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久喜簡易裁判所 平成12年(ハ)15号 判決 2001年1月17日

主文

一  久喜簡易裁判所平成11年(手ハ)第2号約束手形金請求事件について、同裁判所が平成12年1月12日に言い渡した手形判決は認可する。

二  異議申立て後の訴訟費用は被告らの負担とする。

事実及び理由

第一  請求の趣旨

被告らは、原告に対し、各自32万4,870円及びこれに対する平成11年9月30日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、原告の被告らに対する別紙約束手形目録<略>記載の手形(以下「本件手形」という。)の手形金とこれに対する満期からの手形法所定の利息金の支払請求を全部認容した手形判決に対して、被告らから適法な異議の申立てがあった事件である。

一  争いのない事実

被告前田製管株式会社(以下「被告前田製管」という。)は、本件手形を振り出し、受取人である被告三和プラント株式会社(以下「被告三和プラント」という。)は、拒絶証書作成義務を免除して本件手形を裏書した。

二  争点(抗弁)

本件手形は、訴外株式会社鍵利商店(以下「鍵利商店」という。)が被告三和プラントから裏書譲渡を受けて保管中、平成11年7月28日午後5時ころから翌29日午前6時ころにかけて盗難にあったものであり、盗難後に本件手形を取得した第2裏書人以後の裏書人は、原告を含め悪意又は重大な過失によりこれを取得したものである。

第三  争点等に対する判断

一  証拠(甲1の1ないし3、乙1)によれば、原告が本件手形を所持し、本件手形は支払呈示期間内に支払場所に呈示されたこと、本件手形は、被告三和プラントから第一被裏書人欄を白地のまま裏書譲渡を受けた鍵利商店が、埼玉県大宮市<略>の同社事務所内に保管中、平成11年7月28日午後5時ころから翌29日午前6時ころにかけて他の33通の約束手形とともに盗難にあった事実が認められる。

二  証拠(甲号各証)、原告会社代表者本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

1  本件手形の振出人である被告前田製管は、土木工事及び建築工事の請負等を、受取人及び第1裏書人である被告三和プラントは、建設機械の修理及び販売等を、第3裏書人である訴外ヒロテック株式会社(以下「ヒロテック」という。)は、建築解体工事等をそれぞれ業務とする会社であり、第2裏書人である訴外サンエス基工株式会社(以下「サンエス基工」という。)は、その社名から土木、建設工事に関係する会社であることが窺われる。

原告は、建設基礎工事の杭打ちを主な業務として昭和44年3月に設立された会社である。

2  原告は、平成11年6月29日付けの通知書で発注元である建築、土木工事請負業の訴外三伸工業株式会社(以下「三伸工業」という。)が倒産の危機にあることを知り、当時三伸工業に対して400万円弱の請負債権を有し、資金繰りにも困窮していたので、翌30日ころから三伸工業の五十嵐社長と数回にわたり、原告事務所及び三伸工業事務所等において請負債権の回収等について交渉し、その結果、原告の連鎖倒産を避け、多少でも請負債権を回収して営業を続けられるよう仕事を紹介するということになり、五十嵐社長から、三伸工業がヒロテックから受注した埼玉県大宮市の富士重工株式会社大宮工場内の杭引抜き工事の1、2期は完工したが、残っている3期の工事についてヒロテックが業者を探しているということで、ヒロテックを紹介され、五十嵐社長からヒロテックの名刺を貰った。

3  原告は、平成11年7月ころ、ヒロテックの畑中社長に電話で連絡し、同社の事務所で会った。畑中社長から、ヒロテックは杭引抜き工法のパテントを持っているので、工事はその工法で行うこと、工事代金は300万円弱であること、支払いは、月末締切りの翌翌月20日払いの半金半手であることなどの説明を受け、同社の業務内容等を記載したパンフレットを交付された。

原告は、パテントによる工法は、ヒロテックから工事に必要なコンプレッサなどの部材を借り受けることで工事を引き受けることとし、支払いについては、資金繰りの関係で翌翌月までは待てないので、工事着工または工事完了の時点で全額割れる約束手形での支払いを求めた。

原告は、ヒロテックと取引きをするに当たり、初めての取引きになるので、原告の取引金融機関である帝都信用金庫を通じてヒロテックの取引銀行に対し、ヒロテックの信用調査をしたところ、設立して間もない会社ではあるが銀行関係に問題はなく、手堅くやっているようで懸念はないということであった。

