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串本簡易裁判所 昭和63年(ハ)8号 判決 1988年11月22日

原告 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 熊谷尚之

同 高島照夫

同 中川泰夫

同 田中美春

同 山崎敏彦

被告 乙山春夫

主文

被告は原告に対し、金五四〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和六三年七月二四日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文と同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  第一次請求原因

1  被告は弁護士資格を有しない。

2  被告は、昭和六二年一二月頃、原告から、原告が同年三月一三日、和歌山県西牟婁郡串本町串本一七三五番地先国道四二号線道路上において、訴外丙川松夫(以下丙川と称す)の運転する自動二輪車に跳ねられて重傷を負った事故による、原告の右丙川に対する損害賠償請求に関する示談交渉の委任を受け、同六三年一月三〇日、左記内容の示談を成立させた。

イ 丙川は原告に対し、治療費、雑費、付添看護料を支払った。

ロ 原告は、今後の入院治療費について、身体障害者医療免除を受ける。

ハ 原告は丙川に、後遺症を含むすべての諸費について請求しない。

ニ 丙川は原告に対し、自賠責保険の外、慰謝料金一八〇万円を支払う。

3  原告は右同日、丙川から金一八〇万円を受領したその場で、被告に対し、右示談の報酬として金五四万円を支払った。

4  被告の右行為は、報酬を得る目的で、一般の法律事件に関し法律事務を取り扱ったものであり、弁護士法七二条本文前段に違反するものであって公序良俗に反するものであるから民法九〇条で無効であり、右無効な行為に基づいて支払われた金五四万円は、被告には不当な利得となる。

よって被告は原告に対し、右不当利得返還債務金五四万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年五分の損害金の支払いを求める。

二  第二次請求原因

1  仮に弁護士法七二条本文前段に違反するには、報酬を得る目的で一般の法律事件に関し法律事務を取り扱うだけでは足りず、更に、それを業とすることを要するとしても、

(1) 今から約九年程前、原告が訴外丁原竹夫(以下丁原と称す)に対する債権の取立方を被告に依頼したところ、被告が金六〇万円を回収してくれ、原告が被告にその報酬として金二〇万円を支払ったことがあること、

(2) 報酬三割で取立依頼した右関係から、原告は本件示談交渉を依頼し、被告はこれを受任して交渉し、その結果、報酬三割を本件でも被告は受領したこと、

(3) 本件は、被害者(原告)重傷負い、被告受任当時まだ入院中で、後遺症の可能性も認識し得た、重大且つ継続性ある法律事件であること、

右(1)、(2)、(3)を総合すれば本件行為には業務性がある。

2  右一、1、2、3に業務性を合わせ考察すれば、右一、4と同結果となる。

よって右一と同じように本訴請求に及ぶ。

三  請求原因に対する認否

1  第一次請求原因中、1、2、3及び4のうち「一般の事件に関し法律事務を取り扱った」部分は認。4のうち「弁護士法七二条本文前段に違反するものであって公序良俗に反するものであるから民法九〇条で無効である」部分は不知。4のうち「被告には不当利得となる」部分は否認。

2  第二次請求原因中、1(1)のうち「金六〇万円」と「金二〇万円」を除いた部分、1(2)、1(3)のうち「被害者重傷負い、被告受任当時まだ入院中」部分は認。1(1)のうち「金六〇万円」と「金二〇万円」の部分は否認。「五〇万円」と「一五万円」である。又、「本件行為には業務性がある」、「右一、4と同結果となる」は否認。

第三証拠《省略》

理由

一  第一次請求原因について

1  被告が弁護士でないのに原告から昭和六二年一二月頃、交通事故による賠償請求示談交渉の委任を受けて同六三年一月三〇日、示談を成立させ、同日、五四万円の報酬を受領したことは当事者間に争いはない。

