用しない限り、当該選挙の候補者の人気投票の経過又はその結果を公表することの禁止以外に何らの制約を受けることはないから、候補者の識見や手腕力量を比較検討し論評することも当然許されることであるから、公平な立場でなされた報道及び評論も、その内容の如何によつては特定候補者の得票に影響を及ぼすこともあり得るので、公職選挙法一四八条二項は、新聞の販売を業とする者は、通常の方法で頒布することができるとして、その頒布を頒布の主体と方法の両面から規制し、選挙の公正を保持しようとしておるのであつて、右条項は、新聞の表現の自由の保障と選挙の公正保持の必要に基づく頒布の制限を合理的に調整したものといわなければならないから選挙に関する報道及び評論を掲載した新聞紙である以上、その内容の如何にかかわらず、すべて、その適用があるものといわなければならない。弁護人の論は、公職選挙法一四八条二項の法意を顧みざる論であつて、当裁判所の採らざるところである。

次に拡張紙の頒布が右にいわゆる通常の方法による頒布であるかの点であるが、公職選挙法一四八条二項が、選挙に関する報道及び評論を掲載した新聞紙を頒布することのできる者を、新聞の販売を業とする者に限定し、しかも通常の方法で頒布することができるとしておる点から考えると、右条項にいわゆる通常の方法で頒布するというのは、新聞を販売すること、すなわち、対価を得て譲渡する枠(わく)内での通常の方法でなければならないが、被告人は新聞の発行人として、その販売を、専ら、月ぎめの予約購読者に郵送して販売しており、駅売り、立売り等の大衆を相手とする販売はしていないのに、右頒布の方法を越えて、不特定多数人に対し無償頒布する、いわゆる拡張紙を頒布したことは、たとえそれが業界一般に認められた慣行であるにしても、これをもつて通常の方法による頒布ということはできないのである。

よつて、主文のように判決する。

(裁判官 樫本能章)

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