4  原告は、下請けといっても最末端の業者であり、発注元からの依頼がなければ契約書や見積書を作成しない場合が多く、ヒロテックとの取引も依頼がなかったので、契約書、見積書は作成しなかった。取引後ヒロテックとは電話あるいはファックスで連絡していたので、請求書にある元請名の「長沢工業」との記載や、その後にヒロテックから請け負ったJR水道橋駅近くの学校解体に伴う杭引抜き工事について、その請求書にある工事名称の「東洋商業高校」との記載は、いずれも発注元であるヒロテックからの連絡のとおりに記載した。

工事代金の内訳については、採算を考え、1日の単価掛ける日数ということで計算するので、工事ごとの単価に違いが出ることもあった。

5  原告は、右大宮工場の工事完了前の平成11年7月の終わりころ、ヒロテックから、原告事務所において、工事代金としていずれも振出人、裏書人の違う4、5通の約束手形を受け取った。本件手形はその中の1枚で、原告は、振出人である被告前田製管は原告の業界ではトップクラスの会社であり、裏書人であるヒロテックについても問題がなかったので、ヒロテックに本件手形の取得経過を尋ねていないし、振出人や支払銀行等に照会するなどの調査もしなかった。

ちなみに、原告は、盗難された約束手形を工事代金の支払いとして受け取ったのは、これが初めてである。

6  本件手形の第2裏書人サンエス基工の代表取締役である萱沼正文、第3裏書人ヒロテックの代表取締役である畑中博臣は、いずれも本件手形の不渡後である平成11年11月ころから所在が分からなくなり、連絡をとることができなくなった。

三  右認定事実に照らして判断する。

1(一)被告らは、「被告三和プラントとサンエス基工との間には取引実績はなかった」、「本件手形の盗難当時サンエス基工及びヒロテックは正常な営業実態を有する法人ではなかった。」として、両社は、いずれも正常な取引に基づく善意の取得者ではない旨主張するが、これを認めるに足る証拠はない。

また、サンエス基工及びヒロテックの代表取締役がいずれも本件手形の不渡後に所在不明になっていることをもってしても、両社が本件手形について悪意の取得者であると推認することはできない。

(二) 被告らは、「原告とヒロテックとの請負契約は存在しなかった。」として、本件手形について、原告は悪意の取得者である旨主張するが、本件手形は、ヒロテックが原告と取引を開始する当時、400万円弱の未回収債権をかかえて資金繰りに困窮していた原告の要求を入れ、月末締切り、翌翌月20日払いの半金半約手の支払条件を緩和して、工事完了前に工事代金の支払いとして割引のできる約束手形を裏書譲渡したうちの1枚であることは、さきに認定したとおりであり、これを覆すに足る証拠はない。

2(一)被告らは、「本件手形の振出人が業界有数の企業であるのに、振出日から2か月余で原告を含め4度も裏書譲渡がされていること、裏書人であるサンエス基工及びヒロテックの住所地がそれぞれ埼玉県大宮市、神奈川県横浜市であり、両社が地理的に離れた場所であることなど本件手形の流通経路に不自然さが認められるのであるから、ヒロテックとは初めての取引であり、かつ、工事完了前に本件手形を取得した原告としては、ヒロテックに対し、本件手形の入手経路等について説明を求め、満足な回答が得られないときは、適宜振出人や受取人あるいは支払銀行等に対して照会すべきであるのに、これをしていない。」として、原告が本件手形を取得するにつき重大な過失があった旨主張するので検討する。

(二)  本件手形の振出人が業界のトップクラスである被告前田製管であること、裏書人は、いずれも振出人と業種を同じくするか又はこれに関連する会社であること、本件手形金は、下請業者に支払う金額として著しく相当性を欠くような高額なものではないことなどを総合して判断すれば、振出人が業界のトップクラスであるとの知名度は、振出人の信用性を裏付けることにもなるのであるから、本件手形が、順次同業者又は関連業者に裏書譲渡されるであろうことは、約束手形の流通性からも十分推認できるところであって、2か月余で原告を含め4度も裏書譲渡され、かつ、裏書人間の会社の所在地が地理的に離れているからといって、本件手形の流通経路に不自然があるとはいえない。

したがって、右のような事情にある本件手形を取得した原告は、現在まで盗難による約束手形を受け取ったことがなく、ヒロテックとの取引を開始するに際し、取引金融機関を通じてヒロテックの銀行関係、経営内容を調査しているのであるから、さらに、原告がヒロテックに入手経路を尋ねなかったこと、振出人、受取人あるいは支払銀行に支払の有無を照会しなかったことについて、原告に重大な過失があるとする被告らの主張は採用できない。

四  よって、原告の本訴請求を認容し、被告らに訴訟費用の負担を命じ、仮執行の宣言を付した主文一項掲記の手形判決は相当であるから、これを認可することとする。

(別紙)約束手形目録<略>

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