2  原告の主張によれば、右行為は弁護士法七二条本文前段に違反し、よって民法九〇条で無効とする。右同条本文前段違反が同法七七条の強行規定に反することになることから公序良俗違反となり、民法九〇条により無効となることは明らかである(最判昭和三八年六月一三日、民集一七巻五号七四四頁参照)ところ、右単独の行為が右同条本文前段違反となるか否かにつき疑義がある(同条本文の行為は、前段と後段の行為から成り、本文の最後、即ち後段の最後に「業とすることができない」と定められていることから、業務性が後段のみにかかるのか、前段にもかかるのかにつき疑義が生じ、同条本文前段の行為につき、右最判昭和三八年は、業務性不要とするも、最判昭和四六年七月一四日、刑集二五巻五号六九〇頁は右最判昭和三八年を変更)ので、次に検討する。

3  弁護士法七二条本文につき、当裁判所は次のとおり解する。同条は、事件関係者の個人的法益と社会秩序という公共的法益保護のため、いわゆる三百的業務禁止を目的とするものであり、非弁護士が法律事務を取り扱うことを一切禁止しているのではない。資格もなく、なんらの規律にも服しない者が他人の法律事務を取り扱うことを業とするのを放置するときは、事件関係者の利益をそこね、法律生活の公正と円滑さを妨げ、もって社会秩序を害することになると考えられる。とすると、私利からみだりに他人の法律事件に介入することを反復するような行為を禁止するものと解するのが相当である。そこで、業務性は同条本文前段にもかかるものと解する。

4  被告の1の行為は、重大な人身事故に関するものとなること、報酬額の多額性はあるとしても、それのみでは被告の本件行為の単一性(非業務性)に影響を与えることは出来ない。従って被告の右行為は右同条本文前段に違反しない。とすると、原告の第一次請求は理由がなく、認められない。

二  第二次請求原因について

1  右一1の事実の外、今から約九年程前、原告が債権取立を被告に依頼し、取立後、原告が被告に、その報酬として取立額の三割を支払ったこと、右関係から原告は本件示談交渉を依頼し、被告もこれを受任して交渉し、その結果報酬三割を本件でも被告は受領したこと、本件は、被害者(原告)が重傷を負い、事故後九ケ月も経った被告受任当時、被害者がまだ入院中であったことについては当事者間に争いはない。又、弁論の全趣旨から、被告受任当時、被害者に後遺症が発生する可能性のあることを被告において認識し得たことは推認せられる。

2  被告は本件行為の業務性を争うので次に検討する。

(1)  まず、本件に至る前の原被告間の関係を検討すると、《証拠省略》によれば、約一〇年ぐらい前、原告が丁原に、貸金残金六〇万円余りを返してもらえないでいたとき、原告の知人が「被告が金の取立てを商売にやっているからそれに頼んだらどうか。頼んだら、三割ぐらい取られるぞ。」と言ったので、同人に紹介してもらって初めて会った被告に債権の取立てを頼んだこと、丁原の店で同人から被告が五万円の手形一二枚を取立てしてくれ、原告が被告に「何ぼにしてくれるんなら。」と聞いたら、「それ、皆貸さんし。」と言うので手形を全部渡すと、被告はそのうち四枚を取って残り八枚を原告に返したこと、右債権取立てを頼んだころ、原告が被告に車で家まで送って貰ったとき、被告が「この車は依頼者が金がないというので取ってきた車や。」と言うのを聞いたことがあること、の各事実が認められる。又、《証拠省略》によれば、被告が原告を知ったのも右債権取立てを頼まれたのが最初なること、その取立て交渉も、一時間ないし一時間半ぐらいの交渉が四、五回もかかったこと、その債権取立て後、原告とは、報酬を貰ったことと、その一、二年後原告の知り合いのバーの未収代金取立てを頼まれたが、相手がヤクザのようだったのでやめたこと、以外には何らの関係もないまま本件に至ったこと、の各事実が認められる。

(2)  次いで、右からどのように被告の本件行為になったのかを検討すると、《証拠省略》によれば、原告は、昭和六二年三月一三日、丙川の自動二輪車に跳ねられ、左足骨折、右腕骨折、肋骨四本骨折、左側頭部打撲等の重傷を負って那智勝浦温泉病院に入院、半年以上も経っても丙川との賠償の話の埓があかないので、以前被告が取立てしてくれたことを思い出し、自分は法律を知らないけれども被告は法律のことを扱う人だという認識もあったし、同病室の人も「三割ぐらい取られてもそういう人に頼んだ方が良い。」と言っていたので、自分も三割取られてもよいとの認識で、同年一二月三一日、入院中のベッドの上で被告に、本件賠償金の取立てを頼んだこと、本件示談のできた同六三年一月三〇日も、原告はまだ入院中で、被告に「まだ治っていない。」と言ったところ、被告は「また悪くなってきたら、そのときに手続をしたらええんじゃ。」と言ったこと、一八〇万円を現金で受け取った後、原告は、以前と同じ割合の礼をしなければと思って五四万円を被告に渡したら受け取ったこと、の各事実が認められる。また、《証拠省略》によれば、受任後被告は、一月一二日に丙川に手紙を出し、同月二二日と二六日に各二時間宛ぐらい同人と交渉し、原告には三回ぐらい連絡して話が大体出来たこと、原告から五四万円を受け取ってから同六三年六月、原告が調停申立をするまでの間、原被告間に何のやりとりもなかったこと、の各事実が認められる。

(3)  弁護士法七二条にいう「業とする」とは、反復的に又は反復の意思をもって法律事務の取扱い等をし、それが業務性を帯びるに至った場合を指すと解するのが相当である(最判昭和五〇年四月四日、民集二九巻四号三一七頁)が、右の「業務性を帯びるに至った場合」を解するには、右最判昭和四六年が「同条は、たまたま縁故者が紛争解決に関与するとか、知人のため好意で弁護士を紹介するとか、社会生活上当然の相互扶助的協力をもって目すべき行為までも取締りの対象とするものではない」と判示する趣旨に照らすと、報酬請求権を伴うような、社会生活上当然の相互扶助的協力行為と性質上相入れないような行為なることが明らかな場合は、たとえ回数が少なくとも、業務性を帯びるに至った場合と見るのが相当である。

(4)  右(3)のような立場から、右(1)、(2)で認められた各事実を見ると、原告は、約一〇年前、被告が三割の報酬で法律事務を扱い、金の取立てを商売にしている人だとの認識で、初対面の被告に自己の債権取立てを頼み、右趣旨の了解のもとに被告は受任し、継続的な交渉の結果右債権を取立て、その中から被告は自ら当然のものとして三割の報酬を取り、それでそれ以外は何らの関係もない状態できて本件に至り、原告は右と同じような認識で被告に示談を頼み、右趣旨の了解のもとに被告は受任し、得たる示談金からその三割を当然のごとく受領し、それでそれ以外は何らの関係もない状態で本訴直前の調停申立に至っていること、本件示談交渉も継続的で、示談成立時、被告は「また悪くなってきたら、そのとき手続したらええんじゃ。」と反復継続の意思を表していること、又、一〇年前の債権取立時に被告は、「この車は依頼者から取ってきたものや。」と、報酬請求権を行使した如きことを言ったことがあること、等の各事実が認められる。又、以上の認められる事実等から一般的に評価せられるところの、本件が重大且つ継続性ある法律事件であることは、本件が社会生活上の相互扶助的協力行為で処理するには不適当な事件であることを示し、本件行為の業務性に影響を与える間接事実の証拠価値を支持する。更に、本件の報酬額が三割の多額であることも、相互扶助的協力行為性に消極となり、業務性につながる間接事実の証拠価値を支持する。

(5)  以上を総合すれば、被告は、反復継続の意思のもとに本件法律事務取扱いを行い、それが業務性を帯びるに至った場合であることを推認することができる。

3  右1、2の(5)により、被告は、業として、本件示談交渉等の法律事務を取扱ったものというべきであり、本件示談委任契約は右のような法律事務取扱いを内容とする。とすれば、本件示談委任契約は弁護士法七二条本文に違反する事項を目的とするものであって、公の秩序に反するものであるから民法九〇条に照らし無効であり、その無効な委任契約によって原告が被告に交付した金五四万円は、法律上の原因なく、原告が支出して損失を被り、反面において被告が利得したものである。

よって、被告は原告に対し、右不当利得返還債務金五四万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和六三年七月二四日から支払いずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

三  以上によれば、原告の第二次請求は理由があるのでこれを認容し、訴訟費用につき民事訴訟法八九条を、仮執行宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 本川淳麿)